クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi 作:Kohya S.
怪我をした青年を海未はゆっくりと案内した。青年は海未の隣をびっこを引きながらついてきた。
海未よりも十数センチは長身で、ショートカットの黒髪に黄色い瞳が輝いていた。海未が目をあわせると、彼はにこりと笑った。
海未はあわてて目をそらした。ふと思いつく。
殿方と一緒に歩くなんて、初めてではないでしょうか。その、あらためて考えると、たいへん恥ずかしいですね……。いえ、これは行きがかり上、仕方なく、なのです。
海未はそう自分を納得させた。
しかしへんに意識してしまったせいか、歩くうちに海未は沈黙に耐えられなくなってくる。
な、なにかお話ししないと……。
「て、手を貸さなくて、本当に大丈夫ですか」
すこし声がうわずってしまう。
自宅の道場で同年代の道場生の相手をすることはあったものの、いままで会話らしい会話は交わしたことはなかった。
「ええ、なんとか」
青年は微笑んだ。
海未は照れ隠しについ厳しい口調になる。
「……どうしてあんな風に、道路に出ていったのですか。危なくて仕方ありませんよ」
「すみません、車は自動的に止まるものだと、思ってたので……」
青年はばつが悪そうに笑った。
「そんな……甘すぎますよ」
海未があきれたようにいうと青年はあわてて続けた。
「すみません。日本に戻ってきたばかりで……。向こうでは歩行者を見ると、みな止まってくれるんです」
「日本に戻ってきた……。留学でもされていたのですか?」
「はい、日本は数年ぶりです」
たしかに、すこし言葉になまりがありますね。海外のほうが、交通マナーがいいと聞いたことがあります。しかし、
「日本では、残念ながらそこまで交通マナーはよくありません。気を付けてくださいね」
「はい、すみません」
海未が子供にいい聞かせるようにいうと、青年は神妙な顔でもう一度あやまった。海未はそんなようすが面白くて、思わずくすりと笑った。
すこしふたりのあいだの壁が薄くなった気がして、海未は聞いてみる。
「あの、私、園田海未、と申します。失礼ですが、お名前は」
「あ、その……」青年は目を泳がせた。「……
「田辺さん。よろしくお願いしますね」
海未は会釈する。
「いえ、こちらこそ。園田さん」
宏未と名乗った青年はかみしめるようにそう話した。
すぐに海未の自宅についた。
「ただいま帰りました」
海未は宏未を上がり
「すこし、待っていてくださいね」
まずは台所に走り、冷蔵庫から氷を取り出して、水とともに近くに用意してあった
玄関に戻り宏未に手渡す。
「これで、すこし冷やしておいてください」
そういい置いて今度は道場に常備してある救急箱を取りに走った。
救急箱を手に戻ると、海未は宏未の隣にひざまずいた。
「見せていただけますか?」
宏未は素直にしたがった。出血や腫れはいまのところないようだった。海未は胸をなでおろす。
「軽いねんざのようですね。本当はもうすこし冷やしたほうがいいのですが、それだとお帰りになれないでしょうし……。湿布して、テーピングしますね」
海未は安心させるように話す。
「すみません」
道場生の怪我の対応で慣れていることもあり、海未はてきぱきと処置を進めた。
「園田さんは、高校生ですか」
処置を受けながら宏未がいう。
「ええ、この近くの、音ノ木坂学院に通っています。……田辺さんは? 留学、されていたそうですけど」
「私は……向こうの大学での勉強が終わったので、来年の春から、こちらの大学に通う予定です」
「そういえば海外では秋から新年度でしたっけ」
「ええ、国にもよりますが。いまは半年間、休学中ですね」
あまり殿方のお年はよくわからないのですが、大学生の方なのですね。私とは……三つか四つ、違いでしょうか。
物音を聞きつけたのだろうか、家の奥からひとりの和服姿の女性が顔を見せた。
「海未さん、どうかしましたか」
海未の母だった。
「あ、お母さま。こちらの方がうちの近くで怪我をされて、いま手当てをしていたところです」
「座ったままですみません、お世話になってます」
宏未は頭を下げた。
「いえ、お気になさらず。……あら、もしかして、横浜のところの、ひろあきちゃん? 大きくなったわね。ほら、海未さんの、はとこの……」
