クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi 作:Kohya S.
「さっき、A-RISEに会ったわよ」
ステージ衣装に着替えるため控室に急ぎながら絵里がいった。
「今日のライブでこの先の運命は決まる、互いにベストをつくしましょう、ですって」
「うん、そうだね」
穂乃果はうなずく。
「そして、私たちは負けない、ともいっていたわ」
「……私たちだって、負けないんだから!」
穂乃果は晴れやかに笑った。
まったく、その通りですね、と海未は思う。
着替えを終えて最後の打ち合わせ。
「間奏のあと、穂乃果さんの大サビで、駅のほうからイルミネーションの色が変わるはずです」
「青からオレンジ、ですよね」と花陽。
途中でイルミネーションの色を変えよう、というのは点灯式にヒントを得て海未が提案したアイデアだった。毬穂がラブライブの事務局にかけあって実現したのだが、リハーサルをするわけにもいかずぶっつけ本番だった。
「はい。穂乃果さん以外は、目を閉じてるはずのタイミングなので、驚かないでくださいね」
まさか本当に実現してしまうとは、と海未は思う。毬穂に感謝ですね。
「そろそろスタンバイ、お願いします」
スタッフの声がかかった。
「それじゃ、いくわよ」
にこが声をかけた。
μ'sの九人が円陣を組みVサインを組み合わせる。
「いち!」穂乃果から始めて、ことり、海未、真姫、凛、花陽、にこ、希と続き、「きゅう!」と絵里。
「ほら、毬穂、あんたも来なさいよ」
「え、私も?」
「はやくはやく」と凛。
「えっと、じゅう!」
「よーし、最高のライブにしようね!」
「はいっ!」
穂乃果が宣言して全員が声をそろえた。
・
大通りに作られた特設ステージの上にμ'sのメンバーは一列に並んだ。
今回の衣装もことりのデザインした新しいもので、雪をイメージしたファーを、
風はすっかりおさまり雪もちらつく程度になっていた。観客席には大勢の人。なかにはクラスメイトやメンバーの家族の姿も見えた。
穂乃果が代表して挨拶する。
「みなさんこんにちは! これから歌う曲は、この日に向けて新しく作った曲です。たくさんのありがとうをこめて、歌にしました」
穂乃果はいったん言葉を切った。彼女は気を落ち着かせるように深呼吸して続けた。
「応援してくれた人、助けてくれた人がいてくれたおかげで、私たちはいま、ここに立っています。だからこれは……みんなで作った曲です!」
穂乃果がメンバーに視線を送った。そして――。
「聞いてください!」
全員で声をあわせた。
「学校が大好きで」
「音楽が大好きで」
「アイドルが大好きで」
「踊るのが大好きで」
「メンバーが大好きで」
「この毎日が大好きで」
「がんばるのが大好きで」
「歌うことが大好きで」
「μ'sが大好きだったから……」
メンバーがひとりずつ、曲に込めた思いを言葉にしていった。
――――――――
最終予選の当日。宏未が起床すると枕元に見慣れない白い箱がひとつ、置かれていた。靴の箱くらいの大きさで、プラスチックらしい艶消しの無地だった。
なんだ、これ。もしかして、サンタクロースが……?
いやいや、と宏未は首を振る。いくら過去だからって、そんなことあるわけないぞ。
宏未は恐る恐る箱を開いた。丸っこい形の、複数の羽根を持つ黒く塗られた機械が入っていた。
ん、これ、ドローンだ。また未来から送られてきたんだな。えーと……。
二度目ともなるとそれほどの驚きはなかった。
宏未が確認すると、それは立体撮影専用の自律型業務用ドローンだった。あらかじめ領域を指定しておけば、自動的に飛行して3Dセンシングしてくれる機能を持っていた。
そうか、今日のライブ、屋外で、かつ空間に余裕があるから……。設定しておけば撮影可能だな。未来の俺が考えた、ってことか。
宏未は苦笑した。
それから身支度を整えて、海未たちに渡すためのレインコートとドローンを手に、宏未はマンションを出た。
外はすでにかなりの積雪だった。宏未はまずライブ会場へ向かった。
飛行領域を設定してドローンを目立たない場所に隠す。あとはライブ前にリモートコントロールで撮影開始を指示すれば、それで撮影が始まるはずだった。
次に音ノ木坂学院へ向かった。
校門の近くでしばらく待つ。レインコートの下に着てきた高機能素材の服のおかげで、寒さは感じなかった。
説明会の時刻はあらかじめ確認してきていたので、それほど待たないはずだったが、予定よりもずいぶん遅れて三人があらわれた。
「海未さん!」
宏未は声をかけた。
「宏未さん……」
海未が微笑むのがわかった。
宏未は三人にレインコートを渡して一緒に会場まで急いだ。風雪はかなりのものだったが、学院の生徒たちが除雪してくれていたこともあって、海未たちは無事に間に合ったようだった。
