「うう……い、意味が分からん……シンは分かるのか?」
「なんとなく……ってぐらいかな……」
入学式の日。放課後になり、俺と一夏は机に沈没していた。
一日の勉強もあんまり理解できるものじゃなかったうえに、慣れない環境の追い打ち。女子はみんな俺達について来るし、こっちを指差して何か言ってるし……現在進行形で。
「あ~、まるでウーパールーパーだな」
「ウーパー……? なんだそれ?」
「昔流行った珍獣の名前。どんな動物かは知らん」
「だったらパンダの方が分かりやすくないか?」
「パンダ……どっちにしろ珍獣だな」
珍獣からは脱却出来そうになかった。しばらくは透明な檻の中の珍獣さんか……
レイ、助けて。俺達パンダになりたくないよ。ウーパーなんとかも嫌だけど。
「織斑くん、アスカくん。良かったです。まだ二人とも教室にいたんですね」
顔を上げれば、そこに立っていたのは書類を手にした山田先生だった。
「はい?」
「どうしたんですか?」
「えっとですね、織斑くんの寮の部屋が決まったので……はい、これが番号と鍵です。それに、アスカくんも」
ああ、鍵は今日受け取ることになってたっけ。俺達二人はそれぞれ、部屋の番号が書いてある紙に鍵を受け取った。全寮制ってのは聞いてたし、俺も慣れてるから問題ない。ただ……部屋の番号が俺と一夏で違うのが気になった。男二人で相部屋、じゃあないのか?
「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか? 一週間は自宅から通学って話でしたけど」
「今日から寮に入るのは決まってたけど……一夏と同じ部屋じゃないんですか?」
二人で山田先生に質問をぶつけると、先生は少し言いにくそうに俺達に説明を始める。
「織斑くんの方は、寮に入れるのを最優先にしたみたいで……用意していた個室はアスカくんの方に割り当てられたので、しばらくは織斑くん、相部屋で我慢してください」
説明を受けて納得はしたものの、女子との相部屋ということで、一夏は少し戸惑っているようだった。なんで俺の方が個室なんだ? 女子を一人個室に入れれば……
そう思って口を開きかけたら、山田先生がヒソヒソと声をひそめて言ってきた。
「アスカくんの事はまだ、あまり政府は情報を出したがらないみたいで……個室になったのも、そういう理由なんです。少しだけ、ガマンしてください」
言ってしまえば正体も身元も不明だった俺に関しては、政府も慎重になっているみたいだ。表立って出てた情報も、ほぼ全部一夏のものだったしなあ……そのせいで、一夏の方は大分面倒なことになってるらしい。身代わり羊みたいで、ちょっと悪い気がする。
「なんか俺だけ個室って悪いな。ゴメン」
「別にシンのせいじゃないだろ? そんなこと言わなくていいって」
手をひらひらさせながら一夏が答える。気の良い奴だな、ホントに。
「で、荷物は一回家に帰らないと準備できないですし、今日はもう帰っていいですか?」
「あ、いえ、荷物なら――」
「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」
そう言って威圧感たっぷりに登場したのは織斑先生だった。そのプレッシャーがあまり俺の方に向いていないのは幸いだけど、一夏の方は悲惨だ。同情する。
「ど、どうもありがとうございます……」
「まあ、生活必需品だけだがな。足りないものがあったら、アスカ、お前が貸してやってくれ」
「はい、了解です」
「……敬礼はいらん。ここは軍隊じゃない」
「えっ!? あ、すみません」
気付いてみれば右手を上げたあのポーズ、勝手に体が敬礼をしていた。ちょっと周りを見てみたら、皆が不思議そうな顔をしている。いけない。この人の雰囲気、軍の人たちそっくりだから……気をつけよう。あんまり良い顔してないし。
「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。大浴場は……今のところ二人は使えません」
「え、なんでですか?」
「アホかお前は。まさか同年代の女子と一緒に風呂に入りたいのか?」
「あー……」
自分の言ったことの意味に気付いて、がっくりと一夏がうなだれた。周りが女子だけって大変だ。風呂に入るっていう当たり前の事にも、気を使わなくちゃいけない。
「えっと、それじゃあ私たちは、会議があるので、これで。アスカくん、織斑くん、道草食わないで、ちゃんと寮に帰るんですよ」
食いませんよ。食べてるところを見物されて指さされるのがオチですから。教室を出て行く二人の背中に、心の中で呟いた。設備の見学は……明日アリーナと整備室の場所だけ確認しておこう。後はまあ、おいおいで構いやしないさ。
「千冬姉も、自分のプレッシャーを分かってくれよな。敬礼の一つや二つも自然と出るって、なあ?」
「え? あ、うん。織斑先生、ちょっとおっかなくてさ」
さっきの敬礼の事を冗談めかして、一夏が笑った。つられてこっちも笑うけど、やっぱり敬礼するのは不自然だったかな……いや、あれぐらい、大丈夫だろ。
「じゃあ、部屋に行ってみるか。後でシンの部屋にも行ってみていいか?」
「もちろん。何かあったら俺の部屋に来てくれよ。相部屋だと、大変だろうしな」
「悪い、ホント助かる」
回りのはしゃぎ声に反応する気力も、とっくに尽きている。二人で席を立って荷物をまとめて、外に歩いていった。せめて部屋だけでも安息の地であってほしいと思いながら。
◇
部屋に入ってみれば、艦にいた時よりはるかに豪勢な様相だった。シャワーも付いてるし、キッチンまであるし、ベッドは大きいし……ホントに一人部屋?
