クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi 作:Kohya S.
18. 希の願い
点灯式のライブの直前、第二回「ラブライブ!」最終予選の詳細が明らかになっていた。参加する四組のうち最終予選を通過できるグループはひとつのみ。日付は十二月二十五日、クリスマス。また披露する曲は新曲でなくてもよい、とのことだった。
次の日曜日。μ'sは秋葉原でおこなわれたラブライブのプレイベントに、他の予選参加グループとともに招待された。
当然、そこにはA-RISEも来ていた。
インタビューを受けたA-RISEは第一回優勝に
「私たちは絶対優勝します!」
と宣言してまわりをわかせたのだった。
翌日の部室。早速、最終予選に向けた作戦会議が開かれた。
「あんた、なに堂々と優勝宣言してんのよ!」
にこは優勝宣言した穂乃果に詰め寄った。
「自分からハードルを上げにいって、なに考えてるの」
「い、いやぁ、勢いで……。だって、参加するからには優勝したいじゃない」
「実際、目指してるんだし、問題ないでしょ」と真姫もいう。
「そりゃそうだけど……。はあっ、たいした自信よね。……まあ、あんたたちのそういうところ、嫌いじゃないわ」
にこはそっぽを向いた。
「たしかに、A-RISEもいっていましたね」
海未はA-RISEのことを思い出す。
『この最終予選は、本大会に匹敵するレベルの高さだと思っています』
ツバサはプレイベントでそういっていた。
「そっか……。認められているんだ、私たち」
穂乃果は決意を新たにしたようだった。
「それじゃあ、これから最終予選で歌う曲を決めましょう。歌える曲は一曲だから、慎重に決めたいところね」
絵里がみんなに呼びかけた。
「勝つために」花陽がつぶやく。
「私は新曲がいいと思うわ」とにこ。
「おおっ、新曲!」
「面白そうにゃ」
穂乃果と凛は早速、顔を輝かせた。。
「インパクトを考えると、そうでしょうね」
「一次予選は新曲のみとされていましたから、最終予選は既存の曲を使うグループが多いでしょうね。そのほうが有利かもしれません」
海未も自分の意見を伝える。
「でも、そんな理由で歌う曲を決めるのは……」
「新曲が有利っていうのも、本当かどうかわからないじゃない」
花陽と真姫は気遣わしそうに話した。
「それに、あと一か月しかないよ」
ことりも瞳に懸念を浮かべる。
もし私が作詞するとなると、と海未は思う。
前回は宏未さんのヒントもありましたが、今回はどうでしょうか。いよいよ最終予選……プレッシャーもあります。すこし不安ですね。
部員たちは考え込んだ。
そのとき、いままで黙っていた希が口を開いた。
「……たとえばやけど。このメンバーで、ラブソングを歌ってみたらどうやろか」
「ラブソング⁉」
意外な言葉に部員たちが声をそろえた。
「なーるほど!」花陽が腕を組んで考える。「アイドルにおいて恋の歌、すなわちラブソングは必要不可欠! 定番曲のなかに必ず入ってくる歌のひとつなのに、それがいままで、μ'sには存在していなかった!」
「でも、どうしてラブソングって、いままでなかったんだろう?」
穂乃果が首をかしげた。
「それは……」とことり。
彼女はちらりと海未を見た。他のメンバーの視線も集まってくる。
そ、その視線はいったいなんなのでしょうか……。
「だって、海未ちゃん、恋愛経験、ないんやろ?」
希が目を細めて海未に聞いた。
「あ、あの、前回の曲、立派なラブソングだと思うのですが……」
海未は必死に弁解した。
「あれは、どちらかというと、別れの曲よね……」
真姫がぽつりともらす。
「ということは、海未ちゃんは失恋経験があるってこと?」
