主人公と六道がイチャラブする話   作:マジフジ

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イチャラブシリーズの後日談みたいな感じです。
疾風の名前を颯に変えました。(この作品は1年も前に執筆したものなのでシリーズとして統一するため、この話では疾風と統一させてもらいます)



主人公と六道がイチャラブする話――アフター前編――

 お互いの関係をはっきりさせてしまえば、次からはデートをして関係が更に深まっていくと思っていた。

 恋人らしいことを繰り返していくものばかりだという認識だった。

 しかし、多忙な日々がそうはさせなかった。日々行われる練習、授業のレポートやテストによる学業があり、出来ることは練習が終わった後に一緒に帰宅する時ぐらいである。

「お疲れ様でした!」

 パワフルの大学のグラウンド、選手達の声が響く。後片付けを素早く終えて帰宅する準備を始めようとする者、居残り練習を始めようとする者がいた。

 関疾風は自分自身の限界がどこにあるのかを純粋に知るため、毎日居残り練習をしている。今日も居残り練習をして、体を動かす予定だった。

 疾風は今では遊撃手だが、元々は捕手を本職としていた。しかし、捕手のレギュラー争いに負け、監督の提案を受けて遊撃手にコンバートした。足りない技術が多くあり、それを補いながら練習を重ねる。自分自身の知らない高み、限界がどこに存在するのかを確認するためにひたすら練習を続ける。自分自身が妥協点を見つけるまで、納得出来るまで繰り返した。

 今もなお、ただひたすらバットを振り続けている。今日も自分に課した目標を達成するため、過ぎていく時間も忘れて。彼の頭の中はただ野球のことを占めていた。

 室内練習場の灯りが消えてもなおバットを振り続けている。明鏡止水の心境だった。

「お前、電気もつけずにバット振っていたのか」

 暗闇の中でバットを振り続ける姿に驚愕し、苦笑した猛田が感想を漏らす。

 練習をしていただけなのに呆れる? そう反論したい疾風だったが、状況も分からない人間がこの場面を見れば、至極当然の反応だった。

 いくら猛田が彼の性格を知っていたとしても、普通の人間が行う所業ではない。

「待ってやる。サッサと片付けて来いよ」と、猛田が疾風に告げる。

 翌日に支障が出るのも癪だと考え、疾風はクールダウンに行った。身体全体を動かしながら軽いジョギング、ウォーキング、ストレッチをこなした後は汗を流し、すぐに普段着に着替えた。黒のスラックス、青のシャツに黒のジャケットを羽織った格好、疾風自身が一番気に入った格好。

「終わったよ」疾風が短く伝える。

 戸締りなどを全て確認した後、猛田は野球部の部室に鍵をかけた。返却も足早に行う。

 二人とも野球にかける情熱、プライドを持っている。並大抵の選手をはるかに上回るほどの貪欲さ、ハングリー精神もある。彼らはどの様にすればもっと自分たちがチームに貢献できるか、打席での癖などを分析、野球の討論をしながら歩いた。

 チーム全体が有する課題も洗いざらいに出す。自分自身の課題を克服するだけでなく、チーム全体の課題も解消したいことが二人の本心だった。しかし、それは個人一人ではどうにもならないこと。それは仕方ないことにせよ、出来ることを何もしないのはどうしても受け入れられなかった。練習が終了してもなお、彼らは野球のことで頭が一杯だった。

「ここでメシを食ってかねえか?」

 焼肉を中心としたバイキング形式のチェーン店に指を指し、猛田が疾風に言う。腕時計を見て時間を逆算し、誘いを断ってまで急な用事も特には無い。オーケーと承諾し、店に入った。

 店に入り、二人は自分の食べたいものを注文した。肉や飲み物はオーダー制で、その他の料理はバイキング形式の店。野菜などはあらかじめ自分たちが出来るだけ多く盛り付け、カルビ、牛タン、ホルモンなどの肉類を注文した皿が次々に来る。肉と野菜のバランスを考え、網の上に乗せる。香ばしい音をしながら、肉の色が赤色から焦げ目の着いた食べごろの色へと変化する。同時に二人の周囲には、食欲を刺激する匂いが部屋の中にたち込めた。トングを片手に、網の上で焼いた食材をそれぞれの皿にのせる。適当に盛りつけたせいか、皿は山の如く盛られている。そのせいで、目当てとしている肉が隠されている状態になっていた。

 食べる順番を考え、野菜から食べ始めた。じっくりと咀嚼し、口の中では野菜の甘みと食感がハーモニーを奏でている。築きあげた山を素早く平らにした後に、「さて、メインディッシュの肉だな」と猛田は言った。

