アポカリプスの庭で 血涙の天使   作:ふくふくろう

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ディリンケン・パスを越えろ

 

 

 ジョン・ハッピーニューイヤー。

 

 それが、僕の名前。

 忘れられた時代ではありふれたファーストネームだと街で一番物識りなオババは言ってたけど、同じ名前の人にはまだ出会った事がない。

 そしてファミリーネームのハッピーニューイヤーは、忘れられた時代の呪文の言葉だったらしい。

 しかも、それは人を呪う言葉ではなかったそうだ。

 意味はもうわからなくなってしまったが、楽しくて、希望に満ちた言葉だったらしいとオババは言ってた。

 だから僕は、この名前が嫌いではない。

 

 金を出せ、服を脱げ、なんでガキが銃を、殺さないでくれ、死にたくねえ。

 

 そんな言葉は聞き飽きた。

 この街で言葉なんてのは欲望のままに要求を告げ、イエスかノーかを聞いて略奪か殺し合いのどちらかが始まる合図でしかない。

 

 希望に満ちた何か。

 そんなものがあるのなら、父さんが死んだこの街に、いつまでもいる必要はないだろう。

 

 毎日、酒と女を買えるだけの金を調達するのが僕の仕事だった。

 でも父さんはゆうべ、酒場でミルクレイプ・チェインソウに頭をカチ割られて死んだ。僕は酒を飲まないし、女も買わない。精通はしてるけど、女は臭いから嫌いだ。だからもう、小金を持っている人間が街から出るのを尾けて、物陰から銃で撃って有り金をいただく必要がない。

 

 僕は、ハッピーニューイヤーの意味を探しに行こうと思う。

 

「あはぁ~、ジョン。荷物なんかぁ背負って~、ドコ行くの?」

「東」

 

 フラワー姉ちゃんは訊ねたくせに返事を聞いてはいない。僕なんか最初からいなかったとでも言うように、濁った眼で虚空を眺めながらスースーが入った缶をまた咥えた。

 スースーは、パンより安い。

 パンを食べても次の日にはまたお腹が減ってしまうが、スースーなら巧くやれば2日はすべてを忘れていられるのだそうだ。

 この街で割り当てられた仕事をしてさえいれば、日に一度の水と食事は支給される。僕は気にならないけど、普通はそれだけでは、喉の渇きも空腹もガマン出来はしないらしい。

 だから雀の涙の給料でブルースの部下が売る、バカみたいに高い水と食料を買う人も多い。買えないのならそれより安いスースーを吸って、すべてを忘れて次の夜明けを待つだけだ。

 

「アンおばさんには、いつも優しくしてもらってた。フラワー姉ちゃん、スースーは程々にしなよ? 元気で」

「アン? あんあんうっせえクソババア!? ……あんのババアのせいで~、アタシは毎日毎日ぃ、舐めたくもねえ汚えケツをさあぁ!」

 

 安定して会話ができる住人など、この街にはほとんどいない。

 貧乏ならスースーを。中流ぐらいなら酒を。金持ちならクスリを四六時中、朝から晩まで貪るようにやるくらいしか楽しみがないからだ。

 

 割れたガラスを踏みながら、街の外へと向かう。

 ここから東にはなぜか住民が数年で死んでしまう街があり、西にはシー、海とかいう大きな水たまりと、とても大きな街があるらしい。そこには賢者とかいうオババよりも物識りな人間がいるらしいので、まずはその街でまだ知らない文字を習うつもりだ。

 辿り着けたら、だが。

 

「お、リトル・Bじゃねえか。親父さんは残念だったな」

「その呼び方も、今日で終わり。東で静かに暮らすよ」

「だから、一張羅に大荷物なのか。まあ、子供ならアナグラ暮らしの方がいいのかもなあ」

 

 東は他の地域よりなぜか野生動物が大きかったり、家畜も何本か足が多いのが産まれたりしてくれるので、平和と安寧を求める人間達はそこに穴を掘って集落を作って暮らしている。

 なぜか住民が数年で死んでしまう鉄とコンクリートの大きな街にあまり近づかなければ、地面に掘った穴で充分に暮らしてゆけるのだ。

 だから見張りの男、チューインガムも、僕が東に向かったと他の連中に言ってくれるだろう。

 

「じゃ、また近いうちに買い物にでも来るよ」

「気をつけてな。リトル・Bが警備や狩りに手を貸してくれるなら、どこの集落も喜んで迎え入れてくれるはずだ。頑張れよ」

「うん」

 

 永遠に、サヨナラだ。

 

 荒野を東へ。

 街の入り口から僕の姿が見えなくなっても、すぐに西に向かうのは危険だろう。北に進路を変えながら、僕はシャツで隠した銃のグリップを握って気持ちを落ち着かせた。

 

