鎮守府商売   作:黄身白身

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2019年8月に発行された同人誌、艦これ歓楽街合同「あの街のこと。」に寄稿させていただいた作品のWEB再録許可を頂きましたのでアップいたします。
「鎮守府商売」と同じ世界観ですが、シリーズレギュラーは誰も出ていませんので番外編としています。


同じ物をpixivのほうでもアップしています


(番外編)連装砲ちゃんの冒険

 この世界に艦娘が現れてから、はたしてどれほどの年月が過ぎたのか。

 

 まずは江戸湊、そして品川湊、浅草湊などで深海棲艦が目撃されたのが始まりであったと言われている。

 それでも、誰が最初の目撃者と問われてもしかとはわからぬのである。

 なぜなら、最初の目撃者は全て深海棲艦の砲撃により絶命していると思われるためである。

 瞬時に湾岸部は地獄となった。

 湾内へと入る途中の半島、小島を無視した深海棲艦は江戸前の海へと集結し、一気に砲撃を放つ。

 現代においてすら、人類による深海棲艦に対する有効な兵器はほぼないとされているのだ。江戸の街に、幕府に、深海棲艦に対抗しうる兵器など望むべくもなかった。

 砲撃に追い立てられた人々は阿鼻叫喚の中を逃げた。水辺は地獄と化し、人々は奥地へ、そして山へと逃げた。

 深海棲艦の一部はさらに川を遡上し、動くもの全てを砲撃する。

 水に近寄れば死ぬ。それが人々の常識となるのに、さほどの時間はかからなかった。

 そのようなある日であった。錯乱したか自暴自棄の結果か、一人の男が刀を振りかざし深海棲艦に迫ったのだ。

 切っ先の届く前に男の身体など微塵とされるはずであった。しかし、なんの偶然か、切っ先は届いてしまったのだ。通じてしまったのだ。

 人は知った。いや、知ってしまった。

 深海棲艦は斬れる、と。

 それによって人に勝ち目が生まれたという類の話ではない。

 幾百の屍を積んだあげく、一振りの刀がようやく届くか届かぬか、そしてわずか一振りで果たして深海棲艦が倒せるのかという話である。それも、深海棲艦が自ら地上に姿を現せばの話である。

 僥倖に次ぐ僥倖、まさに盲亀の浮木を積み重ねた先の刹那の勝機。それだけが、人に与えられた勝ち目であった。

 それでも、立ち上がる剣士はいた。

 逃げ惑う人々の一日の、いや一刻の、一瞬の安息のため、斬り込むのだ。

 一瞬でもその生を長らえさせるため、戻れぬ戦へと踏み込むのだ。

 それを艦娘は見た。

 深海棲艦に遅れてこの世界に現れた艦娘は、周囲の状況を警戒した。

 ここは自分たちの世界ではない。自分たちの元となった艦船すらまだ生まれるどころか人々の空想の中にもない世界。

 決してここは自分たちの世界ではない。ならば、すぐに元の世界へ戻る方法を探すべきではないか。

 艦娘達の中でも意見は分かれた。

 その時、艦娘の一人が見たのだ。

 僅かな希望にすがり、守るべき人の一瞬の命のために死地へと飛び込む剣士たちを。

 決して振り返ることなく、剣を握り砲撃の雨へと進む剣士たちを。

 勝利ではなく、ほんのひととき、それも他人の命を長らえさせるためだけに自らの命を捨てる剣士たちを。

 一人の艦娘が叫んだ。

 これを護らずして、なにが艦娘か。なにが誇りか。

 これを見捨てて、どんな顔をして元の世界へ戻れるのか。

 いや、元の世界などない。ここにこそ、自分たちが共に戦うべきに足る人々がいるではないか。

 少なくとも自分は戦う。この世界のこの人々のために戦う。

 機関全速で進む艦娘を追う姉妹艦。

 それを見送る一人の戦艦娘が、涙を流しながらその妹艦に言った。

「この戦いが終わったら、私を殴ってください。愚かにも、初動を誤った私を」

 うむ。と妹艦は頷き、しかし続けた。同じ過ちを犯した私のことも殴れと。

 戦艦が、空母が、巡洋艦が、駆逐艦が動いた。

 人々を、この国を、護るために。

 艦娘達はこの世界の提督を得た。人々は艦娘を救世主と歓迎した。

 

 そして時は流れ

 

