鎮守府商売   作:黄身白身

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一年空いた

即売会(コミケ)で本出すってどれほどのモチベーションになるか本当によくわかりました

合同誌に参加するためのSSは普通に書けてましたからね


むさきよ、いいよね


戦艦清霜

「一手御指南をお願いしたい」

 その男が牛堀鎮守府に訪ねてきたのは、ちょうど大治郎が出稽古に訪れていた日である。

 この時勢、剣術道場を兼ねている鎮守府は少なくない。剣客提督であれば当然と言ってもいいだろう。人に広く教えるつもりがなくとも、艦娘達に近接戦闘のための剣術を教える場は必要なのだ。

 そして仮にも剣術の道場であるならば、道場破りと無縁のままではいられぬというのもまた当然である。

 腕に覚えのある剣術使いが、指南を求めると言いつつ試合を申し込む。道場側が勝てば良いが、負ければその評判は落ちる。かといって勝負を避ければこれもまた評判に関わる。

 そこで、金と引換に結果を黙秘する、あるいは試合をしないという取引が成り立つわけである。

 ところが、牛堀鎮守府は例外の一つであった。そもそも、提督である牛堀九万之助は剣客提督ではない。剣は使うが提督としての主たる才は指揮と運営にあった。剣術に重きを置いた鎮守府ではないので、試合を受ける理由も落ちる評判もない。

「当鎮守府の提督は剣術指南はしておりません。申し訳ありませんが、他を当たってはいただけませんか」

 その日の当番秘書艦である妙高が断ると男は素直に頷き、しかし言った。

「それは承った。ならば、艦娘の一騎打ち演習ではいかがであろうか」

 艦娘の演習と言われれば、鎮守府に断る理由は無い。とはいえ、無条件で受け入れる理由も無い。艦娘演習という名目での道場破りもあるのだ。

「しばしお待ちを」

 下がる妙高。

 男は素直に門前で待っている。その位置から艦娘達に稽古をつけている道場は丸見えであったが、特に隠すようなことでない、と大治郎は気に留めなかった。大治郎は牛堀道場の艦娘に稽古をつけてはいるが、牛堀麾下というわけではない。外部からの客に勝手に応じるというわけにはいかない。

 牛堀鎮守府の川内を副にすえ、大治郎は指導を続けていた。

 男は当然のように、稽古の様子を楽しげに眺めている。その姿にはなんの悪意も見受けられないように大治郎には思えた。

「や、これは失礼」

 大治郎の視線に気付いたか、男が頭を下げる。

「拙者、瀬田三樹三郎と申す」

「秋山大治郎といいます」

 同じく頭を下げる大治郎。

「この鎮守府の剣術指南は貴方ですか」

「はい。ですが、私はこの鎮守府の者ではない。ゆえに、お相手はできませぬ」

 正直に言う大治郎に、三樹三郎も何のこだわりも見せず頷いた。

「承知した。いや、稽古中に失礼しました。どうぞ、お続けください」

 そのとき、男の後ろに隠れるように立っていた艦娘が誘われるように前へ出た。

「こんにちわ。戦艦清霜です」 

 聞こえた言葉に稽古中の朝霜が思わず顔を向け、稽古相手の朝潮にしたたかに胴を打たれた。

 たまらずうずくまる朝霜に、

「稽古中に余所見とは何事ですか」

「いや、ちょっと待って、朝潮。今の聞いてなかったのかよ?」

「聞こえましたが、それが何か」

「聞こえたならわかるだろっ?」

「今は稽古中です」

「真面目すぎんだよ、うちの朝潮は」

「朝潮が正しいな」

 首をすくめた朝霜は、いつの間にか背後に立っていた大治郎をおそるおそる見上げた。

「ごめんなさい」

「続けなさい、朝霜」

 構え直し、朝潮に向かう朝霜。

「すまぬ」という三樹三郎の声は稽古を再開した二人には届かなかったが、大治郎は軽く頭を下げてみせた。

 そのまま稽古を続けていると、九万之助が妙高と共に現れるのが見える。

 三樹三郎と少し話すと九万之助は一旦その場を離れ、道場に足を踏み入れた。

「大治郎殿、よろしいか」

 大治郎が艦娘達の手を止めさせずに尋ねかえすと、

「あちらの申し入れた演習を受けようと思う。稽古中の艦娘達にも観覧させたいのだが、よろしいかな?」

「ちょうどこれから休憩を入れるところでした」

「ならば、良かろう」

 九万之助は清霜に目を向けた。

「演習に出るのは駆逐艦娘清霜でよろしいのかな」

「大戦艦清霜です」

 戦艦から一つ大きくなっていた。

「駆逐艦っ!」

 朝霜が声を上げると、朝潮がすかさず竹刀でその頭を叩く。

「失礼ですよ」

「いや、おかしいよね。大戦艦じゃないよね」

「名乗りは自由です。そういう名前かも知れません」

「うん、朝潮もおかしいよ」

 大治郎は無言で二人の後ろに立った。

 どうも駆逐艦相手の稽古というのはやりづらい。とは大治郎だけの意見ではない、多くの剣客提督の愚痴でもある。

 艦娘としての能力と、その性格や外見。それらがあまりにも乖離しているのだ。

 能力だけならば、特に水上での動きはまさしく一騎当千。深海棲艦の猛攻をかいくぐり近接雷撃を打ち込む猛者揃いである。

 しかしその外見は少女。ただ女というだけではない、そこに幼さも加味される。性格もまた、それに準ずるような有様なのだ。それが悪いというわけではない。それが艦娘というものだと言われてしまえばそういうものかと思いきるしかない。それでも、やりづらいものはやりづらい。多くの提督に共通する悩みの一つであった。

「小僧の手習いではないぞ」とは、よく言われる愚痴である。

「牛堀殿、演習艦隊はどなたを出されるおつもりですか」

 大治郎の問いに、九万之助もあっさりと、

「朝霜か、朝潮と思うが」  

「私もそれが良いと思います」

 二人が納得しあったところに声が入った。

「えー。戦艦はいないの?」

 清霜の不満を、

「清霜、失礼だろう」

 止めたのは三樹三郎である。

「失礼いたしました。ただ、勝敗は別として、清霜に戦艦との演習を経験させたいのだが、いかがであろうか」

 勝つためでなく、経験を積むために演習を申し込みたい。と言っている。

 それにしても、駆逐艦と戦艦というのはあまりにも論外である。差がありすぎる。

 これが例えば、駆逐艦の中でも別格扱いされることの多い夕立、雪風、島風ならば、無茶ではあるがわからぬ話でもない。

 海戦でなく地上での勝負、あるいは海戦でも夜戦であるならば、それも頷ける。しかし今は昼間であり、清霜は海戦を望んでいた。

「道場破り、というわけではないようですな」

 ははっ、と三樹三郎は苦笑する。

「実のところ、自分の剣術であればそれも考えておりました」

 正直と言えば正直な答に、横で聞いていた大治郎も苦笑する。九万之助も驚いたようだが、それでもこの青年にはどこか人好きのする雰囲気がある。それは悪い印象ではなかった。

