主人公と六道がイチャラブする話   作:マジフジ

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目安としては五日の一回ペースで行います。


主人公と六道がイチャラブする話(仮)――第二話――

 関疾風の野球人生で、大きなターニングポイントを迎えた。

 

 捕手陣が他校偵察を終え、春大会に向けて更なる練習を積み重ねている。

 名門と呼ばれるあかつき大学、帝王大学を偵察。その二チームは勿論のこと、それ以上のチームに勝つための可能性に賭け、効率的な練習をする。もっとも、最初から負ける前提で試合に挑んだり、練習を行うこと事態が失礼極まる行いだが。

 自分達の所属する大学が、チャンピオンチームになるために全員が必死だった。

 一年生から四年生まで全ての学年が関係無く、大きな声を出して練習を続ける。

 大学野球の頂点を目指すのであれば、名門と呼ばれるチームと対戦する機会が必ず訪れてくる。完璧な牙城を崩し、自分たちのペースに持ち込み、チームが得意とする野球を行うことで勝利をもぎ取るために。

 疾風たちが入学した大学、パワフル大学は弱小と言うほど弱くは無い。しかし、強豪と呼ばれるほど強くもない。野球チームとしては中堅と呼ばれる大学だった。それは自分たちだけでなく、他校や世間も認識していることである。

 中堅大学が名門大学へ挑むための練習。勝利するため、必死で練習を重ねた。特に四年生は自分たちの最後の年ということもあり、誰よりも必死にアピールを続けている。最後の大学野球を後悔の無い形で終わらせたくない為だった。

 だが、そう思い通りにいかない。パワフル大学は堅実な強さこそあったが、名門には足元にも及ばない。力及ばずに春大会、秋大会共々、神宮の決勝トーナメントに敗退してしまった。敗れたチームには、訪れるのが速い新チーム作りが始まる。

「関、お前には遊撃手をやってもらいたい」

 監督が自分の部屋に疾風を呼び出し、そう告げた。それを聞いた疾風は驚き、引き攣った表情を浮かべ戸惑う。監督もまた、悩みに悩み抜いての決断。パワフル大学は近年、深刻な遊撃手不足に悩まされていた。有望な遊撃手の選手は、名門のあかつき大学や帝王大学に引っこ抜かれている。そのため、遊撃手の補強が急務だった。

 遊撃手は打球に対する素早い反応、守備範囲の広さ、地肩の強さ、状況判断するための視野の広さなどが求められる。さらにボールに触れる機会が、投手と捕手を除いた内野では一番多く、運動能力や野球センスの高さが要求されるポジション。疾風は捕手というポジションでありながら、俊足強肩、捕球技術もある。それらを考え、捕手から遊撃手へのコンバート提案だった。

「か、考えさせてください……」

 絞り出すように疾風が声を出した。大学で野球をすること、それを甘く見てはいなかった。自分の築き上げてきた経歴、模索して見つけたスタイル、全てにおいて間違ってはいない。そう信じてずっと捕手として、野球人生を歩んできた。捕手を捨てて、今まで積み上げて来たものを無駄にはしたくない。過去に経験してきたことを無駄な時間にはさせない。それらの考えが頭を過ぎり、すぐには答えを出せるはずがなかった。

 数日が経過しても、遊撃手へコンバートすることが頭から離れることは無い。もし、レギュラー争いで自分が六道に負けたら――試合に出場せず、ベンチやスタンドで彼女を見る自分の姿を想像する。それだけでも、屈辱と絶望の感情が疾風の中で生まれた。

 捕手として練習している時は、体を動かしている影響もあって忘れられる。だが、練習が終わると頭の中でまた存在してしまう。それが悶々と繰り返された。チームの方針に従わなければならない意志、捕手として進みたい意志が混じりあう。

 そして、その一週間後。チャンスが巡ってきた。練習終わりに、監督が選手全員を呼び出した。

「今後の戦力確認のため、三日後に紅白戦を行う」

 唐突なことだったが、同時に疾風はこれをチャンスと捉えた。自分が捕手としてのタクティクスをもう一度アピールする。今度は練習と言う形式ではなく、実践を想定した形なので、より強く存在感を示せることが出来る。彼にとっては願っても無いチャンスだった。

 野球だけで言うならば、実力が中途半端な投手であれば、自分が普通に勝てるのではないか。そんな自信が疾風にはある。捕手としてだけでなく、一選手としてアピールして自分を証明すること。それが今の疾風の状態だった。

 試合当日、その闘志は更に燃え上がる。紅チームに疾風、香澄、猛田。白チームには六道、橘、東條。紅チームのバッテリーは関姉弟、白チームは橘と六道のバッテリー。先攻は白チーム、後攻は紅チーム。試合前に香澄が肩を作り終え、弟の疾風とマウンドでミーティングを行う。

