俺は大事なものを失った。
守れなかった。誰かが守ってもくれなかった。
守る力なんて、俺にはなかったんだ。
俺は大事なものを失った。
大事なものは奪われた。
奪っていったのは強い力だ。
俺にはない力。抗うことのできない力。
大事なものは、力によって奪われた。
優しくて暖かいもの。
奪われた大事なもの。
俺を守ってくれたはずのもの。
とても大切な、優しくて暖かいもの。
温かかったはずのこの場所は、今の俺には酷く寒い。
体も、心も寒くて。
この場所は温かいはずなのに。
目の前がぼやけて見える。座り込んで、握った掌も。
戦いは終った。
俺を守ってはくれず、みんな去っていった。
俺は一人取り残されて、みんなの後姿さえ見ることができなくて。
いや、ここにいるのは俺一人じゃなかった。
俺から大事なものを奪っていった力。
力が俺に近づいてくる。
力があれば、失わずに済んだのか?
一瞬頭をよぎった考えに頭を振る。
俺は何を言っているんだ?
奪っていったのも、同じ力じゃないか。
失わなければ、奪うだけじゃないか。
俺は奪いたくなんてない。奪って、それで何になる?
そもそもだ。
奪われた俺も、奪っていった力も。
もう守るものは何もないじゃないか。
どうしてだ?
守ってくれるものがないのに。
みんなを守ってくれる、優しくて暖かいもの。
それがなくて、どうして平気でいられるんだ?
どうして俺に近づいて来るんだ?
大事なもの。
奪われた大事なもの。
優しく暖かいもの。
俺が守れなかったもの。
近づいてくる力。
まっすぐに見ることなんて、できるわけがなくて。
それでも、こみ上げてくるものを抑えられずに。
俺は強く叫んだ。
「シャル、ラウラっ! 俺から
「えっと、ゴメンね。こうしないとお風呂に入れないし……」
「お兄様、そのままでは風邪を引くぞ? さあ、風呂に入るぞ」
シャルとラウラはそう言うと奪い取った服をかごの中に放り込み、座り込む俺の手を取った。ラウラは早く早くとせがむように、シャルはもじもじとしながら手を引いていく。ため息は浴場の湯煙に混じって消えていった。
一夏と一緒に、週二日の貴重な大浴場での入浴を満喫しようとやって来たのが少し前。脱衣所に入ってところで変な箱を発見して、それを開けたらラウラが出現。すぐにシャルも現れて、鍵を閉められて逃げられないまま、二人に襲われて……俺は裸にひん剥かれた。かろうじて残ったタオル一枚が、心のよりどころだ。
ラウラとシャルが言い争いをしている内に、一夏は助けを呼んできてくれたけど……あろうことかラウラが俺を人質にして、風呂場に立てこもりを始めてしまった。出て来いっていうみんなの声に耳を貸さなくて――
『お兄様は妹と風呂に入っていたと聞いたぞ? ならば私もお兄様と風呂に入るっ! 邪魔をするなっ!』
とか言って聞かない。そうかと思えば、シャルはシャルで――
『僕だってシンとお風呂に――じゃなくて、僕はシンを置いてはいけないよっ!』
と言って離れない。外野との俺の写真を撮っておけだの、今度は一夏も裸に剥けだのの交渉の末に、『シャルが見張りをする(その他もろもろ)』という条件でラウラはしぶしぶと合意。今に至っている。俺の意思? そんなの、一夏以外はみんな聞いてくれなかった。
この後待ち受けている織斑先生のお説教を考えると、頭がクラクラとして仕方がない。それだけじゃなくて、今日のショッピングモールの話も葛城さんに伝ってるらしいから、間違いなくこの話も連絡が行くだろう。ということは、だ。
「マユにも知られるのかな……」
マユに何を言われることやら、気が気じゃない。オーブでもこっちでも、マユとは風呂に入ったりはしてたけど……他の女の子と風呂に入ってるなんてことを聞いたら、どっちのマユも俺のことを軽蔑するだろうな。『お兄ちゃんの変態っ!』とか罵倒されて……うえぇ……考えただけで心が折れそうだ。視界がぼやけるのは湯煙のせいだけじゃないだろう。
「お兄様、まだのぼせるには早い。のぼせるのは私の体に触れてからで――」
「はいはい、シンへの過剰なお触りは禁止されたでしょ? 体は向こうで洗おうね」
「ちっ、仕方あるまい」
シャルに手で静止され、不満げに舌打ちをするラウラ。俺がお触りされる側というのがおかしい気がする。いや、逆に俺がお触りしたらすぐ退学にされそうだ。それはとっても困る。