母は嬉しそうに海未に話す。
「お母さま、違いますよ。別の方です」
「あら、すごく似てたから……。ごめんなさいね」
「いえ、とんでもないです」
宏未は笑った。
「これもなにかの縁ですから、海未さん、しっかり手当てして差し上げてね。それでは、失礼します」
母は一礼して戻っていった。
「すみません、うちの母が勘違いして……」
「いいえ。……きれいな方ですね」
「ありがとうございます。母も喜びますよ。……はい、終わりました。立ってみてください」
海未がうながすと宏未は立ち上がった。たしかめるように足を動かす。
「ああ、ずいぶん楽になったみたいです」
「それはよかったです」
海未は微笑んだ。
「でも、もし痛みが残るようなら、早めにお医者に行ってくださいね」
「素晴らしい
海未はその笑顔に好感を覚えた。なかなか礼儀正しい方ですね、と思う。
「いいえ、ご心配なく。それではかえって、こちらが恐縮してしまいます」
「でも……」
「それ以上はいわないでください」
「……わかりました」
宏未はふたたび微笑んだ。
宏未が帰るのを海未は門の外まで送っていった。
「それでは、本当に、気を付けてくださいね。もう、暗いですし」
「はい、気を付けます」
宏未はもう一度、礼をすると道を歩いて行った。
海未は門を閉めて玄関に鍵をかけ、稽古の準備をするため自室に急いだ。
田辺さん、海外から帰ってきたばかりで怪我をされるなんて、災難でしたね。無事にどこかにお帰りになれればいいのですが……。
でも、笑顔が素敵な方でしたね……。
しばらくのあいだ海未の心からは彼のことが離れなかった。
――――――――
車を避けたはずみに足をくじいた宏未は、自宅で手当てをする、という海未におとなしくついていった。実際に足が痛むのもあったが、海未となにか関係を持てれば次につながるだろうと考えたのだった。
途中、名前を聞かれたときには肝を冷やしたが――目に入った「
「園田」って名乗ったら、海未さんが変な顔をしそうだからな……。
海未の自宅は、場所こそ宏未の実家と同じものの古風な平屋だった。その建物は宏未のいた時代では宏未の生まれる前に建て替えられていた。
自宅についた海未はてきぱきと手当てをしてくれて、宏未はひどく感銘を受けた。
お礼をしたいという申し出は断られてしまったものの、宏未は先行きに希望が持てそうな気がしたのだった。
宏未はその日は適当なホテルに泊まった。
翌日は宏未は携帯端末の力を借りて戸籍のハッキングに取りかかり、数日で音ノ木坂学院から近いワンルームマンションを借りることに成功した。足の痛みもそのあいだにおさまっていた。
また、神田橋大学のシステムにも侵入し、休学中の学生という身分も手に入れたのだった。
・
並行して宏未は今後の計画を練った。
毬穂の前に姿を見せて改変後の歴史を見せれば――携帯端末にダウンロードした情報を見せれば彼女も信じるだろう――早いのかもしれなかったが、未来への帰還日時は変更できないし、それで毬穂がμ'sに干渉するのを
宏未には彼女が「もっとうまくやるよ!」というのがありありと想像できた。
かといって毬穂と一緒にμ'sの関わっていくのも得策とは思えなかった。きっと毬穂と意見が衝突してしまうだろう。
俺が来ていることを毬穂には知られずに、なんとかμ'sに影響を与えて、歴史をすこしずつ変えていくのが、一番よさそうだな。毬穂の持っている知識と、改変後の歴史は、だいたいわかってる。だから、毬穂の行動はある程度、予想できるし、微調整も効くだろう。
となると……。
まずはμ'sになにか関係を持たなくてはならない。それは明らかだが、なかなかよい案は思いつかなかった。
偶然もあったし、まずは海未さんがいいだろうな……。なんとかして話しかけてみるか。
宏未は下校時刻をねらって、音ノ木坂学院の近く、通学路が見えるファーストフードに陣取った。服も買いそろえて、この時代にあわせたものにしていた。
待つことしばし、海未と穂乃果、ことり、そして毬穂の四人が前を通りがかった。
宏未は見つからないようにあとをつけた。
毬穂の姿を見て――宏未は彼女の前に出ていけないことに寂しさを覚えた。ただ毬穂は楽しそうにおしゃべりをしていて、それが救いだった。
まるでストーカーみたいだよな……。そんな思いが頭をよぎったが、気にしている場合ではないと自分にいい聞かせた。