「気温が適しているタイミングで良かった」

 疾風がいつも通りの声で、口にミットを隠しながら香澄に伝える。

「何を言っているの? 今日は完投するわ」

 強がり、はったりと決して感じさせない本気の目付き。その眼光は獲物を捕獲する獅子のように鋭く、声質も重みがある。香澄本人にとっても、実力をアピールする絶好のチャンス。リリーフで実力を示していたが、先発でも充分にやれることを監督にアピールしたかった。

「その様子だと、緊張はしてないみたいだね。香澄ちゃん」

「当然よ、さっさと戻る!」

 香澄に押し切られ、疾風はホームプレートの後ろにあるキャッチャーボックス(投手が投球するまでの間、位置するべき場所)へ座る。白チームの一番打者が数回素振りをした後、右打席へ入った。バッターボックスに覆いかぶさってはいない。死球をしてまで、出塁する気概を感じなかった。

「最初、顔の前通過します。注意してください」

 打者に対して、疾風は淡々とした口調で、注意を促す。

 インコースの高めにミットを構えた。香澄がそのリードに頷き、フォーシームを全力で投げる。疾風の構えた所にボールが収まり、乾いた音が響いた。

「本当に投げやがったな」

 打者は肩を竦めつつ、内角高めに投げることを要求した弟の疾風、その無茶とも言える要求に応えるようにミットへ正確に投げ込んだ姉の香澄。そんな姉と弟に、感心したような声を漏らす。

「すいません、真剣勝負ですから」と、疾風が淡々と答えた。

 相手打者を舐め、手を抜くことは失礼極まる行為。それが一番嫌いだった。

「次は真ん中、もしくはアウトコース。インコースには来ませんよ」

 フォーシーム、緩いカーブ、スライダー、スクリュー気味に落ちるチェンジアップ、シュートのどれにするか。打者の弱点は、外へ逃げる変化球だから変化球にするか。疾風がそうやって独り言を言っていた。実際に疾風が要求したのは、アウトコース高めのフォーシーム、ギリギリ一杯のストライク。三球目も同じコースに要求し、ストライク。カウントはワンボール、ツーストライクと追い込んだ。

「次はどこにしようかな? それとも、遊び球無しで仕留めるか。様子を窺うか」

 先程の顔の前に通過するボール、二球続けての外角高め。次にどのコースにボールが来るか、打者は予想が出来なかった。疾風がサインしたボール、外角高め。ただし、それはボール一個分外れるシュートであり、ボールが寸分の狂いも無くミットに収まる。結果は空振り三振となり、これでワンアウト。

「よし、一つ! この調子で重ねるぞ!」

 疾風の大きな声がグラウンドにいる野手陣へ大きく届いた。

 

 Ⅱ

 

 捕手と言うポジションには、様々な要素が求められている。

 チームを統率する力、我慢をする力、打者は当然としてフィールド全体を見抜くだけの観察力、感性。投手が気持ち良く投げられるような気配り。これらの技術だけでなく、メンタル把握、それが求められているハードなポジション。

「ナイスボール、香澄ちゃん」

 疾風の声がグラウンドに響いた。香澄がグローブを差出し、それに応えるようにミットでタッチし返す。結局、あの後は誰一人として塁に出すことは無かった。カウントを取るための緩いカーブ、スクリュー気味に落ちるチェンジアップを使い、百三十キロ前半程度の球速をより速く見せつけ、打者の目を狂わせた。

「まだ初回よ」と、香澄は平然とした声で言う。「それよりも先制点を頼むわ」

「至極当然の注文ッス! 香澄さん!」

 気合の入った声で言ったのは、同じ紅チームになった猛田。

 顔付きも気合が入っているが、これに疾風は一縷の不安を覚えた。

 気合が入っている時の彼は大振りになりやすい。彼の持ち味である、粘り強さが活かせず、あっさり凡退する機会が多いからである。理由は明白であり、彼がライバル視している東條小次郎だった。

 猛田にとって、東條は超えるべき壁。それが原因で、必要以上にフルスイングに拘る傾向があった。フルスイングをして長打を打つ。シンプルかつ誰にでも分かりやすいこのスタイルで、東條に競り勝ちたいと思っているのだ。

