大鴉の羽搏き   作:カバ

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第七話

 ――意識が朦朧とする。

 

 自分自身が何処に居るのか全く分からない。自分の足で立っているのか、寝そべっているのか、それすらも理解が及ばない。現状を確認しようと重い瞼を押し上げ、何とか視界の確保を試みる。思いの外、目を開くことは簡単だった。しかし、予想通りと言ってよいのか分からないが、視界に映る光景は正直に言って気持ちの良いものではなかった。目に映るモノ全てが歪んで見え、世界で正常なモノが自分唯一人だと錯覚を起こしてしまいそうだ。

 

「ぐぅ……!!」

 

 視界から頭に入ってくる情報の中で、自身が壁らしきモノで体を支えているのを理解する。体を前進させる為に一歩踏み出す。それだけで身体全体に凄い重圧が襲い掛かる。何とか覚醒していた意識が一瞬、暗闇に落とされる。意識を保つ為に頭を左右に振ってみる。

 

「んっ……!?」

 

 覚醒させる筈だった意識が彼方へ飛んでいきそうだった。なるべく身体に負担を掛けないよう、一旦気持ちを落ち着かせる。乱れた呼吸を整える為に大きく息を吸って吐く。無意識で行っている行為なのに酷く懐かしく感じてしまう。

 

「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」

 

 だが、いつもの様に肺へ酸素を送る行為に変な違和感を覚える。何か違う。上手く言えないが、何かが違うのだ。もどかしさを感じ、自分の思いを言葉として発しようとする。

 

「■■、■■■……? ■■……!?」

 

 如何やら、喉までイカれているらしい。言葉を正しく発音しようとしても口から聞こえるのは、獣の鳴き声の方が数段マシだと思わせる(こえ)だった。まるで別の生物にでも変わってしまったのかと錯覚してしまう。多少、落ち着いた思考で身体の感覚を確かめてみる。両手を開いて閉じてみる。力が入りにくいが特に目立った異常は無い。腕や肩も重く感じるが動く。両足は既に確かめたし、視力も先程より回復した。呼吸器官などの体内器官も特に問題は無かった(・・・・・・・・・)

 

「…………」

 

 ただ、どの身体の部位に対しても言える事だが、多少の違和感を覚えた。視界が回復してきて、その実感を強く認識する。……いや、もう、違和感などという生温い言葉で表現するのは止そう。

 

「――――」

 

 戻った視力でもう一度、辺り一帯を見渡す。視界に映る光景は先程の言い訳が無理やりに感じるほど、現状を物語っていた。

 

 

 

 

 

 ――其処は、地獄だった――

 

 

 

 

 

 ――黒煙が立ち昇り灰色に染まった、空――

 

 ――業火によって焼き尽くされた、大地――

 

 ――人形のように物言わぬ朽ちた、人間――

 

 

 

 人として、いや、生物としてその光景は到底受け入れられるものではなかった。もしこの光景を受け入れてしまったら、自分は、人間として終わってしまうだろう……。

 

 ――世界の終焉。それは物語(ストーリー)などの題材でよく扱われるテーマの一つだ。万人に分かりやすく説明するならば、勇者と魔王の関係が想像しやすいだろう。

 魔王は世界を終わらせる。勇者は魔王を討ち果たし平和を取り戻す。世界に訪れる終幕の未来を変える物語(おはなし)。子供なら一度は夢見るシチュエーション。

 

 しかし現実にメルヘンなどの要素は含まれない。起こった出来事はそのまま現実へ反映される。物が壊れれば壊れ、人が死ぬば死ぬ。ただ、当たり前の事だった。

 

 目の前で起こっている出来事(ひげき)は、紛れもない現実だ――。

 

 俺は、意識を失うまでの記憶を全て思い出した。自分が誰なのか、此処で何が起こったのか。その全てを取り戻した。そして俺は、無意識に歩き出していた……終焉の地へ。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 俺は、歩いた。歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けた。

 そして、アイツを視界に収めた。

 

 俺は身体の怪我を無視してアイツ(・・・)に近づく。アイツは……今までずっと其処に居た。俺を視界に収めているのに何の反応も示さない。ただ、虚無の瞳をしていた。

 

「――■■……」

 

 まともに話せないことを理解していても声を掛けずにはいられなかった。アイツが自分のことを理解出来なくとも……最後に声を聴きたかった。

 

「…………」

 

 予想通りアイツからの返答は無かった。後悔、諦め、怒り……様々な感情が体の中を駆け巡る。

 自分の最期を理解し顔を地へ向ける。その時、視界に一滴の雫が地面に落ちたのを視界に映す。俺はもう一度、アイツに視線を移した。

 

「――――ッ!」

 

 ――泣いていた。表情も変えず、声も出さなかったが、アイツは確かに泣いていた。

 

「――■■■■、■■」

 

 その涙に俺は光を失いつつあった瞳で最後の笑みをアイツへと送る。

 

