アポカリプスの庭で 血涙の天使   作:ふくふくろう

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廃墟へ

 

 

 

 コーヒーを口に含んだだけで顔を顰めた僕を、ジャニスが指差して笑う。

 笑い事じゃない。

 まるで春先の山菜を、灰汁抜きもせず生で食べたような苦さ。

 僕達をを見ていたアキが苦笑しながら、白い粉をコーヒーに入れてスプーンでかき混ぜた。

 

「なに?」

「飲んでみて。気に入ると思うわ」

 

 半信半疑で、もう一度コーヒーを口に運ぶ。

 苦いだけじゃない。

 

「……これ、もしかして砂糖?」

「砂糖は知ってるのね。どう、それなら飲めるでしょ」

「うん。ありがと」

「飲みながらでいい。立て、ジョン」

 

 何をするのかわからないが、こんな熱い物を持ったままでは怖い。

 僕がカップを置いて立ち上がると、ジャニスは僕の腰に手を回してホルスターというのをベルトのように付けた。

 

「ソードオフは装弾数が少ないから、左の腰だ。抜かずにグリップを握って銃口を上げて、そのままトリガーを引く超近距離武器としても使えるからな。コミックのロボットの固定兵器みたいに。にしても、さすがはカレンだ。可動式で抜かずに撃てるホルスターを、たった数時間で縫い上げるなんて」

「私が絵に描いて説明しただけのゴスロリドレスを、数日で自作しちゃうくらいの腕だからね」

「次はハンドガン、ベレッタのホルスターだ」

「わかった」

 

 ホルスターとは、銃を入れておくポケットのような物らしい。

 ジャニスは僕の左脇に付けられたホルスターに拳銃を、腰のにはミルクレイプ・チェインソウのショットガンを入れた。

 

「銃の重さで血が止まったりはしてねえか?」

「大丈夫」

「使い方は、好きに工夫するといい」

「拳銃のはマガジンを2つ入れる場所がある。腰のベルトには、弾をそのまま入れる所が6つ。でも、弾は1発しかないや」

「待ってて。バスの保管金庫から取って来るわ」

「アキ、ホルスター追加。だから、32口径と弾も」

 

 そう言ってカレンは、ホルスターを屋根から放った。

 

「よっと。ナイスキャッチ、私。ジャニス、これもお願い」

「あいよ。ハンドガン2つに、2連式のソードオフ・ショットガンか。接近戦はさせたくねえんだがなあ」

「アサルトライフル。最低でもボルトアクションくらいあるといいわね、あの廃墟に」

 

 言いながらアキがバスに向かい、僕はジャニスの手を借りて右の脇の下にもホルスターを装備した。

 毎朝こんな事をするなんて、スカベンジャー・ハントって大変な仕事なんだな。

 

「32口径って、ジャニス?」

「あのデブちんの部下が持ってたハンドガンさ」

「貸してくれるのか。なんか悪いね」

「ジョン、アタシ達はパーティーだ。だから戦利品は公平に分ける。そのショットガンとアキが持って来る銃は、ジョンの取り分だよ。バスで迎えに行った時、死体から使える銃は剥ぎ取ったんだ」

「それだと、僕が取り過ぎでしょ。ショットガンは1つしかなかったんだし、ミルクレイプ・チェインソウだって、アキのおかげで殺せたんだ」

「いいんだよ。融通し合うのもパーティーだ。うちで一番装備が貧弱なのはジョンなんだから、黙ってもらっとけ」

「……もしかしてパーティーって、家族の事?」

 

 ジャニスが考え込む。

 

「そうね。家族と同じくらい大切なのがパーティーよ。だって1人でも欠ければ、それだけ生き残る確率が減るもの。この荒野ではね、人間なんて簡単に死んでしまうわ。だから私達は3人で助け合って、はるばる西海岸からここまで旅をしてきたの。ジョンとも、そうやって助け合えたら嬉しいわ」

「……頑張る」

 

 戻ってきて微笑みながら言ったアキに、そうとだけ答える。

 

