サブタイトルもなかなかいいのが思いつかないためひどいことになってます……
そんなちょっとアレな状態ですが、第8話どうぞ
朝早くから騒がしい場面に遭遇した尹は、時間が経つほどにだるさの増していく体に鞭打ちながら子供達に算数を教えていた。
何のことはない、簡単な加減乗除を教えるだけの楽な仕事だ。これならば、迷子を捜すよりも楽である。
とは言っても、相手は小学校低学年位の年齢の子供達ばかり。比較的年長者である子供達は呑み込みも早く手がかからないのだが、問題は年少組だった。
そもそもの話、年齢別にカリキュラムを変えるか時間帯を変えるかしてそのレベルに合ったものを教えないと教える方も教えられる方も辛いだろうと思う尹だが、所詮はアマチュアで雇われの身。あまりデカイ口を叩けるほど教育に関しての知識もなければ意見するほど慧音の信頼を勝ち取っているわけでもなかった。
「ねぇねぇ尹先生! ここどうやるの~?」
「ん……ここはだな……」
子供から質問をされ、それに対して丁寧に解法を教える尹。その姿は、昨日寺子屋を訪れた時の彼とは正反対の印象を抱かせた。……最も、子供たちを威圧しないように出来るだけ優しそうな態度で接しようと尹は自分の中のわずかな気遣いの心を総動員していたため、彼の精神には多大な負担がかかっていたが。
そんな彼の努力が功をなしたのか、初日から尹は生徒たちから一定の評価は得ていた。むしろ、男子からは憧れの目で見られてすらいる。
理由は言わずもがな、生徒達へ者を教える態度ではなく、昨日彼が腰に背中に刀を背負っていたからだろう。男子に生まれた以上、やはりそういったものにあこがれを抱かずにはいられないようだ。
「ねぇねぇ、尹兄ちゃんは強いのか!?」
「ちょ、ちょっと! ちゃんと先生って呼ばなきゃだめだよ!」
「どっちでもいいさ。それと、俺はそんなに強くはない」
「でも、昨日剣を背負ってたよな!? あれってやっぱり本物か!?」
「そうだ」
「すげー!!」
(やれやれ……)
授業が終わるなり尹の周りを取り囲んだ子供達の質問に出来るだけ優しく受け答えをしながら心の中で盛大なため息をつく。彼らの好奇心は底が知れず、次から次へと質問が飛んできておりなかなか解放されないからだ。
朝から既に疲労しきっていたと言ってもの差支えない程だるかった体がいい加減に限界を迎えそうで、出来れば今すぐにでも部屋で休みたいのだがそれは許されそうにない。かと言って、怒りに任せて子供達を追い払うようなことは出来ないし、そもそもそんなことをする気力すら残っていなかった。
結局、慧音が子供達に帰るように促すまで彼らの質問攻めは続き、終わった頃には尹は顔に現れてしまうほど疲弊していた。
「ふふっ、初めて子供達の相手をして疲れたと言った顔だな?」
「こっちはもうヘトヘトなんだってのに。勘弁してほしいぜ……」
「まぁそう言うな。直になれるさ」
そんな慧音の言葉を聞き流しつつ、自室に向かう。もう本当に限界だった。自室に入り、適当に部屋の隅に座り込むとそのまま目を瞑る。そして彼の意識は闇へと落ちていった。
☆
出会ってから今までの尹の態度から子供達の相手をさせるのに少々不安を感じていた慧音だったが、思った以上に彼が生徒達に対して優しく接してくれたことに彼女は一先ず胸をなでおろすことが出来た。
その上、男子生徒たちも尹を慕い始めている。やはり、男の子は強い存在に憧れるらしい。子供達はまだ彼が刀を振るって戦った場面を見たことはないはずだが、真剣を持っているというだけでも十分強そうに見えてしまうのだろう。かくいう慧音も、彼が戦った場所は見たことが無いがそれなりに腕が立つことは何となく分かっていた。
彼女が昨日尹に頭突きを食らわせた原因がその根拠となる。霊夢に今にも斬りかからんと構えを取ろうとしていた彼のその姿は、とても自然で何度もその構えをとって戦ったような印象を受けたからだ。最も、実際に尹が行った戦闘行為は未だに片手で数える程度しかないのだが。
それでも、それなりの動きが出来ているのは彼の祖母の修行をこなし続けた賜物だろう。週に一回、祖母との手合せを行う時はいつも『殺すつもりで来い』と言われていたため、尹はその言葉通りに師を殺す勢いで木刀を振るっていた。その結果、彼は生き延びることができたのだ。当然、文の気まぐれのおかげでもあるが。
話が逸れてしまったが、要するに慧音が心配していることは杞憂のまま終わりそうであることに彼女が安堵しているということだ。
――彼がいれば自分の負担も減ることだし、いっそのことこのまま歴史以外の授業を請け負ってもらおうか。
そんな考えが慧音の脳裏をよぎるが、それをすぐに打ち消す。それでは、自分が寺子屋を開いた意味がない。慧音は、人々がよりよく生きていけるように、そして少しでも知識を蓄えることで過ちを起こすことが無いように寺子屋をやっているのだ。それなのに、こちらに来て数日しか経っていない外来の少年に寺子屋のほとんどを任せる等、職務放棄にも等しい。