荷物を部屋の隅に置いて、ベッドにそのまま倒れこんだ。疲れた体をベッドのフカフカが抱きとめてくれて、とても気持ちがいい。
「うぇ……疲れた……」
この世界に来てから、久しぶりに慌しい一日だった。最初の方のゴタゴタさえ無ければ、マユと一緒にのんびりと暮らしてただけだったから、それも当然か。ああ、そうだ。
制服のポケットから携帯を取り出した。ピンク色の携帯は、オーブにいた時からずっと変わらない。同じマユの写真が入っていて、同じマユの声が聞こえて……それを聞く俺だけが、あの時とは変わっていった。
「はい、マユで~す。でもごめんなさい。マユは今、電話に――」
「マユ……ごめんな、俺」
何度携帯を開いても、何度マユの声を聞いても、笑うことなんてできなかった。いつでもそれは辛いことで、心が苦しくて。思い出すのは楽しかったことなのに。この世界で会ったマユの前では、笑えるようになったのに。
「どうして、お前の前じゃ笑えないんだろうな……」
同じマユなのに、俺が見せられる表情はまるっきり違う。それじゃダメだって、分かってはいるんだ。
俺が守れなかったマユも、今この世界にいるマユも、二人とも俺の大切な人だから。いつか笑ってこの携帯を開けるように。過去と明日を守れるように。
「俺……がんばるからな。だから、マユ……また明日」
そっと携帯を閉じて制服にしまうと、一日の疲れがどっと押し寄せてきた。このままうとうと眠りの世界に……まだ食事も済んでないけど、今日はいいか。
部屋の外からはまだいろいろな声が聞こえたけど、それも気にならなかった。悲鳴のような叫びも、ここじゃあ日常茶飯事なんだろ、きっと。
……でも、何かゴスッという硬いもので頭を叩いたような音も聞こえた。気のせいかな、うん。
◇
それから決闘の当日まではあっという間だった。
連日の女子の包囲網をかいくぐって、俺と一夏はなんとか学園生活を続けられている。人間、慣れれば案外どうとでもなるんだな。問題なし。
授業は相変わらずさっぱりなモノも多いけど、山田先生が放課後の補修をしてくれるから、なんとかなりそうだ。よし、こっちもオッケー。
補修が終ったら、俺はアリーナでISの訓練。まだISを持っていない一夏には、篠ノ之が指導をすることになっていた。篠ノ之のお姉さんはISの開発者だし、教えるには慣れた人の方が良いだろうって話だ。これで完璧。万全の状態で月曜日が……来るはずだったんだけど。
「なあ、箒。ISのことを教えてくれる話はどうなったんだ?」
「…………」
「篠ノ之、俺も質問して良いか? それってどういうことだ?」
「…………」
「「 目 を そ ら す な 」」
事態は深刻。一夏の訓練はほとんど剣術だけで、肝心のISの訓練ができていない。おまけに、一夏は専用機すら届いていない。つまり、戦えない。万全どころか、問題外。
「篠ノ之! お前が『一夏には私が全て教えるから、任せておけ』って言ったんだろ! どういうことだよ!?」
「あ……ISも無しに訓練などできないのだから仕方がないだろう!」
「だからって、知識とか基本的なこととか、もう少し教えてくれても良かっただろ!?」
「…………」
「「 目 を そ ら す な っ !」」
当日まで安心しきっていた俺達は、現状が非常に危ういことになんの疑問も持たなかった。一夏は俺に聞くって選択肢を忘れていたし、俺は俺で自分の訓練に夢中で……
三人とも、二の句が継げなかった。アリーナのピットを、重々しい沈黙が包む。
「こうなったら俺一人でなん「織斑くんっ! 専用ISが届きましたよっ!!」」
「「え?」」
転びそうな勢いで駆けてきた山田先生。その後ろからは、織斑先生も来ていた。ていうか、もしかして間に合った?