 ならばと双方、演習規則も確認する。

 鎮守府同士の公式な演習であれば消費される資材は互いに折半であり、修復費用はそれぞれの鎮守府負担である。しかし時折、この瀬田三樹三郎のように流しで演習を申し込む者がいる。その場合、負けた側が全ての費用と資材を引き受けるのが一種の不文律となっていた。

 九万之助がそう確認すると、三樹三郎は条件を一つ出した。

「ただ、生憎と今は資材の持ち合わせはないので、相応の金子で代わりとしたい」

 提督とは言え、常日頃から資材を持ち歩いている方が珍しいので、これは当前と言えば当前の話であった。

 九万之助は戦艦娘扶桑を演習に出すと決めた。ここでは練度筆頭の戦艦娘である。

「提督?」

 呼ばれた扶桑は、待機所の清霜を見ると、困ったように首を傾げた。その様子に九万之助は言う。

「扶桑。決して手を抜いてはならんぞ、良いな」

「相手は、駆逐艦娘だと聞きましたが」

「うむ。しかし、顔を見ればわかるだろうが、向こうは本気だ。本気でお主に勝つ気だ。とはいえ、お主を軽んじておるわけではない。だからこそ、全力で立ち向かうのだ。手抜きは許さぬ。相手の本気に応えてこそではないか」

 九万之助の言葉に、俯き加減だった扶桑は姿勢を改め、清霜に軽く頭を下げた。

「私が無礼でした。提督」

「わかってくれれば良い」

「戦艦扶桑、出撃いたします」

 演習結果は誰もが予想していたとおりの結末となった。

 ただし、妙高を始めとする艦娘達は言葉を失っていた。

 大治郎は唸っていた。

 九万之助は瞠目していた。

 演習の開始から終了まで、扶桑の勝ちが揺らぐことはなかった。

 しかし、である。一つの思いが全員によぎったのである。

 今日は勝った。

 もう一度やれば、勝つだろう。

 三度目も勝つだろう。

 では、四度目は。恐らく勝つ。

 五度目、六度目。

 続ければどこかで負けるのではないか。どこかで、扶桑を凌駕する清霜が見られるのではないか。

 そう思わされる、思わざるを得ない戦いがそこにあった。

「良いものを見せていただいた」

 九万之助は素直に頭を下げた。

「いや、負けは負け。当方こそ、良い経験を積ませてもらった」

「失礼だが、清霜殿には何か特別なことを?」

 演習を終えて入渠した二人を待つ九万之助と三樹三郎、そして大治郎である。

「恥ずかしながら私にその才はありませぬ。あれは自ら戦艦を打ち倒したい、できうるならば自ら戦艦になりたいと望んでいるので、私としてはできるだけ叶えてやりたく思ってますが。難しいものです」

 駆逐艦による対戦艦の定石は、接近からの雷撃である。昼間であれば無論困難を極めるため、夜間の闇に乗じての夜戦攻撃がまさに定石となっているが、昼間の演習での再現が不可能であることは言うまでもない。言ってしまえば、昼間の通常演習で駆逐艦が戦艦に勝つ目はほぼ無いのが常識である。

 その常識すら覆すかと思われる清霜の奮戦であった。そもそも、清霜自身が負ける可能性を一切考えずに挑んでいた。自分は勝つと本気で信じて立ち向かう。ただそれだけで、戦艦が駆逐艦を一方的に倒すはずだった演習の図が、二隻の決闘の情景へと変じたのだ。

「今日はありがとうございました。次は勝ちます」

 入渠施設で顔を合わせたと同時にそう宣言した清霜に扶桑は驚く。しかし不思議とそれを、力量差を読めぬ未熟や生意気であると感じることはなかった。

「そうね……」

 貴女ならもしかして。と言いかけ、口を閉じた。

 それは違う、清霜の求める言葉、自分の発するべき言葉はそうではない、と感じたのだ。格上の戦艦相手に臆さずどころか、己の必勝を信じて挑んできた駆逐艦娘に向ける言葉は一つしかない。

「次も、負けないわ」

 その真剣な口調に清霜は嬉しそうに頷き、扶桑もそれに応えるように微笑んだ。

 清霜と戦友になった。と、扶桑は思った。

 その日、鎮守府に戻った大治郎は見たままを秋月に、そして訪れていた長門、足柄に語り聞かせた。

 足柄は心底悔しがり、その場にいたかった。いや、見たかった。いや、その清霜と是非一戦交えたかったと地団駄を踏む。戦好きと言うには度を超す足柄の反応に苦笑する大治郎。

「ですが、本当に勝てるのでしょうか?」

 秋月の問いももっともだと、大治郎は言う。

「あれは実際に目にするまでは理解できぬ、と言って良いかもしれぬ。私もこのように語りはしたが、言葉で説明しきったとは思っていない」

 自分もそこの戦艦(長門)とやってみれば良い。という足柄に、秋月は慌てて首を振る。

「だが、面白そうな相手だな。この長門も是非一戦交えてみたいものだ」

「あら、長門、万が一負けたら、牛堀扶桑にも負けたことになるわよ」

「そう簡単には負けぬよ。足柄殿こそ、剣術ならまだしも水上ではどうかな?」

「久しぶりに、試してみる?」

「勝手に演習しても修復材は出しませんよ。一日中入渠しますか?」

 立ち上がろうとする二人に、秋月が言葉の冷や水を浴びせた。

 修復材を使わずに戦艦重巡が入渠すれば、激しい損傷であれば一日では済まぬ場合も少なくない。そして鎮守府運営に関しては、秋月は決して妥協しないことを二人はよく知っている。

