シン・アスカの激闘   作:ちくわヘルシー

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第十二話

 肌を焼く強烈な日差し。これから始まるだろう暑く、しかし爽やかな季節を感じさせるそれが街を照らす。通りの人たちが見上げるビルの窓も、足元のアスファルトも、日の光をいっぱいに受け止めていた。

 うだるような熱気と、気持ちの良い青い空に、まばらな白い雲。俺たちの夏が来る。

 

「シン……」

「一夏……」

 

 駅前に出たところで、俺と一夏は足を止めた。男が二人でいても、誰も気に留める様子はない。

 

「篠ノ乃にやられた頭はもう平気なのか?」

「こぶはできたが、なんとかな。そっちこそ、シャルルにやられたらしい頬は?」

「こっちもなんとか。セシリアに蹴飛ばされた脚は? ていうか理由は?」

「一応は動く。シンと二人で買い物に行くって言っただけなんだが……シンこそ理由は何だ? ラウラにやられた頭はともかくとして……」

「俺も、一夏と二人で買い物に行くって言っただけだ。ラウラは……“フライパンでゴン”はもう止めさせよう。そうだ、凰に殴られた腹は?」

「飯が食えるようになったから、大丈夫だろうな」

 

 負傷状況と原因の確認をする。結局原因は良く分からないけど……この際些細なことは置いておこう。俺たちは今ようやく、珍獣の檻から脱出できたんだから。

 

「平和だな……久しぶりだ」

「ああ……嘘みたいだ」

 

 今日はたまの休日。俺と一夏は七月頭にある臨海学校の準備として、水着その他必要なものを取り揃えるために街に繰り出していた。二人で、だ。篠ノ乃も、セシリアも、凰も、ラウラも……シャルだっていない。正真正銘、男二人きりだ。

 

「今日はなんだか外が眩しいな……涙が出てきたぜ……」

「太陽の光が随分と目にしみるな……へへっ……」

 

 二人で目から溢れる魂の汗をぬぐう。今日一日は何も気兼ねする必要がない。篠ノ乃が木刀を振り回すことはない。セシリアが銃を乱射することもない。凰が衝撃砲で壁に穴を開けることもない。ラウラの言動に振り回されることもない。理由も知らないままシャルが怒り出すのに悩む必要もない。みんなから指をさされることもない。珍獣を見るような視線を浴びる必要もない。俺たちはそう、自由なんだ。檻から抜け出して自由の世界へと飛びたてるんだ。

 

「シンっ!」

「一夏っ!」

 

 二人の間に、これ以上余計な言葉は必要なかった。お互いに肩を組み、天にこぶしを突き上げて笑い合う。

 

「「今日は思いっきり羽を伸ばすぞっ!」」

 

 光が俺たちをねぎらうかのように包み込む。ショッピングモールに向けて、俺たちは機嫌よく歩き出した。

 今日は一日、きっと良い日になることだろう。

 

   ◇

 

 

『『今日は思いっきり羽を伸ばすぞっ!』』

 

「お二人とも……肩を組んだまま歩き出しましたわね」

「男二人でどういう神経してんのよ、アイツら……!」

「羽を伸ばすか……羽なんて今すぐもぎ取ってくれようか、一夏め……」

「誰のせいだと思ってるのさ……シンのばかぁ……」

「お兄様、フライパンは気に入らなかったようだな……今度はおたまにするか?」

 

 街角にて肩を寄せ合う十代の乙女が五人。レシーバーから聞こえる音声に憤慨しつつ、こそこそと二人の男子の後を追っていた。彼女達を包む一種異様な空気のおかげで、周囲の人間は目を合わせようとはしない。彼女達も周りの人間など気にも留めない。彼女達の関心事は一夏とシンのことだけだった。

