クロノスからの贈り物 ~ Story of Umi   作:Kohya S.

9 / 24
今回、一万三千字とやや長めですが、幕間的な話なので分割は避けました。よろしくお願いいたします。



幕間
9. ユメノトビラ


 海未への家庭教師が決まってから、宏未(ひろみ)はこの時代の高校の教科書や参考書を買い込んだ。基本は大きく変わらないものの、未来では当たり前のいくつかの概念が説明されていなかったり、逆に二十一世紀初頭ならではの記述もあった。

 

 内容がおかしかったりしたら、本末転倒だし、なにより海未さんに悪いよな。

 

 カフェで話した数日後の夕方、宏未は海未の自宅を訪れた。

 宏未はカットソーに白いリネンの七分袖シャツを羽織り、デニムのパンツをあわせていた。ようやくこの時代の服にも慣れてきていた。

 

 数寄屋門のわきのインターホンを押す。

『はい』

 海未の声だった。

「田辺と申します」一応、名乗る。「海未さんの家庭教師の件でおうかがいしました」

『お世話になります。いま開けますね』

 

 しばらくして門の引き戸が開いた。

「こんばんは、宏未さん」海未は丁寧にお辞儀をした。「どうぞ」

 そういって宏未を案内する。

 海未は半袖の白いブラウスにブルーの膝丈のスカートというシンプルな服装だった。そういえば海未さんの私服を見るのは初めてかな、と思う。

 

「おじゃまします」

 玄関から上がると海未がいった。

「あの、母がご挨拶したいと……。よろしいですか?」

 突然の話に宏未は驚いたが、すぐに納得する。たしかに家庭教師が来るとなれば、どんな人か確認したいよな。よし、気合い入れないと……。

 宏未は背筋を伸ばした。

 

 海未はくすりと笑った。

「そんなに堅くならなくても、大丈夫ですよ」

 宏未も苦笑した。

 

 縁側を通り海未にみちびかれた先は和室だった。

「失礼します」

 海未は障子を開ける。

「家庭教師をお願いする田辺さんをお連れしました」

 和室には紺色の和服の女性が座っていた。宏未に軽く頭を下げる。

 

 宏未は膝を折り正座した。和室でも戸惑(とまど)わなくてすむのは、未来で鍛えられた甲斐(かい)があったかな、と思う。

 そのわきに海未も座った。

 

「田辺宏未と申します」

 宏未は手をそろえてお辞儀をした。

「海未の母です。お世話になります」

 彼女も丁寧にこたえた。

「足のほうはもう大丈夫ですか」と続ける。

 さすが、覚えてるんだな。

「はい、おかげさまで。もうなんともありません」

「そうですか、それはよかった」

 彼女は微笑んだ。

「海未さんの勉強を見させていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。びしびし鍛えてやってくださいね」

「はい、微力を尽くします」

 彼女は海未へ向き直る。

「海未さん、きちんということを聞いて、はげんでくださいね」

「はい、お母さま」

 海未は神妙にうなずいた。

 

 宏未は海未にうながされて退出した。思わず大きく息をはく。

「緊張しましたか?」

「ええ、さすがに……」

「宏未さんなら大丈夫だと思ってましたよ」

「それは、ありがとうございます」

 宏未は頭をかく。

「ああ見えて、お茶目なところもあるんですよ。穂乃果にはめっぽう甘かったり、スクールアイドルも応援してくれたり、とか」

 

 海未さんはおしとやかに見えて……実際そうなんだろうけど、アイドルをやってるくらいだから、実は結構、積極的で柔軟なんだよな。母親譲り、なのかもしれないな。

 そういえば、うちの母親にも、似たようなところがあるかも……。

 

 海未の自室は八畳ほどの和室だった。中央にはラグが敷かれ、ベッドに机、衣装ダンスなどが並んでいた。入ってきた(ふすま)の向かいは障子で外に出られるらしい。調度はパステルカラーで女の子らしい色合いだった。毛筆の書が長押(なげし)にかかっているのが、場違いなようなふさわしいような、微妙な気が宏未にはした。

 

 書には「恃自直之箭(じちょくのやをたのめば)百世無矢(ひゃくせいやなし)」と書かれていた。

 

 まっすぐな矢が自然に生えるのを待っていたら、百代待っても矢は得られない、って意味だよな。修行の大切さを説く言葉で……やっぱり海未さんらしいか。

 あれ、たしかこれ、うちにあったのを見たことあるぞ。道場にかけてあったような……。

 あとで海未さんに聞いてみよう、と宏未は思った。

 

