シン・アスカの激闘   作:ちくわヘルシー

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第四話

地球だから重力があるのは勿論だけど、それ以外に四季があるってことが日本の良い所だ。オーブも島国で、四季があって、春が新生活の季節だった。家族で花見に行くことも楽しみで、秋には同じ場所でバーベキューをしたりして、同じようにマユと駆け回るのが大好きだった。

 

今の俺も、あの時のように季節の変化を感じていられる。

 

葉の緑も濃くなって、すっかり五月といった様子になった。

転校生の(ファン)が来てから早くも数週間。クラス代表対抗戦を翌週に控えて、今日も今日とて俺達は訓練の毎日だった。

ISを着けていない状態での剣術訓練、それからセシリアに操縦技術の指導をしてもらい、最後に俺との模擬戦をする。我らがクラス代表、織斑一夏の特訓は順当に進んでいた。もちろん、俺の方だって順調に訓練を重ねていた。課題だった空中での姿勢制御その他もろもろはクリアー。実際に動かすのはまだなんだけど、ようやく“アレ”が使えるようになったわけで……はあ、長かったな。

 

「来週からいよいよクラス対抗戦だ。アリーナの調整があるから、今日で特訓は最後だな」

 

 放課後の夕日をバックに、第三アリーナに向かって俺達は歩いていた。

篠ノ之の言葉通り、準備期間中にアリーナの使用はできない。自分の訓練もそうだけど、一夏の特訓ができないのは残念だ。まだやることはいくらでもあるのに。

 

「IS操縦も様になってきたな。今度こそ――」

「わたくしとシンさんが特訓を担当しているんですから、これくらいは当然ですわね」

「ふん。アスカとの模擬戦はともかくとして、射撃装備の無い一夏のISに中距離射撃型の戦闘法が何の役に立ったというんだ」

 

 睨み合いの開始。篠ノ之とセシリア、二人が揃うといつもいつもこれだ。もういい加減になだめるのも飽きたので、放っておくことにする。

 

「一夏、今日は最終調整だな。模擬戦の内容、確認しとくぞ?」

「おお、よろしく頼むぜ」

「今日は俺が中距離からライフルで狙撃するから、お前はそれを避けて接近、攻撃。接近戦に持ち込まないと、ジリ貧になるからな」

 

 模擬戦なのに、この条件指定をしたのには理由がある。一夏のISには近接戦闘用のブレードしか装備がない。初期設定の装備は変更できないらしいし、後付装備の余裕も無いという極端な機体が、一夏の『白式』だった。織斑先生のアドバイスもあり、訓練は基礎の移動技術と近接戦闘に絞ってある。特に実戦形式で、習うより慣れろという側面が強い。

 

「分かってるって。今日こそ一撃――」

「「二人とも、聞いているのか(いますの)!?」」

「「はいはい、聞いてるよ」」

 

 睨み合いの次には、いがみ合い。俺達は軽くいなして、第三アリーナのドアを開けた。

 

「待ってたわよ、一夏!」

「凰? アンタどうしたんだ?」

「今日はアンタに用はないの! どいたどいた!」

「はいはい、分かりましたよ」

 

 腕組みをして、仁王立ちをしていたのは凰だった。その姿を認めた途端、さっきまで喧嘩していたはずのセシリアと篠ノ之の敵意が方向転換する。こういう時だけは仲良くなるんだよな、こいつら。

 

「貴様、どうやってここに――」

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですわよ!」

「あのさ、話が進まないから二人とも落ち着いてくれ」

 

 この二人が絡むと確実に話がこじれるから、その場で待ったをかけることにする。証拠は食堂での一件だ。そして、被害を受けるのも多分、俺か一夏だ。

 

「一夏、反省した?」

「へ? なにが?」

「だ、か、らっ! あたしを怒らせて申し訳なかったなーとかあるでしょうが!」

「いや、そう言われても……鈴が避けてたんじゃねえか」

 

