ダルタニャンは階段を三段ずつ駆け下りた。だが、勢い余って一人の銃士にぶつかってしまった。
「うっ?!」
銃士は苦しそうに呻いた。それもそのはず、銃士は怪我をしていると見え、右肩にぐるぐると包帯を巻いていた。運悪く、ダルタニャンはその肩にぶつかってしまったのだ。
「ご、ごめんなさいにゃ、とっても急いでいて…」
といって、ダルタニャンがそのまま階段を駆け下りようとした瞬間、鉄のような手がぐいとダルタニャンのマントをつかんだ。
その銃士は赤い銃士の制服を着ており、金髪だった。ダルタニャンから見た第一印象はおそらく「ハンサム」であろう。しかし、そのハンサムの顔が、今は仏教面になっている。
「ごめんなさいくらいの挨拶で済むと思っているのか、君は。」
「わざとしたわけじゃないんだにゃ。それににゃーはこの通り誤っているのにゃ。急いでいるのにゃ。どうか話して下さい。」
ダルタニャンの言葉を聞き、銃士はやっと手を離した。
「この礼儀知らずの田舎娘め、田舎に帰れ。」
それを聞くと、ダルタニャンはカッとなった。
「にゃー?!大きなお世話にゃ!田舎者だろうと、決闘の礼儀位は心得ているにゃ!」
ダルタニャンの口から『決闘』という言葉が出た瞬間、その銃士はせせら笑った。
「フン、生意気な。じゃ、俺の一撃が欲しいのか?」
「う、うるさいにゃ!よし、勝負にゃ!だけど今は急ぐから駄目。場所を決めるにゃ。」
「フン、カルム=デショーの修道院の前の空き地でどうだ。だが、お前は見たところ女と見える。命が惜しくないのか?」
「にゃーは女だけど、お前なんかに負けないにゃ!で、時間は?」
「フン、正午だ。」
「承知したにゃ。」
ダルタニャンが決闘の約束をすると、また鉄砲玉のように駆け出して玄関を飛び出そうとした時だ。
そこに立っていた銃士の紫色のマントが、風でパッと広がって、その中にダルタニャンがすっぽり飛び込んでしまった。
もがけばもがくほど、マントにくるまって息苦しい。だがこの時、ダルタニャンは銃士の剣を釣ったバンドを見て呆れてしまった。このバンドは、前から見れば金箔入りの豪華なバンドだが、背中の方を見るとただの革の古臭いバンドだ。
見え坊のこの銃士は、きっと紫色の銃士の制服を買った後金がなくなり、仕方なく前半分だけ金箔入りのバンドを買ったのに違いない。
「だれだ、人のマントの中に潜り込んだやつは?気でも狂ったのか?」
と、銃士は怒鳴った。
「ご、ごめんなさいにゃ、急いでてもんですにゃから。」
ダルタニャンは銃士の肩のところからやっと顔だけ突き出して、目を白黒させながら言った。
銃士は体を捻り、マントの中からダルタニャンを放り出した。
「可愛い子だが、いささか礼儀がなってないな。急いでる時は何も見えないのか?」
ダルタニャンは少しムッとした。
「にゃ、何も見えないだって?私には、あなたがマントで隠したいものだってちゃんと見えるにゃよ?」
ダルタニャンは我ながらいい冗談を言えたものだと得意になった。
相手の銃士はカッとなって、ダルタニャンを抑えようとした。
「にゃー〜⁉︎この変態っ!!やるにゃら決闘にしようにゃ!にゃーは今、用事があるんだにゃ!いい?時は一時、リュクサンブール宮殿の後ろにゃ!」
「ちぇ、まあいい。あとで泣いても知らんぞ。」
その言葉を聞かないうちに、ダルタニャンはもう街角を曲がっていた。
通りにはもう、あの騎士の姿は見えなかった。どこかの家に入ってしまったのかもしれない。ダルタニャンは、道行く人に聞いたり、あちこちの通りを探してみたが、結局、骨折り損だった。
ダルタニャンはやっと落ち着いてきた。冷静になった顔で、今朝からのことを振り返ってみたが、どうも立派な行いとは言えないものばかりだった。
トレビル隊長だって怒っているに違いない。その上、憧れている銃士と決闘しなくてはならなくなった。しかも、二人もだ。
しかし、こうなってしまっては後の祭りだ。何事も運に頼らなくてはいけない。
ダルタニャンはそんなことを思いながら、とぼとぼ帰っていった。
すると、ある屋敷の前で、四人の銃士が立ち話をしていた。ダルタニャンは今度こそ失敗しないようにと思って、帽子を脱いでお辞儀した。
その時、一人の銃士がハンカチを落とした。銃士はそれに気づかないらしく、そのハンカチを自分の長靴で踏みつけた。ダルタニャンはかがみこんで、そのハンカチを引っ張った。
「にゃ、ハンカチが落ちましたにゃ。」
そう言って、ダルタニャンはハンカチを差し出した。そのハンカチは、素晴らしい刺繍が施されており、隅の方に王冠と紋章の模様があった。
銃士は真っ赤になって、ハンカチをダルタニャンの手からひったくった。その銃士は緑色の制服を着ており、金髪だった。だが、ダルタニャンが気になったのは、女らしい顔つきでとても可愛らしかった。
その銃士の仕草を見て、銃士の一人が笑いながら言った。
「おいおい、それでもアトス殿と仲違いしたと言い張るのかい?そんなハンカチを貰ってるくせに。」
ハンカチを落とした銃士は、忌々しそうにダルタニャンを睨みつけていたが、やがて穏やかに高い声で言った。
「いえ、このハンカチを私のではありません。私のハンカチはこの通り、ポケットに入ってますよ。」
銃士は、ポケットから一枚のハンカチを取り出した。そのハンカチには、何もない白いハンカチだった。
ダルタニャンはもう口もきけなくなった。この銃士はきっと、王冠のハンカチを持っていることを知られたくなかったのだ。
三人の銃士と別れて帰っていくその銃士を、ダルタニャンは追いかけた。
「す、すみませんにゃ。お詫びするにゃ…」
「…注意しておきます。賢い人間になればなるほど、あなたのようなヘマはしません。」
「にゃ…?!」
「いくら田舎者でも、私がハンカチを踏みつけたのはそれなりのちゃんとした理由があるのです。どうして、それを拾う真似をしたんですか?」
ダルタニャンはカッとなって言い返した。
「あなたこそ、どうして、大事なハンカチを落とす真似をするんだにゃ?」
「や、やけに突っかかってきますね…女には何事も訳があるのです。あなたも女でしょう?」
ダルタニャンは思い返した。銃士には女はいないはずだった。そうなると、トレビル隊長はダルタニャンに勇気を与えるためにわざと嘘をついてくれたのだ、と。トレビル隊長の優しさがこみ上げてきたが、今はその状況ではなかった。
「…決闘にゃ。決闘するにゃ!」
「いや、ここは不味いわ。ここには枢機卿の家来たちがうようよしているのよ。どこか人目につかないところでやりましょう。」
「にゃ、銃士なのに用心深いんだにゃ。」
「私はいずれ修道院に入るのです。用心しなくてはなりません。では、こうしましょう。二時にトレビル隊長のお屋敷で私は待っています。」
こうして、ダルタニャンは三人の銃士を相手に、十二時、一時、二時と、ぶっ続けに決闘する約束をしてしまった。その上この三人は、トレビル隊長率いる近衛兵銃士隊の中でも特別な「三銃士」と呼ばれる、アトス、アラミス、ポルトスの三人だった。
次回、未定。
超更新したい。そして塔を制覇するのだ。