 いつか好きな女が出来たら、何があっても守ってやれ。それが男だ。

 

 父さんはそう言っていた。

 僕は、アキ達が嫌いじゃない。臭くないから。

 だから、守ろう。

 

「そろそろテーブルを片付けて焚き火を消して、前進しましょうか。この辺りは、バスでの移動が楽でいいわよねえ」

「核は落ちてねえはずなのに、街が破壊されてっからな。当時、何があったんだか」

「大型のクリーチャーでも発生したんじゃない? ビルなんかより大っきいの」

「考えたくもないねえ。ジョン、椅子を畳んでバスに乗せてくれ。置き場所は座席の後ろだ」

「わかった」

 

 3人でテーブルや椅子をバスに積み込むと、天井の穴からカレンが下りて来た。

 

「クリーチャーの姿はない」

「やっぱり見張りをしてたんだね、カレン」

「カレンお姉ちゃん」

「はいはい。今度、僕にも見張りを教えてね。カレン」

「……かわいいのにかわいくない」

「そんじゃ、出発するよ」

「おけおけー」

 

 アキの陽気な返事を聞いたジャニスはエンジンというのを始動させて、ゆっくりとバスを進ませた。

 遺跡が近づいてくる。

 僕はこれからあそこに入って、忘れられた時代の物を手に入れるんだ。そう思うと、自然と手に力が入っていた。

 

「拳なんか握りしめちゃって。男の子ねえ、ジョン」

「ジャマだけはしないようにするよ」

「ジョンの射撃の腕なら、即戦力よ。頼りにしてるわ」

「だな。昨夜はその9ミリで、何人も即死させたそうじゃないか。廃墟にはすぐに慣れる。気負わずやりな」

「うん」

 

 バスは進み、だんだんと廃墟の状態が見えるようになっている。

 すべての窓は割れ、入口も中に入れないんじゃないかと思えるほどにグチャグチャだ。

 

「あんなんで、中に入れるの?」

「たぶんね。ダメなら、1階の窓から入ればいいだけよ」

「なるほど」

「あの感じじゃ、中はクリーチャーだらけだろうなあ。ここいらに暮らしてるはずのクリーチャーが、全部あそこで寝泊まりしてんじゃねえか?」

「かもね。市庁舎って書いてあるわ。クリーチャーが手強そうなら、玄関ホールだけ漁ってすぐに撤退しましょう」

「アキ、まさか字が読めるの?」

「英語は得意じゃないから、少しだけね。それがどうしたの?」

「僕は、忘れられた時代の文字を覚えたい」

「OK。辞書があるから、単語なら教えられるわ。文法は、期待しないでね」

「わかんないけどわかった」

 

 楽しみだ。

 廃墟に入るのも、文字を習うのも。

 ニヤけてしまいそうになる頬を手で隠していると、廃墟のだいぶ手前でバスは止まった。

 

「ここから歩き?」

「そうよ。もし逃げ帰るような事態になれば、カレンがバスの屋根からスナイパーライフルでサポートしてくれるわ」

「アキ、アタシの軽機関銃を出しといてくれよ。ないとは思うけどガソリンがあった時のために、ポリタンクとポンプを後ろから下ろしとく」

「了解。備蓄倉庫なんかまで漁れれば、ガソリンだってあるかもね」

 

 ドアが開いて、ジャニスが降りる。

 立ち上がったアキが開けたのは、バスの床だ。

 大きな銃、それに四角い金属製のカゴがそこから出される。

 

「これは?」

「軽機関銃と、キャリアー。廃墟の中にある物を入れるカゴよ。持ち帰って売らなきゃ、ゴハンが食べられないでしょ」

「なるほど。じゃあ、僕がそれを背負うよ」

「ベルトは調節できるけど、大丈夫? 今は軽いけど、帰りには重くなるわよ?」

「頑張る」

「……なら試してみましょうか。いらっしゃい」

 

 キャリアーというのを背負っても、銃を抜くのに支障はない。

 どれだけ重くなるのかはわからないが、これならなんとか運べそうだ。

 