 全員が握りしめているのは、前日刊行の『デイリーIS学園(夕刊)』。トップ見出しには「シン・アスカ、やはり本命は織斑一夏か!?」の文字が躍っている。

 更に記事には『本日夕方、一年一組のシン・アスカくんが、翌日同クラスの織斑一夏くんと二人きりで買い物に出かけるということが判明した。アスカくんは同室であったシャルル・デュノアさんとの交際疑惑が浮上していたが、デュノアさんが本当は女性であることを公表した後に交際を否定。アスカくんが男色家であるのではという疑惑は一層強くなっており、今回の買い物は二人の“デート”ではないかと噂されている――』という文章が続いていた。

 要するに、彼女達はシンと一夏の“デート”を追跡に来ていたのだ。勿論、彼女達も本気で二人が付き合っているとは考えていない。しかし、自分達を差し置いて男同士で買い物に出かけるというのは、恋する乙女のプライドを著しく傷つけるものであったのだ。若干一名、考えていることが他と少しずれているが。

 

「盗聴器の調子は万全ですわよ!」

「コア・ネットワークは……アイツらステルスかけてるわね」

「前に予習で実践していたからな。そのままにしていたのだろう」

「とにかく二人を追おう。ラウラ、尾行の先導は任せたよ?」

「ああ、気取られるようなヘマはしない」

「「「「「ファイト、オーッ!」」」」」

 

 全員で円陣を組み、それぞれの手を重ね合わせて気合を入れる。うら若き乙女達の美しき友情で――

 

(絶対に出し抜いてみせますわ! 一夏さんとのデートは私がっ!)

(隙があったら振り切ってやる! 他の奴とデートなんてさせるかっての!)

(一夏とのデート! 一夏の隣は私のものだ、誰にも渡さんっ!)

(他のみんなを利用することになっても! 最後にシンと笑うのは僕だっ!)

(兄の尾行は妹ポイントが高いらしいな。朝の失敗を取り返すとしよう)

 

 ――なかった。恋は戦い、愛は争い。勝者になるため、ライバルはどんな手段でも蹴落とす。友情は、表層の平和協定でしかなかった。やはり若干一名の考えていることが違うが。

 そんなお互いの思惑を知ってか知らずか、五人の女子達は仲良くショッピングモールへと歩いていくのだった。

 

 

   ◇

 

 

 それにしても平和だ。男の二人部屋になっても、誰かしらが部屋にやって来るから、なかなか心の休まる時がなかったんだけど……平和だ。

 

「しかし、シャルルもいないのは珍しいよな。いつもシンと一緒だから、今日も来るかと思ってたんだが」

「男の買い物に連れまわすのも悪いからさ。俺たちの水着なんて見せても仕方がないし」

 

 シャルがいないと妙な感じがするのも確かだけど、今日はそれより、外に出た開放感が心地良い。やっぱり周りが女子ばっかりなのは息苦しくもなる。アカデミーも船も、基本的に男が多かったから尚更だ。

 

「シャルルが女の子ってのには驚いたが、バラして大丈夫だったのか? 家のこととか、結構深刻なんだろ?」

「ああ、そのことなんだけどさ。葛城さんに相談したら――」

 

 そもそもシャルが男装なんてしていたのは、実家のデュノア社からスパイ活動をさせられていたせいだった。とりあえずIS学園にいれば手出しは出来ないんだけど、何もしないで黙っているだけじゃ怪しまれる。それで、相談して出た回答が――

 

「――『イグナイテッド』のデータ、渡しちまえって」

「はあっ!? シン、それって良いのかよ!? ISの情報は下手すりゃ国家機密レベルだろっ!?」

「そうなんだけど、葛城さんが言うには……」

 

 一夏の驚きはもっともで。俺だって最初聞いたときは驚きでひっくり返りそうだった。だけど、流石は葛城さんとイグナイテッド。欠陥品の扱いは伊達じゃなかった。

 

