鎮守府商売   作:黄身白身

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同人誌として出した「鎮守府商売第一集」(「艦娘長門」「剣の戦場」「アイドルの那珂ちゃん」収録)に書き下ろした短編です。

第一集はほぼ無くなりましたので、こちらに載せます。

本編の艦娘達よりちょっと早めに現れた隼膺の話です。

2021冬コミ「木曜日南め08bのくた庵」で、「鎮守府商売2~5集」と、異色短編集「異形艦隊これくしょん」を頒布します。


隼鷹始末

(この辺りも騒がしくなったね……)

 お気に入りの木の上に寝そべり、隼鷹は夕陽を眺めていた。

 隼鷹がこの山奥に居を構えてどれほどになるか。

 たまに樵夫や修験者を見かける程度だったこの地も、近頃では人を見ることが珍しくなくなっている。少しずつではあるが、麓にある村が拡大しているのだ。

(そろそろ、終わるのもいいかもね)

 気が付くと、この世界にいた。

 深海棲艦はいない。それどころか、自分の魂の元である艦船すらまだ存在していない世界。

(神様ってのも、よくわからないことするねぇ) 

 しばらくの間は仲間を探した。戦闘さえなければ燃料以外は必要としないが、その燃料も多めに食事を摂れば何とか代替可能ではある。それが艦娘というものだ。

 時折立ち寄る海沿いの村で、航海中に獲った海産物との物々交換で水や食糧を手に入れ、隼鷹は仲間を捜し続けていた。

 数ヶ月の間、隼鷹は他の艦娘を探した。艦娘どころか深海棲艦と行き会うこともなく、隼鷹はこの世界に艦娘は自分一人だと結論づけた。

 ならば、自分はどうするか。

 鎮守府はない。それ以前に深海棲艦がいなければ自分がいる意味もない。

 陸に上がり、人に交わり生きるのも一つであった。艦娘としての力を生涯使うことがなければ、医者にでもかからない限り人外のものと見抜かれることはあるまい。

 しかし隼鷹が選んだのは、人里から離れ暮らすことだった。

 どうせ戦いのない世界なのだ。ならば、ゆっくりとこの世界を眺めたい、そう思ったのだ。

 仲間達を探す過程で見たこの世界の人間達は、隼鷹の知る文明の利器など持ってはいない。

 自分を生み出す前の、戦艦どころか、鉄の塊を水に浮かす術も持っていない人間達。それでも日々生きている。

 その人間達を、隼鷹は心から凄いと思った。見ていたい、と思った。 

 自分の知る技術を人間に教えるのは簡単だろう。自分の艦娘としての力を振るえば、どれほどのことができるか。

 しかし、それは違うと隼鷹は感じていた。

 この世界を人間以外の力で変えてはならない。少なくとも、今のこの世界は艦娘を必要としていない。

 だから、自分は眺めていよう。この世界を。人間達を。

 こうして、隼鷹は山奥に一人隠ることとなった。

 話し相手には妖精さんたちがいる。

 とはいえ流石に、人間達と全くの不干渉というわけにもいかず、どうしても欲しいもの……主に酒だ……があるときは、里へと降りて物々交換。交換するものが何も無ければ、海へ行って漁をする。

 そんな生活を続けていれば、人間と会うことが皆無というわけにはいかない。隼鷹は人間嫌いというわけではない。ないが、今の自分の状況が相当に奇妙なものだということも自覚している。

 堂々と艦娘である、と名乗り出たところで相手にされぬ所か狂人扱い、いや、下手をすれば世を惑わす不埒者として処罰の対象ともなりかねない。この世界でよもや後れを取ることはない、処罰の対象とされたところで痛くも痒くないと隼鷹にもわかってはいるが、やはり艦娘として、人間とは無闇に敵対したくはない。

 そのようなある日、気が付くと隼鷹は微妙な立場になっていた。時折、麓からやってきた人間が貢ぎ物を供えていくのだ。そして、なにやら祈願していく。

 確かに、たまたま出会った人間に善行を施したことはある。見過ごすことなどできず、山奥で迷った人間を導いたこともある。怪我人を運んだこともある。

 隼鷹は貢ぎ物を携えてくる人間に話しかけてみることにした。

 人間は大層驚いたようだが、隼鷹の質問には素直に答える。なにやら誤解しているようでその答えは要領を得ないものだったが、最終的に隼鷹は理解した。

 自分は、山の神、あるいは妖怪の類と思われているのだと。

 つまりは、天狗である。

 隼鷹は一人笑った。

 ああ、確かに自分の艤装と戦装束はこの世界で初見の者には天狗に見えるのかも知れない。足元には下駄を履いているように見えるのだろう。飛行甲板代わりの巻物は羽団扇に見えるのだろう。

(天狗か……いいね)

 笑うだけ笑うと、隼鷹は頷いた。

 それならば、天狗として生きてやろうではないか。この世界でたった一人の艦娘、否、天狗として。

しばらくすると、隼鷹はごく普通に山の天狗様と呼ばれるようになった。

この世界で天狗として終わるのも悪くない。そう、隼鷹は思うのだった。

 時が流れればこの世界も、自分の魂の元である船を生み出し、本当に喚ばれるはずだった世界に変貌していくだろう。現れるかもしれない深海棲艦に立ち向かうのは、その時に再び生まれる別の艦娘。自分がその時まで生き延びることなど無理だと、隼鷹にはわかっている。艦娘でいる限りその寿命は人間より長いとはいえ、限りは当然にあるのだから。