残念ながらその日は、話しかけるきっかけはつかめなかった。
翌日、宏未は同じようにファーストフードで待った。
穂乃果を除いた海未、ことり、毬穂の三人が通りがかる。宏未はあとを追った。すぐにことりと毬穂が手を振って別れていった。
どうしよう。不自然だけど話しかけるべきかな。海未ひとりになったのを見て、宏未は悩んだ。
ひとり道を歩く海未は物思いに沈んでいるようだった。
やがて海未は交差点に差し掛かった。
建物の陰、交差する道路から中年の男性があらわれた。男性は携帯端末――スマートフォンを手になにやら操作していた。
海未もすこしぼうっとしていたのだろうか、宏未が声をかける
「きゃっ」
海未は小さく悲鳴をあげた。
「おっと」
男性はたたらを踏んでよろめいた。スマートフォンが手から落ち、ガシャンと音を立てる。
「あ、すみません」
海未は思わずといった感じで口走った。
「おい、お前、どこ見て歩いてるんだ」
ようやく体勢を立て直した男性はスマートフォンを拾い上げ、怒りに顔をゆがめた。
「まったく、壊れたらどうしてくれるんだ。ほら、傷がついてしまった」
わざとらしくスマートフォンの角を指で示す。
「そ、そんな……私も不注意でしたが……あなたが歩きながら使っていたせいではありませんか」
海未はまなじりを決して主張した。
「なんだと!」
ただそれは男性の怒りをかき立てる効果しかなかったようだった。いまにもつかみかかりそうな勢いで、海未に詰め寄った。
しばらくあっけにとられていた宏未は、あわてて駆け寄った。
「あの、そのくらいにしたら、どうですか」
海未の横まで行って声をかける。
「なんだお前は」
男性は宏未に顔を向けた。
「うしろから見てましたが、あなたが急に、わきから飛び出してきたように見えました」
「いや、こいつがぶつかってきたんだ」
男性は海未を親指で示した。
海未は驚きと不安が入り混じった顔で宏未を見つめていた。宏未は海未にちらりと安心させるために微笑む。
宏未は半歩前に出た。海未をかばうように。
「すくなくともその子は、ちゃんと前を見てましたよ。それに、あなたがひとりで、よろけたようですが」
男性は宏未をにらみつけた。宏未はそれを真っ向から見返す。
「……くそっ」
男性はそう吐き捨てると、点滅を始めた歩行者信号へ向けて走っていった。
宏未はふーっと深呼吸をする。
「あの、ありがとうございました」
海未は両手を体の前であわせ深くお辞儀をした。
「いえ、とんでもない。たまたま通りがかっただけですから」
海未に嘘をつくのはすこし気がとがめた。仕方がないよな、と思う。
「そうなんですね。本当に助かりました」
海未はほっとしたように笑った。
「でも、園田さん、なかなか格好よかったです。なかなかああいうことは、いえないですよね」
宏未の言葉に、海未は恥ずかしそうに目を落とした。
「すみません、昔からああいうのは気になって……。これじゃ、へんなトラブルに、巻き込まれてしまいますよね」
海未は顔をあげた。
「あの、よろしければなにかお礼を……」
「いえ、それは結構ですよ。多少でもこの前の恩返しができて、よかった」
宏未が海未に微笑むと、海未は心なしか頬を赤く染めた。
ふたりはなんとなく並んで歩き始めた。
「あの、お怪我のほうは、もうよろしいんですか」
「はい、すっかり。手当てが良かったからですね、きっと」
「そんな……。でも、よかったです」
「……実は園田さんのこと、すこし前から気づいていたのですが、声をかけられませんでした。そんな雰囲気でなくて……。あんなことになってしまって、すみません」
「とんでもないです。助けていただいたことに、かわりありませんから」
海未は穏やかな顔でそう話した。
海未との関係がすこしだけ変化した気がして、宏未は思い切って聞いてみることにする。
「……なにか、悩まれていたようですね」
海未は黙りこんだ。ちらりと宏未のほうを向いて、また目をそらす。
宏未がそのまま待つと、彼女はやがて宏未を見つめて、口を開いた。
「あの……相談に乗って、いただけますか」
・
ふたりは近くのカフェに入った。
「アイスコーヒーを。園田さんは?」
注文を取りに来た店員に宏未は伝えた。まだ人間の店員を相手にするのは慣れない。
「ええと……冷たい緑茶を、お願いします」