 しかし、確実性の無い打撃はチームに貢献できないことが多い。

 そこが心懸かりとなっていた。

「相手先発のみずきよ。良く見ておきない」

 相手チームに意識を向ける様、気合の入っている猛田、考えごとをしていた疾風に言った。マウンドでは橘が六道にボールを投げ込んでいる。

「相変わらず、良いコントロールしてやがる」

「慶次、橘の持ち味を覚えている?」

「正確無比に決まる制球力。ハッキリ見せられたら、嫌でも知るもんだ」

「それなら良い」

 疾風と猛田が複数のやり取りを交わし、それを見ていた香澄は安心した。緊張している雰囲気が微塵も感じさせず、寧ろ勝負を楽しんで待っている。

 肩を完全に作り終えた橘と六道が、二言三言を交わす。六道がキャッチャーボックスに座り、紅チームの一番打者が左打席に入った。

 最初に投じられたボールは外角のスライダー。ストレート、変化球を問わずに、ボールのコントロールに自信があるから、要求したコース。

 二球目、外角低めにフォーシームのサインを六道が出し、それに橘が頷く。指示されたコースに全力で投げ込んだ。六道のミットはピクリとも動かしておらず、正確に決まる。追い込まれなければ、まず手は出せないコース。これでノーボールツーストライク。

「変化球、直球の調子が共に良さそうだね」

 唇を噛みしめながら、疾風が言う。憎たらしいほど正確無比に決まるコントロール。そんな相手を見て、冷静に評価を下した。

 打席では橘が顔の前を通過する内角高めのボールを投げ込む。打者が後ろに下がって避けた。

「大人しいだけじゃないってことか」猛田が愉快そうに言う。「このバッテリー、あの甲子園の時以上に手強いぜ」

 四球目、外角低めにストレートが投じられた。ただし、それは二球目よりも速いストレート。タイミングが合わず、空振り三振となりワンアウト。

 続く、二番打者。初球の内角高めのボール球を打ちあげてしまい、サードへ力の無いフライでツーアウト。

 三番打者は外角低めから内角高め、外角高めから内角低めと対角線を上手く使われ、見逃し三振でスリーアウトチェンジ。

「ありゃ。これは投手戦かもね」

 キャッチャーミットを付けつつ、疾風が淡々と言う。

「援護が来るまで待つわよ。先にやられる訳にはいかないわ」

 今は自分のやるべき役割を全うすること、それに専念しようとしていた香澄。

 香澄と橘は同じ投手、コントロールを売りとした選手。後輩とはいえ、自分と似ているタイプの選手を意識せざるを得なかった。

 そして、その傍らで橘みずきと言う投手を冷静に評価していた。

 その日のコンディションで、ボールのスピードやキレに格差がある。クレッセントムーンという決め球があることで、捕手はリードしやすい。対戦する打者よってペース配分を考えて、強打者には全力で抑え込み、そうでない打者には力をセーブした状態で投げるピッチング。抑え込むペース配分のテクニックも完成されている。

「相手打線をかわすためのリード、任せたわ」

「任せてよ、それが仕事だから」

 マスク、ミット、レガース、プロテクターなどをしっかりと身に着けながら、疾風が香澄に返した。

 二回表の攻撃。白チームの四番打者である東條が左打席に入り、投手の香澄を凝視。思い切り長く持ったバットを斜め前にぴたっと構えた。

「気合入っているね、東條。ホームラン打つ気満々?」

「お前に付き合うつもりはない」

 相変わらず堅いな、疾風はそう感じた。

 打席における冷静さ、尋常ではない集中力を武器としているパワーヒッター。疾風と共に在籍していた高校時代は不動の四番サードの強打者。ボール球は殆ど振らず、甘い球を確実に打ち返す選球眼。高校生レベルとは思えない驚異的なスイングスピード、鋭い打球速度、コースによって広角に打ち分けられる打撃技術。甲子園常連校の監督でさえ「プロでも即戦力なレベル」と言わしめた。このようにプロからも注目されていたが、更なるレベルアップのステージに大学を選択したため、プロに進むことは無かった。

 ささやき戦術が通じないのであれば、真っ向勝負でねじ伏せるまで。

 アウトコースで二球カウントを稼ぐ。勝負の三球目、疾風が要求するのはインコースギリギリのシュート。左投手のシュートは、左打者にとって内角を抉るボールだった。

 打球は詰まらせながらではあるが、ライトへ打球を運んだ。東條の打力に改めて驚かされた疾風。疾風が長打を警戒して、あらかじめ後退させていた外野陣。間に合うか、間に合わないかのギリギリな落下点。東條だけには絶対負けたくない一心から、猛田はギリギリのポイントで、スライディングを行う。序盤だが一か八かなプレー。

 それがノーバウンドで捕球され、審判に高々とアピールした。審判が拳を握りしめ、大きく手を伸ばし、判定はアウトだった。白チームのナインのそれぞれが猛田を賞賛する。

「まったく、最初から一か八かのプレーをしやがって」

 ため息をつきつつ、疾風は心の中で「積極的な守備が慶次らしい」と評価した。

 

 Ⅲ

 

