鎮守府商売   作:黄身白身

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どれだけ間が空いたんだよ……


今回は「元になった話」は明確にはありません。

それっぽい話はあるような気がしますが


芝村茶店

 これは、龍驤が小兵衛と暮らし始める前の話である。

 

 朝方まで降り続いていた雨はようやくやんだものの、まだ乾いていない足元は不安定で、なによりも歩き方が拙いと泥が跳ねてしまう。

 艦娘であれば、水上に立つ時間は長くとも陸上に立つ時間は短い。泥を跳ねさせぬように歩くのは、芝村へと続く道を歩く龍驤にもまだ容易なことではなかった。

 

 様々な理由で前線から身を引いた艦娘は、鎮守府に残り何らかの形で提督や他艦娘の助けにならんとする者が少なくない。

 とはいえ理由如何、あるいは鎮守府事情によっては残ることもままならぬ。そのため、人と交わり町中に暮らす艦娘もいた。

 また、いくらかの艦娘たちは人に交わらず互いに寄り添い暮らす道を選んでいた。

 龍驤が向かう芝村というのも、そんな村の一つである。

 

 深海との長く続いた戦に人間は疲労し、艦娘が現れる以前の大戦初期、いや、戦とも呼べぬ一方的な虐殺の続いた時期には、その数を大幅に減らしていた。

 そのような時代の中では一つの村から人が消え、荒れるにまかされることも少なくはない。地上で暮らす道を選んだ艦娘が、そのように打ち捨てられた村に住み着くことも珍しい話ではなかった。

 その中の一つ、吹雪型駆逐艦娘たちが中心となって再建された村は、誰いうとなく芝村と呼ばれている。

 

 ふと、龍驤は足を止めた。

 芝村へはまだ、ゆっくり歩いて四半刻ほどの距離である。

 龍驤は、そこに艦娘の気配を感じたのだ。

 奇妙、というほどではない。深海との戦もようやく小康を得ようかという気配の漂う昨今である。人と暮らす艦娘も増えている。

 

「なにか御用ですか?」

 

 龍驤の視線の先、畑の中で首をかしげるのは、戦艦娘榛名であった。

 

「あ、いや、不作法でごめんや」

 

 慌てて頭を下げる龍驤に、榛名は笑う。

 

「ふふふ、こんなところに私がいるのは、珍しいですよね」

 

 その通りだった。

 戦える戦えぬとは無関係に、榛名たち金剛型艦娘の人気は高い。提督を持たぬ金剛型がいると聞けば、提督たちはこぞって己の鎮守府に招かんとするだろう。

 

「身ぃ隠してるんやったら、ウチは見てへんことにするけど」

 

「大丈夫ですよ。私は好きでここにいますから」

 

 身を隠している。龍驤がそう考えるのも無理はなかった。

 榛名の姿は金剛型特有の戦装束ではなく、ごくごく普通の野良着なのだ。

 

 余談だが、この時代に現れた艦娘、そして迎えた人間がまず当惑したのは艦娘の衣装、戦装束である。

 例えば戦艦娘。伊勢型、扶桑型、金剛型はまあ良い。大和型、長門型については理解できぬのだ。

 まだ潜水艦娘のほうが、「海女」の類と納得できたという。

 幸いなことに普段の生活の中、あるいは艤装の限定利用であれば、戦装束は絶対に必要というわけではない。

 であるため例えば長門、武蔵、あるいは島風、神威などはこの時代の衣服を着こんでいることが多い。逆に神風型や鳳翔、隼鷹型などは、戦装束を普段着としていてもさほどの違和感はない。

 

「私の提督のお母様が住んでいる村なんです」

 

 成程、と龍驤は納得した。

 提督への情が篤いことには定評のある金剛型である。提督の家族、しかも母の世話を焼いていても不思議はない。

 再び龍驤が足を進めるよりも早く、こちらに急ぎ足で向かってくる一人の老婆の姿が見えた。この老婆が榛名の言うお母様なのだろうと考えているうちに、老婆が何かにつまずいた。

