東方自探録   作:おにぎり(鮭)

11 / 14
第11話 宴会から一夜明けて

 宴会から一夜明けた翌朝、慧音はいつも通り台所に立って朝食を作っていた。

辺りに味噌汁の香ばしい匂いと米の炊けた香りが漂い始め、その匂いを嗅いだものの食欲をそそる。当然慧音もその一人だ。

 自画自賛になってしまうが、慧音は自分の作る料理には自信を持っている。勿論、最初から得意だったわけではないがいつからか料理をすることの楽しみを見つけてからは誰かに料理を振る舞うたびに舌鼓を打って貰えるようになっていた。

彼女の寺子屋の授業は子供達からは不評であるが、彼女の作る料理は子供達には大人気なのである。最も、慧音としては授業も子供達にとって喜ばれるとまではいかなくてももう少しモチベーションを上げられたらな、等と悩んでいるのだが。

 

 そんなことを考えながら、そう言えば今日は寺子屋で授業はしない日だったなと思い出す慧音。尹も昨日意識を失ってからまだ目を覚ましていないので、丁度良かったのかもしれない。起きて早々子供達の騒ぎ声を聞かされたら、彼が嫌な顔をしてしまうのは明らかだからだ。

勿論それをするなと彼には言えないし、言ったところで意味がないだろう。だが、子供達にはあまり見せてほしくない顔だ。ある程度育って、相手のことを考える余裕や知識などが加わってくれば多少はマシになるだろうが、寺子屋に来る子供達の大半はまだそこまで大きくはない。同時に、最も多感な時期でもあるため尹のリアクション次第では彼らを傷つけることになってしまうだろう。

 

「…そういえば、私はまだ木野のことを全く知らなかったな。聞いたところで話してくれるとも思えないが……」

「教える必要性もないしな」

「……起きていたのなら挨拶位してほしいよ」

「挨拶しようと思ったらアンタの独り言が聞こえたから返答したまでだ」

 

 小さくため息をつきながら慧音は声の主の方へと振り返る。ややダルそうな表情をしてはいるが、ぱっと見たところ大分調子が良くなったように見える尹が立っていた。

 

「もう大丈夫なのか?」

「まず自分でも何があったか把握できてないんでな。大丈夫かどうかは分からん」

「それだけ軽口がたたけるのなら平気そうだな」

「だがガキのお守りはしたくない」

「心配するな。今日は授業はお休みだよ」

 

 そいつは良かったと呟いてその場を立ち去る尹。入れ替わるように妹紅が台所へと入ってきた。

入るや否や、朝食の香ばしい香りを胸いっぱいに吸い込んで鍋を覗き込む妹紅。

 

「おー、いつものことだけど上手そうな味噌汁だな。頂きまー…」

「こら。ちゃんの妹紅の分も作ってあるんだからもう少し待っててよ」

「あはは。ごめんごめん。っていうか、女言葉になってるよ慧音」

 

 指摘され、やや顔を赤らめながら慧音は返す。

 

「妹紅といる時くらい、素になったっていいでしょ。偶には女の子らしくしていたいもの」

「それは私が信頼されてるってとってもいいのかな?」

 

 慧音は答えず、朝食を盛り付けていく。妹紅はそれを無言の肯定ととらえやや照れくさそうに頬を緩めた。

 

 

 それから慧音と妹紅、そして尹の三人で朝食を取った。当然その時に尹は何故妹紅がここにいるのかを問うたが、妹紅はいつものことだと笑い、慧音も苦笑しながらそれを肯定したので呆れた表情を隠すこともなく尹は納得した。

三人での食事は、実に静かな物であった。尹は尹で特に話す話題もなければ、もとより話すつもりなど無かったので黙々と食べ物を口に運んでいた。慧音と妹紅はお互いに目配せをしながら尹に何か話を振るかどうか迷っていたが、聞いたところで答えてくれそうにもない尹の雰囲気を察したため、二言三言他愛のない会話をしながら食事を楽しんだ。

だが、いずれは尹についても知っておかなければと思わずにはいられない慧音であった。

 