 良い投手と良い捕手のバッテリーを擁した両チームは、投手戦を繰り広げていた。

 橘みずき、関香澄。双方の投手が共に、無四球で安打も許さない。それは緊張感のある勝負。ギリギリのコースに決まる投球で、両投手は引き寄せない。

 五回表まで大きな動きは無く、紅チームの五回裏の攻撃。

「うっし! そろそろ風穴を開けないとな!」

 五番打者の猛田が数回の素振りを行い、右打席へ入った。打順は二巡目ではあるが、ゲームは中盤に突入している。そろそろ均衡を破らなければならなかった。

「気合が入っているな」六道が言う。「最初の打席、振り回していたお前にタイミングが合うのか?」

 猛田は最初の打席で、自分自身がささやき戦術を警戒していた。警戒心が強すぎるあまり、ボールのタイミングを取ることに疎かになっていた。それをふっと思い出した瞬間、ボールがミットに収まる音が鳴り響く。してやられた、猛田は思わず舌打ちをする。

「次はアウトロー、スクリューだ」

 淡々と次に来るコース、猛田に聞こえるか聞こえないか程度の声量で言った。疑心暗鬼になっていた猛田だったが、六道の予告通りアウトローにスクリューが投じられる。わずか二球で、あっという間にツーストライクと追い込んだ。

「予告通りに投げたぞ。何故、打たない?」

 六道のペースにすっかりはまった猛田。彼女は彼に落ち着く間を与えず、すぐにボールを投じさせた。体を泳がせながらも、何とかファールでカットする。

 間髪入れず、審判にタイムを要求してネクストバッターズサークルへ向かった。サークル内でしゃがんでいた疾風が立ち上がり、猛田にスプレー缶を渡す。

「ムカつくこと言いやがって」

「慶次」

 疾風が彼に耳打ちをする。猛田が黙って聞いて、驚いたような顔をする。

 驚いている猛田とは裏腹に、疾風は作戦を伝え続けた。疾風が説明を続けるうちに、狙っている意図に気付き始め、完全に猛田は理解を示す。

 意気揚々と打席に入り、六道のささやきには耳を傾けないようにする。

 彼の心意気は徐々に体現されていき、気が付けば、来た球に食らいついて行くようになっていた。難攻不落の摩天楼を、足元から崩れ落とすための基礎を作る。

 ツーストライクまで簡単に通じていたささやきが通じず、徹底したカット。六道は作戦を切り替えた。

 インコース低目に、ボール一個分外れるストレートを要求させる。猛田はそのボールを見送り、カウントはワンボールツーストライク。次に内側に構え、橘が要求通りに投げ込んだ。猛田は際どいがボールと判断し、見送る。ボールカウントは、ツーボールツーストライクで平行カウントと思っていた。

「ストライク、バッターアウト!」

 審判が大きく手を挙げ、グラウンド全体へ響くように、声を張り上げる。そのジャッジに納得がいかない猛田が、じっと審判を睨んだ。

「どうしたのかね?」審判が聞く。

「いや、別に」

 六道の巧みなリード、構えた所に投げ続けられる橘のコントロール。この二つから、審判のジャッジを更に有利に運んだ。クサい所は、これでストライクと判定されてしまう。

「おい、ジャッジが厳しくなっているぞ」

「上出来。でも読めていた、こうしてくるのは」

 並の選手では、到底出来る技術では無いだろう。むしろ実力のある選手でも、ボールを出し入れする技術が可能なことが少数だ。橘のコントロール、六道の打者を翻弄する巧みなリード。二人が信頼しているからこそ、出来ることだった。

 ――とんでもないバッテリーだね。

 口元を軽くゆるめながら、疾風は右打席へ入った。

 どう攻略するか。審判のジャッジは相手チームに有利、投手の橘は調子が良い。

 ならば、と考えた疾風がバントの構えを取る。サードの東條がそれに気付いて高速で突っ込んできた。手の内は読まれており、疾風が慌てて一塁方向へ切り替える。バントは大きなフライとなったが、一塁手が間に合わなかったのでファールとなる。

 二球目はバントの構えからヒッティングに切り替え、投手を走らせた。判定はボールとなり、ワンボールワンストライク。

 三球目にもう一度バントの構えをする。今度は真後ろにボールが飛んでいき、ファールボール。これであっという間に追い込まれる。

「バント、得意では無さそうだな」皮肉っぽく六道が言う。

「セーフティ出来ないから、折角の足が台無しでしょ?」

 自分でも理解している弱点である故、彼が分かりやすい挑発に乗ることはなかった。ツーストライクで、次に何が来るのか? この試合で、まだ投げていないボール。クレッセントムーンが来ると予測していた。

 独特なサイドスローからボールが投じられる。それは三日月の軌道であり、橘みずきのウイニングショットのクレッセントムーンだった。

 読み通り。疾風が思いっきり左足を踏み込み、スイングをした。読みこそ当たっていたのだが、落差が想像以上のもの。タイミングは合っていたが、バットにボールが当たることはなく、六道のミットから乾いた音が鳴り響いた。

