じめじめとした梅雨もあっという間に過ぎ去って、六月はいよいよ最後の週。学年別トーナメントの開始を待つことになった。
生徒は全員がトーナメントの準備で大忙し。この忙しさときたら、ミネルバの進水式並だ。あの時もデュランダル議長やアスハのお姫様とか、偉い人がいっぱい来てたんだよな。今回は何もなく済めばいいんだけど……多分この世界なら大丈夫だと、思いたい。
それに、ハプニングの心配ばかりしていられるわけじゃない。今度こそラウラを止めなきゃいけないし、一夏とも戦うんだから、しっかりしないと。葛城さんも今日は見に来ているらしいし。
「しかし、すげー人数だな……」
「政府関係者、研究所員、企業エージェント、スカウトまで人が来てるからね。一年の僕らには、あんまり関係ないことだけど」
「一夏、他の事に気を取られてると集中できないぞ? 機体のチェックも忘れるなよ?」
「おう、大丈夫だって」
今俺たちがいるのは男子更衣室。男子は三人だけだから、貸切のようにゆったりと着替えができる。変わりに女子はすし詰めらしいけど。あの人数を収容するのか……大変だな。少数の男子で良かったと思えることも、たまにはあるみたいだ。
「じゃあ、俺は箒のとこに行ってくる。二人ともまた後でな」
「ああ。一夏、俺とシャルルは絶対に負けないからな」
「俺と箒だって、負けるつもりはないぜ?」
「ふふっ。二人とも、まだ試合の予定も決まってないのに」
そう言って三人で笑い合うと、俺とシャルルは一夏のこぶしを叩いて、一夏もそれを受けて更衣室を出て行った。一夏は篠ノ乃とペアを組んだから、試合前の最終調整は他の場所でやるそうだ。試合日程が詳細に決まっていれば、こんなに早く移動しなくて済むんだけど……どうもトーナメントがペア形式に変更されたせいで、対戦表を作るシステムが役に立たないらしい。そのせいで、試合の当日になっても、試合の予定は分かっていなかった。準備も上手くできないのに、なんで仕様変更なんてしたんだろうな?
「は~あ。下手したらここで待ちぼうけか~……」
「シン、ずいぶん落ち着いてるね。試合前って、結構緊張すると思ってたんだけどな」
「えっと、俺はまあ、その、慣れてるから……」
『パイロットをしてたから、こんな状況には慣れてるんだ』ってのは……言えないよな、流石に。自慢するようなことじゃないし、言いたくないもない。
「ボーデヴィッヒさんのことは気になってないの?」
「ラウラのこと? うん、今日は大丈夫。落ち着いてる」
前とは違う。緊張してないだけじゃない。感情的になってるわけでもない。
アカデミーにいた頃は、試験でMSに乗るたびに緊張もした。だけど、実戦になってからは逆に、そんな余裕も消え失せるぐらい……目の前の“敵”で、頭がいっぱいだったんだ。叩き潰してやる! なぎ払ってやる! そんなことしか考えられなかった。
今、ラウラにとって俺は“敵”なんだろうけど、俺にとって、ラウラは“敵”じゃない。叩き潰す必要も、なぎ払う必要もないんだ。ただ、これ以上ラウラが間違って力を振るうのを止めればいい。
そう考えると、自然と心は落ち着いてくる。怒りと憎しみで戦ったら、昔の俺と何一つ変わっていないんだから。
「俺のことより、シャルルは平気か? 緊張してないか?」
「僕? ……うん、そうだね。僕は緊張してるよ。だから……」
そう言うとシャルルは俺の隣に座って手を伸ばしてきた。
「はいっ」
「寝ちゃダメだからな? 試合前なんだし」
「うん、分かってる」
毎日シャルルが寝付くまで、手を繋ぐこと。シャルルがうなされていたあの日以来、俺たちの間にできた習慣だった。それ以外にも何かと、シャルルは俺と手を繋ぐことが多くなっていた。意外にシャルルは甘えたがりなんだよなあ……年は一つしか違わないのに、小さな弟ができたみたいだ。あ、弟って言えば、一夏もいるな。じゃあシャルルは末っ子だ。優しくて、甘えたがりで……うん、イメージぴったり。
「……ねえ、シン。一ついいかな?」
「ん、どうした?」
手を握る力を少し強くして、シャルルが顔を向ける。レイが見せたのとそっくりな、あの笑顔だ。優しい顔だけど、どうしてだろうか、何かを諦めたような顔だった。
