シン・アスカの激闘   作:ちくわヘルシー

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第三話

 四月も下旬になった。過ごしやすい気候は変わらず、授業の間も居眠りしてしまうぐらいで……俺は何度も織斑先生に頭を叩かれていた。でも、この授業はちょっとした実技訓練。退屈な座学から開放されるということで、俺も一夏も喜んでいた。

 

「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。アスカ、織斑。試しに飛んでみせろ」

 

 言われて前に出た俺達は、それぞれ自分のISを展開させる。展開をイメージする時はいつも、待機状態の貝殻を握りしめる。意識を集中――と言うより、こうすると頭の中を勝手にイメージが湧いてくるからだ。

 

――行くぞ、イグナイテッド――

 

すぐに全身から光があふれ出し、灰色の装甲が現れる。それも青と白を基調とした色で染め上げられて、もう一度だけ輝きを見せる。

俺のIS『イグナイテッド』。第二世代ISとして開発されながらも、誰にも操縦できなかった欠陥機。特徴として様々な換装装備『シルエット』を備え、特殊装甲『フェイズ・シフト』が実体弾・実刀のダメージを無効化する。そして、初めてこの世界にやって来た時から、俺と共にある『力』。

宇宙に上がったように体は浮き上がり、センサーに接続された視覚は世界の全てを彩ってみせる。展開時間は、研究所で訓練を始めた時よりずっと短くなった。うん、快調だ。

 

「よし、飛べ」

 

 二人でうなずきあって、空に向かって急上昇する。急上昇、急下降は『角錐を展開させる』イメージでするらしいけど……そんなのより、インパルスのコクピットで見た景色を思い返して動くほうがよっぽど楽だった。

 

「一夏、どうだ? 空を飛ぶのには慣れたか?」

「全然だな。そもそも何で空に浮かんでられるんだ、これ」

 

 もっともな意見。正直、俺だって良く分からない。

 

「理屈は後回しで良いんじゃないか? 動かせなきゃ意味ないんだし」

「ま、そうだな……っと、セシリアが来たぞ」

 

 眼下のクラスメイトの中から、一人青い装甲をまとったセシリアが飛んできた。流石に速い速い。代表候補ってやつはかなり優秀だった。

 

「それについては反重力力翼と流動波干渉の話になりますわよ?」

「いや、それはまたの機会に」

「おう、説明してくれなくていい」

 

 下で俺達の話を聞いていたらしい。そんな話はうんざりだ、といった顔をする俺達を見て、セシリアは笑っていた。

 決闘が終った後、俺と一夏はしっかりと謝罪。セシリアも、自分にも非があったとして同じように謝ってくれた。人間、素直に謝るのが一番良いらしい。それからセシリアは、俺達二人の訓練に合流して色々と教えてくれるようになった。特にISに慣れていない一夏の訓練をよく見てくれていて、俺としては大助かりだ。

俺だって、人に教えられるほどの知識はないし……なんとなく空を飛ぶ感覚を伝えられる程度だ。まあ、篠ノ之の『ずどっ、がっ、ぎゅ―ん』よりはマシだと自負している。分かるわけないだろ、あんなので……ツッコミを入れたら怒られたけど。理不尽だ。

 

「そこの三人、急降下と完全停止をやって見せろ。目標は地表から十センチだ」

「うげっ……完全停止かよ……」

 

 苦手な技術の要求がされた。背中で地面を削り取ったあの衝撃が思い出される。

 

「あら、シンさん。空戦用のパッケージもあるのじゃなくて? そちらに換装すれば、これくらい訳もないのでは?」

「そうだよなあ。それに、空を飛ぶのは俺よりよっぽど上手じゃないか」

「実はさ、その、問題が……」

 

 そう。はっきり言ってとんでもない大問題。課題と言ってもいいんだけど。

俺のイグナイテッドの問題点。MSとISの操縦の違い。この二つが非常に重大な課題だった。

 

