クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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22. 約束

「約束?」と穂乃果。

「はい」

 毬穂(まりほ)はどこか悲しそうに微笑んだ。

「μ'sは終わりにする。私もそれが、いいと思います。でも……永久に、でなくて、いいと思うんです」

「どういうことよ」とにこ。

 

「私、聞いています。スクールアイドルグループのなかには、卒業後も活動を続ける、そういうグループもあるって」

「はい、UTX高校は、それを前提に活動してますね」

 花陽の言葉に毬穂はうなずく。

「だから、μ'sも……。花陽ちゃんたちが卒業したら、もう一度、再開しても、いいんじゃないでしょうか。花陽ちゃん、凛ちゃん、真姫さんが卒業するまで、あと二年しか、ないんですよ」

「それは、そうだけど……」

 真姫は戸惑(とまど)いを隠せないようだった。

 

 毬穂はきっと顔をあげた。意志の強そうな、穂乃果を思わせる表情でいう。

「だから、約束してください。二年後には、必ず再開するって」

 

 沈黙が流れた。波の音と高速道路を通る車の音だけが響いた。

 

「そうか、そうだよね」穂乃果は驚きを顔に浮かべた。「そうすれば、μ'sは九人のまま、だもんね……」

 だんだんと喜びの表情に変わっていく。

 

「ま、悪くないアイデアよね」

 にこがさばさばした調子でいった。

「でも、スクールアイドルじゃなくなっちゃう」

 ことりが悲痛な声をあげた。

 

 海未はちくりと胸が痛くなった。

 

 そうなのですね、毬穂はずっと、この提案をしようと考えていたのですね。たしかに、たしかに私たちの一年は、充実していました。μ'sも輝いていて……それを手放したくはない。その気持ちは、痛いほどわかります。

 でも、本当にいいのでしょうか……。

 

「あの」

 花陽がおずおずと話し出す。

「花陽、アイドル、本当に大好きです。そのアイドルになるって夢が(かな)って、本当に、夢みたい。……あ、私、へんなこといってますね」

 花陽は泣き笑いのような顔をした。気を取り直して続ける。

「でも、μ'sは、ただのアイドルじゃないんです。スクールアイドル、なんです。だから、もし卒業してもμ'sを続けたら、それは花陽の大好きなμ'sじゃなくなっちゃう……。そんな、気がするの」

 

「そうね」と真姫。

「私たちと同じような生徒が、全国にいる。そして、スクールアイドルを通して、自分の学校をよくしたい、そう考えてる。きっと、μ'sを目指して……。そういう子たちを……裏切ることになるんじゃないかしら」

 

「凛も、真姫ちゃんと、かよちんと、同じかな。もちろん、アイドルは楽しかったけど……。やっぱりそれは、部員のみんなと、オトノキのみんなと、それにA-RISEとかと、切り離せないんだよ」

 凛は照れくさそうに笑った。

「もちろん、卒業してから、ひとりひとりがどうするかは、別だけど。にゃ」

 

「ことり、留学しなかったこと、後悔してないよ。毬穂ちゃん、穂乃果ちゃん」

 ことりはふたりを見つめる。

「わたし、この一年、本当に楽しかった。いろいろなものを手に入れた。それは、絶対に後悔なんかしない。大事な大事な、青春の欠片(かけら)。でも……でもね、それって、いつか終わりにしなくちゃいけないと、思うんだ。いまだからこそ、輝くの。そういうことも、あるんじゃないかな……」

 

 くすり、と希が微笑んだ。

「μ'sは、九人。それは間違いないん。もちろん、毬穂ちゃんも一緒。だから、十人やね。この十人はうちの宝物や。でもな、μ'sがなくなったからって、それはなくならへん。だからな……」

 希はいったん言葉を切って、毬穂を、穂乃果を見つめる。

「アイドルをしないと、十人がばらばらになる、もう、そういうことはないんよ。それぞれが手を取りあって、夢を叶えていく……それでええやん」

 

「そうよね」

 絵里がうなずく。

「みんな、それぞれ夢を持ってる。たとえば、海未は日舞の家元を継ぐのかしら? 真姫はお医者様になる? ことりはデザイナー? それを(しば)ることは、私にはできないわ。そんな資格はない……」

 絵里は首を振った。

「もちろん、アイドルになりたい、って夢でもいいのよ」

 ちらりとにこを眺める。にこは顔を赤らめてそっぽを向いた。

「二年後……もしかしたら、私たちが大学を卒業する四年後……そのときになって、私たちが、またアイドルをやることが、あるのかもしれない。それはわからないわ。でも、約束をすることは……私にはできない」

