Ⅰ
高校時代は地区が隣であり、プレースタイルもささやき戦術の使い手の選手であったことが要因で、お互いが興味を持つようになる。六道が野球とは全く関係無いささやき戦術を使い、疾風が打者の弱点や独り言を言うささやき戦術と対照的だった。
そんな二人が初めて対戦したのは、甲子園大会の時。ささやき戦術を、巧みに使う選手同士が大舞台での対決。高校球児たちが夢を見る甲子園だったことが、更に世間での注目度を増した。
疾風が初めて六道と対峙した時、彼女に対する印象は何も無い。チームを引っ張る司令塔――女性でありながら珍しく捕手を務める選手としか考えてなかった。それ以外のことには、当時の疾風には興味が無く、「一日でも多くチームと野球をする」ということしか頭にない。試合は「双方が死力を尽くした」という一言。延長戦にまでもつれ込み、最終的に疾風らが率いるチームが勝利する。しかし、その次の試合では気力が尽き、あっけなく敗退してしまった。
同じ戦術を使う選手が対決し、全力を出して試合する。そんな関係で終わるはずが、高校の世界大会で招集され、試合以外で二人は初めて出会う。
この時、六道には彼に対する意識はほとんど無かった。野球の時以外は、常に首元にタオルを巻いていて、黒色の髪と中性的な外見が特徴的な容姿。その程度の認識だった。
対照的に、疾風は最初に会ったときから、不思議と六道を意識する。自分より若干身長が高く、紫色の髪と赤い瞳が特徴的な容姿、高校生とは思えないほどに凛々しさ。その顔付きに大きな目標を秘めている様に感じ取れ、それが彼を惹きつけた。しかし、自分と同じポジション、同じ戦術を使う選手が二人もいる必要があるのか。気付いたら、疾風が六道に対して、敵意むき出しにしていた。
「お前が六道聖だな」
「隣の地区の捕手、関疾風か」六道が冷静に返答した。
一触即発の雰囲気。疾風の後ろでは、同じ高校でチームメイトの
その対抗心は、ブルペンでの練習でも見られる。
「あ、すまん」指示されたコースと逆球を投げた投手。
「いちいち謝らなくて良い。今まで全然外れてないし、振りも出来ている!」
疾風が声を出し、投手をリラックスさせる。
「内角低めの直球。その後、外角高めの釣り球」
対照的に六道は淡々と指示を出している。「良い投球だ。調子を保つのだぞ」
六道も疾風もリードが上手いのは勿論、捕球する技術など、捕手に関係してくるものは同世代の選手よりも、どんどん先に進んでいた。そんな二人が練習を終えて、ロッカーへ戻る。
「遅かったね」と、既に着替え終えていたコジロー(東條のもう一つの人格)が疾風と六道に言う。
その後、すぐに六道と疾風に疑問をぶつけた。どういった形で、今のリードを確立したのか。性格も似ている二人が好対照だった点、自身の中にあった好奇心での質問だった。
「人を模倣したことも、意識したことは無い」と六道が言う。
「奇遇だな。僕も投手のパフォーマンスを出せるか」
人のマネをせず、オリジナルのリードスタイルを確立するために、試行錯誤を繰り返している。そして、今のスタイルを確立し、世界大会まで選ばれる実力になった。考えも目標としている所も共通している。だが、スタイルが大きく異なっていた。プレースタイルの違いや個性が強く出ている、コジローがそう感じ取った。
「捕手が関ばかりだと、投手も意識せざるを得ない」
「何? お前みたいに無愛想で、憎まれ口を叩くよりマシだね。捕手として、お前には負けない」
六道が短く「分かった」と言い、その場を去った。
「疾風くん、あれはちょっと言いすぎじゃない?」
確かに攻撃的発言だった、疾風はそう自分でも思った。しかし、だ。自分の築き上げてきたスタイルが、真っ向から否定されたからには黙っている訳にはいかない。それが原因である故だった。彼女、六道聖が優れた捕手なのは、重々理解している。自分が今まで捕手として過ごしてきて、初めて真正面から負けたくないという気持ちだった。
翌日になって、六道と疾風は再び練習を共にする。周囲はまた討論を始めるのではないか、と不安になっていた。
「関、昨日の件はすまなかった」
「僕も少し言い過ぎた」
言葉は短いものの、気まずさから申し訳ないと双方が謝罪する。疾風も六道も、子供ではない。お互いの捕手としての能力は認めていた。投手との間合い、叱咤激励を行うタイミングの良さ。彼女なりではあるが、疾風を認めている。
