やっぱり、思い出しても意味が分からない。
マユって名前の女の子を助けて、眠っちゃって……目が覚めてから聞かされた話は、あまりにも非現実的すぎた。
まず、ここは俺のいた世界じゃない。
コーディネイターはいないし、宇宙にプラントはない。地球にはオーブなんて国もないし、おまけにあんな悲惨な戦争状態でもない。
ZAFTのこととか、モビルスーツのこと聞いても、そんなことは知らないと返されるだけだった。ありえない、とは思ったんだけど……新聞にテレビ、それ以外にも自力で手に入る情報を全部確認してみたら、どうやら本当らしかった。
ちなみに、建物の火事については……原因は不明らしい。武器の開発室から出火したせいで、可燃物や爆発物に燃え移ったりしたのがあれだけの大火事に繋がったらしい。でも、自動制御の防災機能が全部停止していたことが調べで分かった。それに肝心の、どうして開発室から火が出たのかは、結局分からないそうだ。
身元は不明だし、相手からすれば、意味の分からないことを言うこともあって、当然、初めのうちは俺が犯人じゃないかって疑われた。事情聴取されたり、いきなり病院に連れて行かれそうになったり、今度は怪しげな嘘発見器にかけられそうになったり大変だったけど……なんとか俺の言っていることは嘘じゃないって信じてもらえた。
かばってくれたのは葛城さんだった。
葛城さんっていうのは、俺がいた建物……「日本IS技術開発研究所・通称『葛城研』」の主任の人で、マユのお父さんで……見た目はだらしないオッサンだけど、かなり偉い人らしい。研究所も政府直属の研究機関ってことで、すごい重要な場所みたいだ。
葛城さんは、俺の言うことを信じてくれて、頼る当てのない俺の面倒をずっと見てくれた。それにも色々理由があって……大きな理由の一つは、俺が動かしたあのパワードスーツ……『IS』だった。
『IS』っていうのは、正式名称だと<インフィニット・ストラトス>っていう飛行型のパワードスーツ。宇宙進出に望みをかけて作られたらしいんだけど……戦争がしたい最低な奴らはどこにでもいるみたいだ。ISはその性能を『兵器』として使われるようになって……結果として今は『スポーツ』として、各国の威信をかけて取り組まれているらしい。
俺のいた世界だったら、「戦争するのはもう金もかかって嫌だから、モビルスーツは兵器じゃなくてスポーツ用にしましょう」ってところか……? モビルスーツでプロレスだなんて、きっと「頭部を破壊されたら失格」とかいうルールができるんだろうな。
どうして『スポーツ』なのかって? 実は……ISには、『兵器』としてはとんでもない欠陥があった。なんとこれ、「女性じゃないと使えない」。そのせいで、女性の地位は飛躍的に向上し、この世界はどこでも「女尊男卑」の風潮。ここまで聞いたところで、俺の頭は一度パンクしそうになった。
女性にしか使えないって言ったのに、じゃあ俺の動かしたアレは?