『データが欲しい? だったらそんなもんくれちまえ。お前さんのISのデータなんざ、ウチの研究所以外じゃ役立たずだからな。装甲も、装備も、他の機体への技術転用なんてまるでできねー。とりあえず情報は小出しに渡しとけ。全部のデータが集まったら、電圧調整で装甲の色が変わるところまでは完成するからな。色が変わる意味? んなもん、ない。色が変わるだけだ。何の役に立ちもしねーよ。ああ、機体の見栄えは良くなるかもなぁ。

 機密事項だって? ああ、国のお偉いさんもとーっくにさじを投げてるから安心しろ。万が一にでも技術の解析ができたら、横流しをチラつかせて技術協力の強制だな。その時は向こうもウチも助かって一石二鳥だ。

 デュノア社が潰れたらぁ? 知るかっ! 娘を大事にしない親父の会社なんざ潰れちまえっ! そしたらお前さんがそのお嬢ちゃん連れて、二人で俺の研究所に戻って来いっ! 二人ともウチで面倒見てやるっ!』

 

「――だってさ。メチャクチャな話だけど……」

「……葛城さん、良い人なんだな」

 

 そう言った一夏の横顔には、少し寂しげな表情が浮かんでいた。

 一夏には両親がいないらしい。ずっと姉の織斑先生と二人きりだって聞いていた。

 シャルもそうだけど、どうして親が子どもを守ってくれないのか、俺には分からない。俺の両親は、俺とマユを守ってくれていた。だから俺もマユも、父さんと母さんが大好きだった。それが当たり前のはずなのに。

 

「一夏、ほら」

「ん?」

 

 肩を組む手に力を込めて、暗い表情をした一夏の体を少し引き寄せる。

 

「俺がお前を守るから。だから、そんな顔するなって」

「……ああ、頼りにしてるぜ」

 

 そう言うと一夏も腕に込めた力を強くして、空を仰いだ。結局、俺にはこんなことしか言えないんだけど。

 でも、約束は守るつもりだ。大事な仲間、友達なんだから。

 

 

   ◇

 

 

『俺がお前を守るから。だから、そんな顔するなって』

『……ああ、頼りにしてるぜ』

 

「「「「「…………」」」」」

 

 盗聴器が拾った二人のセリフを聴く五人。それぞれが握ったこぶしには青筋が浮かび、骨がミシミシと音を立ててきしむ。周囲の空気が加速的に重みを増し、半径三メートル以内には虫一匹たりとも近づこうとしない。怖いからだ。彼女達の雰囲気が、虫ですら察知できるほどに。

 

「わたくし、遂に目だけでなく耳までおかしくなったのかしら?」

「安心しなさいセシリア、私も一緒に病院に行くわ。アイツらを吹っ飛ばしてからだけど」

「肩を組み……顔を寄せ……口説き文句……だと……?」

「シン、僕のことは? ねえ、どうしてその流れから一夏に行くの? ねえってば……」

「一夏め……私の舎弟の分際で、お兄様からあのような言葉を……」

 

 嫉妬の炎が乙女五人の背景で静かに燃え上がった。嫉妬の対象が男同士であることに、彼女達はもはや疑問を持っていない。ただ『早くあの二人を引き剥がさなければ』という危機感だけが彼女達を突き動かしていた。今この時だけは、集いし五人の感情は一つだ。

 五人の少女は通りを歩く人間を押しのけ(物理的にではない)、ショッピングモール内に入っていた二人の追跡を継続する。感情のおもむくままに。

 

 

  ◇

 

 

 さて、少女達が二人を追ってきたショッピングモール『レゾナンス』の中は満員御礼。休日ということもあり、老若男女問わずのご盛況振りである。当然人の数が多いわけであり、そんな場所で鬼ごっこをしていると――

 

「ちっ、見失ったかっ!」

「くうぅっ、人が多すぎですわっ!」

「盗聴器もダメよっ! どっかで引っ掛けていったみたい!」

 

 ――やはり見失った。尾行術を身に着けた人間がいたところで、元気に行進するちびっこの行列の前には無力だったのだ。ちびっこたちが彼女達の前を横切り、その雰囲気に気圧され一斉に泣き出し、全員でなだめすかしたところで二人の姿は消えていた。

 

「まだ遠くには行ってないはずだよっ!」

「まずこのフロアを探すとするか」

 

 きょろきょろと辺りを見回す挙動不審の五人。警備員に通報されないのも、彼女達の剣幕のなせる業か、はたまた誰も関わり合いになりたくないだけか。

 

(いたっ! 二人だっ!)

