鎮守府商売   作:黄身白身

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第五話です。


……遅いよね……ごめん


今回の元ネタは剣客商売二巻「支度金二十両」より

この話は、第一話を書く前からオチまで決めてた話です。
(だのに完成までかかったこの時間)


どうぞ、ご笑覧ください


立合料三万円

 

 かつて栄えていた街は、大戦後は寂れる一方に任されていた。

 それでも時間が経つと、人々は少しずつでも戻り始める。新しい暮らしが始まる。

 そんな片隅に一軒の古家があり、一人の艦娘が住み着いている。

 その古家を訪れる少年がいた。

 

「姉ちゃん、いる?」

 

「いるわよ」

 

 庭先からの少年の声に促されるように姿を見せたのは、重巡洋艦娘足柄であった。

 

「これ、貰ったんだけど姉ちゃんと分けようと思って」

 

 紙に包まれた一串の団子を少年は差し出した。

 

 手土産としてはどうかと思う内容だが、足柄は気にしない。それよりも、持ってきたという少年の気持ちが何より快かった。

 

「姉ちゃんって、凄い艦娘だったんだろ?」

 

「ん~、まあそこそこね」

 

 串から抜いた団子を皿の上に並べつつ、足柄は顔をしかめて見せた。

 

「過去形はやめなさい、今でも凄いわよ?」

 

「ふ~ん」

 

 信じているのかいないのか、興味なさそうな顔で少年は頷いた。

 

 足柄がいつごろからここに住んでいるのか少年は知らない。

 ただ、少年が知るころにはもう足柄はここにいた。

 

 少年は初めて艦娘を見たわけではない。しかし、これほど身近に見たのは足柄が初めてであった。

 足柄も少年を疎むでもなく、話しかけられれば応じ、質問に答えていた。

 いつの間にか、少年はしばしば足柄のもとを訪れるようになっていたのだ。

 

 少年の両親は大戦で亡くなっていて、今は遠縁の家で世話になっていると足柄は聞いている。

 それを知った時から、足柄は少年の訪問を受け入れ、時には気まぐれのように稽古をつけるようになっていた。

 少年も足柄に懐き、時々は近所の茶屋のおじさんから貰ったと団子を持ってくる。出元が気になった足柄が一度尋ねてみたが、店先の掃除などをしてもらったのだという。

 

「ほら、今日も稽古つけてあげるわよ」

 

 木刀を少年に向けて放ると、拾った少年はそれを青眼に構え、足柄へと向いた。

 

 気合声とともに、少年は打ちかかった。

 そしてしばらく打ち合うと足柄のほうから木刀を置き、声をかけた。

 

「姉ちゃん?」

 

 不思議そうな少年に、足柄は怒った調子で尋ねた。

 

「……どうしたのよ? 風邪でもひいた?」

 

 元気がない。

 足柄の知る少年は、いつでも元気だった。元気がない時は空腹なときくらいだが、今の少年はそうではない。

 

「全然身が入ってないじゃない、何かあったの?」

 

「そういうわけじゃ……」

 

「心配事?」

 

「なんでもないよ」

 

「水臭いわね」

 

 とは言っても、足柄もそれ以上は踏み込まない。

 互いの踏み込まない距離ゆえの、これまでの付き合いだとよくわかっていた。

 

「まあいいわ、稽古はまた今度にしましょう」

 

「もう、来られないかもしれない」

 

 早口に、少年は言った。

 

「俺、家を出るかもしれないんだ」

 

 これまでのやり取りで足柄は悟っていた。

 少年は決して遠縁の家で歓迎されているわけではないということを。

 

「あの家を、出たいんだ」

 

 それでも、飢えているわけではない。虐待を受けているわけでもない。

 

 人を一人、それも何年も養うとは伊達や酔狂、一時の同情だけでできるものでもない。

 鎮守府から離れて久しい足柄ゆえに、それはわかっていた。

 

 かと言って、ならば全てを受け入れ我慢せよ、ともいかぬのが人間である。

 

 少年の気持ちはわからぬでもない足柄だが、だからといって背中を押せる訳もない。

 ただ、それが周囲を巻き込む類の暴走であれば止めたいと思える程度の付き合いはある。

 

 だから、足柄は聞いたのだ。

 

「出たとして、行く当てはあるの?」

 

「行くところはあるよ」

 

 なるほど、考えなしの暴走ではないのか、と少し感心したが、

 

「だけど、金がない」

 

 その言葉には、やはりとも思った。

 

「今の家にも迷惑はかけたくないから」

 

 ふむ、と再び少年を見直す足柄。

 万が一、冗談半分にも家出のついでに盗むなどと言っていれば、問答無用で叩き伏せるところだった。

 

 それをやや見直したところで、足柄はうっかり聞いてしまったのだ。

 

「どこに行くかは知らないけど、いくらぐらいいるの?」

 

「二十万」

 

 具体的なあてがあったのか、即座に答えが返ってきた。

 

 家賃、家具、当面の入用なものを考えれば当座はそんなものなのか、と足柄は納得した。

 

「あ、ごめん。足柄さんにこんなこと言ってもどうしようもなかった」

 

 ぶしつけに金策を頼むつもりではない、少年はそういった意味で言ったのだろう。あとから考えれば、足柄も同じ意見だった。

 

 しかしその瞬間、なんとなく足柄はこう言ったのだ。

 

「なんだ、その程度でいいの」

 

 少年が、ムッとした表情で自分には大金だと答えたときには、もう足柄は止まらなかった。

 

 はした金とは言わないが、そこまでの大金ではない。

 そう言った足柄に少年は再び言い返し、さらに足柄が言い返す。

 

 そしてついには、

 

「いいわ、そのくらいなら無利子のあるとき払いで用立ててあげるわよ」

「ただし、条件付きね」

「今から一週間以内に、私を驚かせてみなさい」

「方法は問わないわ。ただし、他の人には迷惑をかけず、一人の力でね」

 

 いつから始めるのかと聞いた少年に、ただ今この瞬間からだと答える足柄。

 

 次の瞬間、冷えた茶の入った湯呑を放った少年は、いつの間にか背後に回っていた足柄に鼻の頭をひねられて悶絶していた。

 

「そのかわり、私も本気よ」

 

 その翌日、いや、その夜から少年の挑戦が始まった。

 

 時間もお構いなく少年は足柄を襲撃した。

 

 足柄にしてみれば、少年の襲撃などどうということもない。

 そもそも、姿を見せる前からこちらに向かってくることがわかるのだ。

 