穂乃果が海未に聞いた。
「あ、ありませんよ!」
「それなら、恋愛経験はあるの?」
穂乃果は海未に顔を近づけた。
「あるの?」
ことりも加わる。
「そ、それは……」
宏未のことがふと心に浮かぶ。……ち、違います、宏未さんには恋愛感情なんてありません。違いますったら。
海未は心のなかで懸命に否定した。
「……ありません」
海未はがっくりとうなだれた。
「そっかー、だからいままで、ラブソングがなかったんだね」
「仕方ないわね」
部員たちはうなずきあっていた。
もう、みんな、ひどいです……。
結局、希の提案には全員が同意し、歌詞を考えようということになった。
しかし、取りかかってはみたものの歌詞作りは思いのほか難航した。
学院内で告白のシチュエーションを再現してみたが、結果は
次に穂乃果の家で恋愛映画の鑑賞会を開いたものの――海未が恥ずかしさに耐えられなくなり、途中で中断してしまったこともあり――アイデアは出なかった。
いったんは諦めることになり部員たちは解散した。
海未はことり、毬穂と一緒に帰路についた。
「海未さん、ちょっと
毬穂がからかうようにいった。
「だって、恥ずかしいんだから、仕方ないです……」
海未は顔を赤らめて下を向いた。
「ライブのときは、あんなに堂々としてるのに、不思議ですね」
「そういう毬穂は、恋愛経験、あるんですか?」
海未は
「私、私は……」
毬穂は紫の瞳をぱちぱちとさせてから明後日のほうを向いた。
「……ないけど」
そう小声でいう。
「ふふっ、人のことはいえませんね」
海未は口に手を当てて笑う。毬穂も一瞬遅れて笑い出した。
「でも、ラブソング、残念だったね」
ことりがしみじみといった。海未もうなずく。
「そうですね。希に、なにかこだわりがあったようですから」
「私、希さんのこと、あまり知らないんですけど」
毬穂がぽつりと話した。
「そういえば、私たちもプライベートはあまり知りませんね」
海未がいうと、ことりもうなずいた。
「うん、絵里ちゃんなら、なにか知っているかもしれないけど」
「そうなんですね」と毬穂。
「どこかミステリアスなところがありますね、希には。力になれればよかったのですが……」
三人は懸念を浮かべて顔を見合わせたものの、どうすればよいのかは思いつかなかった。
ふたりと別れて海未は考える。
ラブソング、やっぱり無理があるのでしょうか。恋愛経験の有無、だけではないですよね。きっとなにか、きっかけがあればいいのだと思うのです。希の願い、かなえてあげたいのですが……。
・
その日の夕方。海未は真姫からの電話を受けた。真姫は秋葉原の外れの、ある公園の名前を告げて今からそこに来てくれといった。
海未は
途中、ことりと一緒になる。
「ことりも、呼び出されたのですか」
「うん」
公園についたころにはすっかり日が暮れていた。真姫のほかに、にこ、花陽、凛がいた。
「真姫、急に呼び出したりして、なにかあったのですか」
「まあ、もうすこし待ちなさいよ」
「真姫ちゃん、なにも教えてくれないんだ」
凛がブランコに揺られながら不満そうにいった。
やがて毬穂が、穂乃果があらわれた。
「ごめん、遅くなっちゃって。おやつ、食べてたんだ」と穂乃果。
「仕方ないですね。夕ご飯が食べられなくなりますよ」
海未はつい、たしなめてしまう。
「ごめん、海未ちゃん」
穂乃果は悪びれもせずに笑った。
「全員そろったわね。いくわよ」
真姫はすたすたと歩きだす。
「絵里ちゃんと希ちゃんは?」
「もう来てるわ」
「?」
花陽は首をかしげた。
真姫は公園からほど近い中層のマンションへとみなを案内した。エレベータで上層階へ上がる。
真姫はある部屋のインターホンを押した。
「みんな来たわよ」
「ほんとに呼んでしまったんやね」