 肉とタレを控えめに両面に塗り付け、ふっくらと温かい白米にのせて同時に食べる。

「この食べ方がやっぱり良いね」

 白米と肉のハーモニーをじっくりと味わい、頬を緩ませた疾風が言う。

「褒美にはこいつが一番いい」大きく頷き、猛田が感想を漏らした。

「食べ放題とはいえ、あまり機会が無いからね」と、疾風も猛田に同調する。学生と言う立場、少ない金銭でやりくりをするのだから大変だ。

「喋ってないでもっと食うか」

 温かいご飯のうまさをもっと味わいたい。時間の許す限り、次々と食材を焼いては食べてと言う作業を繰り返した。掃除機で埃を吸い取るかの如く、二人は黙々とただひたすらに取り続けた。その時、ちょうど疾風のスマートフォンから電子音が流れる。音源は購入当初と同じ電子音だ。

「ちょっとごめんね」疾風が言う。

「おう気にするな」普段と変わらない表情で猛田が返した。

 胸ポケットから素早く取り出し、届いたメールを確認する。相手はつい最近になって恋仲になった六道聖からだった。内容は「今度の休みに一緒に出かけないか?」とシンプルで短いが、疾風の顔が思わずニヤッと笑いだす。メール機能はおろか、携帯電話の電話帳機能すら使いこなせないアナログな彼女がここまで使いこなせたという点、久々に二人で過ごせるチャンスが巡ってきたことで浮かれていた。彼の記憶が覚えている限り、彼女からの誘いは今のメールが初めてのこと。恋仲になる以前も二人で過ごしてきたが、ほとんどは意識などしていない。それらの点を踏まえれば、嬉しく照れくさい気分だった。

「お前、何でスマホを見てニヤけているんだよ?」

 猛田が新しいオモチャを見つけた子供の様な顔で疾風に問う。

「べ、別に……どうして急にそんなこと聞くんだ?」と、疾風は聞き返した。

「だってよ、スマホ見て笑うなんて普通はしないだろうが」探りを入れるように猛田が答えた。一呼吸を置いた後、彼は「女でも出来たのか?」と疑問を投げかけた。

「な!? そ、そんなわけないだろ!!」と、疾風が返答した。

 図星だ、でも慶次は何で感づいたんだ?

「違いなさそうだ。お前がここまで動揺するなんてよ」猛田が楽しそうに言う。

 長年の付き合いから、気付いたこと。野球以外に対し、ほとんど興味を示さなかった知り合い。対人関係でも量より質を重視すると言わんばかりに、自分から人選をして少ない人間と深く知りあうとスタンスを貫き通していた。そんな彼が自分から交流関係を深めようと、様々な人間と話し始めるなど心境の変化もあった。

「別に僕は聖とは連絡を取り合っているだけで……その」

「明らかに動揺してんだろ、無理するなって」と、猛田が言った。「俺は一度も相手は誰だと聞いてないけどよ」

「あ、しまった」

「聖、ってことは六道か? アイツとまさか付き合っていたとは思わなかった」

「う、うう……そうだよ」

 疾風は自分が発言すればするほど、自爆をすることを内心で悟っていたので素直に認めることにした。あまりの恥ずかしさに平常心でいることを失い、羞恥で顔が赤くなり、額からも汗が噴き出ていた。

「意外だったな。でも……恋ってやつも野球も焼肉と同じだぜ?」

「どういうことだよ?」

 肉は焼かなければ食べられたものでない。しかし、中途半端に焼いた生焼けの肉、焼きすぎて硬くなった肉、焼きすぎて炭に近くなった肉も、ほとんどの人間が食べられるわけではない。いくら肉が焼けば旨くなるとはいえ、燃えすぎてしまえば意味がない。

 身を焼く様に厳しい練習を積み重ね、名声や勝利を始めて得る。それが彼、猛田慶次の野球に対する考えだった。

「つまり……限界を見極め、常に自分を磨き続けろと言いたいの?」

 理解が出来るようで理解が出来ない。疾風が自分なりに解釈をして、彼が言いたいことを伝えた。

「そうだ」と大きく頷いて猛田が言う。

「分かった、慶次。お前は人のことは見えてるね。自分のことはあまり気付かないのに」

「そっくりそのまま返すぜ、その言葉。さ、時間が勿体ない。もっと食おうぜ!」

 残った時間、二人は焼肉に舌鼓を打ちながら他愛もない雑談をして過ごした。

 