「相談と、おっしゃっていましたが……」
店員が去り、宏未はうながしてみる。
もしかすると、ことりさんのことかな。そうだとすると、願ったり、なんだけど……。
海未は目を伏せてまた
「あの、実は、友人が留学しようか、悩んでいるようなのです」
来た、と宏未は気を引き締めた。
「なにかアドバイスできないか、と考えているのですが、なにぶん経験もなく……。田辺さんが留学していた、とお聞きして、参考になるようなお話をうかがえたら、と思ったのです」
海未は申し訳なさそうにしながら、それでもしっかりといった。
「そうですね……」
宏未は考え込んだ。
ことりさんが留学を取りやめた結果、歴史が大きく変わったんだよな。元の歴史に戻すなら、ことりさんには留学してもらった方がいいんだけど……。どういう風に話を進めればいいかな。
店員が注文の品を持ってきた。それぞれの席の前に飲み物を置いて、宏未の前に伝票を裏返しに伏せていった。
コーヒーを一口飲み宏未は慎重に話し始めた。
「そのご友人は、なぜ、悩んでいるのですか? ついていけるか自信がないとか、ですか。それとも、語学ですか?」
「いえ、よくできる子なので、そういった心配はしていないようです。私たちと……学院の友人たちと、別れるのがつらいようです」
「たしかに、そうかもしれませんね。特に、女の子だと……」
「はい。それに……一緒に部活動をやっていまして、大会を目指しているんです」
ここはどんな部活か、聞くのが自然かな、と宏未は思う。
「なんの部活ですか?」
「ええと、それは……あの、たいしたものではありません」
海未は顔を赤らめた。宏未は内心、微笑ましくなる。
「あくまで私の話ですが」そう前置きして宏未は話した。「留学してやはり視野が広がったと思います。やはりいろいろな人に会えるのは、大きいですね」
海未は真剣な表情でうなずいた。宏未はそれを見て罪悪感を覚える。
俺、なに偉そうなこと、いってるんだろうな。まあ、これも歴史のため、仕方ないか。
「それぞれの文化の違い、価値観の違い、というんでしょうか。すごく刺激になりました。語学力が付いたのは、もちろんですけど。……その友人は、なにか学びたいことがあって、留学を検討しているんですか?」
「はい、向こうが本場で……専門的なことを学びたいようです」
「それなら、なおさらそうかもしれませんね」
海未は押し黙った。その表情は悲しげで――宏未は海未の本心に気づいた。
ああ、海未さん、ことりさんに留学してほしくないんだな……。
八人なら、きっと最悪の事態は避けられるんだろう。だけど、俺が遡航したことで……九人でも、ことりさんが留学しなくても、歴史は変わるかもしれない。もしそうなら、それがきっと毬穂にも一番、いいはずだ……。
「……そうはいっても、あくまで私の話です。本当に重要なのは、その友人の心、だと思いますよ。高校時代の友情は、なにものにも代えがたいですから」
宏未ははげますようにいう。
「それに、勉強なら、やる気さえあれば、いつでも、どこにいてもできますしね」
宏未は海未に笑いかけた。
「なるほど、そうですよね」
海未の顔はすこし前より明るくなっていた。
「すみません、アドバイスにもなにも、なってなくて」
「いえ、とても参考になりました。ありがとうございます」
海未はどこか安心したように緑茶を飲んだ。
「……あの、田辺さんは、留学先でなにをお勉強されてたんですか?」
多少は緊張がとけたのか海未が聞く。
「私は、物理学です。……あまり興味、ないですよね」
「いえ……。あの、正直にいって、理系科目はちょっと苦手です」
「なにが得意なのですか?」
「国語、古文、漢文あたりなら、多少は」
「そんな感じですね」
宏未が笑うと海未は、はにかむように顔をそむけた。
「みなさん、そういわれるんです。あまり自分では、そう思わないのですが」
海未さん、黒髪で清楚な雰囲気だし、大和撫子って感じだよな……。
宏未はふとひらめいて、いってみる。
「あの……よかったら、なにか勉強でも、見ましょうか。理系科目と英語なら、だいたいなんとかなると思いますが」
「えっ、そんな、急にいわれても……」
海未は
「来年まで休学中、って話しましたが、それまで塾の講師か家庭教師のアルバイトでもしようかと、思ってたんですよ」
