アーカディアの魔工学士   作:愛及屋烏

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第27話 来たる日・夜

(動力系の復旧は三割強……まだまだ時間が必要そうだな)

 

 階下の喧騒から離れ、自室へと戻った悠二は遅々として進まないパーセントのバー表示に嘆息する。

 眺めているのは遺跡《フォボス》の復旧状況を遠隔で確認する為に持ち出した携帯情報端末《PDA》の一種。機兵への指示から進捗状況の確認まで一括で行える高性能な代物だ。

 

(性能は別にしても、操作系自体は現代の端末に近くて助かった)

 

 だが、このPDAは初期設定での表示言語は共通語《コモン》とも違う言語だった為に操作に苦戦を強いられた。

 フェルミの助力を受けて日本語表示(設定の中に日本語を含む元の世界の言語体系が幾つかあった)に変更してからは現代の若者らしく機能の把握に時間は必要としなかったが。

 

(少なくても数か月……長距離通信が確立されてたみたいだから、王都でもデータの送受信は可能なのが幸いか)

 

 どうも鋼の時代の情報通信は単純な電波式ではなく魔素を併用した特殊な『波』を利用した物だったらしい。

 魔素自体が激減しているミュルクの森の外では大量のデータを遣り取りする事は困難だが、進捗の確認や遠隔で整備用の機兵に指示を送る程度は問題なく行えるようだ。

 

(あの遺跡も万全に使えれば、かなり便利なんだろうが)

 

 悠二としては遺跡内に備蓄されている資材の活用や工作機械の修理を優先的に進めるつもりだが、復旧前では捕らぬ狸の皮算用に過ぎない。

 実際の作業は機兵任せなのだから果報は寝て待て、成功すればラッキー程度の認識で焦りは少なかった。

 

(むしろ、王都に行った後で遺跡の資材を活用する為の運搬手段を考えておかないと)

 

 まず、情報拡散を防ぐ為に第三者に運搬を依頼するのは望ましくない。だからといって、自分で遺跡と活動拠点の間を往復するのも時間的に現実的ではない。運搬の道中の安全を確保し、盗賊の類による強奪を防ぐ必要もある。

 短時間かつ、秘密裏に物資を安全に運搬するには?

 

「運搬用の機兵を用意して……空輸がベストか?」

 

 マグノリア地方には空に生息している魔獣が少ない。

 これは魔獣が発生しやすい魔素集約点が鳥獣が多い山岳地帯になく、逆に高魔素地域であるミュルクの森ではエルフが暮らしている為、魔獣へと変化するする前にそれらの大半が狩猟されてしまうからだ。

 

「やれやれ、気楽な異世界ライフでも考える事は山ほどあるな…………そろそろ、戻るか」

 

 微妙に気が進まないが自分が主賓なのだから中座しっぱなしという訳にもいかない。

 ここ数日の間に制作した幾つかの魔道具を手に悠二は一階へと降りていく。

 

「うわっ、酒臭い」

 

 見渡してみれば普段の閑古鳥と結びつかない程の人、人、人。

 宿屋『妖精の隠れ家』は本日貸切の満員御礼……それは何故か?

 

 ――急遽、出発が明日という事になった悠二の送別会……という体裁の村人総出の飲み会の会場になっているのだ。

 

(やれやれ。別れを惜しんでくれてるのか、俺をダシに騒ぎたいのか)

 

 かれこれ宴会が始まってから三時間程。エルフの優雅さとか穏やかな雰囲気は完全に死んでいる。

 二次会どころか三次会レベルの醜態を晒す泥酔集団の姿は、まさに死屍累々。

 

「ハルラスさん! エールおかわりー!」

「はいはい。……まるでドワーフだな。今夜のリンちゃんは」

 

 すっかり出来上がった状態のリンの足元を見ると意識のないアムロドとダイロンが転がっている。

 酒を酌み交わしながら、村の女性達にアプローチするのを狙っていたようだが、ハイペースで飛ばしていたリンに捕まり飲み会が始まって一時間で潰されてしまった。

 一応、助けを求める視線を向けられた悠二だったが、明日に出発を控えた身なので彼等には尊い犠牲になって貰うしかなかったのは遺憾である。

 

「おや、ユージさん……お帰りなさい。遅ればせながら参加させてもらってますよ」

「――エドワードさん」

 

 かけられた声にそちらを見遣ると中年の男性が酒の入ったグラスを掲げながら、微笑んでいた。

 彼の人物の名はエドワード・ワーナー。レイモンの護衛対象であり、ミュルクの集落へとやってきた行商人その人である。

 家名から分かるようにレイモンの義理の息子……所謂、婿養子という事になるようだ。

 

「それにしても滞在して二週間程度で、こんなにも別れを惜しんでもらえるとは……慕われてますね」

「飲みの口実にされてる気もしますが。……良い村で良い人達ですよ」

 

 昼間、レイモンと知り合った悠二は彼に頼んでエドワードとの繋ぎを頼んでいた。

 当初の予定であった王都への帯同については簡単に了承を得る事が出来たのは、悠二に対する義父の評価が高かった事もあるだろう。

 だが、それ以上に村での商売の最中に村人から聞き及んだ悠二の活躍?に因る所が大きい。

 

