クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

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7. 最高のライブ

 学園祭の当日、朝。

 

 海未は自室の障子を開けた。

「やはり雨ですか。花に嵐、といいますが……」

 昨日の夜から降り出した雨は、海未が起床したときにも降り続いていた。

 

 いつもよりすこし早い時間だった。海未はパジャマから制服に着替える。母の用意してくれた朝食を食べ身支度を終えて、やはりいつもより早く家を出た。

 

 途中、階段が下から合流してくる交差点へ差しかかる。

 階段を見下ろすと、黄色い傘が上ってくるのが見えた。

 

「おはよう、海未ちゃん」ことりが笑う。「やっぱり、雨になっちゃったね」

 その笑顔には不安が隠れていた。

「おはようございます、ことり」

「穂乃果ちゃん、すこし遅くなるって」

「学園祭当日だというのに、仕方ないですね」

 海未はため息をついてみせる。

 

 海未が朝から覚えていた不安は、ことりの言葉でより強くなる。

 

 体調をくずしたりしてなければ、いいのですが。毬穂(まりほ)があれだけ注意していましたが、穂乃果は熱心でしたからね……。

 

「毬穂ちゃんも、先に行ってるんだっけ?」

「はい、会場を準備する、といっていました」

「それじゃ、いこっか」

「はい」

 

 傘に落ちる雨音だけが聞こえるなか、ふたりは歩いた。

「ことり。そろそろ期限ですね」

「うん……」

「今日、話すのですね」

「うん。ライブが終わったら、話すよ。みんなにも……穂乃果ちゃんにも」

 

        ・

 

 登校後、ふたりは部室に立ち寄ってから屋上に出た。

 

 階段室のすぐ横にステージが作られつつあった。何人かの作業員が雨のなか動いている。

 

「あ、海未さん、ことりちゃん。おはようございます」

 傘をさした毬穂だった。

「おはようございます、毬穂。こうやって実際にできてみると、すごいですね」

 

 毬穂からは事前に、ステージを準備すると聞かされていた。設置例の写真も見せられていたが実物は想像よりもずっとしっかりしていた。

 

「部費、本当に足りたんですか」

 海未が聞くと毬穂は笑った。

「はい、知り合いの方が、こういう機材の会社をしていて……事情を話したら、特別に安くしてくれたんです」

「そうですか、素晴らしいですね」

 

 まさに敏腕マネージャですね。これなら雨でも大丈夫そうです。

 

「そろそろホームルームだから、いったん教室に戻ろう」

「はい」

 毬穂はことりにうなずいた。

 

「そういえば、穂乃果さんは……?」

 階段を下りながら毬穂が聞いた。

「すこし遅れてくるそうですよ」

「えっ」毬穂の顔が曇る。「やっぱり……」

「きっと、寝坊ですよ」

 海未は安心させるように毬穂に微笑んだ。

「きっと、そうですね」

 毬穂はそうこたえつつも――明らかに懸念を隠せていなかった。

 

        ・

 

 結局、穂乃果が登校してきたのは午後になってからだった。

「ごめんごめん、当日に寝坊しちゃうなんて」

 そういいながら部室に入ってくる。

「穂乃果さん、大丈夫ですか」

 毬穂が駆け寄り心配そうにたずねた。穂乃果はふらりとよろけて毬穂に体をあずける。

「あはは、ごめんごめん」

「穂乃果、声がちょっと変じゃない?」

 絵里が指摘する。

「え、そう? そうかなあ? のど飴、なめとくよ」

 穂乃果はそういって笑った。

 

 海未たちメンバーはステージ衣装に着替えて準備をした。

 衣装はセパレートタイプでトップスはごく短い。袖口と裾にフリルのついた白のカットソーに黒のベストの組み合わせで、黄色のパイピングがアクセントになっていた。スカートもプリーツの入った白と黒のレイヤードだ。メンバーごとにチョーカーとヘアアクセサリを、それぞれのテーマカラーであしらっている。

 

 スカート丈は例によって短くて――海未は恥ずかしくてたまらなかった。

 

 スカートに加えて、さ、さらにおへそまで見えてるなんて……信じられません。破廉恥です。まったく、ことりはなにを考えてるんでしょう。そ、それは、かわいいことは認めますけど……。

 でも……ことりとの最後のライブに、なるかもしれないんですよね。今回だけは、がんばってみましょうか。もう、今回だけなんですからね。

 