 海未にすすめられ宏未は用意されていた丸椅子に腰を下ろした。海未も机の前に座る。

「あの、それではあらためて、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「それで、宏未さん、お願いがあります」

 海未は真剣な表情になる。

「はい、なんでしょう?」

 成績の目標、とかかな……。

「これから勉強を学ぶにあたって、その……言葉(づか)いを、もうすこし自然にしていただけないでしょうか。あまり丁寧ですと、私も落ち着かなくて……」

「言葉遣い、ですか?」

「はい、『三尺下がって師の影を踏まず』といいます。やはり区別はしっかりと付けておいたほうがいいかと。私も人のことはいえないのですが……」

 海未はすこし恥ずかしそうにした。

 

 なるほど、筋を通そうとする、こういうところも海未さんらしいのかな。

 

「そうですね、わかりました。私も似たようなことをお願いしましたし……」

 宏未は笑いかける。

「それじゃ、始めようか」

「はい」

 海未は嬉しそうに笑った。

「まずは教科書、みせてくれるかな……」

 

 初日は音ノ木坂学院の教科書をチェックしてから、海未の得意、不得意分野を確認して次回以降の予定を決めた。また宏未は海未の連絡先を教えてもらった。

 海未はたしかに理系科目は文系にくらべれば苦手なようだが、極端に苦手な箇所はないようで、すこし引っかかっている部分を強化していけば成績も上がりそうだった。

 

 一段落して宏未は話しかける。

「あそこにかかってる額だけど……」

「ああ、あれですか。あの、私が先日、書いたものです」

 海未は恥ずかしそうな、どこか誇らしそうな顔をした。

 

 そうか、あれ、海未さんが書いたのか。未来に戻ったら落款(らっかん)を確認してみよう。

 

「書とか、よくわからないけど……。すごくうまく、書けてる気がする」

「そんな……でも、ありがとうございます」

 海未は今度こそ恥ずかしそうに頭を下げた。

 

「恃自直之箭百世無矢……いい言葉、だよね」

 それを聞いた海未は、ぱあっと顔を輝かせた。

「よくご存じですね」

「ええ、昔、弓道をやってたので」

「そうでしたか、奇遇ですね。私はずっと続けていて……いまはアイドル活動で、すこしご無沙汰をしていますが」

「俺は、小学生のころまで、だけどね」

 宏未は肩をすくめてみせた。

「でも、偶然って、あるものなのですね」

 海未は笑った。

 

 その笑顔は本当に嬉しそうで――宏未はどきりとした。それは海未の愛らしさに打たれたのと、海未を利用しようとしている罪悪感と、両方が理由だった。

 

 海未の家をあとにするときには、母が再度、顔を見せて挨拶した。

「おじゃましました」

「どうですか、海未さんは」

「そうですね、全体的によくできています。授業にも十分、ついていけているようですし……。すこし苦手意識があるところを、おぎなえば十分だと思います」

 海未はすこし顔を赤くしていた。

「あらまあ、それならよかった」と母は笑う。

「それでは、失礼いたします」

「お世話さまでした」

 

 帰路、宏未は一安心していた。未来でも経験はなかったものの、海未の家庭教師はなんとかなりそうだった。

 毬穂(まりほ)の勉強をときどき見てたのと、同じような感じかな、と思う。

 

 もうひとつの懸念もどうやらいい方向に向かいそうだった。

 

 なにより海未さんと関係が持てたのが大きいな。これでたぶん、μ'sの歴史に干渉するのも、ずっと楽になるはずだ。

 ことりさんは日本に残ることになったから、改変後の歴史に近づいていて……なんとかμ'sが、()()()()()()()ようにしないとな。

 海未さんを利用するようで、海未さんには悪いけど……。

 

――――――――

 

 学園祭が終わった音ノ木坂学院では生徒会役員の改選がおこなわれた。

 前生徒会長の絵里にすすめられた穂乃果が生徒会長として立候補し、海未とことりも、穂乃果と絵里の強い希望でそれぞれ副会長と書記として一緒に候補になった。

 他に候補はあらわれず、三人は無投票で生徒会役員に就任した。

 

 そんなある日の放課後。

 

「た、たいへんです!」

 海未が部室で練習の準備をしていると、先に屋上に行っていたはずの花陽たちが駆け込んできた。

「どうしたのですか、花陽。落ち着いてください」

「こ、これは落ち着いてはいられません! もう一度、もう一度、なんです!」

 

「もう一度?」

 部員たちがたずねる。

「はい、もう一度、ラブライブ、です!」

「ラブライブ?」

 花陽を除く全員が声をそろえた。

 