 幕府は艦娘たちの力と知恵を借り、深海戦艦の猛攻に対抗せんがため、品川沖より東に向かい埋め立てを開始した。そしてこの地を江戸防衛のための砦とし、鎮守府を設立する。

 現代でいうお台場から江東区にかけての辺りには、この時代の日本における最大規模の鎮守府が生まれることとなった。

 深海との戦が落ち着き、鎮守府の規模も縮小されはじめた頃、その隙間に一つの街が自然に生まれた。

 色町、博打場、酒場などがどこからか集まった街である。

 食い詰め者。犯罪者。そして、身を誤り罪を犯し、深海棲艦とまでは行かずとも艦賊と呼ばれる存在に身を堕とした艦娘。様々な者が集まり、ある意味活気溢れる混沌の歓楽街と化していく。

 奇しくもその場所は、本来の刻が進めば「東京ビッグサイト」と呼ばれるべき建物が存在するはずの場所であった。

 それに気付いたとある一人の駆逐艦娘は、呵々大笑して決めつけたという。

「流石ビッグサイトだね。トンデモなカオスには、天下一ふさわしい場所だと思うよ、秋雲さんは」

 

 その歓楽街にて、物語は始まる。

 

 

 連装砲ちゃんは、二人のやり取りをじっと見ていました。

「いやいや、そりゃあ悪手だろうよ、ダンナ」

「いや、当てはあるんだ。ただな、その、今は持ち合わせがないって事で」

 ここは数ある賭場の一つ。提督さんが賭場を仕切る元締めさんに締め上げられています。

「そりゃいけねえよ、あんた、つまり、手持ちも無しに賭場に来たって事ですかい」

「あ、あんたらが駒札をくれたんじゃないか」

 駒札とは、賭場の勝負において現金代わりに使われるチップのことです。提督さんは、確かにそれを受け取っていました。連装砲ちゃんもしっかり見てました。

「ダンナ、ありゃあ、あっしが貸したものでしてね。貸したら返す。常識でしょう?」

 連装砲ちゃんは曲がらない首を傾げます。元締めさんが提督に駒札を渡したときは、

「なに、ダンナ、あっしらとダンナのつきあいじゃないですか、今日はこれで遊んでいってくだせえよ」

 などと、言っていたからです。

「提督、何してるの、連装砲ちゃんも」

 駆逐艦娘にして連装砲ちゃんの主、島風ちゃんが姿を見せました。さっきまで、賭場は退屈だからとお外にいたのです。

 きゅーきゅー

 連装砲ちゃんは、嬉しくて鳴いてしまいます。 

「そ、そうだ、島風。鎮守府にひとっ走り頼む。いや、走るんじゃなくて抜錨だ。水路で行ってくれ」

「どうしたの?」

「あのな、叢雲……いや」

 提督さんは鎮守府から持ち出す現金の当てを考えているようです。

 個人の蓄えはありますが、どちらにしろここに持ってきてもらわなければ話にならないのです。だからといって鎮守府にいる艦娘なら誰でもいいというわけではありません。

 話のわかる者でなければ、後が大変です。怒られてしまいます。

 叢雲さんだと、きっとめちゃくちゃに怒られてしまいます。

 提督さんは元締めさんに紙と筆を借りると、急いで一筆したためました。

「漣にな、これを」

 必要な金額と、島風にそれを渡すように書いてあるお手紙です。

「足りねえでしょう」

 手紙を覗き込んだ元締めが鼻で笑いました。ちょっと失礼です。

「ウチは金貸しもやってるんで、利子ってのが付きましてね」

「はぁああああっ?」

「あ、いいんですよ、別に。貸した金が返って来ないってんなら、お上の方に訴えても」

「待て、わかった。取りに行かせるから」

 島風ちゃんが連装砲ちゃんに話しかけてきました。

「提督早いね、諦め」

 きゅー

「二人とも、いい子だから黙ってて」 

「ちょっと待っておくんなせえよ」

 元締めさんは島風ちゃんの顔を眺めて、次に提督さんを見ています。

「ダンナの所の艦娘さんら、素直に金出してくれますかね、博打に負けた提督いい気味だなんて言われません?」

 元締めさんはなかなか鋭いようです。

「いい機会だから頭冷やしてこいなんて言われたって、こっちは困るんでね」

 今度は島風ちゃんと連装砲ちゃんをじっと見ています。

「この艦娘も必ず戻ってくるように、その子、置いていってもらいましょうか」

 きゅー?

