東方自探録   作:おにぎり(鮭)

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第12話 全ての思惑は裏目に

 例の青年が尹に決闘と言う名の茶番劇を吹っ掛けた日がやってきた。尹としては勝ち負けなどどうでも良く、適当にあしらって終わらせてしまおう。そんな程度のイベントである。相手方がどれほどの手練れなのか、それとも口先だけの阿呆なのか。確かめる気力もない。大体幻想郷縁起に名が乗っていないのだ。別に真剣に考える必要もない。

何より、彼は既に凄まじい手練れの力の片鱗を目の当たりしている。今更普通の人間とやり合ってもそれ程危機感を感じることはないだろう。

 それでも慧音は心配のようだ。話を聞けば、一応は高名な家のものらしい。最も、慧音や妹紅を始めとした自警団や博麗霊夢を筆頭とした異変解決組たちのお蔭で大分影が薄くなってきているようだが。

それでも、スペルカードの使えない人間達の中ではかなりの戦闘力を誇っている一族なので需要はまだあるらしい。となれば、恐らく一族の繁栄だか何だか知らないがそう言う事情の為に自分達の名前を売りたいのだろう。そこに丁度尹と言う不穏分子の出現だ。彼にとっては格好の的だったに違いない。はた迷惑な話である。

 だが、受けてしまった以上は逃げるわけにもいかない。例え相手が純粋な武人であろうとなかろうと、勝負を吹っ掛けられたら受けて立たねばならないだろう。もとより小さい集落だ。下手な行動一つであっという間に噂は広がる。逃げ出して損害を被るのが尹一人ならば迷いなく逃げ出していただろうが、今回はそうはいかない。恐らく、匿っていた慧音にも何かしらの損害が出てしまうだろう。それは避けたい。とは言え、本気で戦う気にはなれない。尹の学んだものは剣術で、剣道ではない。決して己を高めるための武道ではなく、殺人術である。だからこそ博麗神社を出た直後に妖怪に襲われても無様にその体を食い荒らされることはなかったし、死にかけたとはいえ勝利を収めることが出来たのだ。故に、彼が本気を出すということは相手を殺しにかかることと同意義なのである。

相手はいけ好かない奴ではあったが、殺したいほど憎いわけでもないしそんな必要性も感じない。最も、決闘と言っても真剣同士の死合にはならないだろう。木刀か竹刀か…どっちかを使っての模擬戦形式の筈である。まさか里のど真ん中で真昼間から血の雨を降らそうなどと考えるほどの阿呆でもあるまい。

 

「木野…済まない…私がもっとちゃんと説得できていれば……」

「アンタもドが付くほどのお人好しだよな。俺がいいと言ったんだ。別にアンタが気に病む必要はないだろ」

「そうかもしれないが……怪我をするかもしれないんだぞ?」

「いざとなれば永遠亭があるだろうが」

 

 あそこの医者の腕が確かなのはわが身をもって実証済みである。死にかけの自分をほぼ完ぺきに蘇生させられるのだ、この後の茶番劇で負う怪我程度を治療することなど九九を唱えるくらい簡単な物だろう。正直、今更模擬戦程度で負う怪我など全く怖くなかった。精々骨折がいいところだ。肉を食いちぎられそうになったうえ、出血多量で意識が朦朧するとかそんな猟奇的なシチュエーションにはならないだろう。

 甘い認識…と言えばそうかもしれない。だが、尹は不思議とそれほどの怪我をするとは思えなかった。能ある鷹は爪を隠す、と言うからもしかしたらあの青年はとんでもない手練れなのかもしれないが、尹が見る見る限りそんなに強そうには見えなかった。それとも魂魄妖夢と言う剣術の達人を見た後だから霞んで見えるとでも言うのだろうか。

 どちらにしろ、茶番劇に付き合わなければならないのは決定事項である。今はとにかくいかに彼をうまくあしらうかを考える時間だろう。

 

「木野…本当に大丈夫か?」

「アンタだって知ってるだろ。こっちは一度妖怪四体相手にして相打ちまでもってってんだ。並の連中に負ける気はしない」

「彼もそれなりに腕が立つが……」

「所詮名売りのための茶番劇だろ。流血沙汰は無いんじゃないか。里の真ん中でやるわけだしな」

 

