フランス代表候補生シャルルと、ドイツ代表候補生のラウラ。二人の転校生を迎えて、俺の学園生活はますます賑やかになっていた。相変わらず勉強と訓練は大変だけど、シャルルという心強い仲間が増えたおかげで、それも随分とはかどるようになった。なにしろシャルル、俺と一夏に欠けていたISの『知識』がある。完全素人の一夏に、戦闘に関すること以外はダメダメな俺と比べたら、その差はまさに『月とすっぽん』ってやつだ。というわけで、いつものメンバーにシャルルを加えて、俺たちは午後の訓練に精を出していた。
「なあ一夏。シャルルの射撃を回避するのはいいけど、その後の姿勢まで考えられたか? 崩れた姿勢に第二射、第三射って直撃させられただろ?」
「確かに……第一射は避けられたんだけどなあ」
「最初の射撃は牽制だったからね。一夏はそれに引っかかっちゃったんだよ」
「うっ……そうだったのか……」
軽い摸擬戦の後の反省会。今回は一夏とシャルルで試合をして、結果の分析をしているところだ。語尾にマリンというトラウマを乗り越えて、一夏も結構動けるようになったんだけど、まだまだ射撃への対応が弱い。接近戦しかできない一夏が戦い抜くには、どうしても射撃をかいくぐる技量が必要になってくる。
「射撃武器の特性も把握しないと、今みたいに回避先を誘導されて追撃されるからね」
「それに一夏は『
「うーむ……なるほど」
実際に模擬戦をした相手からのアドバイスに、それを観戦していた側のアドバイス。これなら今までより効率良く戦闘のレクチャーができる。シャルルの説明は分かりやすくて丁寧だから、その分の上乗せもあって更に効率的に。いや、今までだって摸擬戦の相手は俺以外にもいたんだけど、その相手が――
「私のアドバイスを聞いていなかったのか? 軟弱な奴め」
「せっかく人が親切に教えてあげたってのにさあ」
「わたくしの理路整然とした説明があったというのに」
向こうで文句を言っている三人だ。篠ノ乃と
ちなみに篠ノ乃の奴は、この前の『マリンクッキー食堂大暴れ事件』以来、一夏と会っても顔を真っ赤にして無視をしてばかり。一夏も『罰ゲームとは言え、そんなに嫌だったのか? 結構ショックだな……』としょげていたので、俺も付き添って二人で謝ってみた。そうしたら今度は『この鈍感朴念仁兄弟めっ!』って怒鳴られて……その時は逃げ帰ったんだけど、どうやらもう許してくれたみたいだ。怒鳴られた原因が分からないままなのは、この際置いておくとしよう。
「一夏の『白式』には
「ワンオフ・アビリティーって……シン、なんだっけ?」
「いや、俺も覚えてない……シャルル、それって何?」
後ろで呆れてため息をついている三人を無視して、俺たちはシャルルに尋ねた。繰り返すけど、俺と一夏に『知識』はない。でも、今はそれを補ってくれる仲間がいる。友情って素晴らしい。
「言葉通り、
「『フェイズシフト』のことか? へー、そうだったんだ」
特殊装甲フェイズシフトは、実体弾・実剣のダメージを相転移・無効化する。モビルスーツには結構搭載されてたし、インパルスにも使われたから特別なものって認識はなかったんだけど……言われてみれば、今までフェイズシフト装甲が使われてるISって見たことなかった気がする。
「第一形態でのアビリティーの発現なんて前例がないから、白式の
「でも、シンのイグナイテッドはどうなんだ? メチャクチャな容量があるぜ?」
「それは僕にも……戦闘中にパッケージの換装ができる機体ってのも聞いたことがないよ」
やっぱりシャルルでも分からないらしい。勝手に装甲を作るわ、追加武装の設計をするわ、それにプロテクトをかけて使えなくするわ……イグナイテッドは本当に良く分からない代物だった。そもそも、なんで女性にも使えなかった『欠陥品中の欠陥品』が俺に使えたのかも分からない。ていうか、俺がこの世界にいるのも……ああ、止めた止めた。
「考えても仕方ないか。とりあえず話を先に進めよう」
「それもそうだね。折角だし、一夏も射撃武器を使ってみる?」
「え、他の奴の装備って使えるのか?」
「所有者が許可を出せばね」