インターホンから聞こえたのは希の声だった。ガチャリと音がして扉が開く。
「どうぞ」
希はすこし恥ずかしそうだった。
「お邪魔いたします」
海未たちはなかに入った。ファミリー向けのマンションらしくかなり広い。ダイニングセットと観葉植物くらいしか家具のない殺風景なLDKに通される。
「来たわね」
そこには笑みをたたえた絵里がいた。
「しゃーないなあ、どうぞ」
希は苦笑しながらLDKから隣の部屋へ続く引き戸を開けた。そこは希の私室のようだった。
その部屋には紫のカバーのかかったベッド、丸いローテーブルにいくつかクッション、クローゼットなどがそろっていた。やはりシンプルだが小物や壁面の飾り棚などに女の子らしい雰囲気が感じられた。
部員たちは思い思いの場所に座る。
「希ちゃんって、ひとり暮らしだったんだね」
ことりが部屋を見渡していった。
「初めて知りました」
海未もうなずく。
「みんなを呼んだのは、ほかでもないわ。もうすこし、歌詞について考えたいと思うのよ」
真姫が立ったまま話した。
「ええっ、やっぱり作るの?」と穂乃果。
「そう、みんなで作るのよ」
「でも、いままであれだけがんばっても、出なかったのですが」
海未も聞いてみる。
「それは、そうだけど……。また場所を変えれば、なにか思いつくかもしれないじゃない」
真姫は右手の親指で髪の毛の先をくるくるといじる。
たしかに、そうかもしれません。ちょっとしたきっかけで、歌詞が出てくること、ありますからね。
「なにかあったの、真姫ちゃん?」
そう花陽が聞くと。
「なんにもないわよ」
真姫は顔を赤らめて否定した。
「ちょっとした、クリスマスプレゼント。μ'sから、μ'sを作ってくれた、女神さまに」
そういった絵里と真姫は、視線をあわせて微笑んだ。
絵里と真姫……それに希とで、なにかあったのかも、知れませんね。でも……。
海未はちらりと希を見る。彼女は頬をすこし染めて優しそうに部員たちを眺めていた。
決して悪いことでは、なさそうですね。
「みんなで言葉を出しあって、か。……ん? これって……」
花陽がなにかに気づいたようだった。
花陽は写真立てを手にしていた。ことりや凛、にこがのぞき込む。海未も視線を向ける。
「あっ、それは」と希。
写真立てのなかには二枚のμ'sの集合写真が収められていた。オープンキャンパスのときの校庭をバックにしたものと、つい先日の点灯式のもの。
「そういうの飾ってるなんて、意外ね」
にこが冷やかすようにいう。
希はあわてて写真を取り戻す。
「別にいいやろ、うちだって、そのくらいするよ。……友達、なんやから」
その言葉は海未の心に響いた。いままでずっと、どこか超然とした存在だった希が、急に身近に――ひとりの女の子として感じられる気がした。
海未はいつのまにか笑みを浮かべていた。
その想いはほかのメンバーも同じだったのだろう。
「かわいいにゃー!」
「きゃっ! もう、笑わないでよ」
凛が飛びつこうとして、希はクッションでブロックした。
「話し方、変わってるにゃー! えへへ」
凛は相変わらず満面の笑みでにじり寄っていく。希は恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうだった。
「希にこんなところがあったなんてね」
「ね!」
にこと花陽がそのすぐ隣で笑いあう。
絵里が希を背中から優しく抱いた。真姫はそんなふたりを温かいまなざしで見つめていた。
海未も穂乃果とことり、毬穂と顔を見合わせて微笑んだ
「あっ、見て!」
穂乃果が大きな声をあげた。カーテンの開いていた窓から外を見上げている。
「雪、見にいこうっと」
「わーい」
「ちょっと、待ちなさいよ」
