東方自探録   作:おにぎり(鮭)

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グロ表現が多用してあります。グロ耐性の無い方は、注意してください。


第2話 力の片鱗

 神社の外に出れば死ぬ。そう明確に言われた尹は、しかしどこか興奮していた。竹刀袋を握り締める力が強くなる。

 今、彼はある種の喜び……いや、狂気に打ち震えていた。即ち、暴力を振るうことの正当性を得ることができるという事実に。

相手が妖怪―つまり人間でなく、なおかつ自分の命を脅かす存在であるというのなら……

 

「もちろん殺しちまっても罪には問われねぇよな?」

 

 彼が先ほどまで過ごしていた元の世界では、いかに正当防衛と言えど過剰に暴力を振るうことは罪とされていた。それゆえに、彼はどれだけ罵られようと、嫌がらせを受けようと決して自らが磨いた剣術を生き物に振るったことはなかった。

 振るったことがあるのは、修行相手であり自分の師である祖母一人。最も、いかに若さを武器に挑んだところで尹の数倍以上に強かった祖母に勝てたことはなかったのだが。

 そんな祖母が死んでしまってからは、彼が誰かに剣を振るうことはなかった。いかに修練を積んだところで、相手がいなければ自分が成長しているのかどうかもわからない。そんな環境も、尹が元の世界で生きる気概をなくす原因の一つだった。

 

 けれど、今目の前に自分が求めてきたモノがある。これまで自分がため込んだ鬱憤を、八つ当たりという形であるとは言え晴らせる状況。自分が磨いてきた剣術がどれほど成長しているのかを試すことができる環境。

そして、暴力を振るうことが正当化できる理由。

 それこそが、今の彼に生きる気力を与えているものだった。

 

(歪んでるな……)

 

 尹自身、自分が人として歪んでいる自覚はあった。それでも、その身の内で湧き上がる衝動は抑えることは難しかった。

だから、彼は迷わず足を踏み出す。鳥居の外へと。そこで自分の命が散ってしまうかもしれなくても。

 とうとう、鳥居の外側へ足を踏み出した尹は、いつ襲われてもいい様に竹刀袋の中身を取り出す。

それは、竹刀ではなく本物の刀だった。ずっと昔、祖母に見せてもらった刀。もう古いもののはずなのに、未だに輝きを失わない刀身。

 家宝なんだと、祖母は言っていた。時々、とても大切そうに刀の手入れをしている祖母を見たこともあった。

祖母が死んでからは、自分で馴れないながらも手入れをし続けてきたため、未だ刀はその輝きを失わずにいる。

 ほんの少し、刀を鞘から抜く。太陽の光を、刀は鋭く跳ね返していた。その眩しさに少しだけ尹は目を細めると、刀を納めた。

 

「さて……化け物退治と洒落込むか」

 

 誰に言うでもなくそう呟くと、尹は階段を降り始めた。すると直ぐに向けられた粘着質な視線がそこかしこから放たれた。

 尹は、それらを無視するようにゆっくりと階段を降り続ける。視線の主達も、それに合わせて茂みの中をがさがさと言わせながら彼についていく。

そして、尹が長い階段の中ほどまで来た時、痺れを切らした視線の主の一匹が茂みを飛び出し彼に飛び掛かった。

 

「がぁぁぁぁぁ!!」

「せりゃぁぁぁ!!」

 

 飛び掛かってきたソレ―妖怪―を迎え撃つために、尹も叫び抜刀する。その切っ先は、まるで吸い込まれるように妖怪の首筋へと真っ直ぐに振りぬかれその首を撥ね飛ばした。

返り血が盛大に尹へと降りかかるが、そんなことを気にする暇は彼には与えられない。何故なら、同朋の血の匂いに我慢が出来なくなった他の妖怪が一斉に尹に向かって飛び掛かってきたからだ。

 まさに四方八方からの攻撃。防御も回避もままならない状況で、けれど彼は怯むことなくそのうちの一体に向かって跳ぶ。そして、そのまま妖怪を蹴るとソレに足を乗せてそのままスノボーに乗った時のように着地する。

 その衝撃で、尹に踏まれた妖怪の首の骨が折れる音が響いた。「ぐえっ!」っという気色の悪い悲鳴を気にすることなく、彼は妖怪を蹴ってその場を離れる。直後、ほかの妖怪が尹を引き裂こうと振り下ろした腕がその妖怪の体に突き立てられた。

