シン・アスカの激闘   作:ちくわヘルシー

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※注意※
後付話のため第一話とつながっておりません。
別に読まなくても平気な話なので、気になる方は無視していただけると助かります。


プロローグ2

 やっぱり、思い出したってどうしようもなかった。そもそも、ちょっと考えたぐらいで分かるんだったら、研究所にいた時にとっくに判明してるはずだ。

 

 どうして俺がここにいるのか。

 俺がどうして、俺が知ってる地球じゃない、別の世界にいるのか。

 コーディネイターは俺以外にいない。宇宙にプラントは存在しない。モビルスーツもなけれればZAFTも、地球連合も、オーブも……戦争だって、ない。

 ここは優しくて温かい世界だ。

 そんな世界に、どうして俺がいるのか。

 研究所で一月以上考え込んだって、何も答えは出なかったってのに。

 

 苛立ち半分で頭をかきむしっていると、周りからの視線がより一層集中していった。

 あぁ……そう言えば俺、校門の前ど真ん中に立ってるんだっけ。

 通行の邪魔だし、何より目だって仕方が無いことに気付いて、俺は校門の脇にもたれかかって、また頭を抱えだした。

 初めて研究所に来てから、何してたっけ? とにかく事情を話して、色々話を聞かせてもらって、ISの訓練して、それからマユと一緒に過ごして……。

 

 事の次第を記憶から順々に引っ張り上げていく。取り留めのない回想は、俺の頭の中で終りそうになかった。

 

   ◇

 

 ドアが開いた。研究所内部、実験場の照明の中に足を踏み入れていく。

 

 敵機確認――操縦者・山田真耶ISネーム『ラファール・リヴァイヴ』。戦闘タイプ中距離汎用型――

 

 鮮明に広がる視界には、ウインドウがいくつも表示されている。映し出された情報の確認にも、ISでの補正がされているから手間取ることはなかった。

 相手の機体は……確か汎用量産タイプだったはず。特殊装備もないし、完全に力試しの意味なんだろう。なら要領はモビルスーツ試験の時と同じだ。パイロットの技量を測るために、最初は意表を突くような真似はしてこない。

 肝心の俺の技術と言えば、圧倒的にIS操縦の経験が足りていない。戦闘時間が長引けば長引くほど、ボロが出てジリ貧になることは目に見えている。

『イグナイテッド』の装備は胸部バルカン、対エネルギー仕様実体シールド、中距離ビームライフル、近接戦用実体ダガーが二本。装備自体は基本的なものばかりだし、シルエットの換装にはまだ時間がかかってしまう。装備に頼りきった戦闘は厳しい。

 幸いにも装甲は『フェイズ・シフト』だ。実弾相手なら、ある程度まで攻撃を無視して突っ込める。強襲はなんとか可能。

 一撃当てられることを示すだけで十分だ。今ある装備と技術で、やってみせる。

 

 ライフルを構えたところで、試合開始のブザーが鳴った。

 俺は左手の盾を掲げながら、最初から全速力を出して相手に向かっていく。

 慌てた様子でサブマシンガンを取り出し、こっちに銃口を向けたのが見えた。その場で俺を迎撃するつもりらしい。好都合だ。

 バラバラと放たれる銃弾が盾に弾かれていった。掠めた弾もダメージにならず、あっという間に距離が詰まっていく。距離、三十……二十……ここだっ!

 かなり接近できたところで、相手の頭上にライフルを放り投げた。ほんの一瞬で良い、懐に飛び込む隙を作る。

 目論見通り、相手の視線と意識がライフルに移った。ライフルに目が行けばこっちのものだ。最高速を維持して、サイドスカートからダガーを引き抜く。もう気付いたって遅い、至近距離。捉えた……っ!

 銃を構えようとしたのか、近接武器を取り出そうとしたのか。その腕を掴み、何もさせないうちに力任せに体を地面へ引き倒した。次いで首筋にダガーを押し当てる。試験官の口が、唖然と言ったように開かれていた。

 

 数秒の沈黙。それから再びブザーが鳴って、試合の終了が告げられた。

 思ったより上手くいったことにほっとし、ダガーを離したところで通信回線が開かれる。モニタールームからってことは、葛城さんからか。

 

『試験終了、文句なしの合格だそうだ。シン、お疲れさん』

「はい、ありがとうございます」

『ちょっとそこで待ってろ。今俺の方もそっちに行く』

「了解です……っと、すみません。乱暴にしちゃって」

「あっ! いえ、私は大丈夫ですよっ!?」

 

