プルルルッ、プルルルッ、ピッ。
『はい、こちら日本IS技術開発研究所・主任研究員の葛城です』
「こんばんは、私はIS学園教員の織斑千冬と申します」
『ああ、織斑先生――ならお互い、堅苦しく話す必要はねーな。いつもご贔屓どうも。どうかしたんですかい?』
「そう言ってもらえるとこちらも助かる。単刀直入に言えば、シン・アスカのことだ」
『シン? ああ、今日のレゾナンスでのことか……もうモールの方から連絡が来たよ。妹がどうとかわけの分からんこと言ってたが……』
「ある生徒がアスカのことを兄と慕っていてな。今回それが行き過ぎて、買い物の際に不祥事を起こしたそうだ」
『はあ? なんだそりゃ?』
「私も詳しいことは知らないから本人に聞いてくれ。こちらでも注意をしておいたが、そちらからも一応注意を願いたい。妙なクレームの処理に時間は割きたくないんだ」
『よく分からんが分かった。とりあえず言っておくとする。しっかしフランスのお嬢ちゃんの話といい、アイツは何をしてるんだかなあ……』
「アスカの周りには自然と人が集まる。私の弟も含めて、あいつを慕う人間は多い」
『ああ、織斑先生の弟さんと言えば、VTシステムを止めたあの生徒さんか。シンの話を聞く限り、仲良くやってるみたいだな。礼を言わせてもらうぜ』
「こちらもだ。アスカも一夏もまだ未熟な生徒同士だが、不肖の弟が世話になっている」
『そうか。ウチでも娘の面倒は良く見てくれたからなあ……で、聞きたいのはそこんところの話か。何が聞きたい? シンの昔話か?』
「……察しが良いな」
『弟の話が出たからな。大方、シンと一緒にいることが多いから心配なんだろう? 別に、シンは心配するような奴じゃない。問題行動は多いかもしれないが、安心しとけ』
「どことも知れない軍事訓練を受けている生徒を、放っておけと?」
『……何の話だ?』
「私が軍の教官を務めていたこともあるのは、あなたも知っているだろう」
『学園に提出した資料の通りだ。アイツは入学一ヶ月前にウチに来た遠縁の親戚で、たまたま研究所のISを動かしたから、テストパイロットをやってもらってるだけだ』
「ミリタリー趣味があるとは書いていなかったぞ? 私に向ける敬礼だが、手の内側がこちらに見えないように角度を調整していた。なかなか知っていることでもないし、とっさに敬礼をしても出来るものじゃない」
『たまたま本でも読んで知ってたんだろ』
「ナイフの使い方はどう説明してくれる? 素人は二動作で相手の頚動脈を切りつけて刃を返すなどできん。人を相手に訓練をしなければ、絶対にだ」
『……今度は回りくどいな。何が言いたい?』
「聞かせてもらいたいだけだ。シン・アスカが過去に何をしていたのかを。提出された資料に書いていないことをな」
『理由はなんだ? アイツが弟さんに危害を加えるとでも?』
「そうは言わんが、万が一ということもある。生徒の安全を預かる身としては……あれだけの力だ。私には知っておく必要がある」
『ああ、そうだろうな。だがな、信頼している人間を疑われたとあっちゃ、こっちもいい気分がしねーよ』
「気分を害することは謝ろう。しかし、やはり放ってはおけん。この話は私個人の秘密にしておく。決して口外しないことを約束する」
『虫の良い話だが……いいだろう。言っておくが、俺もシンのことを全部知ってるわけじゃない。アイツが話してくれたことを教えられるだけだし、その中でも話せないことはある。一応、これでも研究所の主任なんでな』
「分かった。では、話してもらいたい……アスカはいったい何者だ?」
『同じ人間だよ。ただ本人曰く、遺伝子は随分いじってるらしい。アイツはまるで気にしてねーけどな』
「それは軍事用か? 身体能力が常人の領域ではないぞ?」
『いや、そうじゃない。詳しいことは分からねーが、アイツがいたところじゃ当たり前だったらしい。ただ、それでも問題は多かったらしいがな』
「問題?」
『こっちも分からん。言えることは、アイツは超人でもなんでもない民間人だったってことだ。他と変わりない、ごく普通の子どもだったんだよ』