μ'sのライブの時間が近づくと幸い風も雪もおさまってきた。集まってきた観客たちに宏未も混ざる。
アナウンスのあと、μ'sのメンバーがステージにあらわれた。信じてはいたものの、全員がそろっているのを見て安堵の吐息をもらす。宏未はドローンに撮影開始の指示を出した。
穂乃果の挨拶、そして全員の台詞のあと、メンバーたちはステージ上でいったん静止した。曲が流れ始める。
静かなAメロからBメロへと緊張感が高まっていった。メンバーたちは三人ずつに別れて踊っていく。
そして印象的なグリッサンドをはさんでサビヘ。今度は全員がほぼ同じ振り付けだ。
宏未は彼女たちひとりひとりが放つ魅力に心を打たれた。もちろん海未も輝いていた。
間奏ではひとりずつが手を空に向けて差し伸べるポーズを取った。全員で上を見上げてから中央に集まり、目を閉じた。
穂乃果が訴えかけるような表情でふたたび歌い始める。
そのときイルミネーションが、冷たい青色から温かい橙色へと、光の帯が流れるように端から一気に変わっていった。
宏未は鳥肌が立つのを感じた。
ステージのμ's、ひとりひとりが、
そして全員でサビを歌いあげていく。メンバーたちの表情は、切なそうで、それでいて嬉しそうで、まさに恋をする乙女のようだった。
最後に決めポーズを取るメンバー。スポットライトが落とされて、イルミネーションを背景にシルエットが浮かび上がる。
余韻を残して曲は終わった。
観客席は静まり返り――次の瞬間、爆発するような歓声と拍手に包まれた。
「ほのかー!」「ことりちゃーん!」「うみー!」「はなよー!」「凛ちゃーん!」「のぞみー!」「えりー!」「まきー!」「にこにー!」
メンバーを呼ぶ声が聞こえる。
宏未も惜しみない拍手と歓声を送った。
みんな、すごかったな。海未さんも、楽しそうで、かわいくて……。あんなに恥ずかしがってたのに。
観客席はしばらく熱気に包まれていたが、とうとう観客たちもばらけていった。宏未もドローンを回収して帰路についた。
ドローンは翌朝には消えていた。
――――――――――
あれからもう、一週間ですね。
ことり、毬穂と一緒に夜の通りを穂乃果の家まで歩きながら、海未は思う。
希の発案でラブソングを作曲して、本当によかったと思います。みんなの思いが詰まった曲で、ライブができて……。イルミネーションの演出も大成功でした。
毬穂のおかげで雪のなかでも全員、そろいましたし、ね。
海未は隣の毬穂を眺めた。穂乃果によく似たオレンジ色の、ボブの髪が歩くのにあわせて揺れる。今日はAラインのペールグリーンのコートを着ていた。
二学期から転校してきて、どうなるかと思いましたが……すっかり仲良くなれましたね。マネージャとしても活躍してくれています。
そういえば、希もそうでしたが……毬穂の自宅にも、行ったことがありませんね。家族構成も、わかりません。どこか謎めいたところがあるのは、希と同じです。それに……ときおり見せる、妙に思いつめたようなところが、引っかかります。
来年はもうすこし親しくなりたいですね。毬穂さえその気になってくれれば、ですが。
視線を感じたのか毬穂が海未のほうを向いた。ここは穂乃果と大きく違う紫の瞳。海未はにこりと笑ってみせた。
穂乃果の自宅。穂乃果はあろうことか
「穂乃果、二年参りにいく約束、忘れたのですか?」
「あ、ごめんごめーん。ちょっと待ってて、すぐ着替えてくるから」
「来年はもっと、しっかりしてくださいね」
海未はあきれたようにいった。
「やっぱり、今年も最後まで、穂乃果は穂乃果でしたね」
「きっと、来年も、穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんだと思うよ」
海未がもらすと、ことりは笑って答えた。
待ち合わせ場所の男坂の下まで四人で歩いた。
「あ、穂乃果ちゃんたちだ」
そこには花陽と凛が来ていた。
凛は明るい水色のコートの下に、ミニスカートとシャツ、それにリボンを組み合わせていた。
「凛ちゃん、その服、かわいい♪」とことり。
「そう? えへへ。クリスマスに買ってもらったんだ」
「似合ってるよ、凛ちゃん」
「ありがとう」
凛は花陽に嬉しそうに答えた。
女の子らしい格好もすっかり板につきましたね。海未は心のなかで微笑んだ。
「真姫ちゃんは?」とことり。
「あ、あそこ!」
凛が指差す暗がりから、真姫が顔をのぞかせていた。
「真姫ちゃーん」
凛の呼びかけに真姫は恥ずかしそうに姿を見せた。
「わーっ」
穂乃果とことり、毬穂が顔をほころばせる。
真姫は明るい紅色の振り袖姿だった。
「わ、私は普通の格好でいい、っていったのに、ママが着ていきなさいって……。っていうか、なんで誰も着てこないのよ!」