 そうそう。理由は知らないけど、一夏と凰は喧嘩をしてしまって、仲直りもしていないらしい。喧嘩の原因が分かれば、まだなんとかなりそうなんだけど……一夏に聞いたら『毎日酢豚をおごってくれるっていう約束を覚えていたのに、なんでか知らんけど怒られた』そうだ。うん、何を言ってるのか分かんないや。

 そんなわけで何度か、凰が俺に一夏の様子を聞きに来ることがあった。気になるなら意地張ってないで本人に言えばいいのに、なんて言うと決まって怒り出すものだから、俺も途中から首を突っ込むのは止めにして、凰と雑談するばかりだった。

 話してみれば凰も嫌な奴じゃなかったので、一夏とは仲良くしていてほしいのが正直な所ではある。

 

「俺、先に中入ってるからな」

 

 ややこしいことになる前に、さっさとアリーナの中に入ることにした。だんだん二人の会話が言い争いに近づいてきてる。今までの経験上、この後は確実に相手が怒り出すのがオチだ。心の中で念仏を唱えながら、アリーナのドアを開けた。

 

「まったく、落ち着いて、訓練させて、くれよ、と」

 

広いアリーナの中で準備体操。体をほぐしておかないと、ISの操縦は負担が大きいから、いつも念入りにすることにしていた。

一夏との模擬戦までは射撃訓練でもしておこうとか、そろそろ葛城さんが新しいシルエットの製造してくれてるだろうなとか、とりとめのないことを考えていると――

 

ドガンッ!

 

ピットの中から轟音が聞こえた。やっぱり……何かやらかしたんだな。一夏は無事か?

 ピットに駆け戻ると凰の姿はもうなくて、壁には直径三十センチほどの丸いへこみができていた。確かここの壁、特殊合金製でめったなことじゃ傷つかないって話だ。こんな傷がつけられるのはISだけだろう。

 

「セシリア、これ……」

「凰さんのISですわ。一夏さんと同じ近接型、しかもパワータイプですわね……」

「情報通り、だな」

 

 凰のISは近接格闘型。接近戦を挑んでくれれば、一夏も対応しやすい。勝ち目の薄い射撃戦を展開されるよりかはマシだ。時間が惜しい。早く訓練しないと。

 

「一夏、早くアリーナに……って、どうした?」

「いや、ちょっとな……失言しちまって……」

 

 一夏は猛烈に後悔した顔で、ため息をついていた。けど、今はそんなことをしている場合じゃない。

 

「後悔するのは後回しにするぞ。明日の試合、勝つんだろ」

「……ああ」

「剣術の動きの確認、それから一通りの操縦の復習をしたら、すぐに俺との模擬戦に入ろう。」

 

 明日の一夏の試合、相手は凰だ。一夏のためにも、ここで負けさせるわけにはいかない。振り向いてみれば、一夏の目にはしっかりとした意志の光が戻っていた。

 

   ◇

 

 そして試合の日。俺達は会場ではなくて、アリーナのピット内で観戦することになっていた。メンバーは織斑先生に、山田先生、セシリア、篠ノ之に俺の、代表関係者。観客席の方は超満員で、リアルタイムモニターで観戦する生徒も多いらしい。超満員の理由は、物珍しい男子生徒の試合だから。俺が出ることにならなくて良かったと思ってしまうのは、薄情なのだろうか。

 

 アリーナの中では既に、一夏と凰が試合開始のブザーを待っている。ここまで来るともうできることが無いのが歯がゆい。けど、一夏も俺達もやれるだけのことはやった。

 

(だから勝てよ、一夏)

 

 心の中で呟いたその時、ブザーが鳴って二人が刀を交えた。

 凰の第三世代型IS『甲龍』。巨大な双刃が一夏を立て続けに襲う。それでも、一夏も負けずに剣で連撃を捌ききる。ここまでは訓練の成果ありだ。問題なのは『甲龍』の特殊装備――