六道の身長は百六十八センチメートル、疾風の身長は百六十六センチ。疾風は六道より身長が二センチ低い。それでも体格差をカバーするリード、巧みな話術で相手打者を翻弄する点、捕手として見習いたいとも思っていた。しかし、彼女の不器用な所が、大きな誤解を与えてしまった。物言いを知らないことで、他人には必要のない苦労をさせる。捕手として、人として未熟であることを六道は痛感した。
「そこまで認められていたのか」疾風は六道に驚きつつも、言った。
「外野用のグラブではないか。忘れたのか?」
「忘れてはいない。だが、キャッチャー以外は守れると、チームに貢献できるだろ? お前も内野ぐらいは、守れた方が良いよ」
「随分と言ってくれるな。だが、その考えは同意する」
疾風は六道と別れて、外野守備の練習へと向かった。
「疾風、お前随分と牽制したな。レギュラー争いは、始まってんのか?」
猛田が笑いながら、疾風に言う。
「慶次、ありゃ牽制じゃない。自分の考えを言っただけだよ。喧嘩するかどうか、心配したの?」
「少しだけな」
「迷惑をかけたか。そりゃ済まない」
外野のノックが始まるまでの間、疾風は猛田に謝罪した。それで二人の会話が終わると思った。だが、六道には負けないと言う宣言、ライバルとして一選手として認めていたことに慶次は驚き、戸惑った。どうしてそう思ったのか、慶次が疾風に理由を尋ねる。同じポジションの選手であり、野球選手として純粋に尊敬できるから、と疾風は返した。
「あんな強者。野球で勝ったら最高じゃねえか」
そう言って、疾風の顔付きは真剣になる。野望に満ちて、絶対に達成させようと目標に向かう顔である。その顔を見て慶次は、俺達の代の捕手は大変だな。そう感じざるを得なかった。これが疾風と六道の初めての出会いであり、後に彼らの人生に影響を与える出会いでもある。
Ⅱ
その日の練習から、数日が経過した。何も特別なイベントが無い一日。それは殆どの人間にとって、何もないただの平凡な一日である。高校野球の世界大会に参加している者――その選手、コーチ、監督にとっては世界の強者達と戦いを控えた前日だった。
参加している各国との対策として、全員がミーティングに参加している。
緊張で顔を強張らせる者、普段と同じと顔色を変えない者、色々な人間がいた。
無理もないか、と疾風はそう確信していた。戦う場所が日本と言うエリアから、世界と言うエリアだった影響もあるかもしれない。日本で選ばれた選手が、国の代表を背負って試合に出る。そのプレッシャーが尋常では無かった。
試合に先発出場できる選手は、九名。疾風としては、本当は捕手として先発出場したかった。しかし、負けたら終わりの勝負。最大の力を出せるスターティングオーダーを、考えなければならなかった。
そのことに対しては、受け入れる。だが、どんな形でも良いから疾風は試合に出たいと考えている。試合に出場して、勝利を渇望していた。ただ試合に出たいだけだ。疾風だけでなく、猛田を筆頭に東條も、やはり同じことを考えていた。実力を猛アピールできるチャンスである。
「明日のスタメンを発表する」
監督がそう言うと、選手達に緊張が走った。自分達がスタメンに選ばれるのか、固唾を呑み込んでいる。まず、最初に発表したのは先発投手だった。
「先発は橘みずきだ」
ホワイトボードに、名前を書きながら監督は淡々と述べた。
名前を呼ばれた橘は「当然」と主張するように、女王になったような優雅な表情を浮かべる。捕手は、相性の良さや共にバッテリーを組んでいた六道が指名された。
「やっぱりか」疾風は唇を噛みしめながら、一言。
「お前は悔しいと思うが、妥当な判断だ。橘の力を活かすには、六道が最適だ」と、東條が言う。
「負けちまったら、全てがパーだしな」
猛田が言ったこと、それは的を射ていることだった。
自分がメインとするポジションは捕手である。確かに、橘の性格などを理解しているのは六道だ。だが、巧みに橘をリードする自信が、自分にもある。それは理に適ったリードにして、堅実な戦法。目の前で、ライバル視した捕手に先発マスクを被り、それが指を加えてみているだけの状況。想像しただけでも、面白くなかった。
「だが、お前に橘のクレッセントムーンが捕球できるのか? 高校生レベルでは、捕球不可能とも言われている球を」と、東條。これも理に適ったことである。
リードが優れていても、強い送球が出来たとしても、打撃力が優れていたとしても、結局は球を後ろに逸らさずに捕球出来るか。捕球する技術に難があると、起用されることは少ない。それは、疾風自身が一番理解していた。後ろに簡単に逸らしてしまう捕手は、信頼をされにくい。