「ストライク! バッターアウト!」

 審判が高々と手を挙げ、叫ぶ。ボールのキレが優れているのは、試合を通じて痛い程分かっていた。だが、そのことも頭に会っても、出塁することが出来ない。

 疾風はハッキリと理解した。もっと濃度のある毒をバッテリー二人に植え付けておかなければ、この試合は勝つことは出来ない。

 既に完成されている。あれのどこが、不足しているのか。

 自分が作戦を立て実行すれば、六道は更にその上を行く。試合を通じて、捕手としての駆け引き。だからこそ疾風は彼女に対し、負けたくない意思が強かった。

 次の七番打者は初球からスクリューに手を出して凡打、これでスリーアウトチェンジ。五イニングス、六イニングスは両打線共に、変化球中心とした配球で抑え込まれた。試合の緊張感をさらに増していく。それは他の選手達もはっきりと感じ取った。

 

 ⅳ

 

 試合の流れは、確実に自分が想像していた通りに動いている。疾風は確信していた。

 初回から六回表まで、全ての展開が想定通りに運んでいる。ただ、自分のチームが点数を入れていない部分を除いては。速い形で先制点を取り、中盤で中押しとなる追加点、終盤で駄目押しの追加点。この形が出来ていなかった。

「試合は七回裏まで、進展が無なさそうだね」

 バッティンググローブを着け、ヘルメットを被った疾風が小声で独り言を言う。それと同時に、自己分析をしていた。思い通りに試合を作り上げ、それを楽しむ。そして、自分のプライドと実力を示すためのリードが出来ている。捕手としては全てにおいて完璧、疾風はそのように確信していた。

 ネクストバッターズサークルにいる猛田、打席に入っている四番の選手、相手バッテリーを事細かく観察する。

 試合も終盤。ここまで粘投を続けている先発の香澄に、先制点をプレゼントしてやりたい一心だ。

 けれど、「クレッセントムーンがいつ来るのか?」という意識が先行していて、ボールには当たらない。結局はスクリューを引っ掛けてしまい、ファーストゴロでチェンジ。ヘルメットとグローブを外した。慣れた手つきでレガース、ミット、プレテクターと言った捕手で使う道具を身に着けた。

 八回表、クリーンナップからの攻撃。打者は四番の東條から。

 この試合では二打席連続で封じ込めていた。緩いカーブ、スライダー、シュート、スクリュー気味に落ちるチェンジアップ。全ての変化球と直球を惜しみも無く使い、抑え込んだ。集中力を高め、東條の出す雰囲気に飲みこまれないと対応していた。

「すみません、タイムを」

 審判にタイムを取り、マウンドに疾風が近づく。この場面で一発に期待が出来る東條。本塁打で無ければ失点することは無い。だからと言って、ノーアウトでのランナー出塁はやってはならない。

「大丈夫よ、分かっている」

 手を出しながら、香澄が疾風に言う。彼女も充分に理解している。マウンドに上がっている以上、相手チームに点を取られるような投手にはなりたくない。その意思が、はっきりと疾風にも通じていた。

「結果を残させてもらう」左打席でピンっと構えた東條が言う。

「やってみなよ」疾風が東條を挑発する。

 試合も終盤。援護が初回から無く、先制点を与えられない状況が続いている。香澄も神経をかなり使い、疲れていた。それでもこのイニングを凌げば負担は減る。ささやき戦術も彼には通用しない。より慎重になって、抑え込むための配球を組み立てた。

 初球の要求は外角低めのスライダー。東條がそれにフルスイングをするが、空振りでストライク。

 二球目、低めのスローカーブ。ボールがワンバウンドしてしまい、疾風のミットに収まらなかった。東條が見送ったため、判定はボール。

 三球目、高めのストレート。少しばかり、高めにボールが浮いてしまった。

 四球目、アウトローにシュート。カットされファール。

 変化球、高めの釣り球にもしっかりと対応されている。彼女の直球も走っていた。これを活かすには、緩い変化球。この打席でまだ投げていない、スクリュー気味に落ちるチェンジアップ。

 五球目、タイミング外すチェンジアップ。東條の体勢が崩れる。

 疾風や香澄にしてみても、自分たちが投げ勝ったと思っていた。体勢を崩されてしまっては、長打は打てることは無い。だが、コースがまだ甘かった。東條が体勢を崩しながらも、レフト方向に流し打ち、シングルヒットで出塁。ノーアウトで先頭打者を塁に出してしまった。しかし、本塁打が出なかったのが不幸中の幸いだろう。疾風がマウンドへ向かった。