 咄嗟に動いた龍驤よりも、畑から走り出た榛名のほうが早く手を差し伸べた。

 ところが、である。

 老婆は榛名の手をはねのけた。

 

「老いぼれ扱いするんじゃないよ」

 

 それでも、榛名は笑っていた。

 大丈夫ですか、と声をかけていた。

 その榛名がさらに伸ばした手を、老婆は再びはねのける。

 

「そうやってすぐに老いぼれ扱いしてから、何が狙いだい」

 

 あまりの言い草にさすがに止めに入ろうとした龍驤だが、すぐに気づいた。

 榛名と老婆の間に険悪な雰囲気はない。刺々しい言葉ではあるが、不思議と悪意は感じられないのだ。

 自然と龍驤の足は止まった。興味が湧いた、というより純粋に面白い。

 

 何かが龍驤の肩に触れた。

 背後から「すまぬが」と声が聞こえた。

 その瞬間までまったく気づくことのなかった背後からの気配に龍驤は振り向くこともかなわず、榛名もまた、声の主に初めて気づいたかのように驚きの顔を見せていた。

 

「芝村への道を教えてもらえぬか」

 

 そう言いながら龍驤の傍を通るのは、人間の男としては小柄な、着流し姿の老人であった。

 

「秋山、先生?」

 

 榛名の驚きは龍驤とは違う種の驚きであった。それは以前見知った顔であったのだ。

 

「はて、お会いしたことがあるかな?」

 

 秋山と呼ばれた老人、いや、秋山小兵衛は何も知らぬ顔で首を傾げ、ややあって大仰に手をたたくと、

 

「おお、もしや、安部殿の榛名かえ?」

 

「はい、お久しぶりです。秋山先生」

 

 嬉しそうに頭を下げる榛名に相好を崩す小兵衛。

 

「いやいや、年寄りは同じ型の艦娘の区別がつかぬでいかんな」

 

 ぬけぬけという言葉に毒気を抜かれた龍驤が睨みつけるが、それに気づいた風も見せずに小兵衛は続けた。

 

「すると、そちらのお方は安部殿のお母上か」

 

 老婆は険しい表情を崩しもせず、小兵衛に目を向ける。

 

「あんたは?」

 

「秋山小兵衛と申す。提督として、かつてはご子息にも世話になったこともある」

 

 不躾な物言いにも嫌な顔一つせず素直に頭を下げる小兵衛に老婆はたじろぐが、

 

「そうかい、あんたは役立たずだったんだね」

 

 そう重ねても小兵衛はやはり逆らわない。

 

「恥ずかしながら」

 

「で、その役立たずが何か用かい? 提督なら提督らしく、そこの不良娘を連れかえっておくれ」

 

「役立たずには荷の重い話じゃな」

 

 涼しい顔で答える小兵衛。

 

「お義母様、秋山先生は深海との戦で、提督と肩を並べて戦った御方です」

 

「知ったこっちゃないよ」

 

 じろり、と老婆は龍驤を睨む。

 

「こっちのちんちくりんはなんだい」

 

「今日初めてお会いしました。軽空母の龍驤さんです」

 

「ずいぶん貧相な艦娘もいるんだね」

 

「なんや、ウチに喧嘩売っとるんか?」

 

 こちらは売り言葉に買い言葉であるが、榛名が即座に頭を下げる。

 

「すみません、龍驤さん、お義母様の言葉が過ぎて」

 

「腐っても戦艦が、提督相手でもないのにそう簡単に頭下げるもんとちゃうで」

 

「いいんです。榛名はもう海に出ませんから、戦艦じゃありません」

 

 事情はあるのだろう、と龍驤も理解する。海へ出ぬ艦娘というのは、今では少なからず存在しているのだから。

 恐らく、安部提督とやらは戦死しているのだろう。榛名が海へ出ずに亡き提督の母の面倒を見ようとしているのであれば、提督の死に何らかの責を感じているのだろう。

 

「提督の義理……や、堪忍な、出過ぎたこと言うてもたな」

 