 

『――甘いわよっ!』

『ぐあっ!』

 

 刃を受け止めていたはずの一夏の体が大きく吹き飛んだ。「衝撃砲《龍咆》」は、目に見えない砲弾だ。空間に加えられた圧力が砲身を作り出して、そこから衝撃自体が弾丸になって撃ち出される。しかも全方位死角無しのおまけ付だ。まったく、ISの装備は良く分からないものが多い。

 

「剣で互角でも、固定装備の差がかなり出てくるな……」

「ええ。早く勝負を決めないと、それだけ一夏さんの不利につながりますわ」

 

 近接ブレード一本で戦うには厳しい相手だ。だからって、一夏も手をこまねいていたわけじゃない。

《雪片弐型》の特殊能力は、自分のシールドエネルギーを消費して相手のバリアーを無効化する。攻撃特化の能力過ぎて両刃の剣だけど、威力は計り知れない。これを相手に当てるためには奇襲に限るということで、そのための技術『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』の習得までこぎつけた。これさえ成功すれば、勝機が見えてくるはずだ。

 

「篠ノ之、大丈夫だって。一夏は負けないさ」

「……しかし……」

「ほら、アイツは諦めてない。勝負に出るつもりだ」

 

 ずっと不安そうな顔をしていた篠ノ之が、画面をきっと見つめなおした。

一夏の目。俺に向かってきた時の、あの強い意志を秘めた目だ。何が一夏を動かすかは知らないけど、大きな思いが一夏を支えている。

 

一夏が刀を構え直して、加速の体勢に入った。決めるつもりだ。

 

『うおおおおっ!』

 

 一夏が相手の懐に飛び込んだその時、アリーナを大きな衝撃が襲った。一夏の攻撃でも、凰の攻撃でもない。二人の装備に、巨大な爆発を起こすような装備は無かったはずだ。

パネルをタッチしてアリーナ内の画面を切り替えていくと、二人とも呆然として、アリーナの中央から上る巨大な煙を見つめている。

 アリーナには外部、内部問わずに攻撃を遮断するためのシールドが張ってある。なら、それを突き破って乱入してきた奴がいるってことだ。

 

「敵襲……!? くそっ!!」

「あ、アスカくんっ!?」

 

 頭が状況を整理する前に、弾かれたように体が動いた。競技中の乱入者なんて、どう考えても穏やかな話じゃない。ピットの入り口のコントロールパネルに触れたけど、ブブーッツと赤いエラー画面が表示され、ゲートは開かなかった。パネル隣に書いてある緊急時操作をしても、ゲートはうんともすんとも言わない。完全にロックされたらしい。

 

「だったら、こうするまでだっ!!」

 

胸の貝殻に手を触れると、全身に装甲が展開されていく。クリアーになっていく視界の片隅に、所属不明ISの確認を告げる緊急画面が開いていた。さらに続いて、所属不明機がアリーナの中の二人をロックオンしていることも教えてくれる。すぐに助けに行かないと……!!

 左腕に盾を展開させながら、右腕で腰のサイドスカートからダガーを引き抜く。

 

「アスカ! 何をしている、止めろ!!」

「後で説教でも営倉入りでも受けますよっ! 下がっててくださいっ!」

 

 織斑先生の呼び止める声を無視して、俺はゲートを切りつけ始めた。けれど、そこらの鉄の扉とは違って、ゲートは傷こそつくものの破れる気配はない。

 

『先生たちが来るまで、俺達で食い止めますから』

「織斑君!? ダメですよ! 聞いてますか、二人とも!」

 

背後では山田先生がプライベート・チャンネルを開いている。会話は聞こえた。二人とも逃げるつもりがないらしい。その通信の内容が、一層焦りを募らせる。もし二人に何かあったら……そう思ってしまうと、がむしゃらに腕は動く。