「済まない。アイツ相手に勝負を急ぎ過ぎた」申し訳なさそうに疾風が言う。

「仕方ないわ、アレを打った東條が凄い。そう思うしかないわ」

「とにかく次が大事だ。慎重に行こう」

 香澄は悔しさを押し殺しつつ、東條に良い評価を下していた。終盤で出してしまったランナー、次に迎えてくる打者をどう対処するべきか。それを考えながら、疾風がキャッチャーズサークルへ戻る。終盤での貴重な一点は試合を左右しかねない。ただの練習試合だったが、自身が正捕手の座を掴むための足掛かりを作る。投手を引っ張って、試合を作るリード、築き上げてきた知恵と経験。それが試されている。

 迎える五番打者。東條に打たれた後、初球攻撃をされる。二遊間を鮮やかなライナーを放たれ、センター前にクリーンヒット。続く六番打者には三塁の絶妙な送りバントを決められてしまい、ランナーは二・三塁。続くバッターは六道。前進守備を敷いて、本塁で刺殺するシフト。一点もやらない守備だった。疾風が横目で六道の様子を窺うと、彼女は肩で大きく息をしていた。初回から休みなしで、マスクを被ってリードをしていた影響が出ている。

「さて、ターニングポイント。勢い付いちゃうとマズイね」

 疾風が自身を落ち着くため、六道に聞こえる様にワザと大きな声で言う。それと同時にどう抑えるべきなのか。脳内で忙しく配球を組み立てる。すぐに閃き、ミットで答えを示した。

 一球目、インハイにギリギリのストレート。あくまでも、バッテリーは強気の姿勢であることを六道に示した。

 二球目、外角低めにボールからストライクになるスライダー。一球目の対角線を利用してカウントを稼いだ。

 三球目、ボール球になる様に外へ逃げる外角低めのシュート。それも見送られ、判定はボール。

 四球目、内角高めへボールが一個分外れるストレート。振ってくれれば儲けもの。しかし、コースを読まれていたのか、六道がスイングをしてボールを当てた。

 打球がショートとレフトの間にふらふらと上がる。抑えた。これで自分の勝ちだと確信した。しかし、不幸にもボールがグラウンドのフェアゾーンに落ちてしまう。二人が譲り合いをしてしまった。三塁ランナーの東條が生還し、一点目。続いて、セカンドランナーも生還しようとする。

 これ以上の点数は取らせてたまるか、その一心でブロックする。

 疾風と走者でクロスプレーとなり、疾風が派手に倒れ込んだ。しかし、ボールだけは決して離さなかった。一点は与えてしまったが、二点目は与えない。

「疾風、大丈夫?」

 ベースカバーに入っていた香澄が背後から聞く。

「大丈夫、唇を切っただけだから」

 口元を拭いながら、疾風がそう返した。拭った彼の右手には血がこびりついている。

「それなら良いけど……」

「それよりも気に入らないね」

 疾風が六道を見て吐き捨てた。大人しそうに見えて、攻撃的なリードと打撃。こちらがあたかも挑発されている気分だった。

「香澄ちゃん、次の打者。併殺狙うよ、オーケー?」

 分かっているわよ、と言わんばかりに香澄が頷き、マウンドへ戻った。

 続く八番打者は注文通りの併殺打でスリーアウトチェンジ。ここに来て、重たい二点が紅チームに圧し掛かった。

 

 Ⅴ

 

 ゲームは白チームの八回表の一点、九回表に追加点となる二点目が入っていた。対照的に紅チームは一点も入っていない。香澄は大崩れせず、九回表もしっかり投げ抜いた。橘も神経を使っている影響か、顔色に疲労を見せていた。打球も捉えられ始めていて、一歩間違えれば長打コースとなる打球も増えたが、当たりが正面だった故に一点も取られることは無かった。

 残すイニングスは一回。九回の先頭バッターは、五番打者の猛田。

 まだゲームは終わっていない。猛田は打席に入りながら、歯を食いしばる。どんな形でも良い。結果が欲しく、出塁したかった。必然的にそれは表情にも表れる。

 出塁したい気持ちがバレバレよ。橘がマウンドから猛田を観察していた。女房である六道の構えた所に全力で投げる。投球は捕手と二人三脚で創り上げる物。緻密なリードに応えようと、マウンドから一球目を投じた。しかし、そのボールがすっぽ抜け、彼の背中に当たってしまった。