「しないわよ。ねぇ、長門」

「無論だ。無用な演習など勝手にするものではない」

「その意気でこれからもお願いします。そうですね、提督」

「ん、うむ。そうだな」

 秋山鎮守府の予算関連は秋月が一手に担っている。大治郎もこれに関しては秋月に頭が上がらぬのである。

 足柄は話題を変えた。

「その提督の腕も気になるわね」

「確かに、駆逐艦娘をそこまで仕上げるとはいかなる技か」

「そっちじゃなくて、こっち」

 足柄は両手で剣を振る真似をする。

「そっち、か」

 大治郎はやや考え、答える。

「少なくとも、相当の自信はあるように見えたな」

「ふーん。私はそっちでやりあってもみたいわね。瀬田三樹三郎、聞いたことないわね」

「牛堀殿は、どこかで聞いたことがあるような気がするとしきりと頭を捻っていたが」

「牛堀さんがそうなるってことは、剣客というより提督筋か、いえいえ、でもきっと名は無くともそれなりの剣客に違いないわ」

「父上と同等にやりあった足柄殿より上がそれほど多くいるとは思えぬが」

「提督、それ、私じゃなくて、小兵衛殿の腕を信じているのよね」

「無論」

 苦笑する足柄。

「ここにも来ないかしら。道場破り」

「物騒なこと言わないでください」

 秋月が眉をひそめるが、長門と大治郎はうむうむと頷いている。

「やるなら、絶対に勝ってくださいよ、お二人とも」

 秋月もやはり艦娘である、と大治郎は思った。

足柄の言葉が結果的に予言となったのは、二日後のことであった。

他ならぬ瀬田三樹三郎が秋山鎮守府、いや、秋山道場を訪ねたのである。大治郎を訪ねたわけではない。目的は道場破りであった。

 早朝より正面から堂々と名を告げ、秋月に案内を請うたのである。剣客提督であれば、是非一手御指南願いたいと。

 大治郎にとって道場破りは珍しい相手ではない。

 秋山鎮守府は長門に言わせれば小規模、口の悪い龍驤などに言わせると吹けば飛ぶような弱小鎮守府である。

 からかい半分で、あるいは上からの物言いで高圧的に試合を申し込む剣客もたまに現れるのだ。

 とはいえ見た目で力量の判断を誤るような剣客など大治郎の敵ではなく、あっさりと敗れ去っていくのが常であった。

 足柄さんに倣って申込料でもとりましょうか、とは秋月の提案であるが今のところ実現していない。

 そして、三樹三郎である。

 名を聞いて悟ったが何も言わぬ秋月に案内された三樹三郎は、大治郎の姿に気付くと瞠目し、

「いや、これは愉快」

 喜んだ。

「失礼ながら、規模に見合わぬこの剣気。いかなる強者曲者が出てくるかと思えば、秋山殿であったとは」

 秋山という名字は珍しいものではない、それだけでは大治郎と結びつかぬのも当然と言えば当然であった。江戸の剣客事情に詳しい者であれば、秋山姓から思い浮かぶのはむしろ小兵衛のほうである。