「うん、大丈夫みたい」

「そう。重かったら言ってね。私もジャニスもそれなりにレベルが高いから、荷物運びは苦じゃないのよ」

 

 言いながらアキはあの声を届ける箱を2つ出し、片方をカレンに渡してもう1つを肩に下げた。

 

「あのキレイな剣は持たないの?」

「あるわよ、ほら」

 

 言った途端に、アキは剣を握っていた。

 姿を消せるんだから、そんな芸当が出来ても不思議じゃないのだろう。

 

「おうい、準備は出来たぞ。行こうぜー」

 

 ドアから顔を出してジャニスが言う。

 僕とアキがバスを降りるとドアが閉まり、屋根に出て来たカレンが長い銃を持ちながら手を振った。

 

「何かあったらすぐに呼んでね、カレン」

「もちろん。お土産はお酒がいい。ジョンを酔わせる」

「市庁舎に、お酒なんかないって。それに酔わせたからって、期待してる展開にはならないと思うわよ。じゃあ、いってきます」

「いてらー」

 

 アキが先頭で歩き出す。

 枠だけのキャリアーにポリタンクを2つも入れ、重そうな銃まで抱えたジャニスが最後尾のようだ。

 2人に挟まれて歩きながら、僕は沸き上がってきたツバを飲み込んだ。

 

「気楽にな、ジョン」

「そうよ。危なそうならすぐ撤退。これが、スカベンジャー・ハントの基本だからね。覚えておいて」

「うん」

 

 徐々に見えてくる入り口。

 その中には、ボロボロのクルマがあった。

 

「忘れられた時代の人達って、建物の中にクルマで入ってたの?」

「そういう建物もあるけど、あれは違うでしょ。逃げ遅れて中に入れてもらえなかった人が、バリケードに車で突っ込んだらしいわね」

「道連れか。どんな時代にも、迷惑なバカはいるんだなあ。クルマに乗ってたなら、素直に逃げろっての」

「見捨てられた人間って、自暴自棄になっちゃうのかもね。クルマは動きそうにないけど、ガソリンは取れそうじゃない。どれだけ年月が経っても気化しきってないから、ガソリンじゃないのかもだけど」

 

 クルマを動かすのに必要なのが、ガソリンか。

 気化とはなんだろう。

 廃墟から帰ったら、夜にでもアキに教えてもらおう。

 

「いよいよジョンの初探索か。楽しみだねえ」

「ジョン。私達にはバスがあるから、ガソリンというのを再優先で持ち帰る事にしてるの」

「うん」

「そのガソリンが、気化。つまり液体から気体に変わると、少しの火気でも引火して大爆発よ。忘れないで」

「銃を使っちゃダメって事?」

 

 鉄パイプを持って来るべきだったか。

 

「そうよ。そうなれば私達3人は死んで、カレンがたった1人で途方に暮れる事になるわ」

「じゃあ、ポリタンクを背負ってるジャニスは銃を使えない?」

「密閉しちゃえば平気。クルマがあるのはほとんど外でしょ。見えてるあのクルマも入り口で大破してるから、ガソリンを抜いたら風で気化したガソリンは散ると思う。でも、私がいいと言うまで銃は使わないで。火花が散るような動きもダメよ?」

「わかった。アキの指示を待ってから戦う」

「それでいいわ」

「アキの軍事用デバイスは反則級だからなあ」

「こんな世界なのにチート装備がなきゃ、非力なヲタのJKなんて体を売るくらいしか生き残る方法なんかないって。さあ、気を引き締めて踏み込むわよ」

 

 ヲタ。

 それにJK。後でアキに意味を教えてもらおう。

 でも、今はスカベンジャー・ハントが先だ。

 

 ジャニスが僕の肩を押さえる。

 振り返ると、唇に立てた人差し指を当てていた。話すなという意味だろう。

 しゃがみ込みながら、アキがクルマに接近する。

 そっとクルマの向こう、廃墟の中を覗き込んだのはアキなのに、僕はまた生ツバを飲み込んだ。

 

 

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