主人公と六道がイチャラブする話   作:マジフジ

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後書きとかは後日まとめさせてもらいます。最後まで読んでくださり、ありがとうございます。今後も精進していきたい一存であります。
追記、後書きのURLも掲載しておきます。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=118385&uid=98820


主人公と六道がイチャラブする話――最終話――

 Ⅰ

 

 疾風に夢を託された六道は、自身の技術は勿論のこと、託された技術を磨いている。少しでもハンデを乗り越えたくて、夢を託されたと言う意味を重く受け止めていた。疾風も憑き物が落ちたのか、遊撃手として練習を重ねる。積極的に声を出して行き、野手と連携を深めていった。

 そして、疾風が六道に託した技術を磨くための居残り練習。疾風は捕手でプロという夢が無くなってしまったが、純粋に野球人としてどこまで高みを目指せるか、自分がまだまだ強くなることに念頭に置いていた。疾風と六道の二人は、お互いがお互いの夢を叶える為にサポートを続ける。練習手伝いしてくれる意味を重々に理解し、いっそう励んで互いの期待に応えようとしていた。隙を見つけては、互いの気になった些細なアドバイスを送りあい、更に強い信頼関係を築いていく。

 疾風は猛田から、六道は橘や香澄からからかわれることもあったが、その度に練習に誘っているだけだ、と軽くあしらっていた。

 ある日、起点が訪れる。監督からの提案で、レギュラーの選手と控えの選手が対戦することになった。狙いはレギュラー選手にも刺激と緊張感を与えるため、試合に出場することに飢えている控えの選手にもチャンスを与えるためだった。レギュラー組の選手では疾風を初め、猛田、東條、橘、六道がレギュラー組。本人の希望もあり、香澄が控え組に回った。

 対左投手の打率が低い、好不調の波が激しい、バントが苦手と明確な弱点はあるが、ボールを広角に打ち分ける技術を持ち、得点圏打率の高さや選球眼、優れた盗塁技術を持つ俊足の三番、遊撃手の疾風。ボールをスタンドまで運ぶ実力はもちろん、疾風以上に広角に打ち分けられる四番、三塁手の東條。疾風と同じく波はあるが、大学野球でもトップクラスの勝負強さはもちろん、厳しいコースを的確にカットする技術を有する五番、右翼手(チーム事情で左翼手も守る)の猛田。小技も可能であり、巧みな打撃技術、常人離れした集中力を誇り、疾風や東條以上の選球眼を要する六番、捕手の六道。針の穴を通す正確な制球力、絶対的なウイニングショット――クレッセントムーンが武器である勝ち気なおてんばサウスポー、橘。

 甘いコースに入ったボールは的確に打ち返し、難しいボールは慎重に対応する。相手投手には球数を多く投げさせられる打線。得点圏での勝負強さは当然、中軸が盗塁などの小技を仕掛けるのも適したチームだった。

 香澄は前回の大会で、途中降板した悔しさを忘れていない。神宮大会に望んだときの自チームよりも、打線が更に厚みが増しているのは歴然とした事実。そんなことは重々に理解をした上で、彼女自身が希望したことだった。

 試合当日。レギュラー組のチームと、控え組のチームの紅白戦が始まる。レギュラー組は以前の神宮大会でベンチ入りしたメンバーと同じ。

 先日の予告通り、レギュラー組の先発は橘みずき、対する控え組の先発は関香澄。

 マウンドでの立ち上がり、レギュラー組の一番と二番はのらりくらりと打ち取る。三番打者の疾風が右打席に入った。マウンドの香澄が捕手に手招きをして、打ち合わせを始める。

「アレを使うのは一人一球。リードや判断は任せるわ」香澄が後輩捕手に一言告げた。

「分かりました」香澄の言葉に短く頷く。

「あんたも聖には負けてないわ。自信を持ちなさい」

 胸の部分に左の握り拳を突き出しながら、香澄が励ますように言った。しっかりと構えを取ってリードをする。一球目は内角高めに決まるストレート、二球目は外角低めに決まるシュート。対角線を幅広く使い、あっという間にツーストライクと追い込んだ。

 流石のコントロールだな、打席に入った疾風が香澄を称える。どの球種であろうと、確実にストライクゾーンへ入る制球力。甘いコースにはボールが来ることはあまり期待できないと判断していた。しかし、その三球目は真ん中付近にボールが投じられる。

 香澄ちゃんにしては珍しくコースが甘い――疾風が左足を大きく踏み込んで、バットを振り抜いた。速球と同じスピードでボールが手元で沈み込み、バットの芯から外れる。サードへのゴロとなり、スリーアウトチェンジとなった。