 銃は貴重品だ。

 街のチンピラ程度じゃ僕の銃の事を知らないが、街のソルジャーを束ねる男。ボスと呼ばれるブルースは、僕のリトル・Bというニックネームの名付け親でもある。

 どこかで、この銃を奪うために仕掛けてくるはずだ。

 

「来たか……」

 

 もちろん、まだ街からそんなに離れてはいない。

 来たのはブルースでも、その部下のミルクレイプ・チェインソウでもなく、焼け爛れた肌を持つバケモノだ。

 灼かれしモノ。

 人型であったり動物型であったりするソレは、食欲に突き動かされるだけの何の役にも立たない人類の敵。

 襲われたからと苦労して返り討ちにしても、人型ならたまにかろうじて残っているポケットなんかに何も入っていなければタダ働き。

 動物型ともなれば実入りなんて皆無。なにせ肉は腐ってしまっているのだから、食えるはずもない。

 

「おああ、ああ……」

 

 両手を水平に伸ばして僕に向かってくる灼かれしモノは、丈夫そうなズボンを穿いていた。

 こんな個体は極稀にではあるが銃弾なんかをポケットに入れていたりするので、逃げるという選択肢はない。

 荷物と一緒に背負っている鉄パイプを抜き、僕は灼かれしモノに歩み寄る。

 

「えーっと、成仏して下さい。それと、ポケットに良い物が入ってますようにっ!」

 

 フルスイング。

 ぐちゃっ、と嫌な音を立てて、灼かれしモノは崩れ落ちた。

 

「さーって。何が出るかなー何が出るかなー」

 

 鉄パイプを地べたに置いて腰の後ろのナイフを手に取り、灼かれしモノのズボンを切り裂く。

 

 コロンッ。

 

 そんな感じで出て来たのは、僕の拳銃には入りそうもない大きな銃弾。

 

「はぁ。ツイてるんだか、ツイてないんだか……」

 

 特徴的なこの銃弾は、両手で保持して撃たなければ怪我をしてしまうくらいの、大きな銃の弾だ。オババの家の書物で見た事がある。たしかその銃の名は、シャッガン。

 いつか手に入れたなら、忘れられた時代の廃墟を漁るのに役立つだろう。

 

 廃墟には灼かれしモノだけではなく、もっと恐ろしい『新しきモノ』達も闊歩する。奴らは人間のシルエットすら捨てたバケモノとしか言えない姿で、様々な種類がいるのだ。中には、銃を使う種類もいるらしい。その特徴は、どれもがしぶとく、人肉を好んで食す。

 銃が貴重品なのは、銃がある廃墟には必ずと言っていいほど新しきモノが住んでいるからだ。

 

「……行こう。ディリンケン・パスを越えられれば、もう追っ手は来ない」

 

 独り言を呟いて歩き出す。ここから、進路は西だ。

 厚底のブーツで、一歩一歩。

 鉄パイプは、杖代わりに使う事にした。

 道は、街から離れるほどに悪くなる。とりあえず見えている丘のような小山を越えて、どこからか僕を見ているはずの追っ手から身を隠したい。

 これまでの外出経験と噂話を総合すると、水場はディリンケン・パスを越えないとないはずだ。

 最近やっとサイズが合うようになった父さんのコンバットスーツの袖で汗を拭い、今はただ先を急ぐ。

 

 日が暮れても歩き続け、ついに岩より鉄の多い景色が目に入った。左手に持つフラッシュ・ライトに照らされているのは、クルマやセンシャの残骸。

 この丘を越えれば、触れただけで死んでしまう柵の外に出られるらしい。

 

 海を見れる!

 言葉を習える!

 

 そんな喜びに支配された僕は、フラッシュ・ライトと鉄パイプを持ったまま駈け出した。

 

「があああっ!」

 

 灼かれしモノ。

 それも、かなり活きの良いヤツだ。

 僕の顔を狙って振られた腕を掻い潜りながら、鉄パイプで横っ腹を突く。

 

「くっそ、動きの速いヤツはやっぱり硬い。かと言って銃を使えば、他の灼かれしモノも寄ってくる。……なら、こうだっ!」

 

 僕は灼かれしモノに背を向け、一目散に逃げ出した。

 クルマの残骸が散乱しているので、ディリンケン・パスは迷路のようになっている。

 外の噂はいろいろあるけど、ここの灼かれしモノに襲われて命を落とす人間がほとんどなので、噂が本当なのかはわからない。

 水場が多いとか、廃墟より新しきモノが多いとかはよく聞く。

 僕が面白いと思ったのは、外には銃どころか、動くクルマまであるという噂だ。

 

「ああもう、出口はどこなのさ。破れてるフェンスなんてないじゃないかっ!」

「向こうにあったわよ、少年」

「えっ」

 

 思わず足を止める。

 フェンスの向こうには、見た事もない服を着た女の人が立っていた。

 若い。

 そして、信じられないほどに身綺麗だ。

 テカっていないし、ボサボサでもない長い黒髪なんて、生れて初めて見た。

 女の人がいるのは、触れただけで死んでしまう柵の外。

 向こうには、こんなキレイな人達が住んでいるのか。

 