 間近で見てみると、試験官はメガネをかけていて、それでいて妙に人の良さそうな女の人だった。倒れていた体を引っ張りあげるために手を取ると、妙にあたふたとしていて落ち着きがない。本当に大丈夫なんだろうか。

 

「あの、もしかして怪我とかさせちゃったんじゃ……?」

「いえいえっ! あ、アスカくん、ですよね。あの、怪我とかより、手が、ですね……」

「手? 手がどうかしたんですか?」

 

 握った方の手をひっくり返してみても、どこにも変な部分は見られない。俺の手は全然平気だし、どういうことだろう。

 

「手って、そっちの手のことですか?」

「ひゃあっ!?」

「どこか痛かったりします?」

「ひゃ、いえっ、駄目です、私はただの試験官ですからそんなっ! まだ会ったばかりです、お互いを深く知るにはまだ時間がっ!?」

「?」

 

 空いた方の手を取って確認してもみたけど、こっちも大丈夫そうだ。ますます分からない。

 不思議に思っている俺の前で、試験官の女の人は緑の髪を振り乱して、メガネをずりさげている。こうして間近で見てみると、失礼だけど、あまり大人のようには見えなかった。

 

「そ、そんな目で見つめられても私は……あぁ、でも織斑先生の弟さんもいるし……」

「あの、もしもし……?」

「シ~ン。試験が終ったと思えば、お前さんはいったいな~にをしてんだ~?」

 

 葛城さんの声が背後から聞こえてくる。試験官の人じゃなくて俺? 何をしてるって言われても、別に変なことをしてるつもりはないんだけど。

 そんな考えを見透かしたように、葛城さんが俺の後頭部を叩き、両手を指差した。

 

「そ~の両手だ、両手。いつまで握ってるんだ」

「両手……あ、すみません」

 

 そうか、相手の手を掴んだままだったのか。確かに失礼だった。

 一旦ISの装着を解除して、言われたとおりに手を離す。

 ようやく納得できて、「失礼しました」と下げた俺の頭に、今度はぽんと葛城さんの手が上乗せされた。これじゃまるで、悪戯して叱られた子どもだ。

 

「葛城さん、その手はどけてくださ――」

「山田先生すみません、コイツは類を見ないほどの唐変木なんです。平気で女性とも手をつなぎます、真っ直ぐ相手を見つめます、口説き文句としか思えないことも口にします。ですが本人にその気は全く、欠片ほどもありません。そして厄介なことに、何度注意をしても一向に治る気配が見られません。ですから笑って流し許してやってください、それが一番です」

「は、はぁ……と、唐変木ですか……」

「葛城さん? 俺は別に、この人を口説いてなんか……」

「お前さんにそのつもりがないのはよ~く分かってる。だけど今は黙って頭を下げておけ、唐変木」

「唐変木って……ちょっ、葛城さん、離してくださいって」

 

 顔を上げて反論しようとするけど、葛城さんの手に力が込められ、それも許されない。

 

「ええい、唐変木じゃなきゃ朴念仁だ! お前さんは、ちょっと、大人しく、してろっての!」

「ヘッドロック、かけられて、大人しくなんて、できません……っ!」

 

 ガッチリと首を固められて、更には頭を叩かれてしまう。クスクスという忍び笑いは試験官の人のものだ。やっぱり笑われてる。

 数分間の抵抗も失敗。諦めて大人しく首を垂れていると、「そうそう」と、葛城さんは思い出したように言った。

 

「俺はこの後、お前さんの入学手続きと打ち合わせだ。お前さんの部屋を用意してもらわなきゃいかんしな」

「部屋を用意って、わざわざ? 寮なら空いてる部屋ぐらいあるんじゃ……」

「アスカくんの場合は特例の男子生徒ですから、個室が用意されるんです」

「そう、ですか」

 

 特例ってだけで至れり尽くせりの厚待遇だ。俺はまだ実績になるようなことは全く残してないっていうのに。

 

「個室には簡易キッチンもありますので、お料理もできますよ。部屋で一人暮らしができるぐらいの設備は備えられますから」

「寮全体がキレイなとこだ。お前さんの部屋も相応のモノになるから、期待して待ってな」

 

 キレイな寮に、キレイな個室。特別な例だから、貴重な男性の操縦者だから。

 

「? アスカくん、何か質問でも?」

「いえ、別に……」

 

 研究所に来てからずっとこうだ。

 穏やかな世界だってことは分かる。

 そんな場所に俺がいるんだってことも。

 

「何だ、不安だったのか? 大丈夫だよ、お前さんは女子と同じ部屋で過ごすなんてことはない。つーかさせたらマズい、色々な意味で」

「そんなわけじゃ……」

 

