アーカディアの魔工学士   作:愛及屋烏

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第24話 精霊融合

最初の時と同じように岩壁の隙間に入り、破損した外壁から悠二達はシェルター内部に侵入した。

ただ今回は、岩壁が崩れない程度に悠二が風の魔術で掘削した上で、マルクが地の魔術で整形したので通り抜けるのは簡単だったが。

 

「電灯が点いてる……それに風が吹いて……どうも、空調設備が稼動しているみたいだ」

 

天井や壁に視線を走らせながら、そう悠二は呟いた。

 

「あの……フェルミ様は判りますか?」

「うーん、少しは感じるかな。多分、風属性の魔術を使うようになって、ユージは風に対する感度が鋭くなってるんだと思う」

 

後ろの二人のそんなヒソヒソ話をしっかりと聴き取りながらも、悠二は空調設備が動いている理由を考察する。

間違い無く、太陽電池を地表に出した事による発電が理由であるのは疑いようが無い。

 

「(勝手に動いているのは……施設自体の状態に関わらず、電力さえあれば稼動するようにシステム化されてる、ってところか)」

 

施設内部の人間の生命維持に関わるような設備が優先的に動いていると考えれば、そう不思議な事ではない。

恐らくは存在しているだろう、浄水や排水等の設備も既に稼動状態になっている可能性が高い。

 

「(雷力反応はあるが、移動している物はない。……つまり、機兵の類は沈黙したままか)」

 

前回とは違い、武器も魔術もあるので遅れを取る事はまず無いとは思うが、それでも危険は出来る限り避けたいのも、また事実。

そうなると主動力を復旧させるよりも先に施設を制御下に置く方を優先すべきであろう。

 

「さて――フェルミには機械操作の能力があるんだよな?」

「ええ」

 

その能力の性質はハッキングからの機械支配、と言った方が正確だ。

最近は(もっぱ)ら彼女のゲームプレイに活用されているだけだが、その能力の威力を悠二は身を持って体験している。

 

「それを使って、どうにか施設の情報を得られないか?」

「……そうね、出来ると思うわ」

 

前回の探索では施設自体が未稼動だった為に端末の類も沈黙していたが、現状なら使用可能になっている物もある筈だった。

 

「よし、動きそうな端末を探してみようか。何とか扉は開けられそうだから、前と違って探索も出来るし」

 

扉の開閉に必要な電力が来ているのであれば、そのまま入れるし、仮に閉まっていても今回は人手がある。

子供ではあるが、火属性の強化魔法で筋力を上げられるマルクが一緒に居るのだから、力尽くで抉じ開ける事も容易であった。

 

だが幸いな事にそんな荒技を使用する機会は巡って来ず、地下一階部分の探索は順調に進んだ。

その中でも特筆すべきは野菜等の食物の栽培に地上から採光を行い、自然に近い形を目指した地下栽培設備。

 

「ユージさん、これって……畑ですよね?」

「みたいだな。施設の中で自給自足を行う為か……流石に作物は全滅しているけど、土自体は元気そうだ」

 

戦争中ともなれば、地上に出て物資を入手する事も困難になる以上、生産と消費が施設内で完結している必要に迫られる。

 

「(土壌管理や水遣りもシステム化されてる……?)となれば、怪しいのは隣の部屋か」

 

隣接する部屋を調べると案の定、稼動状態のコンピューター端末を発見した。

 

「うわぁ……凄い機械が一杯ですね」

「これなら、なんとかなるか……?」

 

試しに悠二が色々と操作してはみたが、モニターに表示されるキーボードや文字言語が日本語ではないので早々に断念し、当初の予定通りにフェルミに任せる事になった。

 

「フェルミ、どんな感じ?」

「一定以上の情報は、管理者権限が無いと閲覧不可になってるけど……それでも色々と分かったわ」

 

フェルミが端末から読み取った情報によると、避難民収容シェルター『フォボス』は全地下六階まであり、目的事に以下のように階層分けさられている。

 