 これは、艦娘としての能力云々の話ではない。

 確かに艦娘は、電探によって離れた位置の対象を察知することができる。だが、今の足柄は電探を装備していなかった。

 

 ただ、わかるのだ。

 その感覚は艦娘というよりも一廉の剣客に近いものであった。

 

 昼夜を問わぬ襲撃が十を越えたところで足柄は少年への評価を改めた。

 数度の痛い目にあえばすぐに懲りるだろう、と高をくくっていたのだ。

 

(……面白いじゃない)

 

 あるときには木の上に潜んでいた少年が飛び降りるのを待ち、地に着いた瞬間に蹴り飛ばした。

 あるときには地面に浅い穴を掘り土を被っていた少年に、気付かぬふりでバケツの水を掛けた。

 それも間を空けることなく立て続けに、である。

 

 かつて鎮守府に所属していた頃は、速吸や神威の補給だけを頼りにほぼ不眠不休の一週間を前線で過ごしたこともある。それを考えてみれば、この程度は足柄にとってどうということはなかった。

 そして明らかに、足柄はこのやり取りを楽しみ始めていた。しかしその矢先、ぴたりと襲撃が途絶えた。

 四日が過ぎたあたりである。

 

 そこでようやく周囲が静かになった、と喜ぶ足柄でもなかった。

 逆に

 

(……何かあったの?)

 

 寂しさのようなものすら感じていた。

 

 一週間が終わろうとした頃、ようやく少年は姿を見せた。

 それも堂々と正面からである。

 

 勝負をあきらめたのか、と足柄は思い、そしてそれを残念に思っている自分に内心苦笑した。

 

(ふふっ、こんな子にまできっちりと勝ちたいのかしら、私)

 

「あのさ、足柄さん」

 

「どうしたの?」

 

 もう一週間が経つと告げようとする足柄の前に、少年は一枚の書類を突きつけた。

 

「これ、見てください」

 

 なにかと尋ねながら書類を受け取り、足柄は目を向けた。

 

 それは、合格通知書であった。

 官製の提督育成校、いわゆる士官学校の合格通知書である。

 

 足柄は、通知書と少年を思わず見比べていた。

 

 提督とは、望めば誰でもなれるというものではない。それぞれに得意とする分野こそ違えど、提督としての最低限の資質は必要となる。

 だが、提督に求められる資質と艦娘に対する指揮能力は両立しているとは限らない。

 生まれつきの資質を持つ者もいれば、後天的に習得する者もいる。それは指揮能力に関しても同じであった。

 ならば資質も能力も、できる限りにおいては鍛え上げれば良い。その発想から生まれたのが育成校である。

 

 無論、合格率は決して高くない。誰憚ることなく難関と言い切れるだろう。

 その難関を、少年は見事にくぐりぬけていたのだ。

 

「どうですか」

 

 無邪気とも言える少年の言葉に、足柄は思わず頷き、言った。

 

「ええ、ビックリし……たわ……」

 

 驚いた。と足柄は自らの口で認めていた。

 自分の言った言葉の意味に思い至ったのは、口を開いた後であった。

 既に、言葉は音となり少年の耳に届いている。

 

「ビックリ、しましたね」

 

 少年は嬉しそうに破顔していた。

 

 ふむ、と息をつく足柄。この期に及んでどうのこうのと言い訳するつもりなどない。

 理由がどうであれ、驚いたには違いない。

 

「二十万、ね」

 

 少年は答えず、不安そうに足柄を見上げていた。

 足柄が知らぬ存ぜぬを通せばそれまでなのだ。あるいはそこまで行かずとも、冗談であると誤魔化すか。

 

「流石に今すぐにはいとは渡せないわ。現金の持ち合わせがないもの」

 

 誤魔化すつもりも押し切るつもりも最初から無かった。

 自らの言葉の責は自らが取る。足柄にとっては当たり前すぎる話であった。

 

「十日後くらいでいい?」

 

「本当に、いいんですか?」

 

 逆に臆しているのは少年のほうであった。

 正直に約定に従う必要など、足柄の自負自尊以外にはないのだから。

 

「言ったでしょう? 貴方にとっては大金でも、私に……ベテランの艦娘にとってはそれほどでも無いのよ」

 

 だから足柄はあえて気楽に言った。

 

「十日後にもう一度来なさいな。その時にはきちんと渡してあげるから」

 

「うん」

 

 疑うことなく帰っていく少年の後ろ姿を見送りながら足柄は考えた。

 

(……さて)

 

 約束を、違える気は毛頭無い。自らの吐いた言葉には責任がある。

 相手が誰であろうとそれは関係ない。吐いた言葉を真とするか虚とするか、それは自分自身の問題であった。

 

 しかし足柄は、困っていた。

 正直に言うと、金はない。

 そもそも艦娘の日常に、金はほぼ必要ないのだ。

 確かに艦娘と言えども、飯も食うし、酒も飲む。そこは人間と同じだ。

 ただ、その最低必要な量が違うのだ。

 鎮守府内の艦娘はよく食べるので誤解されがちだが、実はこれも、艤装を働かせるためである。

 艤装を使わずに地上で人間に交じり生きていくのならば、飲み食いはあまり必要ないのだ。

 

 飲食の楽しみは知っているので、人間と同じように飲食する艦娘は多い。だがそれは、必要不可欠なものではない。

 

 金が必要であれば、一人で海へ出て深海棲艦の駆逐や軽巡を狩ればいい。それを役所に届ければ報酬は出る。

 駆逐軽巡の一隻や二隻ほどでは雀の涙ほどの報酬ではあるが、それだけで足柄一人には充分なのだ。

 

「二十万、ね」

 

 足柄は少年のことを考えていた。

 少年の今住む家が、少年にとって心地好い場所ではないと、うすうすは感じている。

 だからといって、天涯孤独の少年に出て行く先があろうはずもない。

 どこかで住み込みで働くにしろ、身元の保証は頼まなければならない。仮に隠して働いたとして、いざ発覚すれば迷惑をかけるのは間違いない。

 であれば、育成校という進路は決して間違いではなかった。

 当座の費用さえ何とかすれば、学費そのものはほぼ無料に近い。それどころか、入寮を義務とされる代わりに生活費は免除とされる。

 少年の親戚としても、見捨てたという誹りを受けることもなく、それでいて面倒はなくなるのだ。

 両者にとって都合の良い落ち着き先ではある。

 