 次の六道とのデートが待ち遠しかった。

 野球以外で待ち遠しいという感覚も初めてだ。彼女と外出をするにあたり、失敗をしないため、彼が消化しておきたいことが二つほどあった。デートのプランを綿密に練り上げること、今の服から新調をすることの二つ。

 一つ目は既に取り組んでいた。ネット検索を通じ、人気であるデートスポットをしらみ潰しに探し続ける。デートをしている間に注意すべきポイントを徹底的に調べ、自分の出来るところは徹底的に見続けた。様々なシチュエーションをイメージして、対応の仕方も考えている。精力的に動き回ったのは珍しいことだ、と実感があった。

 一つ目の問題は自力で出来ることだから問題はなかったが、二つ目がどうしても自分だけでは解決することが出来なかった。自分が一番シャレていると思っている服装はワインレッドのタンクトップやシャツ、黒のスラックス、青のショート丈のジャケットという格好。しかし、それではバリエーションを感じない上に気を惹くのには程遠い。知り合いに聞いておくのが最適な答えに近づけると考え、猛田と東條に頼んだ。

 しかし、東條には自分では力になることの自信がない、戸惑いの感情があった。そのため、「自分には興味がないゆえ、お前の思う通りにならない」という理由でハッキリと断られる。それを猛田に説明すると苦虫を噛み潰したように不機嫌になるが、疾風の頼みは快く承諾してくれた。

 翌日、彼らはデパートの内部にある洋服店コーナーに向かい、カジュアルな服装はもちろんのこと、ソフトスーツなども含めてより多くの格好を試した。外見を意識しない、見栄を張ることをしてこなかった疾風。そんな彼が精力的に動き回っている姿に、猛田は驚きを隠すことが出来ない。それでも期待されて頼まれた以上、猛田自身も力になるつもりだ。

「色々と選んだな。どれがお前にとっては良かったんだ?」

 一時間近く悩み、服の試着を繰り返した疾風に猛田が若干の疲れを見せながら聞いた。

「これかな?」と、疾風が即答した。

「それじゃねえかと思ったよ」

 苦笑いを浮かべながら猛田が言う。彼の選んだ服装は黒のスラックス、黒のレザージャケット、白のシャツという服装。猛田の提案に対し、疾風が自身の直感を信じて選択した。

「やっぱりこれが気に入った」再度試着を試した疾風が満足そうに感想を述べた。

「お前がそう思ったのならそれが一番だな」と、猛田が言う。

 試着を終え、疾風がすぐに会計を済ませる。そのまま頼みを聞いてくれた礼を兼ねて、昼食を奢ることを提案した。猛田は疾風の提案を断ったものの、デパート内のレストランで昼食を共にした。

 昼食を終えて猛田と別れた後も、充実した外出にするために現場の下見をする。野球の練習、レポートなどを終えた空き時間や中途半端な時間を見つけてはデートスポットと呼ばれる場所をネットで調べ、自分自身が堂々と「準備に抜かりはない」と言えるまで調べ続けた。

 デート当日、彼女をどのようにして楽しませることができるのか、綿密な時間配分を考え管理する。生まれてしまった不安を可能な限り取り除くため、疾風は作戦を練ろうとする。だが、時間も少ないのにあれこれ考えても仕方がないという結論に至り、約束した時間にきちんと到着するのを見計らって出掛けた。

 

 約束をした予定の時間よりも十五分ほど早く到着してしまう。色々と準備はしてきたが、不安を拭いきれない。プランの再確認、周囲の施設について調べなおす。一通りの要所をおさえ、スケジュール帳を内側の胸ポケットにしまったとき、ひとつ先の交差点で信号待ちをしていた六道の姿を見つける。彼女の姿は普段の清楚なイメージを体現している着物姿ではなく、スカート、シンプルな形のトップス、アクセサリーも着こなしにマッチするものとキャリアウーマンを思わせる姿。疾風は彼女を見つけ、すぐさま歩いて行った。

「こっちだよ、聖」と、疾風が六道に声をかける。

 六道は疾風の姿を見た瞬間、彼の姿に驚愕したのか動きが止まった。疾風と認識すると、彼女の顔からは笑みが零れる。照れ隠しに頬を引っ掻きながら「楽しみにしていたもんだから、僕は時間より早く来ちゃった」とはにかみつつ、正直に伝えた。