それが納得できなくて聞き返したけど、返ってきた言葉は「分からん」の一言。俺と同じ日にISを動かした男がいるらしいけど、こんな例は世界中どこにも無かったらしい。
それどころか、俺が動かしたIS『イグナイテッド』は、女性でも動かせなかった『欠陥中の欠陥機』で……パソコンでデータを取れるだけ取れるようにして、後は倉庫にうっちゃってた、いわゆる出来損ない。でも、ISの中心部分のコアは動いたままで、後で確認したら、追加装備の設計に特殊装甲の形成とか、勝手にしてたそうだ。設計された装備の製造は、研究所が急ピッチでやってくれた。
そういう訳で、俺はISを動かせるって理由でこの国……日本の政府の人たちに、国籍とか戸籍とか、身分証明になるものをすぐに発行してもらえた。国のお偉いさんにとって、自国所属のIS操縦者が一人増えるだけでも大きな力になるから、なんとしても囲い込んでおきたいってことみたいだ。ISのコア自体は登録されたものだから、自分の国のものだって言い張れるし。外部にも俺の情報はあまり出していないって話だ。
それで国の研究所の責任者としては、データを取るのと監視に都合がいいからって言って、葛城さんは俺を研究所に置いてくれたんだ。
『なあに、安心しろ。お前さんがそれを動かせる限り、誰も下手に手出しはできないさ。
それに、お前さんがマユを救ってくれたんだ。これぐらい……あの子の親としてさせてくれ。マユもお前さんのことを気に入ってるからな』
笑って言ってくれたその言葉が、とても嬉しかった。
それからは、1ヵ月以上の研究所での生活。ISとかこの世界のことを勉強して、実験のためにISを動かして、葛城さんの子ども……マユと遊んで。お母さんは、早くに亡くしたそうだ。マユは俺を見つけると飛んでくるから、空いている時間はほとんど、マユと一緒にいた。二人で料理をしたり、テレビを見たり、動物園に連れて行ったり……戦争がないってことは本当に平和で、まるでオーブに戻ったような時間が続いた。こんなに幸せでいいのかって、初めのうちはずっと思ってたんだけど……マユに言われて、俺は自然に笑えるようになってたことに気付いた。誰だって、自分の大事な人には幸せでいてほしいって言われて……今の生活を、受け止められた。
もちろん、帰るつもりがないわけじゃない。まだあの世界でも、俺のできることがあるはずだって、はっきりと分かった。戦争のない、平和な世界の大切さはここで暮らしていて、あらためて感じた。
……俺は戦争を無くすために戦う。それには、誰かにすがらないで、自分で答えを選ぶことをしなきゃって、思えるようになったんだ。
……けれども、帰る方法は全然見つからなかった。葛城さんでも、俺が元の世界に帰る方法は、さっぱり分からないって言ってたし……
それに、そのまま研究所暮らしをしていられるわけじゃなかった。俺は公立IS学園の入学を決定させられたんだ。しかも半強制。
IS学園は、日本にあるIS操縦者の養成機関で、世界の各国から生徒が集められて、候補生として勉強をする場所……だそうだ。
まさかアカデミーを出た後に、また学校に逆戻りなんて思わなかった。けど、国にも建前ってものがあって、ここに入学させないと政府としても面倒なことになるらしい。卒業後もうちの国でよろしくって偉そうな人たちが頭を下げている光景は、スポーツのスカウトそっくりだった。
それで俺は、今日からは学校での寮生活が決定していた。マユと離れるのは寂しいけど、IS学園は全寮制だから仕方ない。居候生活も、結構心苦しいし。
とにかく俺は、目の前の明日を精一杯生きるだけだ。それが約束なんだから。
失った過去も、今ある現実も、その先の明日も……大切なもの全てを、守ってみせる。
みんな見ててくれ……!! 俺は今度こそ……!!
◇
そうやってIS学園に勇んでやって来たのが、ほんの少し前のこと。
さっきまでの真面目な話はどこへやら……今の俺は校門の前でプレッシャーに負けて、頭を抱えたパンダな状況だ。
ええい! このままここに突っ立ってても、埒があかない!