「申し訳ない。私に合わせた為に急な出立になってしまって」

 

 言外にもっと別れを惜しみたかっただろうにとエドワードが気遣ってくれてるのが分かる。

 

「いえ、御一緒したいと頼んだのは俺の方ですから」

 

 本来であればミュルクの集落に数日は滞在するのが行商人としての通例だが、とある事情からエドワードは一日だけで王都へと引き上げる予定になっていた。

 その理由を訊ねてみれば至極もっともな物だったので、多少の迷いはあったが悠二は明日の出立を決めたのだった。

 

 ――驚いたのは、それを告げられたマルクが数時間で送別会の場を整えてしまった事だが。

 

(そういえば、姿が見えないけど……)

 

 エルフには特に飲酒の年齢制限がある訳ではないが、この惨状に若いマルクを置いておくのは色々と宜しくない。

 そういう意味では姿が見えないのは悪くはないが、この場を主催してくれたのは彼なのだから悠二としては礼の一つや二つは言っておきたい。

 

「族長の御子息でしたら、自宅に戻られましたよ。何か取りに戻るものがあるとか。お連れの精霊様もご一緒でしたね」

「……そうですか」

 

 悠二の疑問を察したエドワードに頷き返してから、彼と同じテーブルにつく。

 

「少し、エドワードさんに伺いたい事があるんですが……」

 

 自室から持ってきた魔道具を取り出しながら、そう切り出した。

 

「……商人としての私に?」

「はい、今の所は相談ですが」

「場合によっては商談になる、と。興味深いですね。幾つかあるようですが……?」

「そうですね、例えばコレはどうでしょうか」

 

 悠二がスッと差し出したのは指輪型の魔導具。指輪と腕輪で違いはあるが意匠に関しては透析の魔導具に酷似している。

 

「水属性の解毒の術を基礎《ベース》にして、アルコール……酒精を限定的に取り除く効果のある魔導具です。どう評価します?」

 

 これに関しては嵌めただけで効果が出るようにしてあります、と笑いながら付け加えた。その悠二の表情にエドワードは商人としての自分が眼前の青年に値踏みされているのだと理解した。

 聞いた限りでは簡素、と言っても良いこの魔導具に「どんな価値」を見出すのか?

 予め、ある程度の答えを用意した上でエドワードがそこに辿り着けるか……或いは、予想を超えた回答を導けるのか?

 

(……面白い)

 

 商売人としての血が滾るのを感じながら、エドワードは思考の海に沈んでいく。

 まずは「この魔導具を今、この場で出した意味」を考える必要がある。これに関しては簡単だ。

 

「酒を提供する飲食店にこの魔導具が一つでもあれば、泥酔した客に更に酒を注文させる事が出来ますね」

 

 確信を持ったエドワードの回答に悠二が頷いた。

 

「はい。酔いが覚めれば、改めて酒の味を楽しむ事が出来るので酒好きなら喜ぶ人もいると思います」

「……しかも、この魔導具の使用料を店側が徴収する事を提案すれば購入する店舗は増えるでしょう」

「まぁ、その場合の金額設定は酒一杯よりも安くしないと本末転倒になるでしょうけど」

 

 更なるエドワードの回答に即座に飲食店側の視点に立った補足を入れてくる辺り、この青年は侮れないとエドワードは改めて認識する。

 上方修正された評価に基づいて考えると、こうして話を持ち掛けたのが自分である事も相応の理由があるように感じる。王都への帯同、旅の道連れとしての友好的な取引……?

 

(いや、まだ知り合って間もないが……商売事に親切心を持ち出す性格でもないだろう)

 

 情はあっても、それを土台にしてはいない。しっかりとした利を弁えている。

 だとすれば、エドワード個人に関係する理由がある筈だ。

 

「――騎士団?」

 

 最初に脳裏を過ったのは先日、団長職に就いた実子の姿だったが、悠二には知識も面識もない。

 だが、自分との仲介役を果たした義理の父と悠二は既知だ。

 

「流石は専門家ですね。そこまで分かってくれると俺としても嬉しいです」

「街の治安を守る立場の組織にとって、この魔導具の存在は――」

 

 例えば非番の騎士が自宅なり、酒場なりで飲酒していたとして、そんな時に緊急事態や任務が発生したら?

