主人公と六道がイチャラブする話   作:マジフジ

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ちょっとだけそういう描写がありますが大幅カットしたので大丈夫ですよね?
本シリーズはこれで本当におしまいです。次の作品も描きたいなと思っているので、よろしければそちらも宜しくお願いします。


主人公と六道がイチャラブする話――アフター後編――

 寿司屋を出たのが十二時半。ちょうど昼食の時間帯ということもあり、街は多くの人で賑わっていた。パンフレットを片手に目的地を決めている観光客、昼食をどこで済ませようか考える人、家族連れ。昼だからお洒落な場所で昼を済ませようとする人々。

 昼時の混雑は予想が出来ていたので、自分の判断が悪くないと疾風は内心ガッツポーズしていた。

「次はどこに行くんだ?」六道が疾風に聞く。

「着いてからのお楽しみ」疾風が返答した。

 彼の次に行くところはどこに行くかは決めていた。歩きでは少し距離があるので、駅に向かって歩いて行った。顔見知り(特に二人が共通して知っている人間)に見られたくないと考え、電車で三駅ほど距離を取った施設へと向かう。入場の手続きを素早く終わらせて、疾風がパンフレットを受け取った。

「着いたよ」施設の入り口前、疾風が六道に告げる。

「カラオケ、ダーツ、バッティングセンター……色々とあるのだな」

 施設前の案内掲示板をまじまじと観察しながら、六道が返した。

「うん、遊び放題。だけど時間は限られている」

 受け取ったパンフレットを指で弾きながら疾風が言う。

 施設内も混雑はしていた。カラオケ、ボーリング、バッティングセンターでは待ち時間が電光掲示板で表示されていた。どうすれば効率良く周回出来るのか、頭の中で思考を張り巡らせる。

「ここに行ってみたい。時間も待たないから大丈夫だと思うが」

 パンフレットに記載されていたバッティングセンターを指しつつ、六道が恥ずかしそうに言う。自分にとっては未知の領域、初めて経験する場所だった。疾風はすぐに彼女の提案を受け入れた。一つでも多くの場所を楽しむためには、人数が少ない場所から回るのが効率良い。ダンスゲームのような全身を全て使って派手に動き回るタイプのゲームでなければ、普通に楽しめるはずだ。

 ゲームセンターではどのゲームで遊ぶかを考えながら、二人は歩き始めた。到着すると人は疎らだった。現場でどのゲームなら遊びやすいか取捨選択していると、野球ゲームが目に留まった。自分自身で采配から全選手の操作をする対戦モード、選手の操作はゲームのAIに全て任せて采配だけは自分で行う対戦するゲーム。ゲームセンターにはそこまで慣れていない二人、特にゲームセンターが初めてな六道でも充分に楽しむことが出来るだろう。

「聖、このゲームで良い?」総合的に考えて判断した疾風が意見を求める。

「操作がシンプルなモードなら。それなら私でも出来そうだ」

 最初は操作になれるという意味でコンピュータと対戦する。操作はコンピュータがしてくれるので、六道も楽しそうな表情でゲームをしている。充分になれた頃合いを見計らって疾風が一つの提案をした。

「聖、勝負しない?」

「勝負? どうやってするのだ」急な提案に戸惑った顔で六道が聞く。

「この施設、体をあまり派手に動かさないものを三つで勝負する」

「面白いな、それは。手加減はしないぞ」笑顔で彼の提案を受け入れる。

 それぞれ別の機械の前に座り、お互いのタイミングを見計らってお金を投入する。ルールは普通の野球と同じルール。どちらも真剣勝負のつもりだったのか、やる気を前面に出していた。

 過去のことを疾風は思い出した。自分がコンバートする以前――自身が捕手として試合出場したのを最後に、彼女と真剣に勝負はしていない。ゲームであるとはいえ、久々に行なう真剣な勝負だった。けれど、未だに互角にやり合える自信は疾風にはあった。ただのハッタリではない。少なくとも、普段の打撃では捕手時代に培った経験を活かして相手の配球を読んでいる。楽に勝てないのは承知しているものの、自分にも勝算が同じくらいあるはずと考えていた。