 

 

 

 

 これが、俺――『イワン・ドレアー』の最期だった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆◆

 

 

 

 

 

「――という、夢を見たんだが如何だろうか?」

 

「「知るかッッッ!!!!」」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の二階から二人分の怒鳴り声が聞こえてくる。一階で騒いでいるギルドの魔導士達はまた始まったと溜息を吐く。カウンターで接客をしていたミラにも当然、二階の声は届いている。彼女もまた皆と同様に呆れながら、仕方なく二階へと上がっていく。

 

「もう! いい大人達が昼間のギルドで何をそんなに騒いでるの!」

 

 ミラがぷりぷりと怒りながら二階に上がる。ミラ登場に怒鳴り声を出したギルダーツとジョゼの二人が言い訳染みた言葉を彼女に投げ掛けてくる。

 

「だってよ~? イワンの野郎がまた訳分かんないことを延々と俺達に話してくんだぜ?

 温厚な俺でも怒鳴り声の一つでも上げたくなるって」

 

「そうですよ、ミラさん。イワンさんには一度、自分の長話が迷惑だと自覚してもらわなければ」

 

 彼等の言い分に今度はイワンが声を上げる。

 

「おいおい、そりゃあ言い過ぎってモンじゃねぇのか?

 これでも一応、普段ギルドで使えないお前等を気遣って俺様の相談役にしてるのによぉ?」

 

 イワンは椅子に座りながら腕と足を組み、人を小ばかにした笑みを浮かべる。

 

「まずその物言いは人に相談する態度じゃないよね?

 人のこと全然気遣ってないよね? 何なの、お前のその態度?」

 

 キャラに似合わないツッコミを入れるギルダーツ。

 

「――イワンスタイル•(´◉◞౪◟◉)」

 

 そんな彼に渾身のドヤ顔で言い放つイワン。殴りたい、この顔。

 

「腹立つわー。マジで腹立つわー、コイツ」

 

「ウザさを通り越して殺意を覚えますねぇ……」

 

 二人はイワンの態度に怒りのボルテージが最高潮に達する。

 そんな三人を傍らで見ていたミラは小声で呟く。

 

「――マスターみたいに説教(ちょうきょう)しないとダメかしら……?」

 

 その言葉を聞いた三名は即座に動く。

 

「「「それだけはマジ勘弁して下さい」」」

 

 土下座の姿勢へ。三人の謝る姿を見たミラが笑顔になる。

 

「うん! 素直が一番! 三人とも、今後は仲良くしてくださいよ?」

 

 ミラは三人に忠告しながら、一階のカウンター席へと戻っていく。

 三者は自身の安全が確保されたと安堵する。

 

「やれやれ……ミラは相変わらずだな……」

 

「ですねぇ」

 

「何であんな子に育っちまったんだろうか……」

 

 イワンはどこで育て方を間違えたのか結構本気で悩んだ。

 ギルダーツは手荷物を持ちながら立ち上がる。

 

「今日はイワンの所為で散々だわ。お前どっかで俺等二人に酒でも奢れよな」

 

 そうしないと割に合わないと告げる。

 

「その程度なら構いませんよね?」

 

 ジョゼも身支度を済ませながらギルダーツの言葉に賛成を促す。

 

「あぁ~、まぁ今回は俺の悪乗りで怒られた訳だしな。

 その位なら構いやしねぇよ」

 

 イワンも悪いと感じていた為、素直に彼等の提案を承諾する。

 ギルダーツとジョゼは彼が承諾したのを確認して目を見合わせる。

 

(おい、分かってんな?)

 

(ええ、分かっていますとも)

 

 

 

((バカ高い店で無駄に酒を注文してやる……!))

 

 

 

 子供染みた考えが二人の間で交わされていた。

 そんな事などに気付かないイワンは、先程二人に話していた夢の内容を改めて考えていた。

 

(――アレは夢だ。確かに夢だった。だが――アレは現実でもあった)

 

 イワンは直感する。あの光景は未来の光景では無いかと。

 もしかしたら、別の世界の姿(・・・・・・)だったのかも知れないとも考えた。

 

 何故そんな考えが出てくるのかと言われても答えられないが、何となく理解できた。あの光景は世界の何処かの時空で行われたモノだと。

 

(――もし、あの結末(ぜつぼう)の通りに世界が滅びるというのなら――)

 

 イワンは戸惑いなく選択できるだろう。

 

(――俺は何としても、お前を止めなくちゃ(殺さなくちゃ)ならねぇ――)

 

 家族(ギルド)を守る為ならば、自身の手を血に染める事などに迷いはない。

 今までも、そしてこれからも、転生者(イワン・ドレアー)という男は家族(ギルド)の為に闘い続ける。

 

 

 

 ――その結果、自身が破滅しようとも――

 

 

 

 

 

 ――大鴉は、闇へ羽搏く

 

 

 

 

 

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