「ジョン、晩メシだぞ。起きられるか? ああもう、ホルスターも外さねえで寝るなんて。よっぽど疲れてたんだな」
「ジャニス?」
「そうだよ。起きられそうか? ムリなら寝てていい」
「……ゴハンは食べる」
「ならここに持って来てやる。それまで寝てろ」
ありがとうを言う前に足音が響き、ドアの閉まる音が聞こえた。
うつ伏せのまま寝てしまっていたので、寝返りをうって枕にぼーっとしたままの頭を載せる。
「なんだろ、頭が重い。体が熱い。また血の涙、出てないよね……」
コンバットスーツの袖で目頭を擦ってみるが、血は付いていなかった。
目の上に腕を置き、何も考えずにご飯を待つ。
「持って来たぞ。はあっ、そのままかよ。まずは着替えだな。ホルスターから外すぞ」
「自分で、やる」
「いいからそのまま寝てろ。なんなら隅から隅まで、濡れタオルで拭いてやるぞ。にしし」
「お願いしたいかも」
「……重症だな、これは」
ホルスターが外されていく。
最後にベレッタが体から離れた瞬間、僕は飛び起きた。
「な、なんだっ!?」
ベレッタをホルスターごとひったくる。
ジャニス。
胸の大きな美人。いつも肩と胸元が丸出しの薄着なので、胸が特に目立つ。
その胸に触れたいと、なぜか強く思った。
「ど、どうしたジョン」
「……ねえ、胸に触ってもいい?」
「はあっ!? な、何だいきなり。って、うおっ!」
ジャニスが見ているのは僕のズボン。それも股間だ。
精通は済んでいるのでたまに大きくはなるが、こんなに痛いほど膨張したのは初めてかもしれない。
「ああ、だからジャニスの胸が気になったのか。僕」
「あ、い、やや。じゃ、じゃあメシはここな。じゃあ、そういう事で!」
「どういう事なの。って、もう行っちゃった。……ダルいけど、体がゴハンを欲しがってる。食べなきゃ」
ベッドの隅に置かれたトレーには、炊いたライスを煮たオカユとミソスープ。それにいくつかのおかずが並んでいた。
股間が痛いけど、ズボンを脱いでて誰かが来たら気まずい。
位置を調整してからいただきますをして、ゆっくりと食事を始める。
「なんで収まんないんだろ。それにジャニスの胸とアキのお尻、カレンの唇が目に浮かぶや。……なんで唇?」
なぜだろうと考えているうちに食器はすべて空になり、僕はタバコに火を点けた。
初めて廃墟を探索した夜に飲んだお酒が飲みたい。
そして……
「ええーっ!?」
ティファニーまで含めた4人の裸を想像している自分に驚き、思わず大声で叫んでしまった。
屋根から足音。
マズイと思って僕が取った行動は寝たフリ。アキの言う狸寝入り。急いでタバコを消してベレッタを抱きしめ、出来るだけ自然に寝ている人間を真似る。
「大丈夫っ! って、寝ちゃってるじゃない。嫌な夢でも観て叫んだのかしら」
せめて、股間が収まるまで1人にして!
そう強く念じながら目を閉じる。
アキが出て行ってもそうしていると、僕はいつの間にかまた眠っていたらしい。
ドアの開く音で目が覚める。
いや、まだ僕は寝ているのかもしれない。
それでもアキ達の小声のやりとりは聞こえるし、服を脱いだりそれをベッドに置く音も聞こえている。
起きようと思えば起きられるけど、体はまだ眠っている状態。
これはまた便利な事を覚えたなあと、心の中で苦笑する。
「強化、ねえ」
「まだわかんないって、ティファニーが言ってたでしょ」
「でも悪意に反応したのは事実。そして敵がいないとなると、ジャニスの脂肪なんかで」
「それが眉唾なのよ。ナノマシンなんかはまだわかるわ。それで食欲や性欲を抑えたり、反対に安全な場所ではストレス解消のためにそれを増幅させたりも、まあなんとかね。タバコを好むのに息が切れないのも、そのおかげなんでしょ。でも、悪意に反応って何なのよ。まるでアニメの主人公じゃないの!」
「うるせえって、アキ。ジョンが起きちまうだろ」
「う、ゴメン」
アキの言っている意味は、僕にはほとんど理解できない。
大切な事なら、起こして話してくれるだろう。
でもそれをしないのだから、まだ寝てていいはずだ。
意識を保ったまま、僕は眠り続ける。
「ジョンも寝てるし、今日はタオルで体を拭くだけにしましょうか」
「だな。明日からティファニーが武器を修理してる間、地下鉄の偵察に行くんだろ。タフなスカベンジャー・ハントになりそうだから、早く休まねえと」
「いってらっしゃい。ジョンの世話はカレンお姉ちゃんがする。下の処理も」
「抜け駆けしたらパーティーから追い出すわよ、カレン」
アキの声には真剣さが滲んでいる。
「だな。それとティファニーにも要注意だ。こないだ言ってたが、下だけじゃなく口も使えるらしいぜ。まあ、胸はねえけどよ。ジョンはおっぱいが好きみてえだからなあ、むふふ」
カレンとティファニーの唇。
ジャニスの大きな胸。
次に瞼の裏に浮かんだのは、いつか見たクマさんパンツに包まれたアキのお尻だった。
「そんなんでリードしたつもりになるな、泣き虫ジャニス」
「んだと、嫌われ者のガキ大将が!」
「はいはいそこまで。やめなさい、まったく」
「と言いながらエロい下着を穿くんじゃねえよ、アキ」
「……だって、ねえ?」
「まあ、シカゴで死ぬ前に押し倒して欲しいって気持ちは、みんなおんなじなんだろうなあ」
「でもジョンだけは」
「そうね、カレンの言う通りよ。見た事もない西海岸のために、ジョンが死んでいいはずがないわ。いざとなれば、なんとしてもジョンだけは逃がすわよ」
「だな」
「うん」
僕がアキ達を置いて逃げたりするはずがない。
起きてそう宣言しようかとも思ったけど、アキが体を拭きに、カレンが洗濯をしに行ったらしいのでやめておいた。
残ったジャニスがベッドに上がり、僕に近づいてくる。
軋むベッドの音。
僕の額に柔らかい何かが触れたのを感じると、ジャニスは小さく笑った。
「アキもカレンも、だよなあ。特等席のベッドを譲られたのか。……はあっ。む、胸に触っていいかだなんて、まったくコイツは」
ごめんなさい。
心の中で謝ると、ジャニスは切なげな吐息を漏らした。ジーンズのチャックを下ろす音がそれに続く。
ヤバイ。
普段なら気にもしないけど、今日はヤバイ!