 花陽は部室のパソコンにかじりついた。

「そう、A-RISE(アライズ)の優勝と大会の成功をもって終わった第一回『ラブライブ!』……それがなんとなんと、その第二回大会がおこなわれることが、早くも決定したのです!」

 

 A-RISEは秋葉原駅前にあるUTX高校のスクールアイドルで、その実力は折り紙付きだった。第一回ラブライブは事前の評判通り、彼女たちが優勝していた。

 

「今回は前回を上回る大会規模で、会場の広さも数倍! ネット配信のほか、ライブビューイングも計画されています!」

 花陽は目にもとまらぬ速さで画面をスクロールする。

「すごいわね」

 絵里が花陽の話と花陽の勢いの両方に感心していた。

 

「すごいってもんじゃないです!」

「えっ」

 驚きを浮かべる絵里。

「そしてここからが、とっても重要! 大会規模が大きい今度のラブライブは、ランキング形式ではなく、各地で予選がおこなわれ、各地区の代表になったチームが、本選に進む形式になりました!」

 そういって花陽は顔をあげた。

 

「つまり、人気投票によるいままでのランキングは、関係ないということですか?」

 海未は花陽の意味するところを確認する。

「その通り!」

 花陽は立ち上がる。

「これはまさに、アイドル下克上! ランキング下位のものでも、予選のパフォーマンス次第で、本大会に出場できるんです!」

 

 なるほど、と海未は思う。

 

 たしかにランキング形式だと、上位グループは固定です。それよりも予選形式のほうがあらゆるグループに門戸が開かれますね。それに、スクールアイドルは地域おこしの側面もありますから、各地で予選がおこなわれるのも、スクールアイドル人気に寄与するでしょう……。

 

「それって、私たちでも大会に出るチャンスがある、ってことよね」

 にこが指摘した。μ'sのランキングはラブライブに参加しなかったこともあり、低下傾向にあるのは否めなかった。

「そうなんです!」

 花陽が嬉しそうにうなずいた。

「すごいにゃ」と凛。

 

「またとないチャンスですね」

「ええ、そうね」

 海未がいうと絵里も同意した。

 

「やらない手はないわね」

「そうこなくっちゃ」

 真姫ににこが嬉しそうに抱きつく。

 

「よーし、じゃあ、ラブライブ出場目指して♪」

 ことりも小さくガッツポーズをする。

 

「……でも、待って」

 絵里が厳しい顔になる。

「地区予選があるってことは……私たち、A-RISEとぶつかるってことじゃない?」

 

「あ……終わりました」

 花陽はくずおれた。

「だめだぁ」とにこ。

「A-RISEに勝たなきゃいけないなんて……」

 そう、ことりがいうと――。

「それはいくらなんでも……」

「無理よ!」

 希と真姫が引き取った。

 

 一転して重苦しくなった雰囲気に、海未は口を開いた。

「たしかにA-RISEとぶつかるのは苦しいですが、だからといって諦めるのは早いと思います」

「そうですよ、実力では、負けてないと思います」

 毬穂も目を輝かせる。

 

「海未と毬穂のいう通りね。やる前から諦めていたら、なにも始められない」と絵里。

「それはそうね」

 うなずく真姫。

「エントリーするのは自由なんだし、出場してみても、いいんじゃないかしら」

 絵里が気持ちを切り替えるようにいった。

 うなずきあう部員たち。

「そ、そうだよね。大変だけど、やってみよう」

 花陽が笑顔を取り戻していった。

 

 海未は一番うしろで見ていた穂乃果へと振り向いた。ほかの部員たちも視線を送る。

 

「みんな、第一回は、穂乃果のせいで欠場しちゃって、ごめんね」

 穂乃果はそういって頭を下げた。

「穂乃果ちゃん……」

 つぶやくことり。

 しばらくして顔を上げた穂乃果の目はきらきらと輝いていた。

「たしかにA-RISEは強敵だけど……今度こそ、リベンジだよ」

「じゃあ、決まりね」

 ことりがにこりと笑った。

 

「穂乃果さん」毬穂が穂乃果の手を握る。「よくいってくれました。一緒にやりましょう!」

「うん、毬穂ちゃん!」

 

「でも、A-RISEに勝てるのかなあ」

 凛が素朴につぶやく。

「きっと地区予選は一位じゃなくても通過できるわよ」と真姫。

「あら、そこは一位通過よ。当然じゃない」

「そうですよね、にこちゃん。その意気ですよね」

 毬穂が今度はにこに顔を寄せた。

 