「操作ミスで采配を間違えた、なんて言い訳しないよね?」疾風が言う。

「当然だ」六道が短くも真剣な声で返した。

 チーム選択、オーダー設定など準備が終わり、試合が始まった。真剣な表情で熱戦を繰り広げている。両者ともに譲るつもりなど、毛頭なかった。

 試合は平行線。両チームが三得点して、試合は終盤の八回表。疾風が選択したチームが代打で出場した選手がノーアウトで出塁する。

「よし」短く、小さな声で疾風が呟いた。

 すかさず代走の切り札を投入する。勝負はこのイニング、と判断した。一球目、二球目はウエストボールで外してツーボール。三球目、明らかなボール球。疾風の采配はヒットエンドランだったが、打者はカットをするのに精一杯でファールになる。

 カウントはツーボールワンストライク、打者有利のカウント。ランナーは俊足とはいえ、カウントを自分から悪くするとは考えにくい。この段階でもヒットエンドランの指示を出した。根拠のない思い付きではない采配。

 投じられた四球目、これが勝負の分け目になった。

「なんだと!?」と、疾風が驚愕の声を上げる。

 盗塁をしなければスリーボールとなり、投手が不利のカウントになってしまう。それでも盗塁をすると読んでいた。結果はタッチアウトで盗塁失敗となり、ワンアウト。

「盗塁を警戒していることを見せても、普段から積極的に盗塁するから走ってくると思っていた」と、六道は言った。

「走ってチャンス広げようと思ったけど……試合はまだ終わってない」

 気持ちを切り替え、すぐに流れを引き戻そうと疾風は張り切って言った。

 しかし、あれから試合は流れを取り戻すことは出来なかった。ノーアウトで出塁したチャンスを活かせなかったことが響き、六道のチームに勢いが付く。貴重な一点だけでなく、更に二点タイムリーも加わり、三点入る。最終回はそのままぴしゃりと三者凡退をして六道の勝ちとなった。

「負けたか」舌打ちしながら疾風が言う。

「あそこで読み勝ったのは大きかった」六道がそういうと、満面の笑みを浮かべる。

「次は負ける気がしない」

 次に選択したボーリング。二人とも慣れていなかったとはいえ、先程の野球勝負と同じように真剣勝負を繰り広げた。僅かなスコアの差で疾風が勝利する。

 最後に選択したのはダーツ。初心者である二人でもシンプルで分かりやすいよう、カウントアップ(八ラウンドで三投する簡単なゲーム)を選択する。先攻は六道、後攻は疾風でゲームが始まった。展開は両者が追いつき追い越されで、一歩も引かない展開。

「さて、これで勝ちはほぼ確定かな?」

 疾風が余裕を見せながら、六道に言った。全てを投げ終え、得点を示すスコアボードには「480」と書かれていた。初心者であれば四百点を取れれば上出来だが、それを八十点上回っている。対する彼女は七ゲームを終えてスコアボードには「380」と大きく表示されている。

「余裕を見せていると痛い目を見るぞ?」疾風の挑発を六道が軽くあしらった。

 大きく息を吐き、ダーツの的に集中を向ける。精神を集中させ、二十点のトリプル――つまり六十点を獲得したのが一投目。二投目は五点のシングル。これで合計六十五点。逆転するにはインナー・ブル(ダーツの中央)の五十点、十三点以上のトリプルを当てるかのどちらかが勝利するが、初心者では狙ってやるのが難しい。

 三投目、十六点のダブルで三十二点。結果は疾風を上回ることが出来なかった。二勝一敗で疾風が勝利する。

「流石にミラクルは起きなかったな」安堵した疾風が言う。

「む……残念だ。罰ゲームはどうするんだ?」残念そうに六道が答える。

「その前に休憩しよう」

 疾風が罰ゲームを考えるついでに休憩を提案し、六道が同意した。売店ではソフトクリームを買いに行く。バニラとチョコレートのミックスを二つ購入してすぐに戻る。

「よし、罰ゲームは決めた」

「何をするのだ?」

「僕も聖も恥ずかしい思いするかもしれない」

 そう言ってパンフレットのゲームセンターの場所を見ている。しかし、思い出を作るためにはちょうどいい。その場面を想像するだけでも恥ずかしくなってしまうが、悪くはないと考えている。

「む……」と、六道は警戒をする。

「知り合いにばれたら大変だよ」疾風は短く言って六道に微笑んでいる。

 そういって、プリクラでいろんな構えを取って写真を撮った。

 

 午後はアミューズメントパークで遊び通していたとはいえ、楽しい時間はすぐに過ぎ去っていった。時間は五時半だったが、昼食が早い時間だったこともあり空腹感を感じている。どうしても立ち寄りたい場所があったので、軽めのイタリアンのパスタで済ませる。更に安めのサイドメニューを注文し、半分ずつを食べた。