 それでも、手数料や当座の費用として、二十万ほどは必要となるだろう。

 つまり、少年の求める二十万とは。

 

(ますます、無視できないわよね)

 

 足柄にしても、少年を応援したい気持ちはあった。

 

「さて、稼ぎましょうか」

 

 駆逐や軽巡をこれまで以上に狩ることも考えたが、現金収入という意味では大したことはない。

 相手を選べば無傷で済むので修理を考える必要は無いが、それでも燃料と弾薬補給は必要である。

 役所で受け取る報酬はほとんどが補給物資の現物支給であるため、現金はほとんどないのだ。十日で二十万は、さすがに無理があった。

 

 ただし重巡、雷巡以上を狙って狩るのであれば、報酬は格段に上がる。しかし、それなりの深海棲艦と戦うのならばやはり鎮守府に属して艦隊を組まねば話にならぬ。

 深海重巡に後れを取るとは足柄も思ってはいないが、それも相手が一隻、せめて二隻ほどの場合だ。深海艦隊が相手であれば、足柄一人では勝ち目は薄い。

 仮に勝てたとしても、弾薬や燃料の大量消費、そして小中破した場合の鋼材や、最悪大破した場合の高速修復材の手配がどうなるか。そこまで考えれば、深海棲艦狩りによる収入は決して当てにはできぬのだ。

 

「そうね……」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

 

 

 

 秋月は首を傾げていた。

 

 大治郎の使いで小兵衛の隠宅を訪れた帰りであった。

 

 大きな寺の横に広がる広場。広場の一角にある茶屋。その茶屋の前に見慣れぬ立て札が置かれているのだ。

 隠宅へ向かうときには見かけなかった。つまり、ついさっき立てられたものだろう。

 

「なんだろうね、これ」

 

 秋月の横に侍る長十糎砲ちゃんの“せい”も首を傾げていた。ちなみに“せん”は、鎮守府に居残りである。

 

「餓狼流?」

 

 立て札には見事な字でこう書かれていた。

 

【名のみ高く、実無き者に告ぐ】

【志ある艦娘に虚なる威光で苦役を担わせる似非提督】

【志無く暴のみにて刹那の快に現を抜かす破廉恥艦娘】

【己を恥とも思うならば、この地にて我に立ち向かうべく候】

【ただし当方勝ちたるときは、立合料三万申し受くべく候】

【餓狼流 重巡足柄】

 

 そして最後には、住所と日付が書かれている。

 住所はこの近く、日付は今日のものだ。

 

「……足柄?」

 

「知り合いかね?」

 

 茶屋の主人が声をかけてくる。見ると、主人の後ろには駆逐艦娘……白雪が心配そうな顔で立っていた。

 人間の娘と変わりのないその様子を見た秋月には、この白雪は鎮守府育ちではなく、生まれてからずっと市井で暮らしているように思えた。

 

「いえ。重巡足柄に知り合いはおりません」

 

「少し前、目を離している隙に立てていったみたいでね。うちの娘の知り合いでもないらしい」

 

 艦娘をなんの衒いもなく娘と呼ぶ主人に秋月は好感を持った。

 

「これって、試合の申し込みですよね」

 

「そうみたいだが……この辺りで暴れられなけりゃあいいんだが」

 

 この駆逐白雪では重巡足柄は止められないだろう、とも秋月は思った。

 

「あの、このことはお役人か鎮守府の方に?」

 

「言ってはみたがね、ただの悪戯かもしれんと言われては、こちらも何も出来んよ」

 

 確かに、今のところ実害はないようだ。

 

「これか」

 

 野太い無遠慮な声に振り向くと、二人連れの巨漢が立札を睨みつつ歩んできたところであった。

 踏みつけられそうになった“せい”が慌てて秋月の肩に乗った。

 

「こりゃあ、近いのか?」

 

「住所の通りなら、その寺の裏の先だ」

 

 二人は、秋月や主人たちを無視するように会話を続けていた。

 

「重巡風情が大きく出よって」

 

「まったく、大言を抜かすは水上だけでいいものを」

 

 腕に覚えがあるならば、地に上がった艦娘を必要以上に恐れる必要はない。

 秋月も大治郎や小兵衛の腕をよく知っている。それは、自らの提督やその父親であるという贔屓目ではない。

 この巨漢二人も、それなりに腕に覚えがある故の言であろう。

 

 正面から向かい合った勝負である限り、同じ錬度の剣客相手ではどうしても艦娘に分が悪い。

 なるほど確かに砲撃は脅威である。どのような剣客であろうとも、人間である限りは砲撃に当たってしまえばひとたまりもあるまい。だがそれも当たるならばという前提であり、さらに砲撃の威力自体が地上では格段に低下するのだ。

 

 海上であれば命中したしないにかかわらず、至近弾の衝撃にすら人間は耐えられまい。しかし地上に限定するならば、直撃でなければ即死には至らぬのだ。

 

 そして、剣客提督と呼ばれる者の剣は艦娘にも有効である。

 

 さらに艦娘は地上にて艤装を発現させることはできても、自由自在に取回すことができるのは水上においてのみである。艦娘に言わせれば艤装は水上で発現させたときのみ、その質量を無視できるのだと。

 

 発現させ、砲撃。その砲撃を外せば、続く二の手は艦娘にはないのだ。ゆえにこそ、それを弱点と自覚する艦娘は剣などの、近接の戦闘術を人間に学ぶ。

 ただし艦娘の頑丈と剛力は人間では及ばぬところであり、常人ではおいそれと歯が立たぬのもまた事実である。 

 

「おい、この足柄というのは本当だろうな」 

 

「そこに嘘を書く理由などあるまい」

 

「まぁよいわ。このような言説で人心を惑わすけしからん艦娘は、誅してやらねばな」

 

「それよ」

 

 巨漢は立て札に手を掛けると一気に引き抜いた。それを肩にかつぐと、再び歩き始めた。

 

「おい、親父」

 

 立て札を持たぬ方の巨漢が店の主人に声を掛けた。

 

「へ、へい」

 

「これから、俺たちを追って知り合いが来るやもしれん。先に行ったと伝えて、この住所を教えてやれ」

 

「へい」

 

「なに、事が終わった後は茶の一つも買ってやるわ」

 

 立て札をかついだ男が笑う。

 嫌な笑いだ、と秋月は思った。

 

「貴様はアレの後はいつも茶、だな」

 

 笑いを響かせながら、二人は寺を通り抜ける道に入っていった。

 