「島風、連装砲ちゃんと俺が残るから、早く行って来てくれ」

「提督と連装砲ちゃん? 別にいいけど」 

 島風ちゃんは必ず戻ってくるつもりです。連装砲ちゃんをそのまま置き去りなんてとんでもない。提督さんだけだともしかしたら置き去りにするかも知れません。

「じゃあ連装砲ちゃん、提督と一緒にお留守番しててね、すぐに戻ってくるから」

 きゅーきゅー

 手紙を受け取った島風ちゃんは賭場の裏手から、海へと続く運河へと飛び込みました。

「それじゃあ、行って来まーす」

 連装砲ちゃんは手を振ってお見送りです。

 島風ちゃんと別れるのはちょっと寂しいです。でも、仕方ありません。島風ちゃんには大事な任務があるのです。今日は提督さんと一緒にお留守番です。

 だけど、ここは鎮守府じゃありません。知らないところです。それでも、提督さんと一緒なので多分安心です。

 きゅー

「おい、こんな狭い部屋に閉じ込められてんだ、待ってる間の酒の一杯くらいは出してくれてもいいだろ。あと、こいつのおやつも、なんか適当な金屑」

「へへっ、それくらいは愛想ってやつですよ、少々お待ちを」

 提督さんは、連装砲ちゃんのおやつまで頼んでくれました。

「ま、一緒に我慢しような、連装砲ちゃん」

 きゅーきゅー

 なんだかワクワクしていると、何か大きな音がします。まるで、伊勢さんや日向さんが刀を持って大立ち回りをしているような物音です。

 もしかして、演習でしょうか。

「艦賊改方である、神妙にいたせ! 刃向かう者は斬り捨てい」

 この声はどうしたことでしょう。

 艦賊改方と言えば、幕府直轄の対艦賊組織です。

 艦賊とは、悪いことをする艦娘達です。

 もしかして、連装砲ちゃんは提督さんと一緒に悪い人たちに捕まっているのでしょうか。そして、島風ちゃんは助けを呼びに行ったのでしょうか。

「うわ、あの声、長谷川様だよ……こんなところで……どうしようか、連装砲ちゃん」

 提督さんはおろおろとしています。

「知ってるか、連装砲ちゃん、長谷川様。長谷川平蔵と言えば、無くも黙る鬼の提督、通称鬼提。あの人が艦賊改方になってから艦賊がどんどん捕まっているって話だよ」

 きゅー

 悪い人が捕まるのはいいことだと、連装砲ちゃんは思います。

「あれ? 待てよ。長谷川様が来たってことは、ここもしかして、イカサマ賭場か?」

 賭場自体は不法ですけれど、長谷川平蔵様という御方は堅物ではありません。多少の緩みには目をつぶる大人物という噂もあります。

 単なるささやかな賭場であるならば、斬り捨てろとまでは言わないだろうと、提督は言うのです。

「でも、この場で見つかったらボクの立場どうなるんだろうね。博打の負け分払えずに監禁されてる提督って情けないよなぁ」

 きゅー

 約束したお金を逃げずに払うのだから、提督さんは立派だと連装砲ちゃんは思います。

 大きな音が聞こえてきました。これは、艦娘の砲撃音も混じっています。艦賊の仕業でしょうか。

「このままだと部屋ごと御陀仏かもなぁ」

 提督さんは連装砲ちゃんの正面に座り直すと、頭を撫でてくれます。

 きゅー

「博打の負け分払えないとか、鎮守府の金使いこんだとか、そんなものは、ボクの首一つでどうにでもなるけどね。でも、君を島風の所に帰せないとなると話が別だよ。ボクの首が百あったって申し訳が立たなくなってしまう」