 このままではあまりにも不利だと感じた尹は、共食いを始めた妖怪どもを余所に階段を駆け下り始めた。……そんな彼を遠くから見ているものがいることに気づかずに。

 

「……中々興味深いわね。彼」

 

 彼女は妖しく微笑み、妖怪たちから距離を取るべく階段を駆け下りる尹を見つめる。しかし、その眼つきはどこか危険人物を見るような眼でもあった。

 

 何とか妖怪たちに追いつかれることもなく階段を降り切った尹は、今度こそ彼らを返り討ちにすべく足を止める。

そんな彼を追って三匹の妖怪たちが涎と血を口からだらだらとたらし、転がるように階段を駆け下りてきた。

 

(共食いまでするとはな。余程腹が減っていたと見える)

 

 常人であれば失神してもおかしくないほどおぞましい光景に、けれど尹は動じない。それは相手が人に非ざるものであるからか、それとも思う存分剣術(ちから)を振るうことができることからくる高揚感からか。

 尹の刀を握る力が強くなる。同時に、彼の手元が僅かに震えていた。心臓の鼓動も早まっており、呼吸も安定していない。そしてその眼は、しっかりと彼に向かってくる妖怪たちを捉え、なおかつギラギラとした光を放っていた。

 そして、妖怪たちは尹のその肉を食らわんと大きく跳躍した。

 

「ごぉぉぉぉぉぉ!!」

「さぁ! 始めようか!! 殺し合いを!!」

 

 飛び掛かる妖怪を紙一重で躱しながら、その首筋を正確に切断する。まず一匹を始末した。

続いて二匹目、アッパースイングで振り上げられる腕を大きく避け距離を取る。それが失敗だった。

 三匹目の妖怪が尹が飛び退いた先にいたのだ。

 

(しまっ…!!)

 

 慌てて避けようとするが、時すでに遅し。振りかぶられていた腕はもうスイングを始めており、避けることなど不可能だった。ならばと咄嗟に腕を交差して前に突き出し、防御態勢をとる尹だったがそんな彼の背後に二匹目の妖怪が今にもその肉を食らわんと大口を開いていた。

 まさに絶体絶命。正面からの攻撃を防げば後方から来る噛みつきに対応できない。かと言って、今から回避行動をとろうとしても中途半端な動きしかできず両方の攻撃を受けることになる。反撃も、足をしっかりと踏み込むことができる状況ではないため大した打撃を与えることなど不可能だった。

 そんな絶望的な状況でありながら、しかし尹は諦めなかった。その理由は、『怒り』。明らかに筋の通らないただのわがままな怒りだった。即ち、自分は一人なのに相手は二匹だという数的不利に対する怒り。自分から臨んだ戦いにケチをつけるという身勝手な感情。

 

「ふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 そんなことなど気にする欠片も見せず怒りに身を任せ、吼える尹。それとほぼ同時に、二匹の攻撃は彼に直撃した。が、その攻撃が尹の体を抉ることはなく、代わりに静電気が発生した時の音を数倍にしたような音が辺りに響く。

そして、妖怪たちは勢いよく後方に弾き飛ばされた。

 それに一番驚いたのは尹だ。自分が何をしたのか、何が起こったのか……それすら全く理解できていなかった。

 

「だが、覚悟しろよこの屑どもめ」

 

 理解も納得もできていない尹だったが、一つだけ解っていることがあった。つまり、今が反撃する絶好の機会だということに。弾き飛ばされた妖怪たちはまだ立ち上がっていなかった。数を減らし、一対一の状況に持ち込むには今のうちに片方にとどめをさす必要がある。

 情けなど必要なかった。何しろ、本当なら死んでいたのは尹の方だったからだ。彼を救った不思議な現象のことは今の尹にとってどうでもよかった。とにかく、その理不尽ともいえる怒りをぶつけたかった。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

 

 立ち上がろうとする妖怪の脳天に刀を振り下ろし、その頭が原型を留めなくなるまで滅多切りにした。そんな彼の背後からもう一匹の妖怪が飛び掛かる。しかし、その攻撃は尹を捉えることはなくその場に倒れ伏している妖怪の首筋を撥ね飛ばした。

 致命的な隙を晒す妖怪。当然、尹がそんな隙を見逃すはずはなく彼の刃が閃く。まず妖怪の右手が斬り飛ばされ、次に右足、左足と四肢を着実に斬り飛ばされていった。

 