「ご主人、白雪ちゃんお借りしていいですか?」

 

 秋月の真剣な目に、主人は頷いた。

 

「ご迷惑はおかけしません」

 

 秋月は“せん”を白雪のほうへと押した。

 

「白雪さん、貴方も艦娘ならば、艤装生物は扱えますね」

 

 島風、天津風、そして秋月三姉妹、秋津洲。艤装生物を指揮して戦える艦娘はこれだけだが、ただ側に居る、意思を交わすだけならば他の艦娘でも不可能ではない。

 

「その子と一緒に秋山鎮守府へ行って、司令にこのことを伝えてください」

 

 小兵衛、あるいは牛堀鎮守府という選択もあるが、秋月にとってはやはり大治郎であった。

 

 白雪が主人に目をやると主人は再び頷いた。秋月に向き直った白雪は、真剣な顔で言った。

 

「わかりました。必ず、お伝えします」

 

 そこにいたのは茶屋の娘ではなかった。紛れもない駆逐艦娘白雪であった。

 

 秋月は礼を言うと巨漢の後を追った。行く先はわかっているため、気取られるほど近寄る必要もない。代わりに、後から来るという巨漢の仲間のほうに注意をはらっていたが、それよりも巨漢二人が足柄に出会うほうが早かった。

 

「貴様か、この立札は」

 

「あら、抜いちゃったの? また立て直さなきゃいけないじゃない」

 

 腰に手を当て、ま、いいか、と足柄は肩をすくめた。

 

「それで、抜いてきたってことはそれを読んだってことよね」

 

「いかにも」

 

「三万円は?」

 

「あるともよ」

 

 待て、ともう一人の男が言った。

 

「貴様が負けたらどうする」

 

「好きになさいな」

 

 ほう、と二人は笑う。

 先ほども見た、秋月の嫌な笑いであった。

 

「二言はないな」

 

「早くしなさいよ。あ、先に三万円、そこに置いて」

 

 男は嘲るように鼻を鳴らすと、懐から出した紙幣を、示された駕籠の中に入れた。

 

「確かに三万円ね。始めるのはいつでも良いわよ」

 

「武器は」

 

 刀を抜いた男は、足柄に問うた。

 

「無用ね」

 

 男の形相が変わり、最上段に構えられた刀をそのままに、前へ、足柄へと動く。

 男の動きは決して遅くはなかった。比べるならば、剣客提督を名乗る大多数の者よりも速かっただろう。

 

 足柄へと詰める男は足柄の艤装発現を見逃さぬよう、視線を逸らすことなく動いた。

 艤装発現の瞬間を確認し、その砲撃の軸線を外せば、足柄の二撃目より早く太刀は振り下ろされる。ゆえにそれは男にとっての勝ち筋であり、当然の運び方でもあった。

 艤装発現にしろなにかしらの得物を取るにしろ、そこには一呼吸の間が生まれるはずであり、男の速断もそれを考えたものであった。

 

 しかし足柄は艤装を発現するそぶりも見せず、徒手空拳のままに動いた。

 当然、間などは生まれず、そしてさらに足柄は加速したのである。

 

 近すぎる間合いに男が狼狽するよりも早く、足柄の左掌底が男の顎をかちあげていた。

 そのまま蹴倒し、倒れた男に向けた右腕に主砲を発現させる。

 

 そのすべてが、秋月の到着から声をかける間とてない暫時の出来事であった。

 

「撃っていいのかしら?」

 

 僅かの逡巡も赦さず畳みかける足柄の言葉に呼応したのはもう一人の男であり、次いで秋月だった。

 

 発現した艤装はいくつかの例外……木曾や天龍、伊勢型の持つ太刀などを除けば、水上の加護がない限り自在に振り回すことなどできない。

 そのまま砲撃を放つか、あるいは一旦虚空に戻すか。

 

 放てば、その隙に二人目の男が斬りかかる。戻せば、二人目との対峙に再発現は間に合わない。

 故に、秋月は動いた。

 一対一で足柄が敗れるのは自業自得であり、助けるいわれなどない。しかし、二人目の男に対するのならば充分な理由はあるだろう。

 そう秋月は自分に言い聞かせていた。

 

 次の瞬間、秋月は信じられぬものを見た。

 空いていた足柄の左腕が、無造作に上げられたのだ。そして、そこには艤装の発現が。

 

 二人目の男へと放たれる砲撃は狙い誤ることなく男の右肩を撃った。

 背後へと飛んだ男は一度だけ地面を弾み、動かない。

 

 その間、足柄の視線は、最初の男から一瞬たりとも外れることはなかった。

 

「安心して、対人用の弱装弾だから。死ぬほど痛いと思うけれど、死にはしないわ」

 

 艤装を消した足柄の拳が、男の鳩尾に突き入った。

 

「てめえ、何してやがるっ!」

 

 一連の手練に見とれていた秋月の反応がここで遅れた。

 いつの間にか数人の破落戸が姿を現していたのだ。巨漢二人が話していた知りあいとやらだろう。

 

「あら、貴方たちも三万円? やだ、千客万来じゃない。やってみるものね」

 

 ひい、ふう、みい、と指差して数えながら、足柄は嬉しそうに笑った。

 

 倒れたまま動かない二人に気づいた破落戸達が殺気立ち刀を抜くが、足柄はどこ吹く風と皮算用を続ける。と、その動きが止まり、瞳がやや細められた。

 

「……ふーん、少しは面白そうなのもいるじゃない」

 

「大事ないか、秋月」

 

 破落戸どもから少し離れた後ろから声をかけるのは、秋山大治郎であった。並ぶように立っているのは鞘に入れた刀を持った長門だ。

 その長門は足柄を見つけると、納得したかのようにうなずいた。

 

「なるほど、重巡足柄だ」

 

「大治郎さま、秋月は大丈夫です」

 

 足柄の視線はすでに破落戸を外れ、大治郎に向けられていた。

 

「艦娘一人が無体な男どもに包まれていると聞き駆けつけましたが……」

 

 一方、大治郎の眼は、倒れた男二人に向けられていた。

 

「差し出がましい真似だったようですね」

 

 破落戸どもは自分たちが前後を閉じられた状態であることに気づいているのかいないのか、新たに現れた大治郎たちに向けてもむやみやたらと刀を抜いていた。

 

 それを見て取った大治郎は、刀を抜きかけた長門を身振りで制し、こちらは刀を抜かずに前へと出た。

 

