目が覚めた時、男との内緒話をこっそり聞いていたダルタニャンは、内緒話を聞いた後決闘をもう一度するが、恥ずかしく負けてしまう。しぶしぶ下宿を探し、良い夢を見たダルタニャンであった。
トレビル隊長は、ダルタニャンのお父さんと同じようにガスコーニュ地方の貧乏貴族のせがれであり、パリへ出ると勇気と知恵だけを元手にして近衛兵銃士隊長まで出世した人物である。
ルイ十三世はトレビル殿をたいへん可愛がり、近衛兵銃士隊の隊長にまで引き上げた。しかし、トレビル隊長はただの剣の達人ではなかった。人柄も立派だったので、多くの人達から尊敬されていた。
ところで、ルイ十三世は体が弱かった為、リシュリュー枢機卿が首相として、ほとんど国王の代わりに政治を見ていた。そこで、リシュリュー枢機卿は国王の信頼の厚いトレビル近衛兵銃士隊長を目の敵にしていたのだ。
さて、ダルタニャンは翌朝、誰よりも先にトレビル隊長の屋敷に出かけて面会を申し込んだ。
まず広い庭に通された。庭の四方には武装した銃士達が立っていて、ダルタニャンを変な目つきでじろじろ見ていた。
(なんだ、あの娘は)
(大きい猫ちゃんかな?)
(か わ い い)
流石のダルタニャンもいくらかビクッとしたが、平気を装って悠々と階段を登り、トレビル隊長のいる広間に近づいていった。
そして、ぐいと胸をはり、いきなり広間の扉を開けようとした。すると、一人の召使いが、さっと前に立ち塞がった。
「何者だ。名を名乗れ!勝手に通ってはならん。」
「にゃ、ちゃんと面会を申し込んでいるにゃ。トレビル隊長殿は私のお父さんの親友にゃ。はるばる田舎からやってきたんだにゃ。通してにゃ。」
にゃーにゃー五月蝿いな、と思いながら召使いは言った。
「今、隊長殿はお忙しいのだ。おりをみて取り次いでやるから控えの間で待っていろ、小娘。」
召使いは、ダルタニャンを控えの間に連れて行った。ダルタニャンはその部屋の立派な家具に見惚れながら、胸がどきどきして落ち着かなかった。今にもトレビル隊長から呼び出しがあるかと、何度も立ったり座ったりしていた。
ようやく、呼び出しがあった。
ダルタニャンは、頭がまるで床につくくらいうやうやしくお辞儀をした後、名を名乗った。
「ど、どどどうも始めめまして!だ、ダルタニャンです!」
緊張のあまりいつもの話し方をしていないダルタニャンだったが、トレビル隊長はにこにこ笑って、気軽に話し出した。
「いや、失礼した。私がトレビルだ。どうも忙しくてな、図体ばかり大きいくせにまるで子供同然の銃士達の面倒を見てやらねばならんのでな。」
ダルタニャンは、こうしたトレビル隊長の親しい言葉に、ほっと胸を撫で下ろして、思わずにこっと微笑んだ。
トレビル隊長は、ダルタニャンのこの子供っぽい微笑を見て、これは好ましい娘だと思った。
「わしは、君のお父さんとは大の仲良しだった。だから、その娘さんには、出来るだけの事はしてあげたい。ところで、どんな用事だね?」
「銃士にしていただきたいのにゃ。でも、さっきからこの屋敷の様子を見て私の希望はやすやすと叶えられないのはよくわかったのにゃ。でも、でも、お父さんのように銃士になりたいのにゃ!」
トレビル隊長は、始めは驚いたがダルタニャンの強い決心がとても気に入った。
「そう、確かに難しい事だ。しかも女が銃士になるという事は聞いた事がない。だが、決して不可能な事ではないさ。ただ、二年ぐらい軍隊で鍛え上げられてから、三、四度手柄を立てないと銃士にはなれない。そういう決まりになっているのだ。」
トレビル隊長は不可能な事ではないと言ってくれたが、戦場で三、四度手柄を立てるのは容易な事ではない。ましてやダルタニャンは女なのだ。だが、難しい事となると、ダルタニャンはかえって勇気が湧いてきた。
トレビル隊長は、このダルタニャンの気持ちを見抜いた。
「よし、女が戦場に行くのは聞いた事がないが、君のお父さんの事もある。よし、わしがなんとかしてあげようじゃないか。」
「よろしくお願いしますにゃ。努力して、努力して、きっと立派な銃士になって見せるにゃ!」
「それでは、王立武芸道場の先生に紹介状を書いてあげるから、そこでみっちり武芸を磨いて来なさい。」
ダルタニャンは、よし一人前の銃士になって見せるにゃと、固く心に誓った。
そして、今まで言いそびれていた事を、思い切って言った。
「実は、お父さんが書いてくれた隊長殿への手紙を途中で盗まれてしまったのにゃ…………相済まぬ事をいたしました…………」
「そこで、ダルタニャンは恥ずかしいと思ったが、マンの街で起こった事件の全てを話した。
トレビル隊長は聞き終わると、じっと考え込んでいたのち、ダルタニャンに尋ねた。
「…………魚が欲しかったのかね?」
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………//////」
「ふふ、フランスジョークさ。その騎士はこめかみに傷の後がなかったかね?」
「にゃ、確かにあったにゃ。背の高い、強そうなやつで、若い人となにやら内緒話をしていたんだにゃ。」
「それはどんな話だったかね?分かるかな。」
「にゃ、女に、イギリスへ行って公爵の様子を探れ………だった気がするにゃ。」
「女は、ミレディだな。」
と、トレビル隊長は呻くように行った。
「閣下はその騎士をご存知なのにゃ?では、そいつの名前と、住んでいるところをお教え願うにゃ。私は、どうしてもあいつと戦いたいのにゃ。」
「いや、それはよしておけ。あの騎士を見たら逃げるが勝ちだ。岩のようにがっちりした、強いやつだからね、ロシュフォール伯爵は。」
「にゃ、如何あっても、今度見つけたら………やってやるにゃ!」
トレビル隊長はダルタニャンのこの一途な性質に感心した。どんなものにも恐れないでぶつかっていく勇気のある娘だ、とすっかり気に入った。
「よしよし、まぁとにかく武芸道場の先生に紹介状を書くから、少し待っていなさい。」
トレビル隊長が手紙を書いている間、ダルタニャンはぼんやりと窓から通りを見下ろしていたが、突然、
「…………!?奴にゃ!今度こそ、逃がさないにゃ…!」
と、大声を上げていきなり駆け出そうとした。
「誰だね?」
トレビル隊長が、驚いて尋ねた。
「あいつです、手紙泥棒です。ようし、思い知るがいいにゃ!」
というなり、ダルタニャンは広間から風のように飛び出した。
広間にいた銃士達は、呆気にとられて、それを見送った。
(いきなりどうしたんだ。)
(白…………か。)
(おい、殺すぞ)
「ふふ、ああいうところが、君にそっくりだよ。利口なのか、狂っているのか分からないが、なかなか面白いなぁ。」
と、トレビル隊長は笑いながら、一人で頷いていた。
次回、今日中ー