「聖、ちょっと近くに寄りたい場所があるんだけどいい?」と、時計を気にしつつ疾風が聞いた。

「そんなに急ぐことなのか?」六道がそういい、コーヒーカップに口をつける。

「うん、夕時の景色は良いとネットで評判」笑みを浮かべながら疾風が答えた。

「わかった」

 食事を切り上げ、店での会計を済ませる。いざタワーの入り口付近まで行くとその大きさに度肝を抜かされる。高さ三百メートル以上の建築物の迫力に、二人はただ驚愕するしかできない。エレベーターで展望デッキに行くと、期待していた以上にロマンチックな景色が目に留まる。照らしている夕日が真っ赤に染め、展望デッキから見る人々はゴマのように小さかった。

「綺麗な景色だ」六道が呟く。

「だね、上を言ったらキリが無いけど」疾風が頷き、同意する。

「上、か……。どうしてお前を含め、男は上を目指したがるんだ?」

 えーと、うーん、と唸って六道の問いに考え込む疾風。考え込んでいたのは明白だったので、疾風が話し出すことを待っていた。彼が周囲をしきりに確認したり、明らかに様子が六道にはすぐにわかる。明らかにようすがおかしかったが、何かしらの理由があるのだろう。考え事でもしているのだ。ならば自分が出来ることは、彼か話し出すことを待つことだけだった。

 疾風が悩み抜いて、六道と真正面に向かい合った。

 上を目指すということは力を付けること。力が無いのであれば自分自身は勿論のこと、家族、友人たちを守れない。ある程度の力を身に着けるまでは、我武者羅に上を目指すしかない。中途半端な実力では何も守れず、自分自身すら破滅へと追いやってしまう。責任を果たさなければならない、ということはそれ相応の覚悟が必要であると考えていた。

「守りたい気持ちだけあれば大丈夫なのかな?」

 自分たちの周囲に人がいないことを、もう一度確認する。その後はすぐに六道の手を思いっきり引っ張り、自分の前まで近づける。目を見開き、驚いた表情をするが、彼女は黙ってそれを受け入れた。

「あの時に言ったかもしれないけど……もう一度言う。聖のことが好き」

「何故、分かりきったことを言うんだ? 私だってお前のことが……好き」

 六道が身を預けながら疾風の問いに返した。

「あのやり方には納得いかなかったから」

 告白した時のことを思い出しながら疾風が言う。あの時は自棄を起こしていて、酒に身を任せていた告白。物に頼ったものではなく、自分自身の本当の意志を伝えたかった。

 明確に間違っていない限り、自分の意志を曲げることがほとんどない疾風。彼に観念したのか、六道は黙って聞きいれる。

「ならば、疾風の本気を見せてくれないか?」

 胸の鼓動が素早くなる感覚が分かる。疾風の胸筋に置いていた手を背中に回し、強く抱きしめる。彼女に応えるように、疾風もまた強く抱きしめた。情熱の火が更に熱くなっていく感覚を覚え、顔色も景色の夕暮れのように赤く染まる。クールな印象がある二人の仮面をはぎ取っていた。六道が顎を少しだけ突き出していて、これが何を意味するかを疾風はすぐに理解できる。

 そこから先は頭で色々と考えることより、体が勝手に動いていた。疾風の右手が腰に左手が頭に回り、六道も同じようにきつく抱きしめている。

 唇と唇が重なり合う。十秒ぐらいが経過したが、息が続かずお互いの唇を話した。視線が合うのと同時に、今度は舌を使ったキスを行う。お互いの胸を押し付ける形となり、身体の柔らかさが服越しから伝わってくる。舌の動きが激しくなるにつれ、感覚が分からなくなり、身体が溶けてしまうのではないかという気分に陥った。永遠に続くと思われたキスだったが、息が続かないことで一つの影が二つに離れる。

「順番が滅茶苦茶だね」と、疾風が虚ろな表情をしながら言う。

「かもしれない。その……これからも頼むぞ」

 確認はもはや必要ない。しかし、伝えずにはいられなかった。

 夕暮れの景色が暗闇へと姿を変える。すっかり暗くなった街には明かりが灯して、夕暮れの時に見た姿とはまた別の姿を見せている。蛍が明かりをともしているように、小さな光の群れは美しさがあった。