「それが何故、軍に入隊したんだ?」
『こっからハードになるぞ? ……シンがいた国は、中立国だったらしい。ところがだな、アイツが十二歳の時に戦争になって……家族が目の前で吹っ飛ばされたそうだ。バラバラにな』
「――っ!?」
『その後戦争が終結。身寄りがないアイツは軍に入隊した。守ってくれる人間もいない。守る力もない。だから、大切なものを守る力が欲しかったって、言ってたぜ?』
「そういうことか……」
『それで済めばいいんだけどな。まだ終っちゃいねーんだ。アイツは軍のパイロットになった。しかもとびっきりのエースにだ。自分でも、強くなったって思ったらしい』
「……それで?」
『また戦争になった。パイロットになったんだ。当然戦場に出るよな? 俺たちから見ればまだ子どもの、アイツがだ』
「その戦争は、どうなった……?」
『世界ってのは残酷だよな……負けたんだよ、シンは。友達も、上官も、帰る国も、理想も、守りたかったもの全部、アイツは何もかも……全部無くした。俺のところに来たのは、ちょうどその直後だ』
「…………」
『アイツについて聞いたことがあるのは、こんなところだ。信じられねーよな? でも、誰が何を言おうが、これがアイツにとっての現実だったんだ』
「……ああ」
『それでも、今のシンは笑ってるんだ。ウチに来た時はな……本当に、笑わなかったんだ。表情も変わるし、話もできる。だけど、笑ったところなんて見られなかった。ウチの娘と一緒にいて……入学のちょっと前に、ようやく笑えるようになった』
「…………」
『……もう十分か?』
「ああ……ありがとう。笑っていられる、か。どうりで強いわけだ」
『アイツは今、前を向いてるんだ。だから、その邪魔をするようなことはしないでもらいたい』
「こんな話を聞けば、邪魔をする気もしないさ」
『そりゃあ良かった』
「ふっ……だからと言って、アスカの不祥事を見逃したりはしないぞ? 問題児であるのに変わりはないんだからな」
『おいおい、ちったあ許してやってくれよ。本人に悪気はないんだろ?』
「そうはいかん。教員である以上、注意は公正にしないとな」
『へいへい、お堅いことで』
「それに、アスカが絡むと他の女子生徒と妙な騒ぎになる。これもそちらから注意してくれ」
『女子生徒ぉ? ああ、それも勘弁してやってくれよ。色々あったせいか……どうにもシンの奴はマトモな『恋愛』っていう感覚が抜け落ちてるみたいなんだ。今のアイツは直接『好きだ!』だの『愛してる!』だの言われても、寝込みを襲われても気付かないだろーよ』
「しかしだな、女子にとっては迷惑この上ないぞ?」
『シンの心のリハビリだと思って、ガマンさせてくれ。じきに真っ当な感覚が戻ってくると思うから』
「刃傷沙汰にならなければ良いがな」
『……分かった。無駄だと思うが、こっちでも言っておく』
「ああ、頼んだぞ」
『それじゃあ、最後に一言だけ言っておく。俺はシンのことを信じてるんだ。だから、お前さんもアイツのことを信じてやってほしい。』
「……任せろ。女性関係意外は信じるさ」
『……アイツ、本当に大丈夫なのか?』
「なるべくこちらでも気をつける。それではな」
『ああ。今度、女房の墓参りに来てくれ。友達が来れば、アイツも喜ぶ』
「そうさせてもらおう」
ピッ。
「まさか、こんな理由だとは……少し軽率だったか……」
「……信じる、か。私が一夏に言った言葉なのにな」
「ならば、私もアスカのことを信じるとしよ――」
――……バタバタバタバタッ!
『ねえねえ、知ってるっ!? 今ボーデヴィッヒさんとデュノアさんがお風呂でアスカくんを人質に立てこもってるらしいよっ!?』
『ホントにっ!? 早速観に行かなきゃっ! カメラ、カメラ!』
『アスカくんの裸が見れるかもっ! キャーーーッ!』
『今度のプロマイドは二千円は付くわねっ!』
バタバタバタバタッ!……――
「…………」
「……やはり信用はできんな、アイツは……」