 

特殊合金製だろうが、シールドが張ってあろうが、構うもんか。

この先に大事な仲間がいるんだ。戦ってるんだ。

 

今度こそ守ってみせるって、決めたんだ。

 

「開けっ! 開けよっ! コイツっ!!」

「シンさん……」

「アスカ、それぐらいの攻撃ではその扉は開かん。おとなしく待っていろ」

「だからって! 何もしないで待ってなんかいられませんよっ!!」

 

 ISのハイパーセンサーを通して聞こえる織斑先生の声は、明らかに震えていて、一夏のことを心配していた。

 自分が助けにいけなくて、俺と同じで、悔しいはずなのに。

 たかが壁の一つ先なのに、その壁も切り裂けない。

 隣のコントロールパネルのエラー音が、むなしくピット内を響いていた。

 

「こうなったら、ソードシルエットで……って、篠ノ之?」

「篠ノ之さん? 何をするんですか?」

 

 さっきまで黙って立っていた篠ノ之が、木刀を片手にゲートのコントロールパネルに近づいて行った。

 そして、木刀を高く振り上げると――

 

「――はあっ!!」

 

 人間相手ならかなり危険だろう威力で、コントロールパネルを思い切り叩きつけた。

一撃をもらったパネルがボンッと軽い爆発を起こした途端、ゲートが重い音を立てて開き始める。

その場にいたみんなが、唖然としていた。

 

「アスカ、開いたぞ! 行けっ!!」

「っ!? そ、そうだっ!!」

 

 振り向く篠ノ之の言葉で我に返る。

 

 ぶっつけ本番だけど、コイツを使うときだ!

 武装のセレクターからフォースシルエットを選択する。認証を終えると背中に大型スラスターが装着され、その赤く縁取られた両翼を開いた。

 空いた右腕で空中からライフルを取り出して、空中にふわりと浮き上がる。

 青くきらめく装甲が、ゲートから漏れる光を反射させて一層の輝きを見せた。

 

――フォースシルエット・展開完了――

 

「アスカくんっ! ダメですよっ!! 危な――」

「アスカ。許可する、行ってこい」

「でしたら、わたくしもっ!!」

「セシリアは後方待機だ。あまり大人数で行っても邪魔になる」

「うう…分かりましたわ……」

 

 こっちを見上げるみんなに敬礼してから、スラスターにエネルギーを集めて、加速の体勢に入る。エネルギーの集約量は、イグナイテッド単体の比じゃない。

 

「アスカ……一夏を頼む」

「篠ノ之、ありがとう。任せろ、行ってくるっ!!」

 

 あごを引いて、スラスターの出力を一気に引き上げる。ほんの少し前なら制御のまるで利かなかった速度でも、機体が思い通りに動く。訓練の成果、大有りだ。

 

 視界に映る敵のターゲットサイトは、試合をしていた二人の――凰の方に固定されていた。両腕に熱源が集中するのを感知、凰は……いけない! アイツ、気付いてない!

 

「――おい、鈴っ!」

「っ!? しまっ――」

「させるかっ!」

 

間一髪のところで、凰の前に躍り出て盾を構える。腕を伝う衝撃が消えた後、すかさずにライフルを発射する。不意打ち気味の一撃だったけど、銃口のついた長い腕がビームを弾き、素早く俺にロックを向けた。

 

「二人とも無事だなっ!?」

「シン! 来てくれたのか!?」

「アンタ、何考えて――」

 

凰が言い切る前に敵が接近。振り回した腕から、ビームが何発も打ち込まれる。盾を構えながら銃で応戦してみれば、すぐに相手は攻撃の手を止めて回避を始めた。動きは非常に速い。

 今まで見てきたISの数は多くはないけど、目の前の巨大な機械は、明らかに他と一線を画していた。確かに人型だけど、腕は足元まで伸びていて、全長が2メートルほどになる。全身を張り巡らされた装甲、首のない頭部。まるでMAだ。