頭から手を離して、貝殻の欠片を通した首飾りを握りしめる。ステラにもらったものを模した、俺のIS『イグナイテッド』の待機状態だ。
……ステラ、俺に力を貸してくれ。
ほんの少しの間目を閉じて、よし、覚悟完了。意を決して、足を踏み出す。
それに、希望はある。
俺と同じ日に、この学園の入試でISを起動させた男子。
そいつと一緒なら、きっとこの現状から抜けだせる。
視線の集中砲火にざわめきの網をかいくぐって、俺は教室に向かって歩き出した。
「えーっと、1年、1組……あった、ここだ」
俺のクラスは1年1組。扉は残念なことに閉まっていた。扉の開く音で、確実に視線がこっちに向くから嫌だったのに……はあ、しょうがない。
なるべく音を立てないように開けたけど、教室の中にいた女子が何人か俺に目を向けた。
「……あれ? 男子が……二人?」
誰かがそう言ったら、教室中の目が俺を捉えてざわざわと困惑した声が覆った。
でも俺はそんなこと気にならなかった。俺の視線の先には、椅子に座って、文字通りに身を縮めている男子がいたからだ。
間違いない。俺と同じパンダ……じゃない、男だ。自分のことで手一杯なのか、まだ俺に気づいていない。気持ちは痛いほどよく分かる。
教室に入ったら、ざわめいていた教室は水を打ったように静かになった。コツコツという足音だけが響く教室のど真ん中、最前列の席へ。
「良かった。同じクラスになれたんだな」
「え……? だ、誰だ?」
俺に向けられたのは、困惑と驚愕の入り交じった表情。でも、すぐにそれはほっとした、安心の表情に変わった。同じ存在を見つけた安心感が、身をまとっていた緊張を急速にほどいていく。
「男子……俺以外の……!」
「ああ。俺、シン。シン・アスカっていうんだ。よろしく」
「あ、俺は一夏。織斑一夏だ! よろしくな!」
そして交わされる硬い握手。次の瞬間、割れるような……
「「「きゃあああああぁぁぁぁーーーーーーっ!!!!」」」
本当に窓ガラスが割れるんじゃないかって思えるぐらいの、悲鳴にも似た叫びが教室を振るわせた。
「男子! 嘘!? 何で二人!?」
「やった!! 神様このクラスに入れてくださってありがとうございます!! 来年のお賽銭は奮発して500円入れます!!」
「男の熱い友情!! 今年の夏コミはこの二人で決まりね!!」
きゃあきゃあとはしゃぐ女子の集団。他の教室からも、何事かと人がわらわら集まってきた。おいおい……さっきより状況が悪くなってるぞ……
真剣に教室外への脱出も考え始めたところで、都合よくチャイムが鳴った。女子は全員クモの子を散らしたみたいに去っていく。助かった……
「席、隣みたいだな。改めて、これからよろしくな」
一声かけて席に着くと、一夏も笑ってそれに答える。
一夏はかなり気さくな性格みたいだ。良かった。これなら打ち解けるのもすぐだろう。
「俺のほうこそ、男子一人で心細かったから助かった。あ、呼ぶときは一夏って呼んでくれ」
「ああ、俺もシンでいいよ」
軽い会話を交わすけれど、それもすぐに緑色の髪の女の人が入ってきて終った。
……あれ、試験の時のあの人だ。副担任の山田真耶って自己紹介したから……先生だったんだな。てっきり生徒だと思ってたんだけど。
「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」
「…………」
可哀想なことに真耶先生に反応する声は全くなかった。俺も反応してあげたかったけど……背中に感じる視線がそれを妨害する。
正直、甘い考えだった。男子が二人なら、少しはこの視線の雨も納まるんじゃないかって。そんな単純じゃなかった。
珍獣が二頭に増えれば、それに伴って視線の質が二倍に……つまりはパンダの抱き合わせだ。周りのお客さんは大喜び。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
ここは学校の教室じゃなくて、作戦前のブリーフィーングルームの間違いじゃないのか? 俺の知っている教室とは、緊張感がまるで違った。余裕が、ない。
一夏も俺と同じみたいで、ちらりと目を窓側に向ける。目が合ったその女の子はぷいと顔をそむけ、心なしか一夏は肩を落としていた。知り合いか何かか?
「えっと、次は……シン・アスカくん。自己紹介お願いしますね」
「は、はい!」
もう自分にお鉢が回ってきた。ヤバい、何も考えてない……
振り向いて教室を見渡す……視線が痛い。下手なことを言うわけにもいかないし、逆に何も言わないのも問題ありそうだし……
「え~……し、シン・アスカです。一年間よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる合間にも、脳をフル稼働させて次の展開を模索する。
何をしゃべれば良い? ありきたりだけど趣味についてか? しまった……趣味なんて読書ぐらいしか言えないぞ。な、なら得意な事は……ナイフ戦か? いや、物騒すぎて確実に周囲は引く。他には……モビルスーツの操縦なんて言えるわけないだろ!! まずいマズイ不味い……!
「え~っと、アスカくんは皆さんより年が一つ上ですけど、特例でこの学校に入学することになりました。皆さん仲良くしてくださいね」
にっこり笑って付け加えてくれた山田先生。助け舟、ありがとうございます。
「年上なんだ~。あこがれちゃうな~」
「年上!? ならシン×一夏より、一夏×シンよね……」
女子の反応の声が、俺に再考の猶予をくれる。年上……そういえばそうだっけ。よし、これを取っ掛かりにすれば!!