「シン……こっち見ちゃダメだよ? ダメだからね?」
「見ないってば! 見ないから早く向こうに行ってくれ!」
シャルの言葉に対して、首を一生懸命横に振って否定の意をアピール。視界にチラつく二人の姿が離れていったことで、ようやく安堵のため息。
俺は体を洗い始めながら、なんとか頭の中のごちゃごちゃを整理する余裕が生まれていた。
いったい二人は何を考えてるんだ? いや、ラウラの方はあんまり深く考えてないだろうな。多分、妹なんたらって本に書いてあったことが原因だ。ラウラはそれを真に受けてるだけなんだ。嫌だけど、今度本の中身をチェックするしかなさそうだ。やって良いことと悪いことの区別を教えないと、ラウラはこのままみんなに迷惑をかけ続けるだろう。だったら注意するのは、兄貴の俺の仕事だ。あんまり甘やかすのは良くないな、うん。
熱いお湯を頭からかぶると、体の泡がキレイに洗い流されていく。でも、まだ頭の整理の方は終っていない。
ラウラはともかく、シャルまで一緒にいるのはどうしてだろう? いくらなんでも、風呂場にまで来るのはおかしい。ラウラを止めるためだからって、俺と風呂に入るだなんて……ていうか、最近のシャルって少し変じゃないか? 遅刻癖もなかったのに毎朝俺が起こすようになったし、一緒にいるときはずっと手を繋いでる気がするし……それに、今日の一件だ。こんなのまるで――そうだ、そういうことか!
きっとシャルも、俺のことを家族みたいに思ってくれてるんだ!
シャルは俺のことを信じてるって言ってくれた。今のラウラもそうだ。二人がこんなことをするのもきっと、俺を信頼してくれてるからだ。俺はFAITHバッジに誓ったじゃないか。信念を貫いて、信頼に応えるって。なら、信頼に応えるのはマユと同じじゃないか。 マユとだってよく手を繋いでたし、一緒に風呂に入ってたんだから、それと同じことだ。
洗い流した泡と一緒にスッキリ、心がストンと軽くなり、俺の頭も落ち着いた。
今だけはお説教のことなんて忘れて、希少な入浴の機会を満喫することにしよう。なーに、家族が二人、一緒に風呂に入ってるようなもんなんだ。騒ぎ立てることじゃないって。
「信頼って良いものだな――ってコラぁっ! 風呂場で走り回るな、ラウラっ!」
「お兄様、体がダメならせめて髪を洗うのはどうだっ!?」
「う~……し、シン! そ、その、僕もっ!」
「分かったから! 危ないから走るなって!」
相も変わらず元気のいいラウラは風呂場を走り、それをシャルが追いかける。こんな光景を見ていると、本当に家族で一緒にいるみたいだ。ラウラが手間のかかる妹で……シャルがなんだろうな? 妹っぽいけど、そう言うのも何か引っかかるし……まあいいや、シャルはシャルで。シャルが大事な人ってことに変わりはないんだから。
◇
夜になってもまだ食堂は賑わっていた。中では生徒があちこちで先程の立てこもり事件の噂をしている。実際に浴場の中を見ている生徒がいないのだから、何が繰り広げられているのかが気になって仕方がない様子だ。TVモニターのニュースを見ているのは、一夏、箒、セシリア、鈴の四人がいるテーブルだけである。全員が全員、騒ぎに疲れて茶をすすっていた。シンの救助の不能を悟った一夏も、残念ながら引き上げている。
『今大人気の戦うアイドル、ベッキーことレベッカ・チェンバレンさん十七歳(仮)の来日が決定しました。レベッカさんは日本の葛城研にて開発されたIS『金獅子』の操縦者であり――』
「今のニュースだが、葛城研とはシンのいた研究所ではなかったか?」
「ああ、そのはずだけど」
湯飲みを傾けながら、モニターに映っている女性を見る一同。インタビュアーの前で椅子に座る金髪のツインテール姿が見る人の目を引く。笑顔も眩しく、いかにも陽気なアメリカ人といった印象を与えていた。
「へー、ベッキーって葛城研関係者だったのか。シンも知り合いだったりするのかね? シンに頼めば、サインとかもらえたりしてな」
「……一夏さん、もしやあの方のファンですの?」
女子三人の視線が厳しくなったが、一夏は気付かずにのんびりと茶を飲み続ける。いや、と否定の言葉を口にしてから、さらに言葉を続けた。
「五反田の奴が――ああ、知り合いなんだが、そいつがファンなんだ。サインを売りつけたら結構な金になりそうだなー、と」