「いえ、榛名は大丈夫です」

 

 龍驤は軽く頷くと、小兵衛へと向き直った。

 

「そこの爺ちゃん、芝村やったらウチが連れてったる」

 

 ふむ、と小兵衛が礼を言いながら龍驤へと足を向ける。

 

「そこのちんちくりん。足ぐらい洗って行きな、裾だって泥だらけじゃないかい。歩くのが下手なんだよ」

 

 言われて龍驤が確かめると、確かに自分の着物の裾に泥が跳ねている。それも一つ二つの痕ではない。

 とはいえ、ここで洗ったところで、まだ歩く距離はある。

 

「ここから先の道は、吹雪ちゃんたちが固めてくれた道だ、ぬかるみなんてありゃしないよ」

 

 なるほど、艦娘達によって整備されているのであれば、ぬかるみだらけの道というわけでもあるまい。

 龍驤の納得を待っていたかのように小兵衛が被せる。

 

「甘えさせてもらおうかの、嬢ちゃんや」

 

「ウチか?」

 

「龍驤、の方が良かったかな?」

 

「嬢ちゃんでええよ」

 

 そして何気なしに小兵衛の足元を見た龍驤は、途端に厳しい目で小兵衛の顔を睨んだ。

 

「とんだタヌキやなぁ、爺ちゃん」

 

 どこをどう歩いたものか、小兵衛の着流しの裾に泥跳ねは一切ない。

 艦娘ではなく人間ではあるが、それでも全く跳ねが無いということはまず考えられないのである。

 よほどに足捌きが達者でなければこうはなるまい。そして、小兵衛のような老人であれば、それはさらに珍しい話である。

 

「なに、着物を汚すと、手伝いの婆が煩うてな」

 

 嘯く小兵衛。

 

「ほら、ぼやぼやしないで手ぬぐいと水でも持っておいで」

 

「はい、お義母様」

 

 榛名が畑横の小屋をぐるりと回って裏手に行く姿を見送った老婆は手を上げると、

 

「それであんたら、茶と団子はどうかね」

 

「はぁ?」

 

「まさか、茶店で足だけ洗って終わりってんじゃないだろうね」

 

 よくよく見れば、掲げた手の指先は小屋軒先から垂れ下がる布きれを指している。

 確かに、布きれには【ちゃ だんご わらじ】などと小さいが達者な字で書かれているではないか。

 

「店やっとんの、押し売りも大概にしいや」

 

 呆れと笑いが多分に含まれた龍驤の声が響いた。

 

「それにしても、中途半端な場所やな」

 

「人に会うのが辛い吹雪ちゃんたちがいるんだ。この辺りがせいぜいさ」

 

 龍驤が真顔になる。

 

「そか、おおきにな」

 

「ちんちくりんに礼を言われる筋合いはないよ」

 

「龍驤や。ウチが言いたいだけや、気にせんとき」

 

 小兵衛が二人分を注文すると当然だというように龍驤は隣に並び、自分のものを受け取った。

 

「えらい爺さんと婆さんに出会ってもうたな」

 

 茶と団子を食べて店を出た後、そうボヤく龍驤の後ろを楽しげに歩いているのは小兵衛である。

 

「まあ、団子は美味かったし、茶も悪うなかった。間宮さんには及ばんけど、そこは贅沢っちゅうもんやろ」

 

「それはよかったのう」

 

「ところで爺さん、芝村に何の用や?」

 

「ちと相談を受けてな」

 

「吹雪らが、爺さんに? そりゃあ珍しいな。あの子ら、人間と関わるんは好かん子らやで」

 

 吹雪型にしては珍しく、とは龍驤も言わない。

 

「そやけど、吹雪らの気も知らず無理に関わる言うんやったら、ウチもここまでやで」

 

 立ち止まる龍驤。

 

「なんにも知らんと来てる訳と、違うやろ?」

 

 吹雪は、芝村に落ち着くまで都合三人の提督の下で働いていた。

 

「三人が三人とも、酷いもんやったそうや」

 

