六月の頭。まだ梅雨入りしていないおかげで、グラウンドはからっと渇いていて気候も申し分なし。朝の日差しもさわやかで、時々聞こえる小鳥の鳴き声が、さっきから耳にこびりついていた友の叫び声をさらさらと洗い流してくれる。
初めて教室で会ったときから俺の友達だった。
二人で一緒に勉強して、訓練もした。短い間だったけど。時間の長さなんて関係ない、
お前は俺の友達だった。お前の尊い犠牲のおかげで俺とシャルルは助かったんだ。
「ありがとう、一夏。そして……さよならだ」
整列に加わりながら、神妙な面持ちで遠い空に向かって敬礼をする。
抜けるような青空の中で、一夏が笑ってくれたような気がした。
「シン、一夏はまだ生きてるよ?」
「……そうだと良いんだけど」
シャルルにツッコミを入れられてしまった。いや、冗談じゃなくて怪我してるかもしれないからなあ。失言には気をつけよう、マジで。
そんな俺の様子がおかしかったのか、隣のシャルルも周りの女子もクスクスと笑っていたけれど、今は笑われても構いやしない。そうさ、散っていった友の無念に比べれば……
「アスカ。織斑、オルコット、篠ノ之、凰
「はっ、一夏が他三名の手にかかって星にされているはずであります!」
「そうか。後で全員ペナルティだな」
織斑先生の詰問に対して、友を庇いたてる言い訳もせずに正直に報告。腕組みをといて出席簿を振るう姿は、鬼教官のそれだった。
三人の魔の手から逃れたとしても、今度は鬼教官の手によって地獄に突き落とされる一夏。本当にゴメン。後で薬塗ったり、包帯巻いたりぐらいは手伝うから。
「授業には絶対遅れないようにな、シャルル。もし遅刻したら……」
「そうだね。ああなるのはちょっと遠慮したいかな」
そう言ってシャルルが目をやった先では、四人が仲良く出席簿とスキンシップを始めている。バシンッ! バシンッ! バシンッ! バシンッ! 広いグラウンドに四つ、渇いた音が鳴り響いた。
◇
「専用機持ちはアスカ、織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。今回は八人グループで実習を始める。いいな?」
織斑先生が手を叩いて合図をする。今日からは格闘、射撃まで含むISの実戦訓練だ。
実戦演習も見せてみよう、ということで、さっきまで山田先生がセシリアと凰の相手をしていたんだけど……結果はあの様子。
「ちょっと、人が接近戦をしてる時にビットを撃つ奴がいる!? 誤射するに決まってるでしょ!!」
「あなたこそ、連携を取る気がありましたの!? 無闇やたらと接近すれば迎撃されますわよ!!」
二人は見事に惨敗を喫し、口喧嘩の真っ最中だ。こう言ってはなんだけど、かなり見苦しい。責任の擦り付け合いをするようじゃ連携なんてできるはずもない。
「ペアでの戦闘って難しいもんなんだな」
「即席でのペアなら、どっちかが指示を出す役にならなきゃ。それで後衛に回ったほうが、相方に合わせるように動くのが確実だ」
「いつもの俺とシンみたいにか?」
「ああ。一夏は接近戦主体だから、ペースを合わせてもらう側の方が良い。もちろん自分勝手に動いて良いわけじゃないぞ? お互いに息を合わせてこその連携だからな。自分が攻撃を当てることだけ考えるんじゃなくて、相手を後衛の射線に誘導させることとかも意識するんだ」
「なるほどなあ」
未だに言い争いをする二人を眺めながら一夏にペア戦闘の講義をする。偉そうに語ってはいるけど、これも全部親友からの受け売りだ。アカデミーでは、ペアを組むのはいつもレイと一緒で、いろいろ教えてもらった。
今ならかなり自覚もあるし自制もしてるつもりだけど、あの時の俺は今以上に猪突猛進で。二人組みで摸擬戦をしてても、戦闘中に息を合わせることなんか頭からすっ飛んでばっかりだった。それでも好成績をキープできたのはひとえにレイのおかげだ。いつも前に突っ込む俺を器用なレイが援護してくれて、なんとかなって。でもその後にレイのお小言を聞かされるのがお約束だった。耳にたこができそうなくらい聞いたから良く覚えてる。
「とにかく、前に出るなら落ち着いていくこと。自分を見失ったら勝てるものも勝てない」
レイから教わったことそのままに話を締めくくったところで、キャアキャア喧嘩していた二人の頭に出席簿の制裁が下り、ようやく静かになった。
「アスカ以外の専用機持ち五人はグループリーダーを担当しろ。出席番号順に一人ずつ各グループに入るように。分かったら散開、早速始めろ」
「訓練機はこちらにありますので、各班は一機ずつ持って行ってくださいねー」