「ほら、セシリアも行ったことだし、俺達も行こうぜ?」

「う、うん……そうだな……」

 

先に下りていき、完全停止までこなしたセシリアを見下ろして、二人で息を合わせて急降下を開始する。集中して地面を見つめ、それがすぐに眼前に迫って――

 

「うわあっ!!」

「おわあっ!!」

 

 俺と一夏は、ものの見事に撃墜した。いや、墜落ってのが本当の言い方らしい……結局、落ちたことには変わりはないけど。しかも頭っから。嬉しくないことに、センサーは周りの笑い声を余すことなく拾ってくれた。チクショウ……

 

「馬鹿者共。誰が地面に激突しろと言った」

「「……すみません」」

 

 機体を浮上させて、穴から這い出る俺達。傷どころか汚れ一つない装甲は、俺達のちっぽけなプライドを汚し、傷つけ、穴を開けていた。

 

 

イグナイテッドは確かに、装備の換装を主眼とした機体だ。追加装備も今あるだけで三機は葛城さんに作ってもらったし、まだ製造中のシルエットに、イグナイテッド自身が鋭意設計中のシルエットまである。

 

ところが、今の俺が使えるのはソードシルエット“だけ”だ。

 

何でかって? ……イグナイテッドは、追加装備全てに『プロテクト』を掛けている。ご丁寧に、俺の操縦技術に合わせてだ。そのせいで、折角作ってもらった装備は呼び出しに応じすらしてくれない。結局、研究所での訓練でプロテクトが解除できたのはソードシルエットだけだった。これだって、『対艦刀を使えるようにするためにISを装着しながら鉄パイプを振り回す』って情けない特訓の成果だ。大変だったんだぞ……

 

 とにかく、これが問題点のその一。『イグナイテッドの装備でさえ俺は使えない』ってこと。

 

だったら、それを使えるようにすれば良いんだけど……ここで障害になるのが問題点のその二。『MSではできた挙動が俺にできるわけじゃない』ってことだ。

 

MSを動かすのはペダルやら操縦桿やらだけど、ISを動かすのは、つまりは自分自身。いくらインパルスを動かせたって、イグナイテッドは同じようには動いてくれない。

それでも、イグナイテッドのOSが補助してくれるし、イメージとしてインパルスの挙動は思い浮かべられるから、後はそれを自分がトレースするだけだ。

そうは言っても……ナイフを振り回すとか、銃を構えるとか、生身でやったことのある動きは問題ない。だけど、『対艦刀を振り回す』とか『空中で旋回』なんていうのは、生身で体感したことなんてあるはずなくて……結構、苦労した。鉄パイプもその訓練の一環だった。

おまけに、苦労してできるようになったのは『インパルスと同じ動き』で……MSは全速力で降下した後、地表十センチで止まれやしない。要するに、MSができない挙動をマスターするにはもっと苦労が必要。

 

 空中を飛び回るために、今は地面に激突か……情けない。

 

「一夏、平気か……?」

「平気じゃない……主に心が」

「耐えよう……今はガマンの時だ」

 

 この後セシリアが心配して声をかけてくれた。傷薬のように、それが酷く心にしみた。

 

   ◇

 

「――とまあ、思いつく限りこんなところだな。お前さんのイメージ、それから反応に機体が追従して動くように再調整する、ってところか」

「はい! 葛城さん、ありがとうございます!」

「今度帰ってきたときには、またばっちりデータ取らせてもらうからな~」

「了解です! それじゃ、また!」

 

携帯を切って、パソコンの前に再び向かう。電話中に書いたメモが、今の俺には宝の地図――いや、まさにその宝に等しいものだった。

 

「やってやるさ、ちくしょおーっ!」

 

 墜落の日の夜、部屋に戻った俺はパソコンで空中での姿勢制御のシミュレートに没頭していた。イグナイテッドに接続して、プラグラムを懸命に打ち込む。武器の展開は簡単にできた。でも、そんなことより、その前に篠ノ之に言われた「情けない」の一言が心に深く刺さった。見てろよ……一夏と一緒にアイツの鼻をあかしてやる!