「お久しぶりです、瀬田殿」

 大治郎にとっても三樹三郎の印象は決して悪くない。むしろ好漢であると感じていた。それは三樹三郎も同じである。

「道場破り、ですか」

「いかにも」

 隠さずに三樹三郎は告げる。

「金子がご入り用か」

「私は正式な提督ではない。清霜は私を提督と呼んではくれるが、あの子を艦娘として働かせるためには私では不足が多いのですよ」

 鎮守府としての収入は大きく分けて三つある。

 深海棲艦の討伐による報酬。

 深海棲艦の残骸から抽出される資源を売りさばき利益を得る。

 大規模鎮守府の下に入り、給金を得る。

 どれを選ぶにしろ、正式な鎮守府として認可を受けている必要がある。

 正式な提督でない、さらに麾下の艦娘が清霜一人だけという三樹三郎には、どれも無理な話であった。

 因みに秋山鎮守府における現在の主な収入は討伐報酬。あとは、鎮守府と言うよりも道場としての収入、つまり他鎮守府の艦娘に対する稽古である。

「そこで、しばらくは道場破りで稼がせてもらおうかと」

「清霜はどうされました」

「今日は留守番を申しつけております。ついてくると演習をしたいと言いかねません。演習をすれば修復費用がいる」

 あっさりと笑う三樹三郎に屈託はない。

「というわけで、是非勝負願いたい」

「受けましょう」

 長門、秋月、足柄。そして田沼鎮守府より定期の稽古にやってきた初春率いる駆逐隊が道場に座る。

「なるほど、少数精鋭の艦娘ですか」

「多くを抱えるだけの器量はまだありません」

「提督とは言われても、剣を振るっていた方が性に合う。剣客提督とは因果なものだ。やはり私は提督には向かない」

 二人は木刀を構え、向かい合う。竹刀という選択はどちらからも出ず、当たり前のように木刀を握っていた。

「足柄殿、審判をお願いする」

 無言で頷き、足柄は双方の間に入った。

「いつでも、いいわよ」

 大治郎と三樹三郎は互いに正眼に構える。

 ほぼ同時に双方の切っ先が左へと揺れた。

 それに応じたか、あるいはそもそもの意図か、三樹三郎が斜に動く。

 これに逆らわず同じ方向へ円を描くように動く大治郎だが、その足捌きは三樹三郎よりやや速い。直線に動く三樹三郎に対して弧を描く大治郎。

 誘われている、と足柄は見た。

 弧を描く動きより直線の方が速いのは道理。しかし双方の距離は変わらず。それが三樹三郎があえて遅く動いてる証左であった。

 ぐるり、と三樹三郎の全身が回ると同時に横一閃が大治郎を襲う。

 その瞬間、大治郎は裂帛の気合いとともに突きを放つ。

 直線の動きからの孤の剣撃。

 孤の動きからの直線の剣撃。

 それぞれの剣先は空を切る。

 互いに申し合わせたわけでもない、しかし奇妙に噛み合った応酬であった。

再び距離を取った二人は再度正眼の構えをとる。

「これは……」

「互角、か」

「今のところはな」

 艦娘達が息を止めたかのように二人の攻防を凝視しているなか、思わず漏らした初春の言葉を長門がはねのけた。

 それを合図にしたように大治郎が道場の床を蹴り、突進する。それに合わせ身体を引いた三樹三郎が大治郎の胴を打つ。

 木刀の打ち合う音がすると、一本が宙へと舞った。

「そこまで。勝負あり」

 足柄が告げると、初春と長門が感嘆の声を上げた。秋月の姿はいつの間にかない。

「参りました」

 頭を下げたのは三樹三郎であった。大治郎の胴を打ったのではない、打たされたのだと気付いたのは三樹三郎の木刀が跳ね上げられた後である。

 わざと空けた胴を打たせ、それを振り向きざま当たる前に跳ね上げる。

 誘いとは悟らせぬ大治郎の踏み込みであり、突きであった。

「流石にお強い。これでは、強請れませんな」

 痺れた手を振りながら、やはり三樹三郎は笑っていた。

「しかしありがたい。これなら、今から別の鎮守府へ行ける」

 別の鎮守府へ道場破りを仕掛ける、と三樹三郎は言っているのだ。

 これには大治郎も驚くほかない。

「続けるおつもりですか」

「不器用故、他に金策を知りませんので」

「失礼だが、多少の金子ならば用立てましょうか」

「いや、返すあてが無いものは借りられませんよ」

 言いながら身支度を調える三樹三郎。

「では、ごめん」

 止めようとして、止める言葉がないことに大治郎は気づき、

「是非、また、稽古を」

「それはいい。貴方とは、金と関係ないところでやり合いたいものだ」

「ほぉ、たまには足を延ばしてみるものじゃな、面白いものを見せてもらった」

 いつの間にか道場入口には。三樹三郎と入れ違いのようにして小兵衛の姿がある。

「父上、いつの間に」

「なに、ついさっきな。ところで先ほどの勝負、お前とあそこまで打ち合うとは、なかなかに使うではないか」

「ご覧になっていたのですか」

「秋月から話は聞いておる」

 二人の試合が始まる直前にやってきた小兵衛は、気付いた秋月のみを手招きし、顛末を聞いていたのである。

「それから、ちょいと秋月を借りておるぞ。龍驤が一緒なので心配するな」

「何か、ありましたか」

「こちらが聞きたい。近頃また何かやったのか?」

「やった、とは」

 大治郎の表情に何を見たか。

「なにもない、か。とすると、先ほどの御仁かの」

「何かあったのですか、秋山先生」

 長門の問いに、ようやく小兵衛は答える。

「何者かが見張っておったのよ、この鎮守府を」

 咄嗟に身を固くする長門に、小兵衛は首を振る。

「曲者は龍驤に見張らせておる」

 小兵衛が言い終えたところに、秋月が戻ってくる。

「小兵衛さま、龍驤さんは瀬田様を追った曲者を追いました」

「済まぬが秋月、すぐに戻って龍驤と一緒にいてくれぬか」

 小兵衛の言葉に重ねて大治郎が頷く。

「わかりました」

 出て行く秋月の姿を見ながら、小兵衛も頷いた。

「曲者は、大治郎目当てではなかったようじゃな」

「では」

「瀬田三樹三郎。さて、何者かの」

 大治郎にもそれは答えられなかった。

 このとき、三樹三郎は本人の全く思い及ばぬ所から疑いを掛けられていた。

 三樹三郎の知らぬ相手ではない。ないが、自分に対して悪意があるとは全く考えていない相手であった。

 品川泉岳寺から南へ行くと、今は亡き三樹三郎の兄、瀬田作二郎の所属していた鎮守府、押見鎮守府がある。

 その押見鎮守府には、佐吉という職人が出入りしている。

 この職人、普段は鎮守府内で艤装の整備などを手伝っているのだが、とある非番の日、知り合いを訪ね酒を飲んでいた。

 非番の日となると軒先に縁台を出し、昼間から酒を飲みつつ往来を眺め、時には道行く者に声を掛けてからかうのが佐吉とその友人の〝遊び〟である。

 その日も昼間から飲んでいた佐吉が見かけたのが、牛堀鎮守府へ向かう瀬田三樹三郎であり、それに従う清霜の姿であった。

佐吉は三樹三郎を知らぬ。しかし、戦死した作二郎のことは知っていた。

驚いた佐吉は声を上げ、それに気付いた三樹三郎がどうしたのかと問いかけた。

 問答の後、佐吉は三樹三郎が作二郎の弟であると知り、胸をなで下ろしたのである。

 二人は特にどうと言うこともなくその場で別れた。佐吉にも三樹三郎にも互いに含むところは何もない。

 清霜に至っては佐吉の顔を覚えていなかった。ただ、

「武蔵さんは元気ですか」

 と尋ね、佐吉も快く知る限りの戦艦娘武蔵の近況を伝えた。

翌日、佐吉が何の気なしに同僚のその出来事を話したところ、話が瞬く間に上へと伝わったのである。

「おそらくは瀬田三樹三郎かと」

 提督頭押見の腹心でもある貞井提督が言う。

「しかし、やつは提督ではないはず、何故未だに清霜が従っておるのだ」

「今のところはわかりませぬが、どちらにせよ今の清霜ははぐれ艦娘としての立場であるはず、大それたことができるとは思えませぬ」

「使える艦娘はおるか」

「川内と飛鷹を向かわせました。佐吉が住処を聞いたそうで、見張らせております」

「あやつらなら、間違いはあるまい。言うまでもないが、武蔵には悟られるなよ」

「委細承知しております」

「二人以外でも艦娘は好きに使え。見失うなよ」

 その日より川内と飛鷹は、三樹三郎を密かに見張っていた。

 そして今日、二人に見張られているとは気付かぬまま、三樹三郎は秋山鎮守府を訪れたのであった。

 報告のため、川内は鎮守府に一旦戻っていた。

 勝手知ったる鎮守府内の提督室までを川内は一息に進む。

「提督にご報告が」

「見張りはどうした」

「飛鷹が残っております。それより提督、ご報告したいことが」

「なにか」

「瀬田が今日顔を見せた鎮守府、名は秋山鎮守府」

「秋山。聞いたことはないな」

「秋山鎮守府そのものはごく小さな鎮守府ですが、その提督秋山大治郎は、田沼に関わる者だということです」

 筆頭旗提督田沼の名を知らぬ提督などいない。

 押しも押されぬ大提督の名に押見は愕然とした。

「どういうことだ、瀬田はまさか、田沼様に」

「秋山鎮守府には田沼鎮守府麾下の駆逐隊が足繁く通い、秋山提督の指導を受けているとのこと。また、秋山提督自ら田沼鎮守府へ出向き、剣客提督として稽古をつけることもしばしばあると」

 押見鎮守府も決して小さな鎮守府ではない、押見を提督頭として、複数の提督と艦娘を抱える鎮守府である。とはいえ、田沼鎮守府には比べようもない。当然、押見が逆立ちしても敵う相手ではない。