二人を軽くあしらった山田先生は、皆の見る目が変わったことに気付いて、自信ありげに胸を張っている。山田先生、あんなに動けたんだな……知らなかった。入学試験では手加減してたんだろうな。今度戦ったら勝てるかどうか分からない。
うーん、俺が勝てるとすれば機体の性能面だろうか。実弾が相手なら大分無茶がきくから、試験の時みたいに接近戦に持ち込んで一撃がベストかもしれない。でも先生の動きを見た限りだと、不意打ちは一撃が限界だろう。対艦刀なら一撃で勝負が決められるけど、アレは空中での機動力がイマイチだから厳しいな。かと言って空戦用のフォースシルエットじゃ攻撃力は期待できない。どうにか両立させる方法は――
「あんまり山田先生を見つめてちゃダメだよ、シン。先生が困ってるよ?」
「え? あ、す、すみませんでした」
頭の中でのシミュレーションから現実に帰ってきたら、みんなが移動している中で俺は一人で山田先生の前に突っ立っていた。失礼なことに先生を凝視していたみたいで、シャルルの言ったとおりに先生は困った顔をしながら、さらには頬に手を当てて何かをブツブツ呟いている。いけない、また周りが見えてなかった……って、そう言えば俺は何をすれば良いんだ?
「あの、織斑先生。俺はどうすれば……」
「お前は山田先生と一緒に各グループの見回りだ」
「あ、はい。了解です」
とりあえず山田先生の隣で指示を待つことにする。山田先生は上機嫌で、いつもみたいに慌てた様子もなく各グループに訓練機を配っていた。これなら俺必要ないんじゃないか? ちょっと楽ができそうだ。
「アスカくんはグループを一つずつ回ってください。なるべく女子だけのグループの方にいてくださいね? そうじゃないと不公平ですから」
「不公平? や、山田先生、俺だけ外されたのって……」
「がんばってきてくださいっ!」
にっこり笑って山田先生に送り出された。ああ、そういうことか。女子生徒のサービスに俺が各グループを回るってことね……ちっとも楽できそうにないや。
愚痴を言ってても仕方がないので、セシリアの班から順番に見ていくことにした。まあ、見てるだけなら大丈夫だろう、と軽く考えてグラウンドを歩き出す。
そんな淡い期待は、脆くも打ち破られることになったんだけど。
◇
「……ゴメン、一夏。多分お前を見捨てたから罰が当たったんだ」
「いや、あれはどうしようもなかった。失言した俺のせいだ」
昼休み。屋上。咲き誇る花と、石畳に円テーブル。華やかな椅子に。最高の日差し。まるで庭園のように手を入れられたその場所で、俺は天を仰いでいた。
各グループの見回りだって? 見ているだけだって? 冗談じゃない。
実質三班が全部、俺の担当の班みたいなものだった。
なにしろ、女子がみんな“俺に”アレコレ頼んでくるのだ。班長を無視して。
セシリア班では――
『あ、アスカ君が来たっ! アスカ君、私パラメータの見方が分からないのっ!』
『セシリアじゃ頼りないから、私もアスカ君に教えてもらいたーい!』
『た、頼りない!? シンさん、わたくしを差し置いて何のつもりですの!?』
『え、お、俺のせいっ!?』
何故か俺がセシリアに責められるし、凰の班では――
『アスカ君だっ! ねえアスカ君、私は起動シークエンスが分からないのっ! 教えて教えて!』
『ちょっと、アンタ今普通に歩行まで完璧にできてたでしょっ!?』
『でも凰さんの説明じゃ分かり辛いんだもん!』
『ああ、やっぱり』
『シン、それどういう意味よっ!?』
なんて擦った揉んだがあり、そしてラウラの班では――
『フン、これ以上こいつらに教えるだけ無駄だ。後はお前がママゴトの相手をしろ』
『おいアンタ、どこに行くんだ――』
『そうなんです! 私達ボーデヴィッヒさんに見放されるぐらいダメダメなんです! だからアスカ君が動かし方から手取り足取りそっと優しく教えてくださいっ!!』
『え、いや、でも班長が――』
『『『『『 ア ス カ く ん っ!!!』』』』』
ラウラが勝手にどこかへ行ってしまったので、結局班長代理を務めることになってしまった。ああ……あれだけの要求を全てこなせたのだから、もしかしたら俺には教官の素質があるのかもしれない。いや、素質があったとしても無理だ。教官には絶対になりたくないよ。先生方はいつもこんな苦労をしてたんですね、お疲れ様です、と心中では深々とお辞儀をする。
そんなこんなで、セシリア班、凰班、そしていたたまれない空気全開のラウラ班の三つを回るだけで俺の精神は限界を突破。逃げるように……というか、シャルル目当ての女子で埋め尽くされている食堂から本当に逃げてきて、ようやく人心地がついたところだった。