 お互いにとって、チームメイトと一緒に登り、恋人と一緒に下りてきた。

「聖、手を繋いで帰らない? らしいことしようよ」手を差し出しながら、疾風が聞いた。

「その……良いぞ」恥ずかしそうに六道が言い、差し出された疾風の手を握り締めた。

 二人がタワーから下りた時、上空の空模様は夕日から暗闇へと姿を変えようとしていた。街並みには所々で明かりがつき始めているが、日中の過ごしやすさはそのままに残っている。

 告白した時の感情の炎はそのままの状態を保つ。しかし、歩くときは冷静に表情を出さないように。帰路についていると思われる人々が、手を繋いで歩いている疾風と六道の前に現れて通り過ぎていく。当初はあった恥ずかしいという感情が徐々に薄れていく。会話はかわすことは無くても(または短いやり取りであっても)過ごして喜びが感じられる時間だった。

「疾風、今から寄りたい場所がある」と、六道が唐突に口を開いた。

「寄る場所? 分かった、付き合う」短く疾風が同意の意を伝える。

 二人が寄った場所はデパートの地下。地下では今日の夕飯を弁当で済ませようとしていた客、地下のレストラン街で夕食を済ませようとしている客、タイムセールで安くなることを狙っている客。

 この時間帯ではどこの場所でも混雑をすることが予想をしていたので、人混みの流れに巻き込まれないように六道は効率よく食材を選択していた。疾風も六道の荷物持ちを率先して引き受けながら、彼女と逸れないようにはぐれないように握っている手を強める。

 本格的な買い物をするのかと思えば、タイムセールの対象となっていた商品だけを選んで人混にもまれないように去った。

「あれ? これだけしか買わないの?」

 六道が買ったわずかな食材を詰め込んだ袋を持ちながら、疾風が彼女に聞いた。

「ああ、お前にはちゃんと振る舞いたい。それに少しでも安上がりで済むために、野菜は別の場所で買った方が安く済む」六道が疾風の疑問にすぐに答えた。

「なるほど……納得。色々と教えてくれない?」

 疾風はそう言い、彼女のやりくり上手に感心しつつも自分にも教えてほしいと、六道に教えを求めた。六道も役にてるのであればと喜んで引き受ける。節約術は覚えていて損はなく、将来と言う観点でも役に立つ機会は多いだろう。

 目的地に着くまでは距離が短いとはいえ、節約術の基本を一通り教えた。けれど、本格的なことは教えることまでは出来なかったが、実践を通じて覚えてしまうのが一番効率良いと疾風は伝えた。どのようなことでも実践で覚えていくのが理想だ。購入した惣菜のサラダ、冷凍食品とカット野菜は量のいいものを選び、質を重視しつつも安く済ませる。疾風は驚きを隠せず、「凄いな。本当ならもうちょっと費用もかかったはずなのに」とただ感心をするだけだった。

「そんなに褒めることじゃない」と、六道が素っ気なく言う。「本当に助かったぞ、疾風」

「どういたしまして」

 当たり前のことなのに照れくささを感じつつも疾風が返した。

「今日は目一杯遊んだな」

 今日一日のことを思い出す。初めて恋人同士らしいことをしたことを実感し、もうすぐ別れる時間が来てしまうのが名残惜しい。

「疾風、その……」六道の声が震えている。

 告白の時はすんなりと自分の意志が伝えられた。しかし、そこから次の言葉が中々言い出せないでいる。

 六道は物を申す時はハッキリと主張をする。そんな彼女が言い淀んでしまい、誘いを提案できないでいた。二人は日常でも会うことが出来るいつでも会えるが、もう少しだけ一緒にいたい気持ちがある。

「大丈夫だよ、聖」

 じれったい態度を察した疾風がはっきりと言う。彼女が何かを言いたいことぐらいは分かっていたが、このような経験は一切したことは無い。彼女を安心させるために、正直に言うしかなかった。野球の経験であれば、頭をフル回転させてよりベストな回答へつなげられただろう。

「出来ることであれば、どんな誘いでも受ける」

 疾風のまっすぐな受け答え、視線に六道が覚悟を決める。

「私の部屋に来て……欲しい」

「聖がそういうのであれば」

 二人はもう一度手を繋いで歩いた。他愛のない会話を交えながら、彼女の自宅へと向かう。何でもないような会話で心が弾む。もっと一緒にいたい、ずっと一緒にいたい。その喜びが普段人前では見せない表情をしていた。人が少ないルートを極力を避けて歩くと、誰にも邪魔をされないため更に密接する。