地下一階 農業区画

地下二階 工業区画

地下三階 居住区画

地下四階 倉庫区画

地下五階 動力区画

地下六階 情報統制・管理区画

 

「地下一階が農業区画ってのは、見ての通りとして……地下二階の工業区画の役割は?」

 

階層に関しては初日の探索の時点で、ある程度は判明していたが、入れない部屋がほとんどだった為に各階層の役割に関しての情報は初見だった。

 

「えっと……施設の警備やメンテナンス用の機兵(ロボット)の製造ラインや武器開発の工房があるみたい」

「メンテナンス用もあるのか……工業区画の設備の稼動状況は?」

「全然ね。外のアレだけじゃ、動かすのに必要な雷力が、まるで足りてないわ」

「他の区画への電力供給をカットして、必要最低限に抑えれば?」

 

悠二の質問に対して、フェルミが計算して出した答えは、それならなんとか足りそう、との事。

だが、その操作はこの端末からでは不可能だし、権限も無いので難しいとも言われたが。

 

「やっぱり、本格的に施設を稼動させるにしろ、復旧させるにしろ……管理者権限が無いとダメね」

 

仮に電力的な問題がなくて、施設を復旧させても自分達は『侵入者』に過ぎないので、警備用の機兵なり防衛設備によって排除されてしまうだろう。

それを防ぐ事を考えたら、ギリギリ設備を動かせるだけの電力を確保する事の出来た今が、施設を制圧するには絶好の機会という事になる。

 

「……その管理者権限を取得するにはどうすれば良いかは分かる?」

「施設の人間が退去・死亡している現状では通常の権限委譲は不可能ね。だから、方法としては……施設の中枢をハッキングして、直接、管理者の情報を書き換えるしかないんじゃないかしら」

「中枢、と言うとメインコンピューター?」

「えぇ、施設を統括するメインコンピューターは……地下五階にあるみたい。名前は『デイモス』」

「(フォボスにデイモス……? 確か……火星の衛星の名前、だったか?)」

 

シェルターとメインコンピューターのネーミングも気になったが、それ以上にその場所に疑問が残る。

 

「動力区画と同じ階にメインコンピューターがあるのか……? 名前の印象からすると六階にありそうな感じだが」

「確かにそうね……情報統制、なんて如何にも中枢の名前なのに」

「(けど、俺が目を覚ました壁画の部屋しか地下六階には無かった事を考えると……)」

 

全体の中で地下六階だけが異質であり、付け足されたようにも、最初から最深部として定められていたようにも思える。

 

「とりあえず、地下五階に行ってみるか」

 

 

◇◆◇◆

 

 

「考えてみれば、私とユージが会ったのだって、地下五階だったのよね」

 

地下への階段を下りながら、感慨深げにフェルミが呟いた。

 

「言われてみればそうだったな。そういえば……あの時、俺に嗾《けしか》けた機兵《ロボット》って、何処から持ってきたんだ?」

 

機兵を製造する工業区画が、あの時点で既に動いていない事を考えると自然と答えは絞られるが。

 

「えっと……確か、あの階に転がっていたのを強引に動かしたような」

 

警備目的の機兵とするなら、やはり地下五階は施設の中枢であり、警備が厳重だった名残とも考えられる。

 

「あの、ユージさんとフェルミ様……戦ったんです、よね?」

 

二人の出会いに関して、ある程度は知っているマルクが不安そうに訊いてきた。

 

「遺跡の調査に来た俺をフェルミが精霊を狙う不埒者と勘違いしてな」

 

大筋では間違っていないが決定的な情報を隠した筋書きを悠二は語る。

 

「…………それで私が先刻も言ったように機兵を操って迎撃しようとしたの」

 

少しの間を置きながらも、フェルミは話を合わせて追従した。

 

「お二人共、怪我とかはしなかったんですか?」

 