「直球を引っ掛けるのは珍しいな。ツーシームか?」

 納得のいかない顔をして、ベンチに戻ろうとしていた疾風に対して東條が質問を投げかける。

「かもしれない。あるいはムービング系かな?」

 そんなボールを今まで一度も投げたことが無いのに、と捨て台詞を疾風が吐いた。意図して甘いコースに投げられたのにも関わらず、仕留めきれなかった不甲斐無い自分に怒りの矛先を向ける。

「気持ちは分かるが、切り替えろ。大事なのはこの後だ」東條が釘を刺すように言う。

「分かっているよ、東條」

 疾風が同意する。守備でまたリズムを作り直せばいい、ベンチでじっくり観察すればどういうボールを投じたのかが分かるはずだ。大きく深呼吸した後、ベンチに戻って打撃用レガースを取り外す。自分のグローブを持ち、グラウンドへ出向いて行く。

 試合は平行線を保ったままだった。レギュラー組のチームは、香澄のボールに対応できない。安打こそ出たが、三塁まで踏ませることは出来ない。原因は分かりきっていた。ツーシームに似た変化かと思えば、カットボールにも似た変化。香澄の新しい武器――ムービングファストボールに、レギュラー組が対応しきれていなかった。

 対する控え組の選手は安打こそ出るが、堅い守りの内野陣に対して併殺の山を築き、チグハグな攻撃。橘の決め球、クレッセントムーン以外を上手く打たされている。

 ならばと考え、盗塁を仕掛けたとしても、六道の逆シングルからの素早い捕球から送球までの動作が素早く、塁に進むことが出来ない。ベースカバーに入る疾風は彼女に託した技術が様になっていることに、喜びを感じる。盗塁を刺すたび、六道は自分が正捕手で譲るつもりは無いというアピールとして、自分のつけている背番号を見せつけた。

 ゲームも中盤の五回、三順目のレギュラー組の攻撃。先頭打者は三番の疾風。二打席とも右だったが、今度は左打席に入る。いつもは変化球の割合が多いにも関わらず、今日に限っては直球が多いのが理由だった。

「香澄さんは左なのに、右打席?」

 タオルで顔を拭いながら、橘が疑問を含んだ声で言う。

「左投手と左打者では投手が有利だ。何故、確率を低い方を選択する?」

 六道も橘と同じ声色で言った。疾風は野球に対する学、才能は決して低くは無い。そんなことは当の本人だって分かっているはずだ。自ら勝ちから遠ざかる行いをする疾風に理解が出来なかった。

「今日の投球割合から考えたな」

 ヘルメットを被り、右打席に入った疾風の狙いに気付いた猛田が言う。難色を示していた二人とは対照的に理解を示していた。

 関疾風という打者は元々左打者。速球派の選手には滅法強く、軟投派投手であっても速球を打った時のアベレージも高かった。しかし、左打席だけでは左投手の変化球に対応しきれず、特に左の変化球を多用する投手が対戦相手だと、疾風がスタメン起用されないこともあった。苦肉の策として右打席に挑戦し、両打ちになった経緯がある。結果的には打率が以前より上がったが、それでも左投手を苦手としていることに変わりは無い。

 コントロールミスによる甘い球が来ることも望めない、速球中心で配球するのなら狙いは一つに絞っていた。

「タイム!」タイムをかけ、捕手が戸惑いマウンドへ向かった。

「大丈夫、右の時は変化球中心で行くわ」捕手を制止し、香澄が一言伝える。

 彼女の強い眼力に黙って頷き、捕手の選手が戻った。

 一球目、カウントを稼ぐためのスローカーブ。疾風がその初球を強く振り抜き、打球が一二塁間に飛んで行った。二塁手が打球に横飛びをして対応するが、グラブを弾いてしまう。電光板には「H」のランプが灯しており、記録はヒットだった。

「すいません、俺が弾いたせいで」

 二塁手の選手がマウンドに近づき、バッテリーの二人に謝罪した。

「ポジショニングが悪い。腰をしっかりと落としていれば、間に合ったはずだ」

 捕手がキツイ一言を言い放ち、二塁手の選手がガックリ肩を落とす。

「守る位置は悪かったけど、気持ちは伝わったわ」

 後は技術を磨けば、レギュラーの座はかなり近づく。その根性を忘れてはならないことを釘にさした。一塁走者は俊足の疾風、打者は東條。大事な初球、ストライクゾーンから一球外れるボール球で様子を見る。