 盛り上がる部員たちを横目に海未は希に聞く。

「あのパーティのとき……カードが不吉だと、いっていましたね、希。ラブライブのことでしょうか」

「さあ」希は首を振る。「とにかく慎重にいかな、あかんね」

 

「それじゃ、みんな」絵里が呼びかける。「μ's、いよいよ再始動よ」

「おーっ!」

 狭い部室に部員たちの熱気があふれた。

 

        ・

 

 その後、第二回ラブライブについて、参加者をふるいにかけるためだろうか、一次予選は未発表の曲でなければならないとの発表があった。

 μ'sは新曲を作るため、真姫の山の別荘で合宿をおこなった。合宿のメニューは海未にとっては物足りなかったものの――三つのグループに別れて考えた新曲は無事に完成したのだった。一緒に参加した毬穂も親交を深めたようだった。

 

 また一次予選の通過グループは地区ごとに四グループで、予選は各グループが希望する場所から配信してよいことが明らかになった。もちろん主催者が用意するスタジオから配信することも可能だったが、せっかくなら独自色をアピールしたい、ということで部員の意見は一致した。

 

 数日後、校内でよい場所が見つからなかった部員たちは、配信場所を探して秋葉原に来ていた。しばらく街中をうろうろしたものの、適した場所はなかなか見つからず、駅前のペデストリアンデッキまで来ていた。

 

「このデッキ、どうでしょうか?」花陽がいう。「秋葉原らしいですし、広さも申し分ないです」

「ここだと、A-RISEに喧嘩売ってるように思われるわよ、ほら」

 にこが指さすUTX高校の大型ディスプレイからはA-RISEの映像が流されていた。部員全員でディスプレイを見上げる。

 

『ついに、新曲ができました!』

『今度の曲は、いままでで一番、盛り上がる曲だと思います』

『ぜひ聴いてくださいね』

 

「やっぱり、すごいね」とことり。

「堂々としています」

 海未もうなずいた。

 

 続いて流れ出すPV。

 さすがに、飛び抜けてますね。海未は思う。

 あんな素晴らしいグループに、私たちは勝てるんでしょうか。穂乃果や毬穂は乗り気ですが……。

 ただ、最初は雲の上の存在と思っていましたが、いまは同じ舞台に立てる。そういう意味では私たちも進化しているのかもしれません……。

 

「ふえー、やっぱりすごいね」

「私たち、勝負になるんでしょうか……」

 凛と花陽が言葉を交わす。意気込みはともかく思いは全員、同じようだった。

 

「高坂さん!」

 突然、人混みのなかから穂乃果の目の前にひとりの少女があらわれた。

「うふふ」

 少女は笑ってみせる。茶色いショートヘア、みどりの瞳の美少女だった。

「わっ! あーっ、A-RISEの……」

「しっ、来て!」

 少女は穂乃果の手を引っ張り走り出した。

 

「さすがA-RISE……。あっ」

 PVを見つめていた花陽が走っていくふたりに気づいた。

「あぁぁああぁ……っ」

 花陽は息せききって駆け出した。

 

「今のは絶対!」

「ツバサよね!」

 花陽はにこと一緒に走りながら顔を見合わせる。

 

 あわてて海未は他の部員とともに追いかけた。

 ツバサ、といってましたね。まさか、A-RISEのリーダーの?

 

 UTX高校のロビーで海未たちは穂乃果と綺羅(きら)ツバサに追いついた。

 

「ようこそ、UTX高校へ」

 笑みを浮かべるツバサ。

「でも、どうして……私たちに声をかけたんですか?」

 穂乃果がたずねる。

 

 いつのまにかA-RISEのもうふたりのメンバー、統堂(とうどう)英玲奈(えれな)優木(ゆうき)あんじゅも姿を見せていた。

 

「それは、前から知っているからよ、μ'sの皆さん」

 ツバサは穂乃果たちに視線を送った。

「立ち話もなんですから……よろしければどうぞ」

 あんじゅが穏やかに微笑んだ。

 

 部員たちはA-RISEの案内でカフェテリアに通された。いわゆる学生食堂らしいが、広く取られた窓と高い天井の開放的な空間は、まるで小洒落(こじゃれ)たレストランのようだった。

 こんなところまで連れてきて、いったいどういうことでしょうか、と海未は思う。

 

 パーティションで区切られた一角で、テーブルを囲んだソファに座りμ'sとA-RISEは向き合った。

 