 結局、その後は特に何事もなく一日が過ぎていった。慧音は次の寺子屋の授業に使う資料の整理を。妹紅も朝食後はどこかへと出掛け、尹は慧音の作った資料に目を通したり剣術の練習に励んだりと平和だと言えるだろう。尹にとっては、これが幻想郷に来て初めての平和な一日となった。

 日もすっかり落ちた頃、風呂から上がった尹は頭をワシャワシャとタオルで拭きながら廊下を歩いていた。そんな彼の耳に、聞きなれない人物の声と困ったような慧音の声が耳に入る。こんな時間に来客なのかと思いながらも声が聞こえる部屋の前を素通りしようとする尹。慧音が困っているような気もするが、彼が出たところで状況は好転しないだろうということは尹が一番分かっていた。

何しろ幻想郷のことについては未だに分からないことだらけなのである。表面上は平気そうな彼も、今までの暮らしと全くと言っていいほど違う今の生活に馴染むのにかなり精神力を使っていた。いわゆるやせ我慢をしていたのである。

尹が頭を抱えたくなるほどにお人好しな慧音の人格を考えれば、不安等を表に出してしまえば必ずそれをケアしようとしてくるであろう。ただでさえ宿と食事を提供してもらっている上に自分が大した手伝いもできていないという自覚があるだけに、これ以上の負担を慧音にかけるのは流石に不味いだろうという尹の判断故の我慢である。断じて優しさだとかそう言う感情からではなく、需要と供給を限りなくプラスマイナスゼロに近づけたいだと尹は心の中でつぶやいた。

 だが、果たしてそれは本当にそんな利己的な考えから来た判断だったのだろうか? 誰かが尹のその弁を聞いたなら間違いなく本当にそうなのかと問いかけるだろう。そして尹は顔色一つ変えずにそうだと肯定するのだろう。しかし、ならばわざわざ心の中でその考えを反芻する必要はあるのだろうか? 尹のそれは、素直に優しさを表現できない不器用な人のやり方にしか見えないものであった。

 

 自室についてから、尹は里の貸本屋である鈴奈庵から借り受けている幻想郷縁起を開いてパラパラと読み始めた。暇な時間に少しでも情報を入手しておかなければ、いずれ自分が不利な状況に持ち込まれる可能性も高くなる。外にいる時も、誰が自分に目をつけているんだとか、どうするつもりらしいといった自分の損得や面倒にかかわる情報だけは確実に入手(最も大体がクラスメイトなどの噂話を小耳にはさむ程度だが)するようにしていた。

不意打ちさえ避けられれば、後はどうにでもなるものである。不測の事態に対しては対処も難しいが、予め心構えが出来ているだけでも立ち回りは楽になる。特に、この本に乗っているような人物や妖怪の特徴を押さえておけば間違えて己の命を危険に晒してしまう可能性もグッと抑えられるのだ。基本的に面倒が嫌いな尹が、空いた時間を積極的にこういったことに費やすのは必然だったともいえるだろう。

 

 どれくらいの時が過ぎたのだろうか。いつの間にか縁側の襖から漏れている月明かりに気づき、尹は本を閉じて縁側に立つ。

 

「……外じゃあ見れない夜空だよな」

 

 外にいる時は環境汚染なんだか、都会の明かりのせいなのだか知らないが、満点の星空を見ることなど山に行かなければ無理だった。だが、それ程電気も普及していない幻想郷ではおそらくこれが普通なのだろう。彼の目には今まで見たこともないほど美しい星空が映っていた。

 外では法律違反であるが、どうやら幻想郷(こちら)ではそれほど厳しくないらしく未成年が酒を飲むことが禁じられているわけではないらしい。そんなことを今日知った尹は、何となく酒が飲みたいという衝動にかられた。酒などこれまでの人生でただの一度も飲んだこともないけれど、こんなきれいな星空を眺めながら飲む酒はきっとさぞかし美味いのだろう。そう思ったからだ。