「暑そうだな。楽な格好でも良かったのだぞ?」

 疾風の格好を見た六道が感想を漏らす。レザージャケットを着るのは暑く、現在は腕にかけていた。

「最初はそういう感じはなかったんだけどね」

 普段の格好でも良いと言われて嬉しい半面、真剣に考えて決めたものが空回りしたことを悔やむ。そんな二つの感情を持ちつつ、六道を上から下まで観察して疾風が言う。

「聖のも良いね。大人可愛いってやつ?」と素直に六道へ伝えた。

「褒めても何も出ないぞ?」

 六道が顔を背けながら返答する。恥ずかしさのあまり、彼女の顔全体が赤く染まっていく感覚も自覚していた。「どこへ行く?」と、話題を変える。これ以上褒めちぎられるものであれば、顔がにやけてしまう。

「ちょっと早いけど、先に昼食を済ませようか。場所は決めてある」

 疾風の想定をしていたことが形となる。彼が狼狽をしてしまうことはなく、冷静に六道の問いに答えた。

「わかった。お金は割り勘でいいだろうか?」

「そうしてもらえると助かる。お互い学生だからね」

 そういって、あらかじめ決めていた回転寿司の店へと向かっていく。基本的には一皿が百円と安価だった。

 入店するとテーブル席で食事するのか、カウンター席で食事をするのかを問われる。店内ではまだ席が埋まってはいないが、昼食時――十二時になればすぐにでも埋まることが疾風には容易に想像できた。

「お冷とお茶があるけど、どっちにする?」

 落ち着いたころを見計らい、疾風が六道に聞いた。

「お茶で頼む」と、六道が言ってリラックスする。

 分かったと頷いた後、疾風が立ち上がった。二人分の茶を入れて、戻った後は乾杯の真似事をした。渇いたのどを潤すため、だけど火傷はしないように慎重にお茶を流し込む。ほぼ同じタイミングで飲むと、疾風は六道の顔がより見やすくなる。目が合うと、嬉しそうな顔つきをしていた。

「疾風は一時期だが野球をやめていたと聞いたが本当か?」

 とにかく何か話題を見つけて話を盛り上げよう。疾風がそう考えていた時、六道が急に口を開いた。自分が野球から一時的に距離を取っていたことを知っているのは、自分の姉や家族を除けば、猛田と東條しか知らない。六道は彼らとも喋るとはいえ、野球から距離を取っていた件を進んで喋っていくとは考えにくい。自分の姉から聞いたのだろう、と思いつつも疑問に肯定するように頷いた。何故、彼女がそのようなことを聞いたのは分からない。だが、お互いを更に深く知るには機会にはちょうどいい。

「聖のほうは? 聖はどうして野球を始めたんだ」疾風もたずねる。

「今はお前のことを知りたい。後でゆっくり教えるつもりだ」

「オーケー。ゆっくりと話すよ、寿司を食べながら」六道の前に、疾風は観念した。

 ひとことで言えば、関疾風が野球を始めたきっかけは、姉の影響を強く受けたからだった。自分が明確にやりたいという意思を示したからではない。体格も恵まれていない、内気だったことが原因なのかいじめも受けたことも多々あった。その度に姉がよく疾風を助けていた。姉に手を引っ張られる感じで野球を始め、多くの技術を身に着けた。姉が投手志望、誰も捕手をやりたがらないことを理由に、自分が捕手として歩んでいった。

「今の姿からは想像が出来ないな」

 六道が驚き、感心するように言う。寿司を食べつつ、熱心に話を聞いている彼女の顔は真剣な表情だった。

 徐々に捕手としての自覚、もっと多くの投手が投げるボールを捕ってみたいという好奇心が芽生え、気が付けば自分からミットを持っていてほどにまでのめり込んでいた。試合に勝った時の喜び、負けた時の悔しさも経験として積んでいく。気が付いたときには、自分自身が選手としての存在感と影響力を与える選手としてなっていた。

「僕はそういうのは気にしないけどね」

「名声などに拘ってはいないことは確かだ」六道が微笑みながら言う。

 中学に入って、自分自身が友人と言えるべき人間に出会う。強打を誇る三塁手の東條小次郎、彼のライバルでクラッチヒッターである外野手の猛田慶次、荒削りの投手ではあったが急激な成長を続けていた投手。

 この四人を中心としたチームが名を馳せるのはそう遠くなかった。大会でも地道に結果を残し続け、強豪高校の幾多のスカウトからも目に留まることも多くあった。疾風を含めた四人は普通の高校で野球をやり、幾数多の強豪校をなぎ倒して甲子園に出場することを意識していた。

「大きな目標を掲げていたのか」驚きながらも六道は言う。

「だけど、それは叶うことは無かった」

 苦い過去の出来事を思い出し、後悔している声で疾風が返した。

「どういうことだ?」素直に六道が聞く。

「そいつが練習中に肩を壊しちゃったんだ」

 練習を切り上げ、すぐにクールダウンするべきだったかもしれない。東條が打撃の感触を忘れないうちに、コツを掴ませようとして無理をさせてしまったことが原因だった。チームは離散し、野球からは距離を取ることとなった。

