ハイスクール・フリート PRIVATEER(完結)   作:ファルメール

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その12(おわり)

「ああ、まだここに居たのね」

 

 大和の甲板。

 

 安全柵をぐっと握って、そこに立つ四海は海をじっと睨んでいた。

 

 ブラン達、プレシオザウルスの群れが去って行った海を。

 

 早いものであれから、3日が過ぎていた。

 

 大和もトリトン号も、3日前の投錨位置からぴくりとも動かずに、睨み合うようにして動きを止めている。

 

 プレシオザウルスの群生を目撃するという超級の異常事態を受けて有耶無耶になっていたが、六花と四海がトリトン号に不法侵入して、船員や博士に暴行を加えたのは紛れもない事実である。とは言え、そもそもその原因となったのはフランス海軍のメルベール大佐が四海の家にチンピラをけしかけてブランを強奪しようとしたのが始まりだ。

 

 互いに、相手の弱みを握って相手に弱みを握られている状況で動くに動けず、またプレシオザウルスの群れの生息地という事実を受けて、フランス政府がどのように動くかも未だ不透明である。稀少動物保護の観点から実験を中止するのか、それとも強行に及ぶのか。

 

 いずれにせよ、そうした不確定な要素が多い為にブルーマーメイドも艦を引き上げる訳に行かず、膠着状態となってしまっていた。

 

「はい」

 

 持っていたおむすびを差し出す六花。四海は受け取ったそれを「どうも」と一礼して頬張る。

 

「良い知らせがあるわ」

 

「悪い知らせが一緒じゃないんですか?」

 

 からかうように笑う四海に六花は「それは無いから安心しなさい」と、笑うと、自分もかぶりついておにぎりを食べながら話していく。

 

「フランス政府が、この海域での核実験の中止を決定したわ。大統領が、正式に声明を出したのよ」

 

「わぁ」

 

 まだ半分以上残っていたおにぎりを一口で平らげると「本当ですか!?」と詰め寄る四海。

 

「えぇ……フランス政府も、ここは自国の国益よりも稀少な海洋生物の保護を優先する……という大義名分を優先したんでしょうね。流石にここまで世界中に公表してしまった以上……反故にすれば大統領の政治家声明は一瞬にして吹っ飛ぶ……まぁ、安心して良いでしょうね。その証拠に、見なさい。トリトン号が、引き上げ始めたわ」

 

 六花が指さす先を見やると、確かにこれまでは完全に停泊していたトリトン号が、回頭してこの海域から離れ始めていた。四海と六花の不法侵入・暴行の一件に関しては、フランス側も四海の家に盗みに入った件を不問とする代わりにブルーマーメイド側もこの件についてはこれで落着とすると、一種の取引が交わされて有耶無耶になったらしい。

 

「……そう、ですか」

 

 四海はしばらく考えるように顎に手をやって、そして尋ねる。

 

「六花さん」

 

「何かしら、四海ちゃん」

 

「これで……終わったんですか?」

 

 少女の問いの意味を少しばかり考えた後、六花は慎重に言葉を紡いだ。

 

「何もかも全てが……とは、行かないわね」

 

 この答えは、まだ少女ながら聡明な四海には分かっていたのだろう。彼女は少なくとも表面上は、失望したり怒りを覚えた様子を見せなかった。

 

「確かに、この海域での核実験は中止になった。でも、ここで実験が行われなくても別の所で実験が行われる。それがどこか他の海なのか……あるいは砂漠なのか? それは、分からないけれど……」

 

「……仕方ないですね」

 

 頷く六花。しかし彼女の言葉には、続きがあった。

 

「でも、この海で起きた事は必ず……世界に伝わる……いや、もう伝わっている……それも、確かな事よ」

 

「……」

 

「四海ちゃん……あなたの行動は、近視眼的な開発や発展だけを求める今の世界の流れに……確実に、一石を投じた」

 