「ゆっくりくつろいで」とツバサ。

 戸惑(とまど)いながらうなずく部員たち。

「どうして、って顔、してるわね」ツバサは穂乃果へ向いた。「一度、挨拶したいと思っていたの、高坂穂乃果さん」

「え?」と穂乃果。

「下で見かけたとき、すぐあなただとわかったわ。映像で見るより本物のほうが、はるかに魅力的ね」

「人をひきつける魅力。カリスマ性とでもいえばいいのだろうか……九人いても、なお輝いている」

 英玲奈がいい添えた。

「はあ……」

 思わぬ称賛に穂乃果は目を白黒させた。

 

「私たちね。……あなたたちのこと、ずっと注目していたの」

 ツバサの言葉に部員たちは驚きの声をもらした。海未も例外ではなかった。

 

 私たちは前回のラブライブでは、予選にも参加しなかったのですが……。それを注目していた、とは、どういうことでしょう……。

 

「実は前のラブライブでも、一番のライバルになるんじゃないかって、思っていたのよ」

 あんじゅがいたずらっぽく微笑んだ。

「そ、そんな」

 絵里が謙遜するとツバサが首を振った。

「あなたもよ」

「綾瀬絵里。ロシアでは常にバレエコンクールの上位だったと聞いている」と英玲奈。

「そして西木野真姫は、作曲の才能が素晴らしく、園田海未の素直な詩ととてもマッチしている……」

 海未はあんじゅに自分のことを告げられてどきりとする。

 

「星空凛のばねと運動神経は、スクールアイドルとしては全国レベルだし、小泉花陽の歌声は、個性が強いメンバーの歌に、見事な調和を与えている」

 ツバサは目を閉じたままそう話した。

牽引(けんいん)する穂乃果の(つい)になる存在として、九人を包み込む包容力を持った東條希」

 英玲奈は希を見つめた。。

「それに、アキバのカリスマメイドさんまでいるしね。……いや、元といったほうが、いいのかしら」

 ツバサはことりに微笑む。

「あっ」

 ことりは顔を赤く染めて下を向いた。

「μ'sの衣装担当。衣装のかわいらしさは、ネットでも定評がある」

 あんじゅがつぶやいた。

 

「そして矢澤にこ」

 言葉を切るツバサ。にこは彼女を見つめた。

「……いつもお花、ありがとう」ツバサは破顔する。「昔から応援してくれているよね、すごく嬉しいよ」

 にことツバサを除いた全員が脱力した。微妙な雰囲気が流れる。

「い、いやー、μ'sを始める前からファンだったからー」

 にこはあわてて弁解する。

「……って、そんなことはどうでもよくて、私のいいところは?」

「うふふ。グループにはなくてはならない、小悪魔ってところかしら?」

「はうわぁ……。小悪魔……。にこは小悪魔……」

 あこがれのA-RISEにもらった一言がよほど嬉しいのか、にこは悶絶(もんぜつ)していた。

 

「でも、なぜそこまで……?」

 絵里が口にする。その疑問は海未も同じだった。

 ツバサは真剣な表情になる。

「第一回のラブライブでは、勝負できなくて残念だったが……」

 ちらりと穂乃果を見る。そこまで把握しているのですね、と海未は驚きを覚えた。

「……これだけのメンバーがそろっているチームはそうはいない。だから注目もしていたし、応援もしていた。そしてなにより……負けたくないと思っている」

 

 強い言葉に部員たちは息をのんだ。

 

「……でも、あなたたちは全国一位で、私たちは……」

 海未は全員を代表していった。

「それはもう過去のこと」

 あんじゅが首を振る。

「私たちはただ純粋に、いまこのとき、一番お客さんを喜ばせる存在でありたい。ただ、それだけ」

 英玲奈があとを引き取った。

 

 そうなのですね。この想いこそが、A-RISEの強さの(みなもと)。そして優勝しても(おご)らず、私たちを冷静に分析しています。まさに獅子搏兎(ししはくと)……獅子は(うさぎ)()つに全力を(もち)う、ですね。

 彼女たちに、私たちが太刀打ちできるのでしょうか……。海未はそう思わざるを得なかった。

 

「忘れてならないのは、高坂毬穂」

 ツバサが毬穂に目をやる。

「えっ、私?」

 ずっとメンバーを見守っていた毬穂は、突然話しかけられたことに驚きを隠せないようだった。

「突然加わった、十人目。あなたのことは、正直にいってわからない。あなたはイレギュラーな存在。でも……μ'sの行方(ゆくえ)を左右する、台風の目になるかもしれない」