そう言ってシャルルが銃を一夏に渡した。この分なら俺が見てなくても良さそうだし、自分の訓練でもさせてもらおうかな。
「シャルル、一夏のこと見ててもらっていいか? 俺もコイツの練習が必要だからさ」
「うん、良いよ。けど、その鉄パイプはどうしたの?」
「いろいろ事情があってさ……これを使いこなせるようにならないといけないんだ」
俺の手に握られているのは、研究所で散々お世話になったあの鉄パイプだった。次のシルエットの開放の鍵。それがこの鉄パイプだ。
長距離射撃戦対応装備、ブラストシルエット――大口径ビーム砲にレールガン、さらに連装ミサイルランチャーに接近戦用のビームジャべリンを備える火力重視の装備だ。未だにプロテクトが解除されていないこの装備。その理由は接近戦用のジャベリンだ。
モビルスーツでもISでも、照準を付けて引き金を引く作業は変わらない。ブラストの装備はほとんど射撃武器だから、感覚の違いに戸惑うことも少ない。きっと手早くプロテクトも解除されるはずって思ってたんだけど……ビームジャベリンのこと、すっかり忘れてた。槍を使ったこと? せいぜいアカデミーで使った銃剣が関の山。
というわけで、またしても俺はISを装着して鉄パイプを振り回すはめになった。今度は鉄パイプをブン投げて、的に命中させられないといけないらしい。傍から見たら、変なことやってるように思われるんだろうなあ……ISの訓練なのに、鉄パイプで槍投げって。そうだ、セシリアのビットでも的にさせてもらおうかな。怒るかな?
「ねえ、あれってドイツの第三世代型じゃない?」
「ホントだ。まだ試験運用中じゃないの?」
アリーナいっぱいに詰め込まれた生徒が一斉にざわつき始めた。だれかにぶつけないようにと端っこに歩き始めていた俺も、そのざわめきの中心に目を向ける。
黒い装甲を身にまとった、銀髪のその姿。ラウラだ。自分に視線が集まるのを意にも介せず、その赤い瞳の先には、一夏がいた。刹那、視界に映し出されたウインドウ。戦闘状態の確認、熱源の感知、発砲――
「っ!?」
「……ふん、また止めたか」
「アンタ、どういうつもりだ」
右肩のレールカノンが煙をあげている――ラウラはいきなり、気付いてない一夏に向かって発砲したんだ。なんとか割って入れたけど、これだけ大勢の人がいる中で……何を考えてるんだ。
「やはり、な」
「何がだよ」
無表情だったラウラの顔に薄笑いが浮かんだ。冷たいその笑みが、周囲の空気を凍りつかせる。首筋には、俺が当てているナイフがあるにも関わらずに。
「どこでそのナイフを覚えた? 抜き方も構えも、素人のものじゃないな」
「アンタには関係ない。どういうつもりかって、聞いてるんだ」
「答える気がないならそれでいい」
そう言うとラウラはナイフに手を添えて、ゆっくりとそれを下ろした。薄笑いは消えて、表情のない顔を、俺と一夏に向ける。
「貴様はなぜそいつと一緒にいる? 貴様には力がある。そいつと違ってな」
「力があったら、どうだって言うんだ」
「簡単なことだ。ここは貴様の居場所ではない。こんな程度の低い場所で、何ができる」
「俺は自分の意思でここにいる。アンタに指図される筋合いはない」
「助言だ。ここにいて強くなれるのか? ここでどんな力が手に入るというんだ?」
「ここにいるから俺は強くなれるんだ。アンタの言う力は、もう俺には必要ない」
「力は力だろう? 貴様も私と同じ場所にいたはずだ。そこで必要なのは、力だけだ」
「それで何ができる? 何が変えられる? 力だけで、何も変わりはしなかったさ」
お互いににらみ合ったまま、その先の言葉は出てこなかった。
『そこの生徒! いったい何をやっている!』
「……今日は引いてやる。だがな、覚えておけ。私は貴様らを認めない。力の無い奴も、力を無駄にする奴もだ」
スピーカーからの声を聞くと、ラウラは戦闘状態を解除した。去り際にもう一度はき捨てるように言って、アリーナをあとにする。
「お、おい、シン。平気か?」
「シン、大丈夫?」
「平気だ。二人とも怪我はないな? なら、もう今日は帰ろう」
二人の返事を待たないで、アリーナの入り口に足を運ぶ。