「私は……自分に在るもの全てを出し尽くしただけ……ベストを尽くしたまでです」

 

 六花は四海の言葉に満足したように頷いた。

 

「それで十分だったのよ。あなたと、ブランと、私……3人で、世界に勝ったのよ」

 

「世界に」

 

 もう一度、六花は頷いた。

 

「後は、人々の良識と判断力を信じましょう」

 

「そうですね、六花さん……ところで、もう一つお聞きしたいのですが」

 

 四海が、話題を変える。

 

「何かしら?」

 

「……私は、ブランのママを……きちんと出来ていたでしょうか?」

 

 ほんの二週間ほどの間だったが、ブランは四海が嬰児の段階で拾い、刷り込みによって母親と思って懐いたのを育てた。

 

 四海は出会ってから別れるまで、ブランの為に全ての時間を費やし、やれる事は全てやって全精力を注いだつもりだったが……上手くやれていたかどうか、本当にやり残しは無かったか、出来うる限りを尽くせていたのか。それだけが不安ではあった。

 

「そうね……四海ちゃん、私にも娘が居るの。その、子供を持つ親の視点から見てみると……あなたは……」

 

 一度、六花は言葉を切った。

 

 四海は試験の結果を待つ学生のように、ごくりと唾を呑んでブルーマーメイドの次の言葉を待つ。

 

「とても立派に、母親が出来ていたと思うわ」

 

「……そう、でしょうか?」

 

「そうよ。あなたは私とたった二人で、彼を助ける為に二百人以上は敵が居るであろうトリトン号へと乗り込んだ。自分の子供の為に、自分の身をそんな危険に晒す事を躊躇わない人が、立派な母親でない訳が無い。私はあなたを、同じ母親として……尊敬するわ……四海ちゃん……いえ、ビッグママ」

 

「……ビッグママ?」

 

 くすっと、六花が微笑した。

 

「あなたの事よ。ビッグママ(偉大な母親)。相応しいコードネーム」

 

「偉大な母親、ですか……私には、ちと荷が勝ちすぎる名前だと思います」

 

「……では、精進する事ね。いつか……いつかその名前に、相応しい人となれるように」

 

「……はい、六花さん」

 

 頷き、一礼する四海。そして何呼吸か置いて、今度は言いづらそうに口を開いた。

 

「……さて、六花さん……これで、お別れですね」

 

 元々六花は、フランスの核実験から絶滅危惧種であるプレシオザウルスを保護する任務の為に、四海に協力を求めたのだ。そしてプレシオザウルスの群生が確認されて、フランスの核実験も阻止された。

 

 六花の任務は、終わったのだ。

 

 ならば、四海はパゴパゴ島へと帰り。六花は次の任務へと旅立つ。

 

 ブランとの別れがそうであったように、この六花との別れも、来るべき必然。避けられない運命だった。

 

 しかし六花は四海のその言葉を受け、首を横に振った。

 

「なぁに……また、すぐに会えるわよ」

 

 六花はそう言って、ポケットに手を入れると何かを握り混んだ手を抜いた。

 

 その握り拳が、四海の眼前に差し出される。

 

「……?」

 

 反射的に、四海はその拳を掬うように両手を出す。

 

 そうして、六花は拳を開いた。

 

 掌中に握られていた物が、四海の手に滑り落ちる。

 

「でないと、これを取り戻せないからね……」

 

 微かな重みを感じて、四海は渡された物を見る。

 

 ブルーマーメイドの、卒業メダルだった。新品ではなく僅かな瑕が見える。裏返してみると背面に「1916 MUNETANI RIKKA」と刻まれていた。1916年は、第一期・最初のブルーマーメイドが誕生した年だ。そして六花の名前が刻まれているという事は、これは六花が海洋学校を卒業した時、授与された物なのだろう。

 

「六花さん、これは……」

 

「あなたの物よ、四海ちゃん……同じ海の仲間……家族だからね……」

 