「貞井、例の件、漏れてはおるまいな」

「おりませぬ」

「断言できるか」

「瀬田三樹三郎が作二郎の死について知ることなどありえませぬ」

「武蔵は」

「武蔵とておなじこと。また、鎮守府の外と連絡を取ったということもありませぬ」

「では、清霜はどうか」

「同じです。清霜以外の艦娘は全て始末されておりますし、清霜は事情を知りませぬ」

 艦娘の始末、との言葉に川内は反応を見せない。

 それもそのはず、川内は始末をした張本人である。押見提督の懐刀として裏表を問わず、いや、善悪を問わず力を行使する、それがこの川内という艦娘であった。

 川内をはじめとする川内型は、提督に一度心を許せば最後の最後まで尽くす性格の艦娘が多いと言われているが、この川内はまたそれとは違う意味で押見提督に仕えていた。

「あやつが知らぬのならば、何故田沼に近づく必要がある。提督ですらないのだぞ」

「おそらくは、金かと」

 川内の言葉に押見と貞井は目を向けた。

「どういうことか」

「瀬田は、道場破りにより金子を稼いでいるようです。あわよくば、清霜を売り込むつもりでは」

「金、か」

 押見が露骨に下卑た笑いを浮かべる。

「いつまで見張ります? 何かの拍子で面倒くさいことになっても困りますよ」

 川内は尋ねた。

 見張りだけはつまらない、と言外に訴えているのだ。

 ふむ。と押見は頷いた。

 今のままならば、瀬田三樹三郎に害はない。

 が、今のままであるという保障はない。

 であれば、保障をすれば良い、と押見は考える。

 保障とは即ち。

「話は変わるが、艦賊による辻斬りがこのところ多いと聞く。恐ろしいものだな、川内」

「恐ろしいですね、まったく」

「気をつけろよ。駆逐艦娘ごときでは、艦賊に太刀打ちできるとは限らんからな」

「確かに」

「ああ、川内、一つ聞こう」

「なんでしょう」

「戦艦武蔵を沈めろと言われればどうする」

「方法を問わぬなら空母機動部隊による爆撃を中心とした攻撃。必要以上に危ない橋を渡ることもないでしょう」

「貴様が出たとして、水雷戦隊では無理か」

「爆撃後ならば喜んで」

「よいわ、瀬田の方を頼むぞ」

 川内は、鎮守府を出ると三樹三郎の住処へと向かった。正確には、住処としている小屋付近に潜む飛鷹の元へと。

「動いたかい?」

「いえ、あれからそのままよ」

 三樹三郎と清霜の住む、町外れの川沿いに建てられた小屋。その小屋からやや離れた古びた地蔵堂の裏に、飛鷹と川内は潜んでいた。

 秋山鎮守府を出た三樹三郎はその後、三つの鎮守府を回り、三つともに快勝した。そこでそれなりの金を手に入れ一旦ここに戻ると、清霜を連れ私設工廠へ向かったのだ。

 私設工廠とは、鎮守府以外で入渠や整備を行う施設である。町中に生きる艦娘の数も少なくない江戸では当然必要とされる施設であった。

 基本的に艦娘であれば誰でも利用できる。勿論、鎮守府に属している艦娘も所定の費用を払えば使用はできるが、鎮守府よりは当然高くつく。

私設工廠で清霜の艤装を調整させた後、二人は小屋に戻った。それを見届けてから、川内は鎮守府へと報告に戻っていたのだ。

「やっこさん、どういうつもりかね」

 川内のぼやきにも聞こえる問いに、飛鷹は首を傾げるだけだった。

「提督にもなれないような下っ端人間の考えることなんてわからないわよ」

「ははっ、違いない」

 この二人、自分たちの提督には忠実であるものの、性質は悪である。いや、悪故に押見提督に忠実であるといっても良いだろう。

 艦娘の中にも生まれつき性悪な者は時折存在する。その多くははぐれ艦娘、そして艦賊へと堕ちていくものであるが、この二人は辛うじて鎮守府に属していた。押見提督とはいわゆる、水が合っているのだ。

 そして、瀬田作二郎とは合わなかった。直属の艦娘でないため、ただ合わないというだけならば問題は無かったが、作二郎は鎮守府内の不正に気付いてしまった。

 押見は艦娘に対する整備補給、入渠を最小限にすることで私腹を肥やしていた。そのうえ、自分に与する艦娘には利益を与えていた。

 利益を与えられた艦娘による不正が横行していると思い込んだ作二郎は、上司である押見に相談する。

 麾下の戦艦武蔵を譲ってもらえぬか。機会がある度にしつこく言い立てる押見を作二郎はやや敬遠してはいたが、それも武蔵の実力の故だと割り切り、特に危険視はしていなかった。

「よくぞ気付いたな。しかしな、実は今、確たる証拠を掴むためにあえて泳がしておるところなのだ。貴様も当分は知らぬふりでいてくれ。くれぐれも悟られるなよ」

 押見の言葉を作二郎は信じた。むしろ、自分は信頼されていると感じた。

ゆえにその直後の作戦、深海討伐では押見の指示に従い、艦隊を率いて前線へと出た。

陣立ては軽巡阿武隈を旗艦とした夕雲、巻雲、清霜による水雷戦隊。旗艦阿武隈は作二郎の秘書艦であり、また結魂(ケッコン)艦でもある。

 結魂とは、練度の高い艦娘とその提督だけが為すことのできる関係であり、結魂した提督の意識は抜錨中の艦娘に憑依する。これにより十全たる指揮をとり、憑依した艦娘の能力も高められるのだ。

 つまり結魂とは、高練度艦娘の能力を更に底上げすることができる手段であった。ただし、高練度であれば全ての艦娘が結魂できるというわけではない。

 憑依中は提督は眠っているような状態になるため、別の艦娘によって保護されていることが多いが、艦娘が大きく損害を受けると提督の意識もまた損壊し、轟沈した際は提督の命もともに失われる。まさに両刃の剣であった。

 当初、この作戦にはさほどの危険は無いと説明されていた。阿武隈との結魂儀式を終えたばかりの作二郎に対して押見は「結魂艦との憑依訓練にもなる」と出撃を命じ、作二郎も阿武隈もそれを疑問に思うことはなかった。