「失言は許してやろう。だがしかし……これはいったいどういうことだ」
「ん? 折角の昼飯だし、天気もすげーいいし、大勢で食ったほうがうまいし。屋上に来てみんなで飯を食うってのも良いんじゃねーか?」
俺の知らないところで昼食の約束をしていたらしい。なぜだか分からないけど、篠ノ之が不満げに呟いていた。セシリアも凰も、それぞれが妙な緊張感を保ちながら座っている。時々みんな、仲が良いのか悪いのか良く分からない張り合いを始めるんだよな。なだめることもあるけど、もうそんなことに気を遣ってられるほど元気じゃない俺は、椅子に力なく腰掛けながら購買のパンの包みを開けていた。
「えっと、シン。本当にご馳走になって良かったのかな?」
「遠慮するなって。朝のお詫びと、転校祝いだからさ。それぐらいしかしてやれなくて悪い」
で、俺の隣に座っているシャルル。昼食は食堂でパンを買うとの話だったので、お金は俺が全部持ってそのまま屋上に誘うことに。女子の誘いを丁寧に断っていくその様子は、まるでテレビか映画に出てくる紳士そのものだった。どうしたらあんな振る舞いが身に着くんだろうな? まあ、俺が知ったところで真似しても似合わないだろうから、いっか。
「困ったことがあったらすぐに言ってくれ。数少ない男子なんだから、俺も一夏も協力するよ」
「ああ、ISのこと以外はなんでも聞いてくれ」
「ありがとう。二人とも優しくて助かるよ」
笑顔のシャルルに敬礼で返事。特に俺はシャルルと同室になるんだから、できるだけサポートしないと。俺も一夏も最初のうちは手探りの生活だったから、シャルルにはそんな苦労をかけさせたくない。いや、マジで大変だったからなあ。
「そうだ、一夏。午後の授業はIS整備らしいけど復習してあるか? 前に白式の調整した時に教えたことを覚えてれば、午後はバッチリだぞ?」
「おお、大丈夫だ。いつもいつも助かるぜ」
放っておけない仲間がもう一人。俺も一夏も学園生活には慣れてきたんだけど、まだ慣れなきゃいけないものはたくさんある。機械の整備に戦術理論の勉強なんて普通の学校で教えることじゃないから、そういった経験のない一夏は大変だ。なので、俺も手伝えることはなるべく手伝うようにしていた。ルナも言っていたように、困った時はお互い様ってことだ。
「ははっ、シンってば一夏のお兄さんみたいだね」
「え、俺が?」
「千冬姉よりよっぽど優しいからなあ、嬉しい限りだ」
そんな大したことしてるわけじゃないのに。でも、そう言ってくれると俺もちょっと誇らしい。思わず鼻の頭をぽりぽりかいてしまう。
「そんな、俺なんか――」
「アスカが兄? それにしてはコイツは大人気ないな」
「まあ、面倒見の良い所は認めますわ。問題行動だらけですけど」
「あと似なくて良いところが似てるわね。鈍いところとか」
半眼の女子三人がチラリとこっちを見て、口々に冷ややかな言葉を浴びせる。大人気ない? 自分のことを棚に上げてモノを言いやがってコイツら……ちょっとカチンときたけど、出かかった皮肉の言葉を無理やりに飲み込んだ。もしここで
『へえー。優しくて大人なお姉さん方三人は弟をいじめたうえに、その弟と一緒になって怒られるんですね? ああ、こういうことを言うから俺は子どもなんだって? 悪いなあ一夏。でも、大人気ないお兄さんはお前をいじめたりしないからな』
なんて言おうものなら、ステラと約束した大切な明日が消し飛ぶ。女尊男卑。女性は強い。男は弱い。
「はいはい、俺は大人気ないですよっと」
「そういう言い方が大人気ない――ってシン、どこいくのよ?」
「取りに行くものがあるから。みんなはここで待っててくれ」
パンをほおばったままさっさと走り出す俺。せっかくみんなで集まってるんだから、今の内にアレを使うことにしよう。
◇
「お待たせみんな。ほら、これ、お土産」
テーブルの上に水族館の土産を置くと、みんなの視線がそこに集中する。
食卓を囲む仲良しグループ、昼下がりの午後。こんな時にぴったりのお土産、その名も――
「あ、これ『ドキドキ! マリンクッキー!!』じゃん」
「何だ、それは?」
「まあ、箱を開けてみたら分かるって」
女子の文化に疎そうな篠ノ之。知名度が高いというこのクッキーも知らなかったらしくて、首をかしげて覗き込んでいた。
サメの口の形になっている箱を開けると、中には説明書が入っている。それを取り出した篠ノ之がツラツラと読み上げた。
「なになに……
『ゲームのルールだよっ!