「私の名は秋山大治郎、その先にある鎮守府の提督です。艦娘に関する騒ぎであれば、ここはいったん収めてはいただけませぬか」

 

 怒声と共に、一人が突然斬りかかった。

 大治郎は抜き合わせることすらなく身を避けると、背後へと周り首筋に手刀を打った。男はあっさりと昏倒してしまう。

 

「事を荒立てるつもりはないのだ。ここは退いてくれ」

 

「無理ではないかな、大治郎殿」

 

 長門が大治郎の隣に並ぶ。ちょうど、二人の後ろに秋月がいる恰好となった。

 

「私も……っ」

 

 前に出ようとした秋月を大治郎は止めた。

 

「秋月は下がっていなさい」

 

「秋月も司令をお守りします」

 

「それは対空戦闘と水上戦闘での話だ。地上での斬り合いならば、多少私のほうに利がある」

 

 大治郎の言い終わらぬうちに、男たちが動いた。

 秋月が何を言う間もなく、男たちはいっそ小気味いいほどに次々と殴り倒されていく。長門も大治郎も刀を抜きもしないというのに、だ。

 

 倒れた男たちを、適当な縄で縛り転がす長門。このあたりは、さすがの戦艦娘の剛力であった。

 

「どうするのよ?」

 

 手を出すわけでもなく眺めていた足柄の問いに大治郎は答えた。

 

「急を知らせてくれた白雪殿に、番所へ使いに走ってもらっています。そろそろ駆けつけて来るでしょう」

 

「そうじゃなくて、いえ、それはそれでいいけれど」

 

「何か?」

 

 足柄は大きく息を吐くと腕組みをして大治郎を見据えた。

 

「千客万来だと思っていたのだけれど?」

 

 縛られ倒れている男たちを、足柄は数えるように指差すと、最後に再び腕を組んだ。

 

「流石に全員とは言わないけれど、もう一人くらいからは立合料取れたと思うのよ」

 

 合計六万円だ、と続ける。

 

「負ければ受け取れぬと聞いたが……勝つこと自体は当然か」

 

 長門の問いに足柄は自然に頷いた。何も不思議なことはない、と言うように。

 

「そこで、代わりに貴方どう? 貴方なら、私も少しは楽しめそうなのだけど」

 

「ほう?」

 

 言葉を向けられた大治郎は何も言わず、長門が低い声で応じた。

 

 長門は元々、秋山小兵衛に一手の指南を望んでいる。いや、一手で済むわけもなく、あわよくばその先を望んでいる。

 そのために小兵衛の隠宅にも通い詰め、辟易されていたものだ。

 そこで小兵衛は長門に、大治郎に勝てるのならば弟子入りすら認めよう、と約束した。

 長門は納得した。それはいい。長門も大治郎を低く見ていたわけではない。秋山大治郎は秋山小兵衛の一人息子である。それなりの剣客であることは予想していた。

 

 今のところ、長門は大治郎からは一本たりとも取れていない。

 

「約束は守りや?」と龍驤には釘を刺されている。結果、長門は大治郎の鎮守府に入り浸りの状態となっていた。

 大治郎としても、小規模鎮守府故の暇を持て余していないこともない。そして小兵衛と違い、欠片たりとも剣に倦んでなどいない。

 長門の熱意は歓迎するところであった。

 

 今日も長門は鎮守を訪れ、大治郎に挑んでいた。そこへやってきたのが白雪であり、使いに出されていた秋月からの伝言だった。

 

 話を聞いて駆けつけようとした長門を抑え、大治郎はまず白雪に言った。

 

「済まぬが、もう一軒、走ってもらえるだろうか」

 

 白雪は一も二もなく応じ、大治郎の書いた文を持つと、すぐに走り出していった。鎮守府所属の現役ではないとはいえ艦娘である。その程度はどうということはないだろう。

 

「では長門殿、行きましょう。“せい”、“せん”、留守を頼む」

 

 かちゃかちゃと動きながら敬礼を返す長十糎砲ちゃんたち。

 

「大治郎殿、白雪をどこへ?」

 

「あきつ丸殿の所へ、事情を書いた文を持たせました。あきつ丸殿なら、上手く計らってくれるでしょう」

 

「それは上策かと」

 

 そして駆けつけたところが破落戸は二人とも倒れ、足柄は涼しい顔で立っている。

 

 そのこと自体は長門も予想していた。

 重巡艦娘の中でも足柄の属する妙高型はとびきり厄介だと言われることが決して少なくないのは、艦娘として性悪という意味ではない。

 勝ちに対する貪欲さにおいて、妙高型は頭一つ飛びぬけている者が多い。妙高型の中でも最も温和であるとされる羽黒でさえ、演習相手に姿を見ると運が悪いと言われてしまうのだ。

 逆に最も貪欲だといわれるのが足柄であり、その足柄が伊達や酔狂、ましてや冗談などで金を賭けた勝負を挑むなどありえない。

 己が勝つと心から信じて、勝算もあっての行動なのだ。

 それだけならば、流石は足柄よ、と長門も感嘆しただろう。

 

 問題は今、この瞬間、足柄が大治郎を見切ったことであった。

 足柄は大治郎との勝負を少しは楽しめると言った。言い換えるならば、大治郎には勝てるということだ。少なくとも、勝つ可能性は高いと足柄は宣言しているのだ。

 そしてそれは、足柄は当然長門にも勝てるということになる。

 

「大治郎殿、受けては如何か」

 

 この重巡の化けの皮をはがして鼻柱を折ってやってほしい、と言外に長門は訴えていた。

 

 大治郎とて、一剣士としての興味はある。遠目ではあるが、最初の男との勝負は見えていた。足柄の動きが、艦娘としての常識からかけ離れていることも見えていた。

 

 だが……

 

「手持ちがない故、お相手はできません」

 

 大治郎、あっさりと悪びれることもなくこう言った。

 秋月も頷いている。

 

「取りに戻るくらいなら待つけれど」

 

「戻ったところで、無いものはありません」

 

 大治郎が秋月に確認し、秋月も少し頭をひねった後に、

 

「……はい、ありません。どうしてもと仰るなら、小兵衛さまにお借りするしか」

 

「人に金子を借りてまで立ち合おうとは思いません」

 

 足柄に対して、大治郎は誠に素直に頭を下げていた。

 呆気にとられる足柄。

 大治郎の姿には寸分たりとも恥じ入る様子はない。無いものを無いと言う素直さだけがあった。

 