シャルルはこうやって笑うことが、最近は日を追う毎に増えていた。理由は良く分からないままだ。無理に笑ってるような顔じゃないのに。なのに、いろんなものをない交ぜにしたような笑顔の理由が、俺には分からなかった。
「トーナメントが終ったら……大事な話があるんだ。聞いてくれる?」
この笑顔を見るたびに心臓が跳ねる。メサイアでのことを思い出すんだ。あの時レイに、俺は何を言えば良かったんだろうって……
まだ迷ってばかりの俺だけど。答えも出せていない俺だけど。
「当たり前さ。もしシャルルに悩みがあるなら、俺はどんなことでも聞くよ。約束する」
「うん。じゃあ、約束」
それだけ言って、二人で手に込める力を強くした。
俺だってみんなに話せないことはいくらでも抱えてる。シャルルにも同じように、隠さなきゃいけないことがまだあって……きっと、どんな人にも多かれ少なかれ、そんなことはあって。
けど、今度こそ俺は、何か言わなきゃいけないって思ってる。言えないままでいたら、それは辛いことだ。言葉がなかったら俺たちは何も分からないままだ。だから俺は、レイの考えてたことが分からないままだ。シャルルの考えてることも分からないままだ。
今の俺はレイに、それからシャルルに、何を言えるんだろうか。
「対戦相手、そろそろ決まる頃だね」
「ラウラとは早く試合したいな。一夏と篠ノ乃とは、なるべく後で」
更衣室のモニターが変わるのを、首を長くして待つ。話し合わなきゃいけないこともほとんどないから、二人で黙って手を繋いだままだ。シャルルが落ち着くなら、全然構わないんだけど――おっと、モニターが変わった。トーナメント表だ。初回の相手は……いきなり、か。
トーナメント表を確認すると、二人で目配せをしてうなずく。初戦の対戦相手には望んだ相手の名前が映し出されていた。
「シンの気持ち、届いたみたいだよ」
「……ああ」
◇
センサーが集める大歓声と、目も眩むような日の光。アリーナを包む熱気と中に、二人で身を落としていく。
そこに待っていてのは凍てつく漆黒を纏った少女。一回戦の対戦相手、ラウラだ。隣にいるのは……
「ハァハァ……シン×シャルルをこの目で見るためにボーデヴィッヒさんと組んだけど、まさかいきなり当たるなんて……私の気持ちが届いたのね」
……いつものあの子だった。気にしないでおこう。ラウラも思いっきり引いてるし。
「……一戦目から当たるとは運が良い。ここで貴様を倒せば、後は一人だけだ」
「今日こそ止めてみせるさ。もうみんなを傷つけさせやしない」
言い終えた瞬間、試合開始のブザーが鳴り響いた。
すぐに俺とシャルルは左右に散開して、それぞれ一対一の状況を作る。俺の相手は当然――こっちを追ってきた。ラウラだ。
背中のスラスターが段階的に加速を続け、体が空に舞っていく。最初に選んだのはフォースシルエット。高速戦闘仕様のシルエットを選んだ目的はラウラの足止め。まず各個に応戦するのが序盤の戦略だ。できるだけラウラをシャルルから遠ざけるために飛びながら、頭に流れ込んでくるフィールドの情報を把握していく。
「威勢の良いのは口だけか? ならばさっさと落ちろ」
オープン・チャンネルから届いた声に被さるように鳴り響いたのは被ロックの警告音。六本のワイヤーブレードとレールカノンの砲撃が背後から追ってくる。
旋回、加速、緊急停止、また加速。ワイヤーブレードが掠めたかと思えば、超加速した砲撃がアリーナに着弾し爆炎を上げ、再びブレードが追いすがってきた。
多方向からの鋭利な刃、そして苛烈な銃撃を避けて、シャルルの位置を確かめる。お互いに簡単にはちょっかいを出せない距離まで離れている。
よし……これぐらいで十分だな。言われた通りに、落ちてやるさ。
「っ!?」
最後のブレードを回避すると、俺はぐるりと体を反転させて、地面に急降下した。
青空を背景に一際目立つ黒を見据えながら、片隅に映るコントロールパネルを操作していく。
背中の高機動スラスターが光に消え、瞬時に巨大な深緑の砲塔が二本そびえ立つ。空を駆けていた青い装甲が黒い重厚な色に変わったところで上体を起こし、地面と水平に飛んでいた体勢を垂直に戻す。地面の上を滑る機体。脚部からほとばしるスラスターの炎。