 一切の躊躇いもなく、疾風が二塁を狙った。ボールをすかさず二塁へ送るがセーフ、走者は二塁。カウントはノーボールワンストライク。盗塁を許した二球目、まだ試している段階のムービングファストボールを低めに投じる。走者である疾風は盗塁を仕掛けず、打者である東條も大きく構えたままだったが、リリースされた瞬間にバントの構えへと切り替えた。不意を突かれたのか、対応が遅れる。サードは間に合わないと判断し、一塁へ送球してアウト。

「お前がバントとは珍しいな」猛田が戸惑いながら聞く。

「一打席、二打席では捉えるのが難しいからな」

 あくまでも確率の高い方を取ったまでだ、東條はそう言わんばかりの態度だった。

 ムービングファストボールの握り方はそれぞれある。利き腕側に沈むかと思えば、利き腕とは反対側に沈む。速いスピードで小さく変化を与え、バットの芯を外して打たせてボール。リリースが上手い投手だと、力強くコントロールも安定する。ボールに差し込まれてしまい、フライを打たされては意味が無かった。

 一死・三塁という場面。二死から得点出来るとすれば安打、エラーをしてしまった場合のケース。どんなに巧みな打者であっても、安打が出る確率は四割も無い。猛田の次の打者は六道。期待こそ並の打者より高いが、確率論で言えば内野ゴロでも突っ込んでもおかしくは無い場面であり、内野はバックホーム対策として前進守備を取った。

 香澄の投じた初球――ムービングファストが、今度は右側に沈む。猛田は迷いなく踏み込み、バットを振り抜く。前進守備の後方にフライが上がる。ファーストとセカンドがバックし、ライトが前進する。体勢を大きく崩しながらも、ファーストがフライを取ってツーアウト。

「ホームだ!」

 サードの選手が叫んだ時、疾風が既にスタートを切っていた。体勢を立て直し、ホームに送球した時はスライディングをしている。判定はセーフとなり、レギュラー組が一点先制となる。勝つための貪欲な姿勢が、結果に繋がった。次の打者、六道はギリギリまで粘ったものの、低めギリギリに決まるチェンジアップに空振り三振、スリーアウトチェンジ。

 五回表、ついに試合が動いた。延長は視野に入れておらず、九回までしかない。控え組は何としても返しておきたい。ここでレギュラー組が動いた。ファーストの選手がショート、キャッチャーの六道が一塁に回り、ショートの疾風がキャッチャーに回った。

「ふーん、アンタが捕手ね……ブランクは大丈夫なの?」

 懸念そうに橘が言う。捕手は専門的な動きが求められるポジション。ブランクがある疾風に務まるのか心配だった。ブランクのある疾風がマスクを被ることに、不安をどうしても隠せない橘。経験豊富、高校でも名の知れた選手とはいえ、コンバートをして捕手実践からは離れている。自分のベストなピッチングは出来るか否かを、危惧することは至極当然のことだった。

「大丈夫だ、全力で来い」疾風が平然と言う。

 捕手の一線から退いた現在では、昔よりも鋭いリードは出来ないという自覚は疾風にもある。それでも、捕手として任された以上は試合を守り抜くことに使命感を持っていた。

 打者が右打席に入る。一球目、様子を窺うための外角高めにボール球。速球派では無いため、のけ反る様子は無い。久々にミットに収まる感覚は懐かしく、乾いた音が響くのも久々だった。橘の制球にブレが無い、球も走っている。リードを組み立てるのはそう苦労はしないと感じていた。

 二球目、ストライクゾーンからボールが一個分外れる内角低めのスライダー。右打者にとっては内に切れ込むスライダーだったが、それを振り抜いた。弱いゴロがサードのラインに平行するように転がる。

「任せろ!」

 疾風が叫ぶ。ボールを手に取った所まではスムーズだった。打者が走った際、グラウンドの土埃が跳ね上がり、疾風の目に入ってしまう。視界が安定する前に無理矢理ボールを投げたせいで、大きく左側に送球がそれる。ファーストの六道が、走者にタッチするが間に合わなかった。記録は捕手である疾風のエラー。

「申し訳ない橘」視力を安定させるために目をこすりながら、疾風は謝罪した。

「目に入ったのが悪かったわね」ボールを手に取りながら、橘が言う。

 ノーアウトで出塁した走者を見据える。この走者が生還すれば同点。もしも本塁打が出れば逆転。先制点を貰った場面で、いきなり失点は避けたかった。初球、外角低めのストレートのボール球を振る。鋭いスイングで強引に引っ張られるが、スタンドに入りファール。カウントを稼ぐ為、低めギリギリ一杯に決まるスライダーを要求する。マウンドの橘が頷き、ミットに目掛けて投げ込んだ。