「ああ、なるほど、そうなのですね……」海未は納得したようにうなずいた。「あの、家族とも相談したいですし……すこし考えさせていただけますか」
「ええ、もちろん。すみません、急にへんなことをいい出して」
「いいえ。お申し出、ありがとうございます」
海未は一礼した。
うん、思い付きで行ってみたけど、悪くなさそうだな……。もし家庭教師にでもなれれば、次につながるぞ。
「連絡先、お教えします」
「あ、はい」
宏未は携帯端末にこの時代の電話番号を表示して――ホログラフィはオフにしてある――海未に示した。
海未が自分の携帯電話に番号を入力し終わるのを待って宏未はいった。
「留学のことでも、勉強のことでも、なにかあれば連絡してください」
「はい」
「そろそろ、出ましょうか」
えーと、食器はそのままでいい、と。会計、払ったほうがいいよな……。あれ、どうするんだっけ。生体認証か、せめて先払いなら楽なのに。
悩みながら宏未はレジのほうに歩き出した。海未がテーブルの上からなにかを取ってあとについてくる。
ああ、伝票。そうか、しまった。
「す、すみません。ここは私が払います」
宏未は海未に手を伸ばした。
「いいえ、お話しを持ちかけたのは私ですから、私が払います」
海未は伝票を背中に隠した。
「でも、その……」
「気にしないでください。それに、ほら、ご迷惑ですよ」
海未はいたずらっぽく笑いながら、周りを示してみせる。店内の客の注目が集まり始めていた。
宏未はあわてて外に出た。
・
「あの、ごちそうさまです。すみません、払う気は、あったんですが……」
カフェから出てきた海未に宏未は頭を下げた。
「海外が長かったので……どうすればいいか、忘れていました。すみません」
きっとそれらしく聞こえるだろう、と思う。ちょっとばつが悪いけど……。
「はい、わかりました」海未はくすりと笑った。「先日もそうでしたが……。いろいろ、お気をつけてくださいね」
「そうですね、お恥ずかしいです」
宏未は頭をかいた。
宏未は海未のうしろ、カフェの入り口のすぐわきに一枚のポスターが貼られているのに気づいた。入ったときには目にとまらなかったそれは、音ノ木坂学院の学園祭のポスターだった。
「あ、これ、園田さんの学校ですよね」
海未は振り返る。
「そうですね。もうすぐです」
宏未は一歩前に出て海未の隣に立つ。
「学園祭か……見にいこうかな」
「はい、ぜひ……いえ、やっぱり止めておいてください」
「ん?」
「あ、その……」海未は顔を赤くして、しどろもどろになる。「……どうぞいらしてください」
最後は諦めたように、小さい声でいった。
宏未はそんな海未のようすが面白くて――ただ、知らんぷりをするのには、ふたたび罪悪感を覚えたのだった。
そういえば、学園祭……なにかあったな。校内新聞で……そうだ、くじ引きだ。毬穂が引いて、歴史が変わったみたいだったな……。毬穂に引かせちゃだめだ。
ただ、どうやって話を持っていけばいいのやら……厄介だぞ、これは。
「あー、えーと、高校だと、会場の確保とか、たいへんでしょうね」
わざとらしいと思いながらも宏未は切り出した。
「はい、たしかにどの部活がどこを使うか、毎年、争奪戦です」
海未はそう答えたが、突然の話題に不思議そうな顔をしていた。
「あの、私も高校のころ、部活で苦労した思い出が、よみがえりました。くじ引きしたりして……」
「学院でも、そうですよ」
海未はうなずく。
「やっぱりああいうのは、部長が引くべき、ですよね。私、平部員だったんですが、なぜか押し付けられて……へんな場所を引いちゃって、あとで気まずくなりました」
「そんなことが、あったのですね」
海未はくすりと笑った。
「はい、ポスターを見ていたら、思い出しました」
うん、なんとかなった、かな……。
「すみません、またおかしなこといっちゃって……」
「いいえ。今日はありがとうございました」と頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、すみません」
「それでは」
海未は最後にもう一度、お辞儀をしてから歩いていった。
海未の姿が見えなくなり、宏未はふーっとため息をついた。
ちょっと不自然だったかもしれないけど、海未さんとの関係も持てたし、まずはこんな感じかな。海未さんの連絡先も聞きたかったけど、それは次の機会だな。