「ああ、そういうこと。あいつバカそうだから、きっと言い値で買うわね」
一夏の返答にほっと胸をなでおろし、また三人はテレビに目を向けた。金髪の女性はインタビュアーの前でにこやかに質問に答え続けている。
『大学で心理学を専攻していたそうですね。カウンセリングもできるんですか?』
『デキルよー、アハハハハハ』
『……大学に在籍していたのはかなり前ですよね? そうすると年齢は――』
『十七歳ダヨ?』
『いや、でも――』
『十七歳ダヨ?』
『しかし――』
『 十 七 歳 ダ ヨ ?』
唐突にインタビュー映像が切れた。四人は無言で湯飲みを持ったまま、『しばらくお待ちください』と書かれたモニターを見つめている。流石に何からツッコミを入れればいいのか迷っているらしい。
「……ところで、シンってああいうアイドルに興味あるのかしらね?」
「どうかな。シンの奴、流行とか全然興味ないみたいだし」
ツッコミを入れることを諦め、四人は遂に変わらない画面から目を逸らした。話題も目の前の映像から少しだけ逸らしているが、それが無難に思えたようだ。
「というより……俺たちって、あんまりシンのこと知らない気がするんだよな」
「と、言いますと……一夏さん、どういうことですの?」
「ほら、なんつーか……」
湯飲みを置いた一夏は、首をかしげて椅子の背もたれによりかかる。
「アイツって自分のこと……特に昔のこと、そんなに話さないから。家族のことは聞いたけど、昔に何をしてたとかは言わないし。具体的な話が出ないっていうか……」
「言われてみれば……」
「そうですわね……」
シンのことを知らない。付き合いが長いわけではないことを踏まえたとしても、四人がシンについて知っていた情報は少ないように思えた。
一つ年上の、希少なISを動かせる男子。学年でも屈指の実力を持ってはいるが、座学は戦闘関連以外の事項はイマイチで問題行動が多い。家族はおらず、研究所に身を寄せている。性格は面倒見がよく、優しくて快活だが、シスコンの気がありとてつもなく鈍い(一夏だけは鈍いことを分かっていない)。これが四人のシンに対する大まかな認識である。家族のいない理由や、研究所以前の生活については、シンはほとんど語ろうとしなかった。
「詮索するつもりはないけどさ……何かあったのかしらね」
「本人が語らないのだから、私たちが無理に聞き出すわけにはいかないだろう」
「そうだけどな……そう言えばアイツ、海に行くって聞いたときも、水着買うときも、あんまり嬉しそうじゃなかった」
少し重々しい沈黙がテーブルを包みかけたところで食堂のざわめきが強まり、四人は入り口の方に目を向けた。先程の騒動の原因が戻ってきたのだ。
「いい湯だった。妹とは良いものだな」
「…………」
とても満足げに髪を揺らすラウラと、顔を真っ赤にしてうつむいているシャル。二人の周りにはいかにも幸せですといったオーラが充満しており、食堂の生徒はうかつに話しかけられない。真っ直ぐに四人のテーブルに向かってきた二人は、それぞれ機嫌良く椅子に腰を下ろした。
「一夏、私たちの茶はどこだ? まったく気の利かない舎弟だ」
「待て、俺がいつからお前の舎弟になったんだよ」
席に着いて早々の一言に反抗する一夏だったが、ラウラはフンと鼻を鳴らしてそれを一蹴する。
「私はお兄様の妹だ。そしてお前も一応はお兄様の弟。私の弟にも当たりそうだが、教官はお前の姉は教官だけだとおっしゃっていた。そこでどうしたものかと考えていたところ、お前の階級にぴったりの言葉が見つかった。つまりだな――」
腕を組みながら手早く説明していたラウラが、瞑っていた目を一夏に向けて言葉を止める。そしてニヤリと笑い、憮然とする一夏に指を突きつけた。
「お前は私の舎弟というわけだ。どうだ、文句あるまい」
「あるに決まってんだろ! 弟から舎弟って、かなりクラスダウンしてんじゃねえか!」
「子分扱いが嫌なら、摸擬戦で私に勝てるようにするんだな。さあ一夏、大人しく茶を入れて来い」
「ぐっ……! ちくしょう、分かったよ!」
流石に摸擬戦での戦績が勝率0%では反論できない。ここでごねるのは余計に男としての意地を傷つけるのだろう。一夏は言われた通りに席を立った。箒、セシリア、鈴の三人もモノを申したいところではあったが、やはり実力差を鑑みると何も言えない。
