同時収録は「戦艦清霜」「田楽屋羽黒」
「戦艦清霜」の後日譚(話の内容自体に関連はありません。武蔵や清霜のその後の話)です
茂みの中から男たちが飛び出してきたとき、艦娘夕張は自宅への道を急いでいた。
この夕張は鎮守府に所属していない。かといって艦賊の類でもない。
艦娘の武力ではなく、その技術によって生活の糧を得ている艦娘であった。
深海棲艦との戦が激烈を極めていた頃なら知らず、昨今ではこのような艦娘は少なくない。
様々な理由で戦と人を厭うようになった者だけで村を一つ成立させている艦娘もいれば、手に職をつけて人と交わり町中に暮らす艦娘もいる。人側もそれを表立って拒否することなく受け入れる。
戦でどれほどの人が艦娘に救われたかを考えれば、人が艦娘を受け入れるのは当然だという意見は多い。あまりにも多くの人が亡くなったため、人だけでは地上の生活すらままならないという事情もある。
人に入り交じり暮らすとは言え、一旦事あればほとんどの艦娘たちは即座に戦に出向くだろう。それでも、人の中で平穏に暮らす艦娘たちを嫌悪する者も確かにいるのだ。
今、自分の前に現れたのもその類の者であろうか、と夕張は考える。
男たちは全員覆面頭巾をつけ、夕張を囲みながら抜いた刀の構えも堂々としたものである。そこらの破落戸とは思えない。
「お金ならないけど」
無言で刀を構える五人に、夕張は強気に応じた。
一対一ならば艦娘は人には負けない。ただし、普通の人ならばの話である。剣客であれば近接戦闘においては艦娘を凌駕する者も多い。さらに、今回は人数差もある。
「あのさ、多勢に無勢だと思ってるんだろうけど、ここ、私の家の近くなの」
答えはない。
「いいけど、みんながすぐ駆けつけるよ。大和さんに加賀さんに赤城さんに、長門さんに陸奥さん。それから、武蔵さん」
「つまらん嘘はやめておけ。艦娘ともあろうものがみっともない」
ようやく口を開いたかと思うと囲みが一歩分縮まった。
「嘘じゃないよ。本当だよ。いや、本当だってば」
「お前が一人暮らしだというのは知っている」
ということは、艦娘ならば誰でも良いというわけではなく、あらかじめ自分を狙っていたらしい。
それでも、夕張は態度を変えない。男の向こう側に見知った姿が歩いてくるのが見えたのだ。
「覗いたの? とんだ助平どもだったわ。あ、因みに」
夕張は肩をすくめる。
「武蔵さんは本当だけどね」
男が一人、背後から圧倒的な力で蹴り飛ばされる。
同時に別の一人が背中から体当たりを受け、したたかに地面に叩きつけられる。
「夕張さん、大丈夫?」
戦艦武蔵と駆逐艦清霜であった。
「おい、夕張、何者だ、こいつら」
武蔵は木刀と称するには太すぎる棒きれを肩に担いでいた。
「わかんないけど、私は悪いことはしてないよ」
その答えに武蔵がニヤリと笑う。
「ならば、多少ぶちのめしても構わんな。最近剣術とやらを習い始めたのだが、一方的にやられてばかりでな、どうも鬱憤が溜まっていたところなんだ」
「いいねぇ、色々試してみてよ!」
倒れた二人は打ち所が悪かったのかそのまま動かない。それどころか、一人は清霜に覆面頭巾を剥ぎ取られている。
清霜が、戦果を誇るように頭巾を高々と掲げながら武蔵の後ろに回っていた。
残っているのは人が三に艦娘三。更に艦娘側には戦艦がいる。
「おいっ、行くぞ」
二人が倒れた二人をそれぞれ担ぎ上げると、男たちは夕張が来た方向へと逃げ始めた。
武蔵が夕張を見ると、両手を振っている。
「追わなくていいのか」
「うーん、大体見当はつくからね」
「心当たりがあるのか」
「まぁね。武力派じゃない艦娘は、これはこれで辛いのよ」
「乗りかかった船だ、良ければ話を聞くぞ」
武蔵の言葉に目を見開いた夕張は、
「さ……」
「さすが武蔵さん! 頼れるね!」
清霜に言葉を取られた。
目の泳ぐ夕張の肩に、武蔵は手を置いた。
「とりあえず話聞こうか」
武蔵と清霜の住む小屋の近くに夕張がやってきたのはつい最近のことだった。
正確にはもっと以前よりこの辺りに住んでいたが、遠方での仕事に出ていて最近戻ってきたらしい。その間に武蔵と清霜、そして二人の提督のような存在の瀬田三樹三郎が住み着いたのだ。
「ところで夕張よ」
夕張の家に着いたところで、武蔵が切り出した。