 提督さんは窓を開けます。大人一人にはかなり無理がありますが、連装砲ちゃんなら辛うじて通れそうな大きさです。

 窓の外、少し離れたところに運河が見えます。連装砲ちゃんでも思いきりジャンプするか提督さんに投げてもらえば届きそうです。

「だから、お行き。そして、島風が来るまでどこかに隠れてるんだ」

 でも、提督さんを置いていくわけには行きません。

 島風ちゃんにお願いされたのです。提督さんと一緒にお留守番をしてねと。

 きゅーきゅー

「駄目だ。これは、提督命令だよ」

 提督さんは連装砲ちゃんを担ぎ上げると、窓の外に向かって投げます。

「行け、連装砲ちゃん!」

 投げられた連装砲ちゃんは、そのまま運河へ飛び込むはずでしたが、窓枠に砲塔が引っかかってしまいました。

 軌道を変え、石造りの運河縁に落ちるとごんごろごんごろと転がります。

 そのまま、ざぶんと水面に飛び込んだ連装砲ちゃんでしたが、すぐに浮かんできます。

 自分の出てきた窓に向かって振り向くと、燃えていました。

 どうみても、建物が燃えています。

 きゅー

 戻ろう。と連装砲ちゃんは思いました。ところが、身体がうまく進みません。

 なんということでしょうか。地面を転がったときにお尻のスクリューが歪んでしまっています。これでは水上を満足に進むことが出来ません。

 ぷかりと浮いた連装砲ちゃんは運河の流れに身を任せるだけです。

 燃える建物の中に突入していく艦賊改方の姿が見えます。あの調子だと、きっと提督さんも助けられているに違いありません。連装砲ちゃんは少し安心しました。

 きゅーきゅー

 安心した連装砲ちゃんは流れに身を任せます。

 深海棲艦に対抗する砦を作るために品川沖から埋め立てられたこの巨大出島には、数多くの運河が張り巡らされています。

 スクリューさえ無事なら、どこへでも好きな方向へ動けるのですが、今のままではぷかぷか浮かんでいるだけです。

 仕方なく連装砲ちゃんは、景色を眺めていました。

 燃える賭場はまだ見えています。

 運河の縁にござを敷いて、お酒を飲んでいる人たちもいます。中には連装砲ちゃんに手を振ってくる人もいるので、連装砲ちゃんも手をぱたぱたと振りかえしました。

 きゅーきゅー

 喧嘩をしている人もいます。これはちょっと物騒です。

 物売りも歩いています。もうすぐ夜なのですが、この街では夜も人が沢山動いているのです。

 此処は砦として使われていたおかげで、江戸市中では珍しい電気灯もあるのです。ちなみに電気灯の根元から手繰っていくと、艦娘が艤装で発電しています。

「おや、珍しいね、一人なのかい?」

 運河を渡っているのは連装砲ちゃんだけではありません。艦娘達も、荷物を運んだりしています。

 連装砲ちゃんに話しかけてきたのはそんな一人なのでしょうか。

 駆逐艦娘の時雨ちゃんです。

「島風と一緒じゃないのかい?」

 きゅーきゅー

「おや、スクリューが歪んでしまっているね。それじゃあ航行できないだろう」

 きゅー

「ごめんね。ボクも急いでいるからキミにずっと付いていくわけにはいかないけれど、其処の岸までなら連れて行ってあげるよ」

 連装砲ちゃんはお礼を言って頭を下げます。

「いいさ、ボクも其処まで行くつもりなんだから」

 時雨ちゃんは連装砲ちゃんの砲塔を掴むと、岸へと曳航しながら進みます。

「それじゃあね、ボクはこれから山城の所へ行かなきゃ」

 岸へ上がると、時雨ちゃんの姿を見つけたおじさんが駆け寄ってきます。おじさんと言っても、半分おじいさんと言ってもいいような年です。

「おう、時雨ちゃんじゃねえか、どうしたんだい、そいつぁ」

 どうやら、連装砲ちゃんのことを言っているようです。

「やぁ、彦十おじさん」

 そして、時雨ちゃんの知り合いのようです。連装砲ちゃんもぺこりとお辞儀しました。

「この子を運河で拾ってね、どうやら、スクリューが歪んでいるみたいなんだ」

「どれ」

 おじさんに抱き上げられ、じっとおとなしくする連装砲ちゃんはとてもいい子なのです。

「これなら、何とかなるかも知れねえな」

「本当?」

「ふんっ、こう見えてもこの彦十、若ぇ頃は鎮守府にも出入りしてたものよ」

 きゅーきゅー

 連装砲ちゃんも大喜びです。スクリューが直れば、自力で鎮守府に帰ることだって出来ます。もしかすると、提督さんと一緒に帰ることが出来るかも知れません。

「それじゃあ、後は頼んだよ、おじさん」

「おうよ」

 きゅー

 時雨ちゃんに手を振ると、微笑みながら手を振り返してくれます。

 さっき言っていたように、これから戦艦娘山城さんのとこへ行くのでしょうか。時雨ちゃんと山城さんはとても仲良しになることが多い艦娘同士だと、連装砲ちゃんも聞いたことがあります。きっとこの時雨ちゃんも、山城さんとお友達なのです。

