クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi 作:Kohya S.
「未来? 宏未さん、それはどういう……」
海未の心に混乱が広がる。
「海未さん、いままで黙っていて、ごめん」
宏未は深々と頭を下げた。
「あ、あの、お顔を上げてください」
海未はあわてて宏未に呼びかけた。
宏未は顔を上げる。そしてゆっくりと話し始めた。
「急にこんなことをいっても、信じてもらえないと思うけど……俺と毬穂は、未来から来たんだ。この時代の人間じゃ、ないんだ」
「そ、そんなこと、あり得るのでしょうか……」
「うん、2070年代に時間物理学が急速に発展して……2079年に実用化されたんだ。時間遡航の安全性が確認されたのが、十年くらい前で……」
宏未の口調に、海未は家庭教師のときを思い出す。そしてそれは宏未の言葉に真実味を与えていた。
時間遡航……時間をさかのぼる、ということですよね……。
「毬穂がいい出して、この20XX年に時間遡航してきたんだ。信じてもらえないとは、思うけど」
宏未はいったん黙った。不安そうなまなざしで海未を見つめる。
海未はいまだに混乱に襲われ、なにもいえなかった。
「そうだ。これ……」
宏未は携帯端末を取り出して、なにか操作した。端末の上にライブの映像が浮かび上がった。「Snow halation」が流れる。最終予選のライブだった。
その映像は立体的で、あり得ない現実感を持っていた。
そう、まるでSF映画ででも見かけるような……、と海未は思う。
海未は信じたいような、信じたくないような気持ちで、かぶりを振った。
「それは……。あいにく私はそういうものには
「そうだよね」
宏未は諦めたように軽く吐息をつき、映像を消した。
続けて宏未は海未に聞く
「ラブライブ本選の曲と衣装、決まったのかな?」
「はい」
突然の話題の変更に戸惑いながら、海未はうなずいた。
「曲は、できました。衣装は……服はまだ完成していませんが、ことりがデザインを披露してくれました」
「そっか。それなら大丈夫かな」
宏未はうなずき、ふたたび携帯端末を操作した。立体的な映像が浮かび上がる。
「これは……『KiRa-KiRA Sensation!』」
海未がつぶやく。まだどこにも公開したことのない曲が流れていた。そして、衣装も。
曲は海未の知るそれと、わずかに雰囲気が違っていた。また衣装もよく見ると細部のデザインが異なる。それでも間違いなく、いま海未たちが練習している曲だった。
この曲を知っている……。いえ、この映像を持っているということは、もしかして本当に……。
海未は宏未と最初に会ったときのことを思い出した。
そうです、あのとき宏未さんはどこからともなく、出現したように見えました。それに、まるで日本に慣れていないかのような言動と、奇妙なイントネーション。
そういえば、天気予報も、いつも当たっていましたね。
いつのまにか海未はあり得ないものを見るように、宏未を見つめていた。宏未はたじろぎ、悲しそうな光を瞳に宿した。
海未は宏未のその姿を見て深い後悔に襲われる。
いえ、仮に未来から来たとしても、宏未さんは宏未さんです。それがなにか、変わるわけでは、ありませんよね。
海未は表情を和らげた。ゆっくりと顔を振る。
「宏未さん」
「はい」
「私……。信じます。あなたのことを……」
そう、未来から来た、ということ、そしてきっとなにか事情があったのだろう、ということを……。
「ありがとう、海未さん」
宏未は安堵の表情を浮かべた。
「ごめん、いままで黙っていて」
そしてもう一度、頭を下げた。
「いえ、それはいいのです」
海未は声をかけた。
でも、どうして……。心に浮かんだ疑問を、海未は素直に口にする。
「時間遡航……毬穂が、といいましたね。どうして彼女は?」
わざわざ時間遡航などおこなうことにしたのでしょう。
「毬穂がμ'sのことを見て……」
宏未は言葉を切った。海未は宏未の目に迷いを見てとった。静かに告げる。
「宏未さん。もしよろしければ、本当のことを、教えてください」
「海未さん……」
宏未はため息をついて続ける。