――ブラストシルエット・展開完了――
「いけえっ!」
「ちっ……!」
砲身が肩にかかるように回転して、ミサイルを一斉掃射。八基のミサイルはそれぞれ歪な機動を描きながら、空中を舞っていたブレードに接触し、刃を砕き吹き飛ばしていく。一、二――浅い。ラウラが操作しきれなった二本のブレードをやっただけだ。流石に、一筋縄じゃいかない。
「この程度で私が止まると思っているのか?」
「ならこいつでどうだっ!」
地表を移動しながら、二つの砲身は今度は腰からスライドするように引き出された。二つのターゲットサイトがラウラに重ねられると、砲撃可能のサインを示す。
それぞれ一対のミサイルランチャー、レールガン、大口径ビーム砲を備えるブラストシルエットなら、射撃戦は圧倒的に有利だ。それに、利が働くのは射撃戦だけじゃない。これが『AIC』対策の一つだった。
ラウラのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』が備える特殊装備『AIC』――ISの動きを停止させてしまう、慣性停止結界。一度捕まってしまえば自力では逃げようがない。だったら、最初から捕まらないように距離を取るだけだ。
AICを使う際にラウラは必ず、両手を突き出す動作をする。そしてAICの発動中には本人はその場から大きく動けない。ラウラと見合ってさえいれば、停止させられる前に撃ち抜ける。
ラウラもそれを理解している。だからうかつにAICを使うような真似はしない。
「射撃戦対応型か……パッケージの換装とは器用なことだ。だが、もう換装の隙は与えん。そのまま切り刻んでやる」
手から光る紫の刃。ラウラは二本のプラズマ手刀を展開させると、残り四本のワイヤーと同時に猛攻を仕掛けてきた。
ワイヤーをフェイント気味に使い、照準がいくつにも分散させられる。本体を狙った肩部からのレールガンを手刀が弾き飛ばし、更に接近。一回目のビーム砲を加速を維持したまま避け、二本目は上手くブレーキをかけて受け流すように。ブラストシルエットの波状攻撃を潜り抜けラウラは完璧なタイミングで俺を捉えきる。無防備な俺の懐に入り、勝ち誇った顔で両手を振り抜く――はずだった。
「なっ、馬鹿なっ!?」
ラウラが驚愕で目を見開いた。それもそのはずだ。
両手のプラズマ手刀は俺の体に食い込む前に、盾と“サーベル”で止められていたんだから。
遅れたその反応を見逃さない。手刀の紫電を撒き散らす盾でラウラの腕を払いのけ、そのままもう一本、“背中のサーベル”を抜刀。光る刃を勢いのまま、ラウラの胴体に叩き付けた。
「ぐぁっ……!」
「遅いっ!」
サーベルが削り取った装甲の上に、胸部バルカンの追い討ちをかけていく。何発か撃ち込んだところで、ラウラの体を蹴飛ばして離脱。右手のサーベルをライフルに持ち替えて、照準はワイヤーブレードに。意識が操作に回っていないだろう遠く離れた一本を、緑の閃光が打ち抜いていった。胴体装甲損傷拡大の文字が視界によぎる。先制はいただいた。
「馬鹿な……!? 換装の隙などなかったはずだっ!!」
ラウラの表情が歪む。ダメージを負っただけじゃなくて、俺の装備が一瞬で変わったことが不可解で仕方がないようだ。
今イグナイテッドを包むのは、空に吸い込まれそうな青色の装甲。背中には黒い高機動型スラスター。シルエットを変更したのは、ラウラが腕を振り上げたあの一瞬だ。
トーナメントまでの間シャルルと訓練してきたことは、インパルスの欠点でもあった『換装にかかる隙』を克服することだった。イグナイテッドが全距離に対応できても、戦艦の援護がないISでの戦闘では、換装の隙が命取りになる。換装の機をうかがう以上に、隙を減らすことが肝心だった。それで参考にしたのが、シャルルのISと戦い方だ。
シャルルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は、大容量の
莫大な容量による換装装備の豊富さ、それを瞬時に量子変換、
「認めるものか……あいつも、貴様もっ! 貴様の言う力などっ!!」