心配そうなマルクに対して、ないない、と二人揃って手を振る。

 

「まぁ、ユージと出会った御蔭で私はむしろ回復した訳だし……」

「結果オーライ、って奴かな」

 

そんな息の合った二人の様子にマルクは安心したように息を吐く。

 

「……ユージさんとフェルミ様が喧嘩するとか、想像しただけで悲しくなります」

「「いやいや、喧嘩って」」

 

声を揃えてツッコミを入れるが、考えてみれば今の関係は奇跡的だ。

互いに冷静だったからこそ、大事には至らなかったが、最悪の場合は後戻りのきかない殺し合いに発展していた可能性だってある。

マルクの言う通り、喧嘩程度で済んで本当に良かった、と悠二とフェルミは互いに視線を向ける。

 

『ねぇ……異世界から来たって事、マルクには話さないの?』

 

交差する視線を外し、歩を進めると久し振りにフェルミが念話を使ってきた。

内容は叱責とも取れるような問い掛けだったが。

 

「(別にマルクを信用してないとか、そういう理由で話さない訳じゃない。親であるヘルムホルツさんには知られてるし)」

『なら、どうして?』

「(結局の所、話す意味自体が無いから)」

 

例えば、悠二が何か宿命の類でも背負っていれば、もう少し『異世界の住人』という情報の重要性が増すだろう。

だが、悠二の状況は究極的には世界規模の迷子でしかない。

自分に責がないと自覚していても、考えようによっては恥であるので、率先して吹聴する気にはなれない。

 

例えば、悠二が帰還を望みながらも帰れない苦境にあるならば、信頼できる相手に相談する、という選択肢も出て来る。

だが、別に悠二は焦ってもいないし、困ってもいない。むしろ異世界ライフを満喫している。よって、頼る意味も無い。

 

例えば、これが悠二の出生の秘密であるとか、隠された過去の話、というのであれば個人の関係として話す必要もあるかも知れない。

だが『異世界の人間』という情報は本質的には「簡単に帰れない程に出身地が遠い」というだけの話に過ぎない。

 

「(話した所で、俺とマルクの関係には何の影響もないと思わないか? なら、話す必要はない)」

『影響が無いなら、話しても良いんじゃないの?』

「(――俺が異世界の人間だとマルクが知る事は、害になる事はあっても益にはならないよ)」

 

視点を悠二とマルクの間に絞れば、この話は毒にも薬にもならない。

だが、マルクとそれ以外……周囲に向けた時はどうだろうか?

 

「(知らなければ何も起きないかもしれない……でも、知っていたら?)」

 

仮に『何か』発生するとすれば、それは高い危険性(リスク)を内包する事象であり、毒であるという確信が悠二にはある。

互いの関係に大して影響のない情報を与えて、将来的な危険因子をマルクに抱えさせる必要はない、というのが悠二の考えだった。

 

『……ユージがそこまで考えた上で黙ってるなら、私もそれで良いと思う』

「(まぁ、俺も絶対に隠し通すとか考えてる訳じゃないから……機会や必要があれば相手が誰だろうと話す事に抵抗はないよ)」

 

悠二とフェルミが内緒話を続けていると、何時の間にやら三人は地下五階にまでやって来ていた。

 

「あ、ユージさん……あそこにあるのって」

「うん? ……あぁ、そうそう。あれが話に出てきた機兵」

 

最後に見た時と変わらない様子で廊下に転がる、円盤状の機兵。

 

「……傘、刺しっ放しだったな――この際、持って帰るか」

「え、でも壊れてるのよね?」

 

自分が原因である事を気にしているらしいフェルミに対して、悠二はギルミアに見せれば今後の傘作りの参考になるかも知れないから、と完全に破壊された機兵から折り畳み傘を引き抜いた。

 

「ユージさん……か、傘で勝ったんですか?」

「元々、スクラップ寸前の機兵だったから……今なら別だけど、新品の機兵と傘で戦うのは勘弁だな」

 