「よし、ついてきな」

 連装砲ちゃんはおじさんについて歩きます。

 おじさんは、どんどん人の居ない方へ進んでいきます。人はいませんが、艦娘の姿はよく見ます。それも、誰一人として艤装は付けていません。普段着だったり、綺麗な服を着ている艦娘さんたちです。

 そうこうしていると、廓長屋へ到着しました。表通りで覇を競うように並ぶ煌びやかな遊女屋の通りからは少し離れた裏通りです。

 その長屋の一番端、廓長屋と言うには立派なお屋敷が一つあります。連装砲ちゃんは案内されるまま、お屋敷へと入っていきました。

 玄関を開けると、長い廊下が続いています。

 きゅー

「へへっ、大きいだろ。ここは、この廓じゃ一番の太夫、加賀姉さんのお屋敷だからな。俺ァ、ここでお世話係させてもらってるからよぉ」

 おじさんは、連装砲ちゃんを抱き上げました。連装砲ちゃんは、じっと抱っこされています。

 すると、奥の方から声が聞こえます。

「あれ、彦十さん、お客さん?」

「へぇ、ちょいと迷子を見つけまして」

 艦娘の声です。

 きゅー

 連装砲ちゃんがご挨拶すると、その声が聞こえたのでしょうか。

「もしかして、連装砲ちゃん? 島風がいるの?」

「いいえ、迷子の連装砲ちゃんなんですよ」

「へぇ、懐かしいな、連れてきてよ、彦十さん」

「へい」

 おじさんは抱き上げたままの連装砲ちゃんに声をかけます。

「修理はちょっと待ってくんな」

 きゅー

 連装砲ちゃんは贅沢を言いません。直してくれるだけで嬉しいのですから。

 おじさんが奥の部屋のふすまを開けると、中には豪奢なお布団が敷かれ、それをクッション代わりにするような姿勢で、正規空母娘瑞鶴が座っています。

「瑞鶴さん、はい、連装砲ちゃんですよ」

 手を伸ばす瑞鶴さんの前に、連装砲ちゃんは下ろされました。

「あはっ、本当に連装砲ちゃんだ、久しぶりだねぇ」

 きゅー

 瑞鶴さんが連装砲ちゃんをぎゅっと抱きしめてくれました。でも、何かがおかしいです。

 きゅー

 連装砲ちゃんは気付きました。この瑞鶴さんは盲目なのです。

 きゅー、きゅー

 早く提督さんを見つけないといけません。提督さんと鎮守府に帰れば、高速修復材があります。そうすれば瑞鶴さんの目だって治せます。

「ありがとね、でも、駄目なのよ」

 きゅー?

「びっくりした?」

 瑞鶴さんは笑っています。

「この目はね、提督さんに改修されたの」

 鎮守府の提督には、いろいろな特殊能力を持った人がいます。この世界に多いのは「剣客提督」と呼ばれる、近接戦闘でなら艦娘や深海棲艦と戦える提督です。

 そして、艦娘の改修に秀でた提督もいます。その提督ならば、艦娘を改造することも可能です。その改修結果は、高速修復材で戻すことなど出来ません。

 きゅー

 連装砲ちゃんは、そんな酷いことをする提督がいると聞いてとても哀しくなりました。

「いいんだよ、私はね、こんな風になってから、なんだか色んな事がよくわかるようになったんだ」

 連装砲ちゃんの言っていることもなんとなくわかるしね、と瑞鶴さんは言います。

「前にいた鎮守府の皆はそれぞれ散り散りになったけれど、私は今、ここに加賀さんといて幸せだから」

 連装砲ちゃんを持ち上げたり抱っこしたりしながら、瑞鶴さんはとても楽しそうです。連装砲ちゃんも、なんだか楽しくなってきました。

 きゅーきゅー

 きゅーきゅー

 連装砲ちゃん達が入ってきたのとは別の側のふすまが開きます。

「あら、お客さんかしら」

「加賀さん、おかえりなさい」

 きゅっ?