「私たちが通りがからなかったらどうするつもりだったんだ」
「そりゃあ、逃げるわよ。川まで逃げて飛び込めば人は追いかけて来られないもの」
そこで夕張は形を改めると、頭を下げた。
「遅れてごめん。助けてくれてありがとう」
それからようやく気付いたように、
「あれ、もしかしてどこかに出かける途中だった? 私、邪魔してる?」
「いや、三樹三郎殿を迎えに行こうとしていたところだ。とはいえ別に迎えに行く約束もしていないし、行かねばならんわけでもない。ま、暇つぶしだ。ここに居てもいっこうに構わんよ」
「それなら安心だ」
夕張は三人分の茶を入れると、饅頭と一緒に出す。
「ちょうど、明日辺り遊びに行こうと思って買ってきたんだけど、ちょうど良かったよ」
「なんだ、どちらにしろ私たちの所に来るつもりだったのか」
「松前で仕事してたんだけどね」
夕張がいきなり話題を変えた。
「宗谷さんと神威さんと多摩さんと一緒にお仕事してたんだけど、現地解散になってね。私だけこっちに戻ってきたのよ」
多分その関係で襲われたのだと思うと夕張が告げると、武蔵は現地に残った三人はいいのかと尋ねる。
「残ってというか、元々向こうの鎮守府の艦娘らしいから、そう簡単に襲われるようなことはないと思うけれど」
「鎮守府に所属していないお前一人が狙われたと言うことか」
「多分ね、ちょっとまずいもの持ってきちゃったかもしれない」
「まずいものとは……」
言いかけて、武蔵は考える。
「おい、詳しい話を聞けば我々も狙われかねんのではないだろうな」
夕張がそっぽを向いた。
「お前、清霜と三樹三郎殿に累が及んだら本気で怒るぞ」
「いやまさかこんなことになるとは」
「何を持ってきた」
「それがさ」
松前で夕張は寒冷地における鎮守府の設営に協力していた。細かい仕事内容はこの際関係ない。問題は、現地の雇い主の上役であった。
「あえて名前は秘しますが」
と夕張は話を続ける。
あるとき、緊急の用事のために夕張は役人の自室へと入り込んだ。無論、役人の在室中である。当然本人がいたわけだが、その時間は本来夕張どころか、誰も近づいてはならぬとされていた時間だった。
夕張の姿を確認した役人は慌て、手元の書物を咄嗟に隠した。
これがいけなかった。
夕張という艦娘は、大なり小なりあれど全員好奇心が高い。兵装実験軽巡の名は伊達ではないのだ。
この夕張もその一人であり、役人の隠した書物が気になった。
役人の対応も拙かったと言えば拙かった。見られたくないものであれば「私物である」の一言で夕張は引くのである。基本的に艦娘とは素直であり、そういうものだ。
しかし、隠せば見たくなる。
これは夕張だけに限らず人ならば誰も経験はあることだろう。ただ、夕張はその部分が非常に大きいということ。
そしてもう一つ、夕張は越えてはならぬ線を越えてしまった。
隙を見計らって、書物を探したのだ。
そして見つけたのは、探していた書物とは恐らく別のもの。大きさも幅も違うので別のものであることは間違いない。しかし、おそらくは探していた書物以上に見られたくなかったのではないかと思われる物。
「枕絵集をね、見つけたの」
「お前、それ持ってきたのか」
「いやぁ、見つかりそうになって慌てて、つい」
「枕絵って何?」
清霜の問いに武蔵は首を捻る。
枕絵とは男女の性行為が詳細に描かれたものだ、とはさすがに清霜には言えない。艦娘の精神年齢は外見に関係ない……特に見た目が幼い場合……のが普通ではあるが、この清霜はほぼ同じであることを武蔵は知っている。
単純明快に、他人の秘密を暴いてしまったのだと告げる。
「それは夕張さんが悪いよ。泥棒だよ」
夕張も何も言えない。確かに清霜が正しいのだ。
「きちんと謝って返そうよ」
正論である。紛れもない正論である。
「泥棒は、艦賊改方に捕まるよ。死罪か最前線送りだよ」
ううう、と頭を抱える夕張。
「まて清霜」
武蔵は仕方なく、夕張を弁護するような形となった。
「よく考えてみろ。大事なものが盗まれたら自分で取り返しに行くより先に、役人に訴えるだろう。それが、訴えずに自分たちで取り返しに来る。しかも、人が艦娘相手にだ。艦娘が盗賊だと訴えれば艦賊改方がすぐに動くこの江戸でだぞ」
言いたいことが通じたのか、清霜と夕張も首を傾げ始めた。