これ以上アリーナにいるのも気分が悪いし、自分でも少し頭を冷やしたかった。
◇
「さっきはゴメンな。ちょっとイライラしてて」
「ううん、気にしてないよ」
部屋に戻ってきたところで、少し気持ちが静まった。帰りの道すがらも、三人ともほとんどしゃべらなかった。何か言われても生返事しかしてなかった気がする。一夏にも謝っておかないと。
「夕食まで時間あるけど、シャワーはどうする?」
「…………」
「? シャルル?」
「あ、ゴメン。先にいただいていいかな?」
「了解」
パタパタとシャワー室に入っていくシャルルの様子は、どこか元気がなかった。気、遣わせちゃったのかな。
「シン、シャルル、いるか!?」
「ああ、一夏か。どうしたんだ?」
ドアの前にいる一夏は、上機嫌なのが見てとれる。だいたいこういう表情の時、一夏は浮かれていることが多い。
「機嫌良いみたいだけど、何かあったのか?」
「さっき山田先生が教えてくれたんだが、今月下旬から大浴場が使えるらしいぜ!」
「本当か!? やったな一夏!」
小躍りしている一夏ほどじゃないけど、俺も風呂に入れるのは嬉しい。研究所では入れていた分、学園で入れなくなったのは地味に痛かったりする。風呂があるのに入れないっていうのはやっぱり寂しいし。
「へへっ、どうだ? 二人とも元気なかったけど、これで元気出してくれよ?」
「ああ、サンキュ。シャルルにも伝えとくよ」
お互いに敬礼をすると、一夏は自分の部屋に戻っていった。一夏にも気を遣わせてたみたいだ。はあ……こんなんじゃいけないって分かってるんだけど……それでもやっぱりラウラとの一件は、俺の胸に重くのしかかっていた。
◇
頭を冷やすのに熱いシャワーをくぐるというのは妙な話だ。
衣服、それから本来の自分には余計な拘束具を外して、シャルルはつかの間の開放感にひたろうとする。普段ならば多少なりとも気が晴れるひと時なのだが、今日ばかりはそう言っていられない。
シャワーの栓を開け、温度を調節するためにパネルに手を伸ばす。ちょっと熱めぐらいのほうが良いだろう。
浴室に充満していく蒸気の中でシャルルは深刻そうにため息をついた。
同室になってからシンの様子を観察しているシャルルだが、シンという人間に困惑といってもいい感情を抱いていた。もちろん表面上に出すことはしないが、内心では混乱が渦を巻いている。シン・アスカという人間が見えてこない。
会ってからたかだか数日なのだから分からないのも当然かもしれない。そもそも事前情報もまるでなかった。ISを動かせる男子の“二人目”というのは、フランス本国では聞いていなかった。
『俺は自分の意思でここにいる。アンタに指図される筋合いはない』
どうして、あそこまで強く言い切れるのか。
ISを起動させたのも一月前に、たまたまだと言っていたはずだ。その言葉通りに、ISの操縦者なら知っているべき知識がほとんど身に付いていない。だから周囲の状況に流され、振り回されているだけだと思っていた。
なのにどうしてだ。戦うことに、執着とまで言えるようなものを持っている。
戦闘に関する授業だけは、誰よりも集中して机にかじりついている。
ほぼ欠かさずに一夏と放課後の訓練に出て行き、時間いっぱい動き回る。
部屋でやることと言えば、本を読むかIS用のプログラムをいじりまわすか、基礎体力作りのトレーニングだ。
そして極めつけの今日の一件。ラウラ・ボーデヴィッヒの砲撃を止めた後、彼女との会話で言った言葉。
いったい何が彼を突き動かしているのか。
どうして自分の“意思”を持っていられるのか。
人形でしかない自分と違って……
『俺が必ず、シャルルのことを守ってみせる。約束だ』
あの言葉を思い出すと心臓が跳ね上がる。混乱の感情が更に強く胸を締め付けるのだ。
思い出さないようにしていても、ふとした瞬間に自分を襲っていく言葉。
苛立ちなのか? 時々思い切り叫びたくなることがある。
何が分かる。何故分かる。何も知らない人間が軽々しく、どうして守るなどと言える。
勝手なことを言うな。自分がどれだけ孤独であるかを知らないくせに。
安穏と暮らしていただろう人間を、自分はどうして信じていられるというのか。