 部室の窓から空を見上げる部員たちを、海未とことりはすこし離れて見守った。

 

「ぜんぜん弱くならないわね」

 絵里がつぶやいた。

 ライブの予定時刻が近づいても、雨は一向に弱くなる気配はなかった。

「ていうか、さっきより強くなってない?」

 にこが嘆く。

「これじゃあ、たとえお客さんが来てくれたとしても……」

 真姫も不安そうだ。

 

 部員たちのあいだに重苦しい空気が流れる。

 

「あの……ステージのほうは、大丈夫だと思います。屋根も用意しましたし、床も滑らないようにしてもらいました」

 ひとり制服姿の毬穂が落ち着いた声でいった。

「ありがとう、毬穂」

 絵里がいうと毬穂は微笑んだ。真姫も笑みを浮かべる。

 

「よし、やろう!」

 穂乃果が胸を張った。

「ファーストライブのときもそうだった。あそこで諦めずにやってきたから、いまのμ'sがあると思うの。ステージも用意してもらったし……だからみんな、いこう!」

 穂乃果は全員を鼓舞するように訴えた。

 

「そうだよね。そのためにずっと、がんばってきたんだもん」

「後悔だけはしたくないにゃ」

 花陽と凛が顔を上げた。

「泣いても笑っても、このライブのあとには結果が出る」

「なら思いっきり、やるしかないやん」

「進化した私たちを、見せるわよ」

 絵里、希、真姫も気持ちを切り替えたようだった。

「やってやるわ」

 にこもガッツポーズをしてみせた。

 

 海未がことりを見ると、ことりは目を伏せて沈鬱な表情を浮かべていた。

「ことり」と声をかける。

「あっ、ごめん」

「とにかく今はライブに集中しましょう。せっかくここまで来たんですから」

「うん」

 海未が微笑むと、ことりも懸念を残しながら――それでも笑みを浮かべた。

 

「よし、みんな、最高のライブにしよう!」

 穂乃果が張り詰めた顔で宣言した。

 

 ただ、海未はどうしても気がかりだった。

 遅れてきた穂乃果――いまは化粧で顔色はよくわからないが、それでもいつもより上気しているように見える。

 大丈夫だといっていましたが、本当でしょうか……。

 

        ・

 

 時間が近づき海未たちは屋上へ移動した。

 仮設のステージには毬穂の話した通りシート状の屋根がかけられ、舞台の大半をカバーしていた。バックパネルにはμ'sのロゴ入りの布が張られていた。

 

 ステージ裏で待機する。毬穂が手を振って機材のほう――マイクが用意されている――へ歩いていった。

 海未がちらりと観客席をのぞくと、悪天候にもかかわらずかなりの観客が来ているようだった。ライブが近づいたことがあらためて意識された。

 緊張が高まり、鼓動が早くなる。

 

 そういえば、田辺さん、いらっしゃっているのでしょうか。海未は彼の顔を思い出す。

 

 ああっ、こんな衣装で踊るなんて、また恥ずかしくなってきてしまいました……。もう、ことりにあとできっちり、いっておかないと……。

 

「海未ちゃん、そろそろだよ」

 凛にいわれて海未は我に返った。

「あ、すみません」

 毬穂のアナウンスが始まっていた。

 

 もう、腹をくくるしか、ありませんね。まさに、満を持す、です。

 

「……それでは、μ'sの学園祭限定ライブ、スタートです!」

 

 海未たちは舞台の上に走り出た。

 左右に広がりいったん観客席に背を向けた。

 

 短いイントロに続いて歌い始める。ステップを踏みながら徐々に中央に集まって、くるっと正面を向いた。そして全員で手をつなぎ大きくジャンプする。

 ラブライブも視野に入れた新曲は難易度は高かった。ハイテンポなロックナンバーで振り付けも()っている。

 あれだけ練習してきたんですから、やってみせます。そう思いながら海未は、そしてメンバーたちは懸命に歌い、踊った。

 

 AメロからBメロ、そしてサビへ。アウトロまでなんとか無事に歌い終え、全員で最後の決めポーズを取った。スポットライトが落とされて、バックパネルにメンバーのシルエットが浮かびあがった。

 観客から拍手がわき起こる。

 

 ポーズを取りながら、海未の目は観客席の宏未(ひろみ)の姿をとらえていた。背の高い彼の姿は女子生徒が中心の観客席のなかでひときわ目立った。まっすぐに海未を見つめている。

 