「かなわないな、海未さんには。……毬穂は、μ'sに、もっと活躍してもらいたい、って思ったんだよ」
「活躍、ですか」
「うん。もともとの歴史では……毬穂が見た歴史では、μ'sは、ことりさんが留学して、八人になってしまったんだ」
「え、そんな……」
でも、たしかに、ひとつ間違えば、ことりは留学していました。そんな歴史も、ありえるのかも知れません……。
「そして、ラブライブ予選も敗退。そのままμ'sは解散……。だから毬穂は、過去に来たんだ」
「そんなことが……」
「ごめん、よく考えれば、すごく身勝手だよね。本当にすまない……。俺、深く考えてなかったんだ。毬穂を止めればよかった」
宏未は悔やむように
「いえ、でも、毬穂のおかげで、ことりは留学しなかった。そういうこと、ですよね。だとしたら、感謝しなくてはならないのかもしれません」
海未は首を振った。
「ありがとう」宏未は顔を起こした。「そういってもらえると、救われるよ」
海未はもうひとつの疑問を口にする。
「でも、だとすると、宏未さんは……?」
宏未は表情を硬くした。しばらく黙っていたが苦しそうに話し始める。
「毬穂は……毬穂は
そのいい方に、あらためて海未は、彼が未来人であることを認識させられた。
海未はなんとかうなずく。
「俺の見た歴史では、μ'sは九人のまま。ラブライブでも優勝。そして卒業後は芸能活動を始める……」
「それは、毬穂がさきほど話していた……」
海未は毬穂の台詞を思い出していた。
「やっぱり、そうか。同じこと、考えてたんだな」
宏未は目を落とした。
「でも……それが悪い未来につながるとは、限らないのでは?」
海未は救いを求めるように宏未へ問いかけた。
「うん、そうなんだ。そうかもしれない。でも、毬穂が改変した歴史では、μ'sは不慣れな芸能界でトラブルに巻き込まれる」
宏未はしばらく口をつぐんだ。大きく顔を振ってから続ける。
「……そして解散。メンバーは、ばらばらになる」
「……」
「それがつらくて、俺も遡航したんだ。毬穂にばれないように、μ'sを……
それだけいって宏未は海未に背を向けた。
μ'sを……失敗させるため?
海未の視界が狭くなる。高速を走る自動車の音が急に大きくなった気がした。
そんなことを、宏未さんは考えていた、というのですか……?
重苦しい沈黙が流れた。
どこかで踏切が鳴り始め、海未は意識を取り戻した。
「でも、宏未さん……。あんなにご助言をしてくれたり、助けてくれたり、しましたよね」
海未はすがるような気持ちで話す。
「最初は、失敗させようと努力してた。でも……」
宏未は首を振った。
「途中から、海未さんの、μ'sのみんなの、ひたむきさとまっすぐな輝きに、俺もひかれたんだ」
宏未はくるりと海未に向き直った。
「毬穂と同じように。本当はそれじゃいけないのかも、しれないのに。だから、μ'sを助けたのは、俺の本心なんだ」
宏未は唇をかみ海未を見つめる。
「……そうなのですね」
海未は安堵の気持ちがわき上がるのを感じた。宏未さんの行動は、私たちのことを本気で考えてくれたから、そういうことですよね、と思う。
「ごめん、海未さん。毬穂と俺で、かき回してしまって」
何度目かの謝罪の言葉が海未の心にゆっくりと染み込んでいった。
「……いいえ。毬穂と宏未さんのおかげで、こうして、ここまでこれたのですから」
海未は微笑んだ。それは海未の本当の気持ちだった。
宏未も表情を和らげる
「海未さん……。ありがとう」
そういって宏未は、気持ちを落ち着けるように深呼吸をした。
毬穂と宏未さんがいて、その結果、私たちは……九人のまま、無事に本選まで進めました。でも、この先は、どうなるのでしょう。もしかすると、宏未さんが話したように、ばらばらになってしまうのでしょうか。
海未が考えるあいだに、単調な音を響かせて近くの線路を電車が通過していった。
海未の心を読み取ったかのように宏未が続けた。
「いまのμ'sは……もともとの歴史からは変わったけど、俺が見た歴史とも違う。だから、これからどうなるのかは、俺にもわからない」
「そうなのですね」
「うん。すまない、海未さん」
宏未はまたあやまる。
これからどうなるか……本選のあとは、来年は、卒業後は……。宏未さんにもわからない、ということですね。