一・順番を決めてねっ!
二・順番にクッキーを取り出してねっ!
三・サメの形のクッキーを取った人が負けっ!
四・負けた人は、パッケージの底に書いてある罰ゲームだよっ!』
……だそうだ」
「へー、なんだか面白そうだね」
「クッキーでしたら、食後のお茶うけにもちょうど良いですしね」
「罰ゲームか……嫌な予感しかしねえ」
「シン、やるじゃない。順番どうする?」
「席の順で良いんじゃないか?」
それなりに好意的な反応が返ってきたので、レッツ・プレイ。順番は凰・セシリア・篠ノ之・一夏・俺・シャルルだ。みんながテーブルの中央、サメの口に順々に手を入れていく。
「よっと……カメね。セーフ」
「わたくしは……ペンギンですわ」
「これは星か? いや、ヒトデだな」
「どれどれっと、これはクラゲか?」
「俺は……タコか。セーフだな」
「僕はエイかな。うん、おいしいや。」
最初は和やかに始まったゲームも、二巡、三巡としていくうちに嫌でも緊張感が高まっていく。サメの口に伸びる手は、噛み付かれることを恐れるように、次第に慎重になっていった。段々クッキーを味わう余裕が無くなってきたぞ、おい。
「「「「「「…………」」」」」」
そして最後の一巡。未だにサメを引き当てたやつはいない。残りは六つ、俺の順番は最後の一つ手前。つまり、誰かが先にサメを引かなければ俺の負けはかなりの高確率になってしまう。ここまで来たら負けたくない。
「わ、私の番ね……」
凰が恐る恐る箱に手を入れる。その手に掴まれていたのは――
「イルカっ! やった、私はあがりねっ!」
「くうっ……わたくしの番……」
ぐっとガッツポーズを取る凰と対照的に、緊張した面持ちのセシリア。その手を残り四人が固唾を呑んで見守る。
「――ふふっ! ラッコですわ。当然の成り行きですわね」
オホホと笑うセシリア。残り四人。次は篠ノ之だ。
「ふーっ……はあっ!」
目を閉じて深呼吸をした後、気合を込めて箱から手を取り出す。頼む。そろそろサメが出てきてもいい頃だっ!
「ふん、シロクマだ。日ごろの修練の結果だな」
篠ノ乃は腕を組んで勝ち誇っていた。いつからお前はクッキーを取り出す訓練をしてたんだ? ……じゃない。女子三人は抜けた。残りは俺たち男子三人。
「シン、シャルル」
「え、何?」
「一夏、どうしたんだ?」
一夏は手を箱の上に伸ばしたまま、クッキーを引かずに俺たちを見た。ニヤッと笑うと、コブシをぎゅっと握る。
「恨みっこなしだぜ? ――うおおおおっっ! 来いっ!」
確立三分の一! 先に抜けた三人も俺もシャルルも、みんなが身を乗り出して一夏の手に掴まれたもの、勝負の行方を見守る。一夏の手が、サメの口から脱出して天へと駆け上がっていく。穏やかな午後の光に照らされたものは――
「サメっ! 一夏の負けだねっ!」
「ぐっ……ちくしょう、だから嫌な予感がしてたんだ……」
一夏は肩を落としてクッキーをポリポリかじる。その後ろを女子三人が取り囲んで『情けない』だの『日ごろの行いのせいだ』だの言って追い討ち。助かった俺とシャルルはその後ろでハイタッチを交わし、残ったクッキーに手をつけていた。さて、罰ゲームの内容は何だろうな?