 己の名誉栄達を考える提督。それ自体が悪いわけではない。だが、それだけのために艦娘をないがしろにするというのは、どう考えても良き提督とは言えまい。

 さらにそれが、艦娘の轟沈すら招くとすれば、喜んで従う艦娘などいようか。

 戦いの末の轟沈、意味のある轟沈ならば、艦娘とて戦のなんたるかは知っているのである。受け入れることも吝かではない。しかし、己以外を顧みぬ提督の失策、あるいは恣意的な轟沈ではどうか。

 それを受け入れる艦娘など、はたしてどれほどいるというのか。いようはずもない、と考えるのが道理であろう。

 

「嫌になったんやな、吹雪は。その気持ちを無視するって言うんやったら、ウチにも考えはあるで」

 

 同じく立ち止まっていた小兵衛は、ふむ、と真面目な顔になる。

 と、なにやら嬉しいものを見たかのように頷き、語り始めた。

 

「最初に相談を受けたのは……」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 突然訪ねてきたかつての僚艦の頼みに、那智は首を傾げた。

 

「提督を探してほしい、と?」

 

「ふさわしい人がいれば、という意味ですが」

 

 扶桑と山城は互いに頷きあうと、占守の運んできた茶に手を伸ばす。

 

「仕事柄顔の広い貴女なら、心当たりがあるかもしれないと思って」

 

 深海棲艦との戦いが一段落した後、那智と扶桑姉妹の所属していた鎮守府は解散していた。今の那智は、艦賊と呼ばれるはぐれ艦娘、本分を忘れ悪の道へと走った艦娘を取り締まる役職「艦賊改め」に就いている。

 海防艦娘占守は、同じ鎮守府出身ではないが、艦賊改めとしての部下のようなものである。

 

「それは、吹雪からの相談なのだな」

 

「ええ。だけど、あの子たちが人から離れている理由は知っているでしょう?」

 

 吹雪型は元々人懐っこい性格が多い。同型の中では引っ込み思案にも見える初雪とて、人が嫌いというわけではない。

 ただこの吹雪の場合は、あまりにも運が悪かったといえよう。

 深海棲艦と艦娘の戦闘に巻き込まれて一つの漁村が消えた。その村に吹雪たちは訪れたのだ。そこで吹雪達がどのような扱いを受けたか、そして、それを庇うべき提督はどのような態度を見せたか。

 さらにその提督は、己の栄誉のためならば艦娘の損耗すら必要と考える質であった。

 そして多くの事件の後、吹雪は結論した。誰が悪いわけでもなく、自分たちは人の前に出るべきではないと。

 ありていに言えば、心が折れたのだ。

 同じような経験と結論を持った艦娘を集め、吹雪はうち捨てられた村へと移り住んだ。今は芝村と呼ばれているその村で、静かに土を耕して生きている。

 今の吹雪には人に対する恨みなどはない。ただ、人に会うのが薄ら怖いのだ。

「村を続けるにしても、あの子が長であることに限界を感じているらしいの」

 

「人間の長、つまりは提督が必要だという事よ」

 

「我ら艦娘の限界か。わからぬ話ではないが」

 

 提督の必要性は、今の那智には身に染みている。たとえ艦賊と成り果てた艦娘であろうと、提督あるいはそれに類した人間を必要とするのだ。それは、艦娘にとっての本能ともいえよう。

 それすら喪い、深海棲艦へと堕ちた艦娘を那智は何度も見ていた。

 

 だが、と那智は続ける。

 

「良い提督なら知ってはいるが、今の吹雪に合うとなれば話は別だろう」

 

「秋山提督はいらっしゃらないの?」

 

 那智、扶桑、山城は共に、秋山小兵衛の下で深海棲艦と戦を繰り広げた艦娘であった。

 

「提督は今や隠居の身だ。鎮守府、いや、村の長など御免被るだろうさ」

 

「そうね、それに山城。秋山提督では、吹雪ちゃんが萎縮してしまうわ。今必要なのは、立派な提督というわけではないのよ」

 