 渡されたメダルを、四海はぐっと握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

「さようならー!!」「元気でね、四海ちゃん!!」「また一緒に航海しましょうね!!」

 

 大和の甲板で、クルー達が口々に叫びながら四海に手を振っている。その中には当然、六花の姿もあった。

 

 シャチ達に牽引されるコンチキ号に乗った四海は、艦長帽を振ってそれに応えた。この帽子は、メダルと共に六花から贈られたものだった。

 

「さよなら、六花さん!! いつか、必ず……もう一度、会いに行きますから!!」

 

「待っているわよ、四海ちゃん!!」

 

 大和が、動き始めた。次なる任務が待つ海へと。

 

 その潮流に巻き込まれないよう、シャチ達も動き出した。

 

「さぁ……みんな、私達も帰ろうか……フィジーへと……やるべき事、学ぶべき事は、山ほどあるわ」

 

 

 

 

 

 

 

「……それが、今から七十年以上も前の話……あたしの最初の航海、最初の冒険の話。艦長と出会った時の話。あたしが最初の船・コンチキ号の艦長になった時の話、そして艦長から、ビッグママというコードネームをもらった時の話さね」

 

 現在。

 

 ビッグママの話が終わって、晴風クルー達は聞き入っていたが……

 

「すっごい!! ママさん、そんな子供の時から、凄い大冒険してたんですね!!」

 

 数分して、沈黙を破ったのは芽依であった。

 

「ガムビエール諸島近海は、現在は世界で唯一のプレシオザウルスの生息域・群生地として特別保護海域に指定されている。その制度が施行されたのが……今から70年以上前……では、潮崎教官が……?」

 

「そうだよ、美波ちゃん」

 

 ビッグママは傍らに置かれていたバッグを開く。そこには古ぼけた艦長帽が仕舞われていた。

 

 明乃の物とは少しばかりデザインが異なっているようだ。

 

「ミス・ビッグママ……これは……」

 

「さっきの話に出てきた、艦長から貰った物さ……ちょっと失礼するよ、シロちゃん」

 

 ビッグママはそう言ってましろの髪に手を伸ばすと、ボニーテールを束ねていたリボンをそっと解いた。ましろの長い黒髪が、さらりと彼女の背中に流れる。そうした所で、ビッグママはぽんと艦長帽を乗せた。

 

「あ……」

 

「ふうむ」

 

 にやにや笑いながら、値踏みするようにビッグママは隻眼を細める。

 

「そうしてると、艦長そっくりだよ、シロちゃんは……」

 

「あの、ミス・ビッグママ……これは……」

 

「その帽子は、シロちゃんが持っていると良い。ミケにはメダルを渡したが、あたしの訓練に合格したのは晴風クルー全員だからね。シロちゃんには、この帽子をプレゼントしよう」

 

「私が、曾祖母の帽子を……」

 

 感無量という様子で、ましろは肩を震わせていた。

 

 他のクルー達は、それぞれ戸惑ったように顔を見合わせて……タイムラグを置いて「わっ」とざわめき、万雷の拍手が巻き起こった。

 

「副長、おめでとうございます!!」「シロちゃん凄いですよ。流石は我が友!!」「やったわね、宗谷さん!!」

 

 そんなブルーマーメイド候補生の様子を眺めつつ、ビッグママは腕時計に目をやった。時刻は15時を過ぎたぐらい。まだ、時間はたっぷりとある。

 

「さて、次はどんな話をしようかね? ベーリング海のアドノア島で、プテラノドンを見た時の話はどうかな? あぁミケ、飛び級で進学した大学で考古学を履修していた時、教授と一緒にキリストの聖杯を探しに行った話はしたかね? あれも凄い冒険だったよ……他にも……」

 

 これは幕間の物語。

 

 晴風クルー達とビッグママこと潮崎四海との、触れ合いの一幕であった。

 


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