「ってえ……」顔をしかめながら、猛田が言う。

「済まない、大丈夫か?」六道が聞く。

「大丈夫じゃねえっての。ま、苦労せずに出塁できた。ワザとじゃないことぐらい、分かっている」

 猛田がそう言いながら、一塁へ向かう。打順は六番の疾風。六道がタイムを取り、マウンドにいる橘の所へ向かった。

「ごめん、聖」橘が申し訳なさそうな声で、六道に謝罪する。

「気にするな。アイツも避けるつもりが無かったぞ」

 ランナーとなった猛田を、横目で見ながら言う。

「次のこいつさえ切れば、一つの山は越えるわね」

「そうだ。集中力を切らしたら駄目だぞ」

「分かっているわ、さあ戻って」

 六道が頷いて、キャッチャーズサークルへ戻る。疾風が右打席に入る。しかし、いつもの口元を隠したぶった切り打法では無く、初めからバスターの構え。彼自身はバントが苦手にも関わらず、この構えを初めから取っていた。

「一球目は内に来る。必ず避けるんだぞ」

 六道が疾風に警告を出す。一球目、インローへのボール球。足を思いっきり引いて、ボールを避ける。

「攻めるね。僕がアウトハイって踏んだら、どうだった? 最悪の場合、僕は大怪我していたよ」

 疾風が肩で息をしている六道に、冷淡な口調で言う。

「それは無い」更に六道が呼吸を整えて続ける。「どう思っているか分からないが、私は選手を意図的に故障させようとは思わない」

 ささやき戦術を使い、相手の思考をかく乱することを六道は常に使っていた。

 それでも、彼女は相手打者が死球で負傷することを何よりも嫌っているので、絶対に嘘は教えない。疾風が自分と同じ戦術を使っているので、外角高めのボールと予想して踏み込んで来ることはしないと読んでいた。

 疾風もまた、相手打者を怪我させないことは同じだった。怪我をさせた上で勝利をしたとしても、後味が悪く残る。一生の後悔として残りかねないからである。

「納得。でも、ごめんね。嫌がる戦術だけは使わせてもらうよ」

 冷淡な口調と打って変わり、いつもの口調で彼女に返した。

 その二球目、疾風が三塁線にバントを転がす。ラインを越えてしまい、ファールになってしまったが、橘がバント処理の為に走ってきた。

 三球目、もう一度バントの構えをしてバットを引く。ボールがワンバウンドしてしまったので、判定はボール。

「みずき! 走らなくて良い! バント処理は東條や私たちに任せて、ピッチングに専念するんだ!」

 アウトカウントを一つ貰えるのであれば、バントをさせても良い。俊足のランナーとは言え、素直に送りバントをして塁に出さなければ、意識をすることは無くなる。そう判断して三球目はバントのしやすいストレートを要求する。打席の疾風はヘルメットをバットで三回叩いて、もう一度バントの構えを取った。

「スチール!」と、一塁の選手が叫ぶ。

 一塁ランナーの猛田が盗塁を仕掛けてきた。遊撃手が二塁のベースカバーに入り、一塁と三塁の選手が突っ込んでくる。打席の疾風はバットを引き、構えを切り替えた。バスターエンドラン。疾風が弾き返した打球は、遊撃手の左横をすり抜けた。猛田はその間に三塁まで進塁し、疾風が一塁で止まる。ノーアウトでランナーは一・三塁。

 次の七番打者が入る。疾風が大きくリードを取った。最終回でのこの場面。同点のランナーにも関わらず、大幅なリード。ミスをしてしまったならば、チームの勢いを殺しかねない。そのリスクを恐れてはいない眼つきだった。

 橘が三回ほど牽制を入れる。疾風が戻る方が速く、橘の牽制が全てセーフだった。

「みずき! ランナーに気を使うな!」

 六道がマウンドの橘へ声をかける。打者への注意を減らし、痛打されてしまえば同点だって有り得る。ホームランでサヨナラ、そんな可能性さえある場面。

「タイム」東條がタイムを取り、マウンドへ向かった。

「な、何よ?」不機嫌な顔をしながら、みずきが言う。

「橘。疾風は足が速いから、警戒するのは分かる」

「でも、どうするのよ!?」

 橘の口調は明らかにイライラしている。自分でも分かっていることだった。

「バックには俺達がいる。俺達が処理をするから任せろ。お前の正面には六道だっている」

 東條が淡々と彼女を説得し、マウンドから六道を見る。自分の相棒が相手打線を封じ込めるためのリードをしていたこと。橘は自分ひとり相撲で自滅しかけた所を、東條に救われた。

 嫌らしい、一塁走者の疾風がそう思った。これから自滅を誘っていた所に、東條が声をかけに行って立ち直らせてしまう。しかし、そんなことは想定済みであり、疾風は次の作戦を考えていた。六道との駆け引き、彼女に勝てば勢いはつく。先程と変わらず、リードは変わらない。

 一球目、高めのボール球を投じる。すぐに返球するのではなく、その送球は一塁ランナーの疾風を刺すためだった。

「やば!」

 疾風が頭から塁へ戻り、グラブのタッチがワンテンポ遅れてきた。判定はセーフ。紅チームのベンチから安堵の息が漏れる。それにも関わらず、疾風は変わらずに大きくリードを取り続けた。