「俺だけの『力』じゃない。それも分からないお前に、俺はっ! 俺たちは負けないっ!」
残った三本のワイヤーブレードを射出しながら、肩のレールカノンを撃ち出すラウラ。怒り狂ったように声を荒げていても、戦闘に関する冷静さは残ったままだ。フォースシルエットの機動力を理解しているのか、レールカノンは無闇に撃つんじゃなくてブレードの回避先に絞って照準を向けている。それでも数の減ったワイヤーじゃ牽制も難しいはずだ。なら次に来るのは――
「終わりだっ! 私の目の前から消えろっ!」
「くっ!?」
突き出された両手が交差されて、俺の体をまるで空中に釘付けしたようにピタリと止める。もがくこともできず、身動きが取れない。AICに捕まったみたいだ。
一人なら脱出も難しいだろう。でも俺は、一人じゃない。一人で戦ってるわけじゃない。
ターゲットサイトが俺に向けられた。冷笑するラウラの右肩に装備されているのは大型レールカノン。普通に攻撃を食らったならひとたまりもない。
けれどその発射の直前、ラウラの後方から機関銃が浴びせられる。交差した腕を解き、上方に回避動作をしたところで、俺の全身には自由が戻ってきた。
「シン、待ったかなっ!?」
「助かったよ、シャルル。そっちは大丈夫だったか?」
「うん。彼女はまだ鼻息荒くしてるけど」
「そっか、ハハ……」
ちらりとセンサーを見遣る。食い入るようにこっちを見ているあの姿……やっぱり気にしないでおこう。うん、気にしちゃダメだ。
気を取り直して、もう一度サーベルを引き抜く。シャルルが来てくれたならもう遠慮はいらない。シャルルを信じて、二人で戦うだけだ。
「シン、切り込める?」
「ああ、任せてくれ」
そうシャルルに答えたとき、思わず俺は笑ってしまった。
二人で戦っていて、このセリフ。シャルルが言ったことは、俺の親友そっくりだ。
切り込む……か。俺が前に出て、後ろであいつが援護してくれて。
こんなところまで、レイに似てなくていいのに。
でも、なんだか久しぶりの感覚だ。なら今回も思いっきり、頼ってもいいよな?
「行くぞ、シャルル! 援護してくれっ!」
「了解! ベストを尽くそう!」
迫り来るワイヤーブレードは無視して、真っ直ぐ前にだけ飛び込んでいく。センサーはけたたましく警告音を鳴らすけど、そんなのは無視して良い。周囲のブレードは全部シャルルが撃ち落してくれるから、俺はラウラだけを見つめ、加速を増すことができる。
「シンはやらせないっ!」
「だが、馬鹿正直に飛び込んできたところでっ!」
「はあああっ!」
再びプラズマ手刀の光が伸びて、俺とラウラは切り結んだ。右腕の手刀は盾で防ぎ、左腕はサーベルで応戦。縦に振るわれた手刀は、サーベルを下から切り上げて弾く。今度はお互いに袈裟懸けに刀を振り下ろし、また激しく光が放たれる。そして横一文字に抜かれた刀は、サーベルを逆手に持ち替えて捌くように防ぐ。幾筋も光が交差していった。
「この程度で、私がぁっ!」
苛立ちを募らせたままラウラが強く吼えると、両手を力任せに叩きつけて、盾ごと俺の体を地面目がけて吹き飛ばす。俺に追撃するより先に、肩のレールカノンがシャルルを砲撃。シャルルが回避に気を取られた隙に、ワイヤーブレードを一本だけ俺の足目がけて発射する。崩れた体勢の俺を攻撃するのではなくて、ワイヤーは俺の脚を絡めとるように巻きついて放り投げた。
「ちいっ!」
「貴様は後でいいっ! まず目障りな骨董品からだっ!」
「シンっ! くぁっ!」
AICがシャルルを縛りつけ、レールカノンが次弾を装填する。
普通に援護に行っただけじゃ間に合わないこのタイミングで、チラリとシャルルと目が合った。
わざわざチャンネルを開いて話す必要もない。シャルルの言いたいことが分かる。それぐらい、二人で一緒に訓練してきたんだ。
分かってるって。最後のとっておきの一撃、くれてやる。だから――
「間に合えよっ!」
地面に叩きつけられる前に、絡んでいたワイヤーをサーベルで引き裂く。手にしていた盾とサーベルを放り捨てて、宙返り。頭上のラウラに向かって最高加速をかける。
「ふふっ」
「勝負を諦めたか? 殊勝なことだ」