 ああ、やはりいらしてくれたんですね。

 

 拍手をする宏未の姿に海未は嬉しくなったが――同時に顔が火照るのを感じた。シルエットになっているはずなのが救いだった。

 

 しかし、そこで異変が起きた。

 中央にいた穂乃果が突然、くずれるように倒れたのだった。

 

「穂乃果?」

「穂乃果ちゃん!」

 海未とことりが呼びかける。

「穂乃果、大丈夫?」

 すぐ隣にいた絵里がひざまずいて声をかけた。穂乃果からの返事はなかった。海未たちも駆け寄る。

「次の曲……を……せっかく、ここまで……来たんだから……」

 穂乃果はつぶやいた。海未とことりで助け起こす。かろうじて意識はあるようだったが、抱きかかえた穂乃果の体は熱を帯びていた。

 

「とりあえず、保健室に連れていきます」

 海未がいうと絵里はうなずいた。

 

 海未とことりで穂乃果を抱えるようにしてステージを下りる。穂乃果はぐったりとしていて、伝わってくる熱がただ事ではないと告げていた。

 

 穂乃果、やはり無理をしていたのですね。私、なにもできませんでした……。いえ、いまはそれを気にしている場合では、ないですね。

 

「海未さん、ことりちゃん。穂乃果さんは?」

 ステージわきで毬穂から声がかかる。

「ひどい熱です。まずは保健室に」

「ふたりで大丈夫ですか」

「ええ、なんとか。ライブのほう、お願いします」

「わかりました。ああ、もう、昨日、私が止めなかったから……」

 毬穂は機材のほうへ戻っていった。

 

「すみません、メンバーにアクシデントがありました……」

 背後から聞こえる絵里の言葉を、階段室の扉が途中でさえぎった。

 

        ・

 

 海未とことりは穂乃果を保健室に連れていきベッドに寝かせた。養護教諭はてきぱきと連絡を取り、結果的に学院の教諭のひとりが車を出して穂乃果を病院に連れていった。

 

 海未は同行したかったものの、ついていってなにができるわけでもなく、学院に残った。

 

 やがて養護教諭から連絡があり、診断の結果、穂乃果は風邪で、いまは高い熱があるものの数日すれば回復するだろう、とのことだった。また大事を取って今日は入院するらしい。

 海未たち部員はすこしだけ安心し、その日は解散することにした。

 

 海未とことりは穂乃果の家へ回った。部員の誰かが家族に説明しなくてはならなかったし、穂乃果の荷物を届ける必要があった。

 

雪穂(ゆきほ)からだいたいの話は聞いたわ。穂乃果、倒れたんですって」

 海未たちに会うなり穂乃果の母はそう話した。

 海未は彼女に詳しい事情を説明した。

「すみませんでした、私たちが無理をさせてしまって……」

 そういう海未に彼女は笑った。

「いいえ、どうせ穂乃果が私がやるって、無理したんでしょ。そういえば昨晩、雨のなか、走りにいったみたいなのよね。ほんと、無茶ばっかりするんだから」

「そんなことがあったのですね」

 海未とことりは顔を見合わせた。

 

「それでね、海未さん、ことりさん。悪いんだけど……」

 彼女は続ける。

「雪穂、さっき病院に飛び出して行ったんだけど、着替えを持っていくのを忘れちゃったのよ。店を空けるわけにはいかないし……。着替えを持って行ってくれないかしら」

「はい、わかりました」

「雪穂が帰ったら、私が行くわ」

 

 海未は下着とパジャマをあずかった。

 ふたりは傘をさして病院へ向かった。

 

        ・

 

 穂乃果の部屋は個室だった。ゆっくりと扉を開けてなかに入る。

 薬が効いているのか彼女は静かに眠っていた。彼女は病衣に着替えさせられており、ステージ衣装は枕元にたたまれていた。

 

「穂乃果ちゃん……」

 ことりがつぶやいた。

 

「あっ、海未ちゃん、ことりちゃん」

 枕元にいた雪穂が顔を上げた。

「わざわざすみません」

 そういって立ち上がる。

「雪穂、穂乃果のようすはどうですか」

 海未はたずねる。

「ええ、さっき、看護師さんが来て……。風邪だから、大人しくしていれば治るそうです。明日には退院できるけど、しばらくは自宅で安静にする必要がある、っていってました」

「そうですか」

 雪穂の話に海未はすこしだけ安心する。

 