「ま、どうせたいした罰ゲームじゃな――」
ポトリ、空になった箱が地面に落下する。
箱の中の指示を見た途端、一夏は凍りついたように動かなくなってしまった。真っ青な顔で何もない虚空を見つめている。
「おい、どんな内容なんだ……」
箱を拾い上げて、五人で箱の中の文字を目で追っていく。
パッケージの可愛いイルカとは打って変わった、意地の悪そうなサメの絵と吹き出し。
その文字列の意味を脳が処理し終わった時、俺たちは全員吹き出していた。
◇
夜になって部屋を移動した俺は、新しくなった部屋でシャルルと談笑していた。一夏は事情があって、今日はもう終日来られないだろう。さっき黙りこくって部屋に駆け込んでいってしまった。
「それにしても……負けなくて良かったね、シン」
「うん……一夏は気の毒だけど」
負けなくて良かったってのは、あの『ドキドキ! マリンクッキー!!』のことだ。あんな恐ろしい罰ゲームだとは思いもしなくて、気楽に買ってきてしまった自分が恨めしい。
恐怖の罰ゲーム。一夏が引き当てた罰は――
『今日一日は語尾に“マリンっ!”を付けること! 例外は認めないからなっ!』
という噴飯ものの内容。流石に織斑先生の前でそんな真似をしたらシャレにならないので免除はしたものの、それ以外では本当に一夏は語尾に“マリンっ!”を付けてしゃべるはめに。
その様子はそれはもうおかしくて、今日一夏と話をして笑わなかった人は(織斑先生を除いて)いないぐらいだ。きっと一夏の心には深い傷が残ったことだろう。明日から口数が減るかもしれない。
ちなみに、一夏がこの部屋に来られない原因がコレ。語尾にマリンを付けたまま話すのは嫌だって。うん、かわいそうな一夏。でもそれで済まなかったのが今日の一夏のもっと不運なところだ。
「食堂も大騒ぎだったし、一夏は厄日だったんだな」
「すごい盛り上がり方だったね。びっくりしたなあ」
一夏が受けた罰ゲームの事情を聞いた一年一組の生徒は『すっごく面白そうっ!』と言って食堂に集合。第二回の『ドキドキ! マリンクッキー!!』を開始してしまった。そして一組生徒は強制参加。俺もシャルルも……一夏も参加することに。
それでも、ゲームに負けたのは一夏じゃなかった。負けたのは、一夏の隣にいた篠ノ之。普段の固い口調に“マリンっ!”がつくのはさぞ面白い光景だろう。そう思ってみんな笑っていたんだけど……『ドキドキ! マリンクッキー!!』の罰ゲームは一種類じゃなかった。どうやら、箱毎に罰ゲームの内容が違うらしい。
篠ノ之が受けた罰ゲームは――
『前の順番の人にロマンチックな告白を! あ、告白された奴はちゃんと返事しろよっ!』
――罰ゲームもいいところ。前の奴? もちろん厄日にぶち当たった一夏だ。今でも思い出すと……ダメだ、笑っちゃ……いや、でも、アレは……
『一夏……私はずっとお前のことが――っ! 好きだった! 好きだっ、一夏あっ!』
『――俺もお前のことが、箒のことが好きだマリンっ!』
コレを聞いて笑うなってのが無理な話だろ? 二人とも顔を真っ赤にして、篠ノ之は耐えられなくなったのか木刀で一夏に殴りかかり出した。大騒ぎになったので慌ててみんなで止めに入ったけど、抑えるのにスゴイ苦労した。いやあ、アレは確かに恥ずかしい。ていうか一夏、よくあんな状況でまで罰ゲームにこだわれたな。
まあ、そんなこんなで心身ぼろぼろの一夏。今日はもう誰かに会いたくないそうだ。だよなあ。
「今日はにぎやか過ぎるぐらいだったけど、これから少しずつ落ち着くと思うから安心してくれ」
「うん、分かった」
「放課後の訓練も明日からかな。シャルルも良かったらどうだ? 俺も一夏も歓迎するよ」
「いいの? じゃあ、僕も仲間に加えさせてもらうよ。専用機もあるから少しくらいは役に立てると思うんだ」
「ああ、決まりだな。」
コーヒーカップを片手に落ち着いた会話。一人部屋が寂しかったわけじゃないんだけど、こうやって話し相手がいるとすごく気持ちが楽になる。シャルルは物腰が柔らかだから、こっちも気を置かずに話せるのがありがたい。
