主人公と六道がイチャラブする話   作:マジフジ

7 / 11
速めに投稿しておきます。関姉弟の能力、公開した方が良いのかな?


主人公と六道がイチャラブする話――第六話――

 神宮大会が始まり、各大学の注目度が増していた。

 この大会では多くのプロ野球球団のスカウトが、緻密なドラフト戦略を練るために集まる。選手たちは自身の持てる力の全てを出し切り、試合に臨む。幾数多の対戦チームを下し、栄光を掴みとる。

 一試合でも多くあれば、自分を売り込める機会が増えていく。プロ志望の四年生選手にとっては最後の神宮大会で、スカウトに自分をアピール出来るチャンス。一試合でも多く存在感をアピールし、自分を注目させる。勝利を渇望する姿は百獣の王の如く。その姿は素人の目から見てもハッキリと分かるものだった。

 パワフル大学と白薔薇かしまし大学の試合当日。

 試合を一目見ようと観客は多く、外野席、内野席が共に埋まっていた。一塁側、三塁側の観客席の最前列はそれぞれの大学の応援団、ベンチに入って試合に出ることが出来なかった選手、後援会、ファン。それだけ注目されていることだった。

 先行は白薔薇かしまし大学、後攻はパワフル大学。

 練習前に守備練習が始まる。サードは東條、ライトは猛田、キャッチャーは六道、先発ピッチャーは関香澄。

「今日の試合は投手戦が予想される」

 監督が言う。手に持っていたノートには、白薔薇かしまし大学のメンバーが一人一人細かく記載されている。先発投手である「鈴本大輔」に要注意を意味する、赤のマーカーが引かれていた。鈴本以外の選手にも、主力となる選手にもマーカーがあった。

「一点もやれないわ。聖、今日はお願い」

 香澄は自分の役割を全うしてやる、そんな気概を前面に出しながら言った。力をセーブして抑えられる相手ではないと、自身の本能が呼びかけている。やる気が高ぶっている香澄が様子を見て、察した六道は短く「分かった」と返答して頷いた。

 体の状態は悪くない。自分が降板した後のマウンドには、頼れる後輩がいる。自分のバックを守るチームの守備は信頼できる。決して、パワフル大学が負けるなどとは思って無かった。

 自分より一つしか違わない。それなのに、年下の選手があれほどの力を持ち、チームの中心選手としても機能している。トーナメント形式は負けると即終了。そんな試合で先発を任せられることの意味を、香澄は重々に理解していた。

「今日は継投も視野に入れている。投手も準備は怠るな。野手も状況次第では、積極的に起用していく」

 監督も断言する。一点が命取りとなる、と判断していた。

 四年生選手の最後の大学野球。しっかりと花を咲かせたい。監督自身も、選手と同じく緊張していた。勝てるか負けるかなど、試合をやらなければ分からない。しかし、それでも信じて練習を積み上げてきたことを、無駄にはしたくないプライドがあった。

 ミーティングが終わり、選手たちが集中力をあげて試合に臨む。

 両チームのスタメンが発表された。

 パワフル大学のスタメンは四番サードの東條小次郎、六番ライトの猛田慶次、八番キャッチャーの六道聖、先発には関香澄。リリーフは橘みずき、ベンチは代走の切り札である関疾風。

 白薔薇かしまし大学のスタメンは、一番センターの城井伯斎、二番レフトの矢部田亜希子、三番サードの武野浩太、四番セカンドの黒珠真、五番キャッチャーの星空星光、七番ショートの夏野向日葵、先発に鈴本大輔。リリーフはプロも注目している二選手――涼風希望、紀乃光一が控えている盤石のリリーフ。

 色々と注目がされている中、試合が始まった。

 試合が始まると、ミーハーな観客たちの声援が大きくなっていく。

 パワフル大学では、女性バッテリーということで香澄や六道を一目でも見ようとすることが目的。白薔薇かしまし大学は端正で爽やかな印象を与える鈴本や涼風、女性選手の夏野と矢部田、武野や城井といったフレッシュな選手が目的。

 一回表、白薔薇かしまし大学の攻撃。一番打者、城井が左打席に入った。

 得点圏に弱く、追い込まれると力んで三振が多い打者。メンタルが課題ではあるが、走攻守三拍子揃っている。油断は出来ない打者だったからか、内角を執拗に攻めての配球で抑え込んだ。