 そう言いながら、刀を竹刀袋に入れてそれを担ぐ尹。そろそろ約束の時間である。真剣は使わないと思うし、使うようなことにならないことを願うが万が一と言うこともあるだろう。同時にこれは尹にとってお守りの一種である。使う必要が無かったとしても手元に置いておきたかった。

 後は彼の到着を待つだけ…となったところに件の人物がやってきた。袴に身を包み、明らかに本気である。腰に刀を差していないのが幸いだろうか。代わりに木刀が差されていたが。

 

「思ったより早かったな」

「僕の方から誘ったんだ。あまり待たせるわけにもいかないだろう?」

「ルールは?」

「それはあっちについてから話すよ」

 

 どうやら大勢の人々がいる前でルール説明をすることでイカサマは出来ないし、しないと言うことをアピールしたいらしい。それはそれで結構な事である。最も尹はイカサマなどするつもりもないが。やったところで彼に得はない。

相変わらず心配そうな表情を隠せない慧音を一瞥し、軽く唇を歪める。彼なりに笑ったつもりだが、果たして慧音にそれは伝わったのだろうか。それを確かめる前に尹は青年の後を付いて行ってしまった。どうしても気になるなら終わった後で盃を交わしながら聞けばよい。

 

 広場には既に大勢の人が集まっていた。最近幻想入りしてきた外来人と、里でも有名な一族の人間との一騎打ちである。剣闘士同士の決闘のように熱気に包まれているわけではないが、皆好奇心から見に来ているのだろう。辺りに視線を巡らせると、寺子屋に勉強しに来ている子供達の姿もあった。あまり彼らには見てもらいたくはなかったが。子供が見るにはいささか刺激が強すぎると尹は思っていた。あるいは、心のどこかでそう言う展開にしようと考えていたからだろうか。

 

「まずはこれを」

 

ぼんやりと思考していると、青年から何かを差し出された。木刀である。真剣でなくてよかったと、改めて思った。最も、鞘から抜かなければ彼の刀でも十分代用が聞くのだが。

 

「それじゃあルール説明だ!」

 

 青年が声を張り上げる。同時に、広場が一瞬にして静まり返った。マイクも拡声器もないのだ。静かにしなければ聞き取れないのだから当然と言えば当然か。

 

「勝負は二本先取! 相手に一撃入れたら一本だ。ただし、急所は外してやるようにな」

「防具は付けなくていいのか」

「何、ただの力試しさ。そこまで激しくはしないよ」

「怪我をさせないという保証は出来ない」

「大した自信だ。期待させてもらうよ」

「もう一度言う。怪我をさせないという保証は出来ない」

「分かってるよ。あまり僕を舐めないでほしいな」

「警告はした。身の安全が保障できないということ、忘れるなよ」

 

 勿論尹とて彼に怪我を負わせるつもりは毛頭ない。が、相手の技量次第では『その気』になってやらなければこちらの身が危ないだろう。そうなった時、彼を傷つけずにこの茶番劇を終わらせる自信は尹にはなかった。

 担いでいた竹刀袋をやはりと言うかついて来ていた慧音を呼んで預ける。今この場にいる人物で、最も信頼できる人なのだから当然であるが。預ける時にかなり不安そうな表情をされたが特に気にすることもなく青年の方に振り返った。二、三度木刀を振り重さを確かめる。そこそこ重量はあるようだ。それでも自分が振るっている刀よりはずっと軽い。ちょっとした拍子に手からすっぽ抜けないか少々不安だが、そこは何とかなるだろう。

 

「準備はいいか?」

「いつでも」

 

 互いに向き合い、青年は刀を正面に構える。同時に彼からそれなりのプレッシャーも放たれた。それを観て観客たちがややどよめく。尹が耳を澄ませると、彼は負けたなとか、可哀想な奴だとか憐れみの言葉がささやかれていた。どうやら、それなりに腕があると言うのは嘘ではないらしい。

 

「…どうした? 何故構えない」

 

 プレッシャーを放ちこちらを睨みつけながら青年が低い声で問う。大して尹はいつもと変わらない気怠そうな声で答えた。

 

「構えてるよ。これが俺の構えだ」

「ふざけているのか? 唯木刀を持っているだけの態勢だろう?」

「…いいから来いよ。時間の無駄だ」

 

