鎮守府商売   作:黄身白身

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同人誌として出した「鎮守府商売第三集」(「キタクマ酒場」「提督毒殺」収録)に書き下ろした短編です。
頒布終了したので載せます

本編時間軸以前の話です


2023冬コミにも参加しています「土東ユ53bのくた庵」です


金剛の流儀

「すまぬが、頼みがある」

 提督が告げたとき、金剛は即座に頷いた。

「まだ頼みの中身は言ってないが」

 必要ない。とやはり言下に答える。この提督がおかしな頼みなどをするわけがないと、金剛は知っている。

 辻平右衛門。それが金剛の提督の名である。

 この時代に初めて現れた艦娘の一人であり、深海大戦勃発より戦い続けた高速戦艦金剛にとって、平右衛門は信頼できる人間であり、有能な提督であり、また頼れる剣客でもあった。その依頼とあらば、多少の無理であろうと金剛に聞かぬ道理はない。

「歴戦のお主なら、と思うてな」

 年寄りっていう意味ですか、と少し拗ねてみせると、提督は笑う。

 勝手知ったる間柄では、この程度の手管などあっさり見透かされてしまう。

 確かに歴戦だ。

 大和や長門にはいまだに言われるのだ。

「この世界の深海棲艦との戦いでは、お前が一番槍だ」

 と。  

 あの日、気付いた瞬間この世界に、いや、この時代にいた。

 周囲にいた僚艦も含め、金剛は何故か気付いていた。この時代が、軍艦として自分たちが生きていた時代ではなく。さらに自分たちが本来現れるはずだった時代ではないと言うことに。

 金剛たちは、目立たぬ島を見つけ一旦投錨し、議論を重ねた。自分たちがどうすべきなのかと。

 しかし、この世界にも深海棲艦はいた。

 艦娘どころか、いかなる近代兵器も持たぬ時代の人間を深海棲艦は思うさま襲っていた。

 悩む艦娘もいた。はたして、この世界で戦うことは、艦娘としての力を振るうことは是とされるのか。それよりも、本来の時間に戻ることを考えるべきではないのか。

 その気持ちがわからない、という気は金剛にもなかった。

 しかし、金剛は見てしまった。

 深海棲艦に立ち向かう人間の姿を。

 僅かな可能性にすがり、深海棲艦に立ち向かう人間を。

 これは後にわかったことだが、人間達も深海棲艦に立ち向かえるとは思っていなかったのだ。

 水上を自在に走り、遠距離からの砲撃を加え、近距離ではその怪力をふるう深海棲艦。海から逃げたとて、川を遡上し町を破壊する。川から離れたとしても、水がなければ人が生きていくことは難しい。

 その絶望の中、誰かが気付いたのだ。

 それなりの技量を持つ者ならば、深海棲艦を斬ることができると。

 砲撃を抜けて近づき、その膂力をかいくぐって剣を向けることができるのならば。

 それは、幾百の屍を積んだあげく一振りの刀がようやく届くか届かぬか、そしてわずか一振りで果たして深海棲艦が倒せるのかという話である。それも、深海棲艦が自ら地上に姿を現せばの話である。

 僥倖に次ぐ僥倖、まさに盲亀の浮木を積み重ねた先の刹那の勝機。それだけが、人に与えられた勝ち目であると気付いてしまった。

 ならば、答えは決まっていた。

 逃げる人々を一人でも増やすため、逃げた人々の安寧を一秒一瞬でも増やすため、斬り込む。

 それを知った金剛は泣いた。そして叫んだ。

 これを護らずして、なにが艦娘か。なにが誇りか。

 これを見捨てて、どんな顔をして元の世界へ戻れるのか。

 いや、元の世界などない。ここにこそ、自分たちが共に戦うに足る人々がいるではないか。

 少なくとも自分は戦う。この世界のこの人々のために戦う。

「比叡、榛名、霧島!」

 妹たちにも否はなかった。妹たちの目にもまた、涙が光っていた。

 動き出す四姉妹を止めることのできる艦娘は誰もいなかった。

 大和は涙を流しながら武蔵に言う。

「この戦いが終わったら、私を殴ってください。愚かにも、初動を誤った私を」

 うむ。と武蔵は頷き、しかし続けた。同じ過ちを犯した私のことも殴れと。

「金剛に後れるなっ!」

 長門が叫び、赤城と加賀が続く。

 戦艦が、空母が、巡洋艦が、駆逐艦が動いた。

 人々を、この国を護るために。

 艦娘達はこの世界の提督を得た。人々は艦娘を救世主と歓迎した。

 それが、深海大戦の始まりだった。

 そして今、戦は均衡状態を迎えようとしていた。追い詰められていた人類を艦娘が支え、制海権を取り戻し、ほぼ壊滅状態だった国の形を復活させたのだ。

 金剛は常に、最前線に立ち続けた。

 今も、大規模鎮守府の一つである辻鎮守府の重鎮として提督を支えている。これからもそうでありたいと金剛は考えている。しかし、それが無理だということもまた、金剛にはわかっていた。

 人間側の施設、鎮守府がまだ未整備だった頃から最前線で戦ってきた。高速修復材どころか燃料資材までまともに揃わなかった頃からである。

 今は幕府中枢に大本営が設立され、間宮、明石、大淀、夕張らの尽力によって各種資材の供給、開発も順調に進められているが、大戦初期はひどいものだった。なにしろ、近代技術の一つも無いのである。かといって、いきなり科学技術が発展するわけもなく。手探り状態で数々の折り合いをつけてきた。何故か妖精さんたちは変わらぬ姿を見せているのが救いである。

 金剛だけではなく、大戦初期から姿を見せていた艦娘達は誰もが大なり小なりの無茶をしている。轟沈した者もいないではない。この世界でも建造できることが判明してからは艦娘の数も増やすことができたが、それまでは常に少数の戦いであったのだ。

 自分にもそろそろ引退の時期が来ている、と金剛はうすうす感じていた。

「提督の指導に当たって欲しい」

 だからこそ、平右衛門の言葉に金剛は一瞬絶句した。 

 見抜かれていたのか。自分の体調が。艦娘の限界が。

 近代技術などない世界の、いや、これが剣客というものなのか、と金剛は納得した。

 艦娘が集まれば必ず出てくるのが、この世界の人間達のポテンシャルについてであった。

 金剛たちの視点だと、「現代」よりも「戦時中」に近い、いや、もしかするとそれ以上なのである。

 それが、剣客であると。

「なに、まだまだ戦ってもらわにゃならんが、そろそろ弟子も鍛えねばならんでな、儂としても」

 やはり、金剛に否はなかった。

 平右衛門に連れられていった先には、一人の小柄な青年がいた。

 なるほど、背は低いが、なかなかに鍛えられている。いずれは一廉の剣客提督となる逸材なのであろう。なにしろ、辻平右衛門の弟子である。

「金剛デース、ヨロシクオネガイシマース」

 出会い頭の挨拶に驚いたのか青年は一瞬たじろぐが、すぐに睨みつけるように表情を引き締める。

「秋山小兵衛だ。よろしく頼む」

 その後、金剛は秋山鎮守府の初代秘書艦として小兵衛と共に八面六臂の活躍を見せるのだが、それはまた別の話である。

 

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