アポカリプスの庭で 血涙の天使   作:ふくふくろう

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出会い

 

 

 

 跳んだ。

 鉄の箱のようなクルマの屋根に手がかかる。

 それなのに、死んでない。

 賭けは、僕の勝ちだ。

 

 ジーザス。

 それは祈りの言葉。神様なんて信じてないけど、効果があるならいくらでも祈ってやる。

 斜めになっている屋根に身を伏せ、銃声の響く広場を覗き込んだ。

 

 ミルクレイプ・チェインソウとその部下は、隊列をしっかりと組んで後退している。どうやら、フェンスの外に出て灼かれしモノ達を始末するつもりのようだ。

 部下が何か言ったに違いない。

 バカなミルクレイプ・チェインソウだけなら、広場で灼かれしモノを迎え撃って死んでくれただろうに。

 

「向こうは銃を撃つのに慣れてない。ここに身を隠して、1人ずつ殺れば……」

 

 そういえば連中はフェンスの外に出たが、あの女の人は大丈夫だろうか。

 ずいぶんと清潔そうな服を着ていた。あれではヤツラに見つかったら、身ぐるみを剥がされてしまう。もちろん、それだけではない。しばらく嫌な思いをするし、最悪の場合は殺される。

 

「聞こえるのは怒声と銃撃の音。灼かれしモノの吠える声も聞こえるな。女の人の悲鳴はない。……大丈夫、か」

 

 マガジンを抜いて、ポケットの弾を補充する。

 拳銃のマガジンは2つしかない。それでも、大切な僕の命綱だ。

 銃があっても、弾がなければ鈍器にしかならない。さっきまで銃に入れていた方のマガジンに弾を詰めながら、外への出口を見遣る。

 灼かれしモノ達は僕に見向きもせず、フェンスの向こうに行ってくれたようだ。ヤツラを何人減らしてくれるだろう。

 

 背負っている大きなザックをクルマの屋根に下ろし、この場を切り抜けるためのとっておきを探す。焚き火の明かりがあるので、フラッシュ・ライトは消してザックにしまった。

 

 急げ、急げ!

 

 気だけが逸る。

 

「……あった!」

 

 カーキ色の、小さな箱。

 父さんはこれの使い方を知っていたので、ブルースに食料と水を毎日支給されていた。アル中になるまでは、上等な酒も。

 

 酒がなくては生きられないようになってから理由をつけて食料と水だけを支給したのだから、やはりブルースは人の使い方を心得ている。真似る気なんてないが、そんなやり方を学ばせてくれたのだから、また会えたら礼をしてやってもいい。

 くれてやるのは、もちろん鉛弾だ。

 箱の上部に小さな信管を差して、屋根から飛び降りる。

 頼りないほど細い足を出し、F面を出口に向けて地面に設置した。この方向を間違えると、とんでもない事になる。

 

 パンッ! チュンッ!

 

 元の位置に戻ろうと低い方のクルマの屋根によじ登った所で、銃撃が来た。

 

「危なっ!」

 

 大急ぎでザックを置いてある屋根に戻る。

 銃撃は、破れたフェンスの向こうからだった。ここならば、銃撃は届かない。

 そう安堵した瞬間、ミルクレイプ・チェインソウの腰巾着が顔を出す。

 

「外したら殺される、それが銃って武器なんだよっ!」

 

 バンッ!

 

 僕の撃った弾は、もう一度僕を狙おうとフェンスの向こうから顔を出した腰巾着の眉間を、正確に撃ち抜いた。

 

「どうした、かかって来いよ玉なし共!」

「うるせえっ、Cが見えてんのに誰が行くかよ!」

 

 C。

 僕が設置したとっておきは、そう呼ばれている。

 Cの力で、ブルースは彼に逆らう勢力を殺し尽くした。殺ったのは父さんと、まだ小さかった僕だが。

 使い方は知らなくても、ブルースの部下ならその威力は知っているか。

 

「膠着、って言うんだっけ。こんな状況……」

 

 水も食料も、持てるだけ持って来ている。

 だが、あちらの近くには水場があるはずだ。機械で作られた物じゃない、天然の水。どんな味がするのだろう。

 Cを撃とうとしたのか、また1人の男が顔を出す。

 

 バンッ!