「さすがにわかっているな、扶桑」

 

 那智の言葉にふふっと笑う扶桑。

 

「ええ。だから、そんな方がいないかと聞いているのよ」

 

「それこそ、秋山提督にご苦労願うしかあるまいな」

 

「那智?」

 

「勘違いするな。提督の人脈に期待すると言っているのだ」

 

 立ち上がる那智。

 

「占守、客人と出かけてくる。後は頼むぞ」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「知り合いに、そのような者がおらぬかと聞かれてな。話だけではわからぬので、村の様子を見ようと思うてな」

 

 龍驤の不審げな表情に変化はないが、一応は納得したように頷いた。

 

「確かにな、共同生活に長は必要かもしれんけど、吹雪は長を引き受ける子でもないやろし。せやけど、どんな人間を連れてくるつもりなんや?」

 

「元提督の知り合いは何人かいてな」

 

「提督は合わんで?」

 

「それをしかと確かめるつもりだが」

 

 小兵衛はここで、再び嬉しそうに頷いた。

 

「嬢ちゃんのような艦娘がそこまで気に留めているというのなら、見当もつくというものよ」

 

「ウチに世辞言うてどないすんねん。吹雪をしっかり見たりや」

 

 吹雪が求めているのは提督としての看板のようなものであり、実際の鎮守府運営を任せたいわけではないだろう。ならばどのような人物が良いか。確かにそれは確かめてみるまではわかるまい。

 

「ま、きっちり見極めてや」

 

「ときに、お主は芝村の者か?」

 

 小兵衛の問いに、龍驤は首を振る。

 

「いいや、うちはここの吹雪とは何度か戦場で会うたことがあるだけや」

 

 芝村の噂を聞き、ふと好奇心が湧いたのだと、龍驤は言った。

 

「最近ちょっち、暇しとるしな」

 

 ふふっ、と小兵衛は笑い、

 

「戦いしか知らぬ者は、暇の使いかたが下手でいかんな」

 

「そこはお互い様やろ」

 

 龍驤の答えに二人はさらに大笑した。

 

 しばらく行くと、龍驤は先行させていた偵察機を受け取る。

 それを待っていたかのように艦娘が姿を見せた。

 

「龍驤さんと、えーと、誰だい?」

 

 吹雪型駆逐艦娘の一人、深雪であった。

 

「龍驤さんが来ることは聞いてたけど、そっちの爺ちゃんは?」

 

 口を開きかけた龍驤に被せるように、小兵衛が言う。

 

「芝村の話を聞きましてな」

 

「話って何さ」

 

「美味い野菜を作っていると聞いて、よければ、分けてもらおうかと思いましてな」

 

「おお」

 

 深雪は本当に嬉しそうに大口を開けて笑っていた。

 

「そりゃあそうさ。この、深雪さまが作ってんだぜ!」

 

「それはなおさら楽しみじゃ」

 

「深雪、吹雪はおるんか?」

 

「ああ、龍驤さんが来るの待ってるよ」

 

「この爺さんと一緒でもええかな」

 

 やや考えた深雪は、

 

「龍驤さんが一緒ならいいんじゃないかな、多分」

 

 深雪を先頭に再び歩き始める一行。

 

 その、少し前のことであった。

 安部の茶店を中心としてちょうど芝村とは反対側に、潰れかけたお社がある。村と同じ頃に廃された、古いお社である。

 そのお社の中には数人の男たちと艦娘が屯していた。

 

「いいか、お前ら」

 

 頭らしき男が集団を見渡す。

 

「今日という今日は構いやしねえ、この期に及んでグダグダ言うようなら叩き斬ってやれ」

 

「へい、ですが頭、札のありかはさっぱりわかりやせんぜ」

 

「そんなもん、婆を埋めた後にでもゆっくり探せ」

 