人形には明日を選ぶこともできない。運命のまま流されるだけだ。
そんな人形を守って何になる。勝手なことを言うな。
自分を守ってくれたのは、母だけだ……
それとも悲鳴にも似たものか? 心の中で自分が泣き喚く。
分かってほしい。自分のことを知って、守ってほしい。
孤独であったことを理解してほしい。この孤独から救ってほしい。
雨に濡れたままの世界から、自分を陽の当たる世界に連れ出してほしい。
人形のままでいたくなんてない。諦めたくはない。
人形ではない自分自身を、“シャルロット・デュノア”を守ってほしい。
自分を守ってくれた、母のように……
はたまた歓喜の声か? 温もりが心を染める時もある。
彼なら分かってくれる。守ってくれる。
孤独であった自分を救ってくれるはずだ。あんなにも温かな人なのだから。
そばにいるたびに強く感じる温かみ。母の温かだったあの優しさに似ている。
人形の自分にも、あんなにも優しくしてくれるのだから。
きっとこれから先も、自分を守ってくれるはずだ。
約束してくれたのだから……
そしてまた甦る苛立ちに似た感情。
自分の心がどうなっているのか判断がつかない。
母がそばにいてくれたのなら、この感情が何であるのかを教えてくれたかもしれない。
母さん、と呟いたその声も。
シャワーの水音はたやすくかき消していった。
◇
案の定その日の夜になっても、俺は寝付けないでいた。アリーナでの出来事、ラウラに言われたことが頭の中をぐるぐる回っている。目がさえて、眠れない。
かつての俺と同じ、力への執着。自分を突き動かす、暴力的な衝動。
目の前にいるのは敵だ、撃て、壊せ、なぎ払え、そうして動けなくさせればいい。力の叫びに飲み込まれて、何も考えられなくなる。
はやる気持ち、思いを抑えきれなかった。振り返る余裕なんてまるでなかった。目の前の敵を倒すことが全てで、大事なものを無くしていった。
自分とラウラでは力を求める理由は違うはずだ。けど、理由が何であっても……アイツは力を求めている。危険な方向に、誰かへの敵意を交えて。
俺を止めてくれたのはアスランだ。
なら、ラウラは誰が止めるんだ? 誰かが止めてくれるのか?
もし止めてくれなかったら、ラウラはどうなるんだ?
いつか俺みたいに、全部無くすのか?
そんなこと、させたくない。俺が止めなきゃ……いけないんだ。力に囚われてた、俺が。
今月末の学年別個人トーナメント――誰にも負けるわけにはいかない。どんな奴が相手でも、俺は負けない。
ふう、とため息が出た。勝つって思うのは簡単だけど、実際に勝つにはまだまだ訓練が足りない。まずはブラストシルエットを使えるようにしないと。長距離射撃戦にまで対応できれば、かなりのアドバンテージになる。トーナメント戦では相手次第で相性が変わるから、全距離で対応できるってのは有利だ。鉄パイプには、もっとがんばってもらわないとなあ。
それから、もう一つ。トーナメントに勝つための奥の手を考えてある。フォース・ソード・ブラストの三つが開放されれば練習もできるんだけど……訓練の手伝い、シャルルに頼むしかないか。シャルル、アリーナを出てから元気なかったけど……大丈夫かな。
「……さ……ん」
「ん? シャルル、起きてるのか……?」
ベットから上半身を起こして、隣にいるシャルルに声をかけた。こっちに向けた背中が震えている。両手で自分の体を抱きしめるようにして、身を縮めて、何かを呟いている。小柄な体が一層小さく、か弱く見えた。
「お母さん……」
「シャルル? うなされてる、のか……?」
シャルルの口にした母さんという一言が、心臓を強く打ちつけた。
スタンドの電気を点け、布団を蹴飛ばして、シャルルのベットに駆け寄る。放っては置けない。
「シャルル。大丈夫か? 起きろ、シャルル。大丈夫だから……」
「う……ん、あれ……シン、どうして……?」
シャルルが向けた顔に光る、涙の跡。自分でも気付いたのか、慌ててゴシゴシとぬぐったけれど、跡は消えなかった。
「うなされてたみたいだったからさ……大丈夫か? 今、水持ってくる」
「う、うん……」