(それに、彼は絶対にそんなことは了承しないだろう)
明日の授業に使う資料を整理しながら、慧音はそんなことを考える。尹の性格はどう見ても、あまり人と接するのは得意ではないと見える。今は彼がしっかりと人々と問題なくコミュニケーションが取れるようになるまで自分の目が届くところに居させる、ということでここに置いているがそれが出来るようになったら彼には彼のやりたいことをやらせなければならないだろう。
そうなれば、彼がこの場所から出ていくのは目に見えていた。間違っても、人にモノを教えるのが好きな人柄では無い。どちらかと言えば黙々と作業をするのが好きそうなイメージだ。
とにかく、しばらくは授業を手伝ってもらうことになるだろうがその後のことも考えておかなければならない。が、今はまだそこまで考える必要もないかと思った慧音は資料の整理を黙々と続ける。
そんな彼女の元に、訪問者が現れた。
「慧音、いる~?」
「霊夢か。どうしたんだ?」
「急で悪いんだけどさ、今日宴会やることにしたわ。だから、日が暮れるころに神社に来て頂戴」
「昨日の魔理沙との会話か……」
「そうそう。よくよく考えたら、昨日私が買ったあの量の食材を腐らせる前に処理するにはこれしか方法が無いのよ」
「そうやって後先考えずに買い物をするから……」
金に困るんだ、と言う慧音の言葉を遮って霊夢が口を挟む。
「あ~、お説教なら閻魔に頼むからアンタまでお小言言うのはやめて」
「ほう、閻魔達も呼んだのか?」
「そんな訳ないでしょ。そもそも、呼んだってあの二人はいつも来ないじゃない」
そう。霊夢自身を含め多数の妖怪から苦手意識を持たれている閻魔こと四季映姫・ヤマザナドゥは宴会に呼ばれること自体少ないのだが、たとえ呼ばれたとしても彼女の部下である死神の小野塚小町のサボり癖に対する説教で来ないのだ。小町自身は宴会に行きたがっているのだが、そのために自分の職務を放棄しようとし、それを映姫が説教するため宴会に来ないというのがいつものパターンである。
その上、呼んでもいないのにさりげなく宴会に来ては説教をしてくるのだから宴会参加者としては堪ったものではない。
「とにかく、そういうことだから」
「しかしいくらなんでも急じゃないか? 日が暮れるまであとそんなに無いぞ」
「仕方ないでしょ。今日のお昼の時に気がついて思いついたんだから」
「やれやれ……分かった。日が暮れたらそっちに行くよ」
「あ、そうそう」
慧音の返事に、何かを思い出したかのような素振りで振り返る霊夢。
「あの外来人、連れてこないほうがいいかもしれないわよ」
「どういう意味だ?」
「な~んか紫が彼に目をつけちゃってるらしくてねぇ。下手したらその場で文字通り解体されかねないから」
「まさか。流石にあのスキマ妖怪もそこまで見境を無くすようなことはしないだろう」
「う~ん……ま、それもそうか。最終的にはそっちの判断に任せるからね」
「ああ。それじゃ、後でな」
はいはいと言いながら霊夢はオレンジ色に染まりかかってきた空に向かって飛翔する。神社の方向へ彼女が飛び去っていくのを見届けた慧音は、一先ず尹を起こしに彼にあてがった部屋へと向かった。
障子を開けると、部屋の隅で刀を抱きながら座って寝ている尹の姿が見えた。余程疲れていたのか、ぐっすりと眠っている様でスースーという寝息が部屋に響いている。
そんな彼の姿が数少ない自分の親友の寝る姿と被って見え、思わずため息をつく慧音。折角布団が押し入れに入れてあるのだから、せめてそれを敷いてそのうえで寝ればよいのにと思わずにはいられなかった。
兎に角、宴会のことについて聞くだけ聞かなければならない。そう思って、慧音は尹のそばにしゃがむと優しく彼の肩を叩いた。
「木野、木野? ちょっと話したいことがあるんだが……」
「ん……んん……?」
「起きたか?」
「……なんだ? もう授業はないはずだろ……寝かせてくれよ……」
「いや、授業じゃないんだ。日が暮れた頃に、霊夢が宴会を開くと言っていてな。それに行くかどうかの確認だけ……」
「パス」
「即答か……」
まぁ、この様子では仕方がないか。と心の中でそう呟き、慧音は立ち上がる。
「それじゃあ、夕飯は台所にある食材で何とかするか里のどこかで食べてくれ。金は下駄箱の所に置いておくから」
「了解……」
どうでもいいから早く寝かせてほしい、と言わんばかりの態度で返事をした尹を見てため息をつきそうになる慧音。最も、彼でなくとも断るような気もするがその場合はきっと遠慮から来る答えであって、決して宴会が嫌いだからとか面倒くさいからと言った感じの理由ではないだろう。尹の場合は間違いなく後者である。
それはそれとして、これで図らずとも霊夢の警告通り尹を宴会に連れて行かずに済みそうだ。もし連れて行って紫とトラブルになる可能性があるのなら、むしろこの方が良かったのかもしれない。
……そう思っていた。この時は。よもや、この選択が裏目に出る等この時の慧音にはこれっぽっちも考え付かなかったのである。