「六道、らしないリードだね。いつもの慎重さが無い」

 城井の打席のリードをベンチで観察しながら、疾風が呟いた。自分であれば、相手の様子を窺うために内角を執拗に攻めたりしない。相手はプレッシャーに弱いとは言え、リードオフマンを任されている選手。足も絡めた攻撃も出来るので、彼女も出したくないと考えているはずだ。

「馬鹿ね。聖はその後のことを想定しているわよ」橘が言う。

 先程の一番打者とは変わって、ボール球を使った戦術。打席に入っていた矢部田も、六道の攻め方が変わったことに戸惑っていた。

「後続に対しても、違う攻め方があるってこと?」疑問を投げかける疾風。

「そうじゃないわ。分からないなんて、疾風らしくも無い」橘が短く返答した。

 何か狙っている。これだけははっきりと分かっていた。最初から全力全開のリードをして、打線に隙を与えない。彼女がただ出し惜しみをしていると負けてしまう、ということを理解した。ハナッから全力で戦う相手。そうしなければ、食われてしまう。彼女の闘志が、前面に出ているのも頷ける。負けてたまるか、という意思。その意思の強さは、ベンチ越しでもハッキリと伝わってきた。

「ベンチで見ているだけじゃなく、あそこに立ちたい」

 疾風がポツリと漏らした。

 橘もまた、疾風と同じことを考えていた。ベンチ入りメンバーであるとはいえ、野球選手としての本能が抑えられない。大勢の観客、スカウトが見ている前で好ゲームを繰り広げる。そんな感情が昂っていた。緊張感を味わいたい。あの場所に、自分たちよりも先に立っている同級生が羨ましいという感情、悔しいという感情が渦巻く。

「体を動かしてくる」

 大人しくしていられず、疾風がそう言った。ベンチ裏に行き、素振りをすることで、いつでも自分がいけることをアピールする。しかし、出場できるとは限らない。それが途方に終わることも有り得る。自分の頭の中では理解していても、体の疼きを抑え込むことは出来なかった。

「あ、待って。だったらアンタが私の球を受けてちょうだい」

 みずきがそう言いながら、グローブを持つ。彼女も好奇心が抑えきれなかった。監督は観念するように、二人がブルペンに行くことを了承した。最悪の場合、六道が戦線離脱することを想定してしまえば、「代わりの第二捕手がもうベンチにいない」と「代わりの第二捕手がまだベンチにいる」では采配にも幅が広がる。そういうことも想定して、疾風に捕手を指名する。疾風は捕手の道具を全て持ち込むため、ロッカールームに戻った。

 ――懐かしい感覚だな。

 プロテクターを付けることでしか感じられない重さ。使い込まれたミットが、自分の手になじむという感触。今更キャッチャーに戻ろうという願望は無い。ただ純粋にチームの一員として、チームの役に立ちたい。そして、自分自身の限界がどこまであるのかを知りたかった。

「橘、準備は出来た。ブルペンに行こう」

 マスクまで身に着け、疾風が橘を見る。疾風の真剣なまなざしを見て、橘が相応の態度で返そうと顔付きが真剣になった。いつでも準備は出来ている。ベストコンディションに整えて、最高の緊張感のある場所で最高のプレーをしたい。ベストなボールを投げられるように、橘はブルペンでボールを投げ始めた。

 

 

 試合は中盤まで膠着していた。変化球を中心とした配球、柔の投球で白薔薇打線を封じる香澄。速球を中心とした配球で、剛の投球でパワフル打線を封じる鈴本。緊迫した投手戦に、球場全体には緊張感が漂っていた。どちらのチームも走者こそ許してしまうが、得点圏にまで進ませることは無かった。

 五回表、白薔薇かしまし大学の攻撃。先頭打者は七番の夏野。試合中盤での長打率は高く、試合のキーマンになりやすい。元投手であり、内野もこなすユーティリティープレーヤーで。突出しているのは低めのボールを捌く技術。油断は出来ない相手だった。

