クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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エピローグ
24. 未来へ


 海未は駅までゆっくりと歩いた。涙がぽつりぽつりと地面を濡らした。

 

 駅舎のなかで穂乃果たちが待っていた。

毬穂(まりほ)ちゃんは?」と穂乃果。

「はい、わかってくれました」

 海未がそういうと全員が安堵の言葉をもらした。

 

「でも、毬穂ちゃん、一緒じゃないの?」

 ことりが不思議そうに聞く。

「急用ができたそうで……ご家族の(かた)が迎えにこられて、先に帰りました」

「そうなんだ……」

 

 転学のことと毬穂の伝言は、明日、話しましょう、と海未は思う。未来に帰ったことは秘密にしたほうが、いいでしょうね。

 

「もしかして、気を使ってくれたのかな」

「だとしたら、悪いことしちゃったね」

 凛と花陽が話す。

 

 海未は、それは違いますといおうとして、思いとどまった。毬穂が最後に私たちだけで、これからについて考える機会をくれたのは、たしかですから。

 

 海未たちはおしゃべりをしながら電車を待った。

 

 μ'sが終わりになる――その事実は毬穂の提案のせいで、海未にはいったん客観的な、どこか遠いことのように思えていた。そしてなんとなく、事実として受け入れてしまった気になっていた。

 しかしこうしてもう一度、九人になると、それは再び現実感を持って襲ってきた。

 

 メンバーたちもそうだったのだろう、だんだんと口数がすくなくなっていった。

 

「そうだ、写真、撮ろうよ!」

 穂乃果の提案で、駅前の証明写真を九人で撮った。毬穂がいないのが、海未には残念でならなかった。

 

        ・

 

 その日は結局、全員が泣き出してしまった。ただ、それは心の整理をするためにはよかったのだろう。毬穂がいなくなったこととあわせて、ひとつの区切りがついたように海未には思えた。

 その日以降、海未は、μ'sが終わりになることを考えても、悲しくはなっても涙を流すことはなかった。

 

 翌日、登校した海未は、毬穂がいつの間にか転学の手続きを終えていたことを知った。

 理事長は「大事なときにμ'sのみんなを動揺させたくないから、黙っていてほしい、っていわれてたのよ」とあやまった。

 海未は毬穂からの伝言を穂乃果に、ことりに、そしてみんなに伝えた。

 

 ラブライブの本選まで、練習に明け暮れるいつもの日常が(つか)()だけ戻ってきた。

 

 練習のあいまや自室で教科書を広げているとき、海未は宏未(ひろみ)のことを思い出した。

 

 宏未さん……。見ていてくれているでしょうか。私たち、うまくやれているでしょうか。

 μ'sは……いえ、私たちは、きっと幸せになって、そして、みんなを幸せにして見せますから。

 

――――――――

 

 宏未は閉じていた目を開けた。半透明の円筒がゆっくりと上がっていった。

 

「宏未ちゃん!」

 いきなり毬穂が抱きついてきた。

 宏未は毬穂の体を引きはがす。

「お疲れさま、毬穂」

 宏未が微笑むと毬穂は泣き笑いのような顔をした。

 

 宏未はオゾンのにおいのする航時機から離れた。機械音は徐々に小さくなっていった。

 

「ねえ、宏未ちゃん。μ's、あれでよかったのかな……」

 毬穂がどこか悔いの残る表情でいった。

「こっちに帰ってくる前に、話したじゃないか。よかったんだと思うよ」

「うん、そうだよね」

 毬穂は自分を納得させるようにうなずいた。

 

 最後、海未さんと話して……。納得して、もらえたかな。そう思いたいけど。俺、あやまってばっかりだったな。

 そうだ、もう、歴史は変わっているはず。

 

「毬穂、海未さんのインタビュー、覚えてる?」

「あ、そうだね」

 毬穂も気づいたようだった。

 

 毬穂は携帯端末をこの時代のネットワークに接続して、震える手で同じ記事を探した。

 記事はすぐに見つかったようだ。不安そうな表情で端末を操作し、宏未にも見えるように投影する。

 