穂乃果と凛に、にこが続いた。三人は部屋の外に出ていく。
「しょうがないわね」
絵里と花陽、ことり、真姫も腰を上げてあとを追った。
最後に海未と希、毬穂が部屋を出た。急に温度が下がったのか吐く息が白い。
希が戸締りをする。
三人はエレベータホールまで歩いた。先に出た六人の姿はもう見えなくなっていた。
「あの、私、ここにいていいんでしょうか……」
毬穂がぽつりとつぶやいた。
「もちろんや」
希が即答した。
「でも、μ'sは九人だって……」
毬穂は視線を落としいつになく暗い表情になる。
「うん、それはそうやけど……。μ'sだって、ほかの人の手助けなしには、ライブだってできへんよ。毬穂ちゃんには、いろいろ、助けてもらってるやん」
エレベータホールについて、希はボタンを押した。
「それは、そうかもしれないですけど。私、邪魔じゃないでしょうか」
毬穂の言葉に希は首を振った。
「毬穂ちゃんが来てから、まだ三か月やけど、うち、毬穂ちゃんのこと、友達だと思ってるよ。……それとも、毬穂ちゃんは違うんかな?」
いたずらっぽく微笑む希。毬穂は顔を上げる。
「ううん、違いません。私も希さんのこと、友達だと思って……思ってます」
「ありがと、毬穂ちゃん」
「私こそ、あ、ありがとうございます」
毬穂は心から嬉しそうに微笑み、希も笑みでこたえた。
ふたりの会話を聞いていた海未は心温まるものを感じた。
毬穂、元気なばかりかと思っていたら、
たしかにμ'sは九人ですが、その輪はどこまでも広がってかまわない、私もそう思います。
エレベータが来て三人は乗り込んだ。
「毬穂、私は……友達ですよね」
エレベータのなかで海未はわざと不安そうな口調で聞いてみる。
「も、もちろんですよ! 穂乃果さんもことりちゃんも、μ'sのみんなも友達です!」
「ふふっ、そういってくれましたね」
「もしかして海未さん、私にそういわせるために……。ありがとうございます」
「さあ、なんのことでしょうか」
海未はとぼけてみせた。毬穂は目を潤ませながら、もう一度微笑んだ。
エレベータからエントランスまで歩いていく。
「しかし、毬穂ちゃん、穂乃果ちゃんによく似てるやん。ほんとに親戚とかじゃないん?」
「違いますよ、単なる偶然です!」
「そっかー、カードはふたりの関係を、
希は目を輝かせる。
「いやだなー、希さん」
毬穂は否定するように首を振った。
マンションを出て公園のほうにすこしいくと凛たちの声が聞こえてきた。
「あ、みんないますよ」
毬穂はひとり走っていった。
「あのな、海未ちゃん」
ふたりになり希は静かにいう。
「さっき、毬穂ちゃんの話をしたけど、毬穂ちゃんはμ'sの運命に、大きく関わってくるかもしれへん」
「毬穂が……」
「うん。この先、μ'sがどこに向かうか、穂乃果ちゃんの決断に、彼女が影響するんやと思う。あと、海未ちゃんも」
「えっ、私も、ですか」
「そうや。だからな、もし、そんなことがあったら、じっくり考えてほしいん。……まあ、しょせん、占いやけど」
希は笑って肩をすくめた。
海未たちは穂乃果たちに広場で合流した。
ひとひら、またひとひらと雪片が舞い降りてきた。いつの間にか全員が黙り、静かに空を見上げていた。
「想い」
穂乃果がつぶやく。
「メロディー」と花陽。
「予感」
空から落ちてきた結晶に言葉が含まれていたかのように、海未は自然に口にしていた。
「不思議」
凛がとけていく雪を見ながらいう。
「未来」
「ときめき」
「空」
真姫、ことり、にこがそれぞれささやいた。
「気持ち」
絵里の瞳に街灯の明かりがきらめく。
「出会い」
すこし離れたところから、毬穂がメンバーに向けて微笑んだ。
「……好き」
希は両手の手のひらを胸に押し当てた。