「……えっと……駆逐秋月よね? 貴方が秘書艦?」

 

「はい」

 

「いい提督ね」

 

「はい!」

 

 長門はたまらず、前へ出た。

 

「私が出そう」

「これは私の我儘だ。大治郎殿の腕が見たいという、私の我儘だ」

「大治郎殿、受けてはいただけませぬか」

 

 現在は正式な所属でないとはいえ、押しも押されぬ大鎮守府の田沼長門である。金に困ることはない。

 この程度の立合料ならば、どうということはなかった。

 それは、大治郎にもわかっている。

 

「返すには時間がかかるが、よろしいのですか?」

 

「なに、勝てば良いのです」

 

「気楽に言ってくださる」

 

「信じております故」

 

 口にしてから、長門は慌てたように付け加えた。

 

「貴方のお父上を」

 

 にこり、と大治郎は笑った。

 

「父上ならば、私も信じております」

 

 足柄の差し出した駕籠に長門は札を入れた。

 受け取った足柄は、いつの間にか一振りの長刀を携えていた。

 

「よろしいか?」

 

 抜刀し、大治郎はゆっくりと構える。

 

「ええ」

 

 駕籠を古家の縁側に置いた足柄が、少し離れた位置に斜に構える。こちらは片手だ。

 離れたとは言え、どちらが動いても即座に間合いに入ることのできる距離であった。

 

 艦娘の剣は片手の構えが多い。対人において、鍔迫り合いに持ち込めば艦娘の勝利は堅い。

 艦娘の腕力さえあれば、並の剣客となら片手で鍔迫り合いが出来る。膠着すれば、残った腕に艤装を召喚すればそこで勝負は決まるのだ。

 逆に人間の剣客は、動きを止めないことを第一として戦わなければならない。足を止めれば砲撃を受ける。逆に言えば、足を止めない限り砲撃は怖くない。

 発現した艤装を、艦娘といえど地上にいる限りは自在には動かせない。出した場で砲撃をするということは、発現させた瞬間に標的は既に決まっているということだ。

 剣客は、発現を見てから避けることも出来る。ゆえに、足止めさえされなければ砲撃は怖くない。

 

 艦娘、あるは深海棲艦と戦うのならば、まずは砲撃を外す。それが基本であった。

 だからこそ、自らが戦場に立つ可能性のある提督は、身近に対空戦闘の出来る艦娘を置く。砲撃は避けられても、艦載機の攻撃は避けきれないからだ。

 

「では」

 

 無造作にも見えるほど自然に足柄が動いた。剣を振るうと言うより、歩みに合わせるように揺れる剣。

 大治郎は動かない。ただ、刀を握る拳に力が込められる。 

 

 長門はその動きを逃すところなく凝視していた。今の時点で自分が大治郎に及ばないことはわかっている。その大治郎が足柄に勝てぬならば、自分が勝てる道理はない。

 しかし、大治郎を簡単に負かすほどの腕が果たして足柄にあるのか。

 艦娘としての足柄ならば知っている。平常の足柄ならば知っている。はたして、その足柄は今目の前に居る足柄とは繋がらない。

 

 足柄の伸ばす刀が大治郎の刀に触れる。あえて避けず、大治郎は下りてきた剣筋に逆らわず、流そうとする。

 切先が方向を変え、流しきれぬ力となって大治郎を圧迫する。

 力に対抗すれば動きは止まる。逆らわず、さらに大治郎は刀を引き、後ろへと動き、足柄の剣筋を逸らす。

 対して、足柄の切先がさらに変化した。

 

 無理にでも鍔迫り合いの形を作ろうとしている、と大治郎は一瞬考え、即座にそれを捨てた。

 重巡足柄。小器用ではあるが事実上の力押し、その程度しか出来ぬ相手であろうか。

 否。大治郎の剣客としての勘がそれを否定していた。

 

 と、足柄が離れる。

 戸惑いつつ、大治郎は構えを崩すことなく留まった。

 追えば届く距離に足柄も留まる。

 追わない大治郎に我が意得たりと笑う足柄が刀を放った。大治郎とは逆、自身の背後に向けてである。

 

 虚を突かれた大治郎の前に足柄の両手が突き出され、拳が組まれた。艤装発現の揺らめきが上がった。

 

 稀な例外もあるとはいえ、艦娘の艤装は基本的に片腕用である。これは発現した艤装に隠した自由の手による殴打か。

 決して低くはない剣技を囮としての本命の砲撃、に見せかけた拳撃。二重構えの、勝ちにこだわる妙高型にふさわしいしぶとさ、と大治郎は感じた。

 

 右手か、左手か。囮の艤装と本命の拳撃。

 大治郎は咄嗟に左に飛んだ。本命を避けたのではない。本命に向けて飛んだ。

 いかな艦娘の拳撃といえど、一刀をもって迎え撃てぬ道理はないと、向かう拳を斬りあげんがために下段の構えを組み立てた。

 

 瞬間、秋月と長門は大治郎の勝利を確信した。発現された艤装は容易には筒先を変えられず、その先にすでに大治郎はいない。

 足柄のふるう腕が左右のどちらであろうと、大治郎の袈裟上げがそれを迎え撃つ。

 艤装を発現するならば、手を止める必要がある。その隙に大治郎がさらに間合いを詰め、胴をはらう。

 

 足利は拳を振るった。ならば艤装発現はない。はずだった。

 大治郎は見た。

 己の目前に突き付けられた筒先を。

 

 大治郎の動きが止まる。

 

「……まいりました」

 

「馬鹿な! 水上の加護なしで、動きながらの発現など」

 

 長門は声を上げていた。

 仮に可能だとしても、片腕一本で自在にできるような技ではない。

 

「良かったわ、物わかりのいい人で」

 

 足柄は長門を無視していた。

 

「すまぬ、長門殿」

 

 大治郎の声にも焦燥があった。

 提督としても信じられぬものを見たのだ。

 

「じゃあ、この三万円は遠慮なく」

 

 足柄が駕籠から札を拾うと、がやがやと声が聞こえてくる。

 

「秋山大治郎殿はこちらでありますか?」

 

 取締方の役人を案内してきたあきつ丸であった。

 

「大治郎殿か、久しぶりだな」

 

 そこには、かつて小兵衛の鎮守府に所属していた、今では艦賊改方として働いている那智の姿もある。

 那智とあきつ丸は大治郎たちの奇妙な様子に首をかしげつつも、破落戸どもを捕らえるのだった。

 