 

「対機体重量比反重力制御修正、対地センサー反応レベル0.92変更、スラスターモジュールと反重力力翼間にOFCをコネクト、相互反応アダプション……確認! 今度は神経接続のフィードバック感度ポイント上昇、空間SOD認識の再修正……終了! これでどうだ……? まだ遅いぐらいかよ!? だったらどうする……?」

 

 パソコンの画面の中の俺は、もう何度目か分からない墜落をしていた。ブレーキが掛けられるようになったのは大きな進歩だろうけど。待っててくれ、もう地面とはサヨナラさせてやるからな。

手元にあるIS用のプログラム教本を片手に、出来る限りの変更を加えていく。

なんたって葛城さんにアドバイスをしてもらったんだ。いくら俺には分からなくても、あの人が教えてくれた通りにすれば上手くいくはず。イグナイテッドも、自動的に俺に合わせようと最適化(フィッティング)してくれてるんだ。俺だって……

 

「こうなったらこっちだ! 装甲間神経リンケージ強化、空間ポジショニングの再調整、それからアラートの感度上方修正、SIリアクトに対応……いけるぞ!」

 

 グラフィックで作り上げられた機体は、地面に激突する前にピタリと止まった。成功だ!

 

「ようやく出来た! くうぅ~~っ!!」

 

 苦労した甲斐があったというもの。イスをくるくる回して、両手をあげる俺。きっと誰かに見られていても気にとめなかっただろう。

さて、後はシミュレーション通りに動ければいいんだけど、試すのは明日にならないと。アリーナ開いてないし。

 

「あ、そう言えば」

 

 時計をちらりと見やると、自由時間を少し過ぎたところだった。今日は寮の食堂で『織斑一夏クラス代表就任パーティー』なんてものをやるらしい。今頃、一夏は渋い顔をしてることだろう。クラス全員参加が基本だから、俺も行かないとな。

 

「就任祝い、だな。コレは」

 

 さっきまで使っていた『葛城さんメモ』を手に取る。俺みたいな基本の基の字も知らないような奴でも、教本と照らし合わせれば調整できるようなことらしい。きっと一夏にも役立つだろう。流石は主任研究員の葛城さんだ。頭が上がんないよ、本当に。

 

   ◇

 

「ゴメン、遅くなった……って、なんか人数多くないか?」

「あ、アスカくん。きたきた、待ってたよ~」

「ささ、こっちこっち」

 

 食堂の中は明らかに一組の人数を超える人が集まっていた。一夏は真ん中の方で、何やら見知らぬ人に、ボイスレコーダーを突きつけられてうろたえている。クラスメイトに案内されて近づけば、その矛先は俺に向かってしまった。

 

「シン! 交代だ、よろしく!」

「お、君が噂のもう一人、第一学年『最強』の男! シン・アスカくんだね! 私は新聞部副部長二年の黛薫子。よろしくね~」

 

 目をキラキラさせながら名詞を渡された。ていうか、そんな噂なんて知らないぞ、俺。

 

「え~、有名だよ? 入試主席のセシリアちゃんを倒した、期待の専用機持ちだって」

「勝ったのは俺と一夏。二人で勝ったんだから、そんなわけじゃ……」

「あ、いいよいいよ。コメントは適当にでっちあげるから」

 

 ……こういうのが噂の先行の真実か。情報は武器になる。そしてその武器は俺達に牙を剥く……でも、個人の力はあまりに無力だ。

 セシリアのインタビューに行った黛さんは放っておいて、一夏に『葛城さんメモ』を渡すことにした。

 

「ほら、クラス代表就任祝い。がんばれよ」

「……? なんだ、コレ?」

「IS用OS調整のコツとポイント。さっき俺もプログラムし終えたから、一夏も使えよ。効果は保証するぞ? 研究者に聞いたんだからな」

「シン……お前って奴は……」

 

 笑いながら返して手を差し伸べると、一夏も強くその手を握り返した。ガシッと握手をする俺達。男の友情なんて単純なものだ、なんてルナに馬鹿にされそうな場面だな。うん、でも、シャッター切られてるんだから、新聞部としてもおいしい場面でもあるんじゃないか?