 

 少したったところで、観光お土産品コーナーにて二人が発見された。第一発見者はシャルロット・デュノアだ。もう一度周囲を見渡し、残りの四人がまだ二人に気付いていないことを確認すると、目を離さないように注意しつつも篠ノ乃箒に近づいていった。

 

「箒、手を組もう。残りの三人は引き離すよ」

「何っ!? ど、どういうことだ!?」

「静かに。まだみんなは気付いてないから」

 

 他の三人に気取られないように声を潜めたまま、シャルは自分の計画を箒に伝え始める。

 

「シンと一夏は見つけたよ。後はラウラたちをどこかに誘導して、その隙に僕たちで二人の前に出ればいい。邪魔さえなければ、お互い二人きりになんて簡単になれる」

「し、しかしだな……」

 

 いくら競争相手を出し抜こうとは思っていても、そこは基本的に生真面目な篠ノ乃箒。協力していた仲間を騙すというのは気が引けるものらしい。しかしためらう箒に、シャルはとどめの一言をぶつけた。

 

「一夏の隣、取られてもいいの?」

「――っ!?」

「箒なら一夏を連れて行きやすいはずだよ。どうするの?」

「……分かった。二人は私が見張るから、三人の誘導は頼む」

 

 交渉が成立するや否や、シャルは箒に二人の場所を指差した後、素早く三人のもとへ駆けていく。

 

「みんな、二人を見つけたよっ! これから屋上に上がるみたいだっ!」

「屋上っ!? アイツら、何するつもりよっ!?」

「おのれ、お兄様を夕方の屋上に呼び出すのは私だっ!」

「すぐに追いますわよっ!」

 

 流石は演技力に定評のあるシャルである。疑いもせずに怒涛の勢いでエスカレーターを駆け上がっていく三人を見送り、踵を返して箒のもとに戻ってきた。鮮やかなお手並みだ。

 

「二人はまだいる?」

「ああ。しかし、なぜ屋上だったんだ?」

「それならこういう理由」

 

 そう言うとシャルは壁のポスターを指差した。ポスターの写真には龍の顔をした全身タイツのヒーローが決めポーズを取っている。

 

「『仮面リュータイツ、ヒーローショー』? 屋上で開始か……なるほどな」

「三人には悪いけど、秘密結社『袖振り』にでも捕まっててもらおうか」

 

 屋上まで上がらせてしまえば、戻るのにも時間がかかる。さらに下手にヒーローショーの場に現れてしまえば、人質役をやらされることもあるものだ。場の雰囲気、小さなお友達の夢をぶち壊す勇気がなければ、ヒーローショーに付き合う他はない。そうなれば時間稼ぎには十分だろう。シャルロット・デュノア、恐るべき頭脳プレーである。

 

「じゃあ行こうか。一夏の方はよろしくね」

「任せろ、もう手段は選ばん! 気絶させてでも一夏を引き剥がす!」

 

 かなりの物騒な発言に周囲の買い物客は全員引いているのだが、やはり誰も声はかけようとしないし、警備員を呼ぼうともしない。警備員も目を逸らしているので、仕方のないことと言えば仕方のないことである。

 二人は目指す観光お土産品コーナーに歩みを進める。紆余曲折はあったが、この先のデートを思うと二人の頬は染まり、胸は高鳴っていった。もう少し、もう少しだと。

 

「「二人とも――」」

『さあ、今日の目玉はコレ! 水族館限定販売の『ドキドキ! マリンクッキー!!』です! 本日は特別にレゾナンスでも販売!』

「「なっ!? ま、マママ、マリン……!?」

 

