アポカリプスの庭で 血涙の天使   作:ふくふくろう

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忘れられた時代の街

 

 

 

 2人で屋根から降りて僕がバイクに跨ると、アキはなぜか不安そうな表情になった。

 

「あ、もしかして僕の運転じゃ怖い?」

「そうじゃなくて、バイクに乗るのが初めてなのよ。ティファニーがミラーも付けたみたいだけど、スカートの中とか見えないわよね?」

 

 昨日たっぷり見せられましたとも言えないので、笑顔で大丈夫だと言っておく。

 なるべく安全運転はするけど足をタイヤに巻き込まれないようにだけ気をつけてと言うと、アキは真剣な顔で頷いてからリア・シートに乗った。

 

「それじゃ、行くよ?」

「お願いだから、ゆっくり走ってね。正直言うと、自転車ですら怖いのよ」

「はいはい。じゃあ、走りまーす」

 

 バイクなら、バスでは通れない大聖堂前の交差点も抜けられる。戦闘車両の残骸や土嚢を避けながら進み、とりあえず直進してみることにした。

 ノロノロ運転だが、直線に出ると僕のお腹に回されたアキの腕に力が入る。

 

(あら、銀行。ATMもあるわね。こんな時じゃなきゃ、お札をごっそりいただくのに)

(アキのインカムも問題なく使えるね。ATMって?)

(大昔、銀行に預けてるお金を機械で引き出してた物よ)

(そういえば西海岸じゃ、昔のお金をそのまま使ってるんだっけ。ならオクトを殺した後にお金を集めて回れば、僕達は大金持ちか)

(それがそうじゃないのよ。西海岸で使えるのは、管理局が使用を認めた登録貨幣だけ。こういう廃墟で見つけたお金を黙って使えば、犯罪になっちゃうのよ)

(なら、なんで持ち帰るのさ?)

(管理局のカウンターに持って行けば、西海岸で使えるお札と交換してくれるのよ。まあ、レートはボッタクリだけどね)

(ふーん。都会って面倒なんだなあ……)

 

 ポリタンクの入手は、こうして走っていればアキが場所の目星をつけてくれるだろう。帰りにそれを持ち帰って、装甲車が完成したら1人で出かけた時に見つけたガソリンスタンドにでも行けばそれでいい。

 今は、忘れられた時代に戦闘のあった場所を探すべきだ。それも、大規模な戦闘のあった場所を。

 

(スーパーマーケットだわ。お酒も置いてたみたいね)

(飲み過ぎなければ、楽しくていいんだけどね)

(やっぱりこっちもクルマの残骸は放置。空港前の道路は、アンドロイドを捨てに行くから片付けただけみたい)

(バスより大きな車両を使ってると厄介だねえ)

 

 ムービーには、バイクをぶつけたくらいじゃビクともしないんじゃないかと思える車両も映っていた。そんなのとやり合うなんて、考えたくもない。

 

(軍事用でもなきゃ、どうにでもなるわよ)

(へえ。ねえアキ、右にある派手な看板って何?)

(どれどれ。……ああ、あれは劇場の看板ね)

(劇場?)

(歌や踊り、お芝居なんかを楽しむ場所。西海岸にもあるわよ。裏通りの方だと下品なジョークを言うコメディアンとか、服を脱ぎながら踊る女の人も出てるらしいわ。だからジョンは、近づくのもダメ。右にあるビルの1階には、カーショップも入ってるわね)

(どれもこれも、街全体が宝の山だよねえ)

(私達がオクトを殺した後、シカゴのアンドロイド達が敵にならなければ、西海岸と取引なんかも出来るでしょう。アンドロイドと、人間。手を取り合えれば、いつかこの大陸は安心して暮らせる場所になるかもしれないわ)

 

 そんな日が来るなんて思えないけど、大昔の人達だって今の僕達の生活なんか想像もしなかっただろう。

 なにがあるかわからない。それが、ヒストリーというものなのかもしれない。

 

(そのためにも、オクトは殺さなきゃね)

(ええ。なにがなんでも、ね……)

 

