クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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23. 海未と宏未

「未来? 宏未さん、それはどういう……」

 海未の心に混乱が広がる。

「海未さん、いままで黙っていて、ごめん」

 宏未は深々と頭を下げた。

「あ、あの、お顔を上げてください」

 海未はあわてて宏未に呼びかけた。

 

 宏未は顔を上げる。そしてゆっくりと話し始めた。

 

「急にこんなことをいっても、信じてもらえないと思うけど……俺と毬穂は、未来から来たんだ。この時代の人間じゃ、ないんだ」

「そ、そんなこと、あり得るのでしょうか……」

「うん、2070年代に時間物理学が急速に発展して……2079年に実用化されたんだ。時間遡航の安全性が確認されたのが、十年くらい前で……」

 

 宏未の口調に、海未は家庭教師のときを思い出す。そしてそれは宏未の言葉に真実味を与えていた。

 

 時間遡航……時間をさかのぼる、ということですよね……。

 

「毬穂がいい出して、この20XX年に時間遡航してきたんだ。信じてもらえないとは、思うけど」

 宏未はいったん黙った。不安そうなまなざしで海未を見つめる。

 

 海未はいまだに混乱に襲われ、なにもいえなかった。

 

「そうだ。これ……」

 宏未は携帯端末を取り出して、なにか操作した。端末の上にライブの映像が浮かび上がった。「Snow halation」が流れる。最終予選のライブだった。

 その映像は立体的で、あり得ない現実感を持っていた。

 

 そう、まるでSF映画ででも見かけるような……、と海未は思う。

 

 海未は信じたいような、信じたくないような気持ちで、かぶりを振った。

「それは……。あいにく私はそういうものには(うと)いので……。最新のスマートフォンなら、そういう機能も、あるのではないですか」

「そうだよね」

 宏未は諦めたように軽く吐息をつき、映像を消した。

 

 続けて宏未は海未に聞く

「ラブライブ本選の曲と衣装、決まったのかな?」

「はい」

 突然の話題の変更に戸惑いながら、海未はうなずいた。

「曲は、できました。衣装は……服はまだ完成していませんが、ことりがデザインを披露してくれました」

「そっか。それなら大丈夫かな」

 

 宏未はうなずき、ふたたび携帯端末を操作した。立体的な映像が浮かび上がる。

 

「これは……『KiRa-KiRA Sensation!』」

 海未がつぶやく。まだどこにも公開したことのない曲が流れていた。そして、衣装も。

 曲は海未の知るそれと、わずかに雰囲気が違っていた。また衣装もよく見ると細部のデザインが異なる。それでも間違いなく、いま海未たちが練習している曲だった。

 

 この曲を知っている……。いえ、この映像を持っているということは、もしかして本当に……。

 

 海未は宏未と最初に会ったときのことを思い出した。

 

 そうです、あのとき宏未さんはどこからともなく、出現したように見えました。それに、まるで日本に慣れていないかのような言動と、奇妙なイントネーション。

 そういえば、天気予報も、いつも当たっていましたね。

 

 いつのまにか海未はあり得ないものを見るように、宏未を見つめていた。宏未はたじろぎ、悲しそうな光を瞳に宿した。

 海未は宏未のその姿を見て深い後悔に襲われる。

 

 いえ、仮に未来から来たとしても、宏未さんは宏未さんです。それがなにか、変わるわけでは、ありませんよね。

 

 海未は表情を和らげた。ゆっくりと顔を振る。

「宏未さん」

「はい」

「私……。信じます。あなたのことを……」

 そう、未来から来た、ということ、そしてきっとなにか事情があったのだろう、ということを……。

「ありがとう、海未さん」

 宏未は安堵の表情を浮かべた。

「ごめん、いままで黙っていて」

 そしてもう一度、頭を下げた。

 

「いえ、それはいいのです」

 海未は声をかけた。

 でも、どうして……。心に浮かんだ疑問を、海未は素直に口にする。

「時間遡航……毬穂が、といいましたね。どうして彼女は?」

 わざわざ時間遡航などおこなうことにしたのでしょう。

 

「毬穂がμ'sのことを見て……」

 宏未は言葉を切った。海未は宏未の目に迷いを見てとった。静かに告げる。

「宏未さん。もしよろしければ、本当のことを、教えてください」

「海未さん……」

 

 宏未はため息をついて続ける。

「かなわないな、海未さんには。……毬穂は、μ'sに、もっと活躍してもらいたい、って思ったんだよ」

「活躍、ですか」

「うん。もともとの歴史では……毬穂が見た歴史では、μ'sは、ことりさんが留学して、八人になってしまったんだ」

「え、そんな……」

 