 連装砲ちゃんは放り投げられてしまいます。とは言っても、柔らかいお布団に向かってですから、痛くもなんともありません。その代わり、布団が崩れて埋まってしまいました。

「瑞鶴、ただいま」

 加賀さんは入ってくると、瑞鶴に寄り添うように座り込み、その身体を抱きしめました。

「いい子にしてた?」

「やだ」

 瑞鶴さんが加賀さんを軽く振り払います。

「加賀さん、男臭いよ」

「今日は抱かれていないわ」

「嘘」

「嘘じゃない、今日はお酒を飲んで食事をしただけよ」

 加賀さんが背中に回していた風呂敷包みを開き、折詰を取り出しました。

「食べきれないほど出たから、半分ほど包んでもらったの。不二楼から取り寄せたのよ」

 連装砲ちゃんはもぞもぞと布団から這い出ます。

「加賀さん、男臭い」

「もう、そんなことばかり」

「だって」

「それじゃあ、どうすれば……そうね、どうすれば男臭いのは消えるのかしら」

「それは……」

「消してくれるのかしら? 貴女の匂いで」

「うん」

「仕方ないわね」

 加賀さんは優しい仕草で瑞鶴をその場に寝かせます。

 そして、手を伸ばすと、連装砲ちゃんの頭の上に折詰を載せました。

「部屋から出て、彦十の所へ行きなさい。この屋敷に入ってきたところへ戻ればいいわ」

 きゅー

 思わず小さな声で、連装砲ちゃんはご返事です。

 すると、加賀さんの入ってきた側のふすまが少しだけ開いて、おじさんの顔が見えます。おじさんは、連装砲ちゃんに向かって手招きをしています。

 連装砲ちゃんは、おじさんの所へ急ぎました。

 よし、とおじさんは連装砲ちゃんを折詰ごと抱っこすると、土間へと向かいます。

 玄関前の土間は広く作られていて、横に入ると作業場のようになっています。

 艦娘である加賀さんのお屋敷なのですから、作業場があってもちっとも不思議ではありません。

「よし、それじゃあ、じっとしてろよ」

 おじさんは金床の横に連装砲ちゃんを下ろすと、大きな金槌を持ってきました。

「動くと危ねえからな」

 きゅー

 連装砲ちゃんはお尻を金床に乗せると、横向きに寝転がります。これで、スクリューを叩くことが出来ます。

 とんかん、とんかん

 きゅー

 とんかん、とんかん

 歪んでいたスクリューが少しずつ元の形に近づいていくのがわかります。

 身体が直っていくというのは、とても気持ちがいいものです。入渠しているときも、身体がぽかぽかして気持ちいい、と島風ちゃんも言っていました。

 あまりの気持ちよさに、連装砲ちゃんはうとうとしていました。

「よし、これで……おっと、寝ちまったのか」

 ついに眠ってしまい、応急修理を終えたおじさんが連装砲ちゃんを抱き上げて加賀さんたちとは別の部屋に戻したことにも気付きません。

 折詰は、おじさんが持って行ってしまいました。

 きゅー

「あら、目が覚めたの? もう、日が昇る頃よ」

 しばらくして連装砲ちゃんが目を覚ましたのは、加賀さんの膝の上でした。

「貴方、迷子ね。島風はきちんといるのよね?」

 きゅー

 当然です。島風ちゃんはちゃんといます。

「ごめんなさい。もし野良ならば、ここに住んでくれてもいいのだけれど」

 きゅーきゅー

「そうね、貴方には帰るべき鎮守府があるのね」

 加賀さんが懐から金屑を取り出して、連装砲ちゃんの口元へ持ってきます。

 ぱくり、と連装砲ちゃんは金屑を美味しくいただきます。

 ぱりぱりと音を立てながら食べていると、加賀さんは連装砲ちゃんをそっと抱きしめました。

「私たちには、帰る鎮守府なんて無かった……いいえ、帰るべき、帰りたい鎮守府なんて無かった」

 加賀さんはゆっくりと話します。それは特に、連装砲ちゃんに対して話しているようではないようです。

「本当に、酷い提督だったわ。艦娘の轟沈も気にしない人。あの子より前に目を潰されて、鎮守府から逃げ出した子もいたわ……鈴谷と熊野はあれからどうしたのかしら、無事逃げられていればいいのだけれど」

 加賀さんはまるで、自分自身に言い聞かせているようにお話を続けました。

 あるとき、提督の悪行が全て公に暴かれ、鎮守府は廃絶されたのです。鎮守府の艦娘達は散り散りになりました。他の鎮守府へ異動した艦娘もいました。

 しかし、加賀さんは異動しませんでした。なぜなら、加賀さんはもう、提督によって艤装の背負えない身体に改修されていたからです。なんて悪い提督なのでしょう。

 きゅー

 連装砲ちゃんはとても哀しくなりました。艤装の使えない艦娘なんて、どうすればいいのでしょう。連装砲ちゃんにはわかりません。

「同じように行く当てのない瑞鶴と一緒にこの街まで流れて、死のうかと思ったの」

 きゅー!