「スチールだ!」

 ファーストを守っていた六道が叫ぶ。ファーストストライクを取った後に、控え組の盗塁を仕掛けてきた。スライダーが外れる高さでは無いが、しっかり捕球してからじゃ間に合わないと疾風が判断する。咄嗟に逆シングルの構えを取りつつ、中腰の体勢のまま右足を出す。外野からバックホームする様に、鋭い送球を二塁へ投げた。高く浮いてしまったが、鋭い送球がショートのグラブに収まり、走者にそのままタッチ。判定はアウトだった。

「橘、どう? これでも不安かな?」疾風が得意げに言う。

 ブランクなど感じさせない動きだった、橘は素直にそう評価を下した。

 咄嗟の判断力、状況把握は衰えていない疾風のプレーを間近で見る。流石という評価を下す半面、六道はモヤモヤしていた。不器用でありながら、全てを一人で背負いこみ、完璧にこなすことを求める姿。コンバートする以前に疾風へ弱点を教えていたら、と。

 あれこれ考えてもしょうがない、試合に集中だ。六道は気持ちを切り替えた。

 

 Ⅱ

 

 試合は六点差リードして、レギュラーチームが勝利。しかし、控え組も負けない一心で食らいついたため、試合は終始緊張感のある試合だった。チームの士気を高めるためには良いきっかけにもなる。久々の実戦で、ちょうどいい練習だった。投手陣の調整のみならず、野手陣がどれだけの出来なのかも確かめられた。この練習試合を通じて、監督は名門大学との練習試合という一つの案を思い浮かぶ。

 大会での悔しい敗退以降、ひたむきに練習を積み重ねてきた。名門大学よりも少ない練習量なのは認識している。選手達にもそれが分かっており、考えさせながら取り組ませることを意識させ、監督も選手それぞれの特性にあった指導をした。

 その成果を確かめたい――監督はすぐに実行へ移す。交渉の決裂を何度か重ねてしまうが、帝王大学が練習試合に応じ、図らずも大会でのリベンジマッチという形になった。

 パワフル大学のスターティングオーダーは、前回の紅白戦と同じ。クリーンナップも弄ることは無かった。対する帝王大学のオーダーは、エースである山口を温存。一番、捕手の猫神優(ねこがみゆう)猫神優。四番、遊撃手の友沢亮。先発には犬河和音(いぬかわかずね)。エースを温存している一点を除いては、帝王大学のベストメンバーであった。

 試合では先攻がパワフル大学。一番、二番を巧みな制球力で、犬河が打ち取ってあっさりツーアウト。犬河はアンダースローから投じられる高速のシュート、シンカー、フォーク、ミットをほとんど動かせない巧みなコントロールが持ち味の選手。マウンドでは表情を変えない鉄仮面だが、精神面に課題を背負っている。猫神は自由な性格を思われがちではあるが、彼は攻撃的なリードも好み、強打者相手でも臆せずリードをする姿勢。

 一球目、疾風がセーフティーバントの振りを行う。統率された内野守備陣の動きを見せつけて、付け入る隙を一縷も与えない。犬河のコントロールミスも期待できない、完璧な内野連携もあるとなれば。内野を抜くための打球を打つしかない。二球目の高速シンカーを引っ掛けてしまうが、打球が二遊間に高いバウンドで浮く。

「走れ! 駆け抜けろ!」

 パワフル大学のベンチから大きな声が響く。疾風の俊足をもってしても、間に合うか分からない。高く跳ね上がった打球を友沢が素手で捕球し、そのまま送球した。鋭い送球がファーストに送られる。疾風の足よりファーストの捕球が速く、判定はアウト。あっさりとスリーアウトチェンジとなる。帝王ナインが足早にベンチに戻り、疾風もパワフル大学のベンチに戻った。

「やっぱ、とんでもないショートだね。友沢さんは」戻るや否や、独り言を言い始めた疾風。

「気落ちしたか?」六道がいつもの調子で声をかけた。

「まさか。でも……こっちも負けないつもり」言葉は短めの疾風。

 友沢も元々遊撃手を専任していた選手ではない。投手としては高校二年の段階でありながら、百四十キロを超える速球と切れ味抜群のスライダー。カウントを稼ぐのに適したシンカー、カーブを投げていた選手。将来は猪狩守と共に、球界を担う投手とさえ有望視されていた。しかし、無理な投げ方と練習が原因で、彼が高校三年に進級する直前に肘を故障し、彼は遊撃手にコンバートした。

 遊撃手にコンバートしてたった四年。高校時代に、スカウトから内野として評価をされていなかった彼が、今や大学ナンバーワン遊撃手という名に恥じない活躍をしている。疾風が自分と比較しても、かつてのポジションやコンバートした経緯は異なる。一方的ではあるが、ライバル視すると同時に尊敬の念を抱き始めていた。