 

「うわ、やっぱりこっちも噂通りなんだ! スクープだね!!」

「……あの、それってどういう噂なんですか?」

 

 こっちも、ってどういうことですか? なんだか凄い嫌な予感が……

 

「アスカくんは男色家で織斑くんに気があるって聞いたんだけど?」

 

 吹き出した。盛大に吹き出した。周りの女子達は『やっぱり』とか『どうりで』とか口々に言っている。どっからそんな噂が立ったんだよ!?

 

「ちょっと待てよ! どうしてそんな話になってるんだ!?」

「だって~、よく織斑くんと一緒にいるし。様々なアプローチで織斑くんに迫ってるって」

 

 迫ってない。普通にクラスの仲間として付き合ってるだけだ。

 

「で、織斑くんも満更じゃないって」

「んなわけねーだろっ!!」

 

 一夏も大声を張り上げた。でもさ、当事者の否定の言葉って、大抵は無視されるんだよな。主に勘違いしがちというか、暴走しがちな面子に。

 

「シンさん……まさか、男の方に興味がおありとは思いませんでしたわ……」

「誤解だ! すっごい誤解だ! 別にそんなことはないぞ!!」

「一夏、私が見ないうちにそんな趣味に走るとは……不潔だ! 恥を知れ!!」

「箒! 今の否定の言葉が聞こえなかったのかよ!? 止めろ!! 木刀をしまえ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒いでいるうちにまた写真を撮られた。いつの間にか一組メンバーが全員集合して。見出し記事にはさぞ似合う写真になってることだろうな。そんな集合写真、俺いらない。

 

結局、『織斑一夏クラス代表就任パーティ』が終了したのは十時過ぎだった。疲れきって部屋に戻る俺達とは対照的に、クラスの皆は元気いっぱい。篠ノ之は最後まで冷たい視線を俺に向けていた。やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ。

 

   ◇

 

 次の日の朝には、教室の話題は俺の男色家疑惑から転校生の話題にシフトしていた。良かった……女子は飽きるのも早いらしい。さっさと忘れてくれ。

 

「アスカくん、織斑くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた? なんでも中国の代表候補生なんだって」

「転校生?今の時期に?」

「しかも代表候補生か。へー」

 

ずいぶん急な話だな。まあ、妙な噂がそれで消えてくれるならありがたい。見知らぬ転校生が、俺には救世主に思えてくる。

 

「そんなことより! 一夏さん、クラス対抗戦に向けて、より実戦的な訓練をしましょう!」

「そうだ、今のお前に女子を気にしている余裕があるのか?」

「あら、篠ノ之さん。一夏さんの訓練はわたくしがお手伝いしますから、あなたの出番はありませんよ?」

「ふん! 一夏が最初に訓練を頼んだのは私だ!」

 

セシリアと篠ノ之が登場。最近二人とも妙な対抗意識を燃やしていて、事あるごとに突っかかっている。原因はなんだ? 仲良くしたほうが良いのは当たり前なのに。その当たり前のことが、なかなか分かんないんだけどさ。

 

「一夏、模擬戦なら俺も相手するけど?」

「そうだな。シン、頼めるか?」

「任せておけって」

「サンキュ」

「はっ!? おいアスカ!!」

「抜け駆けはいけませんわ!!」

 

 抜け駆けってなんだよ、抜け駆けって。頼むから仲良くしてくれよ。

 クラス代表同士のリーグマッチ、クラス対抗戦。一夏に面倒ごとを押し付けた分は、しっかりサポートしないと。優勝商品なんてものもあるから、クラスの女子もそれなりのプレッシャーをかけてるし。ちなみに、その優勝商品は学食デザートの半年フリーパス。うーん、あんまり嬉しくない……

