アポカリプスの庭で 血涙の天使   作:ふくふくろう

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好きの理由

 

 

 

 ポリタンクに入れておいた少しのガソリンと、クルマの後部座席にあったお酒や缶詰を回収し、僕達はバスに戻った。

 お昼ゴハンにはあの柔らかいパンや、焼いた何かの肉、魚のスープまで出たので、僕は大満足だ。

 余裕がある時は食休みというのをきちんと取るのがルールらしく、僕はバスの座席でぼんやりと本のページに目をやっている。

 

「な、何を読んでるのよっ。ジョン!?」

「何って。性行為の勉強だけど」

「しなくていいからっ! 西海岸じゃ成人は15歳だから、今のジョンとそんな事したら『ショタコン変態女』とか呼ばれちゃうから!」

「そのままじゃん、アキ」

「うっさい、カレン。これでもエージェント志望の子達からは、クールなお姉さんだと思われてるのよ!」

「ちょいブスだけどな」

「そうそう、それだけはどうしようもない。って、やかましいわっ!」

 

 エージェントとは何だろう。

 そう思ってアキを見るが、微笑みが返って来ただけだ。カレンにも視線をやるが、あまり話したくはなさそうに見える。

 ならばと、『わからないならなんでも訊け』そう言っていたジャニスのいる運転席まで歩く。

 計器とかいうのが並んでいるところに、ジャニスのタバコとライターがある。それを1本取って火を点け、煙を吐いてからジャニスに咥えさせた。

 

「かーっ、たまんないねえ。女心をくすぐりやがる。なんか欲しいのか、ジョン?」

「エージェントって、何?」

「それか。エージェントってのはだなあ……」

「絶対、心の中で『ちょろい』って思われてるわよ、ジャニス」

 

 ジャニスの話によるとエージェントというのは、スカベンジャー・ハントをしながら賢者の望む物を調達したり、その指示に従って遠くまで調査の旅をする人達の事らしい。

 西海岸のにはハツデンショとかソーラーパネルというのがあるが、その部品は今の時代では作れないから、何処からか調達する必要があるのだそうだ。

 

 アキ達はエージェントではないが賢者とは顔見知りなので、集団生活をしながらエージェントになるための勉強をしている子供達とも面識があるらしい。

 

「まあ、エージェントの説明くらいはいいけど、賢者の事は実際にジョンが会うまで話せないわ。それが約束なの。それに西海岸に行くかどうかすらも決めてないからね、ジョンは。賢者の事を知ってるのは、あの街の住民の中でも限られた人達だけ。外の人間に気軽には話せないのよ」

「……わかった」

 

 文字はアキが教えてくれる。

 なら、僕がどうしても都会に行かなければならないという事はない。

 街にはそれぞれに秘密や独自のルールがあるとオババが言っていたので、話せないというのをムリに聞き出そうとは思わなかった。

 

「休憩が終わったらまた廃墟だ。アキ、先に備蓄庫を探しちまおうぜ。備蓄食料は腐らねえし、アタシ達で消費するだろ。積めるだけ積んじまって、空いたスペースに売る物を入れちまえ」

「ガソリンもあるかしら」

「あればいいなあ。こんな廃墟には、ガソリンの詰まったドラム缶があるんだろ」

「もしあっても積める?」

「進めば進むほどガソリンを使うから軽くなる。少しくらいのムチャは平気さ」

「ならいいけど」

 

 結論から言うと、ジャニスの期待した食料もガソリンも廃墟にはなかった。

 あるにはあったが、備蓄されていた物ではなくて、普段から使われていた分しかなかったのだ。

 軍事用デバイスも、ギリギリの5つ。

 でもずっと探していた通信機能がまだ生きている物が3つもあったとかで、アキはゴキゲンだ。

 

「3日も遺跡を漁って、銃は1つも出てこねえかあ。こんな事ってあるんだなあ」

「ジョンの軍事用デバイスはあったし、別にいいでしょ。どうしても銃が欲しいなら、今回の稼ぎで買ってもいいし」

「アキ。東の街は品揃えが最悪。物々交換だから、値段もおかしい」

「そういえばそうだったわね。じゃあ、次は軍事基地でも探す?」

「さすがに、それはな。それよりもし街並みがごっそり残ってりゃ、警察署やガンショップも手付かずなんじゃねえか? この辺りなら」

「あり得る」

「それじゃ、廃墟を探しながら移動しよっか」

「あいよ。とりあえずモーガン・タウンで、売れるモンは売ろうぜ」

「軍事用デバイスの修理もね」

 

 バスが動き出す。

 外の街。

 楽しみなような、怖いような。不思議な気持ちだ。

 

「ジョンはカレンお姉ちゃんとバスでお留守番」

「そうなの?」

 

 僕とカレンが座っているのは、運転席のすぐ後ろだ。

 ジャニスはハンドルを握っていて、アキは通路を挟んだ反対側の座席に座っている。

 

「たしかに、危険かもしれないわね」

「なんでだよ。ジョンが絡まれたら、アタシが助けてやるぜ?」

「その逆が心配なのよ。ジョン、もし見ず知らずの男にナイフを突きつけられて、食べ物を出せって言われたらどうする?」

「撃ち殺すけど」

「……あちゃー」

「ね。モーガン・タウンは、この辺りで最大の街だもの。完璧な吹き溜まりだわ。まずはチンピラの少ない村かどこかで、人のあしらい方を練習しないと」

「だなあ。こっちが悪くなくても、それを誰かに目撃させてから殺さねえとダメだ」

「それに出来るなら、怪我で済ませた方がいいわよね」

 

 どうやら、僕が街に行くと揉め事を起こすと思われているようだ。

 