 一球目、六道が外角低めの直球を要求し、香澄が全力で投げ込む。ギリギリ一杯のコースで手が出なかった。ワンストライク。

 二球目、クロスファイヤー――胸元を抉るストレートを打たせて、ファールでカウントを稼ぎ、ツーストライク。相手打者を追い込んだ。

 しかし、三球目。勝負を急ぎ過ぎたのか、低めのチェンジアップを狙われ、センターに弾き返された。

「済まない、勝負を急ぎ過ぎた」

 マウンドに駆け寄り、申し訳なさそうに六道が言う。一塁ランナーとして、出塁した夏野を香澄は見る。

 出塁したこのランナーを返してはならない、絶対に先制点を取られてはならない。それを許してしまえば、相手の勢いは増してしまう。切り替えて、相手を封じ込めなければならなかった。

 女房である六道の話を聞かないで、走者となった夏野を睨み続ける香澄。六道が香澄の左手を、強くつねる。

「何するの!?」驚きと怒りの両方が混じった声で、香澄が言う。

「相手に集中するんだ。私は打たせるつもりも、点を取らせるつもりも無い」

 六道の声色が強い。自分が無視したことで、彼女の怒っている姿を目の当たりにして我に返った。

 八番打者に対しては内角高めのシュートを引っ掛けて、ファーストフライでワンナウトを取る。九番打者の鈴本は、最初からバントの構え。彼は普通の投手より打力が高い程度であり、全体から見たら標準を下回る。アウト一つ貰えるなら、何でも良い。得点圏に走者を置いてしまったが、ツーアウト。次は先頭打者、城井。

「城井くん!」

 ネクストバッターズサークルから、矢部田が叫ぶ。城井に対し、自分の所へ来るように手招きをしていた。矢部田が耳打ちを行い、城井に作戦を伝える。グラウンドから見ていたパワフル大学の内野守備陣に、電撃が走るかの如く緊張してしまう。

「本当にそれで良いのかい?」城井は驚き、戸惑った。

「大丈夫、失敗したらオラが全責任を取るんだべ」短く返答した。

 彼がプレッシャーに弱いのは事実。少しでもプレッシャーを解放させることが、矢部田の目的だった。落ち着いた雰囲気で、城井が左打席に入った。

 一球目、二球目は六道の構えた所にボールが来ない。三球目の高く浮いてしまった緩いカーブを叩き、三遊間にゴロが転がった。

 これでスリーアウトチェンジになって、守備が終わる。無失点で何とか切り抜けた。

 誰しもがそう思っていたが、ボールがイレギュラーバウンドしてしまい、遊撃手がボールを弾いてしまう。記録はエラーとなり、二死で一・三塁、バッターは二番の矢部田亜希子。香澄のセットから投げられるボールの状態を配慮した六道。彼女はすぐに敬遠の構えを取って、クリーンナップと勝負を選択。ワインドアップと比較して、セットポジションの体勢で投球すると球威が劣る。

 リスクこそ付き物だが、相手もチャンスを簡単につぶしたいとは思わない。二死満塁という状態で、ホームスチールは狙いづらい場面。その様に考えた上で、満塁にさせてしまえば、ランナーは実質関係なくなる。ワインドアップで投げさせるのが狙いだった。

 ランナーが溜まり、迎える打者は三番の武野。得点圏での打席は苦手だが、左投手には強く、ワンストライク時の打率も高い。ベース寄りに立ち、右打席に入っている。死球でも良い、カッコ悪くても良い。どんな形でも点を取る、武野の強い意思が打席から伝わっていた。

「橘、関。お前達に伝言がある」

 同じ頃、ブルペンにいた二人に、同じくベンチ入りした選手が声をかけた。

 橘への伝言――この回で失点したら、彼女を登板させること。疾風にはいつでも出場できるように、バットを振って準備しておけという伝言だった。分かりました、疾風はそう一言伝え、頷いた。ブルペンから試合の流れをじっくりと観察する。

 内角低めに投じたボール、ストレート。武野は左足を思いっきり開き、鋭くバットを振り抜いた。三遊間を鋭く破るライナーで、レフト前に打球が転がっていった。

 六道がすぐに最善のプレーを考える。ベースランニングの上手い武野を考えれば、バックホームをしてしまうと、二塁にまで進めかねない。傷口を広げないよう、カットマンに中継をする様に声を出した。