 いざ二人を呼ぼうとしたその声は、お土産コーナーから発せられた声に遮られた。マリンクッキーの名前を聞いた途端に、一夏とシンの顔は青ざめていく。一夏もトラウマが残っているらしく、シンはシンでトラウマができていたようだ。

 

『パーティーゲームにぴったりですよ! そこのお兄さん達、どうですかっ!? とっても楽しいですよっ!?』

「「うわあああああっっっ! もう嫌だああああああっっっ!」」

『あら~、行っちゃいましたね~。このゲーム、やったことあるんでしょうね~。アハハハハハハ~』

 

 蒼白な顔面のまま、一夏とシンはそれぞれ明後日の方向に走り出してしまった。笑う接客のお姉さん、逃げた二人の様子におののく買い物客、そして呆然とするシャルを残して。

 

「どうしよう、箒! 二人とも逃げちゃったよ!――あれ、箒?」

 

 返事をしてくれる人間はいなかった。トラウマを再発させた箒は顔を真っ赤にして逃げていったのだ。つまり、シャルは一人取り残されたということだ。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 計画も丸つぶれになり、がっくりと肩を落とすシャル。デートは夢のまた夢となりそうだった。

 

 

   ◇

 

 

「はあ……一夏、電話にも出ないな……」

 

 携帯を閉じると、俺は大きくため息を吐いた。平和に買い物をしているはずだったのに、マリンクッキーって言葉を耳にしただけで俺たちは取り乱してしまった。挙句に一夏とはぐれて、連絡もつかない状態だ。

 くそっ、何でアレが普通のショッピングモールに置いてあるんだよっ!? 今度は動物園に行くって言ったからか!? マリンクッキーの呪いなのか!?

 マジで呪いなんていう得体の知れないものが原因じゃないかって勘繰ってしまう。愚痴を言っていても始まらないのは分かってるんだけど、これだけ人が多いと探すのも一苦労なわけで……歩き回っているうちに、アクセサリーショップの前にまで来てしまった。確かにここに用事はあったけど……。

 

「いいや、先に用事済ませちゃおっと」

 

 一夏を探すのはいったん止めだ。探し物が見つかれば良いなと、軽い気持ちで、俺は店のドアをくぐった。

 挨拶をしてきた店員さんに軽く会釈をして、とっとと中へと進んでいく。端から順に回ろうとして角を曲がると、見慣れた姿がウインドウを覗き込んでいた。きれいな金色の髪をまとめていて、でも一人だけで、肩を落として……見間違えるはずない。

 

「シャル? こんなところで何してるんだ?」

「うわっ! し、シン!? どうしてここにっ!?」

 

 振り向いたシャルはなんだか妙に慌てていた。俺がいることってそんなに驚くことか?

 

「買い物に行くって言ってただろ? なんだ、シャルも来てたのか」

「え、えっと、そうなんだけど。そ、その、他のみんなとはぐれちゃって……」

「あ~、シャルもか。俺も一夏とはぐれちゃってさ……」

 

 言い辛そうに顔を赤くして、目をそらす。どうやらシャルまで迷子になってるみたいだ。はあ、この年になって二人で迷子ってのも……俺もシャルも知らない場所だから仕方ないか。

 

「とにかく、後でみんなを探そう。来てるのは篠ノ乃たちだよな?」

「う、うん。ねえ、シンはここに用事があるの?」

「ああ、探し物があるんだ。シャル、ちょっと付き合ってくれないか?」

「っ!? う、うん! もちろんっ!」

 

 快くシャルが承諾してくれたから、店の中を二人で歩いて回る。ウインドウの中には金色やら銀色やらのアクセサリーがきらびやかに並べられていた。

 えっと、指輪……違う。腕輪……コレも違う。ネックレス……違うってば。

 

「シン、何を探してるの?」

「大事なものなんだ。買い戻すっていうのが変な話だけど……」

「?」

 