 

「織斑くん、がんばってね!」

「フリーパス楽しみにしてるからね!」

「専用気持ちのクラス代表は一組と四組だけだから余裕だね!」

 

 わらわらと机に集まってくるクラスメイト。俺も一夏もすっかり慣れてしまったのが驚きだ。

 

「――その情報、古いよ」

 

 教室の入り口にもたれかかっていた女子の声が、クラスの喧騒に割って入った。黒い髪をツインテールに結んでいて、小柄な体の腰まで垂れ下がっている。知らない顔だ。

 

「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝できないから」

「鈴……お前、鈴か?」

「そうよ。中国代表候補生、鳳鈴音(ファン・リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」

 

 また一夏の知り合いらしい。代表候補生って名乗ったから……あいつが俺の救世主様なわけだ。だったら早速、お礼に良いこと教えてやらないと。

 

「おい、アンタ。早くどいたほうが良いぞ?」

「何よアンタ、邪魔しな――」

 

 言い切る前に、頭にバシンッと出席簿が叩きつけられる。織斑先生が来てるのに気付いてなかったみたいだ。あーあ、だからどいたほうが良いって言ったのに。

 痛々しいことに、頭を抑えて涙目になりながら、一夏を指差してなにやら吠えていた。

 

「また後で来るからね! 逃げないでよ、一夏!」

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!」

 

 バタバタと勢いよく走り去っていく音が、教室から遠ざかっていく。

次いで、一夏を囲んでいた女子の頭を出席簿が乱撃。この速さと正確さはすさまじかった。

 

   ◇

 

昼休みになって、俺達は学食へ疲れた頭と空腹を癒しに向かっていた。あんまり癒しが過ぎると、午後の授業には居眠りをしてしまうのが玉にキズだ。

今日のメニューは……ラーメンだな。中国代表とか聞いているうちにふと食べたくなった。食券を買っていそいそと列に並ぼうと――

 

「待ってたわよ、一夏!」

 

 お盆の上にラーメンどんぶりを乗っけた女子に進行をふさがれた。転校生の(ファン)とかいう奴、律儀に一夏のことを待ってたみたいだ。なら食券だけ買って待ってれば良かったのに。ラーメンのびると思うんだけど。

 

「ほら、食券出せないからどいてくれ。あと、のびるぞ」

「わ、わかってるわよ! 大体、アンタを待ってたんでしょうが! なんで早く来ないのよ!」

 

 むしろラーメン手にして待ってるほうが不思議なわけで。けど、一夏もコイツも、お互いに口調がとても親しげだ。多分付き合いはそこそこ長いんだろうけど……なんでだろう、二人の様子見をするセシリアと篠ノ之から『いかにも不機嫌です』といった雰囲気が伝わってくる。午前中に織斑先生の出席簿クラッシュを食らったせいか?

 

「篠ノ之、あいつはお前とも知り合いじゃないのか? 一夏とは小学生からの知り合いなんだろ?」

「知らん! あんな奴のことは知らないし、一夏から聞いたこともない!」

「そっか。あ、テーブル空いたから行こうぜ」

 

 食事を取るときはだいだい十人前後のグループが出来上がるから、テーブルを見つけるのも時間がかかることが多い。あっさり席が空いたのは、ラーメンを食べるのには都合が良かった。

 

「鈴、いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。アンタこそ、なにIS使ってるのよ」

 

 食事中も、一夏と(ファン)はお互いに質問タイム。話がはずんでるようだから、口をはさむのも気が引けるし、黙って見てよっと。俺だってそれぐらいの気遣いはできるさ。それに、俺が聞かなくても……

 

「一夏、そろそろどういう関係か説明してほしいのだが」

「そうですわ! 一夏さん、まさかこちらの方と付き合ってらっしゃるの!?」

 