 でも、たしかに、ひとつ間違えば、ことりは留学していました。そんな歴史も、ありえるのかも知れません……。

 

「そして、ラブライブ予選も敗退。そのままμ'sは解散……。だから毬穂は、過去に来たんだ」

「そんなことが……」

「ごめん、よく考えれば、すごく身勝手だよね。本当にすまない……。俺、深く考えてなかったんだ。毬穂を止めればよかった」

 宏未は悔やむように(こうべ)を垂れた。

「いえ、でも、毬穂のおかげで、ことりは留学しなかった。そういうこと、ですよね。だとしたら、感謝しなくてはならないのかもしれません」

 海未は首を振った。

 

「ありがとう」宏未は顔を起こした。「そういってもらえると、救われるよ」

 

 海未はもうひとつの疑問を口にする。

「でも、だとすると、宏未さんは……?」

 

 宏未は表情を硬くした。しばらく黙っていたが苦しそうに話し始める。

「毬穂は……毬穂は()()()()()()()()。毬穂のせいで、ことりさんは留学を取りやめる。この歴史でも、そうなったよね」

 そのいい方に、あらためて海未は、彼が未来人であることを認識させられた。

 海未はなんとかうなずく。

「俺の見た歴史では、μ'sは九人のまま。ラブライブでも優勝。そして卒業後は芸能活動を始める……」

「それは、毬穂がさきほど話していた……」

 海未は毬穂の台詞を思い出していた。

 

「やっぱり、そうか。同じこと、考えてたんだな」

 宏未は目を落とした。

「でも……それが悪い未来につながるとは、限らないのでは?」

 海未は救いを求めるように宏未へ問いかけた。

「うん、そうなんだ。そうかもしれない。でも、毬穂が改変した歴史では、μ'sは不慣れな芸能界でトラブルに巻き込まれる」

 

 宏未はしばらく口をつぐんだ。大きく顔を振ってから続ける。

 

「……そして解散。メンバーは、ばらばらになる」

「……」

「それがつらくて、俺も遡航したんだ。毬穂にばれないように、μ'sを……()()()()()()()()

 それだけいって宏未は海未に背を向けた。

 

 μ'sを……失敗させるため?

 

 海未の視界が狭くなる。高速を走る自動車の音が急に大きくなった気がした。

 

 そんなことを、宏未さんは考えていた、というのですか……?

 

 重苦しい沈黙が流れた。

 どこかで踏切が鳴り始め、海未は意識を取り戻した。

 

「でも、宏未さん……。あんなにご助言をしてくれたり、助けてくれたり、しましたよね」

 海未はすがるような気持ちで話す。

「最初は、失敗させようと努力してた。でも……」

 宏未は首を振った。

「途中から、海未さんの、μ'sのみんなの、ひたむきさとまっすぐな輝きに、俺もひかれたんだ」

 宏未はくるりと海未に向き直った。

「毬穂と同じように。本当はそれじゃいけないのかも、しれないのに。だから、μ'sを助けたのは、俺の本心なんだ」

 宏未は唇をかみ海未を見つめる。

「……そうなのですね」

 

 海未は安堵の気持ちがわき上がるのを感じた。宏未さんの行動は、私たちのことを本気で考えてくれたから、そういうことですよね、と思う。

 

「ごめん、海未さん。毬穂と俺で、かき回してしまって」

 

 何度目かの謝罪の言葉が海未の心にゆっくりと染み込んでいった。

 

「……いいえ。毬穂と宏未さんのおかげで、こうして、ここまでこれたのですから」

 海未は微笑んだ。それは海未の本当の気持ちだった。

 宏未も表情を和らげる

「海未さん……。ありがとう」

 そういって宏未は、気持ちを落ち着けるように深呼吸をした。

 

 毬穂と宏未さんがいて、その結果、私たちは……九人のまま、無事に本選まで進めました。でも、この先は、どうなるのでしょう。もしかすると、宏未さんが話したように、ばらばらになってしまうのでしょうか。

 

 海未が考えるあいだに、単調な音を響かせて近くの線路を電車が通過していった。

 

 海未の心を読み取ったかのように宏未が続けた。

「いまのμ'sは……もともとの歴史からは変わったけど、俺が見た歴史とも違う。だから、これからどうなるのかは、俺にもわからない」

「そうなのですね」

「うん。すまない、海未さん」

 宏未はまたあやまる。

 

 これからどうなるか……本選のあとは、来年は、卒業後は……。宏未さんにもわからない、ということですね。

 

 そう認識すると、海未は多少なりとも心が落ち着くのを感じた。

 