 しかし、それはそれで構わない。自分はこの時代で朽ちよう。最期の日が来れば、深い海の底で眠ろう。 

隼鷹は山の奥から人間達を見守っていた。

 天災が起これば救い、時には簡単な知恵を与え、大きな変化は起こさぬよう、細心の注意を払って助けの手を差し伸べた。

 さらに人は増えても、山は神聖な場所として崇められていた。それは隼鷹の日頃の成果であり、村との関係の証でもある。

 隼鷹はその結果に満足して村を見守り続ける。その身体には徐々に限界が見え始め、村以外の場所に目を向けることもほぼ無くなっていた。

 そしてまた時は過ぎ、残る力で静かに眠るための海へ向かおうと考え始めた頃、それは起こった。

 村の騒ぎを聞きつけた隼鷹は、艦載機を飛ばして様子を探る。

 そこに見たのは、村に流れる川を遡上してくる深海棲艦の軽母ヌ級であった。

(今更)

 焦りと怒りが隼鷹を震わせる。

 すでに隼鷹は万全の身体ではない。あまりにも時間が経ちすぎていた。あまりにも、深海棲艦の登場は遅かった。

 それでも、見逃す選択肢など隼鷹にはない。

(行けるのか……)

 全艦載機を発進させる。今の自分に出し惜しみの余裕などない。 

 ヌ級から村を護る。今の隼鷹にはそれしかなかった。他に深海棲艦がいたところで、今の隼鷹ただ一人に何ができるわけでもないのだ。

「全攻撃機、いっけー!」   

 艦載機に神経を同調させつつ、山を駆け下りる。村人達に見られることなど気にしている場合ではなかった。

 しかし、その足が止まる。いや、動かない。

「え、なんで」

 満足に動かないのだ。人間でいうところの老化、艦娘でいうところの経年劣化である。

 その身体は既に、戦闘行動に耐えられないまでに劣化していたのだ。

「なんで……なんでだよ、こんなときに」

 両手で自らの足を掴む。

「動けよ、動けよ!」

 頭の片隅には、次々と撃墜される艦載機の姿が見えていた。

「動け、頼む、動いてくれっ!」

 隼鷹はもがき、這いずった。このまま行っても戦うことはできないだろう。しかし、せめて一矢報いたい。このまま、座して村人達の死を見届けることなどできようはずもない。

「畜生、なんで、どうして、こんなときに……」

 手を伸ばし、身体を動かす。次の手を伸ばし、身体を動かす。

 そのうちにも艦載機は数を減らしていく。艦載機が全滅すれば、ヌ級はすぐに村を襲うだろう。隼鷹に為す術はない。

「ごめん、遅れた」

 何者かが隼鷹を背後から支える。

 同時に、ヌ級に加えられる痛撃。

 振り向いた隼鷹は、そこに姉妹艦の姿を見る。

「飛鷹……?」

「村は大丈夫。利根さんたちが駆けつけているわ」

「どうして」

 飛鷹は戻ってきた艦載機を式札に戻しながら隼鷹の手を握り直すと、涙を浮かべて言う。

「本当にごめんなさい。一人ぼっちにして」

「いいってば、そんなこと」

 答えた隼鷹も、涙を流していた。

 その夜、隼鷹は飛鷹から日本の現状を聞かされた。

 突然現れた深海棲艦と、それに遅れてやってきた艦娘達。艦娘達はこの時代の人間と共に戦うと決め、まずは人間の生活圏に食い込んだ深海棲艦の殲滅と提督の捜索を開始しているのだと。

 すでに何人かの提督は見つかり、この時代の日本の指導者とも連絡は取れていると。

「あたしは、ちょっとばかし早く来すぎたんだな」

「おっちょこちょいよ」

「はは、違いない……なあ、飛鷹」

 隼鷹は足を痛めて動けないため、飛鷹によって山奥に運ばれていた。

「あんたが、あたしの本当の姉妹でないことはわかっているんだけど、それでもあんたにしか頼めないことがあるんだ」

 同じ工廠で生まれた艦娘を姉妹艦と呼ぶ。そうでなければ、ただの同型同種の艦である。艦娘同士であれば互いの出自を知らぬとも、姉妹艦かどうかはわかるものである。隼鷹は、この飛鷹が自分の姉妹艦だとは感じていなかった。

「うん。いいわよ」

 それでも、飛鷹はそう答えた。

「利根達は村にいるんだよな」 

「ええ、村を救ったって感謝されているみたいよ。今、状況を長に説明しているわ」

「だったら、村の人たちに伝えてくれ。天狗はどこかに旅立ったって」

「……いいのよ、貴女はここにいて」

「ふふっ、そうしたいけれど、もう無理さ、わかるよ」

「天狗はいなくなった、でいいの?」

「もう、村に来る化け物はいなくなったからって。……それでいいんだろ?」

「ええ、この村もこの国も、私たちが護るから」

「頼む。ああ、それからもう一つ」

「ええ」

「海の底で眠りたい」

「必ず」

 飛鷹が答えたとき隼鷹の目は閉じた。そして二度と開くことはなかった。

 

 

 呉近くの山に今も残る言い伝えがある。

 海より魔物が現れるとき、必ず山より天狗の救いがある、と。

 

 




 
 
 

 河童な潜水艦娘とかもどこかにいる
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