 札とはこの場合、鎮守府の開設を許可するために発行されている鑑札である。

 ただの札ではない。艦娘の提供した技術と妖精の手がかけられているため、偽鑑札は事実上不可能な代物である。

 これがなければ鎮守府は立たず、仮に無理やり立てたとしても中央からの援助は得られない。

 かつて存在した安部鎮守府の鑑札を、老婆は今も持っているということである。それは老婆にとっては息子の、榛名にとっては仕えた提督のよすがなのだろう。

 提督が死亡、引退した場合の鑑札は、通常ならば返納されるか、次代の提督へと謙譲されるものである。

 ちなみに、小兵衛の鑑札は未だに小兵衛の手元にあるが、特にこれは違法というわけではない。

 そして大戦中の混乱期ならばいざ知らず、現状においての鑑札の発行は、誠に厳しい吟味の上となる。予算人員の都合だけではなく、艦賊改めなる部署を新設したという一事から見ても、艦賊の増加の一因となる粗製鎮守府の乱立は避けたいというのが今の中央であるのだ。

 それでも甘い汁を求めて鎮守府を立てんとする愚か者はいる。つまりは、この男たちである。

 中央の援助に胡坐をかき、艦娘という美女を侍らせ、国を護ると嘯き肩で風をきる。いざとなれば艦娘もろとも鎮守府を棄てる。勿論、棄てられた艦娘がどうなろうと知ったことではない。

 まともな提督から見れば、唾棄する唾ももったいないような痴れ者である。

「札さえありゃ、婆なんざどうでもいいが」

 

 頭は醜悪な笑みを見せた。

 

「榛名は殺すなよ、ありゃあ、俺がもらう」

 

 即座に異議を唱える艦娘をしたたかに殴りつけると、

 

「お前何か? 提督様に逆らう気か?」

 

 殴られた艦娘がその妹艦たちに支えられるのを睨みつける。

 

「ま、いいじゃねえか。お仲間が増えるんだ」

 

「待ってください。榛名がそう簡単に従うとは思えませんが」

 

「そん時ゃ、好きにしろや、霧島、比叡」

 

 なあ、と頭は並ぶ三人に近づくと、先ほど殴り飛ばした艦娘の頬を撫でた。

 

「さっきは殴っちまってすまねえな、俺は短気でいけねえや。だけどよぉ、怒らせるおめえも悪いんだぜ、金剛」

 

「わかってマス、提督は私たちのために榛名を奪うんだっテ」

 

「わかってんなら、いいさ」

 

 そして、小兵衛らが芝村で吹雪に会う頃、無頼どもの姿は茶店前にあった。

 

「しつこいね」

 

 老婆の第一声がそれであった。

 無頼どもの押しかけはこれが初めてではない。だがこれまでは口調こそ乱暴ではあっても言葉による説得である、老婆はそれをことごとく断ってきた。

 

「いい加減にしないかい。何度来たって、あんたたちみたいな破落戸に渡すもんかい。真っ当な提督になってから出直しておいで」

 

「いい加減にするのはどっちかねえ」

 

「あなたたちです」

 

 凛と声を上げると、榛名が老婆を守るように艤装を発現させる。

 

「榛名は、悪い人には容赦しません」

 

「そうかい」

 

 衝撃が榛名の足元の地面をめくり、土塊を撥ね上げた。

 ほぼ同時に聞こえたのはまぎれもない艦娘の、それも戦艦娘の、そして榛名には馴染みのある砲撃音である。

 

「榛名姉さま、どう計算しても勝ち目はありませんよ」

 

「榛名、私たちと一緒に行こうよ」

 

「霧島……比叡姉さま」

 

 榛名は気づいていた。二人に艤装を発現した気配がないことに。

 ならば艤装を発現し、榛名に砲塔を向けたのは。

 

「私の知っている榛名は、シスター思いのとても良い子デスネ」

 

 榛名はその名を呟いた。

 かつて榛名のいた鎮守府では巡りあうことのなかった長姉がそこにいる。

 

「どうして」

 

「私たちの提督と、お姉さまと一緒に来たまでのことです」

 

「ね、榛名。今なら謝れば許してくれるよ。一緒に行こうよ」

 

「榛名、お姉さまの言うことが聞けませんか?」

 