意識を失え。気絶じゃなくて、深く眠るんだ。自分に言い聞かせているうちに、僕は眠りに落ちてゆくのを自覚して安堵した。
「……ふう。朝、か」
アキ達の寝息が聞こえる。起こさないようにベレッタだけ持って運転席へのドアを抜け、そのまま屋根に上がった。
テーブルいっぱいに部品を並べて、ティファニーがもう銃器の修理を始めている。
「朝から精が出るね、ティファニー」
「おはようっす。ちゃんと童貞は捨てたっすか、マスター?」
「まさか」
「やっぱりっすか。ダメなマスターっすねえ。3人は、命を捨ててでもオクトを殺る気なんすよ。男も知らないまま死にに行かせるつもりっすか?」
「3人は死なないよ。僕が守るもの」
「それでも人が死ぬのが、戦争っす」
「なにそれ?」
「大きな戦いっす。国と国が戦ったりする事っすよ」
なぜかはわからないけど、心のどこかが滾るような単語。
スペルを訊くと、ティファニーは僕の軍事用デバイスに指先を差し込んだ。スペルなら、テーブルに指で書くフリをすればいい。わざわざ転送したなら、これはムービーなのだろう。
インカムを着けて、それを再生する。
(戦争、それは人の性なのか……)
その声と共に、大きく文字が映される。簡単なスペルなので、忘れる事はなさそうだ。
次に映ったのは、コンバットスーツを着た若い男達。いや。少数だけど、女の人もいる。
彼等は偉そうな大男の号令で、一斉に動き始めた。
キビキビした動き。
音声は聞き取れるが、単語はわからないものが多い。
「ねえ、訓練って練習の事?」
「そうっすよ。最初のそれは陸軍の新兵訓練っす。次がジャングルの戦場に行った新兵の戦闘。次がジャングルの特殊部隊で、次からは市街戦をする特殊部隊や人質救出作戦っすね」
「なんか、勉強になりそう」
「……でしょうねっす」
タバコも吸わずにムービーを見続ける。
なぜ、この若い男は死んだのか。なぜこの時、土嚢の陰に身を伏せなかった。
そんな事を自分なりに考えながら、巻き戻しを繰り返したりしてムービーを見る。
「おはよう。ちょ、ちょっとティファニー! ジョンに何を見せてるのよ!」
「ああ、戦場に行った軍事ロボットが撮った映像っすよ。どこまで見たっすか、マスター?」
「戦闘車両と、アタックヘリコプター? ってので敵地に突入。今、目標を殺して離脱中のいいトコだから黙ってて」
「……ジョン」
僕が満足して顔を上げ、インカムを外すと、アキ達は朝食を作り終えてそれを食べている最中だった。
ティファニーは前の方にもテーブルを置いて、見張りをしながら修理をしている。
「あ、おはよう。えっと、昨日はゴメンね」
「もう体調は大丈夫なの?」
「うん。頭もぼーっとしてないし、平気だと思う」
「そう、良かったわ。でも念のために今日は、あまり動いたりしないようにね」
「わかった。アキ達は地下鉄の偵察だよね」
「ティファニーに聞いたのね。そうよ。向かいの大学に、ちょうど駅があるの」
「ジョンはティファニーとお留守番」
「カレンも行くんだ?」
「ええ。ティファニーはリミッター解除したおかげで、熟練兵士並みに動けるらしいの。武器もいいのをたくさん手に入れたから、任せてくれって」
「ふうん」
ティファニーなら、散歩くらいは自由にさせてくれるだろう。
運良くクリーチャーを見つけたら、ムービーで見た特殊部隊とやらの動きを真似てみるチャンスだ。
朝食が終わってしばらく休んでいると、まずアキが腰を上げた。気合が入った表情のジャニスと、いつもと同じ無表情のカレンがそれに続く。
「じゃあ、ティファニー。くれぐれもジョンを頼むわね?」
「任されたっす~」
「大人しく待ってんだぞ、ジョン。土産があれば好きなのやるから」
「お土産はカレンお姉ちゃんでいい?」
「そうだね。怪我をしないで帰ってくれるのが、何よりのお土産かな」
不満そうなカレンをアキが急かし、3人が屋根から車内に移動する。
やがて完全装備の3人がバスを降り、屋根に手を振りながら交差点の向こうに向かった。キャリアーを背負っているのはジャニスだけなので、やはり目的は探索ではなく偵察なのだろう。