 絵里は毬穂を見つめた。

 

「でも、私、私……なによりも、μ'sのファンなんです」

 毬穂は前のめりになる。

「夢と、勇気と、希望を与えてもらった。だからμ'sには、ここで終わってほしくない……。それだけなんです」

「毬穂ちゃん」

 穂乃果は瞳に迷いを浮かべて毬穂を見つめた。

 

 はあっ、とにこがため息をついた。

「わかってないわね、毬穂。夢と、勇気と、希望、ですって。それを与えられるのは……μ'sだけじゃないわ」

 にこは右手の人差し指を立てて振ってみせる。

「そりゃ、私たちは現役サイコーのグループよ。それは間違いないわ。……でもね、アイドルってそんな単純なもんじゃない。μ'sに刺激されて、新しいグループが出てくるかもしれない。いいえ、きっと出てくるわ。そう、たとえば、このにこにーとかね」

 にこは胸をはった。

「たいした自信じゃない」

 真姫があきれたようにいう。

 

 毬穂は唇をかんだ。その隣で穂乃果もうつむく。

 

 海未はメンバーたちの言葉を聞いて、自分の心なかにぼんやりと浮かんでいた想いが、かたちになっていくのを感じた。

 

「……μ'sを続ける。それはたしかに素晴らしいかもしれません」

 海未は毬穂へ語りかけた。

「でも、毬穂。私たちはなんのために歌うのか。歌ってきたのか。それを考えてみてください。廃校阻止のため? たしかに最初はそうでした。でも、いまはそうではありません。みんなを幸せにしたい。そうですよね、穂乃果」

 穂乃果はうなずく。

「もしμ'sを続けたら、それは私たちのため。私たちが自分たちのために歌う……そうなってしまうのでは、ないでしょうか。もちろん、それはそれで素晴らしいことです。でも、それは……もうμ'sではありません」

 毬穂と穂乃果ははっと顔を上げた。

 

「だから……。ごめんなさい。約束は、できません」

 海未は優しく、しかし決意をこめて、毬穂に微笑んだ。

 

「そっか、そうだよね」

 穂乃果は静かにつぶやいた。

「μ'sは九人だけど……九人いるからμ's、っていうことじゃないんだね。いまだから……学校のみんながいて、オトノキがあって、ラブライブがあって……それを全部、全部ふくめて、μ'sなんだよね」

 穂乃果は毬穂に体を向けて彼女の手を握る。

「毬穂ちゃん、ごめんね。毬穂ちゃんも、わかってくれるよね」

「穂乃果さん……」

 毬穂の目が潤む。

「μ'sはいまだから、μ's……。でも、私、私……」

 

 毬穂は穂乃果の手を振り払った。

 そして、次の瞬間、海に背を向けて走り出した。

 

「毬穂!」「毬穂ちゃん!」

 海未たちは口々に呼びかけるが毬穂は振り返らなかった。

 

「あの、私、追いかけます!」

 海未は穂乃果たちに声をかけた。みながうなずく。

「駅で落ちあいましょう」

 海未はそういい残して彼女のあとを追った。

 

        ・

 

 高速の高架をくぐった先、駅へと続く道の途中に、街灯に照らされた人影が見えた。それもふたつ。

 

宏未(ひろみ)ちゃん……どうしてここにいるの?」

 毬穂の声が聞こえた。

 

 宏未……まさか、宏未さんが? でも、毬穂はどうして宏未さんのことを……。

 

 海未は急ぎ足で近づいた。

 街灯の差しかける光の傘のなか、毬穂と向きあって立つのは、たしかに宏未だった。

 

「宏未さん……」

 海未は毬穂の隣へ進む。

「毬穂。それに、海未さん」

 宏未は悲しそうに微笑んだ。

「どうしてここに?」

 海未は期せずして毬穂と同じことをたずねていた。

 

――――――――

 

 その日の朝。海未から、この日に結論を話す、と聞いていた宏未は早朝に起床した。

 ()しくも宏未と毬穂が、未来へと帰還する日と同じ日だった。

 

 数すくない家具も処分され、マンションの部屋にはなにも残っていない。

 

 今日、決着がつくのかな、と宏未は思う。

 最後に海未さんと、毬穂に会って、話をしよう。すべてを明かして、そして未来へ戻ろう。それが礼儀だよな……。

 しかし、俺が帰還したあとの未来、いったいどうなってるんだろう。明日から、μ'sは……。

 

