東方自探録   作:おにぎり(鮭)

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第10話 尹の能力

「お、おい! 大丈夫か木野!?」

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 妖夢との打ち合いの直後、突然意識を失った尹に慌てる慧音と妖夢。そこに、永琳が近寄ってきた。

 

「ほらほら、ちょっとどきなさい。」

 

 慌てる二人を押しのけ、尹を診る永琳。宴会の真っただ中とは言え、すぐに医者としての顔に変わり、仕事をこなす彼女はやはりプロであると言えるだろう。

 ほんの数分、尹の体を診た永琳は慧音達の方を見て口を開いた。

 

「大丈夫。ただの過労よ」

「過労?」

「そ、過労。まァ、永遠亭で目を覚まして割と直ぐに人里に出て行っちゃったから仕方ないんじゃない?」

 

 そう。尹は永遠亭で意識を取り戻し、その日の昼間には既に人里に向けて出発していたのだ。いくら永琳が凄腕の医者で傷口をいとも簡単に治せると言っても、流石に出血によって失われた体力を回復させることまでは出来ない。

出来ない、と言うのは語弊があるかもしれない。正確には可能ではあるが当然、それ相応のリスクも伴う。そしてそれは、運び込まれた尹に使うにはあまりにも危険すぎるものであったと同時にそれを使う必要性が皆無だったのだ。何しろ、彼が即座に体力を戻さなければならない理由もなければそのような状況でもなかったのだから。

 その為、尹の体力は決して万全な物とは言えないまま永遠亭を後にしてしまったことになる。にも関わらず、その日の夕方から今に至るまで大した休息をとることなく連続で負担のかかることを続けてきたのだ。故に、過労で倒れるというのはもはや必然と言ってもいいものだろう。

 

「しかし…私はそんなに木野に負担をかけるようなことをしていたのだろうか……」

 

 尹が倒れた理由が過労だと分かった慧音は、自分に責任があるのではないかと負い目を感じ暗い表情をする。

だが、それを否定したのは紫だった。

 

「違うと思うわよ。恐らく、彼の能力でしょうね」

「能力!? 紫殿、彼には能力があるというのか!?」

「落ち着きなさい。私にも、まだわからないのよ」

 

 驚きを露わにし、紫に掴みかからんばかりの勢いでそう問い詰めてくる慧音を苦笑しつつ落ち着かせる紫。一先ず彼女を落ち着かせた紫は、真剣な表情で自身のこれまで見てきたものから導き出される推論を皆に聞かせた。

 

「……まさか、ソイツにそんな力があったなんてね」

「まあ、(この子)は意識的にまだ使ったことなんてないんでしょうけどね」

「激しい怒り…要するに感情が極限まで高ぶった時に暴走したっていうことなのか?」

 

 その場にいる全員が気を失い横になっている尹の方を見る。そこにいるのは、何の変哲もないただの少年。服装さえ人里でよく着られている物を着せればそこの人と思わせる事すら可能であろう。

しかし、そんな彼にも今宴会に来ている少女たちと同じような能力を持っているのだ。そのギャップに、一同はいささか驚いていた。

 

「で、紫。ソイツの能力は以後なんて呼べばいいのよ?」

 

また面倒事が増えてウンザリとでも言いたげな様子で霊夢が紫に問いかける。

 

「そうね…まあ、一先ず『モノを吹き飛ばす程度の能力』とでもしておきましょうか。最も、私達みたいに制御できてるわけじゃないから能力と呼ばなくてもいいのだけれどね」

「モノを吹き飛ばす…ねぇ。アンタの能力が封じ込められたのはどう説明するのよ?」

「まだ断言できるわけじゃないけれど、大方『能力』そのものを吹き飛ばしたんじゃないかしら?」

 

 その言葉を聞いた一同が一瞬固まる。万が一彼がそれを制御できるようになった時、この非力な少年は途端に能力を持つ全ての存在の天敵にもなりかねないからだ。『能力』をも吹き飛ばせるというのならば、『存在』を吹き飛ばせる…つまり彼がそう望むだけで命を簡単に奪い取れる可能性もあった。