「その投手だった者、今はどうしているんだ?」

 六道の声には戸惑いの感情を含まれながらも、疾風に聞いた。

「今は怪我も完治して、アメリカで野球をしているよ」

「安心したぞ。それで、対戦をしてみたいと思うのか?」

「もちろん。アイツの球筋を見て、どう配球を組み立てるのか知りたい」

 疾風は対戦した時、自分が何を考えているのか、相手が何を考えているのかをシミュレーションをすぐに脳内に浮かべる。

「どちらが勝つと思う?」

「実際にやらなきゃ分からない」

「そうか」と短く言った後に、六道はしばらく考えこんでいた。「後は私も知っている通りか?」

「そう、それ以後は聖も知っている通り」

 今から思えば、お互いに野球に捧げた人生を送っていると思う。なんと言っても、はじめて出会ったのが二年前のこと。今でも当時と変わらずに野球をしていた。野球をやっていなければ、自分たちは出会うことがなかった上に、男女としての付き合いがこれほど深くならなかったと断言できる。

 疾風が最初に六道と対峙したときには、(一方的に噛みついていたとはいえ)自分と同じポジションで似た戦術を使うムカつく女という印象。それ以上に特筆するべき事項はなにもなく、強いて言えば橘みずきのウイニングショットを取れる唯一の捕手くらいに思っていた。

 あのときは自分にとって完膚なきまでに倒したいと思っていた人間。現在では姉、友人の猛田や東條よりも付き合いが深いのではないかとさえ感じている。人生は何があるか分かったもんじゃない。

 現在の時点で思っていることは、自分の技術を少しでも授けて選手生命を伸ばすことを望んでいる。彼女には可能性を感じ、同時に司令塔として、チームに影響を与えてほしいと思っていたから。様々な視点から見ても、大成する可能性と技術を見たひとりの野球選手として、六道には成長してほしかった。

「それで聖の過去はどうなの?」

 色々と変なことを考えていた自分から逃れるよう、疾風はお冷を飲みきったコップを置きながら質問した。

「私の過去か。あまり面白いものではないぞ?」

「面白いかつまらないか、それは僕が決める」

「長くなるぞ」

 お茶を飲んで喉を潤し、六道は話を始めた。

 彼女が野球を始めたのは小学生のころ。彼女の実家、西満涙寺でお手玉をしていたところに、壁あてをしていた少年にキャッチボールをやらないかと誘われた。

「キミ、野球上手いね」

 しばらくボールを受けた少年が満面の笑みを浮かべつつ、野球を誘った。当時の彼女は野球が出来る道具など一切持っていない。

「いっしょに野球やろうよ」

 今はチームでも補欠で試合に出場できるかは分からない、でも一流のプロ野球選手になるという大きな夢があるんだと言った。当時、彼の技術は周囲と比べていても優れているとは言い難かったが、野球が本当に好きだった。その少年こそ、鈴本大輔だった。

「それは面白い」と、疾風が一度は驚愕しつつも素直に言う。

「まだ続きがある」

 落ち着きを取り戻したのを見計らうかのように、六道は話を再開する。

 自分自身が必要とされていたことが嬉しかった。彼の期待に応えるため、野球により真剣に取り組む。

 そして、中学時代の最後の試合、いつものように巧みなリードで相手を引き寄せることはさせなかったが、ランナーの場面を迎える。鈴本が投じた一球、その場にいた誰しもが大暴投だと思わせるボール。そのボールにも素早い反射神経、集中力で見事にキャッチ。たまたまとはいえ、橘が見ていてスカウトされる。中学で野球から完全に距離を取り始めようとしていたところ、高校時代も楽とはいえるものではなかったとはいえ、全力で野球をやりきった。

「茨の道、ってやつだ」六道の話を聞いた疾風が一言漏らす。「やっぱ僕の周りの女の人たちって凄い。それから後のことは?」一呼吸おいてから言った。

「後のこと? お前も知っている通りだぞ。高校で知り合って、大学で同じチームになった」と、六道が返した。

「そっか。でも聞けて良かった」

 お互いに関する知識が深められたこと、ゆっくりと話ができたことに疾風は喜びを感じていた。話しながら昼食をとっていたら、ちょうどいい具合に時間が経過するのを確認する。食べた皿を片付けやすいようにまとめた後、会計を割り勘にして寿司屋を後にした。

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