水を入れる間にも、脳裏には悪夢がよみがえる。俺も見てきた、何度も何度も。
バラバラの家族の死体。飛び回るモビルスーツ。
雪の降るベルリン。目の前で吹き飛ぶステラの姿。
落ちていく青いモビルスーツ。とどろく雷鳴。
夜中に跳ね起きるなんて、珍しくもなかった。
「ほら……落ち着くから」
「うん、ありがと」
コップの水をこくこくと飲むシャルル。その視線は沈んだまま、布団をじっと見つめている。少しの間、沈黙が俺たちの間を包んだ。
「……なあ、シャルル。その、今日元気なかったけど、何か悩みでもあるのか? 俺で良かったら、相談に乗るけど……」
「ううん、ちょっと夢見が悪かっただけだから……気にしないで」
そう言ってシャルルは笑うと、コップを俺に渡してきた。前に見せた笑顔じゃない。いつも見せる笑顔でもない。明らかに無理をしている、作り笑い。
「お母さんって、言ってた」
「……っ!?」
誰にでも、触れてほしくないことはある。頭で分かっていても、聞かずにいられなかった。放っておきたくなかった。
「無理に聞くわけじゃないけど……何かあったのか?」
「…………」
布団の端をぎゅっと握りしめて、シャルルはうつむいて黙ってしまった。また長い沈黙が続く。やっぱり、みだりに人に聞かれたくないことなのかもしれない。
「分かった、シャルルが言いたくないなら何も聞かない。けど、俺はシャルルが眠れるまで起きてるから」
「え……?」
俺がうなされていたとき、決まって声をかけてくれたのはレイだった。迷惑かけてばっかだった俺のことを気にかけてくれて、一緒に起きていてくれることとかあったんだ。あいつのおかげで、俺はどれだけ気持ちが楽になっただろう。だったら今度は俺が助ける番なんだ。
「……どうして?」
「え?」
「どうして僕に、そこまでしてくれるの……?」
どうしてと聞かれて一瞬言葉に詰まってしまった。それは、昔親友が同じように助けてくれたとか、色々な理由があるんだけど……
「守りたいだけなんだ、俺は」
「守る?」
「そう、大切な人たちを守りたい。それだけ」
自然とそんな言葉が出てしまった。けど、これも嘘じゃない、俺の本当の気持ちだった。
大切な人を守りたい。だからシャルルも守りたい。
「シャルルも俺の大切な人だから。だから守りたいんだ」
それだけ言って布団に戻ろうと思ったところで、シャルルが俺の手を掴む。
「? シャルル?」
まだうつむいた顔を上げないで、ポツリポツリとシャルルが語り出した。
「お母さん……僕をずっと、育ててくれてたんだけど……」
「…………」
「父はいないようなものだったから、一人で、ずっと……」
「うん……」
「二年前に、亡くなって……それから、僕は一人で……」
そこで一度言葉が止まった。肩を震わせて、なんとか搾り出すような声で続ける。
「ここにいていいか、分からないんだ。僕は……」
「ここにいて……?」
「シンと違う。はっきりした意志があるわけじゃない。僕は……ここにいていいの?」
「シャルル……それを決めるのは、シャルルだろ?」
「え……?」
震えるシャルルの手を握りしめる。自分の言葉でどこまで伝えられるだろうか。けど、伝えたいことがある。大切なことだ。
「俺もさ、ちょっと前まで研究所にいたんだ。そこでずっと、悩んでた。自分はここにいていいのか、自分がここで幸せでいいのか、ってさ」
「…………」
「けど、そこで教えてもらったんだ。『誰だって、自分の大事な人には幸せでいてほしい』って。なあ、シャルルはここにいてどう思う?」
「ここにいて……」
目を閉じただけで、短い間だけど多くのことが思い出せる。
初めて一夏に会った時のこと。
セシリアと決闘した時のこと。
篠ノ乃が俺を助けてくれた時のこと。
凰に怒られた時のこと。
シャルルが来た時のこと。
「俺はすっごく幸せだ。たまに騒がしすぎることもあるけど、一夏がいて、篠ノ乃がいて、セシリア、凰、それにシャルルがいて……みんなが、大事な人たちがいて、一緒に笑ってられるんだから。シャルルは、どうなんだ? 俺たちと一緒で嫌か?」