「織斑、すぐに準備をしろ。ぶっつく本番でものにしろよ。アスカも早く動け。アリーナの使用時間は限られているんだ」
「え?」
「は、はい」
「敬礼はいらんと言った」
「一夏、この程度の障害は軽く乗り越えてみせろ」
「え、あの――」
「「「早く!」」」
ピットの搬入口が開くと、その向こうには真っ白なISがあった。騎士の鎧、が第一印象だ。俺が始めてISを見つけたときと同じように、コイツも一夏のことを待っているみたいだ。開かれた装甲が、そんなことを思わせる。
「これが――」
「はい! 織斑くんの専用IS『白式』です!」
「すぐに装着しろ。フォーマットとフィッティングは実戦でやれ、いいな」
「アスカくんも、早く準備しないとっ!」
「了解です」
一夏も準備を始めたんだ。俺も集中しないと。
一瞬だけ目を閉じて、首から提げた貝殻を握りしめる。瞬間に、全身を灰色の装甲が包んで、次いでフェイズ・シフトの白と青が染め上げていく。
光と共に盾が現れて、それを腕に付ける。盾に刻まれた十字を中心に、一回り大きく展開した。
アリーナの先にいる相手の情報が眼前に映し出される。
――操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊装備有り――
了解。ある程度の下調べはしてきてるから、そこまでは知ってるんだけどな。
「一夏、いけるか?」
「ああ」
「……やっぱり最初は不安か」
「大丈夫だ……って言いたいけど、嘘はすぐばれるよな」
軽く笑う一夏だけど、緊張した声なのはすぐに分かってしまう。俺だって初めてMSに乗った時、訓練だったのに手が震えたもんな。緊張するのは、当たり前だ。後ろの三人も、今は明らかに不安な表情が見て取れる。
「安心しろよ、一夏」
「え?」
「俺が、お前を守るからさ」
「あ、ああ……」
そうさ、守ってみせる。こんなところで負けさせやしない。負けたりしない。
「フォーマットとフィッティングの時間は俺が稼ぐ。一夏はそれまで攻撃は控えてくれ。足を止めるなよ? 動きまわらないと、良い的にされるからな」
「お、おう。箒、行ってくる」
「あ……ああ。勝ってこい」
黙ってうなずく一夏。ゆっくりゲートが開くと、相手は俺達を悠々と待ち構えていた。
「あら、逃げずに来ましたのね」
身に付けるのは青いIS『ブルー・ティアーズ』。装備はレーザーライフル《スターライトmkⅢ》。特殊装備は機体名と同じ自立起動兵器……ドラグーンと同じ、か。セシリアの装備は中距離に特化している。一番厄介なのは、あの自立兵器だ。二人同時に相手をするのも苦じゃないだろう。
「最後のチャンスです。今ここで謝るのなら、二人とも許してあげないこともなくってよ」
「悪いけど、謝るのは俺達が勝った後だ」
「それに、そういうのをチャンスとは言わないな」
「そう、残念ですわ。それなら――」
セシリアがこっちに銃口を向けた。もう試合は開始されているから、撃ってこられても文句は言えない。被ロックオンを確認、狙いは――よし、俺のほうか。
「お別れですわね!」
閃光が走り、空を裂いた。左肩の辺りを狙っていたみたいだけど、それをかがみながら避ける。体を上げながらライフルを手にして、それをセシリアに向ける。
「一夏! 散開するぞ!」
「おうよ!」
二人で左右に分かれ、狙いを分散させる。なるべくこっちに射撃が来るように、ライフルを突きつけてけん制する。
「二手に分かれても、わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの前では無駄ですわ! さあ、仲良く円舞曲を踊りなさい!」
来た。四機のブルー・ティアーズ――言い換えると、ビットって言うらしい――が飛び立ち、一斉射撃を開始する。それもほとんどが一夏の方を狙っている。フィッティングの済んでいない一夏の機体じゃ避けきれずに、何重にも被弾していく。
「くっ!」
「一夏!」
「よそ見している暇はなくてよ!」