「ねえ、バスって貴重だったりする?」

「それはもちろん。この辺りじゃ動いてる車両なんて、数台しかないわ」

「なら、僕は留守番でいいや」

「バスを奪おうとしても、壊してしまったら修理できる人がいないしパーツがない。だから、留守番は念のためによ?」

「うん」

 

 初めて乗った日に経験した乗り物酔いの症状は、あれから出ていない。

 アキの話では、その日の体調や気分で酔ったり酔わなかったりする人もいるらしいので、僕は気にしない事にしている。

 

「ふんふふーん♪」

「機嫌が良いね、アキ」

「目的の物は手に入れたし、それを修理できる数少ない職人が直近の街にいる。稼ぎもなかなかだったし、言う事なしよ。あーあ、これでジョンが西海岸に来てくれるならなあ」

「僕なんか連れ帰ってどうするの?」

「楽しく暮らすに決まってるじゃない。ジョンはお風呂って知ってる?」

「知らない」

「水浴びの代わりにね、大きな器にお湯を溜めて入るの。きっもちいーのよーっ。仕事が終わったら毎日お風呂に入って、鍵のかかった安全な部屋で少しのお酒を飲んで眠る。サイコーじゃない」

「人間がお湯に? 煮えちゃわないの、それ?」

「火傷しない温度に決まってるじゃない、やーね」

「ふーん」

 

 思い浮かべてみるけど、大きな鍋で煮られる僕達の姿しか想像できない。

 4人で大きな鍋に入った自分達を想像してみる。……あ、カレンが最初にお亡くなりになった。

 そんなのが気持ちいいなんて、僕には理解できないや。

 

「アキは風呂好きだもんなあ。月に1度の部屋の掃除は頼んで来たけど、LAを出てもう1年か」

「婆ちゃん歳だから死んでて、部屋がホコリだらけかも」

「こら、カレン。縁起でもない事を言わないの!」

「シャレになんねえからなあ……」

「そもそも、なんで僕を?」

「腕も見た目も性格も良い。難点があるとすれば若すぎて他のスカベンジャーにナメられるって事だけど、何年かすればそんな事もなくなるでしょ。つまりみんなでお爺ちゃんお婆ちゃんになるまでにお金を貯めて、体が動かなくなってきたら助け合いながら、のんびり暮らすには絶好の相手って事」

「それぞれが男を作ると、女パーティーはロクな事にならねえしな」

「それが本音。アキは性欲大魔神」

 

 バスが揺れる。

 見るとジャニスが、身を捩って大笑いしていた。

 カレンもくすくす笑っている。

 アキの顔は真っ赤だ。

 

「じゃあ、とりあえず西海岸に向かえば?」

「えっ、いいのっ!?」

「おほーっ。着く頃にはジョンも成人してるし、ドルもたんまり稼いでるはずだ。いいねいいねえ」

「夢のツバメちゃんゲット?」

「よっしゃー! ジャニス、モーガン・タウンを出たら進路は西よ!」

「おうっ!」

 

 バスのスピードが上がる。

 しばらく走ると、お尻に伝わる振動がずいぶんと和らいだ。

 

「なんか揺れないね?」

「ああ、道路だ。快適な乗り心地だろ」

「なにそれ?」

「古いクルマの通り道よ。この時代でも、大きな道路は走りやすいの。西に向かえば向かうほどクルマの残骸だらけで、道路なのに逆に走りにくいんだけどね。ほら、地面が土じゃないでしょ」

「……ホントだ」

「もうすぐクーパース・ロックが見えて来る。森の手前で泊まって、朝になってから進もうぜ」

 

 アキとカレンはそれに賛成のようだ。

 僕はわからないので、窓に額を付けて土ではない道路を見続ける。

 

「それにしてもジョン、なんで急に西海岸に来る気になったの?」

「んー。アキとジャニスとカレンと、ずっと一緒なのは嬉しい」

 

 バスが揺れる。

 キーッという、聞くだけで不安になる音までしていた。

 

「大丈夫、ジャニス? 今の、なんか怖い」

「わ、悪い。いやほら、いきなりストレートな言い方をされたからよ」

「ストレート?」

「真っ直ぐにって意味よ。ジャニスはずっと一緒が嬉しいって言われて、照れちゃったの。だからもっと言ってあげて」

「ん。一緒は嬉しい」

「もっとよ。なんで嬉しいのかも言ってあげて」

「文字を、戦闘を、スカベンジャー・ハントを教えてもらえるから。それに、話してて楽しい」

 

 もうバスは揺れないけど、ジャニスは顔を赤くしている。

 それを見るアキとカレンは、なぜかとても楽しそうだ。

 

「ジョン、ジャニスは好き?」

「ぶーっ! ガハッ、ゴホッゴホッ!」

 

 ジャニスが変な声を出す。

 見ると、ハンドルを抱えながら咳き込んでいる。飲み物が変なところに入ってしまったようだ。

 立ち上がってその背中をさすろうとした僕を、アキがいい笑顔で止めた。

 

「で、どうなの?」

「好きに決まってるけど」

「ひゅーひゅー」

「だってさ、ジャニス」

「バ、バカ言ってんじゃねえよ……」

「まだまだいっくよー。ジャニスのドコが好きなの、ジョン?」

「えっと、これはジャニスだけじゃなくてアキとカレンもなんだけど……」

「おーっと。予想外だけどバッチコイ! 聞かせて聞かせて?」

「女なのに臭くない」

「は?」

「好かれた理由が酷すぎる」

「……ほれみろ。欲張るから、知らなくていい事実まで判明しちまったじゃねえか。途中でやめてたら、今日はいい夢を観られたってのによう」

 

 

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