 ほら、俺の代わりに質問してくれる奴らがいた。でもさ、二人とも、少しは気を遣ってやっても良いんじゃないか? ご機嫌斜めだから、言わないけど。

 

「べ、べべ、別に私は付き合ってるわけじゃ……

「そうだぞ、ただの幼なじみだよ。ん? 何睨んでるんだ?」

「幼なじみ……?」

「あー、えっとだな。箒が引っ越していったのが小四の終わりだっただろ? 鈴が転校してきたのは小五の頭だよ。で、中二の終わりに国に帰ったから、会うのは一年ちょっとぶりだな」

 

 分かりやすい説明ありがとう一夏。だから篠ノ之は(ファン)のこと知らなかったんだ。

 

「初めまして。これからよろしくね」

「ああ。こちらこそ」

 

 全然よろしくねって感じじゃないぞ。明らかに険悪なオーラが出てて、一夏も引き気味だ。

 

「ンンンッ! わたくしの存在を忘れてしまっては困りますわ。わたくし、イギリス代表候補生のセシリア――」

「ごめん、あたしはアンタのこと知らないし、他の国に興味無いから」

「な、な、なっ……!?」

 

 セシリアが顔を真っ赤にしてこぶしを震わせていた。確かに、これは失礼かもな。昔の俺なら食ってかかるところだ。もうそんなことしないけど。

 で、怒ってるセシリアのことを無視して、一夏との話を再開する(ファン)。話の腰を折ったのはセシリアと篠ノ之だから、仕方ないか。積もる話ってのがあるんだろ、きっと。

 

「一夏。アンタ、クラス代表なんだって?」

「お、おう。成り行きでな」

「ふーん……あ、あのさぁ。ISの操縦、見てあげてもいいけど?」

 

 気持ち顔が赤い。目線だけを一夏に向けて、ぼそぼそと鳳が言った。へー、面倒見の良いところもあるんじゃないか。

 

 

「あー、IS操縦の方はシンに頼むから、鈴はいいよ。手間だろ? ありがとな」

 

 

 何かが割れる音が聞こえた。ピシッっていった。ついでに言えば、セシリアをかんかんにさせた時も、全く同じ音が聞こえた。つまり、第一級の危険信号。どうしてだ? 一夏、何かマズイことでも言ったか?

 

「ねえ、一夏……そのシンって奴は誰……?」

「俺のクラスメイトだよ。ああ、ほら。そこでどんぶり傾けてるぞ。」

 

 こっちを指した一夏の箸に、空いた右手で敬礼を返す。早いとこスープを飲み干したほうが良い。きっとこの後、また面倒ごとが起きる。

 空になったどんぶりをお盆の上に置いた途端、バンッとテーブルが叩かれて食器が浮いた。

 

「アンタ、朝からなんなのよ!? 一夏とどういう関係なの!? そもそも、なんで一夏以外に男がいるの!? 答えなさいよ!!」

「あのさ、ここ食堂だから、あんまり大声出さないほうが……」

 

 (ファン)の口からは火が出そうな勢いだった。なんとかなだめすかそうと両手で静止のポーズを取る俺の背後に、腕を組んだセシリアと篠ノ之が急速に回り込む。

 

「フン、アスカは一年一組所属。一夏とはクラスメイトというわけだ。しかしだな……コイツはそれだけではない」

「そう……シンさんは学年でも『最強』を謳われる男子。なんと言っても一夏さんと共に、 入試主席のわたくしさえも打ち破ったのですから!」

「そして! 一夏はアスカに教えを請い! さらにアスカは、私達に『どうしてもと』協力を要請している!! つまりだな!!」

「ええ! 一組代表である一夏さんの訓練! 担当はわたくし達だけなのですわ!! あなたの入り込む余地など微塵もなくてよ!!」

 