 しかし、彼女の指示はグラウンドや観客席による歓声で、指示が届かない。レフトから直接ボールが来る。サードの東條や、ショートの選手がカットすることが不可能な送球だった。二塁走者もホームイン、送球の間に武野は二塁にまで進める。

 白樺かしまし大学のスコアボードに「2」の文字が表示された。

「タイム!」監督がタイムを取り、球審に投手交代を告げた。

「橘、出番だよ」

 疾風がそう言うと、橘が頷く。自分の後ろには頼れるリリーフ陣がいる。自分の登板時の守備は、頼もしい選手が多くいる。後は自分自身が監督の期待に応えるだけ。決意を固めて、橘がマウンドへ向かった。疾風はいつでも出られるように、準備を始める為にベンチへ戻り、バットを振る準備をする。

「みずき、ここから任せたわ。思いっきり投げてちょうだい」

 ボールを橘のグローブに渡しながら、香澄は言った。結果として、四回と三分の二で二失点降板。ゲームは壊さなかったが、引っ張りきれなかった。チームに迷惑をかけてしまったことが屈辱的だった。こんな程度じゃない――自分はもっと抑えることが出来たはずである。無念の気持ちで、ベンチに戻っていく。

「やる気は前面に出ていたぞ、関」監督が短く伝えた。だけどな、と一呼吸。

「もう少しイニングを稼いでもらいたかった」

 歯を強く食いしばる。変な気配りをされて、持ち上げられても腹が立つだけ。正直に言われると、楽になれることもある。だが、打たれたことで降板してしまい、仕事を全うできなかった悔しさ。香澄はタオルで顔を抑え、溢れ出る涙を隠した。

 マウンドでは橘が投げ込んでいる。既にブルペンでボールを投げていたので、肩は充分に温まっていた。

「みずき、香澄さんは気持ちを見せたぞ。今度はお前が見せる番だぞ」

「分かっているわ」

 同じ投手だからこそ分かること。自分の作ってしまったピンチに、ケジメもつけられずに降板する。香澄の抱いた悔しさ、闘志を引き継いでマウンドへ立った。

 四番の黒珠が打席に入る。持ち前の制球力を活かし、コーナーを広く利用して三振で切り抜けた。

「みずき、ナイスピッチング!」

 香澄が出向かえた。アイシングはまだやっていない。最後までこの回を見ておきたかったから。ドリンクを持ち、みずきに渡した。

「ありがとうございます、香澄さん!」

 元気な声をだし、香澄に感謝する橘。香澄の出したランナーを返さず、成績を落とさなかったことに満足していた。

「関。六道が出塁したら、代打で出番だ」ベンチの選手が伝える。

 分かりました、と一言言いながら頷く。

 打順は八番の六道から。代打は送らず、ネクストバッターズサークルに、橘が入る。打者一人にしか彼女が投げていないこと、試合はまだ中盤であることを考えての妥当な判断だった。四球が望めない相手、六道は全神経を集中している。

 のけ反らせるために投じられた内角高めの直球。避ける動作はしなかったが、ストライク。二球目は外角へシュート、これが僅かに外れてボール。三球目高めギリギリ一杯のストレート。鋭くスイングするが、ボールが後ろへ飛んで行ってファール。四球目、外角低めのストレートを逆らわずに流し打ち、ライト前ヒットで出塁した。

 続く九番の橘が、きっちりと送りバントを決める。

 アナウンスが鳴り響く。トップバッターにも関わらず、代打が送られることに、球場全体、相手ベンチがどよめく。ただ、マウンドにいる鈴本だけは、その相手を睨みつけていた。

「パワフル大学、選手の交代を告げます。ピンチヒッター、関疾風」

 左打席に入りながら、疾風が鈴本を睨みつける。同様に、鈴本もマウンドから疾風を睨み返していた。高校時代の三年間、共にバッテリーを組んできた。二人とも、お互いの手の内を知り尽くしている。頼もしかった味方が、今では敵となって対峙。闘志が燃えたぎっていた。

 疾風が口元を右腕で隠したフォームを取り、リズムを取った。インコースに覆いかぶさり、狙いを絞る。キャッチャーの星空が要求したのは、内角で打者の疾風をのけ反らせるためのボール。恐れを持たずに鋭くスイングするが、空振りしてワンストライク。