「えっと、俺は皆より年上だけど……ぜんぜん気にしないで、俺のことは気軽にシンって呼んでください! 敬語もいりません! とにかく、よろしくお願いします!!」
なんとかここまで言って、勝手に席に座った。もうこれ以上は無理だ。女子はまだ不満そうだし、山田先生はオロオロしてるけど……申し訳ありません、無理なんです。
はあ……悪いけど、まともな自己紹介は一夏に頼もう。
「……織斑一夏くん。お願いします」
「は、はい!」
お、一夏の順番か。どうだろう、俺より上手くできるのかな?
「えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
とりあえず最初に自分の名前を言う。問題は次からなんだけど……
一夏を見上げてみれば、まだ緊張した様子で……次のセリフが出てこない。
少しの間を置いて、口を開いて出た言葉は……
「え~……以上です」
数人の女子が、がたたっと机を揺らした。そんな期待するなよ! あれ凄くツラいんだぞ!?
心の中で一夏のフォローをしていると、ふと、立ち尽くしている一夏の背後に誰か近づいて来たのに気付いた。その人は手にしていた出席簿で一夏の頭を叩く。すさまじい速さと正確さ。
「げえっ、関羽!?」
「誰が三国志の英雄か、馬鹿者」
まるでコントのようにスパスパ頭を叩かれる一夏。息もぴったりだ。
凛とした、って形容するのが一番合うだろう。黒のスーツを着こなして、鋭い目をクラスに向けるその人のまとう雰囲気は……軍人のそれと全く同じだった。
女の人は織斑千冬って名乗った。織斑……ってことは一夏の親戚なのか? 知り合いっぽいし。まあ、それは後で聞いてみるとして……
「逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
やっぱり軍人だろ、この人。アカデミーの教官たちと言ってることがよく似てる。
そんなことをぼんやりと思っていたら、背中から強烈な歓声が俺を襲った。
「キャアアアアーーーー!千冬様、本物の千冬様よ!」
「私、お姉さまのためなら死ねます!」
歓声は衝撃って言っても良いぐらいで……な、何なんだよコレ!? 俺の知ってる学校と全然違うぞ!! ラクス・クラインのコンサート会場!?
羨ましい事に、気圧されて身をすくませている俺とは違って一夏は落ち着いていた。
「で? 挨拶も満足にできんのか、お前は」
「いや、千冬姉、俺は――」
「学園では織斑先生と呼べ」
「……はい、織斑先生」
落ち着いてはいたけど、何度も頭を叩かれていた。理不尽だ。これは羨ましくない。
そんなやりとりをしていると、ようやくチャイムが鳴った。そんなに時間がたったはずじゃないんだけど……
ショートホームルームでこれだけの密度かよ……この先が思いやられる……
ため息が出たけど、それもチャイムの音でかき消された。
◇
「ゴメン。年、一つ上だったのか。ホントに敬語なしでいいのか?」
「いいっていいって。気を使われるのも嫌だし」
「そう言ってくれると助かるよ……なにせ二人だけだもんな……」
「ああ……だよな……」
一時間目が終了した休み時間。俺達は二人して、教室の雰囲気に呑まれつつあった。それはそうだろう? 俺達の見物に来る生徒が、他の学年からも来ていて廊下まであふれてるんだし……
「ちょっといいか」
「え?」
そう言って一夏に近づいてきたのは、窓側に座っていたさっきのポニーテールの女子だった。なんだか不機嫌そうな顔で、雰囲気も硬い。
「……箒?」
「やっぱり一夏の知り合いか。誰なんだ?」
「ああ、幼馴染の……」
「篠ノ乃だ……こいつを借りていくぞ。廊下でいいな?」
「あ、でも……」
俺の方を横目で見る一夏。猛獣の檻に一人残していくようなことが心配だったらしいけど、知り合いがいるなら邪魔をするのも悪いだろう。
「俺のことはいいから、行ってこいよ」
「ああ、わりぃ……」
二人は廊下に出て行った。後にぞろぞろと女子を引き連れて……視線の半分ぐらいはそっちに誘導された。ふう、これで少しは……
「あのっ、アスカくん!!」
「へ……? うわっ!?」
安心した途端に、俺の机の周りは女子に包囲されていた。さっき篠ノ乃が一夏に声をかけたのがきっかけで、皆が後に続けといわんばかりにこっちに寄ってきたみたいだ。
「ねえねえ、ISを動かしたのはいつ!? どうやって!?」
「趣味は!? 特技は!? 好みの女の子のタイプは!?」
「身長・体重・座高に血液型は!?」
「同じ学年だけど、先輩って呼んでもいいですか!?」
「男の子に興味は!? 攻め、受けどっちが好き!?」
質問が機関銃のように浴びせられる。当たり前だけど、全部に答えられるわけ……というかいっぺんに言われたら……
「ご、ゴメン!! 一斉に質問されても答えられない!!」
「あ、そっかー。じゃあ、アレ用意しなきゃ!」
そう言うとみんな大人しく席に戻っていった。ん……? アレって何だ?