 善は急げと言わんばかりに、台所に向かおうと自室を出る尹。丁度そこに、部屋から来客らしい男性と慧音が出てきた。どうやら、今の今までまだ話していたらしい。

尹の姿を見た途端に、来客らしい男性…いや、男性と言うには若すぎる。尹が言うのもどうかと思うが、未だ幼さを残した顔立ちの青年の表情が明るくなる。

 

「やあ! どうも。君が噂の外来人だね?」

「…何の噂だが知らんが、一応外来人ってカテゴリーの人間らしいな」 

 

 一体いきなりなんだと言うのだ。目の前の青年は、まるで最初から尹が目的だったかのような雰囲気である。というよりも、どうやらそうだったらしい。後ろの慧音がやや慌てた表情をしているところを見るに、尹との接触は避けたかったのだろう。彼の性格を少しでも理解してくれ、あまつさえそこまで気遣ってくれる慧音にはあとで礼の言葉を述べておかなければならないだろう。

それはさて置き、目の前の青年である。何故か嬉々とした表情を浮かべている彼に尹は戸惑っていた。何か彼らは初対面である。にもかかわらず、この嬉しそうな表情を浮かべる青年。何を考えているのか全く分からない。正直に言って気味が悪かった。

そんな戸惑いを隠せない尹に、青年はあることを申し出てきた。

 

「君、剣の腕が立つらしいね。僕と一戦交えてみてくれないか?」

「…は?」

「聖治殿…彼はまだここに馴染めていないのです。そんな無茶なことは…」

「慧音さんは黙っていてほしい。僕は里を守る剣士の一族の一員として、彼の実力がどのくらいのものが知りたいのです」

 

 まるで訳が分からない。慧音が里の自警団的役割を担って妖怪からの襲撃などに対処しているということは聞いたし、幻想郷縁起にも書いてあった。それは彼女が半妖と言う特殊な存在であるということにも起因しているのだろう。半分だろうと高名な妖の血が混じっていれば純潔の人間より能力が高いのは当然だ。そこに彼女の性格だ。こういう立場になるのも自明だろう。となれば彼はその自警団の一因だと言うのだろうか。

 

「僕らの一族は貴女が来る前から里を守ってきた。例え貴女が彼をかばおうとも、里の皆は未だ彼に怯える者もいる。ならば彼が里にとって害をなすものかどうか見極めるのが僕の務めだ」

 

どうやら違うらしい。この手の連中は真っ向から立ち向かった方が面倒は少ないだろう。下手に逃げればそれはそれでまた突っかかって来るものである。特に一族の誇りだとか大層なことをのたまうような種類の人間は尚更だ。

 

「時間と場所は?」

「木野!?」

「話が分かる相手で助かったよ。では明日の正午、迎えに来る。そこから里の中央広場で一戦…でどうだい?」

「……いいだろう」

 

 それでは明日。と言って青年はそそくさと帰って行ってしまった。その姿を見届けた尹はそのままの足で台所へ向かう。勿論慧音もついて来た。酒が飲みたいと尹が言うと、複雑そうな表情をしながらも慧音は酒を取り出す。

 

「なぜ引き受けた?」

「アンタもどうせ薄々気づいてたんだろ。ああいうタイプの奴は受けてやらないと死ぬまで追っかけてくる」

「そうかもしれないが…彼は……」

「まあ一族のどうのとかって言うのは大義名分だろうな。要は俺と言う異分子を叩きのめして自分の株を上げたいだけだろ」

 

 まあ簡単に負けてやる義理などないが、と付け加え酒を口に運ぶ尹。が、その酒が喉を通った瞬間に走った想像以上の刺激に驚きまだ口の中に残っていた酒を吹きだす。

 

「大丈夫か!?」

「ゲホッ! …アンタらいつもこんな刺激の強いもん飲んでるのかよ……」

「…まあ、馴れれば平気だと思うが……」

 

 まだまだ俺も子供ってことかと、苦い表情をしながらももう一度挑戦する尹。今度はほんの少しだけ口に含んで飲んだので大丈夫だった。酒の美味さが分かるようになるまで、まだまだ遠そうだとため息をついた尹であった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。