 自分と同学年の選手が試合に出ている。どれだけ刺激になり、羨ましかったか。最初からこの緊張感を味わいたかった。疾風の想いが、悔しさと羨ましさで交差する。

 二球目、内角の低めを振り切る。疾風のバットが木端微塵となり、グラウンドに折れたバットが転がる。右方向にフライが高く上がったのを確認したセカンドが後退、ライトが前進する。ボールがポトリと落ち、テキサスヒット。チャンスが広がり、一・三塁。

 疾風はガードを取り外し、一塁コーチャーに渡す。

「監督から、グリーンライトの許可が下りている」

「了解です」疾風は頷く。

 短めのリード、鈴本のけん制する技術が、高校時代よりも上達していたので、それを警戒していた。けん制でアウトになっては、本末転倒である。

「リードを取る気ないのは、走る気が無いからか?」一塁の選手が揺さぶりをかける。

「さあ? でも、大輔はこういう技術にも優れていますから」

 動じない様に疾風が返した。鈴本大輔と言う投手を全体的に評価、過大評価も過小評価もせずに妥当な評価を下して。

 ノーリードにも関わらず、一球目から鈴本のモーションを盗み、二塁を狙った。抑えることに集中していた星空にとって、これは誤算。

「投げないでください!」鈴本が叫んだ。

 捕手が二塁へ投げるのを止める。スタートの速さ、疾風のトップスピード、二塁へ投げても間に合わないと判断したから。一死でランナーは二・三塁。シングルでも一気に返ってくる可能性が出てきた。

 ベンチから監督がサインを出す。ランナーの六道と疾風、打者はそれに頷いた。

 二球目、ウエストボール。ダブルスチールのサインで、スタートを切っていた二人は戻れなかった。何としても当てる――絶対に成功させる執念を体現するように、打者が身体を横っ飛びで食らいつく。ボールが転々と前方へ転がっていった。鈴本が捕球し、捕手の指示を確認する。間に合わないと判断し、一塁へ送球してツーアウト。送球を見た疾風は躊躇わず、三塁を蹴り本塁へ向かう。

「ランナーが三塁回っている! バックだ!」

 叫びが響いた時、疾風はスライディングしていた。星空の足を左手で掴み、それを軸にタッチされない様に回り込み、空いた右手でホームベースに触れた。タッチはされていないのでセーフ。一気に同点になった。

「ナイスランだ」

「足には自信あるからね」

 疾風と六道がハイタッチする。ベンチに戻ると、ホームインした二人をチームメイトが出迎えた。

「見事な盗塁と走塁だ、疾風」東條が素直に賞賛する。

「不細工なヒットだったけどな」疾風をからかうように猛田が言った。

「不細工かもしれないけど、貢献したじゃないか!」

 攻撃的な盗塁と走塁。失敗すれば、勢いを殺しかねない展開。博打ともいえるプレーをきっちりと成功させたことで、チーム全体に勢いが戻った。試合は振り出しに戻り、流れを引き渡さない為により一層気を引き締めて試合に臨んだ。

 

 

 試合は中盤の二失点以降、大きな進展は無く、あっけない終わり方をした。九回裏、先頭打者だった六番の猛田が二塁打で出塁し、六番の打者が送りバントで送る。七番打者には外角低めのストライクゾーンに決まるスライダーを後ろに逸らし、パスボール。結果、パワフル大学のサヨナラ勝利、白薔薇かしまし大学の敗北だった。

「お見事、聖」

 負けた悔しさはあったが、全力で投げ抜いたと言わんばかりの鈴本が、爽やかな顔で六道に言った。目頭が熱くなる感覚を覚えているが、六道の前では意地でも泣かない様にしていた。