「えっと、誰で」

「危ないっ!」

 

 鉄パイプは、反射的に捨てていた。

 バックステップ。

 飛び退きながら、ズボンの中に銃口を入れてシャツで隠していた銃を抜く。

 

「成仏!」

 

 して下さい、までは言えなかった。

 灼かれしモノが仰け反る。

 僕の撃った弾が、顔面に命中したからだ。さらに銃爪を引く。

 やはり、活きがいいだけあって硬い。

 バン、バン、バンと3発も撃って、やっと灼かれしモノは地に崩れ落ちた。

 

「美形ショタっ子の股間からベレッタが出てくるとか、コレなんてエロゲ?」

「しょ?」

「おほん。なんでもないのよ、少年。それよりフェンスの切れ目は、もう少し向こうなの。頑張って向かって。お姉さんも、急いでそっちに向かうから」

「ダメッ!」

 

 僕の大声に、女の人は酷く驚いたようだ。

 少しだけ哀しそうに眉を下げている。

 

「キレイなお姉さんは嫌いなのかな?」

「銃声で灼かれしモノが集まる。だから、反対の方向に逃げてっ!」

「いや、だって。……あ、ちょっとっ!?」

 

 バンッ!

 

 イヌ型の灼かれしモノを撃ち、僕は返事を聞かずに走り出す。

 女の人が指差したのは、北だった。

 クルマの残骸の中には触れると死んでしまう物もあるので、気軽に乗り越えたりは出来ない。東や西に進路を変えながらも、最終的に少しでも北へ進める道を選んで走り続ける。

 

 進路上にいる灼かれしモノは、銃で倒すしかない。

 後ろから聞こえる足音は、気にしない事にした。活きの良いのが、何匹かいるらしいからだ。

 足を止めれば、囲まれて死ぬ。

 

 パンッ!

 

 また人型。

 でも今度は柔らかいヤツで助かった。

 柵。フェンスとかいうらしい。。

 やはり、穴は開いていない。空まで届きそうな高さの、触れただけで死んでしまうフェンス。どこにも穴なんてないじゃないか。

 

「死んで、たまるかっ!」

 

 走る。

 センシャの残骸が多くなってきた。

 大きな箱のようなクルマも多い。何人が乗れるクルマだったのだろう。いや、その形状は、まるで何かを閉じ込めるための物のようだ。

 ここで大昔、何かがあった。それは間違いないだろう。

 

「あれかっ!」

 

 全力で走りながら大きな箱のようなクルマの残骸を迂回した先には、たしかに破れたフェンスが見えた。

 

「なん、で……」

 

 破れたフェンスの前は、丸い広場のようになっている。

 その中央に、贅沢なほど大きな焚き火。木材が貴重な僕達の街では、こんな大きさの焚き火なんて厳冬期にだって滅多にお目にかかれない。

 そして外に出るための穴の前には、ミルクレイプ・チェインソウとその部下が約10人。

 

「遅かっだなぁ、りどるびーぢゃんよぉ。おでぁ待ちくたびれて、部下のケツを何回掘ったかわっかんねえだぁ」

 

 素早くマガジンを交換して、ミルクレイプ・チェインソウを睨みつける。

 いつかケツを掘ってやると醜い笑顔で宣言されたのは、僕がまだ6歳の頃だ。コイツの仄暗く濁った目で見られると、僕はいつも吐き気を催す。

 

「銃に勝てると思ってんの?」

「んだぁ」

「ついにアタマにまで性病が回ったか。部下の皆さん、性病の特効薬が荷物に入ってるんだ。忘れられた時代の抗生物質。極上品だよ。いらない?」

「そりゃありがてえ。いただくよ」

「じゃ、その醜く太った肉団子に、みんなで一斉に襲いかかってさ」

「オマエさんを殺した後でなあ、リトル・B!」

 

 勝ち誇った表情でミルクレイプ・チェインソウの部下がポケットから出したのは、僕のとは違う形の拳銃だった。

 

「やっぱ持たされてたか……」

「ブルース様が、銃と荷物をすべて渡したなら逃してやってもいいとおっしゃってたぜ。オマエは年の割りに賢いからな。どうしたら良いかはわかってるんだろう?」

「わかってるよ、もちろん」

「なら、じゅっ」

 

 パンッ!

 

 男の眼球を撃ち抜き、背後に転がる。

 そのまま、男達とは逆へ駆け出した。

 背の低いクルマと、鉄の箱のようなクルマの残骸。

 低い方の上に飛び乗ると同時に、僕を追っていた灼かれしモノ達が広場に雪崩れ込んだ。

 最初の賭けには勝った。

 次の鉄の箱のようなクルマの残骸。それに触れても死ななければ、ここを切り抜けられる可能性も出てくる。

 

「ジーザス!」

 

 

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