 レイもアスランも、寝ている間に枕元に置いておくぐらいしてくれても良いのに……まあ夢の中の話だから、そんなわけにもいかないんだけど――っと。

 ネックレスの売り場を越えて、雑多な装飾品のコーナーに差し掛かったところで、ようやくお目当てのモノが見つかった。本当に見つかったことに驚く気持ちと、嬉しい気持ちの半々だ。

 値段は……うえぇ、馬鹿みたいに高い。だけど仕方ないか、文句はまた夢の中で言うとしよう。文句を言うのはタダなんだし。

 

「すみません、これ二つください」

 

 

   ◇

 

 

 お目当てのものを見つけたから、フロアの奥の休憩スペースで早速開封することにした。休憩スペースは意外に人が少なくて、ちっちゃな女の子が一人でブリックパックのジュースを飲んでいる。

 

「羽……かな。きれいな形だね、バッジなの?」

「うん、FAITHバッジって言うんだ」

 

 シャルと二人でベンチに座りながら、買ってきた二つの箱を開けた。

 FAITHバッジ――議長がくれた特務隊の証。そしてレイ、アスランがくれた信頼の証。

 今度こそ、自分の信念に忠誠を誓って。信頼を貫くための証だ。

 

「信念・忠誠・信頼の意味があって、大事なものなんだけど……」

 

 問題なのは……どっちがアスランのバッジだ?

 二つの箱を前にして、一生懸命にらめっこをする。シャルにはアスランのバッジなんて、絶対に渡したくない。いや、俺はシャルのことを信じてる。信じてるけど、これは気分の問題だ。

 でも簡単に見分けがつくもんじゃないしなぁ。どうしようか……

 

「ねえシン。こっちのバッジ、傷が付いてるよ? ほら」

「え? あぁ、ホントだ。それならコレがアスランのだな。間違いないや」

 

 羽の真ん中に刻まれた、何かを刺し貫いたような傷跡。俺がつけたのか、それとも夢の中でアスランがつけたのか。どっちにしてもおかしな話で、苦笑するしかなった。

 ただ、何か確信のようなものもある。これがアスランのバッジだって。

 

「?」

「いや、何でもない。じゃあこっちがシャルの分。はい、シャル」

「えっ? ぼ、僕に?」

「いつもシャルにはお世話になってるから。そのお礼ってことで」

「で、でも、その……いいの?」

 

 手渡した箱をじっと見つめるシャル。ちょっと受け取るのをためらうようで、顔も赤くしている。あれ? ちょっと意味を誤解してるかも。さっき俺、ベラベラ変なこと言ったし……

 

「ああ、さっきは信念とか忠誠とか色々言ったけど、別にシャルは気にしなくていいから。俺がシャルのことを信じてるから渡すだけで……その、シャルに受け取って欲しいんだ。シャルがそれを着けてくれたら、俺も嬉しいなって思ってさ」

「……うん。シン、ありがとう」

 

 箱を抱きしめて、シャルの顔がほころんだ。

 

「僕、大切にするから……」

 

 目を細めたその様子で、シャルが気に入ってくれたんだって、素直に感じることができる。

 ありがとう、レイ。お前の言う通りにシャルが喜んでくれたよ。そこはちゃんと、お礼言わないとな?

 

「さあて、それじゃあみんなを探しに行こうか――シャル、どうかした?」

 

 ベンチから立ち上がろうとした俺の手をシャルが握って、また腰を下ろさせた。片手は箱を抱きしめたままで、上目遣いで俺を見つめている。またいつもとシャルの様子が違っていて――アレだ。一番この雰囲気に近かったのは、確か……

 

「シン、僕のこと信じてくれるんだよね?」

「ああ」

「信じてくれるから、コレをくれたんだよね?」

「あ、ああ」

「じゃあ……僕からも、受け取ってくれるよね? 信頼の、証……」

「え、あ、うん……」

 

 