「榛名の提督は違います!」

 

「榛名」

 

 老婆は榛名の背後から小さく告げる。

 

「お逃げ」

 

「お義母様?」

 

「札を渡して、はいそうですかと帰る連中じゃないよ」

 

「榛名は大丈夫です」

 

「あんな連中のところで働きたいかい?」

 

 答えに詰まる榛名に、老婆は優しく言った。

 

「今まで、年寄りの我儘につきあわせてすまなかったね」

「もう、いいんだよ。お行き。あんたなら、どこの真っ当な提督でも面倒見てくれるさ」

「さぁ」

 

「お義母様」

 

「こう見えても提督の母親だ。覚悟は出来ているよ。最後の言葉を、あんたへの命令にさせないでおくれ」 

 

 榛名が答えるより先に、金剛達が動いた。

 三方から榛名を囲むように広がる三人に、榛名はその場から動けずに目を配る。

 さらに、男達が三人を囲むように回り込み、これは榛名を無視して老婆へと向かった。

 

「札は渡すから、榛名に手を出すんじゃないよ!」

 

 老婆の言葉には耳も貸さず、

 

「両方だ」

 

 男達の動きは止まらず、しかし老婆に手を伸ばした男はその場に崩れ落ちる。

 どこからともなく投げつけられた石飛礫が男の眉間をかち割っていた。 

 

「両方を諦めるか。殊勝なことよな」

 

 ただの石飛礫ではない、名人秋山小兵衛の投げた飛礫である。

 

「及ばずながら秋山小兵衛、安部殿御母堂の加勢に参った」

 

「軽空母龍驤、右に同じや」

 

 直後、霧島と小兵衛は同時に動く。

 

「合わせぃ、龍驤」

 

 龍驤は即座に艦攻を発艦させる。

 片目は艦攻の視界に同調させ、片目は小兵衛を睨みつける。

 怒鳴りつけたいのをこらえ、龍驤は艦攻を操っていた。そもそも、合わせるなどという話は初耳である。小兵衛の無茶ぶりといってもいい。

 龍讓は腹立たしさを覚えていた。

 霧島を攪乱する艦攻の動き、対空を妨害する小兵衛の切っ先。どれ一つとして事前の相談はない。それが、誂えたかのようにぴたりとはまるのだ。

 その小気味良さが腹立たしく、そして愉快だった。それを愉快に感じている自分にも腹が立つ。

 

 何故、自分が戦いに倦んだ後に出会うのだ。

 これほどの提督が自分の鎮守府にいたならば。

 何故、この提督のもとに自分はいなかったのか。

 

 芝村で、吹雪を前にして小兵衛はこう言ったのだ。

 

「なに、無理に提督などを頭に据えることなどあるまいよ」

 

 吹雪の横で呆れ顔の深雪と白雪を見つつ、小兵衛はなおも続けた。

 

「鎮守府を作るというわけではない、ならば提督の名に拘ることがあるのかい」

 

「だけどさ、爺ちゃん」

 

 深雪が声を上げる。

 

 艦娘として指揮されるのであれば、それはやはり提督の能力が要るだろうと。

 確かに、今の町中には提督でない者達と共に仕事をしている艦娘も多い。しかし、それとこれとは話が別なのだと。

 仕事としての指示と、村を治める者としての統率は違うのだと。

 

「これまでは何とかやってきたつもりです」

 

 吹雪が深雪の言葉を引き取った。

 

「ですが、やはり、無理があります。私では限界が」

 

 自分一人ならばどのような不都合も甘受しようが、ここには他の艦娘も居る。

 他の艦娘にまで不都合を強いるのは、吹雪型一番艦としての自分が自分を許せぬと。

 

「私たちでも駄目だ。今のままじゃ村はやっていけない」

 

 深雪のさらなる言葉に、小兵衛は静かに尋ねた。

 

「上に立つのではなく、共に立つ人間ならば、どうじゃ」

 

「共に……?」

 

 きょとんとした顔の吹雪。その横では、深雪が目を見開いている。

 