 海未は宏未に笑いかけた。

「あの、それは……当たり前のことではないでしょうか」

「当たり前?」

「はい、未来はわからない……。当然です」

「そっか、そうだよね。当たり前、か」

 宏未は遠くを見るような目になった。その顔には、どこか吹っ切れたような表情が浮かんでいた。

 

 それを見て海未はさきほどの宏未の言葉を思い出す。

「宏未さんも、未来に戻るのですか?」

「うん、もう、すぐにね」

 宏未は海未に視線を戻し悲しそうにうなずいた。

「そう、ですか」

 

 唐突に別れが意識された。

 

 それも、普通の別れではありませんね。なにしろ、ときを(へだ)てた、別れなのですから。一度、離れたら、二度と会うことはない…。

 

 海未はわき上がってくる涙を抑えながら聞いた。

 

「宏未さんが未来に戻ったら、そのときには結果が出ている、ということですよね」

「そうなるね」

「わかりました。私たちは、私たちなりに、うまくやりますよ。期待していてください」

 海未は無理に笑顔を作った。

「わかった。信じてる」

「はい」

 

 ふたたび沈黙が流れた。さきほどの沈黙と違って海未の心は穏やかだった。

 

「もう、そろそろみたいだ」

 やがて宏未が口を開く。

「ことりさんに挨拶できなくて、残念だな。それに、みんなとも話ができなかった」

「あの、今からでも……」

「いや、いいよ。海未さんから、よろしく伝えてほしい」

「はい、わかりました」

 

 宏未は海未をじっと見つめ、なにかいいかけてから口を閉じた。

 

 宏未さん、なにかいいたそうですね。もしかして、私と同じ……。いえ、それは買いかぶりでしょう。

 でも、私は……私は、ここでいわないと、きっと後悔すると思います。

 

「宏未さん……あの、私……」

 海未は頬を染めて目をふせる。

「……お慕いしておりました、宏未さんのこと」

 

 宏未ははっと目を見開いた。そして微笑む。

「ありがとう、海未さん。俺も、海未さんのこと……いつの間にか、ひかれていたんだ」

「宏未さん……」

 

 宏未は優しく海未を抱き寄せた。宏未の腕のなかは温かかった。

 

「海未さん」

 海未の耳元で宏未がささやいた。

 海未は顔をあげた。すぐ近くに宏未の顔があった。海未は耳の先まで真っ赤になり、思わず目を閉じた。

 

 宏未は海未のひたいに、そっと唇で触れた。

 

 柔らかな感触に海未は目を開けた。

「宏未さん……」

「ごめん、海未さん。それは、次の誰かのために取っておいてほしい。海未さんと、一緒に、ときを歩いてくれる人に」

 宏未も顔を赤くしていた。

「そんな、私……」

 海未は瞳で訴えた。宏未はゆっくりと顔を振った。

 

 やがて宏未は体を離した。

「いざとなると恥ずかしいね。……誰かに似たのかもしれないな」

 そういってはにかむように笑う。

 海未はそのしぐさがかわいらしくて思わず笑みをもらした。

 

 ただ――誰かに、という言葉にひっかかりを覚えて海未は聞く。

「いったい誰に、似たのですか?」

「それは……」宏未は視線をそらした。「海未さん、あなたですよ」

「えっ」

「俺、海未さんの子孫……ひ孫なんだ。最後まで黙っていて、本当に悪かったと思う……。許してほしい」

「宏未さんが……ひ孫……」

 

 そういえば、と海未は思う。

 母は宏未さんのことを、はとこと間違えていました。どこか雰囲気が、似ていたからですね。それに、私の部屋にあった書も、知っていました。

 

「うん、でも、いつの間にか、意識しなくなってた。さっきの言葉は、俺の本心なんだ」

 宏未は照れくさそうに笑った。

「ええ。それも、信じます」

 海未も笑ってうなずいた。そうですね、宏未さんは……宏未さんです。

「ありがとう、海未さん」

「もしかして、毬穂も……?」

「うん、穂乃果さんの、ひ孫だよ」

「そうでしたか……」

 

 そちらのほうが、はるかに納得できるように、海未には思われた。

 

 どこか遠くで、ふたたびチャイムの音が鳴った。

 

 宏未は顔を引き締める。

「それじゃ、海未さん、お元気で」

「はい。宏未さんも」

 

 どれくらい見つめあっていただろうか。宏未の周囲の空間が泡立つように光を帯びて、次の瞬間、まばゆく輝いた。

 暗さにようやく目が慣れたときには、そこにはなにも残っていなかった。

 




次話、エピローグにて完結です。
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