 言い終わるとシャルは箱を置いて、俺の頬に手を添えると――

 

 

「へ? しゃ、シャル?」

「すぐ終るから、じっとしててね……」

 

 

 そのままベンチに俺の体を倒し、覆いかぶさるように身を乗り出した。

 

 すぐさま脳内でコンディション・レッドが発令される。ヤバイ、あの時と――マリンクッキーの罰ゲームの時と同じだ。シャルがおかしい。顔は真っ赤なのに、妙にノリノリだ。

 

「ちょ、シャル待ってくれっ! な、何をする気だよっ!?」

「シンに受け取ってもらうだけだよ? 僕の、信頼……」

 

 そう言いながらシャルは唇に指を当てて微笑んだ。え? 信頼の証って罰ゲームの続きなの? 俺、前よりもっと心の準備ができてないよ? 

 

「いや、そんなっ! いきなりそんなこと言われてもっ!」

「シンこそ急だったじゃない、もう……僕の胸、こんな風にして」

 

 頼むからそんな潤んだ目で見ないでくれ。俺の方こそ心臓が破裂しそうだから。

 慌てながら視線を移動させれば、ジュースを飲んでいた女の子が顔を真っ赤にしてこっちを眺めていた。そうだ、あの子に助けを呼んでもらおう!

 俺が縋り付くような視線を女の子に送ると、女の子は力いっぱいうなずいて走り出していった。ついに俺の思いは言葉を超えることができるようになったらしい。よっし、後は時間さえ稼げればっ!

 

「シャル、ほら、こ、心の準備があるからさ! 少し待ってくれないかっ!?」

「すぐにあの子は帰ってくるから、大丈夫。ほらね」

 

 はっ!? シャルにも俺の考えてること筒抜け!? いやでも、助けを呼んでくれって頼んだから平気なはずだ! ほら、ドタドタと走ってくる足音が……ドタドタ?

 

「みんな、こっちこっち! はやくはやく!」

「きゃあー! ほんとだあーっ!」

「ほ、ほんとにキスなの? わわ、うわぁ……」 

 

 足音のする方に目をやったら、女の子がお友達をいっぱい連れて来てた。

 ダメだ、肝心なことが全然通じてなかったよっ! ギャラリーが増えただけじゃないかっ!

 

「ふふっ、みんなで七人か。まるで小人さんみたい」

「お姉ちゃん、そのお兄ちゃんにキスするの?」

「そうだよ。このお兄ちゃんがね、僕にかけられた魔法を解いてくれるんだ」

「じゃあお姉ちゃんがお姫様で、このお兄ちゃんが王子様?」

「うん。僕の大切な、大切な王子様」

「わあ、すごいすごいっ!」

 

 そう言ってシャルが周りの女の子たちに手を振ると、みんながまたきゃあきゃあとはしゃいだ声を上げた。

 ここに来て小さい子供たちにまで気の利いた冗談が言えるあたり、流石はシャルだと内心で舌を巻いてしまう。けどさ、俺の知ってるおとぎ話では、お姫様が王子様を押し倒してキスをする場面なんて、どこにもなかった気がするんだ。

 

「どんなお話でも……ハッピーエンドにはやっぱり、“コレ”が必要だよね?」

 

 興奮する女の子達の声をBGMに、シャルの顔が寄せられていく――ああ、もうダメだ――

 

 

『迷子センターよりお知らせします。IS学園よりお越しの、シン・アスカ様。IS学園よりお越しの、シン・アスカ様』

 

 

 ピンポンパンポン、と軽快なメロディと共にアナウンスが鳴り響き、シャルの顔が止められた。迷子センターから、俺に? いったい誰が――

 

『妹様がこちらに――あっ、ダメですよ! マイクを取ったらっ!――』

 

 天井のスピーカーからは何か争うような物音が聞こえてくる。ていうか、妹? マユじゃないよな? なら、それってやっぱり――

 

 