「なんで、といわれましても……」
「そんな約束、してたっけ?」
海未と穂乃果は顔を見合わせた。
「べ、別にしてないけど……!」
真姫は顔を赤く染めた。
「素敵です。とても似合ってます!」
毬穂はどこからか携帯端末を取り出して真姫を写真におさめていた。
「かわいいなー、真姫ちゃん」
凛がすこしうらやましそうにもらす。
「凛にも、似合いそうですね」
海未は微笑む。
「えっ、そうかな」
「そうだよ、凛ちゃん、きっと似合うよ」
花陽も言葉を添えた。
七人がそろい、男坂を上り始める。
「真姫さん、着物、大丈夫ですか」
毬穂が気にする。
「平気よ。それより、毬穂、あなたこそ平気なの」
「えへへ、最近、鍛えてますから」
「あら、あなたたち」
突然、呼びかける声がした。
「あっ……」
穂乃果が驚きの声を上げた。海未は穂乃果の視線の先を追う。
「やっぱり」「やあ」「こんばんは」
男坂を下りてきたのはA-RISEの三人組だった。
「あの、今年は、お世話になりました。来年も、よろしくお願いします」
穂乃果が頭を下げる。海未たちもそれにならった。
「こちらこそ、よろしく」
A-RISEの
しばらく見つめあってから、ふたつのグループはすれ違った。去り際に三人が振り返る。
「ねえ。優勝しなさいよ、ラブライブ!」
どこか吹っ切れたような調子でツバサはいった。
「……はいっ!」
海未たちはいままでの想いを込めるようにそう答えた。
・
男坂を上り終えたところで、年が明けたのだろう、参拝客が盛り上がる声が聞こえてきた。どこかで花火が上がる。
「あけましておめでとうございます!」
七人で一斉にお辞儀をして――七人で笑いあった。
行列にしばらく並んでからようやく参拝した。
全員が無事に参加して、本大会で優勝できますように。海未はそう願った。きっとみんな同じでしょうね、と思う。
顔を上げようとして、ふと追加する。
あの、宏未さんとの仲が進展……いえ、その、あの……宏未さんと今年も、仲良くできますように……。
海未はなぜか
「海未ちゃんと穂乃果ちゃん、ずいぶん長かったにゃ」
隣で凛がいった。
「また欲張りなお願いしてたんでしょう」
「そんなことないよー」真姫の問いに穂乃果は笑って首を振った。「ただ、私たち九人で、最後まで楽しく歌えるようにって」
「そうだね」うなずくことり。
「海未ちゃんは?」と毬穂。
「私? 私は……穂乃果と同じですよ」
「ええ、そうですよね」
毬穂はにこやかに笑った。
本当のことは、とてもいえそうにありません。
七人は帰る前に祭務所の裏手に回った。年末年始の繁忙期、希に加えて、絵里とにこがアルバイトに来ていた。三人に新年の挨拶をしてから、七人はそれぞれ帰宅した。
・
μ'sの練習は正月四日から再開された。
ラブライブの本大会が近づき要綱が明らかになっていた。曲の新旧、長さ、衣装はすべて自由とのことだった。
また、本選出場の各アイドルグループは、自由に決めたキャッチフレーズを大会のサイトに掲載できると伝えられた。
大会まで二か月とすこし。そのあいだに50近い参加グループのなかでなるべく知名度を上げておく必要があった。
部員たちはμ'sを印象づけるためのキャッチフレーズを決めることにした。
部員たちは頭をひねったがなかなかよいものは出なかった。
海未も考えたものの、
ご当地アイドル? うーん、どのスクールアイドルもそうですよね。アキバ系アイドル……A-RISEとかぶってます。音楽の女神……さすがに
はあ、作詞より難しいかもしれません。
そんななか、部員たちはライブを応援してくれた学院の生徒たちに感謝するため、餅つき大会を開いた。穂乃果の家でおこなわれた餅つきには、大勢の生徒たちが訪れた。
部員たちがついた餅で舌鼓をうち、最後にはみんなで最終予選優勝の楯とともに記念写真におさまったのだった。
また、穂乃果はA-RISEのリーダー、綺羅ツバサの訪問を受けていた。
そういった出来事を通して、穂乃果は彼女なりに考えていたようだった。
冬休みも終わりに近づいたある日のトレーニング後、神田明神の絵馬
部員たちはひとりずつ絵馬を見ていった。絵馬は意外なほどの枚数だった。
「μ'sの原動力! μ'sってこれなんだよ!」
穂乃果は絵馬を背にしていった。
「みんなが同じ気持ちでがんばって、前に進んで、すこしずつ夢を
穂乃果の言葉に部員たちは笑顔になった。
三学期の始業式のあと、部員たちは秋葉原駅前へ急いだ。
全員でUTX高校の大型ディスプレイを見上げる。そこにはラブライブ本大会のエントリーグループを紹介する番組が放送されていた。
十一番目に紹介されたμ's。穂乃果の提案を元に、全員で考えたキャッチフレーズがディスプレイに浮かび上がる。それは――。
『みんなで叶える物語』
次話よりμ'sのこれから編です。