そう認識すると、海未は多少なりとも心が落ち着くのを感じた。
海未は宏未に笑いかけた。
「あの、それは……当たり前のことではないでしょうか」
「当たり前?」
「はい、未来はわからない……。当然です」
「そっか、そうだよね。当たり前、か」
宏未は遠くを見るような目になった。その顔には、どこか吹っ切れたような表情が浮かんでいた。
それを見て海未はさきほどの宏未の言葉を思い出す。
「宏未さんも、未来に戻るのですか?」
「うん、もう、すぐにね」
宏未は海未に視線を戻し悲しそうにうなずいた。
「そう、ですか」
唐突に別れが意識された。
それも、普通の別れではありませんね。なにしろ、ときを
海未はわき上がってくる涙を抑えながら聞いた。
「宏未さんが未来に戻ったら、そのときには結果が出ている、ということですよね」
「そうなるね」
「わかりました。私たちは、私たちなりに、うまくやりますよ。期待していてください」
海未は無理に笑顔を作った。
「わかった。信じてる」
「はい」
ふたたび沈黙が流れた。さきほどの沈黙と違って海未の心は穏やかだった。
「もう、そろそろみたいだ」
やがて宏未が口を開く。
「ことりさんに挨拶できなくて、残念だな。それに、みんなとも話ができなかった」
「あの、今からでも……」
「いや、いいよ。海未さんから、よろしく伝えてほしい」
「はい、わかりました」
宏未は海未をじっと見つめ、なにかいいかけてから口を閉じた。
宏未さん、なにかいいたそうですね。もしかして、私と同じ……。いえ、それは買いかぶりでしょう。
でも、私は……私は、ここでいわないと、きっと後悔すると思います。
「宏未さん……あの、私……」
海未は頬を染めて目をふせる。
「……お慕いしておりました、宏未さんのこと」
宏未ははっと目を見開いた。そして微笑む。
「ありがとう、海未さん。俺も、海未さんのこと……いつの間にか、ひかれていたんだ」
「宏未さん……」
宏未は優しく海未を抱き寄せた。宏未の腕のなかは温かかった。
「海未さん」
海未の耳元で宏未がささやいた。
海未は顔をあげた。すぐ近くに宏未の顔があった。海未は耳の先まで真っ赤になり、思わず目を閉じた。
宏未は海未のひたいに、そっと唇で触れた。
柔らかな感触に海未は目を開けた。
「宏未さん……」
「ごめん、海未さん。それは、次の誰かのために取っておいてほしい。海未さんと、一緒に、ときを歩いてくれる人に」
宏未も顔を赤くしていた。
「そんな、私……」
海未は瞳で訴えた。宏未はゆっくりと顔を振った。
やがて宏未は体を離した。
「いざとなると恥ずかしいね。……誰かに似たのかもしれないな」
そういってはにかむように笑う。
海未はそのしぐさがかわいらしくて思わず笑みをもらした。
ただ――誰かに、という言葉にひっかかりを覚えて海未は聞く。
「いったい誰に、似たのですか?」
「それは……」宏未は視線をそらした。「海未さん、あなたですよ」
「えっ」
「俺、海未さんの子孫……ひ孫なんだ。最後まで黙っていて、本当に悪かったと思う……。許してほしい」
「宏未さんが……ひ孫……」
そういえば、と海未は思う。
母は宏未さんのことを、はとこと間違えていました。どこか雰囲気が、似ていたからですね。それに、私の部屋にあった書も、知っていました。
「うん、でも、いつの間にか、意識しなくなってた。さっきの言葉は、俺の本心なんだ」
宏未は照れくさそうに笑った。
「ええ。それも、信じます」
海未も笑ってうなずいた。そうですね、宏未さんは……宏未さんです。
「ありがとう、海未さん」
「もしかして、毬穂も……?」
「うん、穂乃果さんの、ひ孫だよ」
「そうでしたか……」
そちらのほうが、はるかに納得できるように、海未には思われた。
どこか遠くで、ふたたびチャイムの音が鳴った。
宏未は顔を引き締める。
「それじゃ、海未さん、お元気で」
「はい。宏未さんも」
どれくらい見つめあっていただろうか。宏未の周囲の空間が泡立つように光を帯びて、次の瞬間、まばゆく輝いた。
暗さにようやく目が慣れたときには、そこにはなにも残っていなかった。
次話、エピローグにて完結です。