 その翌日の夜、小兵衛の隠宅に大治郎、長門、秋月の姿があった。

 

「あきつ丸から聞いたぞ」

 

 あきつ丸が届けたという魚で味噌仕立ての鍋を振舞った後、小兵衛はそう切り出したものだ。

 

「相当に負けたそうじゃな」

 

「面目次第もありません」

 

「よいわ。今のうちは負けるもいい薬よ」

 

 じゃが、と続けてふふふと笑う小兵衛。

 

「そうもあっさりとお前を下すものが、まだこの近くに隠れ住んでおったとはなあ」

 

「餓狼流、重巡足柄だと」

 

「ふん、餓狼は足柄の好む号よ、そんな流派はもとよりないわ」

 

「では?」

 

「秋月や、お前さんの見たままに話してくれんか」

 

「私ですか?」

 

「秋山先生、それならば私が」

 

 ずいと前に出る長門に、小兵衛は言い聞かせるように答えた。

 

「空行く艦載機を見張る、防空駆逐の目に聞いておるんじゃよ」

 

 秋月の話を黙って聞いていた小兵衛は、すべてを聞き終えると一つ大きく頷いた。

 

「なるほど、その足柄、なかなかに面白そうなやつじゃな」

 

「父上、片腕での自在の発現など本当に可能なのでしょうか」

 

「現に見たお前はどう思う」

 

「可能不可能は今さらですが、一つわからないことが」

 

「それは?」

 

「自在な発現が可能ならば、何故最初に刀を抜いたのか」

 

「大治郎、確認するが、自在な発現というのは、お前の鼻先に艤装があったことを言うのかね?」

 

「はい」

 

 小兵衛は肩をすくめた。

 

「呆れたことよ」

 

「父上、それは一体」

 

 手を上げ、大治郎の言葉を遮る小兵衛。

 

「長門殿には同じことはできますかのう? 例えば、わしの鼻先に発現するなど」

 

「無理です」

 

 言下に答える長門。

 

「ならば、確かめようか」

 

 鍋の始末のために台所へ入っていた龍驤に、小兵衛は小さな台を持ってこさせると自分の前に置いた。

 

「まず、艤装の様子を見たい。長門殿、ここに主砲を」

 

「はい」

 

 長門は台の上に意識を向け、艤装を発現させる。

 

「できたかな」

 

「当然です」

 

 長門はやや憮然としていた。

 離れた位置への発現ができなければ、艤装の整備、改修もできない。

 

「では手を伸ばして艤装に触れてみなさい」

 

「はい」

 

 当然のように艤装に触れる。

 

「砲撃できるかね?」

 

「はい」

 

 大治郎が唸った。

 

「父上、これが、足柄の」

 

「うむ」

 

「どういうことです?」

 

 長門と秋月の当惑顔に、大治郎はやや早口になって説明を始めた。

 

「足柄は発現させながら動いたのではない。あらかじめ空中に発現させ、そこに身体を運んでいた」

 

「最初の鍔迫り合いは、己の体捌きを確認するためよ」

 

 小兵衛の注釈に、今度は長門が唸った。

 

「なんという……」

 

「達人。野に遺賢なしなどとは、とても言えぬわ」

 

「小兵衛さま」

 

 唸り、次いで絶句した大治郎と長門に代わるように秋月が尋ねた。

 

「どのようにして勝ちますか」

 

 ふむ、と首をかしげる小兵衛。そこへ、龍驤が茶を運んできた。

 一口飲んだ小兵衛は、ふと思いついたように龍驤に尋ねた。

 

「そうだ、龍驤や。豆はあるか?」

 

「なんやろ?」

 

「茶請けに、豆を炒ってくれ」

 

 ふふっと龍驤は笑った。

 

「そんなところや思て、さっきの間に炒っといたで」

 

「ほう」

 

「さすがやろ、褒めて褒めて」

 

「おうおう、さすがじゃな」

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

 

 

 

 様子を見に来た少年の置いていった団子を食べながら、足柄は考えた。

 

 秋山大治郎を最後に、誰も訪れては来ない。

 立合料の合計は二十万にはまだ足りなかった。

 少年には約束の期限、明日まで待てとは言ってあるが、今のところ当てはない。

 

 最悪、我が身をどこかの鎮守府に売るという手が残っていた。

 要は、如何様にも使われることを覚悟の上、何処かの鎮守府に金子と引換に所属するのだ。

 腕は確かだと自負しているが、身元保証の類は一切無い。戦の真っ最中ならまだしも、今の世の中でこんな自分を雇うところなど碌な鎮守府ではあるまい。

 昨日やってきた秋山提督はまだしもまともな提督に見えたが、三万円の手持ちも別鎮守府の者だろう長門に借りていた体たらくである。即座に二十万を用立てることなどできまい。

 

 しかし……

 食べ終わった団子の串を見つめ、足柄は思い出す。

 この団子の出所は白雪のいる茶屋だろうと当てられた、少年の驚き具合。

 

 提督となり、白雪を引き取って秘書艦とする。それも少年らしい思いだと想像した足柄は一人笑った。

 白雪自身の気持ちはわからないが、艦娘として立ちたいのならば悪い話ではないだろう。足柄の見る限り、少年にはそれなりの素質がありそうだ。

 

 若い提督と若い秘書艦。いいじゃない、と足柄は誰に言うともなく呟いた。

 

 ならば二十万は必要なのだ、二人のために。

 

「餓狼流、重巡足柄はいらっしゃるか」

 

 遠い声がした。

 気配を掴むか掴めないかの絶妙の距離からの呼びかけに、足柄は震えた。

 

 来た。

 

 そう叫びたくなるような感覚だった。

 

 刀を掴み、表へ出る。古家の崩れた門前で待っていたのは昨日の秋山と艦娘三人、そして一人の老剣客だった。

 

「秋山小兵衛という。立合を申し込みたい」

 

「悪いけど、条件が変わったの」

 

「それは?」

 

「立合料、十万」

 

「ふむ……龍驤、出しなさい」

 

 龍驤が十枚の札を足柄にも見えるように広げ、駕籠へといれた。

 

「これで、よろしいかな?」

 

「ええ」

 

「では」

 

 小兵衛がゆったりとした仕草で一歩前に出た。

 

「得物は?」

 

「これで結構」

 

 腰に差した脇差の柄を、小兵衛はつついた。

 