『お兄様、どこにいる!? 私はここだっ! 早くお兄様が来てくれなければ、私は寂しくて泣いてしまうぞっ! お兄様の傍にいなければ、私の胸は張り裂けそうだっ!』

 

 

 一瞬が永遠に感じられそうなぐらい、気が遠くなった。この声、間違いなくラウラだ……。

 嘘だろ? まさかここまでやるなんて……あの奇妙な本、さっさと燃やしておけば良かったんだ。変なこと吹き込んだりしやがって。

 

「はあ……また良いところだったのに、ラウラってば……」

 

『お兄様っ! 私はお兄様がいれば幸せなんだっ! 心が温かくなるんだっ!』

 

「しゃ、シャル……早く迎えにいかないと、このままじゃ……」

 

『だから早くっ! 早く来て私を力いっぱい抱きしめてくれっ!』

 

「うん、行こっか。みんなも集まってると思うよ」

 

『お兄様っ! お兄様っ! お兄様ぁーーーっ!』

 

 

   ◇

 

 

 結局、自由の休日だと思っていたのは最初だけ。実際はいつも通り、みんなに振り回される一日だった。

 ラウラを迎えにいって、迷子センターの人に叱られて(何で俺が叱られるんだよ……)、屋上のヒーローショーから帰ってきた一夏たち(全員ショーの中で悪の怪人『四枚舌』に捕まっていたらしい)と合流して、みんなの買い物に付き合って……最後に俺と一夏は、駅前のクレープをおごらされて。

 いつもと変わらない一日だ。みんなが騒がしくて、俺と一夏がとばっちりを食って……幸せな、一日だ。疲労はマジで半端じゃないけど。

 

「お兄様、食べないのか? 甘いものは苦手だったか?」

「……この状態でどうやって食べるんだよ」

「シン。はい、“あーん”」

「シャル、冗談はよしてくれ……」

「僕は本気だって」

 

 夕暮れの中、駅前からの帰り道。左手はラウラと、右手はシャルと手を繋ぎながら道を歩く。両手が塞がった状態でクレープなんて持てないし、だからといって口に運んでもらうなんて真似はちょっと、いや大分気が引ける。

 一夏の方は……篠ノ乃、凰、セシリアの三人が囲んで大暴れしてる。ゴメン一夏。助けられそうもないや。

 

「シン、その状態じゃ食べられないじゃない。ほら、ストロベリーアイス美味しいよ? ラウラのよりね」

「むっ、お兄様! こっちはクッキー&クリームだっ! シャルロットのよりずっと美味いぞっ!」

 

 二人が俺の顔にクレープを突きつける。アイス入りのクレープが俺の口に運ばれる前に、左右の頬につめたい感触を残していった。

 

「こらっ、二人ともっ! 顔が汚れたじゃないかっ!」

「そうか。なら私が――」

「きれいにしてあげるからね?」

 

 叱りつける俺の言葉に反省する様子もなし。二人が手を前に引き、俺の体を前のめりにする。そのまま俺の両頬に自分の顔を寄せると――

 

「「んっ」」

 

 アイスで汚れた場所を、二人が口付けた。

 

「うわっ! 二人とも、何するんだよっ!?」

「シン、顔真っ赤だ~」

「お兄様、嬉しそうではないか」

「シャルもラウラもそうだろっ! 全く、仕方がないな……」

 

 周囲の景色と一緒で、俺たち三人はみんな真っ赤だった。だけどラウラに指摘されたように、俺の顔は緩んでいたと思う。こうやって大事な人たちと一緒にいることが、何より幸せだって思えるから。

 疲れは溜まったし、財布の中身も軽くなったけど――いつまでもこんな風にいられたら。明日が来ることが、どれだけ嬉しいことだろう。俺は幸せをかみ締めて、学園までの道を歩いていった。

 

 

 ただ……まだ一日が終ったわけじゃないことに、今の俺は全く気付いていなかった。この日は、これぐらいで済む一日じゃなかったんだ。

 

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