 左前方のビル。

 その前に、大きなクルマが横倒しになっている。それでも、その横をバスが通れる道幅はあるので安心だ。

 

 その手前でバイクを止めると、アキは迷わずに降りた。

 ギアをニュートラルにしてスタンドを立て、エンジンをかけたまま僕もバイクを降りる。

 アサルトライフルは持って来ていないので、PDWを抜いた。

 

「バックアップお願い」

「任せて」

「その銃を使うのは初めてでしょ、平気?」

「……だ、大丈夫」

 

 アキが日本刀をいつでも抜ける構えで、ゆっくりと車両に近づく。夏の風に、クリーチャーの臭いは混ざっていない。

 それでも、動くものを即座に撃ち抜くつもりでそれに続く。アキはまず、クルマのトランクに手をかけた。上から下へ、ドアを開けるつもりらしい。

 銃口をトランクに向けながら、ビルや道路にも気を配る。

 

 鉄の軋む音。

 それから、鉄がアスファルトを叩く。

 

「……何もなさそうね。軍事車両みたいだから期待したのに」

「でもこのクルマが、ここまで何かを運んだのは事実だよ」

「荷台の左右はシートになってるわ。軍の部隊をここまで運んだのなら、目的はホテルね。お偉いさんでも来てて、その時にクリーチャーが街に溢れたのかしら」

「中を探すなら、バイクのエンジン止めとくよ?」

「地下鉄には、見た事もないヘビのクリーチャーがいたわ。軍事用ロボットは、外に出て来ないクリーチャーは放置してるみたいなのよ。かなり危険だから、ここは素通りしましょ。部隊を突入させて未帰還だったとしても、装備は室内戦用だし。アサルトライフルなんかは、もう充分あるわ」

「わかった」

 

 バイクに戻り、またのんびり走り出す。

 右を見ても左を見てもビル。圧迫感のせいでか、まるで2人の巨人に見下されているような気持ちになってくる。

 そのまま直進していると、前方に奇妙な細長い何かが見えて来た。

 

(アキ、なにあれ?)

(わからないわ。芸術作品か、あるいは何かの記念碑か)

(行ってみる?)

(進行方向だし、少し見てみましょうか)

 

 細長い何かに近づくと、てっぺんに人間の形をした物が見えた。

 

(上に人間の置物が載ってる)

(私にはまだ見えないわ。目がいいのねえ。それじゃ、何かの記念碑かもね)

 

 どうやら、僕達には関係のなさそうな物のようだ。

 少しがっかりしながら進むと、細長い記念碑という物の土台まで見えて来た。

 関係ないなんて、とんでもない間違いだったかもしれない。

 

(彫刻が見えたわ)

(アキ、その下)

(え?)

(土嚢が壁みたいに積まれてる。きっと、あそこでクリーチャーかアンドロイドを迎え撃ったんだよ。土嚢が崩れてないから、相手はクリーチャーかな)

 

 ビルが途切れた広く見晴らしの良い場所に、記念碑はある。

 相手が誰であれ、迎え撃つにはいい場所だ。しかもこの視界なら、ムービーで見たRPGやロケットランチャーも活躍できる。

 あの陣地がオクトの部下に漁られていないなら、それらがある可能性も高い。

 ウキウキした気持ちでバイクを停め、土嚢の壁に歩み寄った。

 

「崩して入っちゃうよ?」

「私がやるわ。射撃が苦手だから」

「わかった。そういえばアキ、力があるんだったねえ」

「ジョン、またビンタされたいならそう言いなさい?」

「理不尽な……」

「女の子に力があるなんて言うのは、罵倒してるのと一緒。覚えておきなさい」

「……はい」

 

 僕がPDWを構えると、アキが土嚢を崩し始める。

 まず見えたのは、記念碑の土台。

 そして土嚢のこちら側に落ちて転がった、人間のしゃれこうべだった。

 