確かにおかしな話である。枕絵の存在を知られたくないとしても、盗まれたものを天下に公表する必要はない。
誰一人にも知られたくないほどなのか、あるいは
「あるいは、それとは別に見られて困るものがあったか」
今度は夕張が首を傾げた。
「いや、そんなの知らない」
「その枕絵とやら、確認してみるか」
「秋雲が持ってる」
「なに?」
「秋雲が見たいって言うから貸しちゃった」
「どこの秋雲だ」
「ほら、烏森稲荷の秋雲」
この世界でも絵師の道を選んだ秋雲の名を夕張は告げた。
絵心のある艦娘秋雲は多いが、実際にそれだけで糊口を凌ごうとするものは珍しい。烏森稲荷の秋雲はそれに成功し、自ら大倉秋雲と名乗ってる艦娘であった。
「明日一番で行くぞ、夕張、お前今夜は泊まれ。三樹三郎殿には私が話をつける」
この夜は結局、三樹三郎は戻ってこなかった。これに関してはこの日三樹三郎が訪れていた先、秋山鎮守府の秘書艦である秋月の長十糎砲ちゃんが直筆の手紙を届けて来たので何の心配も無い。
長十糎砲ちゃんを久しぶりに見たと、弄くり回そうとする夕張を止める方が大変だったという。
その深夜のことである。
武蔵は隣に寝る夕張と清霜を起こさぬように立ち上がった。
念のために装備していた艤装、探照灯を発現させ、枕元に置いていた棍棒を掴むと外に出る。
「さっきの連中ではないな。艦娘か」
艤装ではなく、提灯の小さな明かりが近づいてきた。
「はじめまして、瀬田武蔵さん」
提灯を持っていたのはやはり艦娘であった。
「貴様……宗谷か」
「はい。宗谷です」
姿を見せたのは特務艦娘宗谷、基本的にほぼ非武装、最弱と言って良い艦娘。
しかし、武蔵は棍棒を離さなかった。いや、離せなかった。
ただの宗谷ではないと、歴戦の艦娘としての勘が告げていた。
「松前にいた宗谷か」
「はい。夕張さんを起こしてもらえればわかりますよ」
「確認するまでもないな。そんなところで嘘をついても仕方あるまい」
「話が早くて助かります」
言いながら武蔵は、自嘲していた。
違うのだ。
夕張に確かめるまでもないと思ったことに嘘はない。嘘はないが、それだけではない。
背中を向けるなと告げているのだ。
夕張に確かめるために振り向くな、宗谷に背中を向けるなと、ここまで戦の中に生きてきた自分の勘が告げているのだ。
「話、とは?」
「枕絵はそのままで結構です」
宗谷はあっさりと言う。
「肝心の書類はこちらで抑えていますので」
見られて困るものはやはりあったのだ。ただ、それは夕張が見つける前に宗谷が見つけ入手していた。
「申し訳ありませんが、夕張さんを囮に使わせてもらいました」
宗谷は頭を下げる。
「誤解しないで下さいね。さっき武蔵さんたちが駆けつけていなければ、こちらで救う準備はしていましたから」
嘘だな。と武蔵は思った。夕張の生死は宗谷の……恐らく任務には関係ない。
そして、嘘だとこちらが思っていることも宗谷は知っている。
ただ、こちらに必要以上に危害を加える気がないというのも本当に思えた。
「公金横領の証拠は押さえましたので、あの人はもう終わりです。刺客の類も来ないでしょうから安心して下さい」
来ない、のではなく、消されたのだろう。
「迷惑な話だな」
武蔵はそれだけをようやく言葉にした。
「それは本当にごめんなさい。ですから、枕絵は差し上げます。秘蔵の品らしいですから」
いらんと言いかけて、それがとりあえずは夕張のものだと思い出す。
「夕張に会わなくていいのか」
「これから夜通し松前まで航行です」
宗谷の後ろに気配が生まれた。
神威と多摩の姿がうっすらと見えていた。
「一ついいか」
「なんです?」
「どうして、夕張を巻き込んだ」
「私たちが巻き込んだわけじゃありません。あの人が勝手に枕絵を盗んだんですよ」
「その前だ。松前の仕事に何故夕張を入れた」
ああ。と頷き、宗谷はニッコリと笑った。
「あの人。腕だけは確かなんですよ」
武蔵が大声で笑うと、夕張と清霜が目を覚ます。
「なになに、武蔵さん、こんな夜中に」
二人が出てきたとき、宗谷たちの姿は最初から無かったように消えていた。
「夕張よ」
「何かあったの?」
「お前の腕、隠密が褒めていたぞ」
首を傾げる夕張だった。
翌日、写本を作ったと騒ぐ秋雲とその助手の巻雲相手に武蔵はまたもや一苦労することになるのだが、それはまた別の話である。