「こういう聖を見るのは初めてかな?」

 六道が黙り込んだ。不意の一言には弱い彼女。クールな性格面、容姿という面でも近寄りがたいという印象を受けがちだが、実際は逆だ。どこにでもいる女の子、精神的にタフに見えて繊細な心。内面だけを自分が更に知っている。過去に自分の前にだけ見せた姿、これが今も疾風の脳裏にハッキリと残っていた。

「聖」と、彼女を呼び止めた。「薬局で色々と買っていきたい」

 返事が来るまでためらいがあった。

「わかったぞ、私も付き添う」と、六道が言った。

 

 あれから会話を交わしながら、六道が借りているマンションへと向かう。疾風が観察をすれば四階建てで立地条件も悪くはなかった。建物の中に入り、彼女が住んでいる部屋の前まで移動する。女性の一人暮らしをするプライバシーを配慮してなのか、単純に緊張をしているかはわからない。疾風は緊張をしていた。

「入っても大丈夫だぞ」鍵を開けた六道が疾風に言う。

 彼女に言われて部屋に入る。まっすぐに進めばリビング、という彼女に指示に従って歩いていると鍵が閉まる音が聞こえた。途中は右にはキッチンがあり、左にはユニットバスと思われるドアがある。キッチンには乱雑さを感じられず、しっかりとしている彼女の性格を表している、と疾風は感じた。

「綺麗じゃないと思うが、くつろいでくれ」と彼女は言う。

 大きさはおよそ十畳ほどだろうか。中央に机が置いてあり、奥の方にテレビが置いてある。ウォークインクローゼットの中に小さ目の本棚があり、野球道具もしっかりと管理されている。内装を見る限りでは小奇麗な部屋だった。自分が普段使っているものとは大きな違いが感じられ、世界すら違う。

 女性の部屋に入ること自体、疾風は初めての経験でない。姉の香澄に用事があるときなど、自分から入ることはあった。しかし、身内である姉と恋人では訳が違う。彼女の部屋の中を何度も見渡し、緊張しているのか萎縮しているのか良く分からない気分を落ち着かせている。

「今すぐにでも食べたいから、シンプルでお願い」

 これ以上そのままの状態でいれば、彼女に察せられて幻滅される可能性もある。気を紛らわすためにも疾風が六道にそう伝えた。

 本当であれば、おもてなしをするためにちゃんと一から料理を作りたい。それが本望だったが、本人を待たせるのも悪い。六道は購入してきた魚を焼き、カット野菜をシンプルに炒めた物にした。しばらくして料理が出来上がる。木製の長角膳に料理を盛り合わせた皿を乗せ、テーブルに置く。

 箸を手に取り、料理を口に含める。

「美味い」と、疾風が一言漏らす。

 しっかりと味付けがされていて、世辞を抜いたとしても美味しいと感じていた。

「そう言ってくれると嬉しい」と、六道が言う。

 母親の手料理は日頃から食べていたとはいえ、最愛の彼女の手料理を食べることに違う感覚を覚える。ただ自分の気持ちが高揚していた。目の前にあるごちそうに夢中になって食事を進めた。

 最後の一口をゆっくり味わいながら咀嚼し、胃へ流し込む。箸を完食した皿の上に置くと、口周りについた残り物をふき取る。

「美味かった。ご馳走様」両手を合わせながら疾風が言う。

「お粗末様」と笑みを浮かべた六道が返した。

 食器を長角膳に乗せる。疾風が食器を台所まで持っていき、共に片付けをした。

 それからテレビを適当につける。面白い番組が一つもやっていなかったので、適当にチャンネルを回す。夜という時間帯もあり、ほとんどのテレビ局でバラエティ番組が放送されている。一通り回すと野球中継があったので、それに決めた。つまらないバラエティで気まずい雰囲気にしてしまうよりはずっといい。

 野球のテレビ中継にすると、スコアボードが表示される。先攻チームには「7」、後攻チームにも「7」のスコアが表示されている。どちらのチームにもエラーはしておらず、点の入り方も序盤、中盤に点数が入っている。どちらのチームも打撃が好調の乱打戦なのだ。

 二人は一つ一つの場面をしっかりと観察し、意見を出し合う。合致する部分もあれば、互いの考え方が異なる場面も出てくる。それを考え、テレビ中継を見るのと討論することの両方を併行した。