「立てかけたアサルトライフルに、眼窩が引っかかってたみたいね」

「そんな状態で放置されてたって事は、最後の生き残りの人かな」

「そうかもね。偶然そんな体勢で死んだか、座り込んでアサルトライフルで自分の頭部を撃ったか」

「しゃれこうべの後頭部に穴が空いてる」

「そう。先に手を合わさせてもらうわね」

「うん」

 

 アキはしゃれこうべだけでなく、記念碑を囲んだ陣地にも手を合わせた。

 交代で僕も手を合わせ、崩れた土嚢に近づく。

 

「中はガイコツだらけよ。また具合が悪くなるといけないから、ジョンはここで待たない?」

「いや、なんでかはわかんないけど、ここは平気。嫌な感じがあまりしない。なんて言うかなあ。覚悟して戦って散ったんだろうから、逆に褒めてあげたい、みたいな?」

「……そう。この記念碑は、ソルジャーズ・アンド・セーラーズ・モニュメント。兵士達を称えるための碑よ」

「へえ、今の僕みたいにかあ。偶然なんだろうけど、なんか感慨深いね」

「偶然ならね」

「なにか言った?」

「いいえ。臭いはしないわね。狭い簡易陣地だし、隅々まで見ましょ」

「うん」

 

 中にはいくつものガイコツが転がっていた。それと、たった1匹分のクリーチャーらしきガイコツ。

 それを避けて歩くのだが、コンバットスーツの下に隠れていたらしい軍事用デバイスを踏んでしまった。もう部品取り用の予備もあるので地図表示機能が生きている貴重品でもなければ僕達には必要ないらしいが、悪い事をしてしまったような気分になる。

 

「ジョン、見てあれ」

「……やっぱりあったか、RPG。しかも10発くらいあるね」

「フェンスを出た夜は、RPGって何って言ってたのにね。ティファニーのムービー?」

「うん」

「ジョン、これだけは言っておくわ」

 

 アキが振り返って向き直り、今まで見たどんな表情よりも真剣な瞳で僕の目を見詰める。

 

「なにかな?」

 

 アキの汗が、整った顎先から落ちる。

 その小さな染みを見て、夏が嫌いになりそうな気がした。

 

「ジョンが戦えなくたって、戦わなくたって私達は仲間よ。いつまでも一緒。ジャニスとカレンも同意見。それだけは、忘れないで」

「ん。わかんないけどわかった」

「忘れなければそれでいいわ。RPGは、装甲車が完成したら取りに来ましょう」

「だね。こんなには運べない。でも、1発くらいは持って帰りたいな」

「じゃあ、私のアイテムボックスに入れておくわ。飲み物とお弁当以外は置いてきたから、1本なら入るはず」

「ありがと」

 

 RPGが置かれていた場所の対角線には、思った通りロケットランチャーもあった。

 他には、地雷や手榴弾がありがたい。

 

 すべて装甲車が完成してから取りに来る事にして、簡易陣地を出る。

 バイクに乗って次の交差点まで進むと右に大聖堂のような建物があったので、僕は思わず右折していた。

 

(アキ、左前方。大聖堂に似てない?)

(教会みたいね。土嚢も戦闘車両もなし。ちょうどいいから、あそこでお昼ごはんにしましょうか)

(うん。お弁当、なに?)

(悪いけど、またおむすびよ。具は違うけどね)

(やった。もしかして、中は焼きサハギン?)

(ええ)

(早く食べよう。もうここでいいから)

(あらあら。運良くオープンカフェのテーブルと椅子もあるし、そうしましょうか)

 

 パラソルの壊れたテーブルでおむすびを食べながら、午後の予定を話し合う。

 アキはこのまま郊外に向かい、簡易陣地を探すべきだと言った。欲しいのは、軍事用ロボットの残骸らしい。それがいくつかあればティファニーが修理して、僕達の戦力として使える。

 戦争になれば、軍事用ロボットは心強い味方だ。すぐに賛成して、最後のおむすびを飲み下す。

 僕が水筒を呷ると同時に、インカムから爆発音が聞こえた。

 

「な、何事なのっ!?」

(こちらティファニー。装甲車から軍事用ロボットが降りて、いきなりロケットをぶちかましてきたっす!)

 

 

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