 駄目です。そんなのは駄目です。連装砲ちゃんは断固抗議します。

「貴方のように止めてくれた……翔鶴と赤城さんがいたのよ」

 加賀さんは見たのです。瑞鶴さんと二人で夜の海を見ていたとき、このまま艦娘の力を使わずに海に沈んでいってもいいと思えたとき、そこにいないはずの二人がいました。

 提督の無理な命令で沈んだ二人が。

(瑞鶴、加賀さんと仲良くね)

(加賀さん、お願いがあります)

 二人は、こう言ったのです。

(生きて)と。

 それは沈んでいった二人の切なる願い、せめて瑞鶴さんと加賀さんには生き続けて欲しいという願いだったのでしょうか。それとも……

「私は決めたのよ、泥を啜ってでも生き延びてやるって」

 だから加賀さんは、この街に根を下ろしたのです。艦娘であろうと艦賊であろうと罪人であろうと……もしかすると深海棲艦ですら……ここに住むもの全てを受け入れるこの街を。

 連装砲ちゃんは、ぱたぱたと手を動かすと加賀さんの頭を撫でました。

「慰めてくれるの? それとも、応援かしら」

 きゅー

 加賀さんは抱き上げていた連装砲ちゃんをそっと下ろしました。

「ありがとう……ふふっ、貴方が男の子なら、別のお礼が出来たかもね」

 きゅ?

「なんでもないわ。さあ、直ったのでしょう? 貴方の島風の所に帰りなさい」

 連装砲ちゃんは元気よくお辞儀をします。

 ありがとうございました。

 きゅーきゅー

 連装砲ちゃんは、きちんとご挨拶もできるのです。

「元気でね」

 きゅー

玄関から堂々と出て行く連装砲ちゃんでした。

さて、これからどこへ行けばいいのでしょうか。提督さんも島風ちゃんもどこにいるかわかりません。だからといって、一人で鎮守府へ戻ることは出来ません。

 やっぱり、最初の賭場の近くに隠れて島風ちゃんを待つ方が良いのではないでしょうか。

 スクリューも直ったので、運河に入ればすぐに戻っていくことが出来ます。

 連装砲ちゃんは、さっそく運河へと向かいました。

 運河に入ろうとした手前で、連装砲ちゃんは時雨ちゃんの姿を見つけました。

 お礼を言おうとして近づいた連装砲ちゃんはおかしな事に気付きました。

 時雨ちゃんがいるのは大きなお店の前ですが、一人ではありません。

 そこには軽巡天龍さんと重雷木曾さん、そして重巡摩耶さんと戦艦山城さんがいました。よく見ると、摩耶さんが山城さんを止めているように見えます。そして、天龍さんと木曾さんが、まるで時雨ちゃんを叩いたり蹴ったりしているように見えます。

 これは大変なことです。

 きゅー!

 苛めちゃ駄目です。艦娘同士で演習でもないのに戦うなんてとんでもないことです。そんなことをする艦娘は艦賊と呼ばれて、艦賊改方の怖い人たちにどこかへ連れて行かれてしまうのです。

 連装砲ちゃんは慌てて時雨ちゃんの元へと駆け出します。

「頼むよ、天龍、ほら、お金だってちゃんと」

「ふざけんなよ、それぽっちの金じゃあ、一緒に朝迎えただけでも大盤振る舞いだ。それ以上持ってねえんだったらとっとと帰りな」

「そんな、山城の借りたお金はもう返しただろう?」

「はぁ? おい、木曾、言ってやれ」

「あのな。この世の中には利子ってもんがあってな、山城はようやく利子分を払い終わった所なんだよ」

「むちゃだよ、暴利だ」

「それを承知で金を借りたのが山城だからな」

「それは、扶桑や鎮守府のために……」

「理由なんざしらねーよ。俺達は貸した。山城は返す。それだけのことだ」

「それが理解できねえってんなら、悪いが力ずくでも」

「天龍、木曾、時雨に酷いことは止めて」

 摩耶さんに止められながらも、山城さんは呼びかけています。

「山城、お前が庇っても意味ねえぞ、あいつが、時雨が何度でも来やがるんだから」

「時雨……そんな……私のために……」

 きゅー!