 しかし、それは紫によって即座に否定された。

 

「安心しなさい。確かに『能力』を吹き飛ばせることは可能だろうけれど、『それ以上』のことは出来ないわ」

 

 その言葉に、霊夢が腕組みをしながら問いかける。

 

「どうしてそう言い切れるの?」

 

 霊夢の問いかけに薄く笑みを浮かべながら紫は尹を見て言う。

 

「確かに彼は幻想郷に来てから、連続して厄介ごとに巻き込まれて疲労を溜めていたと思うわ。でもね、この子の感情が限界点まで上がっての最大出力で放たれた能力で、私の能力が吹き飛ばされたの」

「だから?」

「ハクタクさん、今日一日彼を見てて何かおかしいと思わなかった?」

 

 話の流れ的に口を出せずに黙っていた慧音に、突然話を振る紫。やや慌てながらも慧音は今日一日の尹の様子を思い出してみる。

 

「……そう言えば、やけに疲れた顔をしていたな」

 

相変わらず直ぐに答えを言おうとしない紫にいら立ちをあらわにしながら霊夢が詰め寄る。

 

「茶番はいいから、さっさといいなさい。私、宴会を邪魔されて結構イラついてるの」

「あんまりカリカリするとお肌に悪いわよ霊夢」

「ッ! …はぁ、続けて」

「はいはい。で、今のハクタクさんの言葉から推測するに『彼の能力は出力に応じて相応の反動を伴う』ってこと」

「成程、分かったぜ!」

 

ここで、魔理沙がポンッと手を叩いて声を上げた。

 

「つまり、吹き飛ばしたい物の規模が大きくなればなるほどソイツの体には負担がかかるってことだな?」

「そういうこと。ただ、物理的に物を吹き飛ばすことはそれ程反動は来ないでしょう。でも、能力や魂…特に彼の世界で『幻想』として扱われるようなモノを吹き飛ばすのには、相当の負担がかかるでしょうね」

 

 いつの間にか、妖夢の後ろに立っていた彼女の主である西行寺幽々子が目を細めながらぼそりと言う。

 

「ふぅん…それこそ私のように『命』なんかを奪おうと能力を使えば…」

「幽々子の予想通りよ。恐らく、体が反動に耐えきれなくなって彼もいっしょに死ぬでしょうね」

 

 ごくごく普通にそう言い放つ紫にの言葉に硬直する者が数名、別に驚くことなく聞き流すものが大半。『死』等と言う人間にとって恐怖の対象ですらあるその単語が出てきても人でない者達にとってはそれ程大したことに聞こえなかったようだ。

 しばしその場を沈黙が支配する。しかし、その沈黙も長くは続かなかった。

 

「兎に角よ、(ソイツ)には能力があって使用には反動を伴うってことだろ? んじゃ、謎も分かったことだし早いとこ宴会を再開しようぜ? 私、まだ食い足りないんだ」

「魔理沙…アンタね……まぁいいわ。そうしましょ」

 

 魔理沙の一言をきっかけに、再びがやがやとし始める博麗神社。そこには、先程の真剣な空気など欠片も残っていなかった。…慧音と妹紅を除いては、だが。

 

「…………」

「驚きだよなぁ。外から流れてくる奴も、それなりにいるけど能力持ちってのは初めてじゃないか?」

「そうだな…私も驚いたよ。何か普通とは違う奴だとは思っていたけれど……」

「ソイツが心配か、慧音?」

「…………」

 

 妹紅の問いに、慧音は答えない。しかし、尹に向けられている彼女の表情を見ればどう思っているかなど誰の目にも明らかだった。

そんな慧音に、妹紅は頭をかきながら言う。

 

「気持ちは分かるけど、あんまり肩入れしない方がいいんじゃないか? 遅かれ早かれ、ソイツは私達と別れる。違う道を歩むのは間違いない。それに……」

「…それに?」

 