 海未は雪穂に母が待っていることを伝えた。

「それじゃ、よろしくお願いします」

 そういい残して雪穂は出ていった。

 

 海未は穂乃果のひたいにそっと手を当てた。熱は多少、下がったようだったがそれでもまだ高かった。

 着替えを棚におさめる。

 

 ふたりでしばらく穂乃果を見守るうちに穂乃果の母があらわれた。

「ありがとう、あとは私が面倒を見るわ」

「よろしくお願いします」

 海未は一礼する。

「あの、これ、あずかります」

 ことりはステージ衣装を手に取った。穂乃果の母は軽くうなずいた。

 

 病室を出ようとして、ふたりはもう一度、穂乃果を振り返った。ベッドに横になる穂乃果はいつもより小さく、はかなげに見えた。

 ことりは衣装をぎゅっと抱きしめた。

 

 帰り道、ことりと別れてから海未は考える。

 

 あそこまで無理をするなんて、やはり穂乃果に知らせたのは、失敗だったのでしょうか……。

 それに、結局、ことりは、留学について穂乃果に話せませんでしたね。期限が近づいているのに。

 このままだと、ことりは穂乃果について、忙しくて相談に乗ってもらえなかったと、誤解したままです。はたしてそれでいいのでしょうか。ことりに、穂乃果はもう知っていると、事実を話すべきなのでしょうか……。

 

 海未の心は千々に乱れたが――自分にできそうなことは、なにも思いつかなかった。

 

        ・

 

 翌々日、月曜日の放課後。穂乃果を除いた部員は部室に集まった。みな暗い表情だった。ぽっかりと空いた穂乃果の席がむなしかった。

 

「まさか、こんなことになるなんてね」

 にこがため息まじりでいう。

「穂乃果ちゃん、学園祭、ラブライブって、ずーっとがんばってたもんね」

 花陽がもらした。

「凛も、一緒に盛り上がっちゃって……」

「仕方ないわよ、学園祭で、みんなお祭り気分だったから」

 つらそうに話す凛と真姫。

 

「わたし、穂乃果ちゃんがなにかへんだな、って思ってたんだけど……。でも、止められませんでした……」

 ことりが目を落とす。一粒の涙が目の端に光っていた。

「それは仕方ないですよ」

 海未は優しくことりの肩を抱いた。その隣で毬穂も唇をかむ。

 

「穂乃果ちゃん、いろいろ無理してたんやね」と希。「そして、うちらはそれに気づいてあげられなかったんや」

 重苦しい沈黙が流れた。

 

 やがて絵里が静かにいった。

「残念だけど……ラブライブは、辞退しましょう」

 

「そんな、ここまでがんばってきたのに……」

 にこが立ち上がって訴える。

「もうすぐそこなのよ、見えてるのよ!」

「にこちゃん……」

 花陽はにこを見上げる。

「でも……あんなことになったのは……うちらのせいなんよ」

 希がぽつりぽつりといった。

「それは……私だって、感じてるわよ……」

 にこはすとんと腰を下ろす。

 

 かわりに毬穂が立ち上がった。

「あの、穂乃果さんは、あれだけがんばってたんですから……私たちも、こたえてあげるべきじゃないですか。なにも、欠場しなくても……」

 

 海未は毬穂を意外に思う。

 

 入部してまだ一か月にもならないのに、そこまで思い入れがあるのでしょうか。……いいえ、違いますね。きっと、穂乃果が無理をした、その責任を感じているのでしょう。

 ただ、これは毬穂のせいではないですね。

 

「やはり欠場するべきだと思います」

 海未は静かにいった。

「海未さん……」

「穂乃果ががんばりすぎていた。それは事実です。でも、それに気づかなかった……気づいても止められなかったのは、私たち全員の責任です。すこし私たちは舞い上がっていたんですよ」

 毬穂はうなだれ、ゆっくり座った。

「でも、それじゃ歴史が変わらないじゃない……」

 毬穂がささやいた。

 

「それじゃ……穂乃果が回復して、会えるようになったら……話しましょう」

 絵里の言葉に全員が同意したのだった。

 

        ・

 

 部室から出て部員たちは解散した。

 海未は毬穂、ことりと一緒に帰路についた。

 