 不安ではないと思う。違うと思う。

 ただ、二人の話が俺には他人事のようにしか思えない。それだけだ。

 何を聞かされたって、自分のことだなんて、はっきりと感じられない。

 ここは優しくて、温かくて、平和な世界だ。

 ただ、それにどうしようもなく違和感があって、胸のつかえが取れないままでいる。

 

「……そんなことより葛城さん、この後はもう実験場は使いませんよね?」

「そんなことよりって、あのな……お前さん、何をするつもりだ?」

 

 何も考えなくて済むのは、ISを動かしている時だけだ。

 

「四時間ぐらい訓練していこうって思って。部屋に戻る前に、このままここで」

「――っ!?」

「ええっ!?」

 

 拘束していた腕の力があっけなく緩み、俺は身を離した。

 

「よ、四時間ですか!? アスカくん、実機での訓練ですよねっ!?」

「そうですけど、何か……?」

 

 試験官の――山田先生って呼ばれたっけ。その人がまた酷く慌てている。

 今度は何が原因だろうか。

 

「無茶ですよ! 実機訓練は体に相当な負担がかかるのに、四時間なんて!」

「でも、毎日それぐらいやってます」

「四時間を毎日!? 体を壊しちゃいます、いけませんっ!」

「……本当に危ないって時は、自分で分かりますから」

「何かあってからじゃ遅いんです! 入学の前からこんな――」

「山田先生、俺から話します」

 

 隣に立っていた葛城さんが俺の両肩に手を置いて、体の方向を変えさせた。

 俺よりいくらか背が高いから、少しかがんで、目線が真っ直ぐに合うようにして向き合う。瞳の中にはいつも感じられる温かみがあった。

 

「シン、お前さんの体が丈夫なのも知ってる。だが今日は休んどけ。忙しいのはこっから先なんだ」

「俺は平気です。無理をしてるわけでも――」

「試験に合格したばっかりじゃねーか。お前さんの立場が特殊でも、今日ぐらいは普通の子どもみたいに喜んで良い」

「だけど……うわっ!?」

 

 言いよどむ俺の頭をぐしゃぐしゃにかき回し、葛城さんはニッと歯を見せる。

 

「お前さんも普段は素直に言うこと聞くってのに、こういう時になって駄々こねんなってんだよっ! それにだなぁ、お前さん勉強の方はろくに手を付けてないって、マユから聞いてんだがなぁ?」

「それは……」

 

 痛いところを突かれた。確かに実記訓練とシミュレーションを回すだけで、貰ったテキストはほとんど開いてない。

 

「そっちは後でやるつもりでいたんです……」

「訓練の後はマユがベッタリだろーが。分かったらほれ、休みがてらに学問もキッチリこなしてこいっ!」

 

 言い訳が通用するはずもなく、俺は背中を叩かれてしまった。

 これ以上何を言っても迷惑をかけるだけだろう。仕方ない……戻るしかないか。

 

「……了解です。山田先生、今日はありがとうございました」

「い、いえ、こちらこそ! お勉強もがんばってくださいね、アスカくん!」

「……はい」

 一言だけ返事をして、実験場の外に向かっていく。

 本当ならシミュレーションルームは開いているはずだから、マシンでの訓練ぐらいはこなしたい。それが駄目ならシミュレーターでプログラムの調整。無理ならせめて整備室に行って機体整備だけでも――

 消化不良な気持ちが残っている。途中で足が止まり、実験場の真ん中にいる二人の方を振り返りかけて、また無理矢理に足を前へと動かした。

 言っちゃいけない。結局、さっきと同じことを繰り返すだけだ。

 迷惑をかけるちゃいけない。心配をかけるような真似だって、しちゃいけない。

 重かったはずの俺の足取りは、今は自然と早足へと変っていた。

 

 

   ◇

 

 

 始まりはマユって女の子を助けたあの日からだ。

 

 研究所からなんとか脱出できて、目覚めてから事情を聞かされてすぐに、俺は他の人たちと話が食い違うことに気付いた。

 コズミック・イラ、ナチュラル、コーディネイター、モビルスーツ、ZAFTに地球連合、オーブ。そしてロゴス、デスティニープランをめぐる戦争。

 俺の知っていることが何もかも、誰も知っている人はいなかった。

 逆に他の人たちが知っていることが俺には全然分からなくて、手に入れられる情報を片っ端から調べても、俺の常識が通じない場所にいることを突きつけられるだけだった。

 

 加えて問題になるのは話が通じないこと以外にもあった。火事の現場に俺がいたことだ。

 あの火事については原因が不明らしい。武器の開発室から出火したせいで、可燃物や爆発物に燃え移ったりしたのが大火事に繋がったそうだ。

 でも自動制御の防災機能が全部停止していたこと、それが整備不良のせいではないことも調べで分かった。それに肝心などうして開発室から火が出たのかが、結局分からないままだ。