『――高校時代、アイドル活動をされていた海未さんですが、きっかけは?』

『はい、通っていた高校が廃校になると聞いて、幼馴染ふたりに巻き込まれて始めました。それから何人もの友人に恵まれて……PRの甲斐(かい)あって高校は存続したのですよ』

『――大成功ですね』

『はい(笑)。そのあとは、おかげさまでコンテストでも優勝して、海外公演。本当に夢のようでした」

『――μ's、ですね。でも、どうして解散したのですか』

「全員で話しあって、決めたのです。あのとき、あの九人だからこそμ'sだって。後悔はしていません」

『――青春の(いち)ページ、ですか』

『はい。メンバーとは今もお付きあいしています』

 

 毬穂と宏未は顔を見合わせた。

 毬穂は笑顔になっていた。宏未も心が温かくなるのを感じる。

 

 そっか、海未さん、あのあと優勝して……きちんとμ'sは終わりにしたんだな。

 

「うん、よかった」

 毬穂は携帯端末を胸に抱きしめた。

 

        ・

 

 宏未は計算機室のコンソールで航時機を停止させた。そして利用したことがわからないように記録(ログ)を注意深く消していった。

 毬穂はそのあいだ、おとなしく待っていた。

 

 ようやく作業が終わって宏未は声をかける。

「毬穂、服、どうする?」

「あっ、そうか。……今日は、このまま帰るよ」

「そうだね」

 宏未もうなずいた。

 

 ふたりは研究室をあとにした。誰もいない廊下を歩く。半年ぶりの21世紀末の空気は、どことなく過去とは違って感じられた。

 宏未の頭からは過去のこと――μ'sのみんなのこと、そして海未のことが離れなかった。

 

 毬穂もそうだったのだろう。

 その思いを振り払うためか、わざとらしい口調で毬穂はいった。

「ねえ、宏未ちゃん、どうして教えてくれなかったの。宏未ちゃんがいたなら、もっと楽しかったのに」

「……毬穂がピンチになったら、駆け付けようと思ってたんだよ。でも、そうならなくてよかった」

 宏未はにやりと笑ってみせた。

「そんな……もう、いろいろあったんだから!」

「でも、なんとかなっただろ」

「それは、そうだけど……」

 毬穂はすねるようにいった。

「宏未ちゃんが来てると、知っていれば、もっと安心できたのにな……。でも、ありがと」

 毬穂は微笑んだ。宏未も微笑みを返した。

 

「……なにか、飲んでから帰ろうか」

「うん! 宏未ちゃんのおごりね!」

「はいはい」

 

 ふたりはカフェテリアに向けて歩いた。

 

 途中、数人の高校の女子生徒とすれ違った。

 宏未は彼女たちの制服の色が変化していることに気づいた。白い生地だったはずだが、いまはブルー系になっている。過去が変わったせいで、こんなところが変わるのか、と思う。

 

 カフェテリアはやはり閑散としていた。

 入り口で立体印刷されたメニューに目をやる。気づいた範囲では特におかしなところはなく、宏未は安堵した。

 

 大きく取られた窓から見える外の景色はすでに暮色に包まれていた。そこからはテラス席に出られるらしい。

 

「あれ、こんな席、なかったはずなのにな……」と宏未。

「微妙に変わってるんだね」

 毬穂は感心したようにいう。

「せっかくだから、出てみようよ」

 毬穂の言葉に宏未はうなずき窓に近づいた。自動で窓が開く。

 

 そこには巨大な建造物が横たわっていた。随所がライトアップされ、夕暮れの空と街明かりを背景に、きらきらと輝く屋根が優美な曲線を描く。

 

 毬穂は手を口に当てて息を飲んだ。

「うそ、なにこれ……住宅地だったのに……」

 宏未はあわてて携帯端末を操作して地図を確認した。

「新秋葉ドーム……」

「こんなことって、あるの……」

「……バタフライエフェクトだ」

 

 ごくわずかな変化が巡り巡って大きな影響をおよぼす、という現象だった。あとで毬穂に説明しないと、と宏未は呆然としながら考えた。

 