 挑発にも近い尹の姿勢に、青年は勢いよく飛び出して斬りかかる。が、尹はそれを紙一重で躱した。返す刃で青年が追撃を仕掛けるものの、ことごとく尹はそれを交わす。彼の顔に力みはまるで見えなかった。自然体に近い状態で青年の攻撃を回避し続ける。

 

「このっ! ちょこまかとっ!」

「…………」

 

 尹の予想外の強さに、焦った青年は思い切り木刀を振り上げる。常人であれば回避に回るその振りおろしを、しかし達人からすれば隙以外の何物でもない瞬間を尹は逃すことなく『拳』を叩き込んだ。

 

「がッ!?」

「まずは一本。俺のもんだな」

 

あまりにあっけない決着。まだ一本だけだが、勝負はもう決したも同然だった。尹にとって、彼は道端に転がる大きな石程度のものでしかないと認識されたのだ。気を抜いていれば足元をすくわれるが、気を付けてさえいればどうってことの無い障害物程度のものでしかなかった。

 しかし青年にとってはこれ以上ない屈辱だったようだ。自分の名を売るために集めた観客が、裏目に出てしまったのだから当然だろう。期待させてもらうだとか、完全に上から目線で物を言っていたのも不味かった。その上入れられた一撃は木刀ではなく拳である。まるで完全に遊ばれているようにしか感じなかった。

 

「…やるじゃないか。だがまだここからだよ」

「もうやめにしようぜ。これ以上は時間の無駄だ」

 

 尹の言葉は警告の意味も含まれていた。これ以上やるなら本当に怪我させてしまうかもしれないぞ、と。だがそれは反対の意味に捉えられてしまったようだ。青年は一層尹を睨みつけ木刀を構え直す。

 

「今度はこうはいかない。覚悟するんだな」

「…どうなっても知らんぞ。俺は手加減が大の苦手なんだ」

「その余裕! どこまで続くかな!?」

 

 途端に始まる青年の猛攻。さしもの尹も交わすだけでなく木刀で捌かなければならないほどの勢いだった。だが、それだけだった。激昂した青年の攻撃は実に単純で、それゆえに攻撃が読みやすかった。回避するのが不可能でも、防御することは簡単だ。尹はひたすら青年の攻撃を躱し、捌き、受け止め続けた。事を穏便に済ますには青年の体力をひたすら削り続けて体力勝負に持ち込むのが確実だからだ。反撃は簡単だが、そうした場合万が一と言うこともある。リスクは出来る限り抑えたかった。幸い、激昂してる青年の攻撃は鋭さを失い力任せの攻撃に転じ始めている。大して尹は冷静に最低限の力で防御し続けているのだ。このままいけば青年の体力が先に尽きるのは目に見えている。決着はついたも同然だった。

 

「何時までも防いでばかりでは勝てないぞ!?」

「勝てるさ」

「ナニィ!?」

 

 尹の発言は火に油を注ぐ結果になった。青年の攻撃は激しさを増し、ついには急所すれすれのところを狙った攻撃までが繰り出される。一撃一撃の衝撃も重いものになっていった。だがそれは青年の攻撃が単純になっていくと同時に体力の消耗が激しくなるのと同意義である。読みやすい攻撃をまともに食らうほど尹も腑抜けてはいない。

 そしてついにその時がやってきた。体力が底を尽きかけた青年が、バランスを崩したのである。すかさず尹はそこを狙って足払いをかけた。青年は当然対処できずに無様に転んだ。

 

「はぁ…はぁ…俺の勝ちだな」

「…………ッ!」

 

 流石に何分も全力の攻撃を防御や回避をし続けたせいで尹の体力もそれなりに削られていた。僅かに息を乱しながら勝利を宣言する。結局、尹が木刀を攻撃のために振るうことは一度としてなかった。予想外の結果に、広場も静まり返っていた。

 

「すげぇぇ! やっぱり尹兄ちゃんは強かったんだ!」

「かっこいい!」

「…あ?」

 

 青年を見下ろしていた尹に、寺子屋にいた子供たちが駆け寄る。彼らを怯えさせるような展開にならなかったのは尹にとってもありがたいことだった。嫌われるのは構わないが、それで子供達が寺子屋に来たがらなくなるのも問題であるからだ。一先ず、このくだらない茶番劇は丸く収まったと……