そう苦笑しながら口に出してみると、悠二の中に真逆の考えが生まれてもいた。

 

「(いや……普通の傘は問題外としても……戦闘用に作った物なら案外、悪くは無いか……?)」

 

ギルミアが作っている傘も護身を兼ねている物ではあるし、元の世界の創作物の中には傘で戦う人間も少なくはない。

その場合の傘は先端部分が銃口になっていたり、持ち手の部分を引き抜くと刃が出て来たりする危険物ばかりではあるが。

 

「(そこまでの魔改造が必要かは別にしても、魔獣の素材を使って、それなりに丈夫に作るだけでも武器として通用する筈……)」

 

この世界において、傘に対する認識が『雨具』でしかない、というのはそれだけで相手の虚を突く要素に成り得る。

更に武器として普及していない銃を悠二が所持している事を併せて考えると、かなりのアドバンテージである。

 

「(帰ったら、ギルミアさんに製作を頼んでみるかな)」

 

恩に着せるつもりはないが、悠二に対して大きな借りがあると感じているギルミアが喜んで引き受けてくれるのは想像に難くない。

善良な小市民である悠二としては貸し借りは早々に清算して、対等な関係を構築しておきたいので、この頼み事は名案に思えた。

 

――少なくとも、極自然に対人戦闘を想定し、装備の暗器としての使い方を模索している時点で善良には程遠いのだが。

 

 

◇◆◇◆

 

 

メインコンピューターのある制御室。

人力で扉を開き、中に入ると正面には大型のモニターがあり、その下方には操作端末。

左手はガラス張りになっていて、地下六階の壁画の部屋が見下ろせるようになっていた。

 

「(ここから下の部屋が見えるという事は……あの部屋は、ただ壁画があるだけの部屋って訳じゃない、のか?)」

 

この世界に来たばかりの時は気付かなかったが、自分が目を覚ました場所を上から見ると何かの舞台のようにも見える。

 

「ここの機械は特に大きいですね……」

「早速、調べてみるわ」

 

ふわり、と機械群の上に降り立ったフェルミは、そのまま手を足元の端末に翳した。

 

「――どう?」

 

数分の後、悠二が訊ねるとフェルミは首を横に振って応じた。

 

「今の私の力じゃ、このデイモスの防壁《プロテクト》を突破するのは無理よ」

「無理、か……でも、まだ手はあるって顔してるな」

「そうね、精霊としての力が低い『今』の私には無理……でも、一時的に私の精霊としての『霊格』を上げる手段はあるの」

「……その方法は?」

 

その問いに答えるフェルミに一瞬の逡巡が見て取れたが、それでも告げられた言葉は、はっきりとしていた。

 

「――私とユージが『精霊融合(エレメント・ユニゾン)』で合体すれば良いの」

「「…………」」

 

一瞬の静寂。

 

「合体!?」

「合体……ときたか」

 

フェルミの提案に対して、悠二とマルクの反応は対照的だった。

 

悠二にしてみれば、融合だろうと合体だろうと精霊の力を借りる術の存在自体に驚きは無い。

だが、フェルミが打開策として、その術を提示した事には驚いていた。それは自分と合体しても構わない、と彼女が思っている事の示唆でもあるのだから。

 

「その精霊融合(エレメントユニゾン)には、何か特別な技能とか素質は必要じゃないのか?」

「四大精霊みたいな高位の精霊だったら、それこそ生前から精霊の加護を受けるぐらいじゃないと『馴染む』のは難しいわね」

 

魔術的な才よりも精霊との親和性、相性が問われる『精霊融合』では一流の魔術士よりも、精霊の棲む土地に根ざした人間や精霊を奉る巫女(神子)等の方が術の成功率は高い。

 

「でも、私は低位の精霊だから、そこまでの相性は必要ないし……それに私とユージの相性は悪くない筈だから」

 