 身元不明の不審人物が原因不明の火事の現場に、というのは疑われないのが無理な話だ。

 俺は病院でどれだけ事情聴取と検査をされたんだろう。当たり前だけど俺は嘘もついてないし異状だって無い。

 最後に精神鑑定さえしても結果は真っ白。ますます事態はややこしくなるばかり。

 

 それでもずっと、俺の言うことを信じてくれたのが葛城さんだ。

 葛城さんは火事になった建物――つまり俺が暮らしている「日本IS技術開発研究所・通称『葛城研』」の主任で、マユのお父さんだ。見た目は無精ヒゲを生やしてだらしないけれど、かなり偉い人らしい。ここも政府直属の研究機関ということで、すごい重要な場所だそうだ。

 葛城さんの口添えのおかげで、俺は今日も研究所暮らしをしている。

 そんなことが認められるのも、俺が動かしたパワードスーツ『IS』が原因だった。

 

『IS』――正式名称『インフィニット・ストラトス』。

 宇宙開発用に作られたマルチタイプのパワードスーツで――類を見ないその高性能が災いし、『兵器』として軍事転用された。

 世界はお互いに冷戦状態になり、終いにISは国の威信をかけて取り組まれる『スポーツ』へと形を変え、今に至っている。

『スポーツ』になったというのも、ISが兵器として致命的な欠陥を抱えているからだ。ISは「女性にしか扱えない」。

 国防の要・技術の最先端が女性だけのものとあれば、女性の社会進出は急速に進んでいき、今やこの世界はどこでも「女尊男卑」の風潮で――

 

『――何よ男のくせに! 女性の気持ちが分からないなら黙ってなさい!』

『そうよそうよ! 引っ込んでなさいよっ!』

『さっさと出て行きなさい! 女の言うことが聞けないのっ!?』

『女性を立てるのは男性として当然でしょう!?』

 

 暴言がテレビから矢継ぎ早に届いてくる。

 研究所敷地内にある葛城さん宅のリビングで、俺はぼんやりとテレビを眺めていた。

 こんな会話があろうことか国会中継から聞こえてくる世界だ。どれだけ世界が平和で、そして女性が中心になっているかが良く分かる。

 

『こんな簡単なことも分からないの? 男ってやっぱり馬鹿なのね!』

『無知、無値、無恥の三重苦。少しは足りない頭を使う術を覚えたら?』

「……うるさい、余計なお世話だ」

 

 俺の前にある机には、放り出されたテキストが置かれている。頬杖をついてさぼっている最中とあって、テレビの罵声が耳に痛い。

 すぐにリモコンに手を伸ばしてチャンネルを変えると、無難そうな音楽番組に切り替わった。

 

 この世界で、本当なら女性だけが使えるはずのISを俺が動かした。同じ日にISを動かした男がいるらしいけど、今までにただ一つの例もなかった事態。

 しかも例がなかったどころか、俺のIS『イグナイテッド』は、女性ですら動かせなかった『欠陥中の欠陥機』。パソコンでデータを取れるだけ取れるようにして、後は倉庫に放置していた、いわゆる出来損ないだ。

 でもISの中心部分のコアは動いたままで、後で確認したら追加装備の設計に特殊装甲の形成まで勝手にやっていたことが判明した。設計された装備は研究所が急ピッチで製造してくれて、俺がテストパイロットということで実験を繰り返している。

 国籍、戸籍、その他の身分証明になるようなものはこの国、日本政府の人たちがすぐに発行してくれた。

 自国所属のIS操縦者が一人増えるだけで大きな力になる。イグナイテッドは日本に登録されたコアを使用しているから、後はパイロットが確保できれば良い。

 国のお偉いさんからすれば、ご機嫌取りでも何でもして俺を囲い込んでおきたいってことだと、葛城さんから聞かされた。

 ただし、ISのパイロットは原則として養成学校である『IS学園』に入学する決まりがある。こればかりは国際法の規定だから無視するわけにもいかないらしい。

 幸いなことに学園は日本にあるので、政府の人たちが俺の入学は全てお膳立てしてくれている。試験も今日の朝に終った。

 

『うおおおおぉぉぉぉーーーーっ! ベッキィィィィーーーーっ!』

『ベッキーが宇宙一カワイイよぉぉぉぉーーーーっ!』

『アハッ! どうもアリガトーーーーッ!』

 