首をひねっていたらチャイムが鳴って、一夏と篠ノ乃が帰ってきてた。篠ノ乃は相変わらず不機嫌な顔つきのままで、一夏はそれを見て首を傾げるばかりだった。
後で発覚したんだけど、アレとは分厚い質問表のことで、俺と一夏はそれを書かされるはめになった。勘弁してくれよな……
◇
「悪いな、シン……いきなり迷惑かけて……」
「気にするなよ。まあ、電話帳と間違えた、は流石にマズイと思うけど……」
今度は二時間目終了後の休み時間。机にうなだれながら一夏はさっきのことを謝ってきた。
というのも、一夏は授業の予習を全くやっていなかったらしい。必読のはずの参考書を、電話帳と間違えて捨てたというのが原因で。それに、正直にそのことを話してしまったせいで、また織斑先生に頭を叩かれていた。
そういうわけで、参考書の再発行までは、俺と一緒に参考書を使うことになり……ついでに、授業の補修も俺と受けることになった。実は俺も、参考書はたいして頭に入っていなくて……ISの動かし方に整備の仕方、IS戦闘の戦術とか……そういうのばっかり勉強していたせいで、他のことはさっぱりに近かった。
……俺だって昔と違って『ISなんて、実際に動かせりゃそれで良い』なんて思っていないさ! ただ、『他は……別に後回しでもいいや』って思ってただけだ!
「と、とにかく放課後はがんばろうな! きっとなんとかなるって!」
「そ、そうだよな!」
「ちょっと、そこのお二人、よろしくて?」
「ん?」
「へ?」
無理に二人で作り笑いをしていたら、長い髪をした金髪の女子が近づいてきた。手を腰に当てるその姿は、どことなく品がある……気がする。
「また一夏の知り合いか?」
「いや、知らないけど……」
「わたくしを知らない? このセシリア・オルコットを? イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを? やはり男というのは……二人もいるとは聞いていませんでしたけど……まあ、程度が知れますわね」
その口ぶりは、知らないという俺達をあざけるようで、気持ちの良いものじゃなかった。なんなんだよコイツ……代表候補生とか言って……あれ? 代表候補生って何だ?