 

「これも、ISなのか……?」

「そんなことよりっ! 何考えてんのよアンタっ!?」

「シン、気をつけろ。アイツの動き、どこか変だ」

「動き? 見た目だけじゃなくてか?」

「あーもーっ! 話を進めないでよっ!!」

 

 オープン・チャンネル内に、通信が乱雑に飛び交う。通信を始めると、敵はロックオンをかけたまま、両手をだらりと下げた。

 

「なんつーか……動きがまるでロボットみたいだろ? 人の乗ってる気がしねえ」

「無人機、ってこと? ISは人が搭乗しないと絶対に動かないわよ?」

「……ありえない話じゃないんじゃないか?」

 

 常識なんて簡単に覆る。陽電子砲を跳ね返す兵器も、都市一つ壊滅させる兵器も、月の裏側からの戦略兵器も……想像したことない兵器なんて、いくらでも見てきた。この世界だったら、無人機ぐらいあってもおかしくない。

 

「だとしても……無人機なら、どうだって言うのよ?」

「人が乗ってないなら、全力で容赦なく攻撃しても大丈夫だってことだ」

 

 そう言って、一夏が刀を強く握りしめた。一夏の攻撃はバリアーの無効化ができる。まともに食らえば、いくらISを装着していたとしても相当のダメージを負うだろう。下手をすれば、搭乗者の命に関わる。無人機相手なら、その気兼ねをしなくて済む。

 

「一夏、『零落白夜』はまだ撃てるか?」

「あと一発。次は必ず当ててみせる」

 

 肯くその表情から、覚悟の強さが伺える。それなら、俺のやることも決まっている。一夏に無事に攻撃させたやることだ。

 

「分かった。隙は俺が作る……けど、無茶するなよ?」

「何言ってんだよ、自分は無茶するくせに」

「ちょ、ちょっと一夏! コイツに任せて大丈夫なの!?」

 

 ほんの少し笑みを浮かべてお互いを見やっていると、慌てたように凰が間に入ってきた。俺と一夏は知り合って一月そこそこ。背中を任せる相手としては、不安に思われるかもしれない。

 

「鈴、シンなら絶対に大丈夫だ。実力は俺が良く知ってる」

「でも……」

「心配なら、約束するさ」

 

 二人の少し前に出て、振り向いて、はっきりと言ってみせた。

 

「一夏も、それに凰も……必ず俺が守る。約束するよ」

「~~っ!?」

 

 向き直る時に一瞬だけ、凰の顔が赤くなってるのが見えた。ああ、無責任な発言に思われたか? 怒ってるなら、後で謝らないと。

 

「ほら、鈴も手伝ってくれ。いい加減、敵さんも待ちくたびれたみたいだぜ?」

 

おしゃべりの時間は終わりだとでも言うように、深い灰色の機体がその手をふり上げた。

凰の前で突撃の構えを取る一夏。何か策が有るみたいだ。

 

無人機だったら全力で構わない。

 

 一夏の口にした言葉を反芻する。今までだったら、考えられない話だった。

 

自分が相手にしてきたのは、全員……人間だった。

 でも、そんなこと必死で振りほどいて、いっつも戦闘を続けていた。

 殺らなきゃ、殺られる。それじゃ何も守れない。そうやって言い聞かせて。

 それで平和になるのかなんて、本当は、自分では分からなかったのに。

 

 戦争はヒーローごっこじゃないって言われたこともあった。

 アスランからしたら、当然の話だったんだろうな。敵だって人間なんだって、当然のことを忘れないでいたんだから。それで苦しむのは、自分だったのに。

 

 傷ついて、傷つけられて。それなのに、全てを守ってみせるなんて、それこそヒーローごっこのヒーローそのものだ。敵を倒して、みんなを守って。

 誰かの明日を奪うことしか、俺にはできなかったのに。

 