捕手であるが故に、一番分かっていること。それを改めて痛感させられた。
「関」監督が疾風を呼ぶ。
「六道が負傷退場するなんて、最悪のケースもある。いつでも行けるよう、外野から観察を怠るな」
監督も疾風の捕手としての実力を認めていた。むしろ、信頼を寄せているからこその発言だった。前もって役割を知らせていれば、不安を取り除く。自信を喪失して、モチベーション低下を防ぎ、チームとして支える一員であることを自覚させる。
結局、先発投手が橘、捕手が六道、三塁手が東條、中堅手が疾風、右翼手が猛田というラインナップである。バッテリーとの連携、攻撃と守備のバランス。これが最も優良な選択なのが、監督の判断だった。
結果だけ言えば、このオーダーで組んだ一回戦は大差で勝利だった。橘の正確無比な制球力、六道の巧みなリード、堅い守備。そして、疾風の俊足を活かしたプレー、猛田のクラッチヒッター、東條の人並み外れたパワー。攻守において、隙は無かった。
更に、捕手は六道と疾風が日替わりで行い、相手チームに狙いを定めさせない。リードスタイルに違いもあり、相手を翻弄し続けた。
そんな選手を擁した日本代表だったが、世界に存在感を示すことは出来た。しかし、世界一になることは出来なかった。野球が強いことで有名なアメリカ、キューバには力の差を大きく見せられてしまった。
日本へ帰る前日。疾風は猛田と東條と共に、異国の地での最後の自主練習を行う。それは、三人が決めたルールであり、怠ることは無い。ホテルの部屋に戻って、荷物を纏めようとしたら六道と橘がいた。
「六道」
疾風が彼女を呼び止め、六道が振り向く。
「お前の技術を学ばせてもらった」と、疾風は言った。「同じチームで、色々な経験をさせてもらった」
「そうか、それは私も同じことだ」六道は淡々と言う。
「この代表招集に際し、君の捕手戦術を徹底的に分析した。同じチームになった時、その正捕手は僕だ」
「そうか。その機会があれば、楽しみだ。私も負ける気は微塵も無い」
疾風にとって、自分が心の底から負けたくないと思った人間だった。何を思って、こんな宣言をしたかは分からないが、それでもせずにはいられなかった。自分が外野やベンチで試合を作るのを見るだけが、どれほど悔しく、羨ましいものなのか――それを今一度体感させられた。
「関。あんたも良い捕手だけど、聖はその上をいくわ」と、六道の隣にいた橘が告げる。
橘は六道を、六道は橘を絶対的に信頼している。たった一言だったが、それを感じさせる目付き。ただのじゃじゃ馬とは思わない。橘もまた、実力者の一人と冷静に評価をしている。そんな人間が、自分のパートナーの実力を保証することは、至極当然のことだった。
「お前は進路をどうするのだ?」六道が話を切り出してきた。
「私と聖は、同じ大学を受験するの」
プロからもドラフト指名が確実に来る。そう言われている二人が、それを蹴って大学へ進学することを決意していた。
「ほう? そいつは驚きだ」
東條が言うと、猛田は面白く無さそうに声を出した。「ちっ……俺達と同じかよ」
「そうなの?」
橘が面食らった様な、そんな驚いた表情をする。
「大学で自分をいじめ抜いた後でも、そう遅くないと思ってね。勿論、プロを目指すと言う目標はある」将来を見据えた、自分の突き進みたい未来。猛田は言い足した。「後悔したくないから、この選択なんだよ」
橘と六道は感心した。世間から見れば、自分自身の可能性を潰している、楽をするためにプロへ行っている、何も考えてないと言われるところだ。そうならないために、自分の野球人生の計画を立てて、遠くにある「未来の自分」を見据えて物を言っている。
「そうか。対戦する機会が、また訪れるかもしれない」
六道は東條、猛田、疾風の三人の近くへ寄りながら、そう伝えた。最初に出会った時と比較すると、刺々しさが無く、悪くなる雰囲気も無い。わざわざ近づいて来たから、どうしたものかと思った。
「その時は容赦しない」
「私も全力で抑えるから、覚悟しておきなさい!」
「何を!? そう簡単に負けやしねえよ!」
橘と猛田が、既に抵抗心をむき出していた。それを見ていた三人は、気が早い、と思っていた。勝ち気な性格をしている二人に比べれば、冷静に物事を観察して判断を下せる。似た性格の二人がいると、更ににぎやかになる。
「と、とにかく。そういうつもりだ」と、どもりながらも疾風は返した。
話はそれだけ、と橘と六道に告げた後、疾風達三人は部屋へ戻る。その顔は笑みがこぼれている。これから、四年間戦うであろう強者に対して、心が躍らざるを得なかった。