 秋を思わせるさわやかな一陣の風が吹き抜ける。それに乗って、どこからか一枚の白い羽根が飛んできた。ふたりの前で空中にくるりと円を描く。

 毬穂は指を伸ばしてそれをつかみ、しばらく眺めてから、胸ポケットへとしまった。

 

「あっ、毬穂ちゃん、こんなところにいたの」

 カフェテリアの入り口から少女の声が聞こえた。ふたりはそちらへ向く。制服姿の少女がたったとふたりのもとに駆け寄ってきた。

 ぺこりと宏未に会釈する。

「つぐみちゃん」毬穂は笑った。「久しぶりだね」

「えっ、どういうこと?」

 つぐみは不思議そうに首をかしげた。リボンで止められたベージュの髪が揺れた。

「……毬穂ちゃん、急にお休みするから、びっくりしちゃったよ。大丈夫?」

「うん、大丈夫だけど……」

 今度は毬穂が顔に疑問を浮かべる。

「そっか、よかった。明日は、ちゃんと参加してね、練習」

 つぐみはにっこりと微笑んだ。

「練習って?」

「スクールアイドルだよ、どうしたの、毬穂ちゃん? やっぱり熱でもあるの?」

 心配そうな顔をするつぐみ。

 

 毬穂の顔は驚きから――ゆっくりと喜びへと変わっていった。

 

「ううん、大丈夫。わかった」

 嬉しそうに微笑む毬穂。

「うん、それじゃあね♪」

 つぐみはいったん歩き出してから振り返り、もう一度手を振ってから、カフェテリアを出ていった。

 

「そっか……。こんな風に、変わったんだ。海未さんとの約束……」

 毬穂はささやいた。目の端に光るものがあった。

 

 宏未はつぐみが振り返ったとき、胸で淡く光る校章に気づいていた。桜の花びらに「音」の字をあしらったデザイン――。あれは、もしかして……。

 

 宏未は急ぎ足で歩いた。

「あ、待って、宏未ちゃん」

 毬穂もあわててついてくる。

 

 カフェテリアの入り口。メニューの右下には「神田橋大学・音ノ木坂学院合同カフェテリア」とあった。

 

 そうか、どういう経緯をたどったのかわからないけど……東京セントラル高校は設立されずに、音ノ木坂学院が存続したんだ。

 

「どうしたの、宏未ちゃん?」

 宏未は黙って文字を指さした。

「なに、これ……」

 毬穂は絶句した。

「私、音ノ木坂学院の生徒、ってことになるんだ……」

「明日から、練習、たいへんそうだな」

 宏未は毬穂の肩を叩く。

「ううん、平気だよ。だって、海未さんたちに鍛えられてたんだもん」

 毬穂はにっこりと笑った。

 




 最後までお読みいただき、ありがとうございます。
 18万字近くといままでの作品のなかで最も長くなりましたが、おかげさまで最後まで書き終えることができました。

 これまでの八作品とは異なり恋愛ではなくSFをメインにしていますが、もともと「時をかける少女」「ねらわれた学園」あたりのジュブナイルSFが好きなこともあり、楽しく書くことができました(恋愛譚を期待されていた方には申し訳ありません)。
 とはいえ、第一稿から推敲を重ねた結果、最終的にはいくぶん恋愛要素が強くなりました(「時かけ」くらいには……)。タイトルに「Story of Umi」を追加したいと思います。

 また、今回は最後のメンバーということもあり、μ's全体のまとめ的な描写も入れたかったため、終盤はあのような展開になりました。

 内容の面白さについては、読者の方のご判断にお任せしたいと思います。

 海未ちゃんを主人公としましたが、わりと受け身なところがあるため、とにかく動かしにくいキャラクタで難儀しました。中盤以降はずいぶんマシになりましたが……。
 また、宏未についてはもうすこししっかり書き込みができればよかったと考えています。毬穂についても同様で、もっと可愛く描けたならと思います。
 全体的にはプロット、伏線、会話、情景や心情描写など、まだまだ未熟だと痛感しております。

 感想、ご評価等いただけると、たいへん嬉しく思います。タイムリープ等、設定へのご質問、矛盾のご指摘などもお待ちしております。

 九人分、書き終えての感想については活動報告を書きたいと思います。よろしくお願いいたします。
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