目の前の女子に聞くのも癪にさわるから、隣の一夏に聞くことにする。
「「なあ、一夏(シン)」」
そう言うと俺達は顔を見合わせた。きょとんとした顔で。
「「代表候補生って何?」」
きれいに声が重なった。ついでに、クラスの女子が数人ずっこけた音も聞こえた。
「「……へ?」」
間の抜けた声もきれいに重なった。どうやら俺達はお互いに、最低限知らなきゃいけないことも知らないぐらい勉強が足りないらしい。今日から真面目に勉強しよう……心に固く誓った。
セシリアとかいう女子はわなわなと肩を震わせて、机を勢いよく叩く。
「あなた方っ、本気でおっしゃってますの!?」
「おう。知らん」
「自慢げに言うなよ……」
言い訳は無駄とでも言うように、堂々と言い放つ一夏。変に見栄を張らないだけ立派というか、バカ正直というか……あんまり人のこと言えないけどさ、俺も。セシリアも呆れてぶつぶつ何かを呟いていた。
「で、代表候補生って?」
「国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートのことですわ。……単語から想像したらわかるでしょう」
「そういわれればそうだ」
一夏はさらりと会話を流していく。というか、代表候補生ってそれだけのことだったのか。
「そう! エリートなのですわ!」
俺たちの様子にお構いなく、また機嫌よくしゃべりだした。エリートなのを殊更強調したいらしい。
「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのよ。その現実をもう少し理解していただける?」
流石にうっとうしくなってきた。でも、相手をしないとうるさいだろうし、したらしたで面倒くさい……まったく。
「そうか。それは俺たちラッキーだ」
「……あなた方、馬鹿にしていますの?」
「別にそんなわけじゃないさ」
俺も一応の否定はしたものの……一夏まで、軽く皮肉混じりの返答になってきた。
「まあ、わたくしは優秀で優しいですから……ISのことで分からないことがあれば、そうですわね、泣いて頼まれればあなた方に教えて差し上げないこともなくてよ? 何せわたくし、入試で、唯一! 教官を倒したエリート中のエリートですから」
「あれ? 俺も倒したぞ、教官」
「あれって倒せば合格じゃなかったのか?」
「は……?」
そう言えば入学が決定した翌日には、試験ってことで研究所で模擬戦をした。相手はあの山田先生で……全然向かってくる気配がないから、こっちから仕掛けて、組み倒してナイフを首に当てて終了。何でこっちに来ないのか不思議だった。教官なら、避けられて壁に衝突して沈黙、なんてドジな事もしないと思うのに。
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
動揺を隠しきれない様子で、セシリアが言った。そんなこと俺達に聞かれてもな……
「女子ではってオチじゃないのか?」
一夏が答えたら、ピシッと何かに亀裂が走る音がした。あ、たぶんコレ危険信号だ。
「あなた方も教官を倒したと、そういうことですの!?」
予想した通り。ヒートアップして顔を真っ赤にしながら、セシリアがこっちに詰め寄る。今にも掴みかかりそうな雰囲気だ。
「お、落ち着けよ。な?」
「そうそう、一度落ち着いたほうが……」
「これが落ち着いていられ――」
授業開始のチャイムの音が鳴って話を遮った。今の俺達には鐘の音が福音に聞こえ――
「また後で来ますわ! 逃げないことね! よくって!?」
第一ラウンド終了のゴングだった。
「シン……審判はどこだ? 降参だ、タオルを投げ入れてくれ」
「逃げるなって言ってたから……そんなことしたらリングの外で乱闘だな。きっと」
お互いの考えを読めたわけでもないのに、俺達の口からは打ち合わせたかのような言葉が出た。二人で顔を見合わせて、ため息。
「「はあ……」」
今度のため息は、教室に入ってきた織斑先生の声にかき消された。
◇
「それではこの時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」
3時間目の教壇に立つのは織斑先生みたいだ。山田先生までノートを取り出してるんだから、大事な授業なんだろう。へっへーん、これならばっちり予習してあるぞ!
内心でガッツポーズを取る俺。背筋を伸ばして、さあ授業――
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな」
クラス対抗戦に、代表者? 織斑先生、そんなの後回しにして授業しましょうよ、授業。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけでなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。ちなみにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点でたいした差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間変更はないからそのつもりで」
俺の思いも虚しく、代表者についての説明を丁寧にする織斑先生。普通の学校でいう学級委員長ってことか。まあ、誰かがやってくれるさ。
「はいっ。織斑君を推薦します!」
「私もそれが良いと思います!」
一夏を推薦する声が女子からあがった。隣の一夏の顔をうかがってみれば、心ここにあらず、といった顔。気付いてないな、コレ……
「一夏、お前の名前呼ばれてるぞ」
「……は? ちょっ、俺!?」
「自薦他薦は問わないぞ。他には?」
一夏は慌てて席を立つけど、流れはこのまま一夏で決定だろ――
「はいっ! 私はアスカ君派ですっ!!」
「そうそう! アスカ君の方が良いと思いますっ!!」
……流れが変わった。というより、分断した?