 異世界においても戦争中の酒にまつわる奇襲の逸話は数多く残されている。言わば兵士にとって酒と任務の両立は永遠の命題なのだ。

 

「――状況への復帰が容易。しかも、その安心感から飲酒は進む。やはり、店は得をする……」

「犯罪の抑止にもなると思いますよ?」

「抑止……退店時に魔導具を使ってから帰れば素面な訳だから、帰宅途中に喧嘩を起こしたり犯罪被害に遭う可能性も下がる、か」

 

 ただでさえ、冒険者ギルドのような荒くれ者が集まるような場所があるのだ。その手のトラブルには事欠かない。

 その手の揉め事が減るだけでも治安の観点から見れば大助かりだろう。

 

「これだけの付加価値のある魔導具……だが、そう高い値段は付けられないな」

「複数回の使用が基本ですから、何度か使うか使用料を徴収すれば元が取れる程度の割高設定が限度でしょう」

「本命は有用な魔導具開発者としての評価と……稼ぐとしたら交換用の魔石かい?」

 

 エドワードの結論に頷きながら、悠二が思い出すのは幼少期に遊んでいた携帯ゲーム機。

 現在はバッテリーと充電が当たり前だが、昔は乾電池が主流だった。この乾電池代が馬鹿にならないのだ。

 当時は家族に「買って貰っていた」立場なので実感は薄いが、それらの消耗品の費用を自分で賄うとなれば……子供のお小遣い程度では無理がある。

 そして、消費者としての嫌らしい出費は逆説的に生産者が狙うべき収入だ。

 

「小粒の魔石ですから、消費者の負担としては少ないでしょう。でも、塵も積もれば山となりますから」

 

 更に魔石の流通を促進することが魔術文化の活性に繋がるのでは、と副次効果も狙っている。

 

「うん、やはり面白い。……で、君はこの商品を私にどうさせたい?」

 

 相談は終わり、これからは商談の時間。

 

「この手の商品は遅かれ早かれ、他に真似されるのが常です。それ自体は自然の流れなので構いません。ですが発展型なら兎も角、粗悪品が蔓延するのは困ります」

「君の手による品を区別化したい、という事かな?」

「はい。商品群に対する消費者の評価を確保する為には何かしらの対策が必要ですから」

 

 言ってしまえば、悠二がしようとしているのは自分が作った魔道具のブランド化である。

 これは利益を得る事よりも損をしない為に重点を置いての発想だったが、将来的にはライセンス契約も考えている。

 その辺りについて、詳しく説明するとエドワードは驚いたように表情を変えた。ブランドの概念は既にこの世界でも定着しているようだが、ライセンス契約は未だに浸透していない方法らしい。

 

「技術はあるのに利益を出せていない鍛冶・魔工職の人間や商会は王都にも少なくない筈です、私はそこに商品開発の委託をしたいんですよ」

「ただし、一定以上の品質を持っている商品に対してのみ販売を認める、と?」

「必要な措置ですよ、それも。具体的には最初の販売は自分で行いますが、次の段階では他の店に卸す形になります……そして、消費者からの評価が次第に高まった段階で――」

「設計図なり、製法なりを他の商会や店舗に販売する、と」

「エドワードさんには第二段階で卸すべき店とライセンス契約をすべき店との交渉を任せたいんです」

 

 端的なその言葉にエドワードは探るような視線を悠二に向ける。

 

「任せる、とは?」

「文字通り、全て」

 

 店の選別も交渉も得られる利益を『どの程度』にするのかも。それは信頼してどうの、というよりも単純な丸投げに思える程の暴挙に思えた。

 

「……気付きました? そうです、丸投げしたいんですよ」

 

 異世界でやっていく以上、それなりに元手は必要だ。

 だが、それを得る為に活用している現代知識は多くの先達やら偉人の成果であって、自身の成果はそれらを魔道具として応用している事ぐらい。

 それで大々的に儲ける気など悠二には最初から無いのだ。極論だが、価格設定は原価ギリギリにして、開発費は冒険者(仮)としての依頼報酬から捻出しても構わなかった。

 

「好きな時に好きなだけ作れるように……動きたい時に動けるように」

 

 それこそ、唐突に元の世界に戻ってしまっても問題ないように事の中心に自分を置かない。

 

「エドワードさんの才覚に任せるので、俺がただの製作者でいられるようにしてください」

「つまり、こういう事かい?」

 

 双葉悠二は魔工師として活動するが、大規模な商売に関してはエドワードに委任する。

 エドワードを含め、どんな商人、商店、商会へと品卸とライセンス契約を行うかもエドワードに一任する。

 各商品の製法等の売却によって得られた利益は全額、双葉悠二に支払われるが、その売却額の設定もエドワードが決める。

 協力への報酬はそれらの活動によって得られた販路や商会との繋がり等、副産的なそれら全てである。

 

「そうなりますね」

「ほ、本気で丸投げするつもりなのか……それだと名声は良いが、実際の利益は最低限になってしまうよ?」

「構いませんよ。それに私個人の名声を商売で得ようとは思っていないので……何か、それと分かる開発者名なり商会名は別に用意するつもりです」

 

 暫定としては双葉《スプライト》工房(商会)とでもしておけばいい。……嵐を呼ぶ幼稚園児の父親の務める会社風になってしまうのが難点だろうか。

 

「そこまで考えての事なら、私としても引き受けるのに躊躇はないが……」

 

 大仕事を簡単に頼んでくる困った依頼人《クライアント》だな、とエドワードは内心だけで続けた。その一方で久々に張り合いを感じる仕事が舞い込んだ事に喜びを感じてもいたのだが。

 

「他の商品や細かい話は王都への道中にでも……どうですか?」

「了解した。今回の帰り道は退屈しないで済みそうだな」

 

 悠二の提案をエドワードは快諾し、固い握手を交わしたのだった。


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