 作戦内容は、「深海艦隊に相対している主力艦隊を側面より援護せよ」というものであった。

 側面援護と信じて艦隊を動かした作二郎は、そこに敵本隊を見た。

 戦艦と空母を主とした機動連合艦隊であった。正面から水雷戦隊で戦える相手ではない。

 阿武隈に憑依した作二郎率いる水雷戦隊は、敵正面に位置していた。

「全艦回頭、なんとしても生きて帰れ」

 それが作二郎の最期の命令となった。

 水雷戦隊編成のため鎮守府待機を命じられていた武蔵は自分の行動を悔やんだ。

 武蔵は具申していたのである。作戦に不審有りと。

 不審有りとはいかなることか、と作二郎は尋ねた。

 武蔵はそこで言えなかったのだ。押見を信じるな、と。

 作二郎はそれを、武蔵の過ぎた心配だと笑った。そして、その心配そのものは有り難い言葉であると。

 武蔵はその作二郎の性格を、常々好ましく思っていた。だからこそ言えなかった。貴様は甘いと。

 鎮守府に戻ってきたのは、轟沈寸前まで大破した清霜ただ一人だった。

 このとき、やや遅れて戻ってきた川内を武蔵は確認していない。

 川内は瀬田艦隊崩壊の一部始終を観察し、報告することを命じられていた。

「まさかに逃げ切りそうでしたので、背後から雷撃しました。いや、さすがは瀬田作二郎殿と驚きました」

 雷撃は川内の独断である。が、しかし、それは押見の思考に合っていた。

「よくぞやった、しかし、清霜はどういうことか」

「深海棲艦に沈められたという証人は念のために必要でしょう」

「なるほど。見られていないだろうな」

「夕雲と巻雲には気付かれたような気がしましたので、沈めました。少々甘く見すぎていたようで」

「清霜には見られていないということだな」

 しつこく押見は念を押し、川内は頷いた。

それ以来、川内は名実共に押見の懐刀として働いている。

 そして今、三樹三郎を住む小屋を見張りながら川内は言う。

「ところで、辻斬りが出るらしいね」

 飛鷹はその言葉を正確に理解した。

「それどころか、押し込みの賊も増えているらしいわよ」

「物騒だねえ、この辺りは」

「物騒よね」

「飛鷹、鎮守府に戻って四人ほど連れてきておくれよ。夜戦慣れした軽巡辺り」

「相手は人間一人と駆逐艦娘よ?」

 怪訝そうな顔の飛鷹に川内は言う。

「三倍は兵法の基本だろ」

「念の入ったことね」

「負けるのは嫌いでね」

「夜戦に持ち込めば負けないでしょう、貴女」

「当たり前だ、誰だと思ってるんだい」

「私もそれなりの装備してくるわよ。待ってなさいな」

 飛鷹を見送った川内は知らぬ。

 瀬田三樹三郎を見張る自分たちが更に見張られていると。

そして押見川内の言う夜戦など、別の川内に言わせれば夜戦と呼ぶもおこがましい戯れ言であると。

 この日秋山鎮守府で、二人の存在は小兵衛と龍驤に気付かれている。

小兵衛はとっさに龍驤と秋月を二人につけた。

 三樹三郎を追った川内らをそのまま追う龍驤は飛鷹の元に秋月を残し、自分は川内を追い、押見鎮守府へと辿り着いたのだ。

 川内の属する鎮守府を知った龍驤はそのまま秋山鎮守府へとって返し、これを報告する。

 一方、三樹三郎の話を大治郎から詳しく聞いた小兵衛は、稽古を済ませ帰っていく初春達に手紙を託し、牛堀九万之助に声を掛けていた。

 三樹三郎に好感を抱いていた牛堀も即座にこれに応え、川内と扶桑を供に秋山鎮守府に駆けつけていたのである。

「押見鎮守府。良い噂は聞きませぬな」

 押見の名が出たとき、小兵衛もむぅと小さく呻いた。

「確か、提督はんも何人か亡くなっとるで、名目は深海棲艦との戦やけどな」

 名目、と龍驤は言った。

「龍驤殿、それはいったい」

 長門の問いに、龍驤は嫌そうに首を振る。

「沈んでしもうたもんに、どっから弾が飛んできたかなんて聞けへんやろ」

 あくまで噂や、と続けるが、その目には明確な嫌悪が浮かんでいた。

「そうか」

 九万之助が膝を叩く。

「思い出した、瀬田作二郎。押見鎮守府で亡くなった提督の名だ。亡くなった際に齟齬があったのではないかとの噂もある」

「なに」

 流石の小兵衛も絶句した。

 が、すぐに

「牛堀殿、力をお借りしたい。龍驤、急ぎ川内をつれて秋月と合流せよ」

 普段の小兵衛ならば九万之助を九万さんと冗談めかして呼ぶ。これは、事態の急を示していた。

「喜んで。川内、任せるぞ。扶桑、我らも準備だ」

「了解、抜錨するよ」

 龍驤と川内はそれぞれ軽空母と軽巡の身軽さで飛び出ていく。

「父上、どういうことですか」

 慌てる大治郎。

「考えてもみよ。かつて殺めた提督の血縁が、今をときめく田沼様に出入りする提督の鎮守府を一人で訪れた。さて、どのように見える。わしの考えすぎであればよいがな」

「痛くもない、いいえ、痛い腹を探られかねない。と思うかもね」

 足柄が笑った。

「私達も行くわよ。あの二人に秋月ちゃんなら、後詰めになるかしら。ねぇ、長門」

「だろうな」

 川内は龍驤の後を追いながら考えていた。

 秋山小兵衛は秋山大治郎の父であり、己の提督牛堀九万之助が先生と呼ぶ人物である。

 その小兵衛に頼まれた。この龍驤と共に頼まれた。

 川内は秋山龍驤を知っている。深海大戦の最悪を駆け抜けた歴戦の古強者だと知っている。その龍驤が現在提督と仰ぐのが小兵衛なのである。

 川内が信じぬ理由などどこにもない。

 そして川内は自分が選ばれた理由もわかっていた。その場にいた足柄でも長門でも扶桑でもない自分。艦種で言うならば一番火力の低い自分。選ばれた理由は時刻である。

 日は沈みつつある。

 夜戦の舞台が近づいていた。川内が本領を発揮する戦場が。

 龍驤が速度を落とすと、茂みに入る。ついていくと、少し開けた場所に秋月が立っていた。

 秋月が示す方向には、何人かの艦娘が三樹三郎の住処であろう小屋を見張る姿があった。

「さっき四人ほど増えました。計六人。軽巡四人と重巡一人、軽母一人のようです」

「流石防空、目が利くな」

「夜戦装備のようですが、探照灯の艤装は確認できません。もしかすると、隠しているかも知れませんが」

「ウチらがおるとは知らんのに、わざわざ隠さんやろ。川内、行けるか?」

「この暗さなら、十分」

 川内は頷き、すっかりと日が暮れて陰を増しつつある茂みを進む。

 瀬田三樹三郎の麾下は清霜ただ一人。三樹三郎本人を含めても二人。

 六人の艦娘とは、三倍を揃えたということか。と川内は唇を歪めた。

 洒落臭い。いかにも、戦を勘違いした知恵者気取りが考えそうなことだと思った。

 声が聞こえる。

 抑えきれていない。標的の小屋には届かぬ、ただそれしか考えの及ばぬ声が聞こえる。

「人間一人、駆逐一人。囲んでくれりゃあ、私が始末するよ。夜戦は好きなんだ」

「物取りのせいにするから、適当に金目の物を見繕って持って行きなよ。駄賃代わりにはなるでしょ」

 間違いない、自分と同じ川内型の艦娘の声。それが、あっさりと悪事を働くと宣言していた。

 怒りよりも失望と呆れを川内は感じていた。

 奇襲は良い。三倍で攻め込むのもまあ良い。