 海未さん、ごめん、と宏未は心のなかであやまりながら、海未の携帯電話の位置情報へアクセスした。数日前、携帯電話会社のサーバへハッキングしてアクセス経路を確立していた。

 

 海未の位置情報は自宅付近を示していたが、やがてそこから動き出した。

 

 宏未は携帯端末とすこしの荷物を持って部屋を出た。

 空気はひんやりとしていて、しかし風はなく穏やかで、天気には恵まれた一日になりそうだった。

 すっかり見慣れたこの時代の景色も、今日は新鮮さを取り戻したように見えた。

 

 いったん秋葉原に出た海未は移動を開始した。それからも付近を落ち着きなく動いていく。

 宏未はあまり距離を取らないように――海未がどこかへ移動したらすぐに追いつけるように秋葉原周辺に滞在した。

 

 夕方。海未の位置が大きく動き始めた。

 これは電車に乗ったな。宏未はそう判断してあわてて追いかけた。

 海未の位置を示す光点はJRの路線にしたがって動いていき――ある地点で止まった。一本あとの電車に乗っていた宏未も同じ駅で降りた。

 

 その駅は海岸からほど近かった。おそらく海を見に来たんだろうな、と思う。宏未は海岸に続く道をゆっくりと歩いた。

 夕日がちょうど水平線に沈もうとしていた。

 

 高速の高架の手前で、宏未は前方から走ってくる人影に気づいた。大きく手を振りながら一心(いっしん)に駆けてくるオレンジ色の髪の少女。

 宏未に気づいた少女が立ち止まった。

 

 毬穂はしばらく呆然と宏未を見つめた。やがて口を開く。

「……宏未ちゃん……どうしてここにいるの?」

 

 毬穂のあとからもうひとり、黒髪の少女が駆け寄った。

「宏未さん……」

「毬穂。それに、海未さん」

 宏未は微笑む。

「どうしてここに?」

 海未も顔に驚きを浮かべていた。

 

「いろいろ、話さなきゃいけないことがあるんだ。……でも、すこし、歩こうか」

 宏未は駅とは反対側にふたりをうながす。毬穂はなんどか口を開きかけたが、宏未はそれを制した。

 

「ここまでくれば、大丈夫かな」

 次の街灯の下まできて宏未はいう。

「どうして、どうして……宏未ちゃんが……!」

 毬穂は(せき)を切ったように話し始めた。

「ごめん、海未さん。すこし毬穂と話をさせてくれないかな?」

 宏未は海未にそう断わる。海未は不思議そうな顔をしつつもうなずいた。

 

 宏未は毬穂をすこし離れたところまで連れていった。

 

「ずっと黙っていて悪かった、毬穂」宏未は頭を下げた。「毬穂が時間遡航して……どうしても心配になって、追いかけてきたんだ」

「それなら……どうして姿を見せてくれなかったの、宏未ちゃん。ふたりなら、もっといろいろ、できたかもしれないのに」

 毬穂はまだ宏未の存在を受け入れられないように見えた。

 

 宏未は考えた。しかしここで真実は――毬穂の改変した歴史が悲劇を生むことは、すくなくとも未来に戻るまでは話さないほうがいいだろう、と思う。

 

「うん、ごめんよ」

 宏未はもう一度あやまった。

「せっかくここまで来たのに、μ'sが……。このまま終わりにするって、穂乃果さんや海未さんたちが……」

 毬穂はつらそうにいった。

「海未さんたちから、話を聞いたんだ」

「うん……。本当は、もっともっと、意見をいいたかった。干渉したかった。でも、みんなを見てると、そんな資格、やっぱりないんじゃないかなって……。最後の最後で、そう思って……」

「海未さんたちに、任せたんだね。……毬穂は、続けてほしかった?」

 宏未は静かな声で問いかける。

「もちろん! 続けてもらいたいよ!」毬穂は首を振った。「いまじゃなくても、卒業後なら、続けたっていいじゃない。でも……」

 視線をそらして地面を見つめる。

「でも……穂乃果さんの……みんなのことを聞いたら、やっぱりμ'sは、いまだから……ここで終わりになるからμ'sなんだって……」

 毬穂はしゃくりあげた。

「そういう風に、思えてきて……」

 

「そっか……」

 宏未は毬穂の肩を優しく叩いて続ける。

「それで、いいんじゃないかな。ことりさんは留学をやめて、ラブライブも本選まで進んで……。歴史は十分、変わったよ、毬穂」

「そう、なのかな……」

 毬穂はつぶやいた。

 