どこか照れ臭そうにフェルミは語る。

 

「と、言うと?」

「私の名前はユージが付けてくれた物でしょ? あの『名付け』の時点で私とユージの間に霊的な繋がりが出来ているの」

 

悠二の持っている拙い知識の中でも確かに『名付け』という行為が持つ、魔術的な意味合いは大きい。

霊的な経路(パス)が既に結ばれている以上、融合に求められる最低限度の相性は保証済みと言っても過言ではないだろう。

それに加えて、元々が科学的に発展した世界の住人である悠二は、この世界の中では電子の精霊であるフェルミに最も近しい人間であるとも考えられる。

 

「成功率は高いって事か。……融合によって生じるデメリットは?」

「融合解除後に術者には相応の負担があるわ……ただ基本的には疲弊するだけで特に問題がある訳じゃないけど」

「……あの融合すると、どんな風になるんですか?」

「そうね……宿している精霊の影響で髪の色が変化する、とかはよく言われるわね。精霊の持っている能力も共有されるし……後は魔素の保有量が術者と精霊を合わせた量になるわ」

 

同等の魔素保有量を誇る悠二とフェルミの場合、融合すれば単独時の約二倍の魔素を体内に宿す事になる。

 

「それは凄いな」

「相性次第では相乗効果で更に増えるわよ?」

「……確かにそれなら、フェルミの力が増すのも納得だな」

 

しかも、魔術士になったばかりの自分と現時点では低位の精霊であるフェルミの融合でそれなのだ。

互いに成長した後の融合なら、どれほど爆発的な強化になるのか想像すら出来ない。

 

「――で、どうするの? 私と……合体、する?」

 

合体を強調しながら、悠二にこ惑的な眼差しを向けるフェルミ。わざとか。わざとなのか。

 

「フェルミが良いなら、こちらから頼みたい、かな。…………それで、手筈は?」

「精霊融合は精霊からヒトに対して行使する術だから、ユージは私を受け入れてくれるだけで良いわ」

「受け入れる?」

「そう、私を信頼して心と体を預けてくれれば、私の方から共鳴(シンクロ)に入るから」

 

成功させようと気合を入れるよりも自然体でリラックスしていた方が良い、との事。

 

「それじゃ、マルクは少しだけ離れててくれる?」

「はい!」

 

マルクが数歩、後ろに下がったのを確認してから、フェルミはその小さな手を悠二に差し出した。

悠二は右手を出して、そっと触れるように彼女の手を取った。

 

互いに瞼を閉じて、静寂の中で精神を落ち着かせる。

 

「――――共鳴開始《シンクロスタート》」

 

宣言の直後、銀色の光が室内を包んだ。

 

 

◇◆◇◆

 

 

溢れんばかりの光の中で最初に感じたのは、湧き上がる力。

そして、暖かさと安らぎだった。

 

『体内走査(スキャン)開始――体内魔素循環――正常値』

 

何処か機械的なフェルミの声が、悠二の脳裏に響く。

 

共鳴(シンクロ)率上昇――10――20――30――40――50……60!?』

 

共鳴(シンクロ)率、とやらのカウントが始まったが、後半になるにつれてフェルミの声に焦りのような物が混じる。

 

『第一並びに第二リミッターを設定――設定完了――40パーセントで安定……!』

 

明らかにホッとしたフェルミの声に悠二は自らの状況を確認する。

 

『…………どう、なったんだ?』

 

融合《ユニゾン》という名称に対して、この術の本質は精霊の力を術者に宿す事、つまりは憑依である。

故に肉体、精神に関わらず主体となるのは術者であり、術者の中に精霊が居る状態が自然な形となる。

 

――だが。

 

身長に変化は無い。だが、肢体はしなやかさを増して、全体的に線が細くなった印象を与える。

黒髪は青を帯びた濃い紫へと色合いを変えながらも、内にある存在を主張するように銀髪が混ざる。

双眸は金色を宿し、背中にはフェルミと同じ銀光によって輝く、二対四翼の羽。

 