でも、俺は諦めたくない。守りたい。

 

ステラと約束した、俺の明日。

 

どんなものになるか、今でも俺は分からない。

けど、はっきりと分かることもある。

 

今この場に、守りたい人たちがいるってことだ。

 それぞれに、同じように明日があるんだ。

 

明日を守ってみせられるなら。今度こそ、守れるのなら。

 

やってやるさ。アイツを、倒して。

 

 

 空に浮かんだいびつな機械が、その腕を俺に向ける。背部スラスターからビームサーベルを引き抜いて、敵と対峙した。その手の砲口に熱量が高まるのも、光が収斂していくのも、今の俺には全てが見える。怯えなくていい。

 

守るための『力』が俺と共にあるから。

 

 熱線が近づいた。俺をかき消そうとする光の奔流に、スラスターを急加速させて飛び込んでいく。前方に掲げた盾が光を切り裂き、熱戦を押し返していく。銃撃が終ったその瞬間、盾を放る。すかさずその手の残光に向けてサーベルを突き刺した。

敵は避けるまもなく、伸ばしたままの右腕で光の刃を受け止める。砲撃直後の放熱をオーバーしたのか、がくがくと右手が揺さぶれる。なんとか光を弾いていたはずの掌は、耐え切れず爆発を起こして、ビームの閃光がシールドを突破し、肘の先までを貫いていった。

 

「今だ、一夏ぁっ! いけえっ!!」

「うおおおおっ!!」

 

 崩れかけた姿勢を立て直し、センサーアイが音を立ててこっちを捉えなおす。左腕を離脱する俺に向け、砲撃をしようとした一瞬に、すさまじい加速で一夏が敵機に接近する。カメラが一夏をロックした瞬間には、敵の左腕は宙を舞っていた。それでも、敵はひるまない。全身のスラスターを点火して、一夏に体ごとぶつかっていき、体勢の整えられない一夏を吹き飛ばした。カメラアイを上に向け、上空に方向を転換しようとする。

 

「逃がすかよっ!」

 

 敵の逃走ルートには、既に俺が回りこんでいた。手にしているのは、もう一本のビームサーベル。出力を最大まで引き上げて、大きく振りかぶる。一夏の攻撃の瞬間に、俺も準備していたことだ。逃がしはしない。

 

「落ちろおおっ!!」

 

 巨大な胴体に、サーベルを力任せに突き立てる。背部のスラスターを全開にして、その勢いのまま一直線、地面に叩きつける。装甲を貫通した光が敵を串刺しにしたところで、カメラから光が消えていった。ISのセンサーが敵の機能停止を告げる。心臓部をやったらしい。完全な、沈黙。俺達の勝ちだ。

 

守りきれた。みんなを守ることができた。

 

「ふ~……なんとか、なったな……」

 

 安心してサーベルから手を離して、力なくその場にプカプカ浮かぶ俺。ああ、ISの作り出す無重力の感覚が心地良い。空中遊泳っていうのも、案外悪くないんだな。あれだけ宇宙にいたのに気がつかなかった。

 

「シン! 大丈夫か!?」

「一夏! 怪我はないか!? 凰も無事か!?」

 

 逆さまになったまま、近づいてくる二人の安否を確認する。多分、怪我はないと思うんだけど……

 

「俺は大丈夫だ。それよりお前の方は――」

「ばっか、一夏! アンタ、衝撃砲を背にして突撃したでしょ! そんな無茶して死ぬ気!?」

「はあ!? おい一夏! あんまり危ないことするなよ! 何かあったらどうするんだよ!!」

 

特攻の際に大分無理をしたらしい。危ないだろ、まったく。

 

「まあまあ、シンのおかげで早いとこ決着ついたし。良いじゃないか」

「あのなあ……無理するなよ。ホントにさ」

「アンタも人のこと言えないじゃない!! 砲撃に合わせてカウンター狙いに行ったでしょ!! 失敗したら直撃よ!? 」

「それは……成功したから良いだろ、別に!」

 