「……半年間、毬穂は楽しかった?」

「うん、すごく!」

 毬穂は顔を上げて涙をぬぐいながら、それでも笑みを浮かべる。

「穂乃果さんも海未さんも、ことりちゃんも希さんも……みんな、友達だって、いってくれて」

 毬穂はちらりと海未に目をやる。

「ライブも出たし、修学旅行にも、合宿にも行った。どれも、本当に、大切な思い出……」

「うん、そうだよな」

 

 俺も……海未さんと知りあえて、ライブを見に行って、充実してたよな。途中は、けっこう暇だったけど。

 

「でも、宏未ちゃん、海未さんと、こっちで知りあったの?」

 毬穂はふと気づいたようにいった。宏未は首を振る。

「うん、いろいろあってね。……未来に戻ったら話すよ」

 

 宏未は携帯端末に目をやった。毬穂の帰還の時刻が近づいていた。

 

「そろそろ、時間だよ、毬穂。なにか、いい残したことがあるなら……」

 毬穂はこくりとうなずいた。

 

――――――――

 

 宏未は海未と毬穂をすこし離れた場所まで連れて行った。

 穂乃果たちが戻ってきたときに、顔をあわせなくてすむようにですね、と海未は思う。

 

 宏未は海未に断ってから、しばらくのあいだ毬穂とふたりだけで話した。

 話の詳しい内容までは聞こえなかったものの、ふたりは古くからの知り合いであるように、海未には見えた。

 

 ふたりは、いったいどういう関係なのでしょうか。海未の心はなぜか、きゅんと痛んだ。

 

 やがて切りがついたのだろうか、ふたりが海未のところに戻ってきた。

 

 毬穂は宏未に目で合図をしてから海未に話しかけた。

「海未ちゃん、私、内緒にしてたことがあるんだ」

 毬穂はまだ赤い目をしていたものの、涙はおさまっていた。

「はい、なんでしょうか」

 

 宏未さんとお知り合い、ということでしょうか……。でも、それなら、内緒にする必要はありませんよね。

 

「あのね、海未さん。私、今日でみんなに会えるの、最後なんだ」

「えっ……。もしかして、また、転学ですか?」

 思いもよらぬ話に海未は動揺する。

 

「うん、そんな感じ。いままで黙ってて、ごめんね。μ'sをどうするか重要なときに、そんなこといっちゃ悪いな、って思って」

「そんな、水臭(みずくさ)いですよ。私たちは、友達ではなかったのですか」

「海未さん……」

 毬穂はふたたび目を潤ませた。

「ありがとう、海未さん。うん、私たち、友達だよね。ごめん、黙ってて」

「……もう、決まりなのですか」

「うん。いますぐ帰らなくちゃ、なんだ。だから……穂乃果さんと、ことりちゃんと、みんなに、よろしくって、伝えて。本選、がんばって、って」

「ずいぶん急なのですね。わかりました、伝えますよ」

 

 ああ、そうなのですね、と海未は思う。

 

 だから、今日、毬穂はなにか決意を帯びていたのですね。そして、μ'sを続けさせようとした……。毬穂、納得してくれたならいいのですが……。

 

「毬穂、私たち……μ'sを終わりにすることにしてしまって、申し訳ありません。ですが、あれが、私たちの結論なのです」

 海未は頭を下げた。毬穂は無理矢理、くすりと笑った。

「わざわざあやまってくれるなんて、海未さんらしいですね。……はい、もうそれはいいんです。μ'sはここにしかないんだって、私も思います。無理をいって、ごめんなさい。……それに、希さんが十人っていってくれたとき、私、本当に嬉しかった」

「毬穂……」

「ありがとうございました、海未さん」

 毬穂はぺこりと頭を下げた。

 

 どうやら、わかったくれたようですね。信じていました……。

 

 海未は微笑み、右手を差し出した。毬穂は一瞬、驚いた顔をしてから海未の手を握り返した。

「よかったら、転学先で……スクールアイドル、始めてみてくださいね」

「えっ……。はい、考えてみます!」

 毬穂はにこりと笑った。

 

 どこか遠くでチャイムの音が鳴った。

 突然、海未の目の前が白い光に包まれた。海未は目を閉じる。

 

 やがて海未が目を開けたときには、毬穂の姿は消えていた。海未の右手に毬穂の手の温かさだけが残っていた。

 

「毬穂?」

 海未は戸惑いながらあたりを見渡す。

「海未さん」

 宏未の声がした。

「毬穂は、一足先に帰ったんだ。……未来へ」

 

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