「ぐぎゃぁぁぁぁっ!!?」

 

 さしもの妖怪もたまらず悲鳴を上げる。だが、尹は容赦しなかった。止めを刺さんと、その手に握り締めた刀を大きく振り上げる。そんな彼を見る妖怪の目には……理性など欠片も存在していないはずの妖怪の目には明らかな恐怖が浮かんでいた。同朋の返り血を全身に浴び、そして自分の命を絶たんと刀を振り上げるその姿はまさに悪魔だった。狩る側だったはずの自分たちがたった一人の獲物に狩られるという屈辱と、すぐに殺さない尹の残酷さに恐怖を感じていた。

 

「……………」

 

 あくまで冷酷に妖怪に止めを刺そうとする尹。だが、ここで彼にとって予想外のことが起きた。それは振り上げられた刀が頂点に達したその瞬間!

 

「がぁぁぁぁぁぁ!!!」

「何っ!?」

 

 まさに死力を尽くした最後の反撃だった。左腕だけを残された妖怪は、その腕を使い尹の喉笛を噛み千切ろうと飛び掛かる。

 不意を突かれた尹は、僅かに硬直してしまった。硬直したのはほんの一瞬。だが、致命的な隙だった。そんな彼にできたのは、空いていた左腕で喉元をかばうことだけ。当然、その左腕は妖怪に噛みつかれてしまった。

 その途端、猛烈な痛みが尹の左腕を襲う。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 腕を焼かれるような痛みが尹の左腕に流れる。あまりの痛みに右手に握っている刀を取り落しそうになるが、歯を食いしばってこらえた。

 腕に噛みついた妖怪は、さらに顎に力を入れ肉を食いちぎろうとする。当然、尹の左腕に走る痛みはさらに増した。全身から脂汗をかきながら、なんとか状況を打開しようと必死に右手に力を入れる尹。

だが、腕を走る激痛に耐えるので精一杯で、刀を振るうまでの力を出すことはできずにいた。

 その間にも、妖怪の牙は着実に彼の肉を断っていく。ブチブチと嫌な音を立てて筋肉が断ち切られていく音が聞こえた。

 

「うぉぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 あまりの激痛に今にも気を失うのではないかという感覚に包まれながら、しかし最後の力を振り絞って刀を妖怪の頭に突き刺す。

 

「がっ!!?」

 

 頭を貫かれた妖怪は、堪らず一瞬だけ顎を開く。その隙をついて尹は妖怪の口から左腕を引き抜いた。傷口から勢いよく血が噴き出す。

 だが、そんなことを気にせず尹は妖怪の頭から刀を引き抜くとそのままその首を掻っ捌いた。

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 戦いは尹の勝利に終わった。しかし、尹とて無傷では済まなかった。ほんの一瞬の油断。一度目は摩訶不思議な現象によって助かったものの、幸運は二度も続かず彼は左腕を失いかけた。

 現に今も彼の左腕からはとめどなく血が流れており、早急に止血および治療を行わなければならないのは一目瞭然だった。

 だが、尹は動くことができなかった。妖怪を圧倒した彼ではあったが、今は体に力が入らなくなってしまったのだ。それもそうだろう。尹は自覚していなかったが、生存本能とこの数年間溜りに溜まっていた鬱憤を爆発させた結果、一時的に普段出せる全力以上の力を出し続けていたのだから。

 ところが、妖怪たちを全滅させた途端溜まっていた鬱憤はほぼ完全に晴らされてしまい、同時に虚無感に襲われた。先程まで彼の体を突き動かしていた激情は失われ、また感情のまま暴力を振るうことの空しさに気づいてしまったのだ。こんな状態で、動けるはずはなかった。

 血が失われていくにつれ薄れていく視界。けれども、尹は何も感じなかった。あるのは虚無感だけ。だから、助かるために足掻こうなどと全く考えもしなかった。

 

(いっそ、このまま死んじまうか……)

 

 生きる気力すらも無くした尹は、そのまま意識も手放す。そして、視界はブラックアウトした。

 

 その直後、一人の少女が尹の元に降り立つ。

 

「あやや? これは外の人でしょうか? ……死んでいるんですかね?」

 

 少女は尹に近寄ると、喉元に手を当てた。そして脈があるのを確認すると彼を担ぎ上げ、何処かへと飛び去って行った。

 

 




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