「違うよ、信じてるだけさ。シンは約束してくれたから」
「戯言を……消えろっ!」
火を噴くカノン砲。傍から見れば絶体絶命だろうその状況で。それでもシャルルは信じてくれている。俺を、俺との約束を。
俺は約束は守るさ。今度こそ、絶対に。
「僕のことを……守ってくれるって」
「うおおおおっっっっ!!」
動けないシャルルの前に躍り出て、砲弾の直撃を浴びる。着弾の瞬間、黒煙が俺の全身を包んだ。激しい衝撃が俺の体を揺さぶる。ダメージはフェイズシフトが防いでくれてるけど、衝撃だけは吸収しきれない。それでも、この程度――
「はっ、身を挺してかばったかっ!? だがこれで貴様は――」
「ほら、ね」
「――ぅああああっっっっ!!」
衝撃と黒煙を振りほどいて、スラスターの最大加速がラウラを正面に捉える。
俺が振りかぶっているのは、身の丈ほどもある巨大な大剣。ソードシルエットに搭載されている対艦刀が、その光の刃を生み出していっそう強く輝く。
換装することなしに、装備だけの
エネルギーの消費は甚大だけど、引き換えにされた必殺の一撃。
シャルルとの特訓で身に着けた正真正銘、最後の奥の手だ。
決めるのは今、ラウラが勝利を確信したこの瞬間。
俺を信じてくれたシャルルのために。
袈裟懸けに大剣を振り下ろした。
「うぉああああっっっっっ!!」
「ぐ、うあああああっ!」
黒い装甲に食い込んでいく光の刃がシールドエネルギーを瞬時に消しとばし、盛大に損傷拡大のアラートを鳴らす。
最後に一押しして切り抜けると、ラウラの体が傾いて、地面に力なく落下していった。
俺たちの勝ちだ。そう思ったとき、突然に異変は起きた。
「ああああああっ!!」
「っ!? ラウラっ!?」
絶叫と共に、黒い装甲が電撃を纏い、ぐにゃぐにゃと形を変えていく。光の全てを呑み込むような漆黒の塊が、腕を挙げ、足を放り出し、歪に何かを形作っていく。
今まで一度だって見たことのない、奇妙で気色悪い光景だった。何が起きているのか分からなくて、思わず息を呑む。
地面に降り立ったのはさっきまでの機体じゃない。一筋の光も差さないだろう、真っ黒な機体だった。腕と足に着けられた申し訳程度の装甲。その手にしているのは、同じ真っ黒な刀。まるでそれは一夏の『雪片弐型』で――
「――っ! なっ!?」
赤いセンサーアイが俺を捉え、居合いの構えのまま飛び込んでくる。刹那の一瞬、刀が振るわれて、対艦刀に食い込んでいく。速いなんてものじゃない。防御するのが精一杯だった。いや、まだ相手は構えを解いてない。不味い――
「くっ……でやあっ!」
咄嗟に大剣を投げつけて離脱したけど、剣は目の前で真っ二つにされた。
「シンっ! 今そっちに――」
「来ちゃダメだっ! 近寄ったらやられるっ!」
いったい何が起きたのか分からない。とにかく、ラウラを止めないと……くそっ!
シルエットをブラストに変更。砲塔からジャベリンを抜くと、その切っ先を目の前の黒に突きつける。間合いさえ取れれば――
「うおおおっ!」
「っ!? 一夏っ!? 」
観客席のバリヤーを突き破って現れたのは、黒と対照的な純白。一夏の百式だ。
一夏が振るった刀をたやすくかわして、漆黒はまた居合いの構えから痛烈な一撃を浴びせる。白式は回避しきれないまま胴体に直撃を受け、上段の構えから叩き伏せられた。
「がっ……!」
「一夏ぁっ!!」
地面に投げ出された一夏を追って、観客席から篠ノ乃が飛んでくる。俺とシャルルも二人を追って地面に立てば、一夏は真っ直ぐに黒い機体を見つめて叫んでいた。
周りの何も見えていない。ひたすら黒を、怒りのまま見据えて、吠え立てている。
「どけっ! あいつ、許さねえっ! 千冬姉のデータでっ! くそっ、ぶっ飛ばしてやるっ! 放せっ、放せよっ!」
瞳に映る怒りと敵意。ラウラと、昔の俺と変わらない瞳だ。初めて見る、一夏の強い憤りの感情。それがどれだけ危険なものなのか、今の俺には分かっている。きっとこのまま戦えば、後になって一夏は強く後悔する。それだけまっすぐな奴だってことも分かってる。
ああ、アスランの目にも俺はこんな風に映ってたのか。
ならここで、俺が言わなきゃいけないことがあるよな?