「そんなことないっ! みんながいて、それにシンがいてくれて……僕も、こんなに笑ってられることなんて、お母さんがいなくなってからなかった」
「ならここにいていいんだ。それはシャルルが決めたことだろ?」
「僕が、決めたこと……?」
「うん。シャルルが自分で、自分の明日を選ぶってことだ。誰かにすがるんじゃなくて、自分で決めた明日だから。お母さんだって、もちろん俺だって、シャルルには幸せでいてほしいって思ってる」
明日に目を向けること。
ステラが教えてくれた。
みんなが教えてくれた。
ステラと約束した。
みんなと約束した。
だから、今の俺はここにいる。ここにいて、みんなと笑っていられる。
「大丈夫さ。もしシャルルの明日を奪おうとする奴がいても――」
この世界で決めたこと。初めて『力』を手にした時に決めたことだ。
大切な全てを、大切な人の明日を守る。それを阻むなら――
「俺がシャルルを守るから。どんなことがあっても、絶対に」
「……うん」
こくん、とシャルルが肯いた。体の震えも収まったみたいだから、落ち着いたんだろう。
その様子を見て、内心で胸をなでおろす。良かった。自信なかったけどなんとか伝わったみたいだ。
安心して時計に目をやると……現在時刻は夜中の二時過ぎだった。あーあ、夜更かししちゃったよ。明日が日曜日でホント助かったな……授業があったら間違いなく居眠りして、出席簿に『ありがとうございます』ってお礼を言わなきゃいけないところだ。
「さて、それじゃ寝ると――シャルル、どうした?」
「うん、実はね」
ベットから離れようとした俺の手を、シャルルが掴んだまま放してくれない。あれ、まだ何かあるの?
「眠れるまで、手……繋いでてくれないかな?」
「手? うん、いいけど」
そのままバフッと布団に腰を下ろすと、シャルルはニコニコしながら布団をかぶった。
マユにもよくねだられたなあ、コレ。男同士のはずなのに、シャルルが相手だと全然気にならないのが不思議ではある。多分ヴィーノの抱きつきと同じだ、柔和で人懐っこいシャルルの人柄のなせる業なんだろう。俺と一夏でやったら……怖いから、やっぱり考えるのはよしとこう、うん。
「ねえ、シン。聞いていいかな?」
「良いけど……聞いたら早く寝てくれよ? このままだと俺、眠れないよ」
「じゃあ、一緒に寝る?」
「こらっ、冗談は止めて早く寝かせてくれって。ほら、何だ?」
「ふふっ、つれないなあ……ねえ、シンの家族は?」
「……みんな、もういないんだ」
「あっ……ゴメン」
「いや、いいんだ。俺はもう、大丈夫だから」
ほんのちょっとだけ、シャルルの手の力が強くなった。それに返すように、手を握り返す。
「お休み、シャルル」
「うん……おやすみ、シン」
手を繋いだまま、シャルルは目を閉じた。傍で座ったままぼんやりとしているうちに、寝息が聞こえてくる。そっと手を放して、眠っているシャルルにもう一度。
「お休み、シャルル。また明日」
そう言って自分のベットに戻って、布団をかぶる。頭の中ではまだごちゃごちゃと考え事があるはずなのに、今度は眠気はすぐに襲ってきた。また、明日か。ああ、訓練の手伝い頼むの忘れ――
◇
その日、夢を見た。ミネルバの――船のみんなが出てくる夢だ。夢の中だけど、久しぶりにみんなに会えて嬉しい……嬉しいはずだったんだけど、何かがおかしい。
みんな、俺のことを叱りつけるんだ。レイもルナもメイリンも、ヴィーノもヨウランも、アーサーに艦長まで……みんながみんな(特に女性陣)――
『自分が今日何を言ったのか、お前本当に分かってるのかっ!?』
――って。何か怒られるようなこと言ったっけ?
ああ、夢の中にはアスランも出てきて、俺のことをかばってくれた。みんなの怒りが収まるどころか、余計に怒り出したけど。
『シンが何を言ったんだ? みんなで責めるようなことは言ってないだろう?』
『このっ……馬鹿野郎っ!』
それで、俺はアスランと二人で、目が覚めるまでずっとお説教を受けていた。
なあ、アスラン。俺たちの何がいけなかったんだ? 俺たちが何をしたっていうんだ? なんでみんなため息ついてるんだ? え、アンタも分かんない? 俺も分かんないよ……