 考えても仕方のないことばかりなのは知っている。

 元の世界にはしばらく帰れそうもない。状況はとにもかくにも、分かっていることの方が少ないぐらいだ。

 元の世界に帰る方法が見つからない以上はここに残るしかない。ミネルバのみんなを、世界を残して、ここで妙な兵器の実験だ。

 

『ベッキー! ベッキー! ベッキー!』

『ヒャッハーッ! とても三十路手前とは思えな――』

『ヘイ、そこのアナタ!――少 し 頭 冷 や そ う か ッ !』

 

 ――ドッゴオオオオォォォォーーーーンッ!――

 

『ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!』

 

 先の見えない不安も、何もできない苛立ちもあるはずだ。それなのに俺は満ち足りている。まるでオーブにいた頃に戻ったような錯覚さえ覚えるほどに。

 誰もが優しい時。本当にオーブと今はよく似ている。

 

 けれどここで誰かの優しさに触れるたびに、強く思い知らされる。目の前のモノが全てなんだって。

 もうあの頃のオーブはない。オーブに花が咲いても、ここに花が咲いていても、父さんも母さんもマユも還らない。

 そんなことは軍に入ったときに覚悟していたつもりだったのに、今になってその事実に立ち眩む。

 

『反省できたカナー? アハハハハッ!』

『あんの馬鹿野郎! ベッキーは永遠の十七歳なんだよ!』

『そんなことも知らないなんて、アイツは帝国民じゃねーな!?』

『二度とレベッカ帝国の領土を踏めると思うなよっ!』

『さあ、気を取り直してネクストナンバー! イってみヨーッ!』

『『『『『『うおおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!』』』』』』

 

 失った過去の悲しみは、怒りと憎しみの力にしかならなかった。戦っていて生まれた迷いは、最後まで完全に消えることはなかった。

 平和な世界にいて、怒りと憎しみがなくなっても、俺の迷いはまだ消えてくれない。何がいけないのかすら、自分でもはっきりしていない。

 だったらどこに行けば、迷いのない心が手に入る?

 全てを『力』に変えられるような、揺るがない心。誰かにすがらないで、答えを見つけられるように――

 

「ただいまぁっ! お兄ちゃんいるーっ!?」

 

 玄関口から大きな声が、そして廊下をバタバタと駆けていく音が届いた。

 マユが帰ってきた……って、しまった。もうそんな時間になったのか?

 掛けてあった時計に目をやると、時間はちょうど一時きっかり。まだ昼食の準備をしていない。

 慌ててソファから腰を浮かすと、俺が返事をする前にマユが部屋へ飛び込んできた。

 

「お兄ちゃん、たっだいまぁーーっ!」

「あぁ、おかえりマユ――」

「合格おめでとう、とおーーっ!」

「うわっと!」

 

 背負ったランドセルを床へと落とし、マユは走る勢いに任せて、ソファ目がけてダイブしてきた。捻った上半身でなんとか体を支えて抱きとめると、マユは大きく口を開けてはしゃぎ声を上げる。

 

「こらこら、危ないから飛び込むのは止めろって」

「大丈夫です~。だってお兄ちゃんが助けてくれるも~ん」

「そんなことしてると、パンツ見えちゃうぞ?」

「きゃっ、お兄ちゃんのえっち! ラッキースケベ!」

「それは俺のせいじゃないってば」

 

 指差した先では、スカートの裾がソファの背に引っかかっている。抱えたマユを下ろしてやると、またマユはおかしいというように、ケラケラと笑った。

 

「あははっ! じゃあお兄ちゃんが鈍いせい~!」

「鈍いってマユ、何がだよ?」

「マユは教えてあげませんよ~だ。試験に合格しても鈍いまま~」

「合格? マユ、知ってたのか?」

「お父さんからメールで聞いたの。お兄ちゃん、マユに教えてくれなかったし」

 

 そう言って不満そうに俺の額を小突くマユ。とりあえず謝る俺の横に座ると、テレビの放送内容に気付いてあっと声を上げた。そう言えばマユは、音楽番組をよく見てたっけ。

 

『I really really love you! My honey! So! Hold me! Kiss me! Love me! Say yes!』

「せい、いえーっす! お兄ちゃん、ベッキーのライブ見てたの?」

「いや、たまたま見てただけで……マユはこの人、好きなんだっけ?」

「そうなの! お父さんの友達で、すごい楽しい人なんだよ! 会うといろんなお話聞かせてくれるし、遊びに連れてってくれるの!」

 

 マユはさっとソファの上に立ち、踊りの振り付けを真似はじめた。歌詞の方もそうだけど、ここまで完璧に覚えられるなんて。テレビに映っているアイドルと寸分違わぬ動きを見せるマユに、ちょっと感心してしまった。