 パワフル大学の先発投手は、左のサイドスローの橘みずき。自分の体を、故障しないギリギリの範囲で徹底的にいじめ抜いてきたトレーニング。神宮というプロのスカウトが最も注目する大舞台で、全国有数の強豪相手に投げた経験。ピッチャーとしてどれだけ実力を身に付けたのか、大きく化けるか否かの岐路でもあった。

 一回裏、帝王の攻撃は一番の猫神。一塁寄りのピッチャープレート端、ギリギリまでに立ち位置を変える。ストレートを引っ掛け打ち取らせる。二番打者も同様に、ストレートを主体に打ち取らせる。更に三番打者はスライダーを引っ掛けさせ、スリーアウトチェンジ。

 視界の外からいきなりボールが現れ、急角度で打者の視界の外に行く。左打者から見た彼女のボールは、ボールが消える様な錯覚に陥っていた。一回裏、左打席に入った帝王大学の三名の打者は、それに戸惑う。

「みずき、ナイスピッチングだ」ベンチに戻りながら六道が言う。

「当然よ」

 名門を相手に臆することなく、橘は堂々とした投球をする。余裕をかましていれば、百獣の王に食われてしまう。傷を負わせるどころか、酷い傷を背負いかねなかった。

 パワフル大学の橘はクロスファイヤーを武器に、二回以降も要所を締める投球で帝王打線に点を与えない。また、正捕手である六道も盗塁を積極的に仕掛けられるが、勝手な進塁は許さなかった。

 対する犬河も同様に、走者こそ背負うが踏ん張る。帝王を相手に互角の戦いをするパワフル大学のナインに、「勝機が見えて来るんじゃないか」と言う希望が生まれる。ゲームは五回まで、両チームのスコアボードが共に「0」の文字で進行していた。六回裏、帝王大学の攻撃に入る。打席には一番の猫神が入り、カウントを稼ぎに入った初球、スライダーが甘く入ったのを見逃さずに捉える。内野の頭を越えるヒットを放ち、猫神が出塁。

「タイム!」六道がタイムを取る。

「大丈夫よ、聖。嫌な走者を出しちゃったけど、アンタを信じるから」

 橘が気丈そうに言う。相方である六道を信頼していること、目で自分はまだまだいけることを伝えた。

「精神的にキツイが絶対に踏ん張るぞ、みずき」

 橘の闘志が燃え尽きていないことを確認した後、六道はキャッチャーズサークルに戻った。一球目は外角高めに外れる直球を要求したが、猫神がスタートを切った。目で確認した後、六道は中腰の体勢のまま右足を前に出し、勢いを付加する。そのまま左足を大きく踏み出し、身体全体でセカンドへ鋭い送球を投げた。高さは低かったが、単純に間に合わなかった。タッチの判定もセーフとなり、得点圏にランナーが進む。

「彼女、良い捕手だね。体全体で勢いを付加させる判断、敵ながら見事だ」猫神が六道を称える。

 だが、盗塁阻止の練習は様々な場面のシミュレーションをすることしか出来ない。現実はそのシミュレーションをはるかに凌駕していた。

 女性の体と男性の体ではハンデがある。それで自分の体をセーブしつつ、鍛錬するしかないという悔しさ。託された最後の想いを、結果として残せなかった六道は、そんな自分を凄く悔しがっていた。

 カラクリが相手に知られてしまっては、盗塁を止めることは困難になってしまう。恐らく、パワフル大学の選手も察していた。だが、彼女以上の正捕手はいない。役割を全うできないことに不甲斐無さを感じている。

 次の打者は送りバントを決められるが、三番打者にはきっちりと三振に仕留める。二死でランナーは三塁。打者は四番の友沢亮、マウンドの橘は尋常ではない汗をかいている。出し惜しみはしている場合では無いと判断し、初球からクレッセントムーン――のはずだったが、汗でボールが抜けてしまい失投。その失投を逃さず、友沢がバットを強く振り抜く。遂に試合が動き、帝王大学が二点先制した。

 悪い流れを続かせない一心で後続を断ち切ろうとするが、続く五番打者にも四球で歩かせてしまう。マウンドで交代が告げられる。マウンドに上がるのは香澄。

「みずき、お疲れ様。ダウン取って、肩を労わるのよ」

 マウンドに降りるみずきに労わる様に香澄が発言する。

「すいません……不甲斐……無いせいで」

 泣きそうで、歯切れが悪くなる橘。中途半端にマウンドを降りることに悔しかった。

「あんたの悔しさ、全部晴らしてやるわよ。帝王相手にやったから、もっと胸張りなさい」

 橘を輸すように、香澄が伝える。橘が帽子を強く抑え、泣き顔を見せない様にする。最後まで堪えてやると意気込んでいたが、耐え切れなかった。マウンドの香澄は内野陣と二、三のやり取りをかわす。この回の後続をピシャリと抑え、帝王打線をこれ以上勢いづかせなかった。