バックではメラメラと炎が燃え上がり、握りこぶしを作って力説する二人。交互にセリフを読み上げて、息ぴったり。仲直りしたのか? 仲の良いのはホントに良いことだ。

けどさ……俺、『どうしても訓練手伝ってくれ』なんて言ったっけ? それにさ、大声出しちゃダメだって。一夏含めて周りの皆がドン引きしてるぞ? ついでに言わせてもらえば、そんな説明で納得してくれるわけ――

 

「くぅ~~っ……! そうね!? コイツがあたしに、『一夏の特訓に協力してくれ』って頼めば良いのよね!?」

 

 あ、納得してた。いや、そういうわけじゃ、ないんだけど……

 

「アンタ! 操縦訓練の手伝い頼みなさいよ!! さっさとする!!」

「え、あ、いや……」

「アスカ! そんな頼みを聞く必要などない!」

「そうですわ! シンさん!」

 

 最悪な板ばさみになってしまった。どう返事しても、俺が睨まれるんじゃないか……

ねえ、ステラ。俺、何か悪いことしてたっけ? こんな目に会うようなこと、したっけ? 一夏にクラス代表押し付けたのがいけなかったのかな?

助けを求める視線を一夏に送れば……首を横に振った。諦めろ、のサインだ。嘘だろ……

 

「えっと、アンタどうして一夏の訓練に付き合ってくれるんだ? 宣戦布告とかまでしたくせに、おかしくないか?」

「そ、それは……その……」

 

 顔を真っ赤にして、ごにょごにょと聞き取れないことを呟く(ファン)。しめた。なんだか分からないけどひるんだぞ! チャンスだ!!

 

「訓練の手伝いはありがたいけど、対抗戦が終るまでは待ってくれ。もちろん、アンタが一夏の情報を盗もうって考えてるとは、思っちゃいないけど……やるからにはフェアじゃないと。俺も一夏もやるからには本気だから、そんな敵に塩を送ってもらうような真似はできない」

 

 実は、ほとんど嘘だった。敵の情報を得て対策をとるのは、戦闘の基本だ。だからレイと一緒に戦闘シミュレーションを繰り返したし、実際に効果もあった。

つまり、今のは口からでまかせ。スポーツで足を引っ張るのは、また別の話だけど。卑怯なのは間違いない。

 

「くっ……仕方ないわね、分かったわよ」

 

ようやく刀を納めてくれたようだ。助かった……

 

「じゃあ、訓練の後に行くから。空けといてね。じゃあね、一夏!」

「あっ! おい、鈴!」

 

訓練後に一夏と会う約束だけ勝手に取り付けて、(ファン)は去っていった。話題をかっさらってくれた救世主の転校生は、代わりにまた一つ頭の痛い課題を残していった。

 

「一夏、特訓が優先だぞ。私が見てやるんだからな」

「あら、篠ノ之さんの出番はなくてよ?」

「何!?」

「なんですの!?」

 

いなくなったらまたセシリアと篠ノ之は喧嘩を始めるし……何なんだよ、全く……

 

「お前の知り合いって、あんなのばっかりなのか……?」

「わりぃ……返す言葉がねえや」

「いや……大変だな、一夏」

 

お互いの肩に手を置いた。同じような苦労を重ねて、俺達の友情は日増しに強くなっていく。今日も、明日も、明後日も……やっぱりそんなの嫌だ。こんな苦労はもうしたくないよ、俺。

 

 

ちなみに、午後の授業はこの疲れがたたって三回ほど意識が飛び、きっちり同じ分だけ織斑先生の出席簿に叩き起こされた。意識が違うところに飛びそうな勢いで。

 

補修の時間には、山田先生に「アスカくんって、男の子に興味があるって……ホントですか?」って聞かれた。リンゴを赤いペンキに突っ込んだような真っ赤な顔で。

 

訓練の時間には、何故かアリーナで二対二の模擬戦になった。セシリアと篠ノ之がしつこく一夏を狙うから、かばうのに必死だった。

 

部屋に戻ったところで、その日の記憶は無くなった。

 

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