 

「マユもあんな風に、アイドルとかになりたいって思うのか?」

「う~ん……ベッキーは好きだけど、三十路手前で彼氏もいないって、小学生に泣きつくのはいや~」

「そっか……」

 

 アイドルに秘められた真実の一端を垣間見てしまった気がした。聞かなかったことにしよう。

 

「……お腹空いてるだろ? 今お昼作るから、ちょっと待ってて」

「うん! 何を作ってくれるの?」

「ええっと、冷蔵庫の残りで……海老チャーハンに、玉子スープかな」

「わあ、中華! でもお兄ちゃん、マユの分は――」

「量はあっても油は控えめ、だろ。分かってるよ」

「さすがぁっ! お兄ちゃん大好きっ!」

 

 マユは俺のことを、お兄ちゃんって言って、慕ってくれている。

 でも、この子はあの“マユ”じゃない。俺の知っているマユじゃない。

 

 “マユ”は国語とかの方が得意だったけど、マユは算数とかの方が点数が良くて。

 “マユ”はダイエットとか気にしなかったけど、マユは結構そういうの気にしてて。

 “マユ”はアイドルに興味はなかったけど、マユはCDとかもいっぱい持っていて。

 “マユ”にも俺にも母さんはいたけど、マユはお母さんを早くに亡くしていて。

 けれど二人とも、料理もファッションも大好きだ。俺とゲームだってするし、動物園とかにも、大喜びで出かけていく。それにスゴイ甘えん坊で、いつも俺をみると飛んできてくっついている。

 

 違っていて、とてもよく似ている、二人のマユ。二人とも同じように、俺にとって大切な子で……マユがまるで本当の妹みたいに思える。

 だからマユと一緒にいて、こうして過ごす何気ないひと時が心地良くて、どこかやるせなかった。

 

 

   ◇

 

 

 周りに渦巻きの模様が入った白地の平たい皿に、チャーハンを丸く盛り付けて完成。テーブルに出来立ての海老チャーハンと玉子スープが並んだ。コップに注いだウーロン茶も合わせて、なかなか中華らしい食卓になったと思う。

 

「いただきます」

「いただきまぁすっ!」

 

 向かいの席で、マユがまずチャーハンを一口。反応をうかがっていると、マユがニコリとして「おいしい!」と言った。玉子スープにも口を付けて、またニコリと笑う。

 今日の料理は上手にできたみたいだ。料理なんて久しぶりで、最初の方はそれなりに失敗も重ねていたけど、最近は無難にこなせるようになっている。

 

「お兄ちゃん、今日の点数は満点だね」

「ありがとう。でもちょっと野菜が足りなかったかな。夕飯は野菜中心で作ろうか」

「そうだね。あ、それじゃ夕方にお買い物に行こうよ」

「うん、分かった」

「えへへ、それまで何してよっか?」

「それはマユに任せるよ。俺はもう、何もやることがないから」

 

 自分で言っておいて、やりきれない思いに駆られながら、口にチャーハンを運んでいく。油が少なめでも、米はパラパラ、玉子はふわりと舌触りよくできている。出来が良いだけ、また情けない。

 

 やることがないんじゃなくて、できることがないんじゃないか。

 ここに来てできるようになったのは、ISを動かすことと、料理だけなのか。

 

 何してるんだろうな、俺。

 

 みんなを放って安穏と暮らしてて、それなのに、こんなに幸せでいる。幸せなはずなのに、いつまでも心が何かにうずいている。

 

 俺の明日って、こんな風でいいのか?

 俺はいったい、何をすれば良いんだろう……。

 

 黙々とチャーハンを食べていたその時、パアンッと渇いた音を立てて、マユの両手が強く叩かれた。

 

「――そうだ、ケーキ作ろうっ!」

「ケーキ……?」

「うん、ケーキ。お兄ちゃんが高校に合格したからそのお祝い」

 

 あっけに取られて聞き返すと、マユは自分の案に得意顔でうなずいている。

 お祝いと言われても、ほぼ自動的に入学が決まっただけだから、そんな大したことじゃない。気持ちは嬉しいけど、わざわざケーキまで用意しなくても……。

 

「お兄ちゃんは嫌? もしかしてお兄ちゃん、ケーキ嫌いなの?」

「嫌じゃ、ないけど……」

 

 俺の濁したような答えを聞いた途端、マユの目がきゅっと釣り上がった。しまったと思ったけどもう遅い。お皿の料理はキレイに平らげたのに、マユの頬はものを詰め込んだように膨らんでいる。

 

「ぶー! じゃあお兄ちゃん、もっと嬉しそうにしなきゃ! ケーキだよ、ケーキ!? みんな大好き甘いお友達にしてダイエット永遠の好敵手!」

 

 どうやら地雷を踏んでしまったみたいだ。まったく信じられないとか、男の子なのに細くてズルイとか、マユはダイエット大変なのにとか、今にも俺のことを叩き始めそうな剣幕で不平を並べている。

 

「悪かったよマユ。ありがとう、俺は十分嬉しいから」

 

 身を乗り出すマユを両手で制止する。そうだよな。こういう時には、素直に喜んでおいた方が良い――

 

「――じゃあどうして、お兄ちゃんは笑わないの?」

「――え?」

 

 笑わない? 俺が?