「放せ、箒! 邪魔をするって言うならお前も――」
「このっ! この馬鹿――アスカ、何のつもりだっ!?」
篠ノ乃の手が一夏を張り倒す前にその手を止めて、一夏の前に歩いていく。
篠ノ乃には悪いけどこれは俺の役目だ。
「一夏……」
「シン、そこを退けよっ! お前も邪魔するのか――」
深く息を吸い込んで、腹に力を入れて思い切り――
「食堂S定食三回分っ!!」
ペナルティの内容を叫んだ。
「……は、はあ?」
「食堂……?」
「S定食……?」
怒り狂っていた一夏を筆頭に、みんながぽかんと口を開ける。
「無茶を聞くんだから、これぐらい当然だろ?」
「な、何を言って――」
「俺にシャルルに篠ノ乃に、あとセシリアと
「お、おいシン。どういうことだよ……?」
怒りが一呼吸ごとに抜けていく一夏。あっけにとられたんだろう。かく言う俺もそうだったわけで。ハイネがアスランを止めてくれた時、こんな感じだった。さあ、今なら冷静に話も聞けるはずだ。
「お前、あのままあの黒いのに突っ込む気だったろ? 頭に血を上らせたまま、勝てると思ってたのか?」
「や、やってみなくちゃ分からねえだろっ!!」
「そうだな……。怒りのまま戦って勝てる時もあるさ。でもさ、それって何のためだ? いったい何のために戦うんだ?」
「それは、あいつが千冬姉を真似てるからで……。あいつが力をあんな風に使うのが許せなくて――」
「許せないから、気に入らないからって、ただ怒りに任せて暴れるのか? それじゃあ今のお前とラウラ……どこが違うって言うんだ?」
「っ!? お、俺は……っ!!」
「篠ノ乃はお前を止めようとしてくれた。なのに、それも見えないまま戦って何になるんだ? あいつを倒す代わりにみんなが傷ついたら、お前はどうするんだ?」
「…………」
「大切な人を守れなくて、力が足りなかったって悔やんで、闇雲に強くなろうとして。また怒りに任せて、結局……同じことを繰り返すだけなんじゃないか?」
きっと一夏なら分かってくれる。俺は信じてるから、こうやって話ができるんだ。
「独りよがりで敵に向かって行って……それで大切な人が傷ついたら、何の意味もないんだ。たとえ敵を倒しても、みんなを守れなきゃ……そんな力があっても、辛いだけだ」
「…………」
「俺はバカだったからさ。何を言われても、ぶん殴られても、そのことが分かんなくて……一つも守れなかった。でも、一夏は違うだろ? お前は俺と違って、ずっと真っ直ぐなんだから」
「……俺は……」
力任せに握られていた刀が、少しずつ緩んでいく。
一夏は俺とは違う。まだ大事なものを失っていないから、真っ直ぐでいられる。
まだ何も、失ってないんだ。
失わせない。そんな悲しい思い、俺だけで十分だ。
守れなかったって泣いて、敵を倒して泣いて、泣いて泣いて泣いて。泣いて、全
てを無くす。
大事な仲間にそんな思いをさせたくない。後悔はさせたくない。
「大丈夫、一夏ならできるさ。たとえ間違えかけても、すぐに間違いに気付いて、また正しく剣を握れる。それができるのは、一夏が強いからだ。それが一夏の強さだ」
「俺の強さ……」
一夏は強い。それはただ、力があるってことじゃない。
『力』を持って、真っ直ぐでいられることだ。
守るために力を使える。怒りや憎しみじゃなくて、本当に大切なもののために戦うことができる力。
一夏にはそれがある。
「もう頭も冷えたよな?」
「あ、ああ……」
「行くんだろ? 後は任せるよ。俺は一夏を信じる。お前が俺を信じてくれたみたいに」
「シン……」
「安心してくれ、後ろには俺たちがいる。どんなことがあったって、俺が――俺たちが、お前を守るから。だから今は遠慮なく……」
俺たちの分の『力』も乗るように。
一夏の胸を、ドンと強く叩いた。
「アイツを、ぶっ飛ばして来いっ!!」
一夏なら分かってくれる。一夏ならできる。レイに、ルナに、アスランに……それにこの世界のみんなのおかげで、ようやく俺も言えるようになったんだ。
みんなを信じていいんだ。頼っても良いんだって。
そんなみんなを守るために使うのが『力』だ。俺が欲しかった本当の『力』なんだ。
「……ああっ! みんな、ありがとなっ! 行ってくるっ!」
そう言って笑うと、一夏は刀を強く握りなおして、再び空へと駆けていった。
「一夏、行かせて良かったの?」
「シャルル、一夏なら大丈夫だって……あ、ヤバイ」
空に昇る白の姿を見守りながら、俺は『生徒指導室行きの覚悟はしとけよ?』って言うのを忘れてたことに気付いて、思わず苦笑いをしてしまう。
一夏。無茶をするのはいいけど、大変なのはその後なんだぞ?