「誰に仕える奉ずるというわけではなく、ただ、人と共に生きる。それほどに難しいことかのう? 例えば、ほれ、外れにある茶店のばあさんは、お主らにとって邪魔なのかえ?」

 

「話し中すまんけど」

 

 小兵衛の後ろでなにやら難しい顔をしていた龍驤が突然立ち上がった。

 

 即座に立ち上がる小兵衛。

 

「彩雲か?」

 

 その言葉を待っていたかのように龍驤の口角が上がる。

 

「ホンマに、タヌキ爺やな」

 

 深雪に村へと案内される直前、龍驤の元に戻ってきた偵察機があった。それを龍驤は再び密かに放っていたのだ。

 何も言わずとも、小兵衛はそれを察していたことになる。

 

「婆ちゃんの茶店に、なんやようけ来とる。戦艦三つ……金剛型っぽいな」

 

「榛名がいれば、あとはどうとでもなろう」

 

「三倍の相手はキツイやろ」

 

「儂と嬢ちゃんで二つは引き受けられよう」

 

「ウチも数に入れてんのか」

 

「いかぬか?」

 

「いや、歓迎や」

 

 今、龍驤は自らの、そして小兵衛との連携に深い満足を覚えていた。

 この提督の鎮守府でなら、という思いもある。

 しかし、龍驤は聞いている。

 秋山小兵衛が提督という名に重きを置かぬということを。さらに、今の小兵衛はあくまで元提督であり、自ら再び鎮守府を立てるつもりなど全くないということを。

 

 運が悪い、と龍驤は内心で愚痴る。愚痴り、前を向く。

 それならば、せめて、このときは小兵衛からの下知を充分に楽しんで見せようと。

 

「さぁ艦載機のみんなぁ、お仕事お仕事」 

 

 霧島を翻弄する軽空母と老剣士に焦れた比叡が注意をその方へと向けた。その瞬間、比叡の視線から逸れた榛名の砲撃がその艤装を砕く。

 

 叩きつけられるように弾かれる比叡の身体を確認した瞬間、金剛が走る。

 ほぼ同時に、老婆へと動く無頼どもの足元を、駆逐の対空機銃弾が牽制する。

 

「深雪さま一番乗りぃ!」

 

 深雪を先頭にした駆逐艦娘がずらりと並び、男達を睨めつけていた。

 

 さらに、

 

「例えお姉さまといえどもこれ以上」

 

 金剛の先に立つ榛名は、迎え撃つための砲先を向ける。

 

「榛名ぁ!」

 

 小兵衛の切っ先に気を取られた霧島が龍驤の操る艦攻からの直撃を受け、無頼どもの足は吹雪達の牽制で止められる。しかし、金剛は止まらなかった。

 

「勝手は、榛名が許しませんっ」

 

 榛名の砲撃を金剛は避けられ……否、避けなかった。

 

「いい提督に出会いましたネ、榛名。……ごめんネ、比叡、霧島」

 

 着弾音に紛れたその言葉を、聞いた者はいない。

 

 その場の艦娘でただ一人。戦艦娘金剛は轟沈した。

 

 この後、小兵衛は那智に無頼共と霧島、比叡を引き渡し、金剛の後始末を依頼した。

 

 さらに数日後、龍驤の訪問を受けるところとなり、何がどうしたか、居着かれてしまうこととなる。 

 

 そして……

 

 

 

「小兵衛はん、芝村に行ってくるわ」

 

「おお、安部殿と吹雪によろしく頼む」

 

 今では榛名と安部は芝村に移り住み、芝村茶店には深雪と浦波が詰めているという。 

 

 

 




本当にお久しぶりです。

近況報告にて少し、同人誌関係のお話を。


次回は、
「赤城さんの話」か、「田沼長門の話」の予定ですが……

秋山親子の出てこない「この世界での艦娘」の話や「この世界に初めて現れた艦娘の話」もいいかなぁと少し。

いや、それよりもはい、早めに仕上げられるようがんばります。
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