「え~? 私は織斑君の方が良いな~。なんだか優しそう」
「いや、ここはアスカ君じゃない? あの赤い目、かっこいいよ~」
「私は……織斑君の方がタイプかも」
「いっそのこと二人まとめては、ダメ?」
クラス中がきゃあきゃあ騒ぎ出した。ていうか俺もかよ!?
「待ってくれっ! どうして俺も!?」
立ち上がって振り向けば、期待やら好奇心やらの視線が俺を貫いた。恐る恐る隣の席の子の顔を見れば……『ごめんなさい、でも、私は織斑君派なの。あなたの気持ちには応えられないわ』みたいな顔をして、目を逸らしていた。いや、俺にはそんな気持ち無いから。
後ろの席の子は……『大丈夫ですっ! 私はアスカ君派ですっ!』っていう顔でにっこり笑い、親指をぐっと立てていた。えっと、全然大丈夫じゃないから。
「静かにっ! 織斑、アスカ、二人とも邪魔だ、席に着け。推薦は二人、投票で良いな?」
織斑先生の容赦のない一声。一夏と二人で待ったをかけようとしたその時、俺達より先にセシリアが声を張り上げた。
「待ってください! そのような選出認められません!」
ああ、俺も認められない。もっと言ってくれ。ていうか、あんたが代表になってくれ。
「大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ! このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
……どういう意味だ、それ。
「物珍しいという理由だけで極東の猿にするなんて、わたくしこのような島国にまでサーカスをしに来たのではなくてよ!」
……おい。なんだよ、その言い方。
「いいですか!? クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!」
おい。分かったからもう良いだろ。静かにしてくれよ。
「大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐えがたい苦痛で――」
ブチッ! おい! いい加減にしろよ!!
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
「なっ……!?」
「そこのエリート様だったら、さぞかし立派な料理ができるんだろうな。あんたは」
「なっ!?」
堪忍袋の緒が切れた。後ろをにらみつけてやれば、セシリアは顔を真っ赤にして怒り狂っている。
「あっ、あなた方! わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
「エリート様のくせに、そんなことも分かんないのかよ?」
「なっ、なんですって!?」
一夏ははっと、言い過ぎたって顔をしていたけれど、俺の方は売り言葉に買い言葉。勢いは止まらなかった。
「お二人、決闘ですわ!」
セシリアが思いっきり机を叩いた。上等だ。相手になってやる。
「おう。いいぜ。四の五の言うより分かりやすい」
「ふん! やってやるさ!!」
一夏も覚悟したようだ。もう引くに引けない状況だから当然か。
「決闘は二対一、わたくし一人ですが……まあ、ちょうど良いハンデでしょう」
「そうだな、二対一なら負けても言い訳になるもんなあ?」
「っ!? あなた、まだ言いますのっ!?」
「いい加減にしないか! ……話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜日。放課後、第三アリーナで行う。三人とも用意しておくように。それでは授業を始める」
織斑先生が手を叩いたところで、話が終った。
さっきまでクラスを包んでいた熱気も、沸騰していた俺の頭も、授業が進めばすぐに収まっていった。
……冷静になれば、言い過ぎた。この国の人を馬鹿にするようなことを言われて、我慢の限界で、俺達二人とも口が滑った。ケンカ腰で相手に突っかかるのは良くないって、艦で学んだはずなのに……
よみがえるアスランとの確執の日々。お互いに自分のことを話さず、相手の言うことを聞かず、衝突し、すれ違い、挙句の脱走、追撃。そして――
ああ、悪夢だ。そんなことはもうゴメンだって思ったのに……
……まあ、仕方ない。話して聞く相手じゃなさそうだし。
それにイギリス代表候補生だかなんだか知らないけど、そんな相手に負けるぐらいじゃ……明日を、大切な全てを守るなんてできやしない。
勝ってから、セシリアにちゃんと謝るとしよう。
そうだ、後で一夏にも謝らないと……ケンカを売ったのも半分以上は俺なんだし。
いや、今は目の前の授業に集中しなきゃ……
黒板の板書が、気付けばとんでもない量になってる。慌てて俺はノートにペンを走らせた。これからまた、大変そうだ。