「そんな……ただのマネージャですよ」

 毬穂はあわてたように笑ってみせた。ツバサは謎めいた瞳でしばらく彼女を見つめた。

 

 ツバサが毬穂にも注目していることに、海未はふたたび感心する。

 たしかに毬穂は……学園祭でも、ことりの留学の件でも、活躍してくれました。もし毬穂がいなかったら、どうなっていたかわかりません。

 

 ツバサはさっと立ち上がった。

「μ'sの皆さん、お互いがんばりましょう。そして、私たちは負けません」

 そういって立ち去るツバサに、英玲奈とあんじゅも続いた。

 

「あの!」穂乃果は立ち上がった。去っていく三人に声をかける。「A-RISEの皆さん!」

 それが合図だったかのように部員たちも席を立った。

「私たちも負けません! 今日はありがとうございました!」

 

 ああ、そうですね。私たちには穂乃果がいました。彼女ならA-RISEにだって、(おく)することはありません。

 

「うふふ、あなたって面白いわね」

 微笑むツバサ。

「……ねえ、地区予選で……もし歌う場所が決まっていないんなら、うちの学校でライブやらない?」

 

 それは、どういうことでしょうか……。

 部員たちは顔を見合わせた。「喧嘩を売るようなもの」といっていたにこが一番驚いているようだった。

 

「屋上にライブステージを作る予定なの。もしよかったら、ぜひ。一日、考えてみて?」

 

 穂乃果はその言葉に満面の笑みを浮かべ――。

「……やります!」と即答した。

「そんな、本気ですか、穂乃果さん?」

 毬穂が聞いた。

「せっかくだもん。使わせてもらおうよ」

「でも……」毬穂はしばらく考えた。「……そうですね、お言葉に甘えましょう」

「だよね!」

 穂乃果が笑う。

 

 たしかに同じ会場ならA-RISEより明らかに不利になることはないですね、と海未は思う。

 それにA-RISEとの対決となれば、盛り上がることは必至です。μ'sにとって、予選通過によい影響こそあれ、悪いことはないのかもしれません……。

 

「それじゃ、楽しみにしてるわ」

 ツバサは手を振り、あんじゅ、英玲奈とともに去っていた。

 

        ・

 

 いよいよ一次地区予選の当日。

 海未たちはUTX高校に用意された控室に案内された。

 

「あ、かわいいにゃー!」

 新しい衣装を着たにこを見て、凛が喜びの言葉をあげた。

「当たり前でしょ、今日は勝負なんだから!」

 そういうにこも嬉しそうだ。

 

 衣装は合宿でことりたちがデザインしたものだった。ノースリーブで丈の短いワンピースは肩とスカートにドレープが入っている。色と細部のデザインはひとりずつ異なっていた。それにおそろいのチョーカーと花かんむり。ステージ上ではさらにオーガンジーのケープを羽織る。ファンタスティックな雰囲気はどこか妖精を思わせた。

 

 海未も衣装に袖を通す。

 

 たしかに、いつものように……いえ、いつもより、かわいいですね。学園祭のときは、どちらかというと格好いい衣装でしたからね。

 そういえばことりに伝えるのを忘れていました。今回も丈が短いですね。……まったく、仕方ないんですから。

 

「みなさん、かわいいですよ」

 毬穂も来ていてメンバーの着替えを手伝った。

 

 また、毬穂は控室のメンバーのようすを例によって写真に収めていた。

「恥ずかしい写真は、公開しないでくださいよね」

 海未は念を押す。

「大丈夫ですよ! そういうのは、ちゃんと秘密のフォルダに、入れておきますから」

 毬穂は笑ってみせた。

 

 う、ちょっと言い方を間違えましたね。恥ずかしい写真を撮るな、というべきでした……。失敗しました。

 

「なあ、毬穂ちゃん、そういう写真、うちにわけてくれへんかな……」

「じゃあ、希さんのビデオと交換で……」

 希が毬穂を部屋のすみに連れて行き、なにやら話していた。

 

 やがて全員が着替え終わる。

 

「よーし、やるにゃ!」

 凛が目を輝かせた。

 壁面のディスプレイでは配信サイトでの中継映像が流されていた。

「すでにたくさんの人が、見てくれてるみたいだよ」

 それを見て花陽が話す。

 

「みんな、なにも心配ないわ。とにかく集中しましょ」

 絵里が全員に呼びかけた。

 

「でも、本当によかったのかな。……A-RISEと一緒で」とことり。

「一緒にライブをやるって決めてから、二週間集中して練習ができた。私は正解だったと思う」

 絵里は微笑んだ。

 