「フッ、最初から素直に認めておけば――おっと、通信か。私は一旦、席を外させてもらおう」
部隊からの通信を受け取ったラウラが、再び入り口の方に歩いていく。一夏、ラウラが抜けていき、テーブルに残ったのは三人ともう一人――
「…………」
「「「うっ……」」」
顔を赤くして黙りながらも、体全体から幸せのオーラを撒き散らすシャルだった。のぼせた表情のまま、頭の上にきれいな花が咲き渡っている。このまま夢の世界にいると、現実に戻ってきたときのショックが大きいだろう。そう判断した三人は気圧されながらも、おそるおそる言葉をかけていく。
「……シャルロット、お風呂場で何かあったの?」
「うん……シンがね、髪を洗ってくれて……僕のこと、きれいだって……」
まず夢の世界に行った原因が判明した。いったい何がどうしてそのような状況になったのか。想像のできない三人が唖然としながらも、シャルは両手を頬に当てて、ますます顔を赤くする。
「二人きりだったらなあ……あのままシンと……わっ、わっ! だ、ダメだって! お風呂でそんなことしたら……!」
シャルは何を考えているのだろうか。咲き渡る花の色が鮮やかなピンクに色付き始めたことから、簡単に予想はついてしまった。可愛らしい夢の世界が、いかがわしい妄想の世界に移りつつある。妄想の内容は十八歳未満のシャルへの教育上、大変によろしくない。
「おかしいな。私はアスカがシャルロットとラウラを風呂場に連れ込み、破廉恥な真似をしているとは聞いていなかったが」
「箒、アイツにそんな甲斐性があるわけないでしょ。ほらシャルロット、戻ってきなさいって。今なら傷は浅くて済むわよ」
「どうせシンさんのことですから、『シャルも家族みたいなもんだから、いいや』なんて思っていただけでしょう。シャルロットさん。辛いでしょうが、現実を見なくてはいけませんわ」
三人の言葉が耳に届いたのか、シャルの頭に咲いていた花がしおしおと枯れていく。シャルがため息をつき頭を垂らすのと同時に、枯れた花もその首を折った。現実とは不毛なものである。
「はあ、どうせそんなことだろうね……シンのばかぁ……」
「シャルロット、どうかしたか? 舎弟が茶を入れてきたから飲むといい」
「舎弟、舎弟と連呼しやがって……ほら」
シャルが現実に帰還したところで、一夏とラウラもテーブルに帰ってきた。肩を落とすシャルとは対照的に、差し出されたお茶を飲みながら、ラウラの機嫌はまだ上々だ。
「なあ、そう言えばどうしてシンは戻ってきてないんだ? 三人とも千冬姉のお説教だと思ってたんだが」
「うん、理由は分からないんだけどね。織斑先生がシン一人だけ連れて行っちゃったんだ。そろそろ戻ってくる頃だと――」
シャルが言い切る前に、食堂の入り口で大きな騒ぎ声が聞こえてきた。女子生徒が何人も固まっており、誰かの手が天井に助けを求めるように上げられている。人の波に呑み込まれる男子生徒。ラウラを除く五人には見覚えのある光景だった。
「アスカくん、今日から私も妹にして!」
「呼び方は兄さんでいいよね!? それとも兄君!?」
「ならお兄枠はもらった! いいわよね、アスカくん!?」
シンの返事はない。例のごとく、お説教で心がすり減って疲労しているのだろう。助けに行かないとそのまま流されることは、テーブルの全員に理解ができた。
「お兄様が危険だ! シャルロット、行くぞ!」
「うん! 待っててシン、すぐに行くから!」
シンのピンチを察するや否や、ラウラとシャルの二人が立ち上がる。あっという間に人垣に飛び込んでいくと、シンの手を掴んで引きずり出してきた。文字通りシンは引きずられており、抵抗する様子もない。傍から見ているとかなり痛々しく、四人は若干引き気味である。
何とか席に着かせたものの、シンは魂が抜け落ちたように動かない。全員で呼びかけ続けたところで、ようやく反応が返ってくる有様だった。
「うえぇ……みんな……」
「どうしたシン、何があった? 千冬姉にどやされたのか?」
シンの首が横に振られる。肩を細かく震わせると、堰を切ったように話をし始めた。
「事情を話したら……まず織斑先生に、かわいそうな子どもを見る目で見られて……それから電話した葛城さんには、『今度知り合いのカウンセラーが来るから診てもらおう』って言われて……最後にマユに……『お兄ちゃんのえっち!』って怒られて……」