「私たちの野球は完成に近づいた。次の大会以降、今度はお前が追って来い」

 中学時代にバッテリーを組んでいた六道の姿が、鈴本には大きく見える。

「分かっているよ、聖。俺のプラベートでは、節目の年を迎えるかもしれないからね」 

 鈴本の言った言葉に意味が分からず、六道が首をかしげる。そんな六道に、鈴本が答える。内野最前列の人――鈴本にとって大事な人物。

 六道にとってはショックだった。しかし、顔色には出さずに一言。かかって来い、私たちチームも負けないぞ。と笑いながら返答する。

「ああ、じゃあな」短く鈴本が言い、白薔薇かしまし大学のナインの所へ戻った。

 六道と鈴本が会話している頃、疾風らは勝利したことに喜びを噛みしめていた。

「よっしゃ、勝ったな!」猛田が手を高く突き上げ、喜びを体全体で表していた。

「当然でしょ。聖がリードして、香澄さんと私が投げたんだから!」

 疾風も東條も、珍しくその余韻に浸っている。

 東條や猛田も攻守において活躍し、途中出場ながら、疾風と橘はチームの勢いを取り戻す活躍をした。チーム全員が一丸となった勝利。

「とくに聖の頑張りのおかげね、疾風がそれを一番実感しているんじゃない?」

 香澄が疾風に投げかける。

 確かにそうだ、と思いながら疾風が黙って頷いた。

 遊撃手となった時、彼女は自分の貴重な時間を割いてでも、自分の守備を積極的に見てもらった。自身が腐らずにここまでやってきたのは、間違いなく六道のおかげ。彼女を通じて、学んだことが多くあるのを実感している。

「そうだけど。六道の奴は?」

 鈴本と六道の二人が、何かを話していた場面は見ていた。しかし、いつの間にかいなくなっていた。香澄と橘が六道を探しにいく。東條も戻ろうとした矢先、驚愕した。内野席の最前列に、彼と縁のあった人物がいたから。

「大輔の奴、図ったな」

 舌打ちをした後、東條が愚痴を漏らす。これ以上彼らに、自分が動揺するところを見られない様に慌ててベンチ裏に戻っていく。

「やっぱり、アイツは鈴本のお姉さんと縁があるみたいだね」

 動揺した東條を後ろで見ながら、疾風が愉快そうに言った。

「知っているけど知らない振りをする。これが賢いな」猛田が同調するように返す。

 しばらくはロッカールームに行かないで、適当に時間を潰しておくべきだな。疾風の直感がそう感じる。今、珍しく動揺している東條をからかってしまえば、彼の逆鱗に触れてしまうことが容易に想像できていた。

 居残り練習を適当に行い、ロッカールームに戻ると六道がまだいた。チームメンバーの全員が、帰路についていたにも関わらず残っている。いつも通りの振る舞いに見え、しかしどことなく悲しげだった。

「六道、まだいたのか。鈴本と何かあったのか?」

「疾風……か。ただ野球を続ける理由が欲しかったこと、それが分かっていたのかもしれないな」

 突然何を言い出すんだ、という表情を疾風がする。こんな弱々しい六道を見たことが無い――それなのに、彼女は疾風を無視して続ける。

 彼女が幼少だったころ。自分が野球をすることに対して、誰しもが疑問を持つことは無かった。しかし、成長するにつれて周囲に対する評価が変わっていく。他の選手は歓迎するが女性の選手は無理。多少上手くても、すぐに限界を迎えるからソフトボールに転向を提案される。リトル出身であろうが、女性選手は不要。シニア、中学に入学する時期のころには、この様なことを言われ続けていた。自分と周囲が違うという事実に気付き、野球を諦めかけていた。追い詰められた彼女にとって、鈴本は救いの手そのもの。彼が「野球上手いね。僕と一緒に野球をやろう、教えて」と声をかけたのだ。

 一流の野球選手になるという、大きな夢を共に語り合う。当時の鈴本にとって、目標の一人の選手なのが六道聖である。野球で必要とされることが、六道にとっては大きな喜びであった。しかし、鈴本が一流の選手になっており、目標は既に到達している。今日の試合を通じて、ハッキリと分かった。そして、内野席で見ていた鈴本の恋人(六道から見て)がいることを知り、彼女の抱いていた恋心も儚く散っていった。

「とっくに夢は終わっていた」

 今にも泣きだしそうな声で、六道は言う。疾風には六道の苦しみ、悲しみがとても理解出来る。自分にも姉がいて六道と同様に、同じことを言われている場面に遭遇する機会も多くあったことを思い出す。生まれた時から大きなハンディキャップを背負い、苦しみや悲しみ、恐らくは内に秘めている怒りを我慢して、今日まで野球を続けていた。やっぱり強い女だ。決して過大評価では無く、疾風が心の底から直感的に思う。