◇
(参ったな……俺って本当にまだまだだ)
空中で雪片弐型を構えながら、一夏は苦笑が収まらなかった。
気付かなかったのだ。世界一尊敬する姉も、越えたいと思った兄貴分も、自分の強さにとっくに気付いてくれたというのに、自分だけが。
信じることは、一人で思い込むことじゃない。真っ直ぐに、信頼をしてみせることだ。
そしてその信頼のために、みんなを守るために振るうのが『力』。
それだけのことに気付かずに、頭に血を上らせていた。きっと今の今まで、ずっとだ。
甘く見ていたんだろう。シンのことを。簡単に追いつくと、追い越せると。
それがどれだけ遠いものかすら、見えていなかった。きっと目先の強さに囚われていた。
シンの言葉の一つ一つが、殴られるよりよほど応えた。自分の幼さを痛感させられた。
あれほど姉に、強さというものを教えてもらっていたというのに。
けれども、もう間違えはしない。
誰かを守るために、どこまでも気高く、強くあり続けた姉と。
強さを貫くために、何が必要なのかを見せてくれた友と。
その強さを抱かせてくれる仲間達と。
みんなを守るために、自分も強くありたいと、心から思う。
そうでなければ、シンを追い越すことはできないのだから。
迷う必要はない。みんなが信じてくれているのだから。
今は、財布の心配だけをしていればいい。
「零落白夜――」
一夏が目の前の黒を睨みつけ、エネルギー刃を開放する。
雪片弐型の刃が細く鋭く、まるで一夏の意識に呼応するかのように変形していった。
日本刀――洗練された刃が形成され、居合いの構えを取る。
衝動に身を任す黒。対照的に静かな白。
そして、黒と白の激突。
黒い刃が鋭く切り込まれた。
それを弾いたのは、白い刃。
横になぎ払われた雪片弐型が相手の刀を吹き飛ばし、続けて頭上に構えられた刃が、まがい物の強さを断ち切った。
『一閃二断』。それはただの剣技ではない。
一閃には、自分の信じる強さを込めて。
二断には、自分を信じる仲間の思いを込めて。
一夏が今まで関わってきた全てに教えてもらった、強さだった。
「ガ、ガ……」
黒い影が離れ、中から出てきたのはどこにでもいる、弱さを持った少女。
崩れ落ちるラウラの体を抱きとめ、ひとつ大きなため息をつく一夏。
「俺も兄貴に勘弁してもらったから……ぶん殴るのは、止めといてやるよ」
そう言ってシンの方に顔を向け、また一夏は苦笑いを浮かべた。
シンが拳を突き出すのを見て、剣を握ったまま同じように拳を突き出してみせる。
まだ一夏は、笑っていた。
後になって厳しくも優しい姉に、首を掴まれ引きずられ、ぶん殴られることに気付かずに。
◇
――私は、教官があこがれだった。りりしく、気高いあの人が理想だった。
『ああ、俺もそうだ』
だからあの人がお前の話をした時に、嬉しそうに話すのが気に食わなかった。未熟者と言いながらも、お前を誇るように笑っていた。
『嬉しそうにねえ。俺の前じゃ、全然そんな気配ねーのにな』
教官にそんな顔をさせるお前が許せなかった。お前を倒し、私の力を認めてもらいたかった。それを阻もうとしたのが……あの男だ。
『それってシンのことか?』
そうだ。力がありながらあの男は、私の力を否定した。私には理解のできないことだった。お前と同じように、気に入らなかった。
何より教官が、あの男の“強さ”を認めていることが……どうしても納得できなかった。
『ちょっかいの原因はそれか?』
……結果として私は、アイツに勝つどころかお前にすら勝てなかったわけだ。
教えてくれ。何故……お前達は強い? その強さはいったい何だ?