 ライブの時間が近づき、控室にA-RISEの三人が姿を見せた。

 

「こんにちは」微笑むツバサ。「いよいよ予選当日ね。今日は同じ場所でライブができて、嬉しいわ」

 

 A-RISEは深い紺のジャケットに同色のミニスカートをあわせていた。近代ヨーロッパの軍服のような(おもむき)だ。細部の飾りや帽子、リボン、コサージュなどは三人で異なっていた。

 

 さすがA-RISEですね、と海未は思う。

 クールな雰囲気に、洗練され高校生離れした(たたず)まい。それがA-RISEの魅力ですが、μ'sとは方向性が大きく異なります。その違いが勝負の行方(ゆくえ)を左右するかもしれません。

 そして、その鍵を握るのはやはり……。

 

 海未は穂乃果を見やる。

「予選突破を目指して、互いに高めあえるライブにしましょ!」

 ツバサが差し出した手を穂乃果が握った。

「あ……はい、よろしくお願いします」

 穂乃果はツバサをまっすぐに見返した。

 

        ・

 

 先にステージに立ったのはA-RISEだった。新曲は「Shocking Party」と題されていた。

 

 配信カメラに背を向けて登場した三人。イントロにあわせて蠱惑的(こわくてき)に腰を振る。くるりと振り向き、一転してかわいらしく笑った。

 三人は縦横にステージを行き来した。三人がシンクロし、指先まで気を配ったダンス。ダンサブルな曲もそれぞれ異なる声質をうまく引き出していた。

 

 海未は自分の立場を忘れて、曲に引き込まれるのを感じた。

 

 やがて曲か終わった。部員たちは呆然としながら拍手を送った。重苦しい雰囲気が流れる。

「じかに見るライブ……」と凛。

「全然、違う……。やっぱり、A-RISEのライブには、わたしたち……」

「かなわない……」

 花陽とことりも視線を落とす。

「認めざるを得ません」

 海未も思わず漏らしていた。

 

「そんなことない!」

 穂乃果がいった。

「A-RISEのライブがすごいのは、当たり前だよ! せっかくのチャンスを無駄にしないよう、私たちも続こう!」

「穂乃果さん……」

 毬穂がつぶやくのが聞こえた。

 穂乃果は意識をはっきりさせるように顔を二、三回、大きく振った。

 

 そう、穂乃果はいつも、こうでしたね。

 

 メンバー全員で円陣を組みVサインを組み合わせる。

 穂乃果がいう。

「A-RISEはやっぱりすごいよ。こんなすごい人たちと、ライブができるなんて……自分たちも思いっきりやろう!」

 

「いち!」穂乃果から始めて、ことり、海未、真姫、凛、花陽、にこ、希と続き、「きゅう!」と絵里。

 

「よーし、それじゃいくよ!」と穂乃果。「μ's、ミュージック……」

「ほのかーっ」

 そのとき、屋上の一角から呼びかける声がした。海未たちが振り向くと、そこには海未のクラスメイトたちが集まっていた。

「手伝いに来たよ!」「がんばってね」

 彼女たちは口々に叫んだ。

 

「みんな……」

 穂乃果は感動のせいか一瞬、言葉を失う。

「うん、がんばるから!」

 そういって大きく手を振った。

 

「いってらっしゃい!」

 制服姿の毬穂が彼女たちを代表するようにいった。

「うん、いってきます!」

 穂乃果がこたえた。

 

 メンバーはステージにスタンバイした。穂乃果、海未、絵里の三人を真ん中に、残りのメンバーがまわりに円陣を組む。

 日はすでに落ちて空には星が(またた)いていた。屋上の特設ステージが幻想的に浮かび上がる。

 

 動画は生で配信されるんですよね……宏未さんは見てくれているでしょうか。海未はふと思い出した。

 今回の衣装も、肩出しなのは恥ずかしいですが……おへそが出てないだけ、ましでしょうか。

 

 曲にあわせて穂乃果が歌い始めた。合宿で作った新曲「ユメノトビラ」だ。

 海未は穂乃果に続けてソロを歌う。絵里がそのあとを引き継いだ。

 

 イントロが終わり、アップテンポなAメロに続く。次に一転してゆったりとしたBメロへ。ダンスは衣装にあわせたかわいらしい振り付けだ。海未は凛、希と組んで、歌い踊った。

 サビはステージを広く使い九人が大きく行き交う。

 最後に初めの位置に戻って全員でポーズを取った。

 

 ステージの上で一列に並び、カメラの向こうの観客に向けて一礼する。全員の顔が上気していた。

 