 連装砲ちゃんの突撃です。

「あ」

「あ、さっきの」

「は? 知り合いか? 島風がその辺にいるのか?」

「いや、迷子だよ。スクリューが壊れていたから修理できる人間の所に案内してあげたんだけど」

「迷子かよ。しゃーねえな、おい木曾」

「んー、わかった」

 手を伸ばした木曾さんが、連装砲ちゃんをあっさりと捕まえてしまいました。

 その隙に天龍さんが合図をすると、摩耶さんは山城さんを引き摺るようにしてお店の中へ入っていきました。

 きゅー!

 連装砲ちゃんは断固抗議しています。

「あのな、おい、ちび助、よく聞け。俺たちゃ時雨の仲間だ」

 きゅっ?

「仲間というか、とにかく、苛めているわけじゃない」

 きゅ?

「あー、めんどくせえ、時雨、自分で説明しろ」

「勿論さ」

 時雨ちゃんが、天龍さんに捕まえられたままの連装砲ちゃんの前にしゃがみこみました。

「落ち着いて、連装砲ちゃん。ボクは苛められてなんていないよ」

 きゅ?

 どういうことでしょうか。さっきまで、天龍さんと木曾さんに囲まれて、山城さんとは引き離されていたのに。

「山城はもう戦えない。だからといって他に行く当てはない、此処にしか居場所がないんだよ」

 きゅー

 その山城さんを助けようとしているのが時雨ちゃんで、それを邪魔しているのが天龍さんたちではないのでしょうか。

「ボクにも本当に助けるのは無理だ」

 きゅ?

「ここにいることで彼女は不幸を味わっている。いいかい、味わっているんだ。言い方を変えれば、彼女はそれを楽しんでいる」

 連装砲ちゃんにはよくわからない話になってきました。

「だからボクは、助けようとして徒労に終わるボクの姿が山城に刻みつけられればそれでいい。誰かが彼女を救おうとして救えない。それはさらなる不幸であり、彼女にとっての蜜なんだ」

 きゅー

「だからボクは、彼女に蜜を与え続ける。天龍達と一緒にね」

 やっぱり、連装砲ちゃんにはよくわかりません。

「よくわからないかな? でも、それでいいんだよ、君は」

 時雨ちゃんは立ち上がると、山城さんの入っていったお店のほうを眩しげに眺めます。

「わかってしまえば、縛られるのさ、ボクのように。ああ、蜜を舐めているのは彼女でなくボクなのかも知れないね」

 連装砲ちゃんはただ、時雨ちゃんを見上げるだけでした。

 すると、天龍さんがポケットから金屑を取り出しました。

「ほらこれ、ウチの涼月んとこのちび助のおやつだけど、おめえも食えるだろ? これ食ったら、ご主人様の所に戻りな」

 美味しいおやつに連装砲ちゃんは喜んで、天龍さんにお礼を言います。

 きゅーきゅーきゅー

「ほらほら、早く行きなよ。て、あれじゃねえのか」

 天龍さんの言葉に重なるように、聞き覚えのある大好きな声が聞こえてきます。

「連装砲ちゃーん!」

 きゅー!

 島風ちゃんです。待ち合わせしていたはずの賭場には誰もいなくて、代わりに艦賊改方さんたちがいたので、連装砲ちゃんを探していたのです。

 連装砲ちゃんは全速力で走ります。

 朝日を背に走ってくる島風ちゃんはとてもキラキラしていて、本当に綺麗だと連装砲ちゃんは思います。

 その後ろには叢雲さんに怒られている提督さんがいるような気がしましたが、連装砲ちゃんには関係のないことです。

 島風ちゃんがいて、おやつがあって、ときどき深海棲艦と戦う。

 連装砲ちゃんにとって、それが世界の全てです。あとは割とどうでもいいのです。あまり関係が無いのです。

 加賀さんも、瑞鶴さんも、山城さんも、時雨ちゃんも。

 連装砲ちゃんには関係ありません。

 多分、明日には忘れていることでしょう。

 

 

 






ここに出てきた提督や時雨、天龍は、本編にも出したいんですけどね
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