「毬穂」

 昇降口を出て海未は毬穂に声をかける。

「はい」

「すみません」海未は深くお辞儀した。「毬穂があれだけ尽力してくれたのに、ラブライブ、辞退しようなんて、いってしまって」

「いえ、私こそ、あんなこという資格、ありませんでした。みなさんのことなのに……」

 毬穂は目を伏せる。

「いいえ。どんどん口を出してください。あなたもμ'sの一員なんですから」

「……そういってもらえると、嬉しいです」

 毬穂にすこし笑顔が戻った。

 

 校門を出て長い階段を下りていく。

 

「あの、穂乃果のことについて、毬穂がなにか責任を感じる必要は、ありませんよ」

 海未はちらりとことりに目をやる。ことりはうつむき加減についてきていた。

「さきほどもいいましたが、あれは穂乃果と……私たちみんなの責任です。あまり自分を責めないでください」

 

 毬穂が留学のことを穂乃果に伝えた、それが原因ではないですよ、と話したかったが、ことりがいる手前、それはできなかった。

 でも、毬穂には、きっと伝わりますよね。

 

 毬穂はしばらく無言だったが、やがて海未に微笑んだ。

「海未さん、そこまで考えてくれて……。ありがとうございます」

 どうやら伝わったようですね、と思う。

 

「こうしてラブライブ欠場を決めて……いまはすこし、立ち止まって見えるかもしれませんが、これも必要だったんだと思います。もう一度、どうすべきか見つめなおすのが……」

 海未は遠くを見ながらいう。

「そう、ですよね。別にラブライブ出場、だけが機会じゃないですよね」

 毬穂も同じように視線を上げた。

「ええ、いまは雌伏(しふく)のとき、ですよ」海未は毬穂に笑ってみせる。「それに、まだ廃校がどうなるか、わからないのですからね」

「はい、そうですね。がんばりましょう」

 

「それにしても……歴史が変わる、とは大げさですね」

「あっ、聞こえてたんですか」

 毬穂はあわてたようにいった。

「そこまで買いかぶられると、困ってしまいますが……。そのくらいの意気込み、必要なのかもしれませんね」

「えっと、はい、そう思います」

 海未が笑うと、毬穂は微笑んだ。

 

 階段から大通りに出たところで、海未はことりの隣に移る。

「ことり、穂乃果が戻るまで、待てるのですか?」

「うん、ぎりぎり、大丈夫だと思う」

「そうですか」

 海未は安心する。ただその安心も(つか)()だった。

 

 ことりはぽつりぽつりと続けた。

「でも……ラブライブ欠場するなら……もう、わたしがいなくても、いいのかな」

 

 海未は立ち止まった。ことりの言葉が胸に突き刺さって痛んだ。

 ことり……そんなこと、いわないでください。

 

「そんな……そんなことは、ありませんよ。廃校の件もありますし、その先も……」

 なんとかそれだけいう。

「その先なんて、あるの? ラブライブも終わって、廃校が……それは、回避できたらもちろん嬉しいけど、どっちにしてもそろそろ決まるじゃない」

 ことりは訴えるようにいった。

「それは……」海未は懸命に言葉を見つける。「あのとき、講堂で……三人で誓ったじゃないですか」

 ことりは目を落とした。

「穂乃果ちゃんは……わたしがいなくても、平気だよ。それに、μ'sは九人っていうけど、毬穂ちゃんがいるじゃない」

 そういって毬穂を見る。

「私は、ことりちゃんの代わりなんか(つと)まらないです」

 毬穂は激しくかぶりを振った。

「ううん。毬穂ちゃんはかわいいし、きっと練習したら、アイドルだってこなせるよ」

 ことりは悲しそうに笑った。

 

 毬穂はしばらく唇をかんでいたがきっと顔を上げた。

「ことりちゃん、ごめんなさい。あの、穂乃果さんは、穂乃果さんは……」

「毬穂!」

 海未は毬穂を制した。

「海未さん……でも……」

 

 そう、私も考えました。ここでことりに、穂乃果が知っていると伝えたら、知っていたからこそ無理をしていたのだと伝えたら、たしかにことりは思いとどまるかもしれません。

 ただ、そうしたら穂乃果は、かえって自責の念を強めてしまうのではないでしょうか。私が倒れたから、ことりが留学できなかった、と……。

 

 海未は毬穂に首を振った。ことりに向き直る。

「ことり、約束してください」

「なあに、海未ちゃん」

「ことりがどういう結論を出すにせよ、穂乃果が登校したら、すぐに話すと……」

「……うん」

 ことりは小さくうなずいた。

 




次回、ことりちゃんの留学編、完結予定です。
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