 

「ずっとそう。お兄ちゃんが笑ったとこ、マユもお父さんも見たことない」

 

 ずっと……俺、笑ってない……?

 

 笑ってない……笑ってない。

 だって、笑うって、何で……? どうして……?

 だって、俺は約束を守れなくて、ステラを守れなくて、だからアスランを撃って、でも守れなくて、負けて……でもステラとまた約束して、でも俺は、何も、何も……!

 

「俺は……!」

 

 分かってる、分かってるんだ! 約束はしたさ! 明日を生きるって、ステラに言ったんだ!

 だけど……だけど、こんな形で、俺が一人で! 平和であったかくて、みんなのことを忘れて、一人で! そんなの……!

 

 ――守れなかった俺が、どうして笑えるんだよ……!?

 

「ダメなのそれじゃあっ!」

「――っ!?」

 

 音を立ててテーブルが叩かれる。米粒のついたレンゲが俺へと突きつけられた。

 

「お兄ちゃん、また暗い顔してる! ダメだよそれじゃっ! ぶーぶーぶー!」

「マユ……?」

 

 左手をテーブルにかけて身を乗り出し、マユはさらにレンゲを押し進める。前髪に触れるかどうかという距離でようやく止まるけど、マユの言葉は止まらなかった。

 

「お母さんが言ってたもん。誰でも自分の大事な人に、幸せでいてほしいって思ってるって。だからマユには笑っててほしいって、言ってたもん。お母さんはマユとお父さんが大好きだから、マユとお父さんはニコニコ幸せでいるの!お兄ちゃんもニコニコ幸せじゃなきゃダメ! マユはお兄ちゃん大好きだもん! いつも優しくてカッコよくて!」

 

 火が着いたように俺にまくし立てて、最後に表情を特大の笑顔に変えて、マユが言った。

 

「マユのこと守ってくれたもん!」

 

 それで満足したのか、マユはレンゲを置いて、行儀よく「ごちそうさまでした」と手を合わせた。

 俺は食器を下げていくマユを呆然と眺めたままで、何か言おうとしてみても、何も言葉にならなかった。

 

 守れた……俺が、マユのことを……。

 そうだ……守れたんだ。

 

『だからシンも前を見て。明日を……』

 

 あの時ステラは、笑ってた。笑って俺に、前を見るように言ってくれた。

 そうやってステラと約束して、最後まで諦めないでいて……ようやく、たった一つだけれど、守れたんだ。

 なのに俺はまた諦めるのか? 前を見て、明日を生きるって約束したのに。ステラは笑ってくれたのに。

 それを無駄にして、全部放り出すのか? 何もできないって諦めるのか?

 

 ……何を迷ってたんだろうな。諦めないで、明日を生きるって、それだけは決めたはずだったのに。

 

「片づけたからケーキ作ろっ! ほら、小麦粉も出すからね!」

「う、うん……」

 

 食器を洗い終わったマユがキッチンから顔を覗かせると、またすぐに顔を引っ込めていった。テーブルからじゃ見えないけど、マユが飛び跳ねてカウンターの棚を叩いている音が聞こえる。どうやら無理に小麦粉を取り出そうとしているらしい。けど、マユの背じゃ簡単には届きそうもなかった。

 

「あ……待てって、そんなことしてたら怪我するぞ。俺が取ってやるから」

「大丈夫です~! だってお兄ちゃんが――きゃあっ!」

「――っ! マユっ!」

 

 席を立ってキッチンに入ったところで、マユはつまづいてしまい後ろに倒れていく。間一髪で背中から滑り込み、なんとかマユをかばうことに成功した。どこかぶつけたところは……ない、大丈夫そうだ。

 

「ふぅ……こらっ、だから言ったじゃないか」

「えへへ~、やっぱりお兄ちゃんが助けてくれた~」

 

 マユはそう言って俺の体にぎゅっとしがみ付いた。やっぱりって……最初から俺頼みだったのか? 何かあっても俺が助けてくれるって?