一夏の援護に入ろうとした俺の前を、レーザーが横切っていった。にやりと笑うセシリア。銃口は俺に向いたままで、自分にも一夏にも近づけるつもりはないらしい。それでも、構ってなんていられるか。セシリアに背を向けて、スラスターを加速させる。ライフルの射撃を旋回しながら回避、ビットの群れにライフルを撃って、距離をとらせた。
「武器は何かないのかっ!?」
「装備、装備はっ!? 近接ブレードだけかよっ!?」
射撃武器も存在しないらしい。ビットにはほとんど対応する術がないわけだ。なら――
「ビットのけん制は俺がやる! 一夏は被弾しないように、セシリアだけ見ててくれ!」
胸部のバルカンをビットに発射。直撃することもなく、すいと避けられた。ふわりと浮いたビットの照準が一夏から俺に変更される。引きつけられれば、十分だ。
「やってみせるさ、俺はぁっ!!」
◇
試合開始から三十分近くが経過した。
「――二十七分。持った方ですわね。褒めて差し上げますわ」
「そりゃどうも……」
正確には二十七分らしい。セシリアの嘲笑に、一夏は力なく答えた。
一夏のエネルギー残量は大分削られたけど、この程度なら十分に持つはずだ。俺も被弾はほとんどないし、ビットの動きもドラグーンに比べればたいしたことない。一夏のISのフィッティングが完了すれば、このまま勝てる。
「特にあなたはしぶといわね……でも、逃げてばかりでは勝てないのは分かっていて?」
「ふん、逃げてただけじゃないさ」
セシリアは周囲に浮かぶビットを撫で、余裕を見せながら笑う。こっちが意図的に手数を減らしていることには気付いていないみたいだ。
「さあ、そろそろ閉幕と参りましょう」
ビットが再び接近してくる。四機が俺を囲い込み、レーザーの弾幕を張る。でも、動きがおかしい。俺に当てるつもりじゃなくて、俺が動けないように網を作りあげている。どうして……っ! そういうことかよ!!
俺がセシリアの目的に気付いた時には、一夏はブレードを構えて相手に突進していた。
隙を見せたのも計算の内だ。
あいつは俺じゃなくて、先に一夏を落とすつもりだ。
「一夏、罠だ! 戻れっ!!」
「――遅い、ですわ」
「――っ!」
笑みを浮かべたセシリア。間合いに入った一夏が距離を取ろうとしたけれど、間に合わない。スカートからもう二機のビットが外され、一夏を吹き飛ばした。爆発が白い機体を飲み込み、光を放つ。ミサイル――しかも直撃だ。
「一夏っ!!」
「おあいにく様、ブルー・ティアーズは六機ありましてよ!」
黒煙から、ぐらりと落ちる影が見えた。まだシールドエネルギーは残っているみたいだけど、追撃は確実にもらう。
「邪魔だぁっ!!」
右手のライフルから放たれたビームが、レーザーを撃とうとしたビットの一機を吹き飛ばす。不用意に近づいてきた二機のビットも、左手で抜いたダガーで切り裂き、残りの一機を無視して一夏に近づく――この距離じゃ間に合わない!
「お別れですわ」
銃の先に光が集まる。けれど、漂っていた黒煙を吹き飛ばしたのは、レーザーの光じゃなくて、中から現れた眩い白だった。
その光は一夏の体を包んで、その装甲を形作っていく。壊れていた装甲部分も修復され、曲線は鎧の白を一層引き立てて見せた。でも、その騎士の外見とは裏腹に、手にしていたのは東洋の太刀に似た武装。
「ようやく、終ったのかよ」
「ま、まさか……一次移行!? 初期設定だけの機体でここまで戦っていたって言うの!?」
安堵のため息がもれた俺とは対照的に、セシリアはうろたえていた。
純白の機体『白式』は、ようやくその本当の姿を見せた――これから、俺達の反撃だ。
で、その一夏と言えば……アレ? 俺達を無視してぶつぶつ何か言ってるぞ。
「俺は世界で最高の姉さんを持ったよ……俺だって、守ってみせる」
「……一夏?」
「あなた、何を――ああ、もう面倒ですわ!」
セシリアの機体からミサイル搭載のビットが発射された。右手の刀で一夏はそれを切り捨てて、一気にセシリアの懐に潜り込む。
「おおおおっ!」
その刀身が光をまとって、鋭い一撃が――当たる前に、ブザーの音がアリーナに鳴り響いた。
『織斑一夏、失格――』
「あれ……?」
「はぁ……?」
え? 今、一夏の一撃が入るところじゃ……? 何でだ?