 だが、これは違う。ここは、戦場ではない。艦娘の戦場ではない。これは、艦娘川内の知る戦場ではない。

 洋上の戦で深海棲艦の意表を突くのと、戦のない地上で何も知らぬ相手に斬り込むのはまったく別の話である。

 これは決して、夜戦ではない。

 ……お前の夜戦は、何も知らぬ相手を嬲ることなのか

 川内は心で問い、自ら答える。

 断じて否、と。

 ……夜戦を教えよう、艦娘川内の夜戦を

「始めようじゃないか、夜戦ってやつを」

 声を掛けた。

 振り向いた押見川内の驚愕の表情に唾を吐きかけたくなる思いを堪え、川内は身を低く構え、上ではなく前へと飛んだ。

 六人の間をくぐり抜けながら両腕を振るう。

 拳の当たる音は四つ。

 振り向いていた押見川内が頭を戻す。声が聞こえた、其処へ頭を向けた。と思った瞬間、声の主は通り過ぎ、二人が倒れた。

「何が」

 起きたと言い終える前に、胸元に衝撃が来る。

「お前、夜戦向いてないよ」

 自分と同じ川内型の顔、それが、意識を失う前に見たものだった。

 自分以外の五人が倒れたとき、飛鷹は夜間戦闘機を発艦させていた。

 発艦と同時に半数が瞬時に撃墜され、夜間対空攻撃を受けたと知った飛鷹が秋月の姿に気付くと、残る半数が龍驤の夜間戦闘機に撃墜される。

 そのまま、飛鷹の意識は川内に刈られた。

「お見事」

 龍驤は倒れた艦娘達を縛り上げると、秋月の長十糎砲ちゃんに縄の先を持たせる。

 艦賊を専門に取り締まる役人、艦賊改方も使用している対艦娘用の特殊な縄である。五体満足ならまだしも大破状態の艦娘達にはどうしようもない。

「大治郎はん達が来るまでしっかり見張っとき。逃げたら撃ってええよ」

 二台の艤装生物、せいとせんは任せろと言うように頷いていた。

「あの、龍驤さん、私も見張りますから」

「そう? あ、いや、秋月は一緒に来てや。ここにおるので向こうが顔知っとるの、自分だけやん」

 川内を残すと、龍驤と秋月は小屋の手前まで進み、立ち止まる。

「中に入らないんですか?」

「中で気付いて構えとる、ここから声かけや」

 秋月は大きく息を吸う。

「秋山大治郎提督の秘書艦、秋月です。曲者は全て捕らえました」

 がらりと戸が開き、三樹三郎の顔が見えた。

「おお、秋月殿か。して、曲者とは?」

 清霜がその横から顔を出すと、

「あ、龍驤。ねえねえ提督、向こうに川内もいるよ」

 それほどの距離がないとは言え、この闇の中で茂みの向こうの川内にまで気付くのかと龍驤は内心舌を巻いた。なるほど駆逐風情と侮って良い相手ではない。

「まとめて六人、こっちでふん縛ったけれど、連れてきてええかな」

「頼む」

 そうこうしているうちに到着する大治郎たち。

「押見提督」

 話を聞いた三樹三郎は、名を呟いた。

「考えたくはなかったが。やはり、そういうことですか」

 兄が殺された、という疑いはあった。深海棲艦に討たれた状況を不自然だと感じた。

 しかし、兄がかつて残していた言葉があった。

「俺に何かあれば、此奴らの行く末を頼む。くれぐれも敵討ちなど考えさせるな、勿論、お前もな」

 不吉なことを言うなとその場にいた武蔵はたしなめていたが、兄は笑っていた。

 その言葉は深海棲艦に討たれたときのものだと思っていた。それでも、自らの名誉や仇よりも残された艦娘の行く末を託した言葉を三樹三郎は護りたかった。

「私は押見鎮守府の艦娘となる。その代わり清霜の自由は保障してもらう」

 兄の死を伝えに来たのは武蔵と清霜だった。

 その場で自分の処遇を初めて聞いた清霜は抗議の声を上げるが、武蔵はこれを無理やりに黙らせた。

「私には戦働きしかできん。戦場以外で清霜を守り切るのは無理だ」

 戦艦武蔵の言葉に三樹三郎は頭を下げ、清霜はひとしきり泣くと、最後に頭を下げた。

 作二郎の麾下としてただ二人残った武蔵と清霜。

 武蔵は言う。自分は戦艦である。であれば、押見といえどむざと使い潰すような真似はしないだろうと。しかし、何も知らぬ清霜がどうなるか。押見にとって清霜は無用の艦娘である。戦場ならば何があろうとも護って見せようが、艦娘の生活は常に戦場とは限らない。遠征や演習、押見の監視下にいる限りいくらでも機会はあるのだ。 

 兄の死の真相については清霜は何も知らず、三樹三郎もあえて武蔵に何も聞かなかった。

 確信はあっても確証は無い。と言外に伝える武蔵を三樹三郎は信じた。

「見逃されると思った私が甘かったのだな」

「提督は、悪くないよ」

 清霜は首を傾げながら言う。

「清霜が弱かったから……強くなるから、ね。武蔵さんみたいに強くなって、もう、どんな深海棲艦にも負けないようになるから」

 扶桑が清霜の手を握った。

 小兵衛は、大治郎が自らが田沼に出入りする者であると告げた。

「そこを邪推された、と言うわけですか」

 申し訳ない、と頭を下げかけた大治郎を、下げる理由はないと制止する三樹三郎。

「どうされる、瀬田殿」

 小兵衛が話を続ける。

「押見の悪行が定かであるというならば、田沼様に話を通すことも決して悪い方法ではありますまい」

 そこで小兵衛は言葉を止め、凄味のある笑みを浮かべる。

「あるいは」

 小兵衛の告げる内容に、龍驤と川内、足柄は小兵衛と同じくニヤリと笑い、扶桑と長門、九万之助は呆れつつも悪くないと感想を述べた。

 秋月と清霜は、それぞれの提督の表情を窺っている。

「力をお借りできますか、大治郎殿」

「微力ながら、喜んでお貸しします」

 一同は一旦、縛られたままの押見川内達を連れて大治郎の鎮守府へと戻った。

 遅くなったが飯を炊き汁を作り、全員で腹ごしらえを済ます。押見川内達には、一応監視の上でにぎりめしと水を与えておく。

 そして、道場で雑魚寝する。このとき大治郎の寝室は小兵衛に、秋月の寝室は龍驤に譲られている。

 たまにはこのようなことも若い頃に帰って良いな、と九万之助が笑うと、扶桑もニコニコと頷く。

 清霜が目を輝かせてはしゃぎ暴れるので面白がった足柄が相手となり何度か叩きのめすと、清霜は嬉しそうに何度も向かっていった。結局、清霜の体力に呆れた足柄に代わって長門、そして扶桑と、三人を相手に暴れ回ることとなった。

「あの子は本当に駆逐艦娘なのかえ」

 物音に顔を出した小兵衛が珍しく呆れ、三樹三郎はしきりに恐縮していたものである。

 翌朝、早い内に出かけた九万之助が妙高をはじめとする牛堀艦娘達を連れてくると、小兵衛は押見川内らを連れ出した。そこにはいつの間に現れたのか、艦賊取り締まりの準備をすっかりと整えたあきつ丸とまるゆの姿も見える。

「みなさん、おはようございます」

「連行はお任せ下さいであります」

「わしら三人はこれからゆっくりと艦賊改方へ出向く」

 どこをどうされたのか、押見艦娘達は抵抗の素振りもなく意気消沈している。小兵衛とあきつ丸に言わせればコツがあると言うことだが、その内容は未だに大治郎も知らぬ。

 横では、長門も同じく出支度をしていた。

「では、秋山先生。私は手筈通り、田沼鎮守府へ報告に」

 それぞれを見送り、大治郎達も出発した。

 目的地は、押見鎮守府である。

 