凰がやれやれといった様子でため息をついた。どうやら、俺もかなり呆れられてるみたいだ。悔しいけど、ちゃんとした反論ができない。

 なんだかんだと喋っている間に、先生達がやって来た。後の処理は先生達に任せて、よし、一件落着。三人でピットに向かおうとすると――

 

「アスカ、どこへ行く?」

「へ?」

 

織斑先生に呼び止められた。気のせいだと思いたいけど、明らかに怒っている。先生の後ろに鬼が見えるのも、幻覚に決まっているさ……

 

「さっき言ったな? 反省文でも営倉入りでもなんでもします、とな」

「あの、いや、それは……」

「来い、指導室で説教だ。たっぷり、な」

「うええええぇぇぇぇっ!?」

 

 全然、落着なんてしてなかった。首根っこを引っぱられて、俺はふわふわ浮いたままアリーナを後にするはめになった。黙って俺の様子を見ていた二人は、両手を合わせて遠い目をしている。俺を助け――いや、無理だな。

 ステラ……俺、いつもこんなのばかりだ。たまには誰か助けてくれないのかな? え、やっぱり無理? うん、そうだよね……

 

   ◇

 

「何か言いたいことはあるか?」

「いえ……ありません」

「もう、こんなことしちゃダメですよっ!?」

「はい……申し訳、ありませんでした……」

 

 絞られた。たっぷり絞られた。修正された方がまだ安いぐらいに。反省文……というより、始末書もいっぱい書かされた。まあ、ISを勝手に起動させて戦闘行為まで始めたんだから、これは仕方ないか……

 それで、説教のほうは山田先生と織斑先生のセット。人数が増えるだけで、ここまで辛いものになるなんて……命令無視は良くないな。レイ、相変わらずの俺でゴメン……

 ちなみに、器物破損させた篠ノ之はたいしたお咎め無し。どうしてだろう……間接的な原因が俺だからか? まあ、お咎め無しならそれで良かった。

 

「よろしい、では部屋で休め。私は仕事に戻る」

「了解であります……」

「何度言わせる? 敬礼はよせと言った。まだ説教が足り――」

「いえっ! シン・アスカ! 退席させていただきますっ!!」

 

 逃げるようにして生徒指導室を飛び出る。気付けばとっくに夕方を回っていて、空は赤みを帯びていた。窓の外を見れば校舎もきれいな朱色にそまっていて、なんだか物悲しさも感じられる。多分、さっきまでのお説教のせいだな。

 拘束から開放されたことだし、まず一夏の様子を見に行くことにする。全身打撲で保健室に行ったって、山田先生から聞いたし……だから無理をするなって言ったんだ。

 アレ、保健室ってどっちだっけ? この学園、無駄に広いからなあ……たしか、別の棟だっけ? なら玄関に出た方が早いか。

 階段を下りて玄関口に向かうと、下駄箱で誰かがたたずんでいた。両手を背中に回して、下駄箱に寄りかかって、うつむいて……俺が来たのに気付いて、顔を振り上げた。

 

「遅いわよ。あたしがどれだけ待ったと思ってんの?」

「凰? アンタ、なんでこんなところに?」

「質問に質問で返さないの」

 

 そう言って下駄箱から離れる凰からは、怒ってるような様子は感じられなかった。単純に待ちくたびれただけみたいで、言い方にもとげはなかった。

 

「悪かったよ……で、何か用でもあるのか?」

「……さっきのお礼、まだ、言ってなかったでしょ? かばってもらったのに」

 

 わざわざそんなことのために俺を待っていてくれたらしい。別に、大したことをしたわけじゃない。ただ、自分の思ったとおりに行動しただけなんだから。

 

「いいよ、礼なんていらない。みんな無事なら、それで良かった」

「私は良くないの! ……その、ありがと、ね」

「う、うん」

 