ぽかんとしたまま、その場にいる三人で目を合わせる。俺を含めて、誰一人状況が分かっていない。当の本人も、頭の上に?マークが浮かんでいた。
『織斑、何をしている。お前は失格だ。早く戻って来い馬鹿者』
織斑先生が、一夏を呼び戻す。俺と一夏は一旦高度を下げて、向かい合った。とにかく、一夏は失格……なのか?
「なあ、一夏。いったいどうして失格になったんだ?」
「俺にもなんだか……とりあえず戻らないと、千冬姉にどやされる」
「悪い……守ってやるって、言ったのに」
「俺のほうこそ、啖呵切っといてこれじゃあな……シン、勝ってくれよ」
「ああ……任せてくれ」
そうだ。試合はまだ続いている。一夏に託された分、しっかり勝ってみせないと。
ピットに戻る一夏を見届けた後、空中で呆けているセシリアに向き直った。
「セシリア! 決着をつけるぞ!!」
「――っ! そうでしたわね!!」
残った一機のビットが接近してきた。動きはもう見切っている。バルカンで誘導したところを、ビームライフルで打ち抜いた。爆風が軽く機体を震わせる。
「なっ……!?」
ブルー・ティアーズは全機落ちた。武器のエネルギーも十分。今なら、アレが使える。
イグナイテッドの武装画面を開き、装備メニューを選択する。
――シルエット選択――
呼び出しに応じて、胴体や肩部を染め上げていた青が、炎のような赤に変わっていく。
腰にライフルをマウントして、盾の装甲を取り回しやすいように元に戻す。
背中に追加されるスラスター。それに繋がれた、一対のブーメランと大剣。
それは、相手を両断する絶大な力。
――ソードシルエット・展開完了――
全長を軽く超える大剣を両手に取り、連結させる。高々と頭上に上げ、振り回し、相手に構えなおしたところでビームの刃が現れた。
今の今まで温存しておいた、切り札。イグナイテッドの換装装備『ソードシルエット』。インパルスに酷似したその装備は、陽の光を浴びて赤い姿をより強く輝かせる。
「まさか……戦闘中のパッケージ換装!? そんなことが!?」
「行くぞっ!」
スラスターを全開にして、ライフルを構えるセシリアに向かって飛び上がる。照準を合わせる暇も与えないで、一気に飛び込みながら大剣を力任せに振り上げた。
「でやああああっ!!」
「っ!?」
反射的に盾にされたスターライトmkⅢを真っ二つにして、胴体に強烈な斬撃。ビームの刃は装甲をたやすく吹き飛ばして、相手の体に食い込んでいく。残っていたシールドエネルギーをあっという間に削り取り、最後に剣を振りぬいて弾き飛ばしたところで、セシリアのエネルギーは底を突いた。
ブザーの音が決闘の勝利を告げる。俺達の勝ちだ。
『勝者――アスカ・織斑ペア』
「やったぞ、一夏!」
「シン、すごいな今の! そんな装備あったのかよ!」
「へへっ、反撃用に取っておいたんだ」
ピットに戻って、出迎えた一夏と笑いあう。これで小間使い、奴隷は回避できたわけだ。
「試合が終ったのだから、さっさと出て行くぞ。いいな」
「「了解、であります」」
「敬礼は……まあ、今は良いだろう」
おどけて見せた俺達の敬礼を認めてくれた織斑先生。意外に優しいところもあるんだな……なんて甘い考えを、次の一言が容赦なく蹴り飛ばす。
「忘れていたが……これがIS起動のルールブックだ。補講の課題として、明日までに覚えるように」
どさりと落とされた二冊の本は、そりゃもう辞書みたいな分厚さで……これを明日まで? やっぱり鬼だ、この人……
「何にせよ今日はこれでおしまいだ。帰って休め」
あんた休ませる気なんてないだろっ! と突っ込みたいのをぐっと飲み込んで、二人でそのルールブックを手にする。重い、ページはぺらぺら、字は細かい……
「……シン、帰るか」
「……そうだな」