 だが、同時に怒りを感じていた。自分とポジション争いをして、打ち負かしたのにも関わらず易々と捨ててしまうのか。一緒に練習したことを通じて、自分が彼女に抱いていた感情は何だったのか。二つの感情が交差するが、疾風も我慢する。

「六道にはそれだけのことがあった。無理もない。でも、まだ終わってない。終わらせちゃ駄目だ。捕手としてレギュラーになれなかった奴らの為にも」

 疾風が淡々と言う。輸す様に疾風は話を続けた。今では自分自身を筆頭に、チームスタッフ全員が必要としている。それを無視して良いのか、と問いかけた。

「疾風……」六道は目頭に涙が溜まりつつ、消えそうな声で言った。

「お前には、自分の力が必要とされる人がいた。大輔、それに橘が」

 だからこそ、どんなに心の無い言葉を浴びたとしても、野球をやることを決して止めなかった。自分には信頼されている、必要とされる力がある。それだけのことでも、彼女は孤独から救われていた。

「僕もそう。捕手を止めてから希望を失わなかったのは、香澄ちゃん、それに慶次や東條は勿論のこと、お前や橘が信頼していたから」

 六道が目を見開いて驚く。自分が捕手を止めても、悔しいと言う感情を、かつてほど抱くことが無くなったのは、自分の決めた道を進む決意をしてくれて、信じてくれる人が待っていてくれたから。自分の足で進み、それを受け入れてくれた。

「今後のこと、お前自身で決めてくれ」

 野球人生を進みたいと思うのであれば、僕は協力する。仲間を頼りにすることは、悪いことではない。自分の経験を交えて、話を終わらせた。

「疾風……。少しだけ良いか?」

「勿論。一緒にお供するよ」

 六道の溜まっていた物が大きく決壊し、それを隠すように疾風の胸元に顔を埋めた。二人しかいない部室には、六道の泣き声が大きく響く。時折、彼女の嗚咽が混じった声が聞こえる。そんな彼女を疾風は黙って受け入れた。彼女の背中をさすり、少しでも楽になるように。一流の選手だった六道が、ただ一人の女の子に戻った瞬間。

 涙の意味を鈴本大輔から、涙の暖かさを関疾風から教えてもらった。初めての出会いが世界大会と言う場所で無かったら、どうなっていたか。もっと早くに出会っていれば、どうなっていたか。そのことを脳裏に浮かべつつ、泣き止むまで疾風の胸で泣いていた。

 

 

 六道が泣き止むまで、時間を要することは多かった。彼女が泣き止んだ時の顔は、目が真っ赤になっており、人前ではとても見せられるようなものではない。歩いて帰るにはとても恥ずかしい姿。自分の部屋で気分を落ち着かせたらどうだ。疾風から提案され、六道はすんなりと受け入れる。

 すぐに帰宅すると、六道をすぐに風呂場へ案内し、疾風はリビングに行った。机の上は大学の講義で貰ったプリント、講義の際に必要な教科書。その他諸々が乱雑に散らかっており、中央にはパソコンが置いてあった。肘が置けるように、適当にプリントをまとめ上げスマートフォンを片手に取る。電話帳を検索し「鈴本大輔」と書かれた文字を見つけて電話をした。

「もしもし。疾風か、今日の試合はお見事だったよ」三コールした後、鈴本が電話に出る。

「今日はそういう話がしたいんじゃない、六道のことだ」

 ロッカールームにおいて、六道が大泣きしていた事実を伝える。彼女がロッカールームに行く前は泣いていなかった。彼との会話で、何かが起きたのは歴然とした事実。色々と自分が考えるより、直接本人に聞いた方が速い。だからこそ電話だった。メールだと、任意のタイミングで送れるので、気持ちを偽れてしまう。

「見ていたんだね」

「ああ、こういう観察眼は衰えてないからね」 

「分かった、全部話すよ」鈴本が観念した声色で言う。

 鈴本自身は、六道が自分に好意を寄せているのを理解していた。自分に対し、執着し続ける彼女を見ているのは辛く感じている。自分のために野球をやらず、自分自身のための野球をやって欲しいと願っていた。そう考えた鈴本は、自分の姉を人生のパートナーと誤解させ、吹っ切らせる様に六道を突き放す行動に出た。これが事の顛末である。