 しかし、七回と八回にはパワフル大学・帝王大学ともに点が入らない。九回表、パワフル大学の攻撃。この回の先頭打者は、三番の疾風から。ここで一つ形を作りたかったが、今日の犬河はコントロールも抜群で付け入る隙が無い。

「しゃあ!」

 疾風が大きく自身に喝を入れた後、左打席に入る。この試合、疾風はここまで無安打に抑えられている。うち、一本は友沢に止められているので意地を見せたい場面だった。ボールを慎重に見極め、フルカウントからアウトコースに逃げる高速シュートを捉える。鋭いライナーが三遊間を襲う。ショートの友沢がダイビングキャッチで止めるも、グラブから弾いてしまい後ろにレフトへ逸らす。結果はヒットになったが、疾風は納得がいかなかった。友沢に見事捕球されていたならば、自分はアウトになる可能性もあったのだから。

 疾風が出塁し、バッターは四番の東條。点差は二点、慎重にならざるを得ない場面。それでもベンチからの指示は「走れ」だった。左打席の東條も頷き、走者の疾風も頷く。

 犬河が投じた初球、真ん中高めの直球。疾風が躊躇わずにスタートを切る、ボールが送られるが悠々セーフとなり、盗塁成功。カウントはノーボールワンストライク。動揺した犬河に乱れが生じ、彼が始めての四球を出す。無死で一・二塁、打者はパワフル大学でもポイントゲッターを務める猛田。

 その配球は内角高めから外角低め、外角高めから内角低め。ボール球を交えつつ、コーナーを広く使った配球だった。カウントがワンボールツーストライクの四球目、内角高めの直球、バットを強く振り抜く。鋭いライナーがサードに飛んでいき、ライン上に落ちたのでフェア判定。二塁走者の疾風が三塁を蹴り、ホームに生還。東條は三塁でストップしてしまったが、バッターランナーの猛田は二塁へ。

「初球から思い切りね、六道。お前なら打てる」疾風がベンチに戻る際、六道に助言した。

「しかし……」

「何度挫折したって良い。一緒に這い上がって向かって行こう」疾風が短く言い、ベンチに戻った。

 何故そこまで人間観察が出来て、なお劣っていると思った――六道は疾風にそういう感情を抱いた。周囲の感情には敏感であり、彼にはとことん上昇志向がある。決して劣っている要素は無かった。それにも関わらず、自分に負けているものと思った彼が恨めしくもあり、彼が捕手の時点で弱点を教えられなかった自分への罪悪感もあった。

 そんな自分を吹っ切らすように、動揺している犬河の初球を叩く。内角低目の高速シンカーがセンターへ弾き返され、三塁走者の東條が悠々と同点のホームイン。二塁走者の猛田もホームに突っ込んでいき、クロスプレーとなる。猫神はミットに収めたボールを落とさず、判定はアウト。勝ち越しの走者となった六道へ代走が送られる。

「ナイスバッティング、聖」

 キャッチボールをして、肩の準備をしていた香澄が、ベンチへ戻る六道を迎える。

「あ、ああ……」上手く返せない六道。頭の中ではまだ複雑な心境だった。

「関、この回からマスクだ。準備はしておけ」

「はい、分かりました!」

 監督の采配を伝える短い問いに、疾風が大きな声を出し同意した。疾風が素早くかつ正確に防具を身に付ける。元捕手ということだけあって、その動作はかなり素早かった。姉の香澄の肩を作るため、キャッチボールの相手になる。

 帝王はベンチが動き出し、先発の犬河から山口へと投手は変わった。パワフル大学の勢いがある中での登板。初球、内角高めへ直球が投げ込まれる。ボールのスピードを表示するための電光掲示板は「150km/h」示す。山口賢が大学公式戦で叩き出した最速を、三キロも上回っていた。それはパワフル大学のベンチがざわつく。

 二球目、ボールゾーンからストライクゾーンギリギリ一杯に決まるカーブ。カウントを稼ぐためのボールであり、変化量こそ少ない。変化量よりも制球を重視したカーブが内角低めへ決まった。三球目、外角にボールが投じられる。打者が直球と判断し、思いっきり踏み込むが、直球とほとんど同じ速さのフォークが投じられる。その落差は凄まじく、マウンドの傾斜もあり、まるで二階の高さからボールが一気に落ちる錯覚だった。一球も手が出ずに、スリーアウトチェンジ。