 

「…るさん」

「…?」

「許さん…! よくもこの僕に恥を…!」

 

自業自得だろと呟こうとして、止めた。ここで火に油を注いでは不味いことになりかねない。

 

「お前ら…慧音のとこ行け」

「え…?」

「早く!」

 

 自分のそばに駆け寄ってきていた子供達を即座に慧音の元へと送る。彼らには分からなかっただろうが、尹には目の前の青年から殺気が漏れ出しているのが良くわかった。ここに来て尹は自分の考えが甘かったことを実感する。闘う以上は、全力で相手するのが礼儀であったはずだ。それなのにもかかわらず尹は厄介ごとを避ける事ばかりに気を置いて、怪我を負わせないように手を抜いて闘っていた。攻撃に転じることが無かったのがそれを如実に表している。武術に通ずるもの…いや、勝負事をする人間ならば手を抜かれてそのプライドが傷つかないわけがない。くだらないと言えばくだらないが、勝負師と言うものはそう言うものだ。負けるにしても全力で負けたい。それは尹とて例外ではないというのに。

 自分の至らなさを恨みながら、木刀をきつく握り締める。こうなった以上、戦闘は避けられないだろう。最悪、彼が最も避けたかった流血沙汰にまで発展しかねない。だが現実は非情である。青年は自分の付き添いの人間に向かって怒鳴った。

 

「おい! アレをよこせ!」

「し、しかし坊ちゃま…ここは里の真ん中ですぞ!」

「いいからよこせ!」

 

「慧音! 俺の刀を返してくれ!」

「木野!? 止めろ、そんなことしたら…!」

「今すぐ子供達をここから遠ざけろ! こいつ、完全に頭に血が上って周り見えてないぞ!」

「だが話し合いを…!」

「それが出来そうならこんなことは言わねぇよ! いくら俺でも木刀で真剣は捌けない!」

 

 青年の様子に怯えた観客たちは即座に距離を取り始める。慧音は子供達を連れて寺子屋の方へと向かった。何人かは尹の方を心配そうに見たが、尹はそれを早くいけと怒鳴って追い払った。

慧音から手渡された自分の刀の重みに僅かな安心感を覚えながら、鍔に指をかける。出来る事なら抜きたくないが、青年の立ち振る舞いによっては抜かざるを得ないだろう。そうなる前に無力化するのが現状でできる最善の対処だ。

 

「さあ、最終戦と行こうか…?」

「お前正気か!? 自分が何をやっているか…」

「誰のせいでこうなったと思っている!? 貴様が舐めた真似をするからだ!」

 

 完全に自分のことを棚上げしている青年に、これ以上言葉の応酬をしても無駄だと悟る尹。こうなったらさっさと無力化して黙らせるしかあるまい。それに既に相手は抜き身の刀を構えていた。

完全に尹の思惑が裏目に出ていた。避けるべき事象を、避けるどころか誘発させてしまっているのである。これ以上不甲斐ないことがあるだろうか。尹は人知れず己の至らなさに怒りを覚えていた。

 

「せめてもの詫びだ。全力で相手してやる」

 

 ただし、アンタを斬らない程度でな。と心の中で付け加え、青年と正面から向き合い構える尹。抜刀術の構えだった。

 

「抜刀術か…面白い」

「…最悪アンタが死ぬかもしれんぞ」

「貴様にそんなことができるわけがないだろう」

 

 青年の言う通りだった。尹に殺人を犯す勇気はない。幾ら人嫌いでも、己の手を汚すのは恐ろしかったし、慧音達のことを考えるとするわけにはいかなかった。だが、相手は本気である。やらなければ、やられるのは自明だった。

 

「君は強すぎる。強すぎる力を持つものはいずれ人に害をなす…ならばその悪の芽、今ここで摘み取ってやる!」

「…………」

 

 完全に充血した目で尹を睨み、そう叫んだ青年は尹に向かって駆け出す。一方の尹は未だ対策が思いつかなかった。抜けば身の安全は確保できる。が、急所を外してやれる自信はない。よしんば外せたとしても彼の命を奪わずにいられるかが怪しい。

 

――だが無情にも彼の命を刈り取る死神の刃はすぐそこまで迫っていた。

 

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