 実際にお礼を言われると、結構気恥ずかしいものだ。なんだかその後につなげる言葉が見つからなくて、二人で無言になってしまった。う~、気まずい……こういう時に、気の利いたことが言えない自分が恨めしい。

 

「あ、あのさ!」

「ん?」

 

 凰の口が開いた。言いにくい事を言うように、何を言うべきか迷っているように。表情をうかがってみれば、夕焼けに染まって顔まで真っ赤にして、視線が行ったり来たりしている。

 

「どうした? 何かまだあるのか?」

「あ、アンタ……さっきのあのセリフさ。アレ……その、どういう意味?」

 

 さっきの、あのセリフ? そう言われてもぴんと来なくて、記憶を必死に辿る。何か俺言った? 礼はいらないってことの意味か? 別に、そのまんまの意味だと思うんだけど……それとも別のことか?

 

「ほら、アリーナで……お、俺がお前のこと守るみたいなこと、言ったじゃない……?」

「あー、なんだ。そっちか」

「そう、アレ! ……いや、私はそんな気はないんだけど、えっと……」

 

 体をもじもじとさせて、上目遣いでこっちを見て、ごにょごにょと凰が呟く。別に変なこと言ったつもりはないし、言葉通りの意味だ。

 

「そのまんまだよ。俺がアンタのこと守るって、言った。大切な人だから」

「~~~っ! た、大切って、そ、それって……それ……」

 

 そうだ。何度だって思ったこと。俺が、今度こそ守ってみせると決めたこと……

 

 

「一夏もアンタも、この学園の大切な“仲間”だからな! 俺が、皆のこと守ってみせるさ!」

 

 

 ズガンッととんでもない音を立てて、下駄箱の後ろからとか、階段の陰とかから、女子が一斉に滑り出してきた。ありえないものを見たように、皆が皆、小刻みに体を震わせて、ついでに頭も横に振っている。ていうか、皆どこにいたんだ!? 全然気配なんて感じなかったぞ!?

 

「ア……も、……と同じ…………ね……」

「へ? 何だって?」

 

 周りの皆と同じように、ひざから崩れ落ちて肩を振るわせる凰が何事かを呟いた。それを聞き取れなくて、聞き返そうとしたら、凰がガバリと顔を上げた。

 

「アンタも一夏と同じような奴なのねっ! 何よっ! 一人で勘違いして、緊張してた私が馬鹿みたいじゃないっ!!」

「はあ!? ちょ、何だよ!? どういうことだよ!?」

「うるさいっ、唐変木っ!! はあ……どう断ろうかとか、傷つけちゃ悪いなとか、いろいろ考えてたのに……私もう行くから……じゃあ、またね」

 

 頭を抑えて、フラフラと行ってしまった。マズイな、何か悪いことした? 身に覚えがないんだけど……

 

「アスカく~ん……今のはちょっと……」

「もしかして……アスカくん、鈍い?」

 

 床にずっこけていた女子が皆、俺のことを哀れむような目で見つめてきた。今までとは質の違った視線の包囲網。恐ろしいことに、以前とは比べ物にならないぐらい視線が痛い。何だ? 俺、何か言った? 教えてくれよアスラン! アンタなら分かるんじゃないか!?

 

「み、皆なんでため息ついてるんだ? ちょっと待ってくれよ、なあ? 俺の何が悪かったんだ? 止めてくれ! そんな目で俺を見ないでくれ! いや、だけど待ってくれ!」

 

 原因のはっきりしないまま、俺は一人で玄関に取り残された。あー、もー、何だってんだよ……でも、とりあえず凰には明日謝っておこう……怒らせちゃったみたいだし……

 深くため息をついて、とぼとぼと保健室に向かって歩き出す。今度は夕日が本当に悲しく見えて、ついでに言えば、眩しかった。

 

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