「拙者、瀬田三樹三郎と申す。不躾ながら、演習を申し込みたい」

 押見鎮守府は混乱していた。

 いや、混乱していたのは押見と貞井である。

 川内に始末させたはずの瀬田三樹三郎と清霜が乗り込んできたのだ。それも、一人の剣客らしき提督と扶桑、足柄、秋月、龍驤、川内を連れて。

「昨夜、こちらの鎮守府の艦娘に演習を申し込まれ、勝利しました。よって、今回はこちらよりお邪魔させていただいた」

 つまり、川内達は返り討ちにあったと。

 そのように言われては居留守もままならず、押見はこの日の秘書艦と共に姿を見せる。

「お待たせした」

「初めて直接お目に掛かる。瀬田三樹三郎と申します。兄作二郎がかつては世話になりました」

「うむ。作二郎殿から弟の名は聞いたことがある」

「川内殿は、私が作二郎の弟とは知らず、演習を申し込んだようでしたが」

「で、川内はどうしておるのか」

 大治郎がそこで口を挟んだ。

「川内殿の艦隊に演習で大破した艦娘が出たため、私の鎮守府で入渠しておられる」

「そ、そちらの御仁は」

 胡乱なものを見るような押見に対して厳しい眼差しを返す大治郎。

 大治郎はこのときあえて、正式に大本営に登営するための正装を身につけていた。

「失礼。田沼鎮守府剣術指南役、秋山大治郎と申します」

 嘘ではない。実際に田沼鎮守府所属の初春達に稽古をつけているのは大治郎だ。

 押見は息を吞んだ。

「瀬田殿とは旧知の間にて当方鎮守府にも出入りしてもらっています。本日は後学のため演習の見学にまいりました」

 演習を受けた側が今度は申し込む。鎮守府同士の繋がりとして何ら不自然な点はない。

 勿論、場合によっては断るのも自由である。ただし、互いに他意が無い場合は。

「どうなされた。何かご都合がおありかな」

 あえて大治郎は急かした。

「い、いや、お受けしよう。準備があるので少々お待ちいただきたい」

「それはもちろん」

 演習用の控え室へ招かれる一同。

 待たせておいて、押見は貞井に確認する。

「武蔵はどうなっている」

 この日の早朝、武蔵を旗艦とし戦艦と正規空母により構成される重武装の艦隊が抜錨している。武蔵謀殺の企みであった。

 後詰めとして水雷戦隊を派遣している。仮に空母と戦艦から逃れたとしても、満身創痍の状態で雷撃を躱すことは難しい。押見は武蔵の轟沈を疑っていなかった。

「未だ連絡はありませぬが、時間の問題かと」

「演習をどうする。田沼鎮守府剣術師範とあれば、そうそう無視はできんぞ」

 演習と偽って囲むという案もあるが、手練れの艦娘は出尽くしている。

「武蔵を始末した連中を待て。高速修復材で入渠させ、そのまま出撃させよ」

「川内の処置は」

「知らぬ存ぜぬを通せ。どちらにしろ、証拠はない」

「しかし、川内は襲撃寸前を捕らえられておりますぞ」

「わしらが命じたという証拠はない。私用で外出した艦娘の行動など知らぬわ」

 艦娘外出記録、並びに艤装倉庫記録の改竄を貞井が脳裏に置いたとき、音が響いた。

「何事か」

「武蔵が単騎で戻りました。大破状態です」

 言いながら駆け込んできた用人の背を掴むようにしながら、満身創痍の武蔵が現れた。しかし、その表情に不安や恐れはない。それよりも、ようやくに正面から飛び込めるという喜色が優っていた。

「提督。いや、押見周之助、逸ってくれたな。感謝するぞ」

 押見はその瞬間、己が失策を悟った。

 武蔵を倒せなかった。それだけなら何とかなる。今からでも残った艦娘の総力を挙げれば武蔵は倒せる。しかし、すでにここには三樹三郎と艦娘達が入り込んでいるのだ。

「乱心したか、武蔵」

 貞井が声を上げる。

 押見が刀を抜いた。

「出合えっ。武蔵乱心ぞ」 

「この戦艦武蔵を、たかが重装艦隊と水雷艦隊一つずつごときで沈められると思うなよ」

 駆けつける艦娘達、それを抜き去るようにして当然のように駆けつける龍驤達。

「武蔵さん!」

 先頭の清霜が武蔵を飛び越えるようにして押見に向かい、その刀を叩き落とす。

「この、悪者め!」

 駆けつけた艦娘達は龍驤の艦載機に牽制され足を止め、艦載機に対抗する空母は秋月の対空砲で無力化される。それでも進もうとした艦娘は足柄、川内、扶桑によって叩きのめされる。

 主力のほとんどを既に喪っている押見艦娘に勝てる道理はなかった。

 押見鎮守府に艦賊改方鎮圧部隊と長門率いる田沼鎮守府精鋭が駆けつけたのは、一同の大暴れがある程度落ち着いた頃であった。

 押見周之助をはじめとする鎮守府幹部はその場で捕らえられ、艦娘達は全員即座に降伏した。押見を最後まで救わんとする直属の艦娘は既に尽きていたのだ。

 三樹三郎の身は艦賊改方に、武蔵と清霜は田沼鎮守府へとそれぞれ預かりとなった。

 その三日の後。

「お頭が、しばらく話している内に三樹三郎殿を気に入ったようで」

 小兵衛の隠宅にて報告するのは現在の艦賊改方長官の片腕とも言われ、また、かつてあきつ丸らと共に小兵衛にも師事していた重巡那智である。

 大治郎と長門、秋月も同じく訪れている。

「武蔵清霜共々、改方で面倒を見たいと」

 無論、密偵下働きの類ではない。望むならば正式に取り立てると告げたのだが。

 しかし、三人はそれを断った。

「しばらくは人に仕えるのはこりごりだ。無論、三樹三郎殿は例外だがな」と武蔵。

「盗賊改方に入ると戦艦になれますか?」これは清霜。

 そして三樹三郎はこう言った。

「ありがたい話ですが、私は提督でないにしろこの二人とは共に進みたいと思っている。よって、この話はなかったことにしていたただきたい」

 長門がそこに付け加える。実は田沼からも武蔵清霜を、そして三樹三郎を召し抱えたいという話が来ていたと。

 三人はやはり同じように断り、元々住んでいた小屋に戻ったということである。

「ま、得がたい友人ができたと思い、気に掛けるが良いさ」

 小兵衛の言葉に大治郎が大きく頷くと、秋月がふと思いついたように尋ねる。

「清霜さんは、戦艦になれるんでしょうか」

 小兵衛は笑った。

「なっておるよ。とっくにな」

 

 





ブラック鎮守府から牛堀鎮守府に引き取られた朝潮(「剣の戦場」)は元気にやってます

牛堀川内は「アイドルの那珂ちゃん」でチラリと出てました

初春は「キタクマ酒場」の時からずっと通ってきてますね



次は、羽黒か秋月姉妹の話の予定

秋津洲かも知れない
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