『質問から間違ってるな、それ。『どうしてシンは強い?』って聞かねーと』
どうして、だ?
『俺の中に“強さ”があったとしても、俺はまだまだ強くはない。ついさっき、はっきり分かったよ。本当に強いのはシンの方だ。』
分からない、どういうことだ……?
『じゃあ、“強さ”の話からだな。……強さって多分、心にあるんだ。心と同じで、強さってのも人によっていろんな形がある。心が目指すもの、貫くもの。それが強さなんだと思う』
強さに様々な形があるのなら……お前はどうして、自分を強くないと言うんだ?
『本物の強さは、誰かの強さを――心を動かせるんだ。みんながシンを認めてるってのはつまり、それだけあいつの強さが心を動かすってことだ。あいつの強さに比べれば、俺なんてまだまだ未熟者だ』
心を、動かす……
『あいつはいつだって、誰かを守るために戦ってる。そんな心、強さが俺も欲しい。あいつみたいに、いつだって誰かのために戦う男になりたい』
私も、強くなれるのか……?
『なれるんじゃねーか? シンと一緒にいれば、きっと強くなれるさ。『力』のことはあいつの心が教えてくれる』
しかし、私は……
『安心しとけ。あいつは絶対に、お前のことも守ってくれる』
本当か……?
『なんたって、シンは俺の兄貴分だからな。兄貴は、みんなを守ってくれるもんだって』
兄……?
『そうだよ。みんなを守ってくれる、最高の兄貴だ。俺の兄貴分もしてくれるんだから、お前の兄貴分もやってくれるさ。お前も守ってくれる。』
私の、兄……。
『俺だってお前を守る。千冬姉だって、みんなだってお前を守ってくれる。だからお前も、誰かを守れるように強くなればいい』
守れるように、強く……。
『不安なら聞きに行けって。シンなら、お前のすぐそばにいるだろ?』
そばに、あの男が……?
◇
夢と現実が入り交じったような状態で、ラウラは目を覚ました。
意識が朦朧としており、周囲の喧騒が遠い世界の出来事のように感じられる。
体の自由がきかないが、どうやら自分が、誰かに抱きかかえられているらしいことに気付いた。
そうだ、先ほど織斑一夏が言っていた。シン・アスカに聞きに行けと。
『――おい、ラウラ、大丈夫か?――』
喧騒の中で唯一、意味が理解できる言葉だった。
この男の声だけは聞こえてくる。この男の姿だけは目に入る。
自分のことを覗き込む瞳は、燃えるような赤い色をしていた。
聞かなくてはいけない。この男に、大切なことを。
「……てくれる……のか」
『――え?――』
「私のことも……守ってくれるのか……?」
毅然と振舞っていた以前と違った、か弱い声でラウラはシンに尋ねる。
ほんの少しだけシンはきょとんとした顔になり、それから何かを思案するように目が伏せられる。
再び上げられた顔は、しかし柔らかな微笑が浮かんでいた。
『――よく分かんないけど、もしお前がそう言うなら――』
『――俺が絶対に守ってみせる。約束するよ――』
ああ、言われた通りだった。
守ってくれる。この人は私のことを守ってくれる。
どうしてこうも簡単に言ってくれるのかは分からないが。
根拠のない安心感を与える、優しい言葉だった。安堵が心に波紋となって広がっていく。
『――あ、でもな。ちゃんとみんなに、今までのこと謝ってからだぞ?――』
まるで妹を諌めるようないくらか真面目な口調に、今度はラウラが驚く番だった。
叱りつける言葉の中にもある、温かな感情と優しさ。
これが兄というものなのだろうか。
こんなにも自分の心を動かすものが、この人の強さというものであるのなら。
強くなりたい。この人のように、強く、温かく。
この人のそばにいれば、きっと強くなれる。
兄貴分であると、織斑一夏は言っていた。
なら私も……織斑一夏と同じ立場であれば、きっと強くなれるはずだ。
『――お、おい!? しっかりしろ、ラウラ! ラウラぁっ!――』
今まで敵としか思えなかった男の声が、酷く甘く、優しく聞こえる。
まどろむように意識が消えていく中でも、ラウラには自分の名前を呼ぶその声が、とても心地よかった。