 

 いくらCがジャマでも、今のは不用意に顔を出し過ぎだ。

 男の倒れる音が僕の耳に届く。

 この辺りの灼かれしモノは、フェンスの向こうですべて倒されてしまったらしい。

 やけに静かだ。

 

 あと、何人いる。フェンスの破れている場所にはクルマやセンシャの残骸が多くて、ミルクレイプ・チェインソウ達の姿は見えない。

 だがそのおかげで、ヤツラがCを撃つには僕の射線に入らないといけないのだ。

 

「朝までに終わるといいけど」

「じゃあ、終わらせましょうか」

「っ!」

 

 声のした方向に銃口を向ける。

 あの女の人だ。

 僕と同じく伏せるようにして、フェンスの破れた場所を覗き込んでいる。

 どうしてスカートなんだろう。しかも短い。焚き火の明かりが届いているのは顔の辺りまでだというのに、闇の中に足が見えている。それほど、白い肌なのか。

 

「敵じゃないわよ?」

「……味方って保証もない」

「だから殺すの? 優しそうな顔立ちをしてるのになんか険があると思ったら、ヤサグレた生き方をしてきたのかな」

「生き方は、生まれ方だ」

「あらあら。檻の中はそんな感じなのね」

「檻?」

 

 皮肉だろうか。

 人を襲う家畜は子供の時に捕らえて檻に入れ、残飯を与えて育ててから外に出さずに槍や剣で突き殺して解体する。

 ブルースに逆らう人間も、見せしめで檻に入れられたりしていた。

 その檻に、僕がいたとでも言いたいのか。

 

「もうかなり昔の話だから伝わってないか。あのフェンスはね、お姉さんの故郷がすっぽり入ってしまうほど大きな地域を、丸ごと囲んだ檻なの。大昔のこの国で、バイオテロっていうのがあってね。核まで使っても生物兵器になってしまった人々を殲滅できないから、高圧電流の流れるフェンスを張って多くの無事な人間ごと閉じ込めたのよ。言ってる意味、わかる?」

「……ほとんどわからない」

「でしょうね。まあ、そんな事をしても感染を止められるはずなんてなくってね。今じゃ外の世界も、檻の中と同じ。いえ、もっと酷いって話よ」

 

 さっぱりわからないので、黙って出口を見張る。

 敵ではないというのは、本当なのかもしれない。この女の人は腰に拳銃を装備しているが、それを僕に向けようとはしないのだ。

 

「それより、他に出口があるなら教えて欲しい」

「ああ、ないわよ?」

 

 自分は、あそこから入って来たとでもいうのか。

 ここで嘘。

 やはり敵。なら……

 

「待ちなさいって、少年。お姉さんがあそこから入って来たのは本当なのよ。ほら」

 

 女の人が消える。

 なんだ、この人はもしかして人間じゃないのか。

 

「なん、で……」

「光学迷彩。それも、特別製のね」

「声がする場所は変わってない。なのに、姿を消せるなんて」

「見えなくなってるだけだけどね。触ってみたら? そしたら信じてもらえるわ。さあ、どうぞ」

 

 おそるおそる手を伸ばす。

 出口と女の人がいた辺りを見ながらだ。

 ムニュッとした感触。

 

「あんっ」

「柔らかい」

「そ、そっちに驚くんだ。少年、お母さんは?」

「顔も知らない」

「……そうなの。家族は、いないのかな?」

 

 手を握られる感触。

 その手も酷く柔らかく、そして暖かい。

 

「父さんが死んだから、街を出た」

「どこに行くつもりだったの?」

「西。シーがあって、大きな街に賢者がいる。そこなら、わかるかもしれない」

「何がわかるの?」

「ハッピーニューイヤーの意味。僕の名前は、ジョン・ハッピーニューイヤー。ハッピーニューイヤーの意味を探しに、僕は街を出た」

 

 女の人が姿を現す。

 手を握ったまま、まっすぐに僕の目を見ていた。

 

「君は運がいいわよ、ジョン」

「え?」

「半年」

「……意味がわからない」

「ジョンが私と来れば、半年後にハッピーニューイヤーの意味を知るわ。どう、一緒に来る?」

「半年、飲ませればいいのか?」

「飲ませる? 何を?」

「僕くらいの歳の男の精液は小腹を満たすのにちょうどいいから、飲ませろってよく言われた」

「ええっ!」

 

 女の人は顔を真っ赤にして目を伏せてしまう。

 僕は、なにか変な事を言ってしまったのだろうか。

 