「みなさん素晴らしいです!」

 毬穂はクラスメイトとともに拍手を送った。

 

 そのうしろではA-RISEの三人が興味深そうに笑みを浮かべていた。

 

        ・

 

 数日後の部室。予選の結果発表の日だった。一次地区予選は四位までが最終予選に進める。

 パソコンの前に花陽が座り、その周りに部員が集まった。ただ、にこはすこし離れて椅子に座り、表面上は落ち着いたようすを(よそお)っていた。

 また、海未はどうしても怖くて聞くことができず、わきに下がって耳をふさいでいた。

 

 μ'sが落選する夢を見た、と穂乃果が話したため部員たちのあいだには微妙な雰囲気が(ただよ)っていた。

 

「それにしても、生々しい夢だよね」と花陽。

「落選なんて、夢だけにしましょう、穂乃果さん」

 毬穂がひきつった笑みを浮かべた。

「そうしたいんだけど……。いま、夢と同じ状況だしーっ!」

 穂乃果が頭を抱える。

「ど、どこが同じ状況だっていうのよ」とにこ。

「にこちゃんがそうやって、ひとりで緊張してたんだよ!」

「き、緊張なんてしてないわよ。た、たかが予備予選くらいで……」

 そういうにこの飲料パックを持つ手は震えていた。

 

「終わりましたか? 終わりましたか?」

 海未は呪文でも唱えるように繰り返した。

 

「そうやね……カードによると……」

 希がおもむろに口を開く。

「よると?」

 穂乃果は身を乗り出すが、次の瞬間には顔をそむけた。

「あぁっ、やっぱり、聞きたくない!」

 と思うともう一度、希にいう。

「あっ、やっぱり聞きたい! なにか状況を変えれば、正夢じゃなくなるかも! うそでもいいから通過する、っていって!」

「……うーん、そうはいってもなあ」

 

「来ました!」

 花陽が声をあげた。

 部員たちに緊張が走る。

 

「最終予選進出、一チーム目は……A-RISE」と花陽。

 感嘆の雰囲気が部員たちのあいだに流れた。

「二チーム目は、East Heart(イースト・ハート)、三チーム目は、Midnight cats(ミッドナイト・キャッツ)

「ダメだよ、同じだよ……。うわぁ……」

 穂乃果が漏らす。

「四チーム目は……! ミ……」

「ミ?」部員たちが繰り返す。

「ミュー……」と花陽。

「ミュー?」ふたたび部員たち。

「ズ」

「え?」

「μ's。音ノ木坂学院高校、スクールアイドル、μ'sです!」

 花陽が嬉しそうに叫んだ。

 

「μ'sって……私たちだよね。石鹸じゃないよね」

 穂乃果がぽかんとした顔でつぶやいた。

「当たり前でしょ!」と真姫。

「凛たち、合格したの?」

「予選を突破した?」

 凛と絵里も信じられないようにいった。

 

 次の瞬間、海未を除く全員が喝采を叫んだ。

 

「終わったのですか! 終わったのですか!」

「海未さん」

 ひとり目をつぶり耳をふさいだままの海未の肩を毬穂がたたく。

「ど、どうなりましたか……?」

「ほら」

 毬穂が天井を見上げる。校内放送がかかっていた。

 

『お知らせします。たったいま、我が校のスクールアイドル、μ’sが、ラブライブの予選に合格したという連絡が入りました!』

 

「わあっ」

 海未は心の底からの笑顔を浮かべた。

 

「よーし、次は最終予選だね。必ず突破するぞーっ」

 穂乃果がガッツポーズを取る。

「あら、そんなこといって。体調管理は気を付けてね」

 絵里がいうと穂乃果は反論した。

「もう、わかってるって。昔の穂乃果じゃないんだから。毬穂ちゃんにもサポートしてもらってるもんね」

「ええ、穂乃果さん」

 穂乃果と毬穂は笑いあった。

 

「みんなに知らせてくるね」と穂乃果。

「わたしも、お母さんに」ことりも続く。

 部員たちは結果を報告するため校内に散っていった。

 

 海未はひとり部室に残った。

 

 まずは一次予選、突破ですね。合宿をして、会場を借りて……がんばった甲斐(かい)がありました。

 ただ、穂乃果がまた、突っ走らなければいいのですが……。今度こそ、うまくフォローする必要がありそうですね。

 それに、ここまでは順調でしたが……希のタロットカード。占いを信じているわけではありませんが……気になります。

 




今回はほぼ原作沿いでしたが、次話よりオリジナル中心の修学旅行編です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。