「勝ちは無くなったけど、抑えれば引き分け。やるわよ、疾風」

「当然。出来れば九回で終わらせたくは無かったんだけどね」

 九回のグラウンド、最後の守りにパワフル大学の選手達が立った。

 

 Ⅲ

 

 最終回、六道の代走に入った選手がそのまま遊撃手で出場する。帝王の一番打者、猫神が左打席に入った。六回裏の口火を切った切り込み隊長。この打者だけは塁に出したくない場面。

「さっきの打席、見事に捉えた。でも、この打席はどうだろう?」

 疾風が揺さぶりをかける。内角高めの直球で空振りを取り、ワンストライク。

「走りたい気分だったし、出塁したかったからね」猫神が普通に返す。

 こいつは気分で野球をやっているのか――疾風は驚愕した。それでも高い実力を秘めていて、試合のキーマンになることが多い。出塁すれば攻撃的な盗塁と走塁で、相手をかき乱していく。チームの司令塔であり、切り込み隊長であり、リードオフマン的な存在。

「そんなあんたに教えてやる、次もインハイだ」

 久し振りに使うささやき戦術、通用するか不安であった。二球目――内角を鋭く抉るストライクゾーンからボールゾーンになるシュートを要求し、香澄がそれに頷く。躊躇わずに猫神が踏み込まれるが、空振りを奪える。カウントはノーボールツーストライク。

 三球目、外角に一個分外れるムービングファスト。カウントはバッテリーが有利、スイングアウトしてくれれば儲けもの。強引に引っ張りをされ、一・二塁間に打球が頃後っていく。一塁の選手がダイビングキャッチで止め、そのままベースカバーに入ろうとしていた香澄にトスをした。キャッチしてベースカバーに入り、猫神もヘッドスライディングで突っ込んでいく。

「セーフ!」審判が手を広げ叫ぶ。

 僅かに猫神の手が速かった。打ち取った打球の当たりではあるが、俊足を活かした安打を打たれる。

「香澄ちゃん、大丈夫だ。こいつだけは盗塁させない、絶対に」

 猫神の怖さは試合を通じて、重々に理解をしている。自分が六道に託した技術が、決して無駄ではないと言うことを証明したかった。

 六回裏と同じく、一球目は外角高めに外れる直球を要求する。猫神が迷わずにスタートを切り、疾風も目視する。中腰の体勢をとり、そのまま右足を前に出す。勢いをつけ、後は低くタッチのしやすい場所に投げることを意識した。

 猫神は頭から突っ込み、カバーに入った選手がグラブでタッチする。アウトかセーフなのか、選手達には分からないので審判の方へ視線を向けた。

「アウト!」

 疾風が電光石火の猫神を刺せた。キーマンを刺せたことで、アウトカウントが一つ増える。

「何故、捕手を辞めたのだ。疾風の大馬鹿者……」

 彼が不器用なことは百も分かっていた。自分の手の届く世界しか見ず、六道に対するコンプレックスを抱いていた。自分がもしも疾風が捕手を辞退してしまう前に気付いて、その事実を教えて入れれば。弱点を補うことを教えていれば、共に刺激し合えて最高のライバルになれたはずだったのに。ただ六道は後悔で握り拳を作っていた。

「ワンナウト! 後続を抑えて、試合を終わらせよう!」

 

 結論だけ言えば、四番の友沢がサヨナラホームランを打ち、試合終了した。

 スコアだけ見れば、四対二と接戦。しかし、数字以上に帝王が試合を圧倒していた。ベンチで疾風が試合を振り返る。自分の打席、最終回の駆け引き、どれを取っても友沢亮には敵わなかった。

「強すぎるよ、本当に。勢いだけじゃどうにも出来なかった」

 負けて当たり前では無く、勝てる流れを作りその流れを相手に渡さない姿。それが当たり前ではあるが、形にするのは難しい。どこか自分自身が天狗になっていた気分を吹き飛ばしてくれた友沢亮に、疾風は感謝と悔しいという感情が同時に芽生えていた。

 後悔だけはしたくないし、後悔を避ける手段も残されている。大学野球生活の時間は余っているが、今だけは悔しさに浸りたかった。

 自分も速く帰って、ゆっくり体を休めようと立ち上がる。ロッカールームですぐに着替え、帰路に着く。途中で買い物を買う以外、何処かに寄り道をして時間を潰す余力など疾風には無かった。

 家に着くと、疾風は買ってきた酒をただひたすらに飲んでいた。今は無心でただ酒が飲みたい、何も考えたくなかった。リビングで飲んでいると、玄関のチャイムが鳴り響く。疾風が玄関から出ると、そこには六道がいた。彼女の事情を聞けば、自分と話がしたくてここに来たとのこと。何も言わず、六道を中に招く。