「外って言うのかな。そこじゃ飲ませろって言う人はいないの?」

「ど、どうだろう。……ちなみに、ジョンは飲ませたり」

「そんな事をさせてやる必要はなかった。だからあまり家から出なかったし」

「仕事はしてなかったのね。まあ、見たところまだ中学生くらいだしね」

「仕事ならしてた。父さんが目をつけた人間を尾行して、街の外で殺して金品を奪う。運がいいと月に1人殺れば、他に仕事をしなくてもお金は足りた」

「……ヘビー級の過去をさらっと話すのね、ジョン。これからも、そうやって暮らしていくつもり?」

「まさか。銃には弾が必要だから、廃墟を漁る。もう、父さんが見つけたこの拳銃の弾は残り少ないんだ。そして、そこで見つけた自分に必要のない物をどこかの街で売れば、たぶん生きていけるはず」

 

 僕の言葉に、女の人は笑顔を浮かべて頷いた。

 

「なら、もう一度訊こうかな。お姉さんと一緒に来る? お姉さんの仕事も、スカベンジャー・ハントなんだ。助け合えば生き残る確率は跳ね上がるし、持ち帰る品もそれだけ多くなるわ。飲ませろとか言わないし、良かったらどうかな?」

 

 外では廃墟に入って忘れられた時代の遺物を手に入れる行為を、スカベンジャー・ハントと呼ぶのか。

 悪くない話だけど、それはこの女の人が裏切らないならばだ。

 

「ああ、お姉さんが君を騙す心配ならしなくていいわよ。スカベンジャー・ハントで得た物は公平に分けるけど、今のジョンが持っているのはその拳銃と下の対人地雷だけでしょ。言っちゃ悪いけど、お姉さんの光学迷彩セーラー服や武器と比べたら、まるで価値がない。奪う気なんてないわ」

「……なら、どうして僕を誘ったの?」

「悪者に殺されかけている人を見過ごしたら、お姉さんも悪者と同じじゃない」

 

 おどけたように言っているが、その言葉に嘘はない。

 この女の人の目を見ていると、なぜかそう思えた。

 

「……わかった。ここを切り抜ける事が出来たら、僕はあなたと行く」

「嬉しいわ、ジョン。それとお姉さんはアキという名前よ」

「アキ。覚えた」

「うんうん。それじゃ、始めましょうか。ああ、対人地雷はもったいないから使わなくていいわよ。信管を抜けば、また使えるでしょ」

「どうして使い方を」

「広く浅くのオタクを舐めちゃいけないわよ。そのくらいは知ってるの。よいしょっと」

 

 女の人、アキが肩から下げている箱を操作する。

 

 ザザッ、ザッ。

 

 そんな音が箱から出ると、アキはそれに口元を寄せた。

 

「交渉成立。仲間が増えるわよ。ジャニスからぶちかましちゃって!」

 

 他にも仲間がいたのか。

 一緒に行くと言ったのは事実だけど、その仲間が気に入らなければ、アキ達とは別れて西を目指そう。

 そう思うと同時に、とんでもなく大きな音がした。

 

「なにっ!?」

「爆発音よ、RPGのね。クレイモアを使えるなら、驚くほどの音でもないでしょ。撃ち漏らしはカレン、頼んだわよ?」

 

 また爆発。

 いや、これは銃声だ。

 

「こっちは大きな銃なのか……」

「よくわかるわね、ジョン。これは、スナイパーライフルの音」

「スナイパーライフル?」

「遠くから敵を撃つ銃よ。さっきのRPGっていうのは、こんな車両なんかを壊すための武器」

 

 アキがコンコンとクルマの屋根を軽く叩く。

 

「外には、そんなのが……」

 

 ザザッ。

 

 その音にアキが眉を寄せる。

 と同時に、女の人の怒鳴り声が聞こえた。

 

「1人しぶといのがそっち行ったぞ、アキ!」

 

 ザーッ。

 

「射線が切れた。狙撃不可能。まあ、アキなら平気」

 

 また女の人の声。

 

「じゃあ、ちょっと片付けてくるわね。ジョンは出発する準備を」

「ミルクレイプ・チェインソウは、父さんを殺したヤク中。しぶといのって言ってたから、ヤツだと思う。僕が殺らなきゃ」

「……危なくなったら、お姉さんがソイツを殺すわよ? あなたは、ジョンはもうあたし達の仲間なんだから」

 

 頷く。

 立ち上がって、背の低いクルマの残骸の屋根に下りた。

 

 ミルクレイプ・チェインソウ。

 

 禿頭やぶくぶく太った体のあちこちから血を流し、片足を引きずっている。

 それでも油断は出来ないし、する気もない。

 睨み合う。

 

「り、りどるびー!」

「ミルクレイプ・チェインソウ!」

 

 

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