 二球目、低めギリギリ一杯のストライク。今度は六道が投げるふりをし、疾風に揺さぶりをかけた。

 三球目、ウエストボール。疾風が盗塁を仕掛け、六道が二塁へ送球をする。猛田は三塁へ戻って様子を見る。二塁にトップスピードで足から突っ込んだ。遊撃手が送球を受け取り、タッチする。

「セーフ!」審判がジャッジを下す。

「しゃあ!」

 疾風が叫んだ。野球の時は滅多に表情を変えることが無い、ポーカーフェイスの彼が闘志を出すことに周囲が驚く。ランナーは二・三塁と一気に同点のランナーが、得点圏に進んだ。紅チームとしては、これは何としても物にしたい場面である。

 四球目、甘いボールをセンターへ弾き返した。三塁ランナーの猛田が悠々と生還して、一点を返す。二塁ランナーの疾風は、三塁コーチャーの指示に従い、三塁を蹴って本塁へ向かった。センターがボールを返球する。それを低い体勢で聖が捕球し、突っ込んでくる疾風と衝突した。

「アウト!」

 六道のタッチが僅かに速かった。疾風は悔しさで茫然自失になる。自分のプレーがことごとく、阻止されていたから。次の八番打者はあっさりと打ち取られてしまい、ゲームセットとなった。

 

 

 疾風は練習試合を終え、帰宅しようとしていた。しかし、自分が忘れ物してしまい、室内練習場へと戻る。彼が戻ると、今日一日の練習試合があったにも関わらず、六道がマシン筋トレをしていた。もっと、その目の前のことよりも更に先を見つめている、一点の曇りも無い顔で練習をしている。

「試合があったのに、こんな時間までトレーニングか? 六道」疾風が彼女に声をかけた。

「ああ。お前に盗塁されたからな。それに、私は普通の選手より筋肉が付きにくい。だから残って練習していた」

 六道は思い出す。あの場面で盗塁を決められてなければ、アウトに出来ていれば投手に負担をかけなかったはずである。そう確信していた。

「筋肉が付きにくい?」

 対照的に、疾風は彼女の答えの意図を考えていた。しかし答えが分からなかった。

 彼の中では疑問符が浮かび上がり、それが消えずに怪訝な顔色をしている。

 そんな彼を見て、六道は分かりやすく説明をする。

 男性野球プレーヤーの最も活躍出来る時期は、一般的には三十代前後。そして、女性である自分はそれよりも劣る時期が早めにやってくる。そして、女性である自分はそれよりも劣る時期が早めにやってきて、自分の活躍できる時間はせいぜい二十代中盤が山である、と疾風に説いた。

「私は幼少のころから野球を始め、ずっと野球を我武者羅に続けてきた」

 高校時代でもどの選手に引けを取らないポイントを見せ続けてきたが、女性だからという一点の理由で評価はされなかった。偶然、正捕手を固定できなかった上に、投手のポテンシャルを最大限までに引き出せる捕手がいなかったから、大学に一般受験をして、活躍できる余地を見つける。そのわずかなチャンスに聖は賭けた。そして、今日の練習試合を通じて、疾風との真っ向勝負に打ち勝った。

「なるほど、その恩返しがしたいと。気持ちは分かるよ、六道。無茶したら、体がパンクしちゃうよ」

 推薦入学だった自分とは根本から違う。その内に秘めた負けん気があったから、自分との練習試合では常に一枚上手だった。そして心意気も違う。疾風は自分の想い通りのリードをするため、プライドのため、自分を主張するためのリードをしていた。対する六道は自分とは違い、勝つために捕手をするのではなく、絶対に負けない様に限界を超え続けている。だから、相手を実力で打ち負かすことに拘って無かった。

 自分が敵わない理由を、疾風はこの瞬間に理解出来た気がした。

「私はその気持ちに応え、戦うライバルがいる」

「ライバル、か」

 疾風は聖と自分を重ねていた。自分も大学を推薦させたくれたことへの恩返し、評価してくれたことの恩返しをしたい。

「六道。僕はセンス、持ち前の集中力でやっている選手だと思っていた」

 誰かに頼るんじゃない、互いが互いを助ける力が大切だ。助け合い高め合うためには、それを相応の力が必要不可欠だ。疾風は自分にはその力が無いことを自覚しているが、その力を身に着け力になりたいと思っていた。

 この時、疾風は決心した。

 僕は彼女と真剣勝負をしても、逆立ちしても敵わない。

 捕手として生き残れる可能性が少ない。このままでは終われない。

 再戦を誓った強敵(ライバル)たちに。そして自分が生き残るために、這いつくばる覚悟を持ってでも。遊撃手へコンバートして生き残る。

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