「本当に……不器用だな。大輔は」呆れた様に疾風が言った。

「疾風も人のこと言えるの?」鈴本も同じく、呆れた声で返す。

「さあね。でも、良いのか? 良い女になれるよ、絶対に。後悔しても知らないよ」

 疾風がどこか喜びの混じった声で言う。「違いないね。おっと時間だ、電話を切るね」

「ああ」と短く言って、電話を切った。

 疾風が天井を大きく見上げる。何であんな恥ずかしい台詞を平然と言えたのか。やっぱり――アイツと交流があったおかげで、色々と自分に変化してきている。そう確信が取れていた。

「……おい」 

 黙っていると、背後から六道の声がかかる。疾風が体全体で驚き、振り向く。

「っと、六道か。どうしたんだ?」

「す、すまない。驚かせるつもりはなかった。シャワーを借りて済まない、もう大丈夫だ」

 髪を下した六道を見る。いつもの見慣れたハーフアップヘアとは違った感覚。湿った姿も似合っている。彼女の髪は乾かしたとはいえ、所々濡れていた。

「おう、サッパリしたか。ちょっと、ドリンク取って来るから待っていて」

 そう言いながら立ち上がって、冷蔵庫へ疾風が向かった。

 残された六道は彼の部屋を見渡す。部屋の周りに散らかっていたゴミ袋には、彼が食べたと思われるカップラーメンの容器、インスタントラーメンの包装、菓子パンの包装が入っていた。六道は大きな呆れを覚えさせる。

 アスリートである以上、栄養管理にもしっかりとしていなければならない。私生活にも野球のこと意外となった途端、ズボラになっている。戸惑いが隠せなかった。

「悪い、これしか無かった」

「ありがとう。しかし、この部屋はどういうことだ?」

「実家の時は、お手伝いさんがいたんだ」

 自分一人だと整理整頓も出来ないみたいで、駄目みたい。そう疾風が呟く。

「仕方がないな、雑巾を借りるぞ」

 そう借りると、開封していない雑巾を六道は手に取り、掃除を始めた。大事な講義のプリントはどこ置くのか、事細かに聞きながら掃除を始める。六道は疾風の使っている部屋の汚れのひどさを指摘しつつも、掃除を続けた。

 しばらくすると、部屋が見違えた様に綺麗になる。その光景は、疾風が初めてこの部屋に引っ越しした時の様に。

「凄い、綺麗になっちゃったよ……」

「定期的に掃除はするべきだぞ、食生活の管理にも気を使え」

「返す言葉がございません」疾風が肩を落とす。

「お前さえ良ければ、私がたまに料理を作るぞ」

「良いのか? お前に負担がかかるよ」

「私が好きでやるのだ、気にするな」

 それを聞いて、疾風がすぐに頷いた。甘えてしまおう。自分の手間が省け、彼女から色々と生活術を聞き出せばいい。そう結論付けた。

「世話になったな、今日はもう帰るぞ」

 六道が自分の荷物をまとめ上げ、帰路に着こうとしたが、疾風は左手で六道の左腕を掴んで引き止める。何事かと思い、六道は警戒するが、その警戒はすぐに解かれた。帰りの資金という理由で、彼の空いた右手でお金を渡す。六道も断ろうとしたが、世話になったお礼、暗い夜道を歩きで帰らせる訳にはいかないと言う理由だった。

 それを黙って了承し、六道は受け取り、疾風の家を出た。

「全く、これじゃ礼もロクに返せない」

 玄関がしまった後、疾風は愚痴を漏らした。

「アイツは意外と強引だな」

 外に出た六道が独り言をポツリと言う。自分はこんなことをするわけに、相手の部屋を上がった訳ではない。それなのに、ここまで世話をするのかと。色々と考えつつも、やってきたタクシーを拾い、それに乗った。

 アイツは――疾風はどこから体を洗うんだろうか?

 とんでもない考えが浮かび、顔を真っ赤にしてしまう。何を考えているんだ、今度は自分の為に野球を始めると決めたのに。六道も気付いたこと――関疾風に対して、親友以上であるが、恋人未満。そんな妙な印象を覚えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。