「ここがターニングポイントだね」と疾風が言う。「どっちが勝つと思う?」

「分からない。状況だけ見れば攻撃側が有利だ」と六道が言った。

 状況は無死で走者は一・三塁、先攻チームの三番バッターが打席に入っている。しかし、今打席に入っている打者は、リプレイを見ている限りはストレートにタイミングが合っていなかった。

「お前ならどう攻める?」と、六道が疾風に聞いてくる。

「直球を軸に勝負かな。カッター使えれば、インコース攻めもしやすい」

「犠牲フライでも一点。走者の足考えれば、ゴロでも突っ込んでくる。セオリー通りだな」

 自分も同じだ、と言わんばかりに頷きながら六道が言う。

 結局バッテリーが選択したのはカーブから入る。初球のアウトローのカーブにうまくミートさせ、センターにボールを飛ばす。結果的には犠牲フライとなり、貴重な一点が追加された。

 二人は何故変化球から入ったのかは理解できなかった。終盤となれば、一点でも重みがかなりある。元捕手の疾風は勿論、今も捕手である六道は配球を厳しく批判した。逆に四番打者に対しての配球は納得をしていた。うまくゲッツーを取れる形だったが、三振を取れたとしてもおかしくはない配球。それから昼間では話せなかった自分の過去など、多くの話題を取り出しては話を夢中で続けた。

 やがて話題は出し尽くす。沈黙が生まれ、お互いにいつもと違う雰囲気を感じ取っていた。

「聖、こっち来て」と疾風が言う。

 彼に言われた通り、自分の体を預けるように六道が近づける。背中に両手を回し、強く抱きしめた。髪の匂いが疾風の鼻腔を甘く刺激する。肩には心地が良い感触がある。どういう心境の変化が自分に起きたのか、と抱きしめている疾風も抱かれている六道も思っていたが、そんな野暮なことはどうでもいい。人前ではとても見せない表情で蕩けきった表情で甘えていた。

「そ、そうだ。風呂を沸かすからちょっと待っていてくれないか?」

 六道が抱きしめながら言う。ずっとこうしていたい気持ちもある。自分の気持ちを整理するため、快楽に溺れないためにも理性を保つために鈍った思考をフルに回転させる。

「ん……分かった」

 名残惜しそうに疾風が彼女を放しながら言う。彼女の意志を尊重するのも大事なことの一つ。

「今日は……と、特別……だぞ?」

 顔を真っ赤にして、今にも消えそうな声で六道が言った。駆け足気味に風呂場に湯を張りに行く。疾風はその後のことを期待し、理性を保つことで必死だった。

 それからの出来事は自分たちでもハッキリと覚えている。今までの交流よりも深くお互いを愛して、お互いを求めあったこと。

 

 最初に疾風が目を覚ました時、全身から体の重さを感じていた。このまま二度寝してしまう方が楽とさえ感じたが、カーテンの間から太陽の眩しい光が目に入る。疾風が寝ながら全体を見渡すと、床には自分たちが来ていた衣服が乱雑になっていた。隣には六道がいて、彼女が規則正しい寝息をたてて眠っている姿を見て、疾風は彼女とついに一線を越えたのだな、と思えた。

 髪をなでて彼女のそんな姿を観察していると、六道が目覚めた。瞬きを何度も繰り返している。

「目、覚めた?」と疾風が聞く。「昨日は本当に凄かったよね」

 六道は昨夜のことを思い出し、顔を赤らめる。恥ずかしさを隠すようにシーツで顔を覆った。

 時間を忘れて何度もお互いを求めあったかは覚えていない。ただ彼女への配慮は出来る限りは行った。

「でも悪くない気分だった」と六道は答えた。

「もうちょっとその姿を堪能したいな」

 疾風がそう言いながら強く抱きしめる。

「調子に乗るんじゃない」六道が疾風の額に指を置きながら言う。

 疾風が名残惜しそうに六道を放す。彼女が起き上がると、脱ぎ散らかった衣類の中からシャツを見つけ、きっちりと全てのボタンを締めた。

「今から朝食を作る」

 本当にベッドで共に情熱的な一夜を過ごしたとは思えないほどの気の変わりよう。あるいは単に思い出すのが恥ずかしいがゆえに、彼女が気丈に振る舞っているだけなのか。そんなことはどうでもいい。もしかしたら自分が尻に敷かれるかもしれないな、と疾風は思っていた。

 

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