 髪はボサボサ、目は真っ赤に充血、人に見せられるような姿ではない。

「ちょっと飲みすぎじゃないのか?」

 彼女が周囲を見渡すと、数個のチューハイの缶が転がっていた。少なく見積もったとしても、一リットルは飲んでいることが確実である。

「僕のことは構うな!」疾風が叫ぶ。

「そうはいかない。今日の試合のことか?」六道が怯まずに問う。

 疾風の動きが一瞬止まった。図星か、六道は疾風の様子を見て素直に結論付ける。

「だったら聞いても良いか? どう感じたんだ?」更に六道が続けた。

「何一つ敵わなかった」

 試合での打席の内容、最終回のリードを振り返る疾風。守備は打撃が打つ前に体が反応し、送球も正確に行いアウトを取る。打撃は六回裏と最終回のホームランは勿論のこと、巧みな打撃で内野の間を抜く。チームバッティングさえも状況に応じて行える柔軟さ。試合を通じて遊撃手・友沢亮の凄みと威圧感に、疾風は終始押されていた。たった一年とはいえ、遊撃手コンバートを提案した監督の期待にも応えられなかった。捕手として六道聖に敵わなかった自分が悔しくて、もっとマシな野球選手になりたいと心から思っていたから。

「それは本気で言っているのか? 私に敵わないと本気で思っているのか?」

 六道が珍しく怒りを露わにしている。疾風の自己に対する評価の低さが原因だった。

「ああ。だから、最後の最後でやれることとして、技術を託したんだ」

 疾風が自分を嘲笑うかの様に言った。託した技術で六道が名捕手として駆け上がるための踏み台となり、自分は遊撃手として進もうとしていた。だが、今日の帝王戦でそれは全て折れてしまった。名門相手には自分の技術は通じず、同じポジションの相手選手に完膚なきまで叩かれる。思い出すのも嫌で、疾風は自身への不甲斐無さと怒りで握り拳を作る。

「ふざけるな! 私は……お前と共に競えたのなら、最高のライバルになれたのに!」

 六道が疾風の頬を思いっきり叩き、マウントポジションを取った。彼女の目から涙が流れていて、その水滴が疾風の頬に零れていった。普段から凛々しい六道がここまで感情を露わにしている。同時にどれだけの想いで、捕手というポジションを真剣に取り組んでいたかを疾風が痛感する。

「ひゃっ!?」驚嘆の声を六道が上げる。

 マウントを取っていた六道だったが、いつの間にか疾風の隣で横たわっていた。疾風が力付くで、その体勢を取らせたのだ。

「ごめん、しばらくはこうさせてくれ」

「構わないぞ。……疾風、私はお前が好きだ。その高い向上心、強くなろうとするひた向きさ、弱さを認める強さも全部含めてな」

「それって、野球選手として? それとも一人の人間として?」

 照れ隠しで疾風が六道を揺さぶった。

「なー!? それは……後者の方だ……」消えそうな声で六道が返す。

「良かった。僕も六道が好きだ」

 疾風が動機を一つ一つ短く話す。

 最初の出会いは最悪だった。女のくせに自分と同じ戦術を使う姿が、気に入らない一点だった。

 大学時代に抱いた印象。ひた向きに努力を行い、一つ一つ足りない部分を自覚して完璧を求める姿が凛々しかった。疾風が捕手から遊撃手へコンバートするきっかけとなった居残り練習。その時は、初めて出会った最悪の印象が既に消し飛んでいた。本当に野球を愛していて、誰よりも向上する姿が脳裏に残っている。

 ドライブに共に行った時に見せた女性らしさ。人には決して弱い部分を見せようとせず、誰かに優しくする姿。そう言う部分で疾風は六道聖に惚れたのだった。

「だからさ、もっと一緒にいたい。出来ればずっと、かな?」

 恥ずかしいことと自覚しているが、それでも疾風は最後まで彼女に伝えた。もう誤解はさせたくは無かった。彼女に辛い思いはさせない一心で。それが疾風なりの告白だった。

「……そうか。お互いの足りない所を補っていかないか?」

「それも悪くないな、これからよろしくな。六道」

「名前で……呼べ。そうしてくれないと拗ねるぞ……」六道が軽く頬を膨らませながら言った。

「分かったよ、聖」

 今日の帝王大学との一戦で、二人とも壁の高さを知ってしまった。立ち止まって足踏みするのは止めよう、これからは聖と共に前へ進む。支え合って、追いついて追い抜かれてそれでも立ち上がって行こうと一つの決心を固めた。

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