「ならば」

 足柄は刀を投げ、走った。今度は後方ではない。明確に小兵衛を狙い、投擲したのだ。

 真っ直ぐの軌跡を小兵衛は脇差で薙ぎ、はじく。

 自ら放った刀身を追うように突き進む足柄は、その面前に両の拳を突きあげると、艤装を発現させた。

 発現させるのは左腕の主砲塔。脇差ではじいた方角を見れば、小兵衛が主砲塔から身を避ける方向が自分には読める。

 はたして、小兵衛のかわした方向は足柄の予想通りであった。

 

 刹那、何かが見えた。しかし足柄の動作に逡巡はない。

 

 あらかじめ中空に発現させていた艤装へと右手を伸ばす。

 筒先には小兵衛の顔。

 足柄が勝利を確信したその時、

 

〝右腕砲塔に異常発生、破裂の危険〟

 

 艤装からの緊急信号が足柄の脳裏に響いた。

 

 見えていた。足柄には見えていたのだ。

 発現より一瞬早く、小兵衛が懐から投じた何かが。

 

 足柄は知らず、それは小兵衛が昨夜龍驤に炒らせた豆であった。

 

 発現より一瞬早くあった豆を呑み込んだ主砲は、その筒中の空間に豆という異物をとりこんだのだ。 

 

 刀をはじいて振り上げられていた小兵衛の脇差は寸時に持ち替えられ、逆手に握られた切っ先が足柄の首へと奔る。

 かわそうともせず足柄は左腕の主砲を消すと、その腕を自らの背に巻き付けるように逸らした。

 

 時が止まったかに見えた。

 二人はそのまま動かない。

 艤装と脇差を突き付けあったまま、二人は動かなかった。

 

「うふ、ふふふ……」

 

「あは、ははは……」

 

 どちらからともなく笑い出した二人は、ゆっくりと身体を離すと、足柄は艤装を消し、小兵衛は脇差を鞘に収めた。

 

「相討ちですな。いや、餓狼に偽りなし、お見事」

 

「そうね、相討ち……もう一度、名前を聞いてもいいかしら」

 

「秋山小兵衛」

 

「覚えておくわ」

 

 にやり、と小兵衛は笑った。

 

「すまんが、二度とはやれぬよ」

 

「あら、残念……それじゃあ十万円、持って行っちゃってね」

 

「いや、それは足柄殿にお渡ししよう」

 

「え、いいの?」

 

「ご遠慮なく。それほどの腕、何か訳ありじゃろう」

 

「感謝します」

 

 駕籠から出した十万を胸元へ抱くようにしながら、足柄は一礼した。

 

「あの……」

 

 無言で立合を観戦していた大治郎たちが、そこでようやく動き出した。

 秋月が先頭に立ち、小兵衛へと歩く。

 

「今のは、小兵衛様の勝ちでは?」

 

 足柄の撃たなかった主砲と、小兵衛が突きつけた脇差。秋月から見えたのはそれだけである。

 

「いや、秋月」

 

 大治郎と長門には辛うじて見えていた。

 

 小兵衛が身を避けた先に発現する艤装。それに先駆けて小兵衛が懐より放った豆。

 その豆が主砲の筒中の空隙にはまるように、小兵衛は位置を見切って放ったのだ。

 豆の位置がずれていれば、発現そのものが干渉され中断される。そうなれば、右腕の空いた足柄は別の行動を取ることが出来ていたかも知れない。

 しかし発現は成功させ、砲撃だけを妨害した。そのために放る豆の位置に、どれほど細かい見切りが必要なのか。

 我が父ながら、大治郎は恐れつつ感嘆していた。

 

 そして足柄である。

 艤装の異変を知った足柄は、その時点で自分が一手遅れると悟った。小兵衛ほどの相手に一手遅れればそれは致命である。現に、脇差が自分の首を狙っていた。

 足柄は小兵衛の狙いを悟った瞬間、右腕を捨てた。艤装を消した左腕を身体の背後に回し、庇う。

 主砲を暴発させ、その威力で小兵衛との距離を取る道を選んだ。

 勿論、それで自分が無事であるとは考えていない。

 だが、もし無事ならば、否、左腕を振る余力さえ残っていれば、再び艤装を発現させて、小兵衛を撃つことが出来る。

 

 故に、相討ちである。

 実戦ならば、足柄は暴発させていただろう。暴発が早いか脇差が早いか。

 暴発させたとしても、足柄は無事でいられるのか、あるいは小兵衛が一瞬早く逃れるか。

 それは、わからない。

 

 ただ一つ言えるのは、

 

「父上も無茶をなさる」

 

 大治郎の言葉と、それに頷く長門。二人の表情は等しく青ざめていた。

 そして、二人の言葉でようやく状況を悟った秋月も。

 

「流石小兵衛はん。せやけど、餓狼も伊達ちゃうなぁ」

 

 平気でいるのは龍驤ただ一人であった。

 

 

 

 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 

 

 

 

 足柄が小兵衛の隠宅を訪れたのはその三日後のことであった。

 

「おお、足柄殿」

 

 嬉しげに手を上げる小兵衛に、足柄はあれからのことを語った。

 

 少年が、足柄から受け取った金で育成校に入学すること。

 

「ほお、そのための二十万でしたか」

 

「それが……」

 

 足柄は素直に語る。

 茶屋の白雪を秘書艦とするのかと少年に聞いて見たところ、おかしな顔をされた。

 

「まったく、そのような考えはなかったと」

 

 そして少年は言ったのだ。

 

「……足柄さん! 俺、絶対提督になるから、提督になって鎮守府立てるから! その時は……俺の、秘書艦になってください!」

 

「んにゃあ!?」

 

 予想外の申し入れに、足柄もおかしな返事をしたという。

 

「約束しなすったか」

 

 小兵衛の言葉に、足柄は頷いた。

 

「ええ。あの子が戻ってきたら、秘書艦としてびしびし鍛えてあげるわ」

 

「ふふ……それは、楽しみじゃな」

 

「それで、実はお願いが」

 

「ほう」

 

「私も怠けてはいられないわ。あの子に恥ずかしくない艦娘として、きちんとした鎮守府で腕を磨いておきたいの」

 

「ならば……」

 

 そして翌日、大治郎の鎮守府を二人は訪れることになる。

 

 

 

 

 

 

「戦場が、勝利が、あの子が私を呼んでいるわ!」

 

 大治郎の鎮守府に、臨時雇いとして重巡足柄が所属することとなったのであった。

 

 

 

 

 

 





 次回は、早めに……できたら……いいなと……

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