胸は慎ましやかに膨らみ――

 

「いや、可笑しいよね!? 何故に胸が!?」

 

あまりの異常事態に自分でぐわしっ!と勝手に増設されてしまった胸を掴む。

 

――なんという事でしょう。

 

違法建築さながらの突貫工事にも関わらず仕上がりは見事としか言いようがない。

胸のサイズの知識など無いが、少なくともBはありそうなボリュームである。

 

「ユ、ユージさん!?」

 

絵面的には人間とは思えない程の美女が自分で胸を揉んでいる姿でしかないので、いたいけな少年であるマルクは大いに焦る。

 

「これ融合の範疇じゃないよね!? フェルミが巨大化したと言った方がまだ自然だよ!」

 

咄嗟に連想するのは合体(融合)事故という単語。

 

「だ、大丈夫ですよ! ユージさん綺麗ですから!」

「……マルク、それフォローになってない」

 

というか、自分を見ながら赤面するのは勘弁して貰えないだろうか。

 

「(まぁ、胸は百歩譲って良いとして……いや、良くはないけど……下半身の……この喪失感は……確認したくない」

 

とりあえず、自分の分身である相棒が忽然と姿を消している事は感覚的に分かる。

 

『意外とユージって下ネタ好きよね』

『……軽くパニックになってるんだよ』

 

今、肉体の中には悠二とフェルミの精神が深層部にて独立しながらも共存している。

形式としては脳内会議――もとい念話に近いのだが、二心同体の状態の所為か、思考のレスポンスはやたらと速い。

 

通常の『精霊融合』では起こりえない現象だったが、そもそも肉体に起きている変化からして異常。

 

性転換とまではいかないが、男であると断言するのが不可能な程度には変貌してしまった体。

これは悠二がフェルミに対して「歩み寄りすぎた」結果ではあるが、一時的な姿とは言え、青年が喪失した物は余りにも大きい。

 

「女体化の一歩手前というか……これ既に別の『誰か』じゃないのかなぁ……」

 

今、この状態の自分を『双葉悠二』と定義するには色々と問題が多いような気がしてならない。

言い換えれば、融合の前後を等号で結ぶ勇気が出ないのだ。

 

「(人代名詞に『俺』とか使うのも微妙に変な感じがするし……)」

 

だからと言って『私』に切り替えたり、意識して女言葉を使用する気は無い。

ただ、そのままの口調というのも如何なものか、という気がしているだけである。

 

「マルク……今後、自分がこの姿の時は菫《ヴィオレッタ》とでも呼んでくれないかな?」

「ヴィオレッタ……ですか?」

 

髪の毛の色が濃い紫――菫色になっていたから咄嗟に考えた名前だが、それなりに意味は深い。

(スミレ)の別名は二葉(ふたば)草なので、考えようによっては苗字をそのまま使っている。

更に男(青)と女(赤)を混ぜた結果、中途半端な状態になってしまったという、自虐的な意味も含まれている。

 

「この身形(みなり)で、悠二と呼ばれると逆に切なくなるから……お願い」

「わ、判りました。ヴィオレッタ……さん」

 

既に口調が女性的、というよりもフェルミに近づいているのだが、悠二改め――(ヴィオレッタ)には自覚はない。

 

何故かと言うと、前述したように今の菫の中には『悠二』と『フェルミ』の精神が独立して存在してはいるが、表層に出てきて思考しているのは二人の心が重なり合っている部分である。

その人格の基幹(ベース)こそ悠二の物だが、同一とは言えないぐらいの変容を見せている現状では、ほぼ別人格と扱った方が自然であった。

 

『……やっぱり、ユージは変よ』

『えっと、不味かった?』

 

異常、という言葉を使わなかったのは彼女の気遣いなのだろうが、思考と記憶の一部を共有している状態では本音も筒抜けだった。

 