 何かを言いかけて止めた妹紅に、ほんの少しだけ厳しい眼つきをする慧音。妹紅も慧音もお互いに考えていることは同じだったのだろう。即ち、尹の人格からして近いうちに彼女達と衝突をするだろうということだ。

本来は優しい人間であることは、確証と言わずとも今日一日寺子屋で過ごした彼を見れば分かる。だがしかし、根本が優しい人間だとしても今の彼はそれを抑えつけ人を遠ざけたり、感情を抑えきれずにひょんなことから手が出てしまう状態だった。

 

 昨日今日と色々とありすぎて、彼が多かれ少なかれ混乱しているのは想像に難くない。本人にその自覚が無かったとしても、だ。尹の精神状態は今極めて不安定であると言っていい。そして、それは今後しばらく続くことであろう。外の文明世界に慣れきった彼にとって、この世界は想像以上に異質で暮らしにくい場所だろうから。

 つまり、幻想郷に馴染むまで尹は爆発寸前の爆弾のようなものなのだ。だからと言って過剰な程丁寧に扱おうものなら逆にその導火線に火をつけることになりかねない。ある意味、爆弾よりも数十倍は厄介な代物である。

 

 けれども、慧音はそれでも尹を保護すると決心してた。元々人間と言う生き物が大好きな彼女だ。見捨てる等と言う選択肢は初めからなかったに違いない。例え彼を見捨てずにいることで何十、何百もの人が犠牲になるかもしれなかったとしても、彼女は恐らく尹を見捨てずに誰も犠牲にならない道を模索しようとするだろう。上白沢慧音という『半妖』はそういう『人間』だった。 

 慧音はいつか尹が彼女に…いや、自分でなくてもよい。誰か幻想郷の住人の一人だけでもいい。心を開き、信頼できるような存在が彼に出来るまで…彼を見守り支えてあげようと…そう決心したのだった。

 

 この道はきっと険しいものになる。尹が他人を拒み続ける限り、他人も彼を認めてはくれないからだ。それこそ、慧音のような特殊な人間でなければ彼を認めるなど到底無理であろう。何かしらのやり取りは出来たとしても、そこに信頼関係は生まれない。それどころか、陰口をたたかれる方が多くなってしまうかもしれない。

 だがそうならないようにする…なったとしてもそのマイナスイメージを払拭できるかどうか……それは尹にかかっている。慧音に出来るのは手助けだけで、結局最後は彼自身の問題になるのだ。

 

 さらに彼は能力を手にしていた。使いこなせるようになれば恐らく霊夢や魔理沙たちと肩を並べられるかもしれない。けれども、強すぎる力は時として恐怖の対象にされる。特に、『弾幕ごっこ』を武器といて『遊ぶ』霊夢たちは力を持っていてもその人格も手伝って恐れられないが、『真剣』と言う武器を持った上で能力を有し、そこに他人を拒むような態度を取れば確実に彼は人々から恐れられるのは確実である。例えその力を人々のために使ったとしても、だ。

 

 霊夢たちが扱う武器は魔力や霊力などから練られた弾幕。美しさを競うそれは、当然それ程殺傷力は無い(物によるが)。だが、尹の刀は違う。れっきとした殺傷用のソレである。弾幕以上に分かり易い人を傷つける道具を持っている時点で恐れられる可能性が跳ね上がるのは確実だろう。何故なら、その用途は『殺す』為の物だから。その矛先が自分達に向いたとしたら。有り得ないかもしれない、けれど有り得るかもしれないIFの話は人を恐怖させるのに十分すぎるほどの効力を持っている物だ。

 

「人は本能的に自分と違うものを否定し遠ざけようとする……コイツ、苦労するだろうなあ」

「その苦労を少しだけでも肩代わりするのが、私の当面の役目だと思ってるよ」

「あんまりそっちばかりに気に掛けない方がいいと思うよ? 慧音は里の人皆に頼られてるんだからさ」

「まぁ、ね……」

 

 今は辺りの喧騒に目を覚ますこともなく静かに眠っている尹を見つめながら、慧音と妹紅は彼の行く末に一抹の不安を感じつつ再び酒を煽った。

 

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