勝利の喜びも、明日の憂鬱に簡単にかき消された。寮に帰る足取りと、ついでに脇に抱えたルールブックと、おまけに気持ちも重くて仕方なかった。
「情けない……それぐらい、覚えてみせろ」
篠ノ之の無茶な要求にも、何も反論する気力がない。部屋に戻って、また即行でベットにダイブしよう。勝ったから良しとしよう……そう思って、そのまま寝ることにしてしまった。
俺も、一夏も、その時には全く気がついていなかった。
勝っても問題は残っていることに。俺達二人は、まだ敵同士だということに。
でも、俺達は笑って手を振って、自分の部屋に帰っていった。
◇
「…………」
「…………」
次の日の教室、朝のホームルーム中。俺と一夏はお互いに机の上で手を合わせ、硬く目を閉じていた。無言、無言。相手を思いやる一言なんてありえるはずもなくて、逆に、自分が助かれば良いという自己保身の思いが頭の中を駆け巡る。
「織斑くん……織斑くん……アスカくん……」
教卓には投票箱があって、その中から取り出された用紙に書かれた名前を、山田先生が読み上げる。今ので、イーブン。互角だ。そして次が最後の一票……これが明暗を分ける。
「――織斑くんっ!」
「やっっっっ! たぁぁぁっっ!」
「ぐっ……ちくしょうっ……」
ガタンと机を揺らし、俺は渾身のガッツポーズを取った。同時に一夏がゴンっと机に頭をぶつける。撃沈、確認。
「では、一年一組代表は織斑一夏くんに決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」
「一夏、俺の分までがんばれよっ!」
そう、今行われていたのはクラス代表の選挙。クラスの投票の結果……僅差で俺は負けることができた。試合に負けたけど勝負には勝った気がする。ていうか、勝負に勝てればどうでも良いや、この場合。おかげで一夏がクラス代表だ。公明正大、まさに文句なしの結果――
「異義ありっ! 昨日の試合、勝ったのはシンだろっ!? シンが代表の方が筋が通るんじゃないですかっ!?」
異論が出た。当然、一夏の口から。
「勝ったのは『俺達』だろ。だから、今の投票で二人の内で結果を決めたんじゃないか。見苦しいぞ一夏っ!」
「ぐぐぐっ……そうだ、セシリア! お前は納得いかないだろっ!?」
突然名前を呼ばれたセシリアは一瞬驚いたようだが、コホンと咳払いした後、立ち上がって高らかに宣言した。
「昨日の試合……私が負けたのは“一夏さん”と“シンさん”のペアです。ですから、私は今回の投票に参加していませんし、どちらが代表になっても異論はありませんわ」
うん、セシリアは良く分かってくれていた。これならもう反論の余地はない。
「投票の結果じゃ仕方ないよね~」
「私はちょっと残念だけど……でも、織斑くんでも面白そうだからいっか!」
「そんな……」
クラスの総意がまとまった。ちょっとだけ一夏が気の毒になって、少しだけフォローを入れることにする。
「まあまあ、俺も一緒に訓練するからさ。二人でがんばろうな?」
「はあ……分かったよ」
「わ、わたくしもクラスの仲間としてIS操縦の指導をして差し上げますわ! それなら一夏さんもみるみる上達を――」
「待て、一夏の教官は私が頼まれたぞ」
セシリアに篠ノ之が立ち上がり、お互いににらみ合いを始める。別にみんなで訓練すればいいじゃないか……なんで喧嘩するんだ?
「座れ、馬鹿ども」
織斑先生の出席簿が華麗に炸裂する。二人とも、しぶしぶと座りなおした。
「クラス代表は織斑一夏。異存はないな」
はーいとクラスのみんなが声をそろえた。まだ苦い顔をしている一夏を除いて。
もちろん俺も返事した。異存、ないからな。
とにかく、これで一件落着だ。明日からはもう少しだけ楽な日常になるだろう。一夏は、大変だろうけどさ。