何度も涙をぬぐうシンの姿に、どう言葉をかけたらいいか迷っていた五人。しかしラウラだけは顔を赤らめてシンの腕に抱きつき、甘い言葉をささやく。
「お兄様がいけないのだ。私の気持ちも知らず、他の女と仲良くするから……私がどれほどお兄様のことを想っているか、知らないから……」
「ラウラ……」
「お兄様……」
もう一度服の袖で涙を拭くと、シンはラウラに微笑みかけた。お互いの赤い瞳が目の前の相手を映し出す。世界が二人だけのものに――
「そのセリフはどの本のどの辺りに書いてあったんだ?」
「萌える妹入門の中級編だ。セリフはアレンジを加えてみたがどうだ? 私に飛びつきたくなったか?」
「なるかっ!」
「ちっ、お兄様もガードが硬いな」
――なるわけもない。机を叩くシンに、やれやれと手を投げ出すラウラ。そして華麗な兄妹コントを見せ付けられずっこける食堂の生徒達。甘い空気も色々と台無しである。
額を押さえて息を大きく一つ吐くと、シンは隣のシャルに背を向けてラウラと向き合い、懇々と説教を始めた。
「いいか、ラウラ。お前が俺の妹だって言ってくれるのは嬉しいけど、だからって何でもしていいわけじゃないんだ」
「しかし、妹は兄に甘えるものじゃないのか?」
「でも他のみんなに迷惑をかけちゃダメだ。何でも本の通りにしたらダメだって」
「むう……それではお兄様はいつ私と身も心も結ばれるのだ?」
「何で俺が妹に手を出さなきゃいけないんだっ!」
「送られてきたアニメのDVDでは、ヒロインが兄と結婚をしてエンディングを迎えていたからだ。そうだ、漫画もゲームも送られてきたな」
「だから何でも鵜呑みにするなって――ラウラ、ちょっと待っててくれ」
説教を途中で切り上げると、シンは今度は隣のシャルに向き直る。シャルは大きく頬を膨らませ、手には鋭く光るモノを握りしめていた。先程からシャルはそれを何度も、シンの背中に突き立てていたのである。
「シャル、痛いから俺の背中をフォークで刺さないで――ぐえっ!」
フォークを放ると、シャルは両手をシンの顔に伸ばし自分の近くに引き寄せた。シンの首と共に、シン本人も苦しそうにうめき声を上げる。シャルの頬は膨らんだままだ。
「シン、僕との約束覚えてるよね?」
「え? 当然だろ?」
「僕はずっと迷惑かけるって言ったよね?」
「うん。別にシャルが迷惑かけたって、俺は構わないって」
「ずっと一緒にいていいって、言ったよね?」
「うん。シャルが選んだんだから、当たり前さ」
「じゃあラウラと結婚なんて絶対ダメ! シンは僕と一緒なんだからっ!」
「えっと、シャル? 何か話が違ってきて――うわっ!」
話の終らないまま、今度はラウラがシンの手を引っ張り自分に引き寄せる。ラウラは見事な膨れっ面をシンに向け、再び腕をきつく抱きしめた。ところがシャルもとっさにシンの手を掴んだため、二人でシンを引っ張り合う形に。また不毛な争いである。
「お兄様、私は今日は怖い夢を見そうなので一緒に寝るぞ! きっとお兄様を抱きしめていれば、私は安心して眠れるはずだ! さあ、シャルロット! その手を離せ!」
「ラウラこそ手を離してよ! シンは僕と一緒だって約束してくれたんだから! 朝だってお昼だって、夜眠る時だって一緒だよ! 離さないからねっ!」
「二人とも離してくれっ! 痛い、いだだだだだだだだっ! 引っ張るな! 引きずるなって! 一夏、助け――」
バタン、と食堂の扉が閉まる音で、シンの訴えが遮られた。あまりの出来事に水を打ったように静まる食堂。助けを求められた一夏は得体の知れない恐怖で動くことができず、他の三人は呆れ果てて呆然としている。
「……シャルロットは完全に自分を見失っていたな」
「自分が何を口走ってたか、気付くかしらね?」
「このまま海に行ったら、きっとシンさんは土左衛門になりますわね」
「縁起でもないこと言うなって。それにしても、シャルルとシンってさ――」
三人が驚きで顔を見合わせた。ようやくこの唐変木も気付いたのか、と。
「――本当に家族みたいだな」
一夏の顔面に、三人分の湯飲みが一斉に投げつけられた。一夏はやはり気付いていたわけではなかった。
テーブルに沈み込む一夏を置いて、箒、セシリア、鈴の三人は食堂を後にする。結局シンのことも分からずじまい。そして明日以降も続くだろう苦労を考えると、三人はまた仲良く揃ってため息を吐くのであった。