『確かに私はユージに『信頼して心と体を預けて』と言ったわ。でも、それは精霊融合を行う為の気構えというか、姿勢の話で……』

 

実際にそれを要望した訳ではないし、やろうと思って容易に可能な行為ではない。どんなに相手を受け入れようと考えた所で、限界はある筈なのだ。

 

『私に自分を預けるどころか、全存在を丸投げするとか、正気の沙汰じゃないわよ!』

 

信用や信頼と呼ぶには、あまりにも一方的で圧倒的。

 

『いや、別に意識してやった訳じゃ……』

『だから、問題なの!』

 

それはまるで『双葉悠二』という存在を白紙のキャンパスとして作り直し、フェルミの色に染め上げられようとするかのような。

生かすも殺すもお前の好きにしろ、と身も心も投げ出して捧げてしまうような。

 

『……下手をしたら、私がユージに成り代わってたかも知れないのよ』

 

まさに憑依。彼の存在を塗り潰して、蹂躙して制圧して、消滅させる。

それを無意識の内に相手に許す、というのが異常にして異端。

 

自分が悠二を好きに出来る、という状況に暗い愉悦を感じない訳でもないが、それは嫌だとフェルミの理性は叫ぶ。

 

『いや、流石にそれは俺も嫌だけど』

 

それは嘘だ、とフェルミは悠二の答えを断じる。

本心からそう思っている人間が自我境界が不安定になる程の精神共鳴を行える筈がない。

 

フェルミがリミッタ―を用意しなければ、確実に共鳴率は九割を超えていた。

それどころか、こんな状態で完全共鳴(フルシンクロ)に至れば、悠二の精神か肉体が変容する危険すらあった。

 

本来、人は他者にはなれない。

少なくとも自己を維持したまま、他人の心を辿る事は不可能である。

 

――それを可能にするには心を塗り潰すか、或いは体が変じるか。どちらに転んでも『人間・双葉悠二』は別の何かに変わる。

 

現状での肉体の変化は融合中の一時的な物だが、最悪の場合――戻らなくなっていた。

 

『意図してやったのなら、二度としないでって約束して貰うんだけど……』

 

既にリミッタ―がある以上、再び融合を行っても今回のような危険は無い。

融合時の容姿に関しては、恐らく菫《ヴィオレッタ》のままだろうが。

 

『ははは……でも、性能(スペック)的には成功なんだろ?』

『別人格が誕生したり、女体化している事を無視すれば大成功ね』

 

体内の魔素の最大保有量は双葉悠二の約2.5倍。

能力《スキル》の使用に問題はなく、背中に羽が出現している事を考えると飛行も可能だ。

 

『精霊で考えると、四大には及ばないけど……高位精霊と同じぐらいの魔素保有量かしら』

『そんなにか……なら、試してみようか』

『それもそうね』

 

心が重なっているが故に互いの微妙な不安を感じ取りながらも、二人は共に今は前進する事を選ぶ。

 

「――さて、新しい名前も決まった事だし……ハッキングを始めましょうか!」

「……具体的にはどうするんですか?」

 

マルクの問いに菫は一瞬だけ思案する様子を見せる。

 

「そうね……機械操作と機械憑依の能力でメインコンピューターの中に侵入。プロテクトを直接破壊してから、管理者権限を改竄するわ」

 

深層下において悠二とフェルミが相談した結果だったが、現実時間では刹那の事に過ぎない。

 

「(精霊の時とは違って、人間の因子も入っているから……電子情報に変換する必要があるけど……まぁ、何とかなるかな)」

 

フェルミの時は簡単に機械の中に出たり入ったりしていたが、今はそう簡単にはいかない。

力は増しているので総合的には楽になったが、作業工程も増えているので手間なのだ。

 

「中の様子を視覚化して、モニターに表示するようにしておくから……マルクは観戦してて」

 

ついでに応援してくれると嬉しい、と微笑む(ヴィオレッタ)は、どこからどう見ても女性にしか見えなかった。

 