 はは……そうだよな。俺がマユのこと守るって約束したんだ。

 約束だから守らなくちゃ。まだ一つだけだけど、一つずつでいい。守ることだけは決めたんだから。

 

「……でもどうせ俺を頼るなら、素直に俺にやってもらうこと。いいな? まったく――」

「ああああぁぁぁぁーーっ! お兄ちゃん上、うえ、うええええぇぇぇぇっ!」

「うえぇ……? あっ――」

 

 マユの声に反応して、顔を上げた時には手遅れだった。

 視界に映ったのはさっきまでマユが懸命に取ろうとしていた小麦粉。

 棚からひまわりマークの袋がいくつも、白い中身をぶちまけながら俺とマユの顔面に――

 

 ――ばふっ!

 

 ――落ちてきた。

 

「……けほっ……やぁ~ん、真っ白けぇ~」

 

 小麦粉が舞う中でマユの口から白い咳が飛び出す。

 

「……こらぁっ、マユ! だから俺が取るって言ったんだっ!」

「きゃあ、お兄ちゃんが怒った! あは、あははははっ!」

「このっ、暴れるなっ! ごほっ、粉が、ごふっ、飛ぶじゃないかっ!」

 

 バタバタとマユがはしゃぐもんだから、余計に粉塵が舞い上がって、ますます辺りを白く汚していった。あーもう、はたいて落とそうたって、これだけ被っちゃったら意味ないじゃないか。

 

「まだ薄力粉で良かったな……ほら、お風呂に行くぞ! 早く洗ってここも片づけないと、葛城さんに叱られ――」

「よーう、シーン! 俺の分のメシは用意してあるかー!?」

「あっ、お父さんの声!」

「うえぇっ!? こんな時にぃ!?」

 

 現状は俺もマユも、台所まで真っ白。タイミングとしては最悪だ。

 どうしよう。キッチンの掃除は間に合わないし、そもそもこの格好をなんとかしなきゃいけない。くそっ、どっちにしろバレるんじゃないか……!

 

「……お兄ちゃん、逃げよっか」

「えっ!? あ、待てってマユ!」

 

 小麦粉を撒き散らしながら廊下に逃げていくマユ。そんなことしたら、廊下で葛城さんと鉢合わせになって――

 

「な、何だその格好は!? いったい何をしてやがったんだマユ!」

「お父さんごめんなさーい! お兄ちゃん早く早くーっ!」

「おいこらシィィンっ! どういうことか説明しねーかぁっ!」

 

 笑い声と怒声が俺を呼んでいる。バレてしまったら仕方ないと覚悟を決めて、俺も廊下へと飛び出していった。こうなったらマユと二人で風呂場に逃げ込んじゃおう。

 

「おまっ!? お前さんまで真っ白かよ!?」

「すみません葛城さん、掃除は後で必ずやりますから! ほら行くぞマユっ!」

「お兄ちゃんとお風呂に入ってきま~す!」

「こら待て二人とも、逃げんじゃねえ……って、待てよシン! お前さん今、笑って――」

「待てないですっ! 本当にすみませんでしたっ!」

 

 マユの手を引っ張って一目散に風呂場へ駆け込んでいく。

 脇を通り抜けた時に葛城さんが何か言っていたけれど、俺はその言葉を待っていられなかった。

 

 

   ◇

 

 あの後マユに言われて、俺は笑えるようになってたことに気付いた。『誰だって自分の大事な人には幸せでいてほしい』って言葉は、本当に素直に受け止めることができた。

 そうやって笑えるようになったあの日から、また色々なことを考えて……なんとか出せた答えがある。

 今の俺はここにいて、ここで明日を生きている。だから今は前を見ることを考えようって。

 戦争のない平和な世界を作るために、俺にもまだできることがあるはずだ。元の世界に帰れるのはいつになるかも分からないけど、答えだけは自分で出す。もう誰かにすがりはしない。

 だから帰る時が来るまで、俺は目の前の明日を精一杯生きる。それが自分で決めた明日の形だ。

 

 もたれかかっていた塀から離れて、俺はもう一度校門の前へと歩み出て行く。

 ちょっとだけ振り返った。立ち止まった。その後は歩き出すときだ。

 門をくぐる前に少しの間目を閉じて、貝殻の欠片を通した首飾りを握りしめる。ステラに貰ったあの貝殻を模した、俺のIS『イグナイテッド』の待機状態。今の俺の『力』だ。

 

 父さん、母さん、マユ、レイ、ステラ……みんな、見ててくれ。

 失った過去も、今ある現実も、その先の明日も……今度こそ大切なもの全てを守れるように――

 

「――やってみせるさ、俺はっ!」

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