そう言えば、レイともこんな風にコーヒーを飲みながら話してたっけ。訓練の愚痴を言ったり、授業の予習を手伝ってもらったり、たまに怒ったり怒られたり、船に乗ってもそれは変わらなくて、時には大事なことを打ち明けあって……俺にとって最高の親友だった。
なあレイ、俺もお前みたいになれるかな? 厳しいところもあったけど、頼りがいがあって、優しくてさ。アカデミーからずっと、俺の兄貴分はレイだったんだ。お前のこと、俺すっごく尊敬してた。
だからさ、俺もお前みたいにがんばるよ。お前の分の明日も生きて、みんなを守ってみせる。
「シン? どうかしたの?」
「なあ、シャルル……」
コーヒーを飲み干して、カップを置く。今は遠い親友と、今ここにいる仲間にむけて。
「俺が必ず、シャルルのことを守ってみせる」
「えっ……?」
「約束だ」
守ってみせる。大切な仲間達、大切なもの。今度こそ、全て。
「う、うん……ありがとう、シン」
そう言うとシャルルは、はにかんだように笑った。
トクンッと一つ、心臓が大きく跳ねる。えっと、どうしてだ?
「と、とりあえず明日からよろしくな。カップは俺が片づけるから」
「うん、よろしくね」
顔を合わせていられなくて、慌ててカップを持ってキッチンに入る。
急に頭が混乱して、わけが分からない。その後は早めに消灯して寝ることにしてしまった。
どうしてなんだ?
真っ暗な部屋で目を瞑っていても、まぶたにはさっきのシャルルの笑顔が張り付いている。思い出すたびに、なんだか心がざわつく。
どうして、だ?
シャルルの見せた、あの笑顔。
見た目も声もまるで違うのに、重なるものがあった。
『そろそろ出撃だぞ』
そう言って笑った。
メサイアで……最後の出撃の時に見せた、レイの笑顔に。
◇
変な男の子だ。
会ってまる一日も経っていない人間に向かって『守る』だなんて言って。
ずいぶんと……変な男の子だ。
シャルル・デュノアは布団をかぶりながらも、一日の出来事を反芻する。
朝はまず他の生徒達に追いかけられた。男子生徒が少ないとこうも盛り上がるものなんだろうか。良く分からないが、気になっていた更衣室の問題が何とかなりそうなことが安心だった。どうも自分が同室になった男の子――シン・アスカは鈍いらしく、助かった。今後も鈍いままでいることを願う。
昼には食堂に行ったが、これまた大盛況だった。シンは自分の手を取って道案内をしてくれたり、パンをおごってくれたりした。一緒にいた織斑一夏と共に、人がいいことは良く分かる。信用を得るのもたやすそうだ。
そして晩。今度は食堂でパーティーゲームだ。飽きることなく楽しそうな生徒達がうらやましい。篠ノ乃といったあの女の子は、顔を真っ赤にして告白をしていた。多分彼女は一夏のことが好きなんだろう。しかし、返事の語尾がマリンでは台無しだ。その様子は、とてもおかしかった。
朝・昼・晩と、大騒ぎは止むことがなかった。落ち着くと言われても、こう騒がしいと流石に疲れがたまる。その喧騒の真っ只中に放り出されたのだから。
しかし、にぎやかだが楽しかった気がする。久しぶりに味わう、誰かの温かみ――
――自分は何を考えているのだろうか。心中でかぶりを振る。
同室に男の子がいるという事実が、自分がここに『望まずにいる』ことを示しているのに。ただ“あの人”に命令されて、流されるままにいるだけで……
『俺が必ず、シャルルのことを守ってみせる。約束だ』
再びシンの発言が頭をよぎる。
あの時、自分はどんな顔で答えたのだろう。ああ、いつもの作り笑いで答えただけか。
けど、彼はどうしてそんなことを言ったんだろうか。
自分が何者なのか知らないのに、彼は人を信じきったようなことを言う。
まったく、変な男の子だ。
自分を守ってくれる人はもう、いなくなったのに。
それを知っているはずもないのに……変な男の子だ。
疲れのせいでまぶたはそっと閉じられていく。
考えられることが少なくなっていく中、最後に一つのことがシャルルの頭を掠めた。
――本当に自分のことを、守ってくれるのかと――