同人誌として出した「鎮守府商売第四集」に書き下ろしていた短編です
同時収録は「井関鎮守府四天王」「芝村茶店」「飯食わぬ空母」
本編の時間軸の少し前
艦娘と初めて出会ったとある人間の話
足元を確かめながら、辛うじて残っている柱にもたれ、息をつく。
廃墟を通り越して瓦礫の山と化した屋敷。その中で一人、槍を抱えた自分の姿がある。それが無性におかしく、男はかすかに笑った。
昨日までは、三人だったのだ。
一昨日は五人。
更に遡れば、二十を越える集団だった。
それがあっけなく死んだ。いや、殺された。
挙げた戦果は化生が二つ。人間と化生との差とはそのようなものだ。
遠目に見えたと思えば轟音と共に大筒のようなものが撃たれる。当たれば確実に身体は四散する。
運良く接近したとしても、それが手足を持たぬ化生の類であればまだしも、四肢を持つ相手であれば、単純な膂力は化生の方が上である。
更にその四肢を避け、剣の一撃。
ここまででようやくの一撃である。その一撃までにどれだけの犠牲が必要か。
そして、その一撃が化生に通用するかはまた別問題なのである。
一廉の腕を持つ剣士でなければ、剣など通じぬ。これが矢であろうが槍であろうが同じである。
ただ一体の化生を屠るために、どれほどの者が犠牲になったか。
このような言い方が許されるならば、あまりにも効率が悪すぎるのだ。
それでも、逃げることを選択する者は少なかった。
護るべき者を逃がすために、化生どもの手から少しでも遠ざけるために、剣を持てる者は剣を、槍を持てる者は槍をとったのだ。
そこに後悔はない。あるとすれば、戦い方への後悔であり、それは後悔と言うよりも反省であった。次はどのように化生を襲うか、次はどのように討つか。
一頭でも多く倒し、一日、いや一刻、刹那の隙に人々が少しでも遠くへ逃げられるように。
それが例え、時間稼ぎに過ぎぬとしても。
いや、違うか。と男は自嘲した。
結果的にはそうなっていようが、死んでいった他の者はどうであろうが、少なくとも自分は、見ず知らずの人々を逃がすためにここで戦おうとしているのではない。
突如海から現れた化生……後に人はそれを、深海棲艦と知る。
無論、このときの男にとってそれは「海から現れた化生」に過ぎぬ。
化生に限りなく無駄な戦いを挑む理由は別にあった。
男は腰にぶら下げていた竹水筒を乱暴に取ると、最後の水を飲み干した。水を残す意味は無い。長くても今日一日で自分の戦は終わる、それ以上は望めぬ。そう男は確信していた。それが、自分の勝利に終わらぬことも。
勝利を望んだわけではない。人々を逃がす時間を稼ぐためでもない。
死に場所が欲しい。それだけのことだった。
養父の死をきっかけに故郷を出て十数年、養父への義理が無ければもっと早く出奔していたはずであった。
持ち出したのは僅かな身の回りのものと金品。残りは全て雇いを解いた家人達に置いてきた。二度と戻るつもりはなく、もう一度会いたいと思う相手もいなかった。
いや、故郷を出たのは男一人ではない。
松風が共にいた。男の愛馬であり、友であった。言葉を交わせなくても、心が通じたと感じる相手だった。
化生によって松風は死んだ。川より現れた化生に撃たれ四散した。
自分は庇われたと男は信じた。
仇をとる。それだけが男に残った。それだけが自分の道だと、男は見極めた。
それぞれの事情で化生に立ち向かう者達と男は行動を共にした。
そして、今だ。
一人。
もういい、と男は決めていた。
最後に、槍を構えて一体の化生だけでも貫けばそれでいい。
川から上がってきた化生が見える。こちらに気付いているかどうかはどうでもよかった。これが最後の相手だと男は決めた。
「行くぞ、松風」
何もない空に向かって命じた、つもりだった。
音が響いた。それは、化生が放つ音に似ていた。
それが三つ。
「了解だ」
吹き飛ぶ化生を見たと同時に帰ってきた言葉に、男は振り向いた。
「いきなり僕の名前を言い当てるとはね。さすがは司令官と言ったところかな」
短髪の娘が、不敵に笑っていた。
「おや、違うのかい?」
白の着物に翡翠色の袴をはいた娘であった。その身体には、不思議な鎧のようなものがまとわりついている。娘の身体からはそれを支えることすら難しそうな形と大きさである。
「あら、司令官になる人かしら」
青の袴と白着物、頭に蝶のような飾りをつけた娘が大筒を構えていた。
その横では、臙脂色の袴に浅紅色の着物の娘が同じく大筒を構えている。
「朝風さん、松風、油断は禁物ですわ」
「松風……?」
惚けたように、男は呟く。
「僕の名前だよ、司令官」
「説明は後にしましょう。先にこいつらやっつけちゃうわよ」
「ええ、それでは司令官様、失礼いたします」
貴様らは何者だ、と尋ねようとした男は、次々と撃破されていく化生に目を瞠った。
更に二人が合流して五人となった色鮮やかな袴の娘たちは、不可思議な絡繰りを振り回しては化生を撃破していく。
化生の姿は消え、周囲を確認した娘達は、男に寄り添うように集まった。
松風と名乗った娘が、男の前に立つ。
「改めて言うよ。僕の名は松風。神風型駆逐艦四番艦の艦娘だ。どうやら貴方が僕の司令官のようだ」
「そうか」
男は笑う。
「俺は、また松風に救われたのだな」
「ああ、そうさ」
「これも、縁か」
「そのようだ」
男はもう一度、今度は大きく笑った。
男が神風型を率いる提督となって深海大戦を戦い抜いた話は、いずれ語られることもあるだろう。
あからさまに、とあるかぶき者がモデルですね、はい
ええ、馬の名前が松風だったその一点だけで書きました