『(ところで、電脳世界に入る前にアク○スフラッシュ!とか、トラ○スミッション!とか、掛け声はやらなくていいのか?)』

『(何処のウイルス怪獣と戦う気よ? あと、ウイルスバスティングされるのは私たちだから、この場合)』

 

知識を共有している状態な為、コアなネタにも即座にツッコミが入るのは悠二としては僥倖である。

 

「――潜入開始(ダイブスタート)

 

端末に手を触れ、そう呟くのと同時に菫の肉体が光の粒子――否、情報そのものへと変じていく。

驚くマルクに手を振りながら、光に変化した菫は機械群に呑み込まれるように消えていった。

 

「…………だ、大丈夫なのかな」

 

そこに一人の人間がいた、という証拠。

気配や熱……それら全ての痕跡が消え失せている。

 

無事に帰還する事が出来るのか、知識を持たないマルクが不安に感じるのも当然の事ではあった。

 

『マルク~? 見えてる~?』

「うわあっ!?」

 

正面にあるモニターの画面一杯に表示される菫の顔に思わず仰け反った。

 

『とりあえず、無事に電脳空間に入り込めたみたいだから、心配しないでいいからね~』

 

 

◇◆◇◆

 

 

マルクに自身の無事を伝え、菫は改めて眼前に広がる風景を眺めた。

 

無機質な立体が乱立する情報世界。

 

電脳空間《サイバースペース》への侵入には、相応の浪漫を感じるが、それを喜ぶのは悠二としての部分だけで、その歓喜は表層には表れない。

 

「……気持ち悪い」

 

ゆらゆら。ゆらゆら。

 

海面に浮かべた木片の上に立っているような気分だった。正直、船酔いよりも酷い。

 

「((じぶん)が、こう感じるのは悠二(おれ)の所為、か)」

 

電子の精霊であるフェルミにとっては、本拠地《ホーム》。

普通の人間である双葉悠二にとっては、異界(アナザー)であり、敵地(アウェイ)

 

ここは本来、自分が居るべき世界(ばしょ)ではないと、デジタルに落とし込まれた心が叫ぶ。

 

命の無い世界は、これほど寂しく冷たいのか。

 

空気も水も魔素も無い、次元の異なる世界。

自分を生かし、維持してくれる全ての存在が欠落している、不毛の荒野。

 

「魔術は体内にある魔素の分だけは使用可能……無駄遣いは禁物」

 

来るべき戦闘を意識し、言い聞かせるように呟いた。

 

安定した不安定の中、情報に過ぎない自己を同じく情報の大地の上に直立させる。

 

「ん? 来たみた……」

 

データの増大を感知した菫は、その接近する物体群へ視線を向ける。

 

「ちょっと……見覚えがありすぎるんだけど」

 

なにせ、ほんの少し前に残骸を見掛けたのだから。

 

侵入者排除(ウイルスバスター)の為に施設内に実在する機兵のデータを流用したのだろう。

偶然ではあるだろうが、初対戦の相手を用意してくるとは相手も中々に気が利いている。

 

しかし、あの時とは違って、新品同様の状態の機兵達。

 

数は――二十機。

 

軽く検索してみると、飛来してくる機兵の上の空中に『型式番号ES860-TypeL』と敵の名称が表示された。

 

「あ、そういう名前だったんだ」

 

注視すると半数は『型式番号ES860-TypeM』と表示されている。どうやら装備が違うらしい。

レーザーの発射口が見当たらない代わりにミサイルパックらしき四方体をぶら下げている。

 

「……弾切れはしないんだろうなぁ」

 

補給は一瞬だろう、データなんだから。

 

だが相手と自分がデータであろうとも目的と方法は変わらない。

普通に戦って、普通に勝てば